カテゴリー「バーンスタイン」の記事

2015年8月21日 (金)

ストラヴィンスキー 「ペトルーシュカ」 ニューヨーク・フィル

Chiba_mono

千葉都市モノレール、千葉駅へ到着するところ。

懸垂式なので、一瞬、びっくりしますが、乗り心地は、いたってよろしいですよ。

ただ、街中に、大きな柱がいたるころに立っていて、景観的にはちょっとのところがありますが。

最近は、いろんなラッピングが行われたり、アニメとのコラボレーションや、車内ライブなんかもあったりしますから、面白いです。

千葉駅は、JR駅がただいま長期建て替え中で、ずっと工事しているイメージなのですが、7階建ての駅ビルが2018年には完成して、このモノレール駅とも通路でつながるそうな。

Petroucka

  ストラヴィンスキー バレエ音楽「ペトルーシュカ」

    レナード・バーンスタイン指揮  (1969.5 @フィルハーモニックホール)

    ピエール・ブーレーズ指揮    (1971.5 @フィルハーモニックホール)

    ズビン・メータ指揮     (1979.5 @エイヴァリー・フィッシャーホール)

            ニューヨーク・フィルハーモニック交響楽団


お盆も終わり、甲子園も終了し(東海大相模、万歳!)、夏の威力は、徐々に弱まっている今日この頃。

晩夏には、「ペトルーシュカ」がお似合い。

華麗でありながら、かなり寂しく、ペーソスにもあふれた、人形と人間の世界の綾なすバレエ音楽。
1910~1年の作。
ディアギレフが、その完成を心待ちにしたハルサイと、同時進行しながらも、そのディアギレフが、作曲途上のペトーシュカに惚れこみ、その想いの後押しもあって、一気に完成させたのが、ペトルーシュカ。

「恋をしたわら人形(ピノキオ)は豊かな感情をもって、自らの悲哀を最後は亡霊となって人々の前に現れる。

いじめられっ子が、最後は霊や憎しみの返礼として復元し復讐する。
いまや、チープなオカルト映画みたいだけれど、わたしのような世代には、そんな恐ろしい映画やドラマが流行ったものだ。

ペトルーシュカは、サーカスという、これまた哀感あふれるシテュエーションの中に生きた悲しみの存在。
そのシテュエーションは、外部からは華やかな世界だけれど、内部は悲喜こもごも、嫉妬や差別の横行する辛い世界。
ペトルーシュカは、人間社会への警鐘でもありましょう。

最後、ペトルーシュカは、霊となって怒りもあらわに登場。」

 以上、「」は、過去記事から引用。

ニューヨークフィルの歴代指揮者が「ペトルーシュカ」だけは、揃って、同団で録音してます。
思えば、ブーレーズには、NYPOでも、ハルサイを録音して欲しかったな。

バーンスタインは、実に活きがよくって、ハツラツとした表情が、いかにも、おなじみのレニーっぽい。
後年のイスラエルフィルとの再録は、悠揚迫らぬ雰囲気もありつつ、でも元気ある演奏だったけれど、NYPO盤は、表情が明るく新鮮な思いを聴き手に与えます。
コンサートスタイルで、かつ劇的。
これで、踊るのはたいへんかも。

ブーレーズは、ほかの2盤が1947年版なのに対し、初演版の4管編成の1911年版。
録音のせいもあるけど、響きが豊かで、壮麗極まりなし。
テンポ設定は、早めで、キビキビと進行しつつ、切れ味も抜群。
冷徹でありつつ、音は熱い。
バーンスタイン盤より、録音がキンキンして聴こえるのは、古いCDのせいか。
CBS録音の、クリーヴランドとのハルサイとともに、最新の復刻盤はどうなんだろうか。
版のこともありけど、小太鼓が繊細で、音色を感じさせるのがブーレーズならではのこだわり。

 1975年、バーンスタインとブーレーズのふたりに率いられて、ニューヨークフィルが来日しましたが、当時、高校生だったワタクシ。
翌日が、試験だったのに、文化会館で、ブーレーズの演奏会を聴きました。
試験は、見事に、赤点だったのですが、斜め横に、バーンスタインも隣席し、指揮棒を持たないブーレーズの颯爽とした指揮と、オーケストラの精度の高さに驚きました。

 このときのプログラムがまた面白くて、マイスタージンガー、イタリア、キルクナーの曲、ペトルーシュカの4曲。

Nypo_2

このときは、ふたりで、ストラヴィンスキーの三大バレエを演奏してるんです。

ブーレーズのイタリアやベト2、バーンスタインのマーラー5番にエロイカですよ!!

高校生だったわたくし、もう、興奮しまくりでしたよ。
いま思えば、さらなる赤点覚悟で、この4演目、すべて聴いておくべきでした。

メータのCBSデジタル録音は、そのジャケットもふくめ、ハルサイに次いで、評判を呼んだものでした。
いま聴き返すと、先代の2人の個性と雄弁さに比べると、ちょっと常識的。
普通に素晴らしい演奏なんだけど、この曲に必須のリズム感とか躍動感が弱めかな。
デジタル初期の硬さも、録音面からも影響してるみたいで、CBSじゃなくて、デッカの絢爛ゴージャスな録音だったら、もっとグラマラスなペトルーシュカになっていたんじゃないかしら。
メータにしては、スリムにすぎるかも。
60年代のロスフィルとの旧盤の方が活力がみなぎってます。

※ペトルーシュカの大いなる聴きどころは、第4部、すべてが集約されて、血沸き肉躍るような冒頭の再現部が、フルオケで出現するところ。
そこと、最後の、哀しい結末との対比の落差。

 今回、NYPO3種で聴いてみて、そのあたりの一気呵成の盛りあげのうまさと、クールなまでの緻密さで、ブーレーズに軍配を差し上げましょう。
バーンスタインもメータも最高に素敵ですが、わたくしには、実演の遠い思い出が、決め手となってます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2015年8月13日 (木)

ヴェルディ レクイエム バーンスタイン指揮

Uminohoshi_2

前回の記事(ジル・レクイエム)のときに書いた、わたしの育った町にある幼稚園のカトリック教会。

とてもシンプルで、整然とした美しさ。

宗派は異なっても、教会とは、このように静かに、自分に向き合うところでもあるから、ありすぎない方がいい。

レクイエムは、カトリック典礼のミサで、その作曲者の奉じる宗派によっては、「レクイエム」とは無縁の人もいました。
だから、おのずとカトリックの多い、南の方の国にレクイエムは多いように思います。
 それでも、レクイエムの持つ、追悼と癒しの観念から、ブラームスやディーリアス、ブリテンのように、典礼文から離れた作品を残したり、声楽なしで、楽器だけのレクイエムを残した方もたくさんいます。

今日は、ブリテンとともに、毎年、この時期に聴く、ヴェルディのレクイエムを。

この作品こそ、ラテン系の正統レクイエムの最高傑作です。

Verdi_bernstein

    ヴェルディ  レクイエム

         S:マルティナ・アーロヨ   Ms:ジョセフィーヌ・ヴィージー

   
         T:プラシド・ドミンゴ      Bs:ルッジェーロ・ライモンディ

    レナード・バーンスタイン指揮 ロンドン交響楽団
                        ロンドン交響合唱団
                        ジョン・オールディス合唱指揮

               (1970.2.25 @セント・ポール教会、ロンドン)


毎夏聴く、ヴェルディのレクイエムですが、バーンスタインのヴェルレクは、記事として、今回が2度目。
最初は音源、今回は映像記録です。

1969年にニューヨーク・フィルの音楽監督を退任し、その活動の軸足を、ヨーロッパに向けだしたのが、1970年。
 もちろん、バーンスタインに一目惚れし、相思相愛となった街、ウィーンは、60年代半ばより定期的に客演する関係でしたが、ベートーヴェン生誕200年の記念の年、1970年あたりからは、さらに蜜月の度合いを深めていきました。

 同じく、バーンスタインを愛したオーケストラであり、愛した街がロンドン。
ロンドン交響楽団とは、桂冠指揮者の関係を得て、多くの録音や、音楽祭への出演があり、このオーケストラの豊かなフレキシヴィリティに、バーンスタインが大いなる共感と親近感を抱いてました。

1970年2月にバーンスタインは、そのロンドンに腰を据えて、ヴェルディのレクイエムに取り組みました。
 解説書の記録によれば、2月19~21日に、ロイヤル・アルバート・ホール(RAH)でリハーサル、22日にコンサート本番、23、24日に、レコーディング。
25日には、場所をセント・ポール教会に移して映像収録。
26日に、RAHに戻って録音の手直し。
という具合に、1週間に渡って密なる取り組みがなされたようです。

Verreq_4

すでに取り上げた、音盤を聴いての印象と演奏の内容は、基本は、同じに思います。

演奏時間90分は、他盤にくらべて長め。
 後年、ぐっとテンポが粘りぎみになる時代のものにくらべると、遅さと速さが同居していていながら、じっくりとやる場所は、思い入れも深く、早いヶ所は、より速く、その対比が実に鮮やか。
 そして、全編にあふれる覇気は、なみなみならず、こんなに、気合いと、強い思いを感じさせる演奏はありません。
 それらが映像で、バーンスタインの熱い指揮ぶりを見ながら聴くとなおさら。

 全曲、暗譜で指揮をするバーンスタイン。このとき、52歳。
まだお腹も出てないし、髪の毛も白さはほどほどで、銀髪の映画俳優のようなカッコよさ。
怒涛のように、のたうち、そして軽やかに踊るように舞い、祈るように、心を込めたその鮮やかな指揮ぶり。
この時代のレニーの本質の姿を本当に久しぶりにつぶさに見て、感激してしまいました。

Verreq_5

 前にも書きましたが、この映像は、NHKが、71年か2年の、8月のこの時期に放送しまして、当時、中学生だった自分は、「ヤング・ピープルズ・コンサート」で、バーンスタインの指揮は、つぶさに観て知っていたのですが、ここで、彼の指揮する「ディエス・イレ=怒りの日」の音楽の凄まじさに、目も耳も、すっかり奪われたのを覚えてます。

 以来、この作品を愛し、永く聴いてきましたが、劇的な激しさとともに、そこにある歌心と優しい抒情、その方にこそ、感銘を見出すようになって久しいです。

 そんな目線や聴き方で、一見、派手なバーンスタインのヴェルレクを聴くと、真摯な独唱者や合唱たちの姿も相まって、熱くて切ないほどの祈りの気持ちが響いてきます。

 ことに、「ラクリモーサ」は、バーンスタイン独特の世界が展開され、痛切なる思いに浸ることとなりました。
 二人の女声の歌声にしびれる「レコルダーレ」、若々しいドミンゴの歌う「インジェミスコ」、滑らかな美しいライモンディの「コンフタティス」・・・、いずれも、イタリアオペラ的でない、バーンスタインの流儀のカンタービレは、歌と感情に即した、音楽の万国人たる、ユニークな感じ方ではないかと・・・。

 そして、太鼓が教会の残響を豊かに伴って鳴り渡る「ディエス・イレ」は、CDのコンサート会場のものとは違って、勇軍かつ、劇的な雰囲気を作りだしてます。

Verreq_2

 若かった歌手たちのなかでは、わたくしは、J・ヴィージーのまっすぐの歌声が、その気品あふれるお姿を拝見しながら聴くことによって、一番よかったです。
カラヤンの選んだフリッカである彼女、まだ85歳で健在のようです。

 アーロヨさんも、まだ78歳でお元気の様子で、声のピークは、この頃ではなかったでしょうか。ヴェルディ歌手としての本領を感じますが、もう少し突き抜けるような軽さが欲しいかしらね。

 で、まだまだ元気のドミンゴとライモンディの同年コンビは、73,4歳。
おふたりともに、その美声は、後年よりもより引き立ってますし、そのお姿も若い。

 話は、少しそれますが、かつての昔は、オーケストラの中には、女性奏者を入団させず、男性だけのオーケストラが多くありました。
 今では、とうてい考えられないことですが、歴史的にもいろんなワケがあって、そうした妙な伝統として、近年まで守りぬかれていたことですが・・・・
 その代表格は、ウィーン・フィルとベルリン・フィル。
ベルリンでは、ザビーネ・マイヤーを入団させようとしたカラヤンとオーケストラの間で、大きな軋轢が生まれたことは、高名な話です。
 さらに、ニューヨークフィル、ロンドン響、レニングラードフィル、読響なども思い浮かびます。
 今回、映像により、ロンドン響の演奏姿を拝見したわけですが、たしかに、男性奏者だけ。
83年に、アバドとの来日公演を全部聴きましたが、記憶は不確かですが、そのときは、女性奏者はちらほら。
しかし、その公演にもいたお馴染みの、有名奏者たちが、この70年の演奏にも、見受けることができて、とても懐かしかったです。

Verreq_3

バーンスタインが健在なら、いまや96歳。
今年は、没後15年を迎えます。

年月の経るの早いものです。

この映像の冒頭に、バーンスタイン自身のナレーションが入ります。

1940年の4万人の死者を出したロンドン大空襲において、被災しなかった、セント・ポール教会で、多くの爆撃を受けた人々に哀悼をささげる。
 (あらゆる)戦禍と迫害は、忌まわしい非人道的行為であり、過去の犠牲者のみならず、現代と未来の我々のためにも、この演奏を捧げる。
過去の死者のためのみらなず、いま、生きる者の苦悩のためにも・・・

2度の世界大戦、朝鮮、ベトナム、ナイジェリアなどの戦争の名をあげ、さらに、指導者の暗殺などにも言及しています。

ヒューマニスト、バーンスタインならではの思いの発露でありましょう。

 あくまで、私見ですが、この当時は、敗戦国日本への大空襲や原爆にふれることは、きっとタブーだったはずだし、その実態も隠されていたものと思われます。
東京大空襲だけで、11万7千人、二度の原爆で20万人超、全国に空襲は広がり、50~100万とも・・・・。
 情報公開がしっかりしているアメリカから、最近になって、驚きの報がいくつも出てきます。

バーンスタインは、のちに、広島に訪れ、心からの追悼の念を持って、みずからの「カデッシュ交響曲」を指揮しました。

 レニーが、いま健在だったら、テロや憎しみ、隣国同士の恨み、それらを見て、どのような行動を起こすでしょうか・・・・。

過去記事 ヴェルディ「レクイエム」

「アバド&ミラノ・スカラ座」

「バーンスタイン&ロンドン響」

「ジュリーニ&フィルハーモニア」

「リヒター&ミュンヘン・フィル」

「シュナイト&ザールブリュッヘン放送響」

「アバド&ウィーン・フィル」

「バルビローリ&ニューフィルハーモニア」

「カラヤン&ベルリン・フィル」

「アバド&ベルリン・フィル」

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2015年4月24日 (金)

レスピーギ 交響詩「ローマの祭」 バーンスタイン・マゼール指揮

Festa_1

都会の祭りであります。

数年前の写真の再褐ですが、都心の三田で毎夏行われる、三田フェスの様子。

みんな、弾んでますねぇ~

関東人のわたくしですが、東北のお祭りも、関西のお祭りも、ろくに知りませんで、憧れをもって、毎夏眺めるばかりです。

日本の祭りは、キンチョーの夏ぢゃなくて、そこそこ、プリミティブで、夏の解放感も手伝って、野卑なところがあって、どこか、甘酸っぱいものがあります。

え? 自分だけかしら。

Festa_3

湘南カラーに埋め尽くされた、こちらは、平塚の七夕祭り。

毎度の昔話で恐縮ですが、子供のころから、平塚の七夕はお馴染みで、湘南電車でふた駅いって、煌びやかさと、出店の数々、そして、ときには、恐怖のどん底も味わう、まさに、祭りの醍醐味を味わいつくしていたのでした。

その恐怖は、お化け屋敷もありましたが、戦地から帰還の傷痍軍人さんたちが、道端で施しを求める姿が、そこかしこにありまして、それが、子供心に怖かった。
 どんな組織がそこにあったのか、よくわかりませんが、軍服を着て、アコーディオンを弾いたりして、みずからを悲しみに染めて、同情をひかんとする、その姿に違和感を持ったのは、もう少しあとのことでした。
でも、いまでは、戦地に赴いた皆さまのこと、われわれ子供や、日本の地のために戦い、傷付いた方々に、敬意とその負傷に同情を覚える次第です・

平塚の七夕ばかりか、川崎大師にも見受けられましたし・・・・・

あっ、また、よけいなこと書いてるし。。。
レスピーギのローマ三部作のなかでも、もっとも意欲的かつ、オーケストレーション的に円熟の極みをみた、最高傑作。
 わたくしは、三作のなかで、「祭」が一番好き!!

Respighi

  レスピーギ  交響詩 「ローマの祭」

    レナード・バーンスタイン指揮 ニュー・ヨークフィルハーモニック

                     (1968.3 @NY)

    ロリン・マゼール指揮 クリーヴランド管弦楽団

                     (1975.5 @クリーヴランド)


「祭」は、ともかく、かっこよく、人を酔わせるほどに、興奮と酔狂の極みにまで持っていってしまう。

レコード時代は、LP1枚で、「噴水」と「松」で完結してしまい、編成も大掛かりで、お金のかかる「祭」は、あまり録音されることはなかった。

そんななかで、オーマンディとバーンスタインは、この曲を得意にして、レコーディングも、しっかり当時からしてました。

いまでは、CD1枚に、三部作をおさめて、連続した演奏で、その真価を問う指揮者が増えました。

そんな、特異な「ローマの祭」を、今日は、思い入れのあるふたつの演奏で。

過去記事ぺたり・・・

>「ローマの松」もそうだがともかく、オーケストラがよく鳴る。

3部作のうち、一番最後(1928年)に書かれただけあって「祭」の方が多彩な表現に満ちており、R・シュトラウスばりの熟練のオーケストレーション技法がバリバリに楽しめる。

プッチーニの20年後輩だが、オペラに向かわずにオーケストラ作品や素敵な歌曲に桂曲を残したレスピーギ。
それでもオペラ作品もあるようなので、聴いてみたいと日頃思っている。(脚注・ただいま準備中)

いきなり金管の大咆哮で始まる「チルリェンセス」はローマ時代の暴君の元にあった異次元ワールドの表出。

キリスト教社会が確立し、巡礼で人々はローマを目指し、ローマの街並を見出した巡礼者たちが喜びに沸く「五十年祭」。

ルネサンス期、人々は自由を謳歌し、リュートをかき鳴らし、歌に芸術に酔いしれる「十月祭」。

手回しオルガン、酒に酔った人々、けたたましい騒音とともに人々は熱狂する。キリストの降誕を祝う「主顕祭」はさながらレスピーギが現実として耳にした1928年頃の祭の様子。

①の不協和音が乱れ飛ぶかのようなカオスの世界、ジワジワと祈りが浸透しつつ美しい広がりを見せる②、まさに自由だ!的な③は、イタリアの歌心満載。
そして、だまっていてもすさまじい④で逝っちゃってクダサイ。

てな、わけで、オーケストラの精度は度外視して、勢いと即興的な流れで、一気に「ローマの祭」を描ききったバーンスタイン。
一気呵成のすさまじいまでの、一直線の流れは、ある意味快感の域に達しつつも、どこか危ないくらいのやばさがある。
そう、これがバーンスタイン。
サーカスカーニバルの音頭なんか、まったく堂にいったもので、思わず、体が動いちゃう。
そして、怒涛のエンディングはとんでもないですぜ!!

 それと、この曲の演奏で大好きなのが、マゼールのクリーヴランド時代の演奏。
デッカのアナログ録音の超優秀さを、まざまざと体感できる。
ずばずば、しゃきっと、各々、決めどころが、完璧なまでに決まりまくる、鮮やかにすぎるマゼールのキレのよい指揮ぶり。
そして、あきれかえるほどに、うまい、クリーヴランドのオーケストラ。
上出来すぎて、それが不満。
そこに何があるって・・・・、バーンスタインの怒涛の味わいや、オーマンディの煌びやかだけど、語り口の放漫さ、慎ましいけど、透き通るようなオーケストレーションマジックの味わえるマリナー、そして、若き血潮みなぎりつつも、うますぎるヤンソンス。

それらの、わたくしのファイバリットと同等に、適度なデフォルメと、極めて高い音楽性に満ちたマゼール旧盤は、とっても素晴らしい名演なのでした。

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2014年9月21日 (日)

神奈川フィルハーモニー第302回定期演奏会 キンボー・イシイ指揮

Mm21_20140920

曇り空の涼しい土曜日、9月の神奈川フィル定期は、14時からの開始。

思えば、短時間のプログラムで、その分、たっぷり飲めました(笑)

でも、コンサート終了後は、心がとても暖かくなり、大きな何かに包みこまれたような気持ちにあふれました。

バーンスタインの音楽の包容力と、メッセージ性の強さを痛感したのです。

Kanaphill_201409

  ガーシュイン    「キューバ序曲」

              「パリのアメリカ人」

  バーンスタイン   交響曲第2番「不安の時代」

          Pf:三舩 優子

    キンボー・イシイ 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

               (2014.9.20@みなとみらいホール)

8月は、グラズノフとチャイコフスキーの、真夏のロシアスペシャル。

9月は、ガーシュインとバーンスタインの、初秋のアメリカンプログラム。

いい感じの流れです。

来月は、コルンゴルトとエルガーの、わたくしの最大級のフェイヴァリット作曲家たちのプログラム。そちらは、自作の引用による作品たちと、20世紀中葉の頃の作品というくくり。

こうして、次々に、われわれ聴衆の感覚を刺激してくれるプログラムと、演奏の素晴らしさでもって、感動を与え続けてくれる神奈川フィルです。

3度目の定期登場のキンボー・イシイさん。
アメリカ、ヨーロッパ、日本で活躍中のイシイさんの作りだす音楽は、手堅くも明快、すっきり系で、神奈川フィルとの相性もばっちりでした。

そして、お得意のアメリカものです。

めったに演奏されない「キューバ」序曲は、10分たらずの曲のなかに、キューバン・ミュージックのダンスのリズムが満載の、はじけるような音楽です。
神奈フィル誇る打楽器陣が勢ぞろいして、ボンゴ、マラカス、ギロなどのラテンに相応しい楽器たちが楽しく打ち鳴らされるのは、観て聴いて、ウキウキしてしまうものでした。
惜しむらくは、昼の2時、われわれ聴衆が少し乗りきれなかったことでしょうか。

次の「パリのアメリカ人」とともに、ちょっとアルコールでも入った夜に聴いたりするのがよろしいかと・・・

でも、そんなこといいながら、さすがに神奈川フィル、美しい「パリアメ」でした。
パリアメに美しい・・という表現は、なんですが。
この曲には、明るく楽しい半面、郷愁やちょっとの寂しさも感じるので、こんなきれいで美しい演奏も充分にありなんです。
華奢な弦と、厚すぎない低弦、楽しいソロが満載の木管と金管。
そして、ここでも打楽器の活躍は楽しかった。
 ジーン・ケリーのミュージカル映画「巴里のアメリカ人」を、このガーシュインの曲ゆえ、何度も見たことがありますが、そこに漂うのも、笑いとともに、一抹のさみしさ。
 最後に、ジーン・ケリーが拾う、真っ赤な1輪のバラ・・・、その印象があまりに強いものですから。

そんな残像も、脳裏に浮かぶような、イシイ&神奈フィルのステキな「パリアメ」でした。

 さて、後半は、濃密バーンスタインの音楽。

この曲は、事前によく勉強して、曲のなりたちや背景、構成を頭にいれておかなくては、ただの暗→明の、よくあるピアノつきの交響曲としか受け止めることができません。

かなり以前に、秋山和慶さんがN響を指揮した演奏テレビで見たのが初験。
その後、バーンスタインがベルリン音楽週間で、イスラエルフィルを指揮したもののFM放送を録音し、長くこれを聴いてました。
CDでは、バーンスタインのふたつの自演と、スラトキンの演奏を聴いてます。

ですが、この曲のほんとうの姿、それは、曲の内容の詳細も含めて、これまでロクに知らずにまいりました。
神奈フィルの応援ページで、楽曲案内のお勉強記事を書くこともあって、今回は、相当に聴きこみ、原作のオーデンの詩のこと、CDの英文解説書などじっくり読みこんで、この音楽のなんたるかを手にしてからのコンサート。


 第1部 ①「プロローグ」
      ②「7つの時代」
      ③「7つの段階」

 第2部 ④「追悼歌」
      ⑤「仮面劇」
      ⑥「エピローグ」


こうした2部構成、6つの場面からなる全体が、さらに、第1部を第1楽章、以下、④=第2楽章、⑤=スケルツォ楽章、⑥=終楽章とみなされ、交響曲としての容に収まっている。

こうして緻密に構成された全貌を、しっかりと踏まえて理解させてくれたイシイさんの見通しのよい指揮ぶり。
そして、そこに一糸乱れずついて着いてゆく神奈川フィル。
楽員さんみなさんが、この音楽を感じ取り、バーンスタインの音楽の中に没頭している感が見受けられました。
日々、いろんな曲を演奏し、数日単位で、まったく異なる曲へと切り替えなくてはならない、オーケストラの皆さん。ほんと、尊敬します。
聴き側は、あれこれ言うだけで、ほんと勝手なものです。

そして、さらに素晴らしかった三舩さんの、この曲への打ち込みぶり。
それこそ、瞬間瞬間で変わる楽想や、弾き方のスタイル。
めまぐるしいまでのその進行を、完璧極まりなく手の内にされ、しっかりわれわれにバーンスタインの音楽の面白さを届けてくれました。

第2部の3つの場面の描き分け方も、指揮者・ピアノともに、見事でした。
深刻でヘビーな④、オケの咆哮もシビアで、キリキリしてしまいました。

一点、ジャジーな⑤は、ノリノリでかっこいいnote
わたしは、体がウキウキ動いちゃいましたよ。
三舩さんの、こういうピアノ最高ですね。
米長さんのコンバスのピチカートもかっこええ。
打楽器群もナイス極まりなし!

そして、来ました終楽章の感動の大団円。
前のブログにも書きましたが、どうしてもユダヤ的な思想が垣間見られるバーンスタインの手口ですが、宗教云々を言う前にそこにある、人間愛。
その讃歌として、この輝かしくも感動的なラストはあるのでしょう。
それを実感できた、素晴らしい演奏ではなかったでしょうか。

終了後、ホールは完全な沈黙の波にのまれました。
静かに、ブラボー一声、献上させていただきました。
聴こえたかな?

Yokohama_brewery

恒例懇親会は、横浜地ビール「驛の食卓」の食卓にて。

午後公演だったので、今回は、お疲れのところ、多くの楽員さんをはじめ、楽団の方にもお越しいただき、さらに、いろんな輪の広がりから、たくさんの皆さまのご参加を頂戴し、新鮮なまさに産直ビールに、神奈川県産の食材の数々の料理を肴に、たいへん楽しいひと時を過ごすことができました。

こんな風に、聴き手と、音楽家のみなさまや、その関係者の方々と親しく触れあうことができること、これもまさに神奈川フィルの魅力ですねnote

みなさま、お疲れ様でした、お世話になりました。

さぁ、10月は、すごいことになるぞ。

千人、アラベラ、コルンゴルト、エルガー、わたしの大好物ばっかり。
どーしましょうsign02

あっ、新国のパルシファルもあるし・・・・・。
ちゃんと仕事しなくちゃ・・・。

| | コメント (8) | トラックバック (1)
|

2014年9月19日 (金)

ガーシュイン&バーンスタイン 神奈川フィル定期前夜祭

Kanapfill201409

  ガーシュイン    「キューバ序曲」

              「パリのアメリカ人」

  バーンスタイン   交響曲第2番「不安の時代」

          Pf:三舩 優子

    キンボー・イシイ 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

      2014年9月20日 土曜日 14:00 みなとみらいホール


先月のグラズノフ&チャイコフスキーのロシアン・プログラムに続いて、今月は、うってかわって、アメリカン・プログラム。
いい演目でしょ。

イシイさんは、これで定期3度目の登場。
いよいよ本領発揮の曲目たち。
日本、ウィーン、アメリカで学び、米楽壇を中心に活躍する一方、日本各地のオケに客演、そして、ドイツの名門マグデブルグ劇場の指揮者もつとめるオペラ指揮者でもあります。
これまで、のびのびと、大らかな音楽を作りつつも、知的なサウンドも聴かせてくれました。
 そして、イシイさんと同じく、ジュリアードで学んだ三舩さんのピアノ。
複雑な表情を見せるバーンスタインのピアノ協奏曲のような第2交響曲。
ピアニストにとっても難曲だと思います。
三舩さんの、幅広い表現が聴けることでしょうね、楽しみ。

ということで、これらの曲を、手持ち音源で。

Gershwin_maazel

  ガーシュイン 「キューバ序曲」&「パリのアメリカ人」

   ロリン・マゼール指揮 クリーヴランド管弦楽団


これらの曲の初レコードがこれでした。
「ラプソディ・イン・ブルー」も含めた1枚は、高校~大学時代、すり減るほどに聴いたものです。

録音から誉めるのもなんですが、ともかく、デッカの優秀録音で、音が極めてよかった。
どんな安い装置でも、肉厚に、輝かしく、ゴージャスに鳴りました。
そう、演奏もまさにそうで、セルのクリーヴランドが、マゼールのノリのいい指揮によって、アメリカのバリバリのオーケストラであることを強く認識させてくれました。
 でも、決して崩すことなく、正統クラシックとしての格調をすら感じさせる生真面目ぶりもあるんです。

亡きマゼール、面白い指揮者でした。
「ポーギーとベス」は、まだ未聴ながら、これらガーシュインの演奏は、マゼールの最大の遺産のひとつではないかと思ってます。

これらの曲、もちろん、バーンスタイン、プレヴィンも素晴らしいですな!

Berstein_sm1_2_slatkin_2

  バーンスタイン 交響曲第2番「不安の時代」

       Pf:ジェームズ・トッコ

    レナート・スラトキン指揮 BBC交響楽団


シリアス・バーンスタインの顔がしっかりうかがわれる3つの交響曲。

「エレミア」に「カディッシュ」いずれもほかのふたつは、ユダヤ色が濃厚で、その内容も同様に濃くて、重い。

これまた中学生のころ、テレビで、バーンスタインのニューヨーク時代の連続テレビ番組を、毎土曜日だったか、見ておりました。
DVDにもなってますが、モノクロの映像で、MCとしてのバーンスタインの才能が炸裂してて、作曲家・指揮者・ピアニストにプラスMC、いや、教育者と呼ぶべきか、そんな風に思える番組でした。

そこでの縦横無尽の明るい指揮ぶりは、お馴染みのジャンプもまじえて、こちらには、楽天的なアメリカーーンとしての、レニーの印象を刻みつけるものばかりでした。

しかし、彼の残した音楽はどうでしょう。

表面的には、「キャンディード」は明るく華美で、「ウェストサイド」はメロディ満載でロマンティック。
でも、「キャンディード」のドラマは荒唐無稽だけど壮大で、感動的な人間ドラマです。
そして、「ウェストサイド」は、現代のロメジュリで、悲劇とそれがもたらす和解と平和。

そんな風に、バーンスタインの音楽には、大きな人間愛に満ち溢れているのです。
それを表出するために、宗教観や、シリアスな世界観を経ることになるのだと思います。

晩年に、その指揮する音楽は、とかく粘着的になり、テンポも遅くなっていったバーンスタインですが、自身が思うところの「愛」を必死に模索していたのではないかと。

曲の内容につきましては、神奈川フィルの応援フェイスブックに書きましたので、そちらのリンクを貼って、この場はしのぎたいと思います。
記事の一番下に貼っておきます。

バーンスタインの自作は、かつては、それこそ自演のものしか聴くことができなかった。
それが、いまや、そのシリアスな作品たちが、大いに評価されるようになり、「バーンスタイン指揮」というカテゴリーを離れて、客観的な解釈による他の指揮者によるものが、聴かれるようになりました。
このようにして、レニーの作品は、広く認知されていくのでしょうね。
 同時代人、ベンジャミン・ブリテンの音楽にも、まったく同じことが言えます。
そういえば、ブリテンも、作曲家・指揮者・ピアニストでした。
おまけに、○モという共通項も。
もちろん、レニーは、両刀使いでしたが・・・・・・。

最後に、格調が低くなりました。

スラトキンとBBCの演奏は、ほどよく熱くて、ほどよく冷静なところが実にいいです。
ふたつある自演盤も、もちろん聴いてますが、ちょっと疲れちゃうかも。

https://www.facebook.com/notes/we-love-%E7%A5%9E%E5%A5%88%E5%B7%9D%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%AB/%E7%A5%9E%E5%A5%88%E5%B7%9D%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%AB-%E7%AC%AC302%E5%9B%9E%E5%AE%9A%E6%9C%9F%E3%81%AB%E5%90%91%E3%81%91%E3%81%A6%E3%81%AE%E3%81%8A%E5%8B%89%E5%BC%B7-%EF%BC%93%E6%99%82%E9%99%90%E7%9B%AE-%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%B3%E4%BD%9C%E6%9B%B2%E4%BA%A4%E9%9F%BF%E6%9B%B2%E7%AC%AC%EF%BC%92%E7%95%AA%E4%B8%8D%E5%AE%89%E3%81%AE%E6%99%82%E4%BB%A3/746982172004946



| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2014年8月13日 (水)

バーンスタイン 「キャンディード」~Glitter and Be Gay

Sweets_foarst

おぉ、麗しのスィーツ天国。

自由が丘のスィーツ・フォレストは、甘いもののショッピングセンター。

一時の勢いはありませんが、まだ健在でしたよ。

あま~ぃheart01

Candide14

  バーンスタイン 「キャンディード」~「Glitter and Be Gay」

オペラ、「キャンディード」は、序曲ばかりが有名となりました。

たしかに、短い中に、ユーモアとドラマ、そして急転直下の音楽のスリル感。
それぞれが、演奏効果がたっぷりあがる名曲でありますね。

そのオペラ全曲を、数年前に観劇しましたが、カーセンの秀逸な演出でもって、アメリカンドリームと、ほのぼの感、そして最後は、地球規模ワールドワイドな壮大な環境保護や反戦へのテーゼを導きだす名舞台でありました。

その中におかれた、ヒロインのクネゴンデ(名前悪いね・・・)のアリア、「Glitter and Be Gay」は、わたくしの大好きな歌で、そう、序曲のエッセンスを、そのまま歌にしたかのような、バーンスタインの天才性とセンスあふれる曲なんです。

一番好きなのが、ドーン・アッショーの歌うCD。
ジャズもポップスも歌う彼女のセンス満点の歌唱がyoutubeにUPされてましたよ。

可愛さも感じるアップショーのアメリカンな歌。
若者も魅惑するだろな。

完璧かつ、心くすぐられませんか?

それに対し、女の人って、こわーーい、お父さんや、おじいさんは、きっとイチコロ。

そんな、恐ろしい、ナタリー・デセイのうますぎる歌。



わかっていても、はまってします、男のサガすら感じる、デセイさまの、有無を言わせぬすごさ。

もうおやめになって・・・

男たちは、みんな、そうしたもの。

みんな貢いでしまうので(byキャンディード)

でも、キャンデードの偉いところは、自分は、着実に農園を広げ、そんな彼に合う真面目な嫁をもらい、一方で、クネゴンデに騙されながらも、その虚構を見抜き、最後には達観してしまうところにありました。

 この、楽しいアリアは、キャンディードを騙してしまう、クネゴンデですが、本当は、そんな自分に苦しんでいるところを歌いださねくてはならない。

そうした葛藤でも、デセイさまは完璧ですよ。

そして、ドイツ語圏でも、深みさえもある、ディアナ・ダムラウが見事に歌ってますぜ。

こちらもいいですね。

こちらは、夜の女王にも通じる、ドイツ的な魔的な森の世界を歌い出してくれました。

こちらも、怖いわ・・・笑



そして、全米で大人気のクリスティン・チェノウィスさま。

1968年生まれのブロードウェイ歌手。

オペラの素養もあり、その歌への感情移入の見事さには脱帽。

オペラの側面としての「キャンディード」からすると、ミュージカルにぶれすぎだけど、オペラ=ミュージカルとしての方が作品の自由さからして、相応しく、むしろ、こんな歌唱こそ、バーンスタインが望んでいたのではないかと思ったりもします。

そして、最後は、再褐ながら、この歌唱をもっと進化させて欲しい、いや、きっとしている、彼女向けの曲でもある、パトリシア・プティボン。
天然系です。

クネゴンデみたいな可愛いど、おっかねぇ女には、おら、ぜってぇ、逢いたくねぇ~

過去記事

佐渡裕プロデュース「キャンディード」記事 ①

佐渡裕プロデュース「キャンディード」記事 ②

序曲とアリア

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2013年10月29日 (火)

バーンスタイン 「ウェストサイド・ストーリー」シンフォニックダンス

Landmark_rock

横浜のハード・ロックカフェとランドマーク。

絵になりますな。

成田のイオンにも、ハードロックカフェはありましたが閉店しちゃいました。

確かに、成田のイオンSCは、外人さん多し、空港や駅から直通バスもあるんですが、どちらかというと外人さんの客層は、住んでる・働いている人系で、われわれと同じく、外食にあまりお金をかけずに、中食といって、お惣菜やお弁当を買って、お家で楽しむタイプ。

そして、空港に着いた皆さんは、東京方面へいちもくさんに行ってしまいます。
難しいものですな。

横浜や大阪、福岡、名古屋は東京と違う日本を、北海道は、さらにまた世界の中でも特異な自然を主張できる。
ほかの地域を、いかに魅力あるものにするか、知恵です。

あら、ワタクシ、今日は何を言ってるんざましょう。

ハードロックカフェからアメリカへ、そしてバーンスタインへと妄想が飛んでたのに・・・。

Bernstein_gershwin_lapo

 バーンスタイン  「ウェストサイド・ストーリー」~シンフォニックダンス

   レナード・バーンスタイン指揮ロサンゼルス・フィルハーモニック

                       (1982.@ロサンゼルス)


このジャケット、むかしから好きなんです。

ニューヨークの摩天楼は、わたくしのような世代にあっては、富と繁栄の象徴。
ことにその夜景の素晴らしさは、アメリカという国が夢のように思えて、やることなすこと、羨ましく思えるくらいで、東京の街には高層ビルは霞が関と新宿の一部にしかなかったから。

奥様は魔女に代表される、アメリカンな家電満載の快適生活も憧れの世界。

日本の家電はそれを追い越し、世界を席巻し、そしていまは敗北し、近隣のお国にお株を奪われた。
思えば、経済と市場の主役の循環であります。
政治も含めたアメリカの後退ぶりは、もうラップしてやってきている日本の姿だけど、日本人の不屈の精神と、気持ちの細やかさ、精緻なものへのこだわりは、きっと世界のどこも真似できないものでしょう。

2番手か3番手ぐらいで、世界をドイツとともに支える国であり続けるものと思いますよ、わが日本は。

そして1番は、やはりアメリカ。

バーンスタインという人間ひとりとってもそう思う。

この人の指揮する音楽は、ときに時代錯誤的な場面もいまやあり、没頭感が強すぎますが、それでもその説得力はとんでもなく強い。
 そして、この人の書いた音楽は、全人間的に普遍のものでありました。
ユダヤ教的な濃密さを伴うものもありますが、バーンスタインの音楽の根底にある、優しさ=LOVE&PIECEは、私たちが絶対に持ち続けなくてはならない概念で、その楽天的なまでの表出ぶりには永遠に敬意を評さなくてはなりません。

一方で、深刻でとっつきの悪い作品たちもたくさんあるバーンスタイン。
今後体系的に、その音楽を探求すべきかと思います。

ウェストサイドのオーケストラピース版は、コンサートでもとても映える曲です。

マンハッタンで起きるロミオとジュリエットの物語。

作者とロスフィル盤は、わたしのCDの中でも両手で指折れるくらいの時期に買った、ごく初期の1枚。
まだ3800円とか、4000円の時代ですよ。
しかも、ドイツグラモフォンから、ロサンゼルスフィル。
ウィーンやロンドンのヨーロッパ録音でなく、アメリカでのDG録音。
目の覚めるくらいに、素晴らしい録音。

メインのガーシュインとともに、何度聴いたかわかりません。
わたしにとって、永遠の名盤です。
若々しい表現はロスフィルならではで、老練な作者との抜群のコラボレーションです。

Bernstein_gershwin_nypo_2

  レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルハーモニック

                  (1961.3 @NY)


これぞ、この曲のオリジン。
ほやほやの本場演奏。

いま聴けば、粗いし、勢いが良すぎる。

けれど、喜びも悲しみも、爆発も、すべてがハイテンション。
このナイスな感情表出こそ、アメリカの最盛期。
わたしたちが、憧れた「ザ・アメリカ」。
その憧れも、なに恥じることなく、バーンスタインのもの、まっすぐストレート。

笑って、喜んで、怒って、拳を振り上げ、正義を振りかざし、そして失意し、悲しむ。

そんな感情をむき出しに、堂々としてる眩しい曲に演奏だ。

Bernstein_ntt_lso_2

  マイケル・ティルソン・トーマス指揮 ロンドン交響楽団

                  (1993.9 @ヘンリーウッドホール、ロンドン)


作者没して、この曲を普遍的に演奏する・・・と思いきや、思いきり、小又が切れあがり、リズムも、キッレ切れで、かっこよすぎる演奏がすぐさまに、しかもDGに録音された。

このCDは、わたしの大好きなF・フォン・シュターデがアリアと舟歌で登場しているものだから、95年に発売時すぐさま買いました。
ハンプソンも歌うそちらも大いに気に入りましたが、余白に入ったこの名曲。
このMTTの演奏が抜群に素晴らしかった。

リズミカルな小澤&SFSOよりも、はるかにキレがある。
20分のなかに、しっかりドラマを築いてる。
しんみりとしたエンディングが、作者の没頭した濃厚さよりは、さっぱりとしているところもよい。

いまや、数々の演奏で聴けるシンフォニックダンス。

まだまだこれから、いろんな演奏が登場することでしょう。

バーンスタインも、演奏で楽しむ時代になってます!

| | コメント (8) | トラックバック (0)
|

2013年8月 7日 (水)

ベルリオーズ 幻想交響曲 バーンスタイン指揮

Hamamatsucho201308_a

8月の小便小僧は、ライフジャケットに身を包んだ、海上保安部の救護隊のいでたち。

今日から、関東はまた猛暑がぶり返し、しばらくの間、また暑い日々とのお付き合い。

そんな中、暑そうにも思えるコスプレ姿に、「ごくろうさま」と申し上げたいです。

Hamamatsucho201308_b

彼の背負う今月の旗は、強力です。

夏の海難事故は、慎重な準備と心持ちで防げるものです、と彼も申しておりました。

西日の厳しい浜松町駅の8月の小便小僧でした。

Bernstein_2

   ベルリオーズ   幻想交響曲 

 レナード・バーンスタイン指揮 ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団

                          (1968.3.5 NY)


二度目のチャレンジ。

バーンスタインとニューヨークフィルの幻想交響曲の1968年盤。

1年ほど前に手に入れました。かつて持っていたレコードと同じように思います。

Berlioz_symphanta_bernstein

このCDには、レコード時代に17センチレコードとして付録についていた「ベルリオーズのサイケデリックな旅行」というバーンスタイン自身による解説が、余白に収録されてます。

本編も、68年ものとされつつ、実は旧録の62年ものだった以前の記事の音源と比較しましたが、明らかに異なる演奏だった。

無理に響きがよくマスタリングされた、前回のロイヤルコレクションのなかの1枚と比べて、まずなによりも音の生々しさが目立ちます。
洗練さはひとつもなく、むしろ62年物のほうが響きが付加された分、瑞々しく感じます。
音楽の持つリアリティさにかけては、こちらの方がむしろ、破天荒なベルリオーズっぽい。
録音がデッドなぶん、なおさらに感じる急緩の鮮やかさと、オーケストラの指揮者への忠実な反応ぶり。

1楽章から、思いきり、突っ走ってます。
リズムの刻みも克明で、がんがん迫ってきます。切羽詰まってます。
ベルリオーズの夢中な心境はこうでなくっちゃ。
 2楽章のワルツの弾みまくるイキの良さも特筆もの。
62年物もいいが、このとき、バーンスタインは、ヨーロッパへの定期航路も拓けて、意気揚々としていた時分。
 ゆったりと進行しつつ、後年のような濃厚さに結びつかない3楽章。
盛り上がりのか所では、激情ぶりを示し、野の情景がこんなにドラマティックだったことに驚き。
 そして、デッドな雰囲気がもっとも有効に作用した断頭台への行進。
無慈悲な打楽器に、エグい金管とベース、仕上げにチョンとばかりに音を切り上げる大胆さ。
 ヴァルプルギスの魔女たちと、破滅に追いやられたその当の熱き思いの彼女が踊るさまを、やたらとリアルな金管のデフォぶり。
テンポは快適なまでに早くて、聴いててどんどん次が欲しくなる、次はどうなるんだ的な、先へ先へとページを進めたくなる「あまちゃん」症候群に陥る。
そして、万事、思いの通りに、絵に描いたようにドラマティックに進攻を受け、最後には、快哉を叫ぶこととなるんです。

バーンスタインの一番面白かったのは、60年代後半から、70年代一杯だと思います。
もちろん、それ以降の深みは独特のものがありますが、音楽の生きづき方の新鮮なことにかけてはその前の時代のものが一番。

1970年に、バーンスタインはニューヨークフィルと万博記念公演で来日して、この幻想と、ベートーヴェンの7番、マーラーの9番を演奏しております。
そのいずれもが、歴史に残る名演だったといいますが、小学生だったわたくしは、レコ芸のバーンスタイン特集でもって、指をくわえて読んで想像するしかなかった時分でした。

Bernstein

まだまだ元気だったレコード業界。

CBSソニーレーベルは、バーンスタインの新譜・旧譜を毎月のように発売して、ファンを刺激していた時代でした。
一方の、日本ポリドールは、カラヤンを同じようにして売り出していて、クラシックファンは、両巨頭から目を離すことができない日々でしたのです。

いまはもう昔のことにございます。

 過去記事

「バーンスタイン&ニューヨークフィル 62年盤」

「バーンスタイン&フランス国立管   76年盤」

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2013年5月10日 (金)

チャイコフスキー 交響曲第3番「ポーランド」 バーンスタイン指揮

Mikan

みかんの花です。

連休中の実家は、秋から初冬に果実を結ぶ木々の花がほころんでおりました。

みかんや夏みかん、その甘い香りは、初夏の香りそのもの。

Kaki

そして、こちらは柿の若葉。

もうじき、この中から花が出てくるんです。

あと、実家には梅やレモン、キウイもあるんです。

そして当然に、これからの季節、虫ちゃんもたくさんやってきます。

幼虫・毛虫系がダメな方は卒倒すると思いますよ。

季節の循環が体感できる、そこそこ田舎がいいです。

Tcaikovsky_sym3_bernstein

 チャイコフスキー 交響曲第3番「ポーランド」

   レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルハーモニック

             (1970.2.10@エヴァリー・フィッシャー・ホールNY)


チャイコフスキーの交響曲シリーズをゆっくりと継続中。

この3番は、1875年35歳のときの作品で、「白鳥の湖」を完成しつつあり、オペラもすでに数曲。これより最充実気を迎えるチャイコフスキー。
翌年には、メック夫人との出会いを控えておりました。
 

5楽章形式で、終楽章にポーランドの舞曲が使われているところから、「ポーランド(ポーリッシュ)」の名称が付与されたとされます。
それ以外の4つの楽章も、リズミカルで、どこか舞踏的なイメージがあって、調整もニ長調で明るく楽天的であります。

暗い開始部分を持つもののすぐに弾むように邁進する楽しい1楽章。
レントラー風の3拍子の2楽章。
抒情的でありながら、そこはチャイコフスキー。しっかりとロシアの大地の香りをにじませてくれる素敵な3楽章。
メランコリックで、流動的な4楽章はスケルツォ。トロンボーンが活躍。
この楽章、なにげにワタクシは好きですよ。
華麗なバレエ音楽のような終楽章は、終結部が大盛り上がり。


これまで、2度、この曲を取り上げてますが、またもや同じこと書きます。
ハイティンクのレコードが初聴きのこの曲。
間違えてB面(すなわち3楽章)から聴きはじめ、A面(すなわち2楽章)で終了するという聴き方を初回にしてしまった。
解説も読まずに挑んだこともあるが、どうにもしっくりこないし、もしかしたらそんな曲なのかも、と思って、解説を読み、A→Bでちゃんと聴き直したことのある、思い出の「ポーリッシュ」。

いまやいくつもの音源を持ってますが、今日は元気のいいバーンスタイン盤で。
チャイコフスキー全集を作るのに一気に録音してしまった感のある、バーンスタインの1番と3番。
希少な録音かもしれません。
DG再録音にもう一度やっていたら、濃厚壮絶な3番となっていたと思います。
70年、万博で来日する直前のこちらの録音では、バーンスタインとNYPOのコンビの最善の姿が記録されております。
それは、音楽の推進力の勢いと、音楽を作り上げる感覚的な楽しみが聴いてとれること。
乾いた録音と、オケの粗さはありますが、それ以上に若いエモーションが聴いていて気持ちが良く、アメリカのチャイコフスキーという健康的かつ健全な演奏になっていると思います。

初夏に聴いて、実にお似合いの演奏なのでした。

 過去記事

「アバド&シカゴ響」

「ヤンソンス&オスロフィル」

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2013年2月 7日 (木)

マーラー 交響曲第10番からアダージョ バーンスタイン指揮

Zojyoji_1

昨日の雨や雪、今日の暖気、首都圏は春の兆しを強めつつあります。

先週末の超温暖もあって、梅の蕾も急速に開きつつありました。

本日、芝増上寺の梅の花です。

まだほんの1割程度ですが、近くの東照宮や芝公園では、5分咲きのものもありましたよ。

そちらはまた明日。

Zojyoji

梅の種類は色の違いばかりじゃないようです。

桜の華やかさと違って、健気で着実な感じですな。

そして、あたりに立ちこめる芳香は、冬の水仙とともに、その甘味な香りは、この時期に聴く世紀末系の音楽さながらに、わたくしを酔わせるのでした。

あともう少しで、沈丁花の香りも漂い始めますからして・・・・・。
あちらの香りは、わたしには完全にアルバン・ベルクです。

Bernstein_mahler9

   マーラー  交響曲第10番から 「アダージョ」

     レナード・バーンスタイン指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック

                          (1975.4 @NY)


マーラーの未完の10番は、オペラを書かなかったマーラーのオペラともいうべき、壮大かつ内向的な8番のあと、「9番」「大地の歌」「10番」と三部作のような死を前にした今際の淵にある人間の生への執着と告別のあい乱れる、極めて人間的・現世的な音楽の一環と終着点であります。

次回の神奈川フィルの定期演奏会は、この10番の、デリック・クック版による補筆完成の演奏会なのです!

  マーラー 交響曲第10番 D・クック補筆完成全曲版

    金 聖響 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

  2013年 2月15日 (金) 19:00 みなとみらいホール


マーラーの演奏が常態化したいまにあっても、この10番のクック版全曲の演奏会は、極めて稀ではないのでしょうか。
都内オケでも珍しく、N響ですら取り上げたことがないのではないのでは!

ですから是非、マーラー好きの方は、絶対に横浜へ!

全曲版の補筆完成版は、いま数種類、さらのメインのクック版にも数稿ありますが、10番全曲にチャレンジされる方は、あまり版の違いはことさら考えることなく、自筆がどこまでとか思うところは後回しにして、虚心にお聴きいただくがよいと思います。

そしてなにより、他の番号とのカップリング率の高い、完成版の第1楽章「アダージョ」だけならば、版云々は気にせずに「9番」の終楽章の延長として、さりげなく聴くことができると思います。
ただやはり、この楽章だけを収録した演奏は、どうしても完結感を表出しすぎる傾向を感じ取ってしまい、そのあと続く欠落2楽章以下のスケッチの存在を思い抱かせることがなくなってしまうように思えるのはやむないことでしょうか。
 もちろん、アダージョだけを演奏してるのであるから、あたりまえのことでありますが、完成版を多く耳にすることができるようになったいま、中途半端なアダージョだけの演奏では、どうにも満足感が得られなくなってしまったことを言いたかったのです。

そんな中でも、ついに全曲をやることなく去ってしまったバーンスタインの「アダージョ」の例のごとくの没頭的・刹那的な完結感は、この先が見越せないやるせなさと、切実な終末を感じさせるのでありました。
強烈なカタストロフの咆哮にも心奪われるのですが、わたしには、アダージョの最終部の最高音域の連続とトランペットの咆哮には、作曲者と指揮者の民族を同じくする血の叫びのように感じるのです。
不安と叫弾であり、そして平安。

ウィーンフィルの音色が美しいDG盤も好きだが、ニューヨークでのスタジオ録音の多少は粗さのある切実さの方が好きです。

| | コメント (6) | トラックバック (1)
|

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

いぬ | ねこ | アイアランド | アバド | アメリカ音楽 | イギリス音楽 | イタリアオペラ | イタリア音楽 | ウェーベルン | エッシェンバッハ | エルガー | オペラ | カラヤン | クラシック音楽以外 | クレー | コルンゴルト | コンサート | シェーンベルク | シベリウス | シュナイト | シュレーカー | シューベルト | シューマン | ショスタコーヴィチ | ショパン | スーク | チャイコフスキー | チャイ5 | ツェムリンスキー | テノール | ディーリアス | ディーヴァ | ドビュッシー | ドヴォルザーク | ハイティンク | ハウェルズ | バス・バリトン | バックス | バッハ | バルビローリ | バレンボイム | バーンスタイン | ヒコックス | ビートルズ | ピアノ | フィンジ | フォーレ | フランス音楽 | ブラームス | ブリテン | ブルックナー | プッチーニ | プティボン | プレヴィン | ベイスターズ | ベネデッティ | ベルク | ベルリオーズ | ベートーヴェン | ベーム | ホルスト | ポップ | マリナー | マーラー | ミンコフスキ | メータ | モーツァルト | ヤナーチェク | ヤンソンス | ラフマニノフ | ランキング | ラヴェル | ルイージ | レクイエム | レスピーギ | ロシア系音楽 | ローエングリン | ワーグナー | ヴェルディ | ヴォーン・ウィリアムズ | 北欧系音楽 | 古楽全般 | 器楽曲 | 小澤征爾 | 尾高忠明 | 幻想交響曲 | 料理 | 新ウィーン楽派とその周辺 | 旅行・地域 | 日本の音楽 | 日記・コラム・つぶやき | 映画 | 書籍・雑誌 | 東欧系音楽 | 歌入り交響曲 | 現田茂夫 | 神奈川フィル | 第5番 | 若杉 弘 | 趣味 | 音楽 | 飯守泰次郎 | R・シュトラウス