カテゴリー「コルンゴルト」の記事

2017年6月 3日 (土)

コルンゴルト ヴァイオリン協奏曲 ホープ、フラング、カヴァコス

Tokyo_tower_4m

晴れの日の5月の空、そしてタワーに美しの花。

気持ちいいもの、大好きなものに囲まれて過ごすことの幸せは、誰しもそう願いたいもの。

でもなかなかに、そうはいかないもの。

とても忙しくなった4月以降。

ことに5月は。

それでも、懐かしさと切なさ、そしてほろ苦い思い出に包まれつつ過ごす日々に、マーラーとコルンゴルトの音楽はうってつけだ。
次はディーリアスかな。

愛するコルンゴルトのヴァイオリン協奏曲をいくつか入手したので、ずっと聴いております。
 
Korngold_frang

       コルンゴルト ヴァイオリン協奏曲 ニ長調

        Vn:ヴィルデ・フラング

    ジェイムス・ガフィガン指揮 フランクフルト放送交響楽団

                   (2015.7,8 @フランクフルト)


ノルウェー出身のフラングのヴァイオリンは、初めて聴いた。

もう日本には何度か来ているし、CDもそこそこに出ている。

若いのに、着実に実績を積みつつある実力派のようだ。

チャイコフスキーやメンデルスゾーンだったら買わないけれど、コルンゴルトと、おまけにカップリングがブリテンときたら、それはもう!
ちなみに、ムターとプレヴィンのコルンゴルトも愛聴しているが、カップリングのチャイコフスキーは、いまだに聴いたことがないのである・・・・・

さて、このヴィルデちゃんのコルンゴルト、実に自然体で伸びやかななのであります。
それでいて音楽へののめり込み具合も、ある意味、必死感があって、とてもスリリングにも感じる。
彼女によれば、この曲は、ブリテンとともに、2曲携えてレコーディングすることが、長年の夢だったそうな・・。
そんな想いを、ひしひしと感じ取れる夢中さ。
それでいて、冒頭に書いたとおり、自然なのであります。
ノルウェーの山と湖の自然のなかで、伸びのびと育ったと、本人が言っているように、天然素材のようなヴァイオリンの音色で聴くコルンゴルトは、ほんと美しい。
ことに2楽章のロマンスは美品。

ジャケットは、いかにも北欧美人でステキですが、映像などいくつか観たら、まだまだ健康的な女の子って感じ。
大好きなニコラ・ベネデッティが、このところ、大人の女性に変貌しつつある。
ヴィルデちゃも、いつか・・・・、むふふのお楽しみである。


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       コルンゴルト ヴァイオリン協奏曲 ニ長調

        Vn:ダニエル・ホープ

 アレクサンダー・シェリー指揮 王立ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団

                   (2013.1 @ストックホルム)


「ベン・ハー」の愛のテーマで、いきなり始まる秀逸な企画の1枚。

ESCAPE TO PARADISEと題された、ハリウッドにまつわる銀幕の音楽をぎっしり詰め込んでいるのだ。
そんななかに、主役のように配されているのが、コルンゴルトのヴァイオリン協奏曲。

ナチスのドイツから逃れた先がハリウッドの映画界。
コルンゴルトの映画音楽もたくさんあるし、このヴァイオリン協奏曲も、自身のそんな映画音楽から、旋律が編み取られている。

今回は、この協奏曲のみに絞りますが、楽園として亡命した何人かのハリウッドを飾った作曲家たちの素敵な作品も、またいつか取り上げたいと思います。

ヴィルデ・フラングのあと、ダニエル・ホープのヴァイオリンを聴くと、やはりスケール感と練り上げられた音色の深みが違うことに気づきます。
大人の音楽。

繊細さでは、ダニエルさんのほうが上回り、快活さや技巧の冴えではヴィルデちゃん。
1楽章からして、苦みの効いたサウンドが、わたしの気持ちをわしづかみにしてくる。
遠くを見通すかのような淡さもあるし、第2楽章では、過ぎ去った日々を懐かしむ、そんな儚い男の夢にぴたりと寄り添ってくれる、そんなホープの優しいヴァイオリンに涙したい。

ところが3楽章では、それじゃダメとばかりに、エッジの効いた鋭さで、背中を思い切り押してくれる前向きなヴァイオリンを聴かせるホープさん。
歌いまわしも自在で、いやぁ、これはいい。
 
Brso

   コルンゴルト ヴァイオリン協奏曲 ニ長調

        Vn:レオニダス・カヴァコス

    マリス・ヤンソンス指揮 バイエルン放送交響楽団

                   (2016.1.14 @ミュンヘン)


バイエルン放送局のネット配信で視聴したのがこちら。

録音もしちゃいました。

画質も音質も、この局のものはほんとに素晴らしい。
いずれ、音盤になるのかな?
なんたって、ヤンソンスのコルンゴルトだから!!

ちなみに、この日の演奏会の演目は、コリリアーノに、この協奏曲に、ラフマニノフの「鐘」という渋いけれど、好きなひとには堪らないもの。
さらに、このあとの欧州ツアーでは、コルンゴルトに、ショスタコーヴィチの7番。

バイエルンに一筋の男ヤンソンス。
そんなヤンソンスの情熱に、バイエルン放送響の輝かしさと、明るい音色が加わって、絶品のオーケストラ伴奏となっている。
艶やかな弦に、木管のあたたかな囁き、そしてマイルドな金管、色気あるホルン。
ほんと、いいオーケストラだ。

おっと、カヴァコス氏を忘れちゃいけない。
今回の3人のヴァイオリニストのなかで、一番年長。
そのお姿のように、求道的ともいえる集中力を感じる、研ぎ澄まされたヴァイオリンの音色。
そして、驚きの2楽章の美演。
音色の美しさでは、もしかしたら、今回の3人のなかで、一番。
終楽章の盛り上がりも、ライブならではだし、みんな乗せちゃうヤンソンスの指揮の力もあるかも。
 DVDでの演奏も、カヴァコスにはあるけれど、もう一回確認してみなくては。
オーケストラの魅力もあるが、今回の3つの演奏の中では、一番バランスがよい。

で、どれが一番好きかって?

そりゃ、全部だよ。

さて、今宵も、コルンゴルトの音楽に咽び泣きつつ、盃を呷るのでありました・・・・・・。


Tokyo_tower_4m_1

過去記事


「ムター&プレヴィン」

「パールマン&プレヴィン」

「ハイフェッツ」

「シャハム&プレヴィン」

「ハイフェッツ&ウォーレンシュタイン」

「ベネデッティ&カラヴィッツ」


「ズナイダー&ゲルギエフ」

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2017年5月21日 (日)

コルンゴルト 「死の都」 ヴァイグレ指揮

Ninomiya_fuji_2

神奈川の家から遠く富士の夕暮れ。

一日の終わりは、壮麗な夕焼けで幕引きになるのが好き。

そして、後ろ髪をひかれるようにして、昼は去り、夜がやってくるのだ。

こんな景色を大学生の時まで見て暮らした。

社会人になると東京と千葉へ。
でも自分に一番の街はここ。

去ったけど、一生去れない場所。

終わりがなければ始まらない。

そんなことをいくつか繰り返してきたけれど、この春にも大きな変化があったことは、これまでに書いた通り。

マーラーの10番をピークに別れを音楽で追い求めたものだ。

そして、ここしばらくは、コロンゴルトの音楽に足を止めようではないか。

Korngold

  コルンゴルト  「死の都」

   パウル:クラウス・フローリアン・フォークト
   マリエッタ、マリーの幻影:タチアナ・パヴロフスカヤ
   フランク、ピエロ:ミヒャエル・ナジ  ブリギッタ:ヘドヴィク・ファスベンダー
   ユリエッテ:アンナ・ライベルク    ルシエンヌ:ジェニー・カールシュテット
   ガストン:アラン・バルネス       ヴィクトリン:ユリアン・プレガルディエン
   
  セバスチャン・ヴァイグレ指揮 フランクフルト歌劇場管弦楽団
                      フランクフルト歌劇場合唱団

                         (2009.11@フランクフルト歌劇場)


またかとお思いでしょうが、コルンゴルトのオペラ「死の都」であります。

このヴァイグレ盤、このところ毎日のように流し続けていて、4年前に入手していらい、以前はさほどでもなく思っていた、フォークトのパウルが実に素晴らしいことに、いまさらながらに気が付いた。

誰もが、フォークトの美声と、そのユニークなヘルデンの常識を覆すような不思議なほどの力感に驚かれていることの思います。
しかし、よく考え抜かれた歌唱は、どんな役柄でも、フォークトなりの完璧さでもってなりきってしまうことの凄さ。
 パウルという役柄の難しさは、全幕ほとんど出ずっぱりで、没頭感をもって、ドラマティックな力感を伴った歌唱を駆使しまくらなくてはないらいし、甘美さや、ほろ苦い諦念も歌いこまなくてはならないので、パウル歌手は、これまで限定的な存在だった。

ルネ・コロ、J・キング、イェルザレム、T・ケルルなど、いずれもジークムントやトリスタンを歌うような歌手たちの持ち役だ。

そんななかにあってのフォークトの歌の存在。

パウルの心情に同化してしまったかのような、繊細極まりない知的かつ、情熱的な歌唱。
すべてが考え抜かれ、言葉をじっくりと歌いこんでいるのがわかる。
華奢ななかにも、スピントの効いた力強さと、圧倒的な声量も。
きらきらした退廃具合も申し分なし。
いままで、コロとケルルばかりだった私の理想のパウルに、遅ればせながらフォークトが加わった。

このフランクフルト・ライブは、歌手ではフォークトの独り舞台かもしれないが、マリンスキー育ちのパヴロフスカヤは、悪くないが、フレミングの声に似ていて、ちょっと隈取りが濃いかも。
ナジのフランク&ピエロはよい。
バイロイトでもウォルフラムなどで活躍のイケメンバリトンは、今後とも注目。

ライブながら、録音は実によく、オーケストラ・ピットの生々しい音が臨場感豊かに聴こえる。
ヴァイグレの整然としつつ、全体のバランスをよく見通したスタイリッシュな指揮はこれでよいと思う。
まだ音源は多くはないが、過去の正規音源のなかの指揮者では、一番いい。

添付のリブレットには、舞台写真が豊富に載せられていて、想像力を刺激してくれる。
フォークトはスキンヘッドで、詰襟を着ていて、ちょっと病的な感じだし、死神や老婆もたくさん・・・・、マリエッタは赤いドレスで、普通に美しいし。
映像で観てみたいものです。

映像といえば、新国で観たホルテン演出の舞台のDVDでは、フォークトなんだよな。
手に入れねばね。

Ninomiya_fuji_3

現実と夢想が、行き来して、リアルな現実も、夢も、どっちも明滅するように、それこそ、自分の夢に出てくるようになった。

 しかし、現実の人間たる自分は弱いけど、妙に強い。
いまの現実は、前では考えられなくなった違った忙しさに包まれるようになった。
過ぎ去った夢、だんだんと過去のものとして、置き換え、忘れようとしつつあるのが、これまた夢のなか・・・・・・・・。

こんな男の心情にぴたりとくるものを描きつくした、若きコルンゴルトに、啓稔をすら感じます。

 わが憧れ、わが惑いが、この夢に蘇る。

 踊りで得て、そして失ったわが幸せ
 ラインの川沿いで踊る
 月光のなかで、青い瞳が、この身に
 切なる眼差しをそそぎ
 辛い思いを訴える
 ここにいて どこにもいかないで
 故郷を見守って、静かに花開く幸せを
 わが憧れ、わが惑いが この夢に蘇る
 遥かなる魔力が この魂に 火をともす
 踊りの魔力に誘われ
 役者へと たどりつく
 優しすぎる あの女に従い
 涙ながらの口づけを知る

 酔いと苦しみ 惑いと幸せ
 これが曲芸師の定めか
 わが憧れ わが惑いが
 この夢に蘇る
 蘇る 蘇る・・・・


      (訳:広瀬大介)

 この身にとどまるしあわせよ

 永遠にさらば 愛しいひとよ
 死から生が別たれる
 憐れみなき避けられぬさだめ
 光溢れる高みでこの身を待て
 ここで死者がよみがえることはない


      (訳:広瀬大介)


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2017年1月14日 (土)

コルンゴルト 「死の都」 ピエロの歌 ニコラ・ベネデッティ

Ginza_douri_2

銀座通り、イルミネーション、ヒカリミチ。

先日の連休まででおわり、いまは、普通の通りに戻っていることかと思います。

が、しかし、そこのあふれる人々の顔触れは、繁忙期も閑散気もかわらない、かの国を中心とした声高な面々。

日本中、どこにもかしこにも・・・・あ、もう言いません。

Ginza_douri

ブランド店ばかりだけど、ともかく、きれいで憧れに満ちた銀座。

昭和のわたくしには、いつまでも、銀座への渇望と憧れはやみません。。。。

銀座には物理的に行けるけれど、その先の本質には行けない、そんなもどかしさが、きっと一生あるんだろうな。

銀座には関係ないけど、こんな眩ゆさと、影の姿を両面あわせもつ、はかない音楽を。

そう、もう何度もここに登場してるコルンゴルトの最愛のオペラのなかの一節。

Silver_violin_1

  コルンゴルト  「死の都」 第2幕から

       ピエロの歌

 わが憧れ、わが惑いが、この夢に蘇る。

 踊りで得て、そして失ったわが幸せ
 ラインの川沿いで踊る
 月光のなかで、青い瞳が、この身に
 切なる眼差しをそそぎ
 辛い思いを訴える
 ここにいて どこにもいかないで
 故郷を見守って、静かに花開く幸せを
 わが憧れ、わが惑いが この夢に蘇る
 遥かなる魔力が この魂に 火をともす
 踊りの魔力に誘われ
 役者へと たどりつく
 優しすぎる あの女に従い
 涙ながらの口づけを知る

 酔いと苦しみ 惑いと幸せ
 これが曲芸師の定めか
 わが憧れ わが惑いが
 この夢に蘇る
 蘇る 蘇る・・・・

      (訳:広瀬大介)

オペラでは、妻を失い、街で見かけた妻そっくりの踊り子に声をかけるが、あとは、彼女の劇団グループも妄想と夢想のなかで登場し、恋敵たるピエロが、踊り子に対して歌うのをうつつに聴く・・・・

そんなピエロは、上演の際には、主人公の友人役の裏役として扱うことが多い。
それは、例えば、「タンホイザー」における、エリーザベトとヴェーヌスに二面性と、それをひとりで受け持つクンドリーみたいな感じだ。

この甘味なる音楽における、コルンゴルトの若き筆致は、ほんとうに耳がとろけるほどに素晴らしい。

バリトンの歌を、ヴァイオリンで素敵に演奏したニコラ・ベネデッティの、ある意味、健康的で、ヴィヴィットな弾きぶりにうっとり。
もう何度も記事にしてますね。
ほんと好きなんだから。

それと、本来のバリトンの歌では、ヘルマン・プライの友愛と、ビターなほろ苦さにあふれた歌が好き。

Korngold_die_tote_stadt

ついでに、このオペラ、第2幕への前奏曲も壮大でゴシック感も出てて素敵です。

わたくしは、全部聴けないときには、ちょくちょく、この前奏曲と、ピエロの歌と、マリエッタの歌を抜き出して聴いてます。

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2016年3月30日 (水)

大好きなオペラ総集編

Tokyo_tower

桜は足踏みしたけれど、また暖かさが戻って、一気に咲きそう。

まだ寒い時に、芝公園にて撮った1枚。

すてきでしょ。

大好きなオペラ。

3月も終わりなので、一気にまとめにはいります。

Tristan

  ワーグナー 「トリスタンとイゾルデ」

ワーグナーの魔力をたっぷりと含んだ、そう魅惑の媚薬のような音楽。
この作品に、古来多くの作曲家や芸術家たちが魅かれてきたし、いまもそれは同じ。
我が日本でも、トリスタンは多くの人に愛され、近時は、歌手の進化と、オーケストラの技量のアップもあって、全曲が舞台や、コンサート形式にと、多く取り上げられるようになった。

わたくしも、これまで、9度の舞台(演奏会形式も含む)体験があります。

そして、何度も書いたかもしれませんが、初めて買ったオペラのレコードがこのトリスタンなのであります。
レコード店の奥に鎮座していた、ずしりと重いベームの5枚組を手に取って、レジに向かった中学生を、驚きの眼差しでもって迎えた店員さんの顔はいまでも覚えてますよ。

ですから、指揮も歌手も、バイロイトの響きを捉えた、そう右から第1ヴァイオリンが響いてくる素晴らしい録音も、このベーム盤がいまでも、わたくしのナンバーワンなんです。

次に聴いた、カラヤンのうねりと美感が巧みに両立したトリスタンにも魅惑された。
あとは、スッキリしすぎか、カルロスならバイロイトかスカラ座のライブの方が熱いと思わせたクライバー盤。ここでは、コロの素晴らしいトリスタンが残されたことが大きい。
 それと、いまでは、ちょっと胃にもたれるバーンスタイン盤だけど、集中力がすごいのと、ホフマンがいい。
フルトヴェングラーは、世評通りの名盤とは思うが、いまではちょっと辛いところ。

あと、病後来日し、空前絶後の壮絶な演奏を聴かせてくれたアバド。
あの舞台は、生涯忘れることなない。
1幕は前奏曲のみ、ほかの2幕はバラバラながら聴くことができる。
透明感あふれ、明晰な響きに心が解放されるような「アバドのトリスタン」。
いつかは、完全盤が登場して欲しい。

Ring_full_2

  ワーグナー 「ニーベルングの指環」

わたくしの大好きなオペラ、ナンバーワンかもしれない・・・

興にまかせて、こんな画像を作っちゃいました。

オペラ界の大河ドラマとも呼ぶべきこの4部作は、その壮大さもさることながら、時代に応じて、いろんな視点でみることで、さまざまな演出解釈を施すことができるから、常に新しく、革新的でもある。
 そして、長大な音楽は、極めて緻密に書かれているため、演奏解釈の方も、まだまださまざまな可能性を秘めていて、かつては欧米でしか上演・録音されなかったリングが、アジアや南半球からも登場するようになり、世界の潮流ともなった。

まだまだ進化し続けるであろう、そんなリングの演奏史。

でも、わたくしは、古めです。
バイロイトの放送は、シュタインの指揮から入った。

Bohm_ring1

そして、初めて買ってもらったリングは、73年に忽然と出現したベームのバイロイトライブ。
明けても覚めても、日々、このレコードばかり聴いたし、分厚い解説書と対訳に首っ引きだった。
ライブで燃えるベームの熱い指揮と、当時最高の歌手たち。
ニルソンとヴィントガッセンを筆頭に、その歌声たちは、わたくしの脳裏にしっかりと刻み付けられている。
なんといっても、ベームのリングが一番。

そして、ベーム盤と同時に、4部作がセットで発売されたカラヤン盤も大いに気になった。
でも、こちらと、定盤ショルティは、ちょっと遅れて、CD時代になって即買い求めた。
歌手にでこぼこがあるカラヤンより、総合点ではショルティの方が優れているが、それにしても、カラヤンとベルリンフィルの作り上げた精緻で美しい、でも雄弁な演奏は魅力的。

あと、忘れがたいのが、ブーレーズ盤。
シェローの演出があって成り立ったクリアーで、すみずみに光があたり、曖昧さのないラテン的な演奏だった。歌手も、いまや懐かしいな。
 歌手といえば、ルネ・コロのジークフリートが素晴らしい、そしてドレスデンの木質の渋い響きが味わえたヤノフスキ。

舞台で初めて味わったのが日本初演だったベルリン・ドイツ・オペラ公演。
G・フリードリヒのトンネルリングは、実に面白かったし、なんといっても、コロとリゲンツァが聴けたことが、これまた忘れえぬ思い出だ。

舞台ではあと、若杉さんのチクルスと、新国の2度のK・ウォーナー演出。
あと、朝比奈さんのコンサート全部。
みんな、懐かしいな。。。

以下、各国別にまとめてドン。

ドイツ

 モーツァルト   「フィガロ」「ドン・ジョヴァンニ」「コシ・ファン・トゥッテ」「魔笛」

 
 ワーグナー   「さまよえるオランダ人」「タンホイザー」 「ローエングリン」
           「トリスタンとイゾルデ」「ニュルンベルクのマイスタージンガー」
            「ニーベルングの指環」「パルシファル」

 ダルベール   「低地」

 R・シュトラウス 「ばらの騎士」「ナクソスのアリアドネ」「影のない女」「アラベラ」
            「ダフネ」「ダナエの愛」「カプリッチョ」

 ツェムリンスキー 「フィレンツェの悲劇」 (昔々あるとき、夢見るゾルゲ2作は練習中)

 ベルク      「ヴォツェック」「ルル」

 シュレーカー   「はるかな響き」 「烙印された人々」「宝探し」

 コルンゴルト  「死の都」「ヘリアーネの奇蹟」「カトリーン」

 ブラウンフェルス 「鳥たち」

 レハール    「メリー・ウィドウ」「微笑みの国」

イタリア

 ロッシーニ   「セビリアの理髪師」「チェネレントラ」

 ヴェルディ   「マクベス」「リゴレット」「シモン・ボッカネグラ」「仮面舞踏会」
           「ドン・カルロ」「オテロ」「ファルスタッフ」

 カタラーニ   「ワリー」

 マスカーニ   「イリス」

 レオンカヴァッロ  「パリアッチ」「ラ・ボエーム」

 プッチーニ   「マノン・レスコー」「ラ・ボエーム」「トスカ」「蝶々夫人」「三部作」
           「ラ・ロンディーヌ」「トゥーランドット」

 チレーア    「アドリアーナ・ルクヴルール」

 ジョルダーノ  「アンドレア・シェニエ」「フェドーラ」

 モンテメッツィ 「三王の愛」

 ザンドナーイ  「フランチェスカ・ダ・リミニ」

 アルファーノ  「シラノ・ド・ベルジュラック」「復活」

 レスピーギ   「セミラーナ」「ベルファゴール」「炎」

フランス

 オッフェンバック 「ホフマン物語」

 ビゼー      「カルメン」

 グノー      「ファウスト」

 マスネ      「ウェルテル」

 ドビュッシー   「ペレアスとメリザンド」

イギリス
 

 パーセル   「ダイドーとエネアス」

 スマイス    「難破船掠奪者」

 ディーリアス  「コアンガ」「村のロメオとジュリエット」「フェニモアとゲルダ」

 R・V・ウィリアムズ  「毒の口づけ」「恋するサージョン」「天路歴程」

 バントック   「オマール・ハイヤーム」

 ブリテン    「ピーター・グライムズ」「アルバート・ヘリング」「ビリー・バッド」
          「グロリアーナ」「ねじの回転」「真夏の夜の夢」「カーリュー・リバー」
          「ヴェニスに死す」

ロシア・東欧

 ムソルグスキー 「ボリス・ゴドゥノフ」

 チャイコフスキー 「エフゲニ・オネーギン」「スペードの女王」「イオランタ」

 ラフマニノフ    「アレコ」

 ショスタコーヴィチ 「ムチェンスクのマクベス夫人」「鼻」

 ドヴォルザーク   「ルサルカ」

 ヤナーチェク    「カーチャ・カヴァノヴァ」「イエヌーファ」「死者の家より」
             「利口な女狐の物語」「マクロプロス家のこと」

 バルトーク     「青髭公の城」

以上、ハッキリ言って、偏ってます。

イタリア・ベルカント系はありませんし、バロックも、フランス・ロシアも手薄。

新しい、未知のオペラ、しいては、未知の作曲家にチャレンジし、じっくりと開拓してきた部分もある、わたくしのオペラ道。
そんななかで、お気に入りの作品を見つけたときの喜びといったらありません。

それをブログに残すことによって、より自分の理解も深まるという相乗効果もありました。

そして、CD棚には、まだまだ完全に把握できていない未知オペラがたくさん。

これまで、さんざん聴いてきた、ことに、長大なワーグナー作品たちを、今後もどれだけ聴き続けることができるかと思うと同時に、まだ未開の分野もあるということへの、不安と焦り。
もう若くないから、残された時間も悠久ではない。
さらに、忙しくも不安な日々の連続で、ゆったりのんびりとオペラを楽しむ余裕もなくなっている。
それがまた、焦燥感を呼ぶわけだ。

でも、こうして、総決算のようなことをして、少しはスッキリしましたよ。

リングをいろんな演奏でツマミ聴きしながら。。。。
 

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2016年3月 5日 (土)

コルンゴルト 交響的序曲「スルスム・コルダ」 リヒター指揮

Shibapark

昼間は、すっかり暖かくなり、夜気も徐々に緩みつつあります。

先週は、風邪をこじらせて、完全沈没してしまった。

ここ数年、風邪をひかなかったのに、歳と共に、体も、気力も無理が効かなくなってきた感がありです。

Korngold


コルンゴルト  交響的序曲「スルスム・コルダ」~心を高く上げよ op13
                     (Sursum Corda)


       カスパール・リヒター指揮 リンツ・ブルックナー管弦楽団

                    (1999.3 @リンツ ブルックナーハウス)


コルンゴルト(1897~1957)の作品番号付きでは、3つめのオーケストラ曲。

1919年に作曲、初演は1920年1月、ウィーンにて作曲者自身。

23歳での作品でありますが、それまでに、オペラをすでに3作(ポリクラテス、ヴィオランタ、死の都)を仕上げているので、オーケストラ技法においては、ますます充実に極みにあったわけです。

そもそも、この曲のタイトル。
「スルスム・コルダ」とは、なんとヘンテコなタイトルかと思いますね。

Sursum Corda、すなわち、ラテン語で、「あなたの心を揚げよ」。
英語では、「Lift up your Hearts!」。

ローマ帝国内に、キリスト教が広がりつつあった2世紀頃の典礼句の一節だったようです。
「主を見上げ、心を高く・・・」、こんな感じでしょうか。

ただし、このコルンゴルトの音楽には、そうした宗教観はまったくなくって、自身がこのタイトルについて述べたところでは、「闘争と大望、嵐と圧迫からの喜ばしい救出」という意味合いを込めたのだそうだ。

2年前に出会った、同じユダヤ系の音楽好きの女性、しかも、ピアノもソプラノの声も素晴らしかったルーツィと相思相愛になり、何度も逢瀬を重ねていた頃である。
そんな高揚した気分も、この曲には、しっかりと反映されていて、まさに、コルンゴルトの気持ちが、おおいに上がっていたなかでの作曲だったわけであります。
  そのルーツィとは、のちに、幸せな結婚をし、子供たちにも恵まれるコルンゴルトなのでした。

そんな幸せのなかにいたコルンゴルトは、音楽活動でも、神童から一流の青年音楽家として、ことにオペラ、「死の都」の爆発的な成功でもって、ヨーロッパにその名を轟かせていたわけですが、1920年の、この「スルスム・コルダ」の初演は、聴衆からの理解が得られずイマイチの成果に終わり、その後のベルリンなどでの再演でも、パッとした評価は得られませんでした。
でも、コルンゴルトは、この曲への想いは強かったのでしょう。
なんといっても、敬愛する、R・シュトラウスに捧げられていて、19分あまりの、まるで雄弁なシュトラウスの交響詩のような雰囲気を持っているのですから。
1922年のシカゴでの演奏会には、自身が、プログラムに、こと細かな楽曲解説を施しております。

そのシカゴの演奏会もいまひとつだったこの曲。
たしかに、明快な形式を持たず、でもソナタ形式の枠にはある。
でも、それは、後期ロマン派的なムードのなかで、かなり拡張解釈され、形式よりは、描写的、絵画的な音楽となっている。
それが、シュトラウスのように、具象性や明快さが伴わないものだから、とっつきが悪い結果となっている。
 しかし、何度も何度も、そして、いつものコルンゴルト節を、しっかり身に付けた耳で聴いてみると、これはこれで、実に魅力的な音楽なのだ。

愛するオペラ「死の都」のムードも踏襲され、旋律的なつながりも感じる。
そして大胆な和声と、ダイナミズムは、パワフルであるとともに、カラフルで、そして、一方で、コルンゴルトならではのクールな抒情。
わたくしには、極めて魅力的な音楽です。

コルンゴルトの管弦楽作品をおさめた音源のなかに、いくつも収録されてます。
手持ちでは、アルベルト、バーメルト、そして、今回のC・リヒターのものがあります。
 ブルックナーゆかりのオーケストラを指揮したリヒター盤が、オーストリアのオーケストラならではの丸い響きでもって、なかなかの雰囲気で聴かせてくれます。
録音の良さと、オーケストラの機能性では、バーメルト。
シュトラウスに近いサウンドでは、アルベルトでしょうか。

この曲では、生前、さっぱりだったコルンゴルトですが、18年後の1938年。
ハリウッドで、映画「ロビンフッドの冒険」の音楽に、この曲から転用していて、ロビン・フッドのテーマともなってます。
 まさに、その高揚感などは、「心を高く・・」という気分が相応しいものとなってますね!

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2015年12月23日 (水)

コルンゴルト 6つの素朴な歌

2

恵比寿ガーデンプレイスの豪奢なツリー。

じゅうぶん大人のワタクシでも、夢の面持ちになってしまいます。

Korngold

     コルンゴルト  6つの素朴な歌 op9

        バリトン:スティーヴン・キンブロー

 

        ピアノ :ダルトン・ボールドウィン

1916年に出版された、早熟のコルンゴルト、14歳から19歳にかけての歌曲集。
それぞれに、短いけれど、歳を追うごとにその作風が充実していくことがわかる作品集。

  1.「まつゆき草」     詩:アイヒェンドルフ

  2.「夜のさまよい人」       〃

  3.「セレナード」          〃

  4.「愛の手紙」      詩:ホーノルト

  5.「庭園の英雄の墓」  詩:キッパー

  6.「夏」           詩:トレビッチ


アイヒェンドルフの詩による最初の3つの作品は、1911年(14歳)。
「愛の手紙」が、1913年(16歳)。
残りのふたつの歌が、1916年(19歳)。

この中で、一番有名なのが、1曲目の「まつゆき草」。
春の初め、まつゆき草は楚々と咲くけれど、まだ残る雪に覆われ、萎れてしまう。
そんな様子を歌を読む詩人に例える。

そんなロマンティックな内容に、早熟のコルンゴルトは、ドイツロマン主義の延長線に立脚しながら、彼ならではの甘味なる旋律をつけました。
ほんとにステキな歌です。

ダイナミックなピアノ伴奏が引き立つ2曲目は、不気味な雰囲気も。
転じて明るいセレナードは、心弾む思いを。
2年後の「愛の手紙」では、あなただけど思い、愛します、と切々と歌い、シュトラウスやウォルフの歌曲の流れを感じさせ、シンプルな表情も好ましい。

そして、19歳の作である2曲は、CD解説にも書いてありますが、すでに2つのオペラを書きあげたあとだけに、ピアノの伴奏もスケールを増していて、歌の方もドラマティックだし、表現の幅、言葉と音との融合も格段に優れている。

音楽の才能とともに、恋多き青春時代を送ったコルンゴルト。
これらの美しい歌曲たちも、そんな恋に後押しされながら書いたのかもしれませんね。

のちに、オーケストレーションも施され、さらにロマンティックに仕立てられました。
B・ヘンドリックスの歌で、一部聴くことができます。

キンブローの誠実な歌いぶりは文句ありませんし、名手ボールドウィンのピアノも素晴らしいものでした。
女声では、ピエチョンカの歌曲全集が出ているので、いずれ聴いてみたいと思ってます。

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クリスマスまで、もうすぐ。

4

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2015年12月18日 (金)

コルンゴルト 「ヘリアーネの奇蹟」から間奏曲

Nakadouri_1

丸の内、中通りの恒例のイルミネーション。

今年は、枝ぶりがよくないのか、少しさびしい感じなのと、大規模なビル建て替え工事が、通りの中ほどで行われているので、そこでイルミネーションも途切れたりしてましたね。

Nakadouri_2

毎年、この時期には、ワクワクしながら、イルミネーション巡りをしていますが、この冬は、ちょっと気分が乗らない。
 いろんな意味で不調が重なっていて、気持ちも虚ろになりがち。
でもキレイなものには癒されますな。
音楽も同じで、音楽を聴く時間が極度に減ってきているし、オペラも聴いたり観劇したりする時間や集中力も不足しがちながら、いざ、少しの間に聴いたら聴いたで、ワタクシの心はすぐさま復調するのです。
 ともかく美しいものは好き。

それと、最近はかつての映画好きの熱が再来してまして、このところ良く観てますよ。
音楽の時間が、そっちへ移動してる、ともいえよう。

Korngold

 コルンゴルト 歌劇「ヘリアーネの奇蹟」~間奏曲

   カスパール・リヒター指揮 リンツ・ブルックナー管弦楽団

                     (1999.3 @リンツ、ブルックナーハウス)


今回も、コルンゴルト。
いまだ取り上げてないあと1作品の、オペラ「ヘリアーネの奇蹟」。

全曲は、CD3枚の大作で、ドラマの内容もややこしい。
けれども、その音楽は、超がつくほどに美しく、そしてカッコよく、オーケストラの鳴りっぷりも、歌も全部立派なもの。
年内には、記事をあげようかと思ってましたが、無理っぽいので、この大作のなかから、魅惑的なまでに美しい間奏曲を。

「喜ぶことを禁じた国の暴君。そこへ、喜びや愛を説く異邦人がやってくるが、お縄になってしまい、さらに絶世の美女、王妃のヘリアーネとの不義を疑われ自決。
その異邦人を清純の潔白として、甦えさせろと無理難題の暴君。
本当は愛していたことを告白し、異邦人の亡きがらに立ちあがることを念じるが、反応せず、怒れる民衆は彼女を襲おうとする・・・・、そのとき、奇蹟が起こり、異邦人が立ちあがり、暴君を追放し、民衆に喜びや希望を与え、愛する二人は昇天する。。。。」

全曲の記事で、もう少し上手く書ければと思いますが、なかなかに面倒なドラマ内容です。

このオペラで一番有名なアリアが、第2幕のヘリアーネの「Ich ging zu ihm」という歌で、これがともかくふるい付きたくなるほどに素晴らしい。
フレミングが、この曲をよく歌っているので、お聴きになられた方も多いと思います。

それと、その旋律を一部使いながら、全曲を暗示するような流れを持つ間奏曲も絶品なんです。
8分半の長い間奏ですが、緊迫したオペラの中ほど、すなわち第3幕の幕開けにあって、曲のイメージとしては、「カヴァレリア・ルスティカーナ」や、「パリアッチ」の間奏曲のように、甘く、切なく、そして歌心に満ち、さらに清らかさも備えております。
思えば、このオペラ、ヴェリスモ的です。
 このオペラのエッセンスを味わうには、この8分半を、時間のない時には聴くことにしてます。
コンサート・ピースとしても、劇的であり、静謐でもありますので、充分に取り上げられてよい作品かと思いますね。

リンツにあるブルックナーオケの、とびきり美しい演奏で。
モウチェリーの全曲盤における演奏は、全体の流れのなかで存在しているような演奏の在り方ですが、こちらは、これ1曲に全霊を尽したかのような充実の演奏となっております。

1927年、コルンゴルト、30歳のときのオペラ。
同年、ウィーン国立歌劇場でシャルクの指揮により初演されるものの、芳しい評価は得られず、どちらかというと、失敗作との判断を受けることとなってしまった。。。。
ドイツ・オーストリアは、もうすでにきな臭い状況になってきていて、コルンゴルトのヨーロッパでの活動も、あと少しとなっていくのでした。

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2015年12月 4日 (金)

コルンゴルト 「雪だるま」 ウーリー

Minatomirai_a

鮮やかな色合いで変化する大観覧車「コスモクロック21」。

ちょうど、ブルーな感じのときに撮れましたよ。

前にも書いたかもしれませんが、1989年の横浜博のときに、この場所よりランドマークよりに据えられたものが解体・移築されたもので、同博覧会には、当時結婚したばかりの新婚状態で遊びに行きましたものです。

この年は、昭和天皇が崩御され、平成が始まった年。
3月に新婚旅行で、ウィーンやスイス、パリに行きました。
そのあとは、天安門事件、ベルリンの壁崩壊、東欧諸国の共産政権の崩壊などが連続して起こり、やがてソ連の共産体制も滅んでゆくことになるのでした。
そうそう、旅行から帰ってきたら、消費税制がスタートしていた。

もう昔のことですが、歴史は巡りゆくのでしょうか、世界はまたも激動中です。

Minatomirai_b

観覧車といえば、ウィーンのプラター公園にも。

あちらは、横浜のほぼ100年前、1897年。

その年、エーリヒ・ウォルフガンク・コルンゴルト(1897~1957)は、生まれているのです。

コルンゴルトの名を神童としてとどろかせた出世作は、11歳のときに書かれた「雪だるま」。
1908~9年にかけての作曲。
ピアノの練習に明け暮れた少年コルンゴルトは、プラター公園に遊ぶ子供心を持っていたでしょうか・・・・。

そんな思いを払拭したくなるような、抒情と遊び心にあふれた「雪だるま」を聴きます。

Korngold_snow_2


   コルンゴルト  パントマイム「雪だるま」 全曲

        ピアノ:スコット・ウーリー

                    (1994.4@シンシナシティ)


             「雪だるま」~序奏、第1場 

        マティアス・バーメルト指揮 BBCフィルハーモニック

 

                    (1997.6@マンチェスター)

作品番号はありませんが、事実上のコルンゴルトの初成功作は、前段にも書いたとおり、11歳の作曲。

幼少よりピアノ演奏に天才的な閃きを見せたコルンゴルトは、5歳の頃からもう、ピアノを弾きながら、思いついた楽想をスケッチしたり、早くも作曲という行為を行うようになった。

父ユリウスが推していたマーラーにも出会い、少年コルンゴルトは自作を披露し、マーラーを感激させたといわれます。
そして、マーラーはコルンゴルトの作曲の師としてツェムリンスキーを紹介する。

そんな環境のなかで書き始めたのが「雪だるま」。
小曲ばかりだったこれまでの作品の情景描写の優秀さを思った父ユリウスは、息子のために、ちょっとしたパントマイム劇を創作してやり、コルンゴルトは、ピアノ独奏用の劇音楽として、1908年のクリスマスから作曲に着手し、翌1909年の春に完成させます。
40分の大作を、11歳の少年がわずか数カ月で書き上げたこと自体が驚きです。

私的な慈善演奏会で演奏されたこの曲に、居合わせた聴き手は驚き、さらにそこにいた皇帝ヨーゼフ1世の密使が、皇帝にこの曲や、作曲者のことを報告するという事態になり、「雪だるま」の正式上演への期待がウィーン中に高まることとなるのでした。

ピアノの原曲をそのままに、オーケストレーションを施したのが、師ツェムリンスキー。
その譜面を携え、出版社がマーラーの後任としてウィーン国立歌劇場の総監督に赴任していたワインガルトナーに勧めたところ、ワインガルトナーはとても気に入って、その上演を快諾。
そして、ついに、1910年10月、作曲から1年半で、フランツ・シャルクの指揮によって初演され、未曾有の大成功を収めることとなりました。
このとき、コルンゴルトは13歳。
ウィーンの寵児の誕生でした・・・・・・。

こうして人々から喝采を受けたコルンゴルトが、のちにアメリカに渡り、映画音楽に手を染め、そして戦後クラシック音楽界に復帰しても、ウィーンを始めとするヨーロッパ楽壇は、彼を冷遇し、失意のうちにアメリカに没するコルンゴルトの運命なのでした。

さて、オーケストラ版は、たぶん全曲がまだなくて、一番長く演奏しているのが、バーメルト指揮するシャンドス盤です。
今日は、ピアノ全曲盤と、オーケストラ版の一部を聴きましょう。

この劇の素材は、道化師、コロンビーヌ、パンタロン(意地悪役)の3人の登場するイタリア仮面即興喜劇で、いわゆるドタバタ系のオモシロ劇なんです。

序奏と、第1部、間奏(ワルツ)、第2部からなり、CDでも4トラックに分けられてます。

①雪のクリスマスの街かど、左手にはパンタロンの家で、姪のコロンビーヌがいる。
貧乏なヴァイオリニストのピエロは、コロンビーヌに恋するけれど、パンタロンに追い出されてしまう。
酒好きのパンタロンが酔って、雪だるまに挨拶する姿を見て、ピエロは、雪だるまに扮装して、窓越しに、愛するコロンビーナを見つめることとします。

②そのピエロが扮した雪だるまばかりを見つめるコロンビーヌに嫉妬したパンタロン氏。
その雪だるまを暖かい家の中に、冗談で、招待してみると、本当に動き出してやってきた。
驚いたパンタロンは、家人に雪だるまをやっつけるように命じるが、全然歯がたたない。
悔しくなって、また酒を飲みだすパンタロンの酔った目には、雪だるまが何人も見えるようになり、そのすきに、コロンビーヌとピエロは手を携えて逃げてします。
 目ざめた、パンタロンは顛末を聞き、怒り、広場にあった雪だるまに体当たりをくらわせる・・・・

                 幕

こんな物語につけられたコルンゴルトの音楽が、実にステキなんです。

登場人物たちに付けられたライトモティーフは簡明ながら、おそらく心情に応じて、表情も変化するし、敵役パンタロンの滑稽さや、ピエロの弾くヴァイオリンの優美さとの対比も鮮やか。
聴いていてその情景が思い浮かぶようです。
 若くしてこの才能。
この作品の5年後、コルンゴルトは、初のオペラを作曲しますが、その素材も、「人生で一番、大切なものを捨てる」という、実に大人な物語をユーモアたっぷりに描くわけです。
そんな劇場作品を次々に生み出し、実写のスクリーンに生き生きとした音楽を付けてゆく、今後の作曲活動の原点を、ここ「雪だるま」の音楽に見ることができます!

ツェムリンスキーのオーケストレーションは、そうしたコルンゴルトの優しくて、甘味な音楽を余すことなく反映させていて、これまたステキなものです。
 しかしながら、ちょっとムーディにすぎるかも。

ピアノ版の方が、もう少しメリハリも効いてて、雰囲気に流されないシンプルなよさを感じます。
それにしても、とっても美しいメロディーが。
ピエロの奏でるセレナーデは蕩けるように美しく、オケ版では、当然にヴァイオリン・ソロによって演奏されます。
それと、ワルツ。
劇中と、1と2の場の間奏曲にも使われます。
ウィーンの伝統に則った、煌めくようなワルツに、後ろ髪引かれるようなノスタルジーさえ感じます。
これを聴いた、ウィーンの人々は、胸をかきむしられるほどの想いを抱いたことでしょう。

あと、エンディングの小粋の効いたユーモア。

音楽だけでなく、映像でもいいからバレエ付きで観てみたいものです。

まだあと少し、コルンゴルトを今月は続けます。

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2015年11月28日 (土)

神奈川フィルハーモニー第314回定期演奏会  サッシャ・ゲッツェル指揮

Minatomirai

横浜、みなとみらい地区は、今年も華やかなイルミネーションに彩どられる季節となりました。

そして、それに相応しい、ステキで煌びやかなコルンゴルト・サウンドを堪能できました。

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   ブラームス     ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 op83

          ピアノ:ゲルハルト・オピッツ

   コルンゴルト    シンフォニエッタ op5

   J・シュトラウス   ポルカ「雷鳴と電光」 ~ アンコール

     サッシャ・ゲッツェル指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

                   (2015.11.27 @みなとみらいホール)


今シーズン、もっとも楽しみにしていた演奏会のひとつ。

そう、ワタクシは、コルンゴルト・ファンなのであります。

忙しいせいもありますが、この1ヶ月ぐらい、コルンゴルトの音楽以外は聴いてません。

ですから、オピッツという日本贔屓の世界的大家をソリストに迎えるという豪華なブラームスのことは、あんまり眼中になかったという不届きものです・・・・。

ブラームスの2番の協奏曲。
この大曲は、レコード時代からすり減るほどに聴いてきたけれど、演奏会で聴くと、何故か、いつも虚ろに聴いてしまい、途中から覚醒するということが多い。
実は、今回もそうなってしまった。
おまけに、オーケストラがどうもいつもの冴えがなかったように思いましたし、ちょっとした乱れもありました。
大好きな神奈川フィルに対し、ちょっと辛口の評価です。

そんな流れに、ピリッと引き締めが入ったのが、3楽章のチェロ・ソロでした。
ピアノに隠れてしまって、そのお姿が見えませんが、その優しいけれど、しっかりした語り口のチェロの音色は、山本さんと、すぐにわかります。
そう、ここから、わたくしも音楽に集中できたし、演奏もキリッと締ったような思いがしました。
実は、以前聴いた、ポリーニとアバド&ルツェルンの同曲の演奏会でも、前半は冴えず、しかも、あのポリーニがミスを連発するなどでしたが、3楽章でのブルネロのチェロがすべてを救い、その後は迫真の名演となりました。
そもそも、この曲が難しい存在なのでしょうか・・・。

それと、ゲッツェルさんの指揮が、ちょっと飛ばしすぎた場面もあるかもです。
このコンビの適性は、コルンゴルトや、マーラー、シュトラウスあたりにあるのかもしれません。

オーケストラのことが先行しましたが、しかし、オピッツさんのピアノは、抜群の安定感がありました。
まったくぶれがなく、滑らかかつ力強く、でも音には透明感すら漂う無為の域に達した凄さを感じました。
丸みと、強固さ、ともにブラームスに相応しい音色。
お姿どおりのピアノでした。
そして、いつも思うのは、サンタさんみたいだし、シュークリームのオジさんみたいだと(笑)

 さて、後半のコルンゴルト。

神奈川フィル応援のFBページに書きましたが、そこから一部転載します。

 神奈川フィルでコルンゴルトを聴くのは、これで4回目。

   2014年10月 ヴァイオリン協奏曲 (1945)

   2015年 1月 チェロ協奏曲     (1946)

       〃    「シュトラウシアーナ」 (1953)

   2015年11月 シンフォニエッタ   (1913)

ヴァイオリン協奏曲以外は、ゲッツェルさんの指揮。
作曲年代をみてわかるとおり、これまでの3曲は、いずれも、ナチスの台頭により、コルンゴルトがヨーロッパを去り、アメリカに渡り、映画音楽の世界で活躍し、戦後ふたたび、本格クラシックのジャンルの作品に回帰した時期のもの。
 そして、それより遡ること3~40年。

今回の「シンフォニエッタ」は、神童と呼ばれ、ウィーンの寵児としてもてはやされた時期、コルンゴルト16歳のときの音楽なのです。

このように、横断的にコルンゴルトの音楽を1年間で楽しめたことに、まず感謝したいです。

複数の音源で、徹底的に聴きこんで挑んだだけあって、大好きなコルンゴルトに思いきり浸ることができました。

冒頭の「陽気な心のモティーフ」が、4つの楽章それぞれに、いろいろと姿・表情を変えてあらわれるのが、これほど明快にわかったのは、やはりライブで、演奏者を見ながら聴くことによる恩恵でありました。
キラキラのコルンゴルトの音楽を、神奈フィルの奏者の皆さんが、楽しそうに、そして気持ちよく演奏しているのもよくわかりました。
 そしてゲッツェルさんも、この曲を完璧に把握して、いつもながら縦横無尽の指揮ぶり。
それはもう、音楽が楽しくて仕方がない、といった具合でした。
オーケストラから、もっともっとと、音楽をどんどん引き出す、そんな積極果敢の指揮。
この積極的音楽がゲッツェルさんの魅力です。
それが、われわれ聴衆にズバズバと伝わるわけです。

優しく羽毛のような軽やかさも楽しめた第1楽章。
強靱な響きと、文字通り夢見るような中間部の対比をダイナミックに描いた第2楽章。
そして、神奈川フィルならではの繊細さと、音色の美しさを堪能できた魅惑の第3楽章。
この楽章は、わたくし、大好きなんです。
イングリッシュホルンが素敵だったし、第1ヴァイオリンがボーイングを変えて弾く場面も興味深く拝見しました。
 不安と狂喜の交差する、ちょっとややこしい終楽章も、ゲッツェルさんは、しっかりと整理しながら、大いなるクライマックスを築き、華麗なるエンディングとなりました。
軽くひと声、ブラボ進呈しました。

屈託ない若いコルンゴルトの音楽ですが、後年は辛酸をなめ、郷愁をにじませ、その音楽は、ほろ苦さを加えてゆくのでした。

今宵は、甘味で、とろけるような、ウィーンのお菓子をたっぷりといただきました。

ゲッツェル&神奈川フィル、最高っsign03

アンコールは、ウィーンっ子大爆発。

自分的には、コルンゴルトのあとに、ウィーンものを持ってくるんだったら、もうちょっとおとなしめのポルカやマズルカを所望したかったけど、聴衆は沸きにに沸きましたねnote

縦横無尽・上下左右の軽やかなゲッツェルさんの指揮姿は、かのカルロス・クライバーを彷彿とさせました。

Queens_4




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2015年11月18日 (水)

コルンゴルト シンフォニエッタ バーメルト指揮

Tower_b

今年も街は、クリスマスのイルミネーションで明るく輝くような季節になりました。

しかし、冬はもうすぐ、晩秋なのに、暖かな陽気で、イルミネーションもいまひとつ美しさに欠けるように思えたりもする。

そう、ほんとは、一日一日と、クリスマスを迎える喜びにあふれるはずなんだけど・・・・。

パリで起きたあまりに残酷な事件と、その前のロシア機の墜落。

犯行声明を出した連中からすれば聖戦ということらしいし、空爆を受け、そちらも民間人の被害が出ていることへの報復ということになろうが、こんな血で血を洗うことに、何の意味があろうというのだろうか・・・・・。

Tower_a

東京タワーは、追悼の意を込めて、ひと晩だけ、トリコロールカラーになりました。

日本は、島国のため、敗戦時の占領治下を除き、外部からの支配を受けたことのない稀有な国だが、地続きのアジアや、中東、ヨーロッパは、長い攻防の歴史がある。
もっと言えば、白人優位社会が、宗教の旗印のもとに蹂躙してきた中東は、同じ地域に3つの宗教の聖地が入り乱れることからも、その不幸の歴史があるのですね。

ここで、それを紐解いて、どちらが悪いということは論じる場所ではないが、ナチスに追われたユダヤ人の国はできたけど、アラブの民は追われることになったし、それ以前の英仏のダブルスタンダード的な対応のひどさも根深い恨みを産むことになったわけだ・・・・。

いま起きているとは十字軍時代にまでさかのぼる、ほんとうに厄介な問題なのだ。

 音楽や文化芸術だけは、国境も、恨みやさげすみもなく、平和の域にあって等しく楽しめるものとしてあり続けて欲しいものだ。

今宵は、神童とされながら、ナチスに翻弄されたユダヤ系としてアメリカに没し、その名前すら一時は埋もれてしまった、エーリヒ・ヴォルフガンク・コルンゴルト(1897~1957)のシンフォニエッタを再び取り上げます。

そして、この作品、11月の神奈川フィル定期演奏会とミューザ特別演奏会で、ウィーンっ子のゲッツェルさんの指揮によって演奏されます。

Korngold

  コルンゴルト  シンフォニエッタ Op5

    マティアス・バーメルト指揮 BBCフィルハーモニック

                         (1994.9 @マンチェスター)

    ヴェルナー・アンドレアス・アルベルト指揮 北西ドイツフィルハーモニー

                         (1986.7 @ヘルフォルト)


幼少期から音楽の才能の片鱗をあらわしたエーリヒ・コルンゴルトは、音楽評論家として、その毒舌ぶりがのちに恐れられることとなる、ユリウスを父として、実業家娘を母として、モラヴィア地方のブルノに生まれる。

この父が、かつてのレオポルドと同じく、神童モーツァルトをヨーロッパ各地にプロデュースしていったように、息子の才能に驚き、歓喜しつつも、ウィーンの寵児としてもてはやされるようにマネジメントしてゆくこととなります。

そして、爽快さと、R・シュトラウスばりの爛熟サウンドを早くも少年期コルンゴルトは造り出すのです。
わずか6,7歳のコルンゴルトの才能に、マーラーは驚きをもって迎え、そして可愛がり、少年エーリヒも大いに慕い、そして、R・シュトラウスは、初出版された少年の作品のスコアを見て、父ユリウスに祝福の言葉を贈っております。

そんな少年、エーリヒの最初の作品は、8歳のときに書いた歌曲で、その後、カンタータやワルツを書いたあと、ピアノのためのバレー音楽「雪だるま」を11歳で作曲し、これがセンセーションを引き起こすこととなります。

1911年、マーラーの没したの年に14歳にして、初の管弦楽作品「劇的序曲」を作曲。
この曲は、ニキシュとゲヴァントハウス管によって初演され、ここでも驚きを持って聴衆に迎えられます。
この曲は14分あまりの大作で、のちの「交響曲」の片鱗をうかがうこともできます。

そしてその次に、コルンゴルトが取り組んだのが、4つの楽章を持つ43分の大曲。
「シンフォニエッタ」と銘打ちつつ、大きな規模を持つ作品を完成させたのが1913年、16歳で、同年、ワインガルトナーとウィーンフィルによって初演され、大成功を導きだします。

シュトラウスや、マーラーやツェムリンスキー、その時代の先輩たちからアドバイスや影響を受けつつもすでに、成熟し完成型にあったその音楽スタイルは、のちのハリウッドでの明快で、煌びやかなサウンドも予見できるところもおもしろい。

本格交響曲のようには構成感や深刻さがなく、「Motiv des frohlichen Herzens」=「Theme of the Happy Heart」とされたテーマ、すなわち、「陽気な心のモティーフ」が全編にわたって用いられ、曲のムードや統一感を作り上げております。
このモティーフ、曲の冒頭から鳴ります。

Korngold_sinfonietta_2(CDリブレットより)


このいかにもコルンゴルト的なシャープのたくさん付いたテーマは、キラキラ感と羽毛のような優しい繊細さが半端ありません♯

第1楽章は、爽やかなムードがあふれるソナタ形式ですが、思わず、心と体が動かしたくなるようなステキなワルツもあらわれ、奮いつきたくなってしまいます。

スケルツォ楽章の第2は、打楽器が大活躍する活気あふれるダイナミックな場面、ここは、後年のオペラ「カトリーン」の劇場の場面を思い起こします。
それと中間部は「夢見るように」と題された場面で、静けさと抒情の煌めきを聴くこととなります。

聴くと、いつも陶酔郷へと導いてくれる、ロマンティックなラブシーンのような音楽が第3楽章。
これがいったい、16歳の青年の作品と思えましょうか。
ここでは、コルンゴルトの特徴でもある、キラキラ系の楽器、ハープ、チェレスタ、鉄琴が、夢の世界へ誘う手助けをしてくれるし、近未来系サウンドとして、当時の聴衆には感嘆の気持ちを抱かせたことでしょう。
ずっとずっと聴いていたい、浸っていたい、そんな第3楽章が大好きです。

そのあと、一転して、ちょっとドタバタ調の、不安な面持ちと、陽気さと入り乱れ、シュトラウスを感嘆せしめるほどの見事なフィナーレを築きあげるのが4楽章。
エンディングは高らかに、「陽気な心のモティーフ」が鳴り渡り、爽快な終結を迎えます。

この曲の音源は4種ほどあるようですが、そのうち、バーメルト盤と、アルベルト盤を聴いてます。
後者は、かつて記事にしておりますので、今回は、バーメルト盤を中心に聴きましたが、この演奏は、重心もどちらかというと軽めで、英国オーケストラならではのナチュラルさと、柔軟さがとても心地よいです。
 録音の取り方にもよるのでしょうが、そのあとに、アルベルト盤を聴くと、音の重心がもう少し下のほうに感じるところが面白いし、旋律の歌わせ方もより濃密です。
英国とドイツのオーケストラの違いでしょうか。
わたくしには、こちらの方が刷り込みですが、3楽章の美麗さでは、バーメルト盤かも。

快活でイキイキとした音楽造りのゲッツェルさんと、コルンゴルト・サウンドを本質的に持ち合わせていると確信している神奈川フィルの演奏、とても楽しみです。
ちなみに、そのコンサートの前半は、オピッツのピアノでブラームスの2番の協奏曲という、豪奢なウィーン特集なんです。

過去記事

 「アルベルト指揮 北西ドイツフィル盤」

神奈川フィル公演案内

  http://www.kanaphil.or.jp/Concert/concert_calendar.php
 
 

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