カテゴリー「プッチーニ」の記事

2016年12月23日 (金)

プッチーニ 「トスカ」 テ・デウム

Shinagawa_1

品川の新スポット、品川シーズンテラス。

規模はそんなに大きくないですが、東京タワーを遠くにまっすぐ望む位置に、イルミネーショイン。

ベルを鳴らすと、色が変化します。

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色違い。

駅から少し遠いので、人も少なめ。
Tosca_1    

 今日、12月22日は、プッチーニの誕生日。

いまから、158年前です。

プッチーニ大好き。

イタリアオペラでは、ヴェルディも好きだけど、数が多すぎるし、作品にムラがありすぎる。
しかし、偉大なヴェルディ。
 そして、プッチーニは、作品数がそんなに多くないから、そのすべてを把握できたし、そのすべてが好き。

蝶々さんのアリアから、当然のようにして入門し、テレビのディズニーかなにかの放送で、映画版の蝶々さんをみたのが初プッチーニのオペラかも。
しかし、本格的に親しんだのは、1973年のNHKイタリアオペラの公演の放送。

NHKホールのこけら落としの一環で、名歌手たちが大挙して来日して、豪華な舞台を繰りひろげた。
ベルゴンツィ、コソットの「アイーダ」、スコット、クラウス、ギャウロウの「ファウスト」、スコット、カレーラス、ブルスカンティーニの「トラヴィアータ」、そして、カヴァイバンスカ、ラボーの「トスカ」の4演目だ。

そのすべてをテレビとFMで堪能し、その前よりワーグナーに毒されていたワタクシに、イタリアのオペラの素晴らしさを植え付けてくれた。

この「トスカ」と、その年に発売されたカラヤンの「ボエーム」によって、プッチーニ熱に浮かされることとなったわけだ。

さて、名アリアと、緊迫のドラマの宝庫、そして、主要登場人物のすべてが死んでしまうという悲劇に、甘味なるプッチーニの音楽。
すべての音符が、脳裏に沁み込んでいるけれど、とりわけ好きなのが、スカルピアの「テ・デウム」だ。

1幕の最後、悪漢スカルピアは、かねてより思いを寄せていた、歌姫トスカを、計略をもって嫉妬のかたまりへと陥れる。
 まんまと術中にはまったトスカを、紳士然と送りだしたスカルピアは、自身の想いを赤裸々に歌う。
 この教会の大聖堂で演じ、歌われるこの場面は、壮大・壮麗極まりない。

この神聖な場で、邪悪で邪まな思いをぶつけつつ、周りの民衆は、主は偉大なり、神を讃えんと、テ・デウムを高らかに歌う。
やがて、スカルピアも、その祈りに唱和して、十字を切る。

この二面的な思いと、歌を見事に結びつけたプッチーニの天才的な筆の冴え!

「ヤツには死を、そして彼女は俺の腕のなかに。トスカは、俺に神を忘れさせるぞ!」

悪いやっちゃぁ~

とかいいながら、男も女もみんな一緒かも・・・、二面性を仮面をかぶって演じてる。

そんな、悪いヤツ、もしかしたら、嘘つきだけど、正直なナイスガイ、スカルピアは誰の歌が一番好き?

Tosca_calas

カラスのステレオ録音の方のゴッピ
サバータ盤は、モノだし、壮大感がちょっとなので、こちら。
実に、巧みで、トスカの心の隙に入り込む、嫌らしいスカルピアなんだ。
声だけで、千両役者。

あと、好きなのは、ミルンズのスカルピア。
プライス、ドミンゴと共演のメータ盤。
若々しく、スマートな憎々しさ。
西部劇の悪役か、ダーディ・ハリーに出てくるような70年代風のギャングみたいな・・・
そんな声量と美声のたっぷりなミルンズが好き。

そして、いがいにも、F=ディースカウの知的かつ、知能犯的な悪の結社の親玉スカルピア。
理詰めで、トスカとカヴァラドッシを追い詰める。
が、しかし、ブリュンヒルデのようなニルソンのトスカに殺されちゃう。
うまいよFD。

映像系で見ると、目の動きが歌以上にスカルピアしてるライモンディ
威力のある声は圧倒的。
ちょっとクセのあるバスの声だけど、よく練られていて、歌が実に巧み。
これもまた、悪いやっちゃ、とつくづく思う。

それから、最近では映像で見たハンプソン・スカルピア。
マフィアの親玉みたいな、表面、エリートな紳士だけど、実は真黒なダーティ野郎。
そんなスカルピアもすてきだった。

あと、希少なバスティアニーニの超かっちょええ強面スカルピアもある。
海賊盤だけど、テバルディとディ・ステファーノという強力トリオ。
実は、いい人なんじゃないか、悩みさえ抱えて感じるバスティアニーニのスカルピアは面白い。

あとあと、まだまだ、たくさんすきです、スカルピアの存在。

クリスマスにらしからぬ話題となりましたが、主を讃えん、「テ・デウム」ということで、併せて、プッチーニ讃

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2016年3月30日 (水)

大好きなオペラ総集編

Tokyo_tower

桜は足踏みしたけれど、また暖かさが戻って、一気に咲きそう。

まだ寒い時に、芝公園にて撮った1枚。

すてきでしょ。

大好きなオペラ。

3月も終わりなので、一気にまとめにはいります。

Tristan

  ワーグナー 「トリスタンとイゾルデ」

ワーグナーの魔力をたっぷりと含んだ、そう魅惑の媚薬のような音楽。
この作品に、古来多くの作曲家や芸術家たちが魅かれてきたし、いまもそれは同じ。
我が日本でも、トリスタンは多くの人に愛され、近時は、歌手の進化と、オーケストラの技量のアップもあって、全曲が舞台や、コンサート形式にと、多く取り上げられるようになった。

わたくしも、これまで、9度の舞台(演奏会形式も含む)体験があります。

そして、何度も書いたかもしれませんが、初めて買ったオペラのレコードがこのトリスタンなのであります。
レコード店の奥に鎮座していた、ずしりと重いベームの5枚組を手に取って、レジに向かった中学生を、驚きの眼差しでもって迎えた店員さんの顔はいまでも覚えてますよ。

ですから、指揮も歌手も、バイロイトの響きを捉えた、そう右から第1ヴァイオリンが響いてくる素晴らしい録音も、このベーム盤がいまでも、わたくしのナンバーワンなんです。

次に聴いた、カラヤンのうねりと美感が巧みに両立したトリスタンにも魅惑された。
あとは、スッキリしすぎか、カルロスならバイロイトかスカラ座のライブの方が熱いと思わせたクライバー盤。ここでは、コロの素晴らしいトリスタンが残されたことが大きい。
 それと、いまでは、ちょっと胃にもたれるバーンスタイン盤だけど、集中力がすごいのと、ホフマンがいい。
フルトヴェングラーは、世評通りの名盤とは思うが、いまではちょっと辛いところ。

あと、病後来日し、空前絶後の壮絶な演奏を聴かせてくれたアバド。
あの舞台は、生涯忘れることなない。
1幕は前奏曲のみ、ほかの2幕はバラバラながら聴くことができる。
透明感あふれ、明晰な響きに心が解放されるような「アバドのトリスタン」。
いつかは、完全盤が登場して欲しい。

Ring_full_2

  ワーグナー 「ニーベルングの指環」

わたくしの大好きなオペラ、ナンバーワンかもしれない・・・

興にまかせて、こんな画像を作っちゃいました。

オペラ界の大河ドラマとも呼ぶべきこの4部作は、その壮大さもさることながら、時代に応じて、いろんな視点でみることで、さまざまな演出解釈を施すことができるから、常に新しく、革新的でもある。
 そして、長大な音楽は、極めて緻密に書かれているため、演奏解釈の方も、まだまださまざまな可能性を秘めていて、かつては欧米でしか上演・録音されなかったリングが、アジアや南半球からも登場するようになり、世界の潮流ともなった。

まだまだ進化し続けるであろう、そんなリングの演奏史。

でも、わたくしは、古めです。
バイロイトの放送は、シュタインの指揮から入った。

Bohm_ring1

そして、初めて買ってもらったリングは、73年に忽然と出現したベームのバイロイトライブ。
明けても覚めても、日々、このレコードばかり聴いたし、分厚い解説書と対訳に首っ引きだった。
ライブで燃えるベームの熱い指揮と、当時最高の歌手たち。
ニルソンとヴィントガッセンを筆頭に、その歌声たちは、わたくしの脳裏にしっかりと刻み付けられている。
なんといっても、ベームのリングが一番。

そして、ベーム盤と同時に、4部作がセットで発売されたカラヤン盤も大いに気になった。
でも、こちらと、定盤ショルティは、ちょっと遅れて、CD時代になって即買い求めた。
歌手にでこぼこがあるカラヤンより、総合点ではショルティの方が優れているが、それにしても、カラヤンとベルリンフィルの作り上げた精緻で美しい、でも雄弁な演奏は魅力的。

あと、忘れがたいのが、ブーレーズ盤。
シェローの演出があって成り立ったクリアーで、すみずみに光があたり、曖昧さのないラテン的な演奏だった。歌手も、いまや懐かしいな。
 歌手といえば、ルネ・コロのジークフリートが素晴らしい、そしてドレスデンの木質の渋い響きが味わえたヤノフスキ。

舞台で初めて味わったのが日本初演だったベルリン・ドイツ・オペラ公演。
G・フリードリヒのトンネルリングは、実に面白かったし、なんといっても、コロとリゲンツァが聴けたことが、これまた忘れえぬ思い出だ。

舞台ではあと、若杉さんのチクルスと、新国の2度のK・ウォーナー演出。
あと、朝比奈さんのコンサート全部。
みんな、懐かしいな。。。

以下、各国別にまとめてドン。

ドイツ

 モーツァルト   「フィガロ」「ドン・ジョヴァンニ」「コシ・ファン・トゥッテ」「魔笛」

 
 ワーグナー   「さまよえるオランダ人」「タンホイザー」 「ローエングリン」
           「トリスタンとイゾルデ」「ニュルンベルクのマイスタージンガー」
            「ニーベルングの指環」「パルシファル」

 ダルベール   「低地」

 R・シュトラウス 「ばらの騎士」「ナクソスのアリアドネ」「影のない女」「アラベラ」
            「ダフネ」「ダナエの愛」「カプリッチョ」

 ツェムリンスキー 「フィレンツェの悲劇」 (昔々あるとき、夢見るゾルゲ2作は練習中)

 ベルク      「ヴォツェック」「ルル」

 シュレーカー   「はるかな響き」 「烙印された人々」「宝探し」

 コルンゴルト  「死の都」「ヘリアーネの奇蹟」「カトリーン」

 ブラウンフェルス 「鳥たち」

 レハール    「メリー・ウィドウ」「微笑みの国」

イタリア

 ロッシーニ   「セビリアの理髪師」「チェネレントラ」

 ヴェルディ   「マクベス」「リゴレット」「シモン・ボッカネグラ」「仮面舞踏会」
           「ドン・カルロ」「オテロ」「ファルスタッフ」

 カタラーニ   「ワリー」

 マスカーニ   「イリス」

 レオンカヴァッロ  「パリアッチ」「ラ・ボエーム」

 プッチーニ   「マノン・レスコー」「ラ・ボエーム」「トスカ」「蝶々夫人」「三部作」
           「ラ・ロンディーヌ」「トゥーランドット」

 チレーア    「アドリアーナ・ルクヴルール」

 ジョルダーノ  「アンドレア・シェニエ」「フェドーラ」

 モンテメッツィ 「三王の愛」

 ザンドナーイ  「フランチェスカ・ダ・リミニ」

 アルファーノ  「シラノ・ド・ベルジュラック」「復活」

 レスピーギ   「セミラーナ」「ベルファゴール」「炎」

フランス

 オッフェンバック 「ホフマン物語」

 ビゼー      「カルメン」

 グノー      「ファウスト」

 マスネ      「ウェルテル」

 ドビュッシー   「ペレアスとメリザンド」

イギリス
 

 パーセル   「ダイドーとエネアス」

 スマイス    「難破船掠奪者」

 ディーリアス  「コアンガ」「村のロメオとジュリエット」「フェニモアとゲルダ」

 R・V・ウィリアムズ  「毒の口づけ」「恋するサージョン」「天路歴程」

 バントック   「オマール・ハイヤーム」

 ブリテン    「ピーター・グライムズ」「アルバート・ヘリング」「ビリー・バッド」
          「グロリアーナ」「ねじの回転」「真夏の夜の夢」「カーリュー・リバー」
          「ヴェニスに死す」

ロシア・東欧

 ムソルグスキー 「ボリス・ゴドゥノフ」

 チャイコフスキー 「エフゲニ・オネーギン」「スペードの女王」「イオランタ」

 ラフマニノフ    「アレコ」

 ショスタコーヴィチ 「ムチェンスクのマクベス夫人」「鼻」

 ドヴォルザーク   「ルサルカ」

 ヤナーチェク    「カーチャ・カヴァノヴァ」「イエヌーファ」「死者の家より」
             「利口な女狐の物語」「マクロプロス家のこと」

 バルトーク     「青髭公の城」

以上、ハッキリ言って、偏ってます。

イタリア・ベルカント系はありませんし、バロックも、フランス・ロシアも手薄。

新しい、未知のオペラ、しいては、未知の作曲家にチャレンジし、じっくりと開拓してきた部分もある、わたくしのオペラ道。
そんななかで、お気に入りの作品を見つけたときの喜びといったらありません。

それをブログに残すことによって、より自分の理解も深まるという相乗効果もありました。

そして、CD棚には、まだまだ完全に把握できていない未知オペラがたくさん。

これまで、さんざん聴いてきた、ことに、長大なワーグナー作品たちを、今後もどれだけ聴き続けることができるかと思うと同時に、まだ未開の分野もあるということへの、不安と焦り。
もう若くないから、残された時間も悠久ではない。
さらに、忙しくも不安な日々の連続で、ゆったりのんびりとオペラを楽しむ余裕もなくなっている。
それがまた、焦燥感を呼ぶわけだ。

でも、こうして、総決算のようなことをして、少しはスッキリしましたよ。

リングをいろんな演奏でツマミ聴きしながら。。。。
 

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2014年11月 3日 (月)

プッチーニ トスカ マゼール指揮

Yokohama_kaikou

横浜の開港記念館。

10月末から、11月の連休にかけて行われた、横浜スマートイルミネーションでのひとこま。

ふだんのライトアップは、暖色系のオレンジのみ。

今回は、パープル系。

横浜三塔のほかのニ塔も、美しく染められてました。

いつもは、再褐ですが、これ。

Kaikoukinenkan

今夜は、横浜の街に似合うと、勝手に思ってる、プッチーニを、変わり種で。

Tosca_maazel


    プッチーニ  「トスカ」 ハイライト ドイツ語版

  トスカ:アニア・シリア      カヴァラドッシ:ジェイムズ・キング
  スカルピア:ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ
  スポレッタ:ピエロ・デ・パロマ 

   ロリン・マゼール指揮 ローマ聖チェチーリア音楽院管弦楽団
                  ローマ聖チェチーリア音楽院合唱団

                     (1966 @ローマ)


ドイツのオペラハウスでは、かつては、イタリアオペラも、フランスオペラも、ドイツ語で歌い演じることがあり、同様に、イタリアでは、ワーグナーもイタリア語上演したりしていた時代がありました。

いまでは、考えられないことですがね。

日本も同様、70年代までは、日本の劇団によるオペラ上演は、日本語訳で歌っておりました。
わたくしのオペラ体験初期の頃は、みんなそんな感じでした。
オテロも、ファルスタッフも、ヴォツェックも、みんな日本語。
でも、ワーグナーは、独語上演だった。

いまは昔のおはなしです。

そして、60年代を中心に、DGやデッカ、EMIは、独語によるオペラハイライト盤を、多数録音しておりまして、その歌手たちも、ドイツ系が中心で、ふだん、ワーグナーやモーツァルトを歌っているような強力な歌手たちが、ヴェルディやロッシーニ、ドニゼッティなどを軽やかに歌っていて、思わぬ貴重な音源となっているのでした。

マゼールのユニークな「トスカ」は、すでに取り上げました→トスカ

全曲盤は、ニルソン、コレッリ、フィッシャー=ディースカウという、個性の異なる超絶歌手を主役に据えての、ド迫力と、不思議なまでに繊細な演奏でした。

そして、まったく同じときに、FDさまと、名脇役デ・パルマだけが残って、ドイツ語抜粋盤が録音されました。

シリア、キング、FD。

まるで、ワルキューレか、ローエングリン、はたまた、フィデリオでも上演できそうな顔ぶれに、おののいてはいけません。
ドイツ語のゴツゴツ感は、随所に感じ、思わず吹き出しそうな場面(スカルピアの、行けトスカよ・・・は、Geh~になってるし)もありますが、全然OKなドイツ語。

そうそう、わたくし、このブログで、ホルスト・シュタイン盤をとりあげてました→トスカ

武骨な感じで、真っすぐの迫力がありつつ、以外に細やかな歌いぶりのキング。
プッチーニはお得意なはず。
蝶々さん以外にも、アリア集とか録音はあったはずなので、復活して欲しい。

FDさまは、独語になると、その狡猾さと、ずるさが際立ちます。
言葉の一つ一つを、これほどまでに全霊を込めて歌う歌手は、もうなかなかいませんね。

そして、アニア・シリアの以外なまでの少女のようなトスカ。
これ、聴いて、わたくしは、妙なことに、「ルル」を思い起こしてしまった。
可愛い感じでありつつ、シャウトすると、人を殺めてまで、歌と恋に生きる女性の強さを感じさせるのでした。
ニルソンの、怜悧さと、少しの大味ぶりとは、かなり違うトスカ。

そして、安定のマゼールの指揮。
全曲盤と同じく、ちょこちょこと、面白いこと仕掛けてきます。
その劇的なお運びのうまさは、さすがであります。

おもろいトスカ、おわります。

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2014年7月20日 (日)

プッチーニ 「ラ・ロンディーヌ」~つばめ~ マゼール指揮

Maazel_met

オールマイティのマゼールは、オーケストラ・ピットの中でも活躍しました。

ベルリン・ドイツ・オペラとの2度の来日で、トリスタンの日本初演を指揮、さらに70年には、ローエングリンやファルスタッフを指揮してます。
その後の来日は、スカラ座とのものが複数とフェニーチャ座ですね。
ウィーン国立歌劇場は短い在任期間でした。

そして、わたくしの注目するのは、バイロイト音楽祭への少ない登場。
60年に、30歳で「ローエングリン」を指揮して最年少デビュー。
その後は、ベームとスウィトナーのあとの、ヴィーラント演出の「リング」。
68年と69年の2年間。
結局、この3回しかバイロイトには登場してません。

この「マゼールのリング」が聴きたくてしょうがないのです。
「ベームのリング」が、フィリップスの名録音で、あれだけ鮮明な音で残されているのに、マゼールのリングも、バイエルン放送局に眠っていると思われてしょうがないです。
 新潮社のオペラシリーズで、発売されたことがありますが、音がかなりイマイチとのことでしたが、それでもいいから聴きたい。
 ついでに言うと、スウィトナーとシュタインのリングも、音源発掘して欲しい。

Maazel_bayreuth

バイロイトのサイトでも、マゼールの欄に生没年が載るようになりました。

そして、マゼールのオペラを語るうえで、ワーグナーとともに、忘れてならないのは、プッチーニです。
ヴェルディにも、多くの録音を残してますが、マーラーやシュトラウスに適正の高いマゼールの気質からしたら、やはりプッチーニ。

デッカへの60年代「トスカ」に始まり、CBSへの全作品録音計画を推し進めましたが、残念ながら、「エドガー」と「ボエーム」を残して中断してしまいました。
いまもって、プッチーニのオペラ全作を録音で残した指揮者はひとりもいません。
パッパーノが、いまそれに一番近いところにいるでしょうか。

プッチーニの音楽の魅力は、甘味で、耳に心地よい一方、大胆な和声と、さまざなな楽器を駆使した大編成オーケストラサウンドとにあります。
もちろん、そこに乗る、聴き手の心を揺らす、感情豊かな歌があってこそなのですが、何といっても、指揮者の力量が大切。
プッチーニは、マーラーやシュトラウス、新ウィーン楽派たちと同時代人なのですから。

ですから、カラヤン・マゼール・メータが、わたくしの思う三大プッチーニ指揮者なのです。
パッパーノは、かれら3人に比べたら、まだまだ大人しめ。
というか、3人の多少のアクの濃さや、オーケストラを上手く鳴らすことにかけての名人芸には、まだ敵わないと言ったほうがよいのか。

Puccini_la_rodine_maazel

  プッチーニ 「つばめ」~ラ・ロンディーヌ

 マグダ:キリ・テ・カマワ      ルッジェーロ:プラシド・ドミンゴ
 リゼット:マリアナ・ニクレスク  プルニエ:デイヴィット・レンドール
 ランバルド:レオ・ヌッチ      イヴェット:リリアン・ワトソン
 ビアンカ:ジリアン・ナイト     スージー:リンダ・フィニー
 ソプラノ:エリザベス・ゲイル   執事:オリヴァー・ブルーム

     ロリン・マゼール指揮 ロンドン交響楽団
                   アンブロジアン・オペラ・シンガース
                          
           (1981.11.21~6 ヘンリーウッドホール、ロンドン)


1917年、59歳の円熟期のプッチーニの「つばめ」は、前作「西部の娘」、次の「三部作」と最後の「トゥーランドット」の間にあって、とても地味な存在で、上演も稀だし、音源も決して多くはありません。

でも、わたくしは、この愛らしい作品が大好きなのです。

いつもドラマティックな筋立てのプッチーニのオペラの中にあって、人は死んだり、病になったりすることがなく、男女の出会いと切ない別れだけがその物語の中心なので、起伏が少なめで、劇場的な効果もあげにくい・・・・、とされてます。

しかし、その音楽は、聴けば聴くほどに素晴らしく思えてきて、プッチーニらしい、親しみ溢れる、センス満点の旋律の宝庫で、ウィーンのワルツや、それのみ有名な「ドデッタの夢」の甘味なアリア、随所に口づさまれる素敵なメロディ・・・・。
2時間に満たない、3つの幕のなかに、大きなフォルテはないけれど、それらの素晴らしい音楽がたっぷり詰まってます。

このオペラを記事にするのも、これで4回目。

  「アンナ・モッフォ&モリナーリ・プラデッリ」

  「ゲオルギュー&アラーニャ@メト」

  「ガスティア&ジェルメッティ」

 
それらの中で、このマゼール盤が、指揮者とオーケストラの秀逸さでは、群を抜いてます。
イタリアのオケと、メットのオケの、オペラティックな歌心を読んだ背景は、シンフォニーオケは歯がたちませんが、先にあげた、オケの近代的な魅力では、ロンドンの優秀なオーケストラは抜群でありますし、マゼールの緩急自在、ドラマの登場人物の感情の襞に沿うような巧みな指揮ぶりは完璧なものがあります。
 トスカやトゥーランドットでは、その大がかりな表情付けで、何度も聴くことがはばかれますが、この可愛いオペラでは、そんなことがありません。
 キリ・テ・カナワのクリーミーな、柔らかく雰囲気豊かな歌とともに、もう何回も聴いて、飽くことのない演奏です。

ただ、ドミンゴの分別ありすぎの優等生的なルッジェーロ君は、世間知らずのボンボンというよりも、中年の訳知りオジサンのように聴こえてしまうという妙な贅沢もあります。
 むしろ、わたしの好きなレンドールが、狂言回し的な役割を担ってますが、彼の甘い歌声の方が、ルッジェーロにお似合いで、ドミンゴと逆にした方がよかったと思います。

以前の記事から~

>「椿姫」と「ばらの騎士」を混ぜ合わせたようなドラマ。

~銀行家の愛人の女性が、田舎から出てきた青年と真剣な恋に落ちて、リゾート地で暮らすようになった。青年は晴れて母親の許しを得て、結婚に燃えるが、女性は、自分の身の上を恥じ、涙ながらに自ら身を引く~

もといたところに、再び戻ってくるのが「つばめ」。<

別れを決めたマグダが、自分の過去の身の上を切なく話し、ルッジェーロは、涙にくれて別れを拒絶する・・・・、夕暮れのなかの、そんなセンチメンタルな幕切れに、プッチーニの音楽は冷静さを保ちつつも、極めて美しく、聴いていて涙を禁じ得ません。

マゼール追悼シリーズの最後の音楽として、ここで筆を置きたいと存じます。

Maazel_mpo

          (マゼール最後のポスト、ミュンヘンフィルのHP)
 

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2014年5月 1日 (木)

プッチーニ 「わたしのお父さん」 ネトレプコ&アバド

Tsubaki

雨にぬれた、椿の花。

先週のことですが、まだ頑張って、咲いてました。

この花が、ぼとん、と落ちてしまうのも、儚いですな。

「椿姫」を思うのは、オペラ好き、クラシック好きなわけですが、何度も書きますが、そもそも、「椿姫」なんて名前は日本だけ。
そうした方が、通名のようになっているから、いいのだけれども。

原題の「ラ・トラヴィアータ」という意味は、「道を踏み外した女」ということで、まさに、イタイ女、ということになって、日本語にすると、ちょっと議論を呼んでしまうことになる訳で、わたくしは、「椿姫」でなく、その意も不明にさせる語感の良さがある、「トラヴィアータ」と呼ぶようにしてますよ。

イタイ女性が、純なる愛に目覚め、幸福をつかむけれど、しかし、愛するがゆえに、自ら身を引いて、やがて病魔に倒れる・・・・。

そんな儚く、けなげな女性の物語なのだから、「椿姫」でよかったのかもしれないのに、原題が痛々しすぎる・・・。

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  プッチーニ 「ジャンニ・スキッキ」~わたしのお父さん

      ラウレッタ:アンナ・ネトレプコ

   クラウディオ・アバド指揮 マーラー・チェンバー・オーケストラ

                         (2004.2・3 @フェラーラ)


こちらは、イタイ女性じゃなくて、恋人も大好き、お父さんも大好きの可愛い娘。

トラヴィアータのヴィオレッタは、もっと大人で、気配りも豊か、超おバカな義父の説得を配慮して自らが、埃をかぶった。

ジャンニ・スキッキのひとり娘、ラウレッタは、もっと娘々していて、思いきり、お父さんに甘えて、甘えまくって、恋人を公認させてしまう。

もう恋人世代じゃ、とっくになくなったワタクシは、どっちの父親にもなりうる存在であり、立場となりました。

父親は、トラヴィアータのジェルモンにも、ジャンニ・スキッキにも、なりうる、そんな単純な存在なんです。
母親の、絶対性には、父は常になれないものなのですな・・・。

前置き長すぎの、本日のこの愛らしいプッチーニのアリアは、ほんの3分くらいの曲ですが、シンプルでかつ、この短いなかに、思いきり娘の思いが詰まっていて、いつでも泣かせてくれます。

そして、本日のこの演奏は、クラウディオ・アバドが正規に残した、唯一のプッチーニなのです。
パヴァロッティと「トスカ」の一節をライブで演奏した記録がありますし、わたくしもその音源は持ってますが、DGのちゃんとした録音はこれが唯一かもです。(たぶん)

ネトレプコの声は、ちょっとおネイサン入りすぎで、カワユサや、蠱惑感は薄目。
でも生真面目ななかの一図さが、とてもよろしくて、アバドのかっちりした指揮にも合ってます。

アバドが、ヴェルディはさかんに指揮したけれど、プッチーニだけは、指揮しようとしなかった。
インタビュー記事で読んだことがあるエピソードですが、「マノン・レスコー」を指揮する寸前にまでなったことがあると。
 その時は、同時に「ペレアスとメリザンド」が、舞いこんできて、そちらを優先させたとのこと。
ヴェルディは、きっと、イタリア人として血のたぎるところがあったけれど、プッチーニには、マーラーに共感はできても、コスモポリタンとしての、イタリアの魂に火を着けてくれる存在ではなかったのでありましょう。

いいんです、マエストロ・クラウディオ。
ワタクシが、その分、プッチーニが大好きで、そのすべてを聴き倒してますから。
この、「私のお父さん」だけでも、残してくれたことに、感謝です。

娘が、数年のうちに結婚することがあれば、わたくしは、自ら、この演奏を流したいと思います。
きっと、泣いちゃうんだろな。

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過去記事

 「アンナ・ネトレプコ アリア集 アバド指揮」

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2013年10月25日 (金)

プッチーニ!

Harumomiji

警戒するに足ることはないけれど、いまこのときの首都圏は静かなものです。

台風はもう勘弁して欲しいけれど、自然の猛威にはかないません。

あらためまして、注意を呼びかけますとともに、被害に合われた方々に、心からお見舞い申し上げます。

こちらは、春もみじ。

空が明らかに、秋じゃないですね。

この鮮やかな色を作り上げるのも、自然のなせる技です。

Puccini

このところ、プッチーニを聴いてないことに気が付き、無性に聴きたくなり、かといってオペラ全曲というわけにもいかず、これまでブログでも取り上げたお気に入り4枚を、とっかえひっかえ聴いてます。

気の多いわたくしですが、やはりオペラのジャンルが好き。

そして、ワーグナーとヴェルディ、モーツァルトに、R・シュトラウスとプッチーニ、そしてブリテンに、ツェムリンスキー、ベルク、シュレーカー、コルンゴルト。

ブログでは、ワーグナーはもちろんのこと、R・シュトラウスとプッチーニのオペラは全部取り上げました。
ブリテンとできればヴェルディも年内には完成したい。

プッチーニの、煌めきと甘味なる響き、そして人の情に訴えかける登場人物たちの悲しみを伴った所作。
「お涙頂戴」を超えたところにあるプッチーニの音楽の音楽史的な存在感、すなわち、マーラー、R・」シュトラウスにも通じるイタリア世紀末・後期ロマン派としてのありよう。
斬新なるオーケストレーションと和声。
ドラマや声ばかりに気を取られてると、オーケストラがやっていることの凄さを見過ごしてしまう。
それを強く感じさせるのが、カラヤンやメータ、マゼールらのオーケストラ指揮者によるもの。

ジュリーニや、アバド、ムーティがプッチーニに対して消極的なところが面白いです。

今日は、あまりテカテカしていない、真摯な歌声でもって、声を主体にプッチーニを聴いてみました。

Puccini11

 カリーネ・ババジャニアンというアルメニア出身のプッチーニ歌い。

彼女は新国での蝶々さんで、いたく感激した。
日本的な所作を生真面目に、楚々とまでに受け入れ演じてました。
ご覧のとおりの美人さん。
清潔で、真っすぐな歌、少しの色気を漂わせて、とっても凛々しく素敵な蝶々さんや、リュー、マノンを歌ってます。
彼女のその後が、あまりないのが残念。
蝶々さんの、最後のシーンには、泣かされます・・・・。

http://wanderer.way-nifty.com/poet/cat6441788/index.html

Puccini10

プッチーニのテノールも最高の聴かせどころばかり。

三大テノールはメジャーにすぎて、聴きあきたし、耳に付きすぎのときは、ハンガリーのシャーンドル・コーンヤがいい。
もう一時代前のテノールだけど、今夜はコーンヤだ。
プッチーニも、ヴェルディも、ワーグナーも素敵なコーンヤだ。
NHKのイタリアオペラでも来日して、ドン・カルロをうたったし、バイロイトでは、ローエングリンとマイスタージンガーとパルシファル。

そんなコーンヤが歌うプッチーニは、リリコスピントであり、ヘルデンなのだ。
もしかしたら、ルネ・コロと同じような声質。
コロのプッチーニもきっと素晴らしいと思う。
独語録音あるけど、お蔵入りのまま。聴いてみたい。

コーンヤのプッチーニは、すべて好きだな。
ロドルフォからカラフまで、なんでも歌える。
このCDのオーケストラが、ヴォットとフィレンツェで、目も覚めるほどに素敵すぎるんだ。
泣けるぜ。

http://wanderer.way-nifty.com/poet/cat6441788/index.html

Puccini12

こちらは、女声ばかりのガラコンサート。

ヴェニャチコーヴァ、グルベローヴァ、マルトン、G・ジョーンズ

もう何もいえねぇ、大物たちの至芸に、心ときめかすばかり。

グルベローヴァは、プッチーニ向きじゃない。
でも、ほかの3人は素敵。
ヴェニャチコヴァのエドガーは泣けた。

そして、グィネス・ジョーンズのトゥーランドットには鳥肌が立つ。
圧倒的な声の強さと、その強さにある魅惑的な女性としての魅力は、デイムに相応しい凛々しさと、奥ゆかしさがある。
その声への好悪はあることは存知あげつつも、わたくしは、G・ジョーンズは大好きです。

http://wanderer.way-nifty.com/poet/cat6441788/index.html

Puccini_chally

そして、最後は、プッチーニのオーケストラを最高に表現できる指揮者リッカルド・シャイーの伝説的な名盤。
シャイーはこの若き日々が一番よかった。
それも、ベルリン放送交響楽団とのコンビが。

怜悧でありながら、親密で、歌も音の厳しさも、すべてがきっちり備わっていた。

泣けるほどに美しいプッチーニがここにあります。

一番好きなのは、「マノン・レスコー」の間奏曲。
あまりの甘味さと、それを惜しげもなく開陳するこの演奏に、全身がとろけてしまう。

「交響的奇想曲」「交響的前奏曲」のふたつのシンフォニックな作品も、胸を焦がすほどに好きです。

http://wanderer.way-nifty.com/poet/2006/05/post_b685.html

あぁ、プッチーニ。

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2013年4月19日 (金)

プッチーニ 「トスカ」 コリン・デイヴィスを偲んで

Kitte_5_2

東京駅丸の内口。

まるでジオラマのような、箱庭風の景色。

郵便事業会社の「KITTE」の展望エリアから覗いてみました。

無機的なビル群に、欧風な昔を再現した駅舎。
それを結ぶ計算されつくした道路の構造。

これを美しいと見るか、そうでないと見るか。

わたくしにはわかりません。

超高額な賃料を対価に、このあたりで機能する会社の数々は、地方はブランチにすぎません。
東京ばかりの一極集中は変わりようがありませぬ。
そんなわたくしも東京にしがみついてるんですが、地方への仕事や富の分配はずっとなされぬままに終わるのか。

Tosca_davis

   プッチーニ   「トスカ」

 トスカ:モンセラット・カバリエ    カヴァラドッシ:ホセ・カレーラス
 スカルピア:イングヴァル・ヴィクセル アンジェロッティ:サミュエル・ラミー
 スポレッタ:ピエロ・デ・パルマ   警部:ウィリアム・エルヴィン
 堂守:ドメニコ・トリマルキ      羊飼い:アン・マレイ

  サー・コリン・デイヴィス指揮コヴェントガーデン王立歌劇場管弦楽団
                          〃            合唱団

                    (1976. @ロンドン)


亡きサー・コリン・デイヴィスは、デビューしたての時からモーツァルトのスペシャリストとして、そのオペラの数々を手掛けてきて、ウェールズのオペラ団からスタートを切り、グライドボーン、コヴェントガーデンと英国内のオペラハウスで活躍をして、ついには、英国以外、独仏米のハウスでもあらゆるオペラの第一人者として認められる存在となりました。

「魔笛」以外をほぼ録音したデイヴィスは、コヴェントガーデンでの上演の数々を併行して録音するようになりました。
それは、70年代中ごろのフィリップス傘下の歌手たちとの共演で、華やかさはないものの、中身の濃い充実したものばかりだったのです。
その歌手たちは、カバリエ、カレーラス、シュターデ、リッチャレッリなどのスターたちです。

デイヴィスがイタリアオペラ?、と当時誰もが思ったのです。
その最初が、「トスカ」。
その後、「ボエーム」「仮面舞踏会」「トロヴァトーレ」と続きますが、イタリアオペラはその後、ミュンヘン時代まで録音されることなく、フランスものと、ドイツオペラが中心となります。

デイヴィスのイタリア・オペラは、ヴェルディにおいては解放感と爆発力が不足し、プッチーニにおいては歌心が不足しますが、どちらもオーケストラの充実ぶりにおいては、70年代以前のそれまでの歌中心のオペラのあり方からすると、全体の統一感が豊かで、シンフォニックで、歌手の突出感がなく、そのオーケストラのうえに歌が成り立つ安定感が先だつものでした。
イギリスの作り出す音楽が、本場のイタリアやドイツ、フランスを上回るシーンが続出したのもデイヴィスがオペラで活躍した時期と同じくします。

それは「普遍的」の一語に尽きると思います。

デイヴィスの指揮するオペラの数々は、その普遍性こそが魅力。
危なげなく、安全で、どこもかしこも完璧。
突き抜けた個性はないけれど、普遍性こそ突き抜けた個性。
デイヴィス、そしてハイティンクの指揮するオペラはいずれもかっちりしたオーケストラが主体となって、そのうえに端正な歌唱が乗っかる充実の中庸の美しさがあります。

デイヴィスのオペラの最高傑作が「トスカ」です。
聴きあきない、音像だけの、最高の芸術作品のひとつです。
プッチーニの巧みなオーケストレーションを感じ取れるし、隅々まで鳴り響く機能充実のコヴェントガーデンオケ。
カラヤンのような濃厚な味付けがなくとも、スコアに書かれた音を完璧に再現するだけで、プッチーニの濃密でラブリーな音楽が響き渡るという妙。
ピーク時にあった歌手たちの声の饗宴。
それらをつかさどる、指揮者コリン・デイヴィスの力です。

この録音の前後に、カヴァリエとカレーラスは、NHKのイタリアオペラで来日し、伝説の「アドリアーナ・ルクヴルール」に出演した。
わたしの生涯、忘れえぬ舞台体験のひとつです。

さらに79年には、デイヴィス率いるコヴェントガーデンの引っ越し公演で、同じ顔ぶれの「トスカ」が上演され、NHKでも放映されました。
テレビで観ましたが、カバリエに圧倒される見た目のカレーラスでしたが、圧倒的に声が素晴らしかったカレーラスです。
カラヤンの「トスカ」録音と時期がかぶり、東京とベルリンを往復したカレーラスの話も有名になりました。

さらにカヴァリエの見た目巨大、聴いた耳、繊細のトスカは、カラスの復活舞台がコケテしまったあとの横浜上演で、完璧なまでの歌を生放送で聴き観劇もして、圧倒されました。
「歌に生き、恋に生き」は、もう最高。そのピアニッシモの美しさは、いまにいたるまで誰も凌駕できません・・・・。

これらすべてのトスカ体験の音源における、もっとも安心感ある記録が、このデイヴィス盤です。
ふたりの歌手の最高充実ぶりは、この音源のみで味わえます。
スカルピアが、わたしには今一つですが、カラス以降の「トスカ」はこれ、デイヴィス盤につきます。

サー・コリン・デイヴィス。安らかならんことをお祈りいたします。

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2012年11月 1日 (木)

プッチーニ For ピアノ  ジョン・ベイレス

Shimbashi

新橋にあるヴィクトリア調のパブにて。

アイリッシュウィスキーを飲んでます。

パリの雰囲気とはまた違うけれど、重厚でかつアールヌーヴォ風。

世紀末系の音楽が似合う雰囲気です。

Puccini_album

   The Puccini Album

      ~ピアノのためのアリア~

        Pf:ジョン・ベイレス

              (1993.5 @NY)


もう、このCD最高!
メロメロです。

わたくしのこのクラヲタブログをご覧のとおり、私はオペラ好きです。
なかでも、ワーグナーとR・シュトラウス、ブリテンと並んで、最高に大好きなのがプッチーニheart01
メロディアスで、陶酔的、そしてお涙頂戴のメロドラマも満載。
大衆的なようでいて、実は精密緻密なその音楽造り。
オーケストレーションはマーラーの域にも達すると思います。

オペラ作品や声楽作品も全部取り上げてきました。

そんな中で、さりげなく出会ったこのCDは、ピアノソロにトランスポートされたアリアやオペラの場面の数々を集めた1枚。
その編曲と演奏は、テキサス州出身のピアニスト・作曲家・教育者のジョン・ベイレスという、そこそこイケメンの人。

この方、ビートルズのバッハ風とか、バーンスタインのウェストサイド・ピアノ版とか、エルトン・ジョン、クリスマス音楽などなど、幾多のCDを出してます。
ムーディな、甘々の空虚な演奏と思いきや、youtubeでたくさん聴けるそれらの音源を聴くと、実に音楽性豊かで、説得力高く、思わず感動してしまいます。
バッハ風なんですよ、しかも。
氏のホームページで、たくさん映像と音源を確認できますので、どうぞ。

http://johnbayless.com/

①プレリュード

②「ラ・ボエーム」~冷たい手を、私の名はミミ、二重唱、ムゼッタのワルツ、ミミの死

③「トゥーランドット」~泣くなリューよ

④「ジャンニ・スキッキ」~わたしのお父さん、「つばめ」~ドレッタの歌

⑤「蝶々夫人」~ある晴れた日に、花の二重唱、ハミングコーラス、さよなら可愛い坊や

⑥「トゥーランドット」~リューの死

⑦「トスカ」~星は光りぬ

⑧「トゥーランドット」~誰も寝てはならぬ、この宮殿の中で

⑨終曲

トスカが少ないけれど、ほぼ網羅されたプッチーニのオペラ。
これをピアノで弾いちゃってるんです。

普通にメロディやアリアの旋律を奏でてるだけじゃなくて、オーケストラそのものも意識した巧みな編曲に、鮮やかな技巧。
ちょいとやりすぎで劇的にすぎる場面もありますが、すごい表現力だと思います。
冒頭に書いたプッチーニの音楽の特徴、それらが完璧にピアノ1台で表現されてます。

最初のプレリュードは、これから始まるプッチーニのオペラのエッセンスのオマージュ。
ピアノが幻想風にプッチーニの各作品のメロディを奏で、実際のオペラの声が巧みに絡み合い、コラージュされていきます。

そして始まる本編。

「蝶々さん」、なんて、劇的で、切なくて、悲しくて、最後はリストのピアノ曲みたいに超華麗に散ってしまうんですよ、これが。

一方、静かに切ないまでにプッチーニの優しい旋律を奏でる「ボエーム」では、涙のひとつも流したくなる気分になります。

「トゥーランドット」をそこここに散りばめて、いい雰囲気を作り上げているところがニクイところ。
トゥーランドットのアリアの豪華絢爛ぶりは、アメリカ人の明るき良心をすら感じてしまいますねぇ。

最後は、しんみりと、これまでの登場人物を回顧するかのように、そしてかなたに消え去るように静かな終曲が演奏されます。

プッチーニのアリアなら歌ってしまいたくなるワタクシです。
うまいことカラオケ風に使えるかもと思って購入したのですが、伴奏の域をはるかに脱し、ピアノ1台で、すべてを表出してしまっているものですから、黙って聴くしかないことに気がつきました・・・・・・。

プッチーニ好きならたまらない、ナイスな1枚でした。

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2012年7月 4日 (水)

プッチーニ お願いランキング

Ouji_13

王子の紫陽花。

色とりどりの場所がありましたよ。

アジサイは、咲いているあいだは、こんなにキレイなのに、咲き終わると、どうしてあんなに哀れにも枯れ果ててしまうんでしょう。
梅雨が終わるまでのこの美しい姿であります。

そして、今日は、プッチーニ

昨晩、神奈川フィルの「トゥーランドット」を聴き逃したものだから、CDで聴いておりました。

そうしたら、また、ランキングがしたいという欲望に目覚めまして、わたくし、さまクラ・プッチーニ・ランキングをやってみたぞ。

Puccini_1jpg

いつものように、テレ朝さんから、お願い戦士たちをお借りします。

http://www.tv-asahi.co.jp/onegai/index.html

あらま、ジャコモ・プッチーニ先生、いつもながらダンディでございますことでございますね。

モテモテだったプッチーニには、いろんな噂も絶えなかったけれど、おかげで嫉妬深かった妻エルヴィーラから強烈な苛めを食らった家政婦の少女が思い悩んで無実の自殺をしてしまうという事件まで起きております。

戦士美女たちに囲まれて、ご満悦のプッチーニ先生。

奥さんも奥さんだけど、そんな風にしてしまったプッチーニもプッチーニ。

でも、おかげで、プッチーニが描きだした女声の登場人物たちは、男のわたくしが言うのもなんですが、いろんなタイプの女性がいらっしゃいます。
なかでも、プッチーニが好んだのは、つつましく、健気、そしてどこか影を背負って同情を引くカワイイ女性。でも一本芯が通った女性。
フィデーリア(エドガール)、ミミ、蝶々さん、マグダ、アンジェリカ、リューなどがそれです。

一方で、愛のため、体を張ってまで強く生き抜く女性として、マノン、トスカ、ミニー、ジョルジェッタなどがいらっしゃいます。

そして、一番異質なのがトゥーランドットsign01
冷徹な人情なしの姫様から、愛を知りひとりの女性へとオペラの中で変貌を遂げる。
リュウという存在があって、その対比が鮮やかなのだけれど、そのリュウの悲しすぎる犠牲とカラフの情熱とが、「氷のような姫」の心を溶かすことになる。
ますます、リュウが憐れに思われてきて、カラフという男の身勝手を許しがたくなるもの人情で、アルファーノがやむなく引き受け仕上げたハッピーエンドが、空々しく感じるのです。
このあたりは、演出の解釈の腕の見せ所で、今後ともに、いろんな最終場面が出てくるのではないかと思ってます。

さて、わたくしのプッチーニ・ランキングです。

   1.「ラ・ボエーム」

    2.「トゥーランドット」

 
   3.「つばめ」(ラ・ロンディーヌ)

   4.「蝶々夫人」

   5.「修道女アンジェリカ」

   6.「トスカ」

   7.「エドガール」

   8.「マノン・レスコー」

   9.「西部の娘」

 
  10.「ジャンニ・スキッキ」

 
  12.「外套」

  13.「妖精ヴィッリ」

番外編

   「交響的奇想曲」「交響的前奏曲」


こんな風に順番を付けても、思えば、プッチーニ全部が好き。
ここにあげたのは、残されたオペラのすべて。
「アンジェリカ・ジャンニ・外套」を三部作としてひとつに捉えると、5位にきます。

プッチーニとの出会いは、1973年のNHKイタリアオペラの「トスカ」のテレビ観劇。
中学生のわたくし、すぐに、カラス(プレートル盤)のレコード、そしてその年のクリスマスにカラヤンの「ボエーム」のレコードを買って、擦り切れるほど聴いたものでございます。
もちろん、歌ってましたよ、ロドルフォとカヴァラドッシとスカルピアをね。

ワーグナーとプッチーニ、そしてヴェルディとモーツァルトは、この時期から聴きまくっていたのでございます。

そして、いま、マーラーやR・シュトラウスも同様に愛するようになって、プッチーニの音楽の甘味さだけでない革新性を、その秀逸なドラマとともに味わいつくすようになったのでございます。
プッチーニは、有名どころばかりでなく、そのすべてを聴き尽すことによって見えてきた、この作曲家の愛すべき弱さと強さもわかるようになりました。
優れた台本あってこそ秀逸なオペラが生まれたと言う点では、R・シュトラウスと相似していて、同時に台本がちょっと弱くても、この作曲家特有の女性への優しさ、そして汲めども尽きぬ美しいメロディの宝庫に溢れているという点でも、シュトラウスに同じくするところです。

ですから、ここ数年に知り合った「つばめ」(ラ・ロンディーヌ)には、わたくしは、とても愛着と愛情を感じているんです。
奔放に生きてきた女性が、ひとりの純朴な青年の愛を知り、ふたりで愛の巣を築きますが、いつか、こんな汚れた女は青年には相応しくないと、身を引いて、かつての生活につばめのように帰ってゆく、ちょっと悲しいオペラなんです。
「トラヴィアータ」と「ばらの騎士」を思わせる筋立てに、思わずホロリとさせる素敵な音楽がしつらえられているんです。


思えば、神奈川フィルは、このところ、わたしにとって大切な作曲家ばかり続いて演奏してくれてます。
マーラー、ワーグナー、R・シュトラウス、プッチーニ。その間に、松本のナイスなベートーヴェンも。
このオーケストラの音色にまたぴったりくる音楽たちなんです。

プッチーニ大好きheart

みなさまの順位はsign02

Ouji

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2012年6月 8日 (金)

レオンタイン・プライス プッチーニ&R・シュトラウス

Tokyotower

東京タワーをその足元から。

暮れる前の空と、オレンジが美しい。

「ALWAYS 3丁目の夕日」の世界は、ワタシが生まれた頃。

2作目の64年バージョンは、東京オリンピックの年。

高度成長に入った日本が、上を向いて走り始めた頃。
覚えてますよ、あのオリンピック。
競技の内容じゃなくて、あのファンファーレ!
カッコよかった。
そして、各国の国旗を集めました。
純心で、なにもかもが新しく、前向きに進んでいった頃でした・・・・。

Leonttne_price

いやだなぁ、このジャケット。

いったいどういう趣味なんでしょう・・・・。

RCAの、少し前に出ていたこの2CDのシリーズは、みんなこうだ。最低のジャケット。

でも、ここに収められたCD2枚は、わたしの最大フェイバリット作曲家、プッチーニR・シュトラウスのヒロインのアリアやモノローグがたっぷりと収めらていて、あまりにも好きな曲ばかりだから、これまで何度聴いたことかわからない。

ここで歌うは、往年の大ソプラノの一人と言ってもいいかもしれない、レオンタイン・プライス

プライスは1927年、ミシシッピー州の生れ。
父は製材所勤務、母は助産婦で、教会の合唱団でもあった。
そんな両親のもと、ピアノを習い、そして母のように教会で歌い、コーチも受けて合唱のなかでも頭角をあらわし、やがて学生時代の1952年に校内のオペラ(ファルスタッフ)でオペラデビュー。
ダラスで同年、「ポギーとベス」に出演して、オペラ歌手としてのキャリアを踏み出した。

 その後アメリカ国内で着々と地歩を築き、1956年、渡米中のカラヤンのオーディションを受けて(このときはサロメ)、1958年にウィーンでアイーダをカラヤンのもとで歌ってヨーロッパデビュー。
その後の、カラヤンやショルティ、ラインスドルフとの共演・録音。
もっとも成功した黒人ソプラノとして、燦然と輝く記録が数々残されております。

1985年に引退するまで、最盛期を過ぎても、思わぬところに登場して、プライスの名を残しておりました。
かつて共演した指揮者やプロデューサーたちは、彼女のゴージャスで、グローリアスな歌声が忘れえなったのでしょう。

CD1 プッチーニ

 1.「蝶々夫人」~「ある晴れた日に」「さよなら愛しの坊や」
 2.「トスカ」~「恋に生き歌に生き」
 3.「マノン・レスコー」~「晴れやかに着飾っても」「一人さびしく」
 4.「トゥーランドット」~「お聞きください」「氷のような姫君の心も」
 5.「修道女アンジェリカ」~「母もなく」
 6.「ラ・ロンディーヌ」~「ドレッタの夢」ほか
 7.「ラ・ボエーム」~「さよなら、あなたの愛の声に」
 8.「蝶々夫人」~「二重唱」 R・タッカー
 9.「マノン・レスコー」~4幕二重唱 P・ドミンゴ
10.「蝶々夫人」~花の二重唱 M・ホーン


    オリヴィエロ・デ・ファブリティース、エドワーズ・ダウンズ
    フランチェスコ・モリナーリ・プラデッリ、ジェイムズ・レヴァイン
    エーリヒ・ラインスドルフ

    ニュー・フィルハーモニア管弦楽団、ロンドン交響楽団、
    RCAイタリアオペラ管弦楽団、メトロポリタン歌劇場管弦楽団


CD2 R・シュトラウス

 1.「ナクソスのアリアドネ」~アリアドネのモノローグ
 
 2.「エジプトのヘレナ」~ヘレナのモノローグ
 3.「サロメ」~終幕の場面
 4.「影のない女」~皇后のモノローグ
 5.「ばらの騎士」~マルシャリンのモノローグ
 6.「グンドラム」~フライヒルトのモノローグ
 7.歌曲「万霊節」、「高鳴る胸」、「親しき幻(5つの歌曲)」
      「どうやって秘密にしておけるでしょう」

    ファウスト・クレーヴァ指揮   ロンドン交響楽団(アリアドネ)
    エーリヒ・ラインスドルフ指揮 ボストン交響楽団(サロメ)
        〃             ニュー・フルハーモニア管弦楽団
    ダヴィッド・ガーヴェイ:ピアノ

プッチーニ
(1858~1924)とR・シュトラウス(1864~1949)は、ほぼ同世代のイタリアとドイツのオペラ作曲家。
こうして並べてみると同世代なことに驚きますでしょう。
プッチーニはイタリアオペラ界では、偉大なヴェルディの後継者となったし、R・シュトラウスは、同じく大ワーグナーの後継者。
イタリアとドイツを代表する後期ロマン派・世紀末の作曲家であります。

そして、もうひとり。
それは、マーラーです。
1860~1911年の生没年は、これらの伊独のオペラ作曲家にまったくかぶる存在なのです。
交響曲におけるマーラーの存在は、シュトラウスとプッチーニを刺激したかもしれないし、なによりもオペラ指揮者としてのマーラーは、特にシュトラウスとの結びつきが強い。

3人の作曲家は、ともにメロディストであり、自己耽溺型のロマンティストで、聴く側を陶酔の淵に魅惑してならない甘味さにも欠きません。
でもそうした表面的な魅惑以上に、大胆で斬新なオーケストレーションがあります。
緻密で繊細な響きから、不協和音が鳴り渡る大音響までのレンジの広さは、近代オーケストラを聴く喜びにほかなりません。

マーラーは、交響曲という形式に、自己の複雑多岐な思いや大自然を封じ込めて、それはもうオペラの劇世界にも足を踏み入れていたわけだけれど、プッチーニは、完璧なオペラ作曲家。
自己の厳しい目で厳選したドラマがあって、そして、自分の愛するソプラノ=女性のキャラクターがあって、そこに音楽が生まれる。
R・シュトラウスは、オーケストラは散々に極め尽くしたあげくのオペラの世界。
現実から遠い神話や、歴史絵巻があって、そこに思い思いの女性の心情を鮮やかに載せていき、自在な音楽をつけていった。

三様のドラマと音楽とのかかわりを強く感じますし、ワーグナー・ヴェルディ以降のこの3人の音楽が、いまさらながら愛おしく思い次第です。

レオンタイン・プライスの歌は、プッチーニもシュトラウスもいずれも毅然としていて、風格がたっぷり。
そして、どこか危ないきわどいくらいのがけっぷちの必死の歌いぶりに、聴くこちら側も乗せられてしまい、ドキドキすることとなります。
ドラマティックという一言では片付けられない刹那的な雰囲気を感じるのが、プライスの歌のすご味なんです。
やはり、プッチーニが場数を踏んだ抜群の表現力に満ちてまして、蝶々さんやマノン・レスコーは極めて素晴らしいです。
そして私の大好きな、「ロンディーヌ(つばめ)」なんかもう、そのハスキーな歌声に振い付きたくなるような魅力を感じましたよ。

対するR・シュトラウスは、渋いところが並んでます。
アリアドネは、ショルティ盤でも歌ってますが、これは評論家諸氏のご指摘のとおり、ドスが効きすぎで、この音楽の持つ地中海的な透明感や軽やかさが後退しすぎ。
J・ノーマンのアリアドネ、しいてはシュトラウスにも、わたしはそう感じてしまいます。
でも難役エジプトのヘレナの神々しさと真っすぐの歌声はバッチリですし、皇后も同じく凛々しいのです。
あとはなんといっても「サロメ」のド迫力と退廃感は、ラインスドルフ&ボストンというバックを得て、素晴らしいものがありましたね。

プッチーニとR・シュトラウスの音楽の同質性と異質性を、ひとりの大ソプラノでもって味わえる、素晴らしい2枚組。
いやなジャケットには目をつぶりましょう。

Shiba_park_2

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