カテゴリー「ラフマニノフ」の記事

2023年12月31日 (日)

ラフマニノフ 150周年

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美しい朝焼けのなか、沈む行く満月の早朝。

慌ただしい年末の朝、すてきな景色を望むことができました。

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夜の月は、わたくしの解像度の低いカメラではうまく撮れませんが、周囲が少し明るくなった朝は、きれいに撮れました。

ことしは、生誕150周年を迎えたラフマニノフ(1873~1943)の曲が演奏会で数多く取り上げられました。

といっても日本では、いまだにピアノ協奏曲第2番ばかりで、あとは案外と4番も。
コンクールで活躍して人気者になった同じようなメンバーばかりで2番ばかりの演奏会が、外来オケの演目に必ず組み込まれるのを、醒めた目でみておりましたが・・・
交響曲では2番ということになりますが、完全にオーケストラのレパートリーにのった2番の交響曲は、始終演奏されているので、アニバーサリーでもこちらの感覚が特別感がなくなってしまった感があります。

年末に、これまでさんざん聴いてきた、ラフマニノフの交響曲と協奏曲のマイベストを取り上げてみました。

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  ラフマニノフ 交響曲第1番 ニ短調

 ウラディミール・アシュケナージ指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

指揮者としての音楽活動から引退してしまったアシュケナージ。
その名前を聞くことが急速になくなってしまった。
ピアニストとしては大成したけれど、指揮者としてはどうも向き不向きがあり、いまひとつ評価が定まらないなかでの引退。
その指揮者としてのアシュケナージが一番輝いていたのは、80年代前半。
コンセルトヘボウとのラフマニノフは82年の録音。
CD初期に最初に買った1番がよかった。
国内盤の帯には、「祖国を離れたもの同士の熱い共感が波打つ熱演」と書かれていた。
いつもは客観的に終始するアシュケナージの指揮が、ここではまさに熱く、情熱的だった。
オケがコンセルトヘボウであることも、音に温もりと奥行きを与えている。
録音も極上。

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 ラフマニノフ 交響曲第2番 ホ短調

  アンドレ・プレヴィン指揮 ロンドン交響楽団

もう、この1枚を外すわけにはいきません。
2番の交響曲を世に知らしめ、人気曲にした功労者は、なんといってもプレヴィン。
3種ある正規録音のなかで、2度目のEMI録音が一番いい。
録音にいまいちさえが欲しいが、そんなことを差し引いても素晴らしい、ラブリーな演奏。
73年、まだプレヴィンの指揮者としての力量をいぶかしむ声のあった時期、その実力とラフマニノフの音楽の持つ魅力を全開にして、多くの聴き手を魅了してしまった1枚。
抒情と憂愁、そしてリズムと熱狂、これらを、迷うことなく思いきり聴かせてくれる。
日本にやってきて、この曲を演奏し、テレビでも観ました。
受験を控えた高校生だった自分、プレヴィンLSOのチケットを予約して、招へい元の事務所に買いにいったものの、慣れない都内で、場所がわからず、半日さまよって、結局断念してしまったことを覚えている。
そのときのプログラムは、プロコフィエフのロメジュリを中心にしたものだった。
プレヴィンに出会うのは、ずっとあと、ウィーンフィルの面々とピアニストでの姿。
さらには、N響への来演のほとんどを聴くことができたが、そのときのラフマニノフ2番では、さすがと思わせる演奏ではあったが、もう少しはやくN響は呼ぶべきだった・・・・という思いでした。

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 ラフマニノフ 交響曲第3番 イ短調

  ロリン・マゼール指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

3番の刷り込みが、このマゼール盤。
NHKFMで、ベルリンフィルライブを放送していたころ、マゼールのこの3番も流され、エアチェックした。
同じころ、ヤン・クレンツ指揮のケルン放送での2番が、これがまた超名演で、プレヴィンの演奏をおびやかすくらいに思っていた。
都内で社会人生活を始めたばかりの侘びしい寒い部屋のなかで聴いたふたつのラフマニノフ、ともかく沁みましたねぇ。
 レコードが発売され、即時に買いもとめて、擦り切れるほどに聴いたマゼール盤。
超高性能のベルリンフィルの音は、クールでかつ怜悧、ブルー系の音色に感じ、それがまたちょっと醒めたマゼールの指揮とともにラフマニノフにぴったりだった。
「自分の心に常にあるロシア音楽を、単純率直に作曲した」とラフマニノフ自身が述べているが、マゼールとベルリンフィルの演奏は、そんな様相は希薄で、むしろ都会的ですらあり、音楽はかっこいい。
ロシアの指揮者とオーケストラによるラフマニノフも、欧米系の演奏に慣れた耳にとってはかえって刺激的に感じられおもしろく、また遠い昔のように感じられる。
 あの戦争で聴けなくなったロシアのオケや演奏家、つくづく疎ましい戦争だと思う、アメリカさんよ・・・
このレコードのカップリングは「死の島」で、ジャケットのベックリンの絵画がそのもの。
寄せては返す、ひたひたと迫って来るような曲であり、ベルリンフィルのの高機能ぶりが目覚ましい演奏だった。

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  ラフマニノフ 交響的舞曲

 レナート・スラットキン指揮 デトロイト交響楽団

3つの交響曲、「鐘」とならんで、ラフマニノフの5つの交響曲と呼べるなかのひとつで、最後の作品。
近年、演奏頻度がやたらとあがった曲であります。
例外なく、わたくしも大すきで、今年、特集記事を書きました。
リズムと憂愁の祭典のようなこの曲、やはり指揮者とオケの俊敏さが光る演奏がおもしろい。
スラットキンの2度目の方の録音が好きです。
アメリカのオケらしい輝かしいブラスに、打楽器群の抜群のうまさ、ドライブ感あふれる弦など、聴いていて楽しい。
うわさに聞く、素晴らしいとされるコンドラシン盤を今度は聴いてみようと思う。
先にふれたとおり、ロシア系のラフマニノフをちゃんと聴かなくては・・・

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  ラフマニノフ ピアノ協奏曲全曲

ピアノ協奏曲は、わたしにはアシュケナージの独壇場。
旧盤では、みずみずしい感性と圧倒的な技巧でもって聴き手を驚かせるという新鮮味があった。
まさに70年代ならでは。
プレヴィンの合わせもののうまさが光るし、ここでもオケはビューティフルだ。
このコンビは、こののちのプロコフィエフでも超絶名演を残してくれた。

デジタル時代になって、アシュケナージが歳録音のお伴に選んだのは、これまた奏者たちから共演者として好まれたハイティンク。
デッカへのショスタコーヴィチ録音と同じ時期の演奏で、コンセルトヘボウがデッカ録音で鮮やかさが増して、一方でラフマニノフらしい憂愁サウンドがしっとりと味わうこともできて至福感おぼえる。
ハイティンクの最盛期の最良の録音のひとつでもある。
そしてアシュケナージは、旧盤の若さから、大人のサウンドへと伸長し、恰幅のよさ味わいの深さが増している。
新旧どちらも私には捨てがたい一組。

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アバド好きとしては、いきなりの初ラフマニノフが当時、幻のピアニスト扱いされたベルマンとの共演の3番だった。
遅れてやってきたかのようなベルマンの情熱のピアノにあわせ、アバドも結構歌いまくっている3番。

ルービンシュタインやホロヴィッツのピアノ協奏曲もいまや懐かしい。
昨今の若い奏者のラフマニノフも、オジサン、聴かなくちゃいけませんね。

3つのオペラ、ピアノソナタ、チェロソナタ、前奏曲、歌曲、鐘などなど、今年限りとせず、世界はラフマニノフをずっと聴いて欲しい。
そして、ロシアの音楽家が普通に世界で日本で活躍できるようになりますように。

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2024年は、ブルックナー、スメタナ、フォーレ、シェーンベルク、Fシュミット、アイヴズなどの作曲家がアニヴァーサリー・イヤーを迎えるる。
わたしは、我が道をゆくように、好きな音楽を聴くに限りますな。
とかいいつつ、ブルックナー集めは止まらない。

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2024年こそ良き年を

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2023年3月10日 (金)

ラフマニノフ 交響的舞曲

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早咲きの桜、温泉と海の街、熱海に咲くのが「熱海桜」

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かなりの濃いピンクと、小ぶりの花は市内を流れる糸川沿いに咲き誇ります。

1月末から咲きだして、このときは2月半ばで、数日前のあいにくの雨と風でかなり散ってしまったといいますが、それでも美しく可憐で、鳥たちが蜜を求めて木々を渡ってましたね。

  ラフマニノフ 交響的舞曲 op.45

3つの交響曲と交響的舞曲、さらに交響合唱曲「鐘」は、ラフマニノフのシンフォニックな一連の作品で、5つの交響曲ともいえるかもしれない。
2023年はラフマニノフの生誕150年。
メロディアスな音楽の好きなワタクシ、これまであらかたのラフマニノフ作品を聴き、blogにも書いてきました。
ピアノ協奏曲なら2番、交響曲も2番というのが日本でのラフマニノフ。
ほかの作品もルーティン感あるものの、なかなかに桂曲で、欧米ではいまや2番の交響曲と同じくらいに演奏頻度のたかまったのが「交響的舞曲」です。
わたしの正規CDは少なめだけど、海外の放送で始終取り上げられてるので、録音音源が最近やたらと増えて、たくさん手元にある交響的舞曲をここにまとめておこうと思いました。

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ラフマニノフのほぼ最後の作品。
ピアノ連弾による作品をオーケストレーションしたのが1940年で、亡命先のアメリカのビバリーヒルズで亡くなる3年前。
本国への憧憬にも満ちた哀愁ただようシンフォニックダンス。
陽光あふれるハリウッドで生活しつつ、スイスにも行き来していたラフマニノフは、忘れえぬロシアの感傷を音符に乗せたわけです。

オーマンディに献呈し、フィラデルフィア管弦楽団で初演。
アメリカは作曲家も指揮者、奏者、歌手たちが自由を求めて拠点を移す、輝きあふれる国だった。
いまのおかしくなってしまったアメリカとは大違いに、当時はヨーロッパからやってきた芸術家たちの楽園であったと思う。
この当時のアメリカがあったから、いまわれわれはヨーロッパから逃れた作曲家たちの作品や、演奏家たちの録音を聴くことができるわけだし。

バレエ音楽としても想定していたからから、その舞曲の名が示すとおり、全編弾むようなリズムが漲る。
1楽章が行進曲調、2楽章はワルツ、3楽章はスケルツォ、そしてジャズっぽいリズムと熱狂。

甘味な旋律とうねり、むせぶような情念とメランコリー、当時埋もれていた第1交響曲の引用や、ラフマニノフ作品に毎度おなじみの、ディエス・イレの引用もちゃんとある。 
ピアノも活躍し、サキソフォーンの活用が画期的。
ワルツも瀟洒で哀愁に満ち溢れていて、しかも暗さ漂い、お酒飲みつつ聴くと憂鬱さえ酒のツマミになる
しかし最後には、舞踏の祭典、スピーディな展開の中に、終結のディエスイレの場面に向けて音楽が収斂してゆき、ダイナミックにジャーンと音楽を閉じる。
銅鑼の一音がオケが引いたあとも残る印象的なエンディング。
すっごくかっこいいよ。
この銅鑼の響きが終わらぬうちに拍手が始まってしまうのがこれまで聴いてきたライブ音源の常。

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楽譜では銅鑼は、ほかの楽器が止んでも倍以上伸ばすように書かれていて、演奏によって長さも異なるし、あまり聞こえない演奏もあったりするので、そのたりも比較して聴くのも楽しい。

 【フィラデルフィア】

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  ヤニク・ネゼ=セガン指揮 フィラデルフィア管弦楽団

          (2018.9 フィラデルフィア)

CD初期のマゼールの演奏で目覚めたこの曲、正規CDは10種ほど保有。
そんななかからフィラデルフィアの3種。

最新のものは、セガンと初演オケのDG盤で、これを皮きりに交響曲を全部録音するそうだ。
生々しい録音でやや潤い不足だが、セガンの持ち味である生き生き感と若々しい歌いまわしはほんとに気持ちがいい。
ほんとに巧いオケ、いいオケと実感できる演奏。
でも陰りや望郷感は不足。いまはそれでいいのだろう。ある意味客観的で長く安心して聴ける。
最後のドラは、うわ~ん、うゎ~とよく鳴る。
カップリングの交響曲第1番のほうがよいかも。
セガン氏、DGとどっぷりで録音も性急にすぎるかも。
かつてのモントリオールの仲間たちとの録音にある新鮮さと大胆さがなつかしく、フィラデルフィアでは慎重にすぎるのかも。
メットで劇場経験をさらに積んで次のステップに期待だ。
わたしは、ワーグナー指揮者になることを予見しているがどうだろう。

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   シャルル・デュトワ指揮 フィラデルフィア管弦楽団

         (1990.10 フィラデルフィルフィア)

同じく初演オケを指揮したデュトワ盤は、このオケの首席に就任前の録音。
デッカらしからぬ録音の冴え不足が、このシリーズに共通の弱点。
どこかしっくりこない、燃焼不足、潤いや張り不足で、ピチピチしてたモントリオールでのデュトワとなんか違う。
モントリオールはセガンのオケとは違うが、ここでもモントリオールだ。
スタイリッシュに過ぎるのも難点で、この音楽の尖がった部分がスルーされてる。
ラストの銅鑼は少なめ。

1996年のN響ライブ音源も聴いたが、同じ印象で、さらにNHKホールの殺伐とした響き、あと当時のN響の重くて硬い音色も・・・

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       ユージン・オーマンディ指揮 フィラデルフィア管弦楽団

        (1960 フィラデルフィア)

初演コンビの20年後のCBS録音。
ゆったりと堂々とした演奏で客観的ななかにも哀感や切実さもありで、もしかしたらオケのなかにも、そんな昔でない時期に欧州・露から来た人も多かったかもしれない。
アメリカから見たロシア、いまの敵対と憎しみの感情とはまったく違った、まさに望郷感あるいにしえの音色。
指揮者もオケも、新世界にいながら過去を見ているような演奏だと思う。
きらびやかなフィラデルフィアサウンドは、郷愁と裏返しだったのではないかと、ほかの演奏を聴いても感じるようになった。

皮肉なもので、フィラデルフィアの3つの正規録音、古いものが一番好みだった。
いまのアメリカの社会の行き過ぎた狂気は各大都市では深刻で、民主党政権の牙城である西海岸やペンシルバニア州など、そこでの暗澹たる映像を目にすることができる。
そんななかでも衝撃だったのは、フィラデルフィアのダウンタウンでの薬中で自滅・壊滅している人間を失った人々の姿・・・・
世も末感あり。
アップストリームにあるオーケストラの面々には無縁だろうが、かねてより憧れたアメリカのメジャーオケとそこに紐づいた都市の印象が、片側だけ崩壊してしまった気分なのだ。

 【ベルリン・フィル】

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  ロリン・マゼール指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

         (1985 @フィルハーモニー)

第3番と同じく、マゼールとベルリンフィルのCDによって目覚めた。
容赦ないくらいにクールで、べらぼうにうまいオーケストラに快感を覚えたものだ。
マゼールにしては恣意的なくらいのマーラーとは比べ物にならないくらいに慎重さも見せるが、オケの雰囲気も併せ青白いブルーな色調がいい。
長らく聴き、刷りこみにもなってる演奏で、今思えばもっと激しくやって欲しいとも思えるが、でもね、好きな音盤です。

  サイモン・ラトル指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

         (2014 @ロンドン、proms)

正規録音として、バーミンガム時代と2010年のベルリンフィルとの録音もありますが、それらは未聴です。
promsでの演奏を録音したものですが、これが実によろしい。
ラトルらしく重心低めの響きですが、メロディに敏感で、エッジも効いててオケの俊敏さが際立ってる。
マゼール盤が穏当に聴こえてしまう。
ラストのアッチェランドはすごいし、銅鑼もかなり長く引き伸ばし、ファンキーなプロムスリスナーさんたちがよくぞ拍手を我慢したものだと思わせる。

  キリル・ペトレンコ指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

                      (2020 @フィルハーモニー)

以外と慎重な演奏、テンポもゆったりめで、タイムも36分越え。
品のよい歌いまわしと、テンポを上げるときはギア切替が見事でメリハリの豊かな演奏。
弦を中心にベルリンフィルの威力を満喫。銅鑼の伸ばしもなかなかのもの。
もっとやれるんじゃね?と贅沢な思いも抱くことも確か。

 【大家たち】

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  アンドレ・プレヴィン指揮 ロンドン交響楽団

        (1974 @ロンドン)

ラフマニノフ2番がいま人気曲になった、その立役者がプレヴィン。
リズム感あり、スピード感も伴って、総じてカッコいいと思える演奏。
ワルツのふるいつきたくなるような優雅な歌わせ方もさすがにプレヴィンで、スタジオ録音ながらプレヴィンのうなり声も聞こえる。
銅鑼も正しく鳴っている。久々に聴いてやっぱりいいと大満足。

  マリス・ヤンソンス指揮 バイエルン放送交響楽団

          (2017 @ミュンヘン)

ヤンソンスには3つの録音があり、最初のサンクトペテルブルクでの演奏は燃焼不足、コンセルトヘボウとのものは濃厚な演奏とは反対にある、ヨーロピアン的な演奏。
しかし、バイエルンでの録音では音楽造りのうまさが前にも増して感じられ、コンセルトヘボウと違う機能的なバイエルンのオケの有機的な暖かな音色が大いに寄与している。
大人の演奏で、オーケストラを聴く喜びも味わえる。銅鑼もほどよく長く響く。
思えば、この2年後にヤンソンスは亡くなってしまう。


      レナード・スラトキン指揮 デトロイト交響楽団

       (2012 @デトロイト)

セントルイス響を育て、そこでの初期のころのラフマニノフが懐かしい。
スラトキンらしい、スマートかつリズム感あふれ弾むような演奏で、おなじみのあの指揮ぶりが思い浮かぶような嬉しい内容にあふれてる。
ワルツも歌いまくり、メランコリー充分、ラストの銅鑼もすばらしい一撃が鳴り渡り、決まった。
アメリカのオケのブラスと打楽器のうまさ、明るさも満喫。

      ユーリ・テミルカーノフ指揮 サンクトペテルブルク・フィルハーモニー

       (2008 @ルツェルン)

大御所登場。豪放磊落、大づくりでありつつ、勢いあふれ、ダイナミックな箇所では、オケの威力が爆発する。
豪快に、太筆で一気に書き記したような巨大な演奏。
わたし的にはちょっと疲れてしまう。かも。

 【中堅、大活躍の方々】~ネット放送より

  アンドリス・ネルソンス指揮 ボストン交響楽団

       (2014 @タングルウッド)

ゴージャスな演奏。ホールトーンのよさにボストン響の巧さも加わって、そんな風に聴こえる。
しかしネルソンスの指揮は重心低く、重機関車のような歩みでスケールのデカいもので、一方で緻密もあるから聴きごたえも十分。
ディエス・イレが一番壊滅的に聴こえる演奏で、いろんなか所で気が抜けない面白さがある。
銅鑼も豪快に決まったが、ボストンのお客さん、拍手が早いよ。

     トマス・ダウスゴー指揮 ロイヤル・フィルハーモニック

      (2018 @ロンドン)

快速指揮者ダウスゴーは、わたしの好きな指揮者で、音盤はかなり集めましたがこの曲の録音はまだないので、貴重なライブで、しかもオケがロイヤルフィルという珍しさも。
ダウスゴーらしいスピード感あふれる演奏で、かつサバサバぶりも心地よい。
2楽章の抒情も薄目な響きがかえって透明感を与え北欧風。
3楽章の疾走感もカロリーは押さえつつダウスゴーしてましたね。
銅鑼も見事にきまり、聴衆も沈黙を守りました、気持ちがいいです。

  ヴァシリー・ペトレンコ指揮 オスロ・フィルハーモニー

       (2013 @proms)

これまたカッコいい演奏だ。
快速で緩むことがなく、一気に聴かせる一方で、しっかりとラフマニノフ節のつぼを押さえていて満足させてくれる。
違う方のペトレンコさんが、曲によっては守りに入るような慎重ぶりを示すのに、ヴァシリーさんの方はより好き放題にできるのか、緩急自在ぶりと、適度な荒れ具合があってラフマニノフの心情を映し出しているかも。
銅鑼はプロムス民にかき消されてしまった・・・

 【女性指揮者】~ネット放送

  カリーナ・カネラキス指揮 BBC交響楽団、ボストン交響楽団

       (2018 @proms  、2022 @タングルウッド)

アメリカ出身のカネラキス、ずっと聴いてきました。
オランダ放送フィル首席とベルリン放送響、ロンドンフィルの首席客演のポストにある。
ボストンへのデビューだった昨年の演奏は、慎重な構えがおとなしめの演奏に終始した感があり。
それ以前のBBCでのプロムス演奏では、音楽への共感がにじみ出たような積極的な演奏で悪くない。
彼女のレパートリーはまださほどでなく、ルトスワフスキとワーグナーが好きなようで楽しみ。

  ダリア・スタセフスカ指揮 BBC交響楽団

       (2019 @ロンドン)

昨年のジャパンpromsの指揮を担った彼女、ウクライナの出身のフィンランドの指揮者。
ウクライナ愛が強く、彼女のツィッターをフォローしているが、ウクライナを憂い、ややもすればリアルな戦場の実情をツィートしてる。
そんな彼女の戦渦まえの演奏だけど、重厚かつ生々しいほどのラフマニノフへの共感ぶりがうかがえ、熱くて存外に濃厚な音楽になった。
濃厚さと爆発力も備えた驚きの名演だと思う。


 【若手の面々】

  ステファヌ・ドゥヌーヴ指揮 ミュンヘン・フィルハーモニー

       (2020 @ミュンヘン)

  エドワード・ガードナー指揮 サンフランシスコ響、ベルゲン・フィル

       (2018 @サンフランシスコ、2022 @エディンバラ)

  ジェイムズ・ガフィガン指揮 シカゴ交響楽団

        (2017 @シカゴ)

  ニコラス・コロン指揮 フィンランド放送交響

        (2020 @ヘルシンキ)

  ダニエーレ・ルスティオーニ指揮 アルスター管弦楽団

       (2021 @ベルファスト)

      ラハフ・シャニ指揮 ボストン交響楽団

       (2023 @ボストン)

もう長くなりすぎるので、個別にはコメントしませんが、このように今後の指揮界を担う若手もこの作品を積極的に取り上げてます。

このなかで一番安定感があり、堂々としていたスタンダードな演奏は、ガードナーとベルゲンフィル。
ガードナーは大曲をわかりやすく、しかもかつてのコリン・デイヴィスのように熱いものを感じさせる指揮者で、今年は「パルジファル」も聴くことができた。

あと素敵だったのがイタリアのルスティオーニの演奏。
彼はアルスター管の首席を務め、ヨーロッパの主要劇場とメットでもひっぱりだこのオペラ指揮者でもあります。
旋律の歌わせ方が実にうまく、アルスター管から明るくきらびやかな音を引き出していて、ラストの熱狂もなかなかのもの。
この指揮者は今後ももっと活躍すると思いますね。

注目のイスラエル出身のシャニさん、6月に手兵のロッテルダムと来日するが、プログラムを見てがっかり。
ブラ1と悲愴をメインに、日本人奏者と協奏曲で、チケットもそれで値が張ってる。
イスラエルフィルの首席に加え、ミュンヘンフィルの指揮者になることも決定。
ボストンとのこの演奏も機をてらわない正攻法の演奏で、3つの楽章をそれらがあるがままに聴けせてくれる。
返すがえすも、日本の呼び屋さんの見識を正したいものだ。

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今年は寒暖差激しかったものの、3月に入ってから暖かい日が連続。

河津桜も葉が増えて見頃を過ぎ、ほどなくソメイヨシノの開花も始まりそうです。

花粉は辛いが、春は楽しみ。

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2019年12月10日 (火)

ヤンソンスを偲んで ③ロンドン、ウィーン、ベルリン

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ヤンソンスの追悼シリーズ、今回はヨーロッパの各都市。

ロンドンでは、ロンドン・フィルハーモニックの首席客演指揮者に1992年に着任し、97年までそのポストにありました。
同時期に録音されたものは、EMIにそこそこありますが、いずれもヤンソンスらしい瑞々しさと、オーケストラの落ち着いた響きがとてもいい感じなんです。

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  チャイコフスキー 「くるみ割り人形」

 マリス・ヤンソンス指揮 ロンドン・フィルハーモニック管弦楽団

        (1991.10 @アビーロード・スタジオ)

弾むリズムに、全編に通じる親しみやすさ、わかりやすさの表出。
誰しもを、ほっこりさせてしまうヤンソンスの音楽づくりです。
そして、ロンドン・フィルのノーブルかつ、ややくすんだ音色が、チャイコフスキーの普遍のメロディの数々に温もりを添えます。
数ある「くるみ割り」のなかで、大好きな1組です。

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 ショスタコーヴィチ 交響曲第15番

 マリス・ヤンソンス指揮 ロンドン・フィルハーモニック管弦楽団

        (1997.4 ロンドン)

関わりのあるオーケストラと全集を造ったヤンソンスのショスタコーヴィチ。
ロンドンフィルとは15番を録音しました。
ハイティンクのもとでも、シンフォニックな演奏で素晴らしい15番を残したが、このヤンソンス盤も浮つくことのない見事なものです。
シニカルななかに、キラリと光る抒情の雫、この曲の第2楽章は、ヤンソンスを送るに相応しい涙に濡れたような葬送の音楽です。

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  ラフマニノフ 交響曲第2番

 マリス・ヤンソンス指揮 フィルハーモニア管弦楽団

         (1986.11.19/20 オールセインツ教会

これぞ、ラフ2の隠れたる超名演。
42歳のヤンソンスが、オスロでのチャイコフスキーと併行してシャンドスレーベルに録音した、フィルハーモニア管との一期一会のような演奏。
完全版によるもので、ヤンソンスのファンになりたての頃、2006年にようやく入手できたCD。
そのときのブログで、「指揮者もオーケストラも、一緒くたになってラフマニノフ・ワールドにどっぷりつかりながら、思い切り音楽に夢中になっている。勢いや感情だけではこんな演奏は生まれない。ヤンソンスの音楽へのひたむきさと、楽員をその気にさせるエモーションがあってこその名演奏」と書いてます。
ヤンソンスの音盤のなかで、この時期のひとつのピークの記録であると思います。
この10年後の、サンクトペツルスブルクとの再録は、かなりおとなしい。
コンセルトヘボウとの再々録音は未聴であります。

ロンドンのオーケストラでは、あとロンドン交響楽団にもよく客演し、マーラーの6番のライブもありますが、こちらも未聴。

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  ショスタコーヴィチ 交響曲第5番

 マリス・ヤンソンス指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

         (1997.1 @ムジークフェライン)

ヤンソンスは、ウィーンでもベルリンでも、オーケストラと聴衆から人気を博しました。
5番だけは、当時もよく演奏していたウィーンフィル。
テンポの自在、ライブならではの感興あふれる活気に満ちたショスタコ。
ここでも、ウィーンの弦で、しっとりと第3楽章を聴き、ヤンソンスを偲ぶこととします。

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ウィーンフィルのヤンソンス追悼のツィッター。
2006、2012、2016年と3回のニューイヤーコンサートの指揮でした。

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こちらは、ベルリンフィルの追悼ツイッター。

カラヤンコンクールに入賞したヤンソンスにとっては、ベルリンフィルは格別の存在であったでしょう。
そんなに録音は多くは残しませんでしたが、定期演奏会の常連で、アバドのあとにも最有力候補としてノミネートされたり、演奏旅行に同伴したりと、ずっと蜜月な関係を保ちました。
日本にも、2006年にアバドとともにやってきましたが、わたくしは、アバドのトリスタンに全資力を投入してしまったので聴くことはありませんでした。

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  ベルリオーズ  幻想交響曲

 マリス・ヤンソンス指揮 ベルリンフィルハーモニー管弦楽団

         (2001.5 @イスタンブール)

ベルリンフィルが毎年5月の行うヨーロッパコンサートから、トルコのイスタンブールの雰囲気あふれる教会でのライブ。
汗をかきつつ、夢中の指揮ぶりで視聴するヤンソンス得意の「幻想交響曲」。
いろんなオーケストラとずっと取り上げ続けた「幻想」。
バイエルンとのライブ録音と並んで、このベルリンフィル盤は、ベルリオーズの熱狂と抒情を見事に表出しつくした名演です。

ヤンソンス追悼、次はアメリカへ飛びます。

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2019年12月 5日 (木)

ヤンソンスを偲んで ①レニングラード

Jansons-stpetersbrug

マリス・ヤンソンス(1943~2019)の逝去を悼んで、同氏の音源を聴きつつ、その歩みを偲びます。

現在のラトヴィアのリガ生まれのマリス・ヤンソンスは、その父が、親日家だったアルヴィド・ヤンソンス。
母はユダヤの出自のオペラ歌手で、ラトヴィアの地政上、母の親族は、ナチスからもその親族が追われるという境遇であったという。

マリス・ヤンソンスの音盤からのみ判断すると、映像以外のオペラ録音が大きく欠落している印象を受けるが、ヤンソンスは母の舞台やオペラの現場を幼少より体験しており、その音楽や舞台が自身に血肉化していると自ら語ってます。

心臓の病に早くから罹患したことから、オペラの指揮もなかなか厳しかったかもしれないし、コンサートオーケストラからのオファーがひきも切らなかったので、ハウスの指揮者としての時間が取れなかったのかもしれません。
 タラレバですが、キーロフかドイツのどこかのオペラハウスが、若い頃のヤンソンスを射止めていたら、ヤンソンスの活動領域はまた違ったものになっていたかもしれません。
コンセルトヘボウ時代、そのシチュエーションに恵まれ、オペラ指揮にも心血を注いだのも、ヤンソンスのオペラ指揮者の姿のあらわれだと思います。

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 二世指揮者ヤンソンスは、父に伴われてのレニングラードでの勉学と、ウィーン留学。
スワロフスキー門下でもありますが、指揮者と活動の原点はカラヤン・コンクールでの入賞。
そこから、父のいたレニングラードフィルへのデビューとつながり、当時のムラヴィンスキーとの出会いにもつながります。
 ソ連時代のレニングラードフィルの最盛期に、ムラヴィンスキーの元で副指揮者となり、70年代以降、テミルカーノフ時代の90年代後半まで、ずっとこのオーケストラを指揮し続けました。

レニングラードフィル=サンクトペテルブルクフィルとの正規録音は、そう多くはなくて、そのなかでも一番の演奏は、ショスタコーヴィチの7番です。

  ショスタコーヴィチ 交響曲第7番「レニングラード」

   マリス・ヤンソンス指揮 レニングラード・フィルハーモニー交響楽団

             (1988.4 @レニングラード)

まだ、ソビエト連邦崩壊前にEMIが乗り込んでの録音。
シャンドスにもレニングラード時代の録音はありますが、それは未聴。
のちに、コンセルトヘボウ、バイエルンでも再録してますが、おとなな演奏の後のものにくらべ、血管が浮き出たような熱くて、濃密な感じで、随所に聴かせどころを設けて、聴き手を飽きさせない巧さも感じます。
でも、全体の構成がしっかりしていて、最後には堂々たるフィナーレを迎えます。
カラヤンがこの作品を指揮したら、かくや、とも思わせるじょうずな演奏でもあります。

この録音の2年前。
1986年に、ヤンソンスは、本来同行者であった来日公演で、急病で来日が出来なかったムラヴィンスキーに替わって、すべてのプログラムを日本で指揮しました。
ちなみに、急遽、あの幻指揮者のガヒッゼも呼ばれて少し分担しました。
 このときの演奏会がNHKで放送され、このエアチェックテープを最良の状態で、自己音源化してます。

  ショスタコーヴィチ 交響曲第5番

  チャイコフスキー  交響曲第4番

   マリス・ヤンソンス指揮 レニングラード・フィルハーモニー交響楽団

            (1986.10.16 @サントリーホール)

自分のヤンソンス体験は、この放送録音が原点でありまして、演目は、ショスタコーヴィチの5番とチャイコフスキーの4番という、ヘヴィーな2曲で、当時、90分のカセットテープに、片面に1曲ずつ収まる快演でした。
文字通り、血わき、肉躍る、躍動感と力感、生命力にあふれる演奏で、あの完璧なレニングラードフィルも、あたふたとするくらいに、ひっくり返っているか所も見受けられます。
チャイコ4番など、もう、もう、すさまじいばかりの猛進ぶりで、そこではさすがの鉄壁のレニングラード魂が発揮され、恐ろしいアッチェランドと段階を完璧にふんだ幾重もあるフォルテの威力に圧倒されます。
 ヤンソンスのオーケストラドライブの見事さと、統率力の確かさを、このライブに感じ、マリスの名前がわたくしの脳裏に刻まれることとなりました!

レニングラードフィルとは、1977年にムラヴィンスキーとともにやってきたのが初来日。
このときのNHKホールでのムラヴィンスキーを、学生時代に聴いております。→過去記事
もしかしたら、若きヤンソンスもその会場にいたかもしれません。

その後も、都合、5回、レニングラードフィルとサンクトペテルブルクフィルとで来日しております。

ちなみに、ムラヴィンスキーは、何度も来る、来るいいながらやってこなかった巨人で、そのたびに、父アルヴィドが代わって来日しており、その父も東京交響楽団にも何度もやってきて、親日ヤンソンス家ができあがりました。
父アルヴィドは、NHKテレビで何度も見てまして、指揮棒を持たない自在ぶりと、汗だくの夢中の指揮姿をいまでも覚えてます。

ムラヴィンスキーは、自由度の高いテミルカーノフよりも、マリスの直截かつ完璧な楽譜の再現という意味での指揮の方を評価していたといいます。
情熱的な、ちょっと爆演系の若きマリス・ヤンソンスが、それに加え、知情意、バランス感覚の優れた名指揮者になることを、ムラヴィンスキーは見越していたのだと思います。

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 ヤンソンスと、ソ連崩壊後のサンクトペテルブルクフィルは、EMIにラフマニノフの交響曲とピアノ協奏曲全集を録音しました。

これは、実にビューティフルな演奏で、でもロシアのオーケストラがここで必要なのか?と思うような、洗練されたスマートな演奏に、ロシアの憂愁や歌を求めた自分には、ちょっと違うと思わせるものでした。
EMIの録音の角の取れすぎたのっぺりした響きにも、その不満はあります。
ほかのレーベルだったら・・・という思いがあります。

ヤンソンスのラフマニノフは、ほかのオーケストラとのものがよく、違う記事で取り上げましょう。

 サンクトペテルブルクフィルは、ヤンソンスを悼んで、今日10月5日に偲ぶ会を催したようです。

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       (サンクトペツルスブルクでの追悼会 BR放送より拝借)

最後のサンクトペテルブルクフィルへの客演は、今年2019年2月。

そのときの画像を、同フィルのHPから拝借いたしました。
サンクトペテルブルクフィルは、テミルカーノフを統領に、いま、デュトワを客演指揮者に指名し、ロシアとヨーロッパの結合点としての存在をヤンソンス親子以来の伝統としつつあるようです。

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ヤンソンス、次はオスロへ。

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2019年6月22日 (土)

ラフマニノフ 「鐘」 プレヴィン指揮

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吾妻山にある、もうひとつの神社が、「浅間神社」。

吾妻神社は、日本武尊と弟橘媛命にまつわる由緒ある神社ですが、こちらは、父の仇討で高名な曽我兄弟の姉、木花咲耶媛(このはなさくやひめ)が、仇討の大願成就の感謝を込めて、富士浅間神社を本社に、こちらに祀ったものとされます。

日本には、多くの神社があり、そこには古来、多くの日本人が、いろんな願いと感謝を込めて手を合わせてまいりました。

神社とお寺、その違いや、言葉はよろしくないですが、使い分けは、多く日本人はそう意識もせずに、日常行っていると思います。
初詣には、寺や神社に等しく出向きますし、供養はお墓やお寺に詣り、願掛けや感謝は、神社にお詣りします。
宗教と、民族的な信仰、このふたつを心のなかにうまく融合しているのではと思いますし、わたくしなんぞ、洗礼をうけているわけでもないのに、教会で手をあわせたり、キリスト教を背景とした音楽を聴き、涙することもあります。
柔軟かつ複雑な、日本人の思考は、こんなところからもうかがえるのかもしれません。
 お天道様が見ている・・、こうした自然や身の回りのものへの想いや感謝こそが、日本人の心にあるものだと思いますが、最近はどうも。。

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小さなお社ですが、新緑が実に映える清涼感あふれる美しさです。

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  ラフマニノフ  「鐘」op35

   S:シーラ・アームストロング T:ロバート・ティア
   Br:ジョン・シャーリー=クワーク

    サー・アンドレ・プレヴィン指揮 ロンドン交響楽団
                  ロンドン交響合唱団
           合唱指揮:アーサー・オールダム

        (1975.10 キングス・ウェイホール ロンドン)

ラフマニノフの交響曲は3曲あるけれど、それ以外に、交響曲的な要素ををもった作品がふたつ。
三浦淳史先生の名づけで、合唱交響曲とも後世呼ばれる、この「鐘」。
そして、晩年のアメリカでの作品、「交響的舞曲」。

作品の総数としては、そんなに多くはないラフマニノフは、自身が名ピアニストであったゆえの、協奏曲を含むピアノ作品を中心に、交響的な作品、そして、歌曲を中心にした声楽作品、それに作品数は少ないながら、室内楽作品に、オペラということになります。
まんべんなく、あらゆるジャンルに作曲をしましたが、ひとフレーズ聴けば、もうラフマニノフとわかる作品たちばかり。

むせかえるような甘味なメロディーに、暗たんたる、ともに落ち込んでしまいそうな旋律、それらの繰り返しのくどさ。
弾むリズムに、跳ねるような3拍子、ジャンジャカジャン的な派手だけど、あえないエンディング。
そう、こんなラフマニノフ・ワールドがいつしか、病みつきになるんです。

終焉の地がアメリカであったこともあるが、その音楽が大衆的な人気をはくすようになったのもアメリカからだと思うし、ストコフスキーやオーマンディの功績も大きい。
そして、ラフマニノフの人気は、スクリーンにも使われ、英国、本国ロシア、ヨーロッパ、日本へと広がっていったものと思う。

そのアメリカで早くから聴かれ、親しまれていたのが、「鐘」。
英語圏では、「Bells」。
 エドガー・アラン・ポーの詩による作品だが、ポーの原作そのものでなく、英語の原語を、ロシアの象徴派詩人のコンスタンティン・バリモントのロシア語訳によったものに作曲された。
そしてアメリカでは、このロシア語訳のものを、さらにファニー・コープランドという女性が英語訳にしたものが、ペテルブルクでの初演7年後、1920年に、ストコフスキーとフィラデルフィアにより米国初演され、これが好評でアメリカで親しまれるようになったとか。
この曲の初レコードも、オーマンディとフィラデルフィアによるものです。
信心深く、宗教に熱心なアメリカ人の心に、この美しく、哀しく、そして明るい旋律が満載の「鐘」が、日常の教会で聞く鐘の音と、その人生が共にあるという、この作品の根底にある信条とが響いたのでしょう。

 この作品の作曲のきっかけも、よく書かれているようにユニークなものです。
「ある日、見知らぬファンから手紙をもらった。そこには、バリモントの露訳によるポーの詩「鐘」が書き写されていて、この詩とともに、是非作曲をしてほしいとあった。この詩に感動したラフマニノフだが、すぎには作曲にとりかからなかったものの、のちに完成したこの音楽を聴いた、手紙の主は、自分が思い描いたとおりに完成していたので、喜びのあまりに失神するばかりであった、と。
それは、ラフマニノフの熱烈なファンで、モスクワ音楽院に在学していた女性チェリストだと後に判明したとのこと、内気すぎて、憧れの作曲家に直接会いにいけなかった」
ラフマニノフのファンは、シャイだけど、熱い、そんなある意味これもラフマニノフらしいエピソードであります。

人生の4つのシーン、そこに象徴される「鐘」。
ポーの原詩にはないタイトルが、バリモントの露訳では付けられていて、それが4つの楽章になっている。

①「誕生」      銀の鐘  澄んだそりの鈴
           若い命の輝きを讃える祝福の鈴の音

②「結婚」      金の鐘  甘く響く結婚式の鐘
           聖なる婚礼に響き渡る愛の鐘の音

③「人生のたたかい」 真鍮の鐘 けたたましい警鐘
           災いと恐怖の到来を告げる警鐘の音

④「死」       鉄の鐘  悲しみに沈んだ鉄の鐘
           永遠の別れを悲しむ弔いの鐘の音

この4つの章にある言葉どおりの音楽といえば、もうそれで足りる。
外盤なので、英訳歌詞をながめてもなんだかもどかしいので、もう流れる旋律と、いかにものロシア語に身をゆだねるだけでいい。

春の訪れともとれる、歓喜にあふれた①、まさに転がるような楽しい木管に、打楽器たち、そしてテノールも明るい。
いかにもラフマニノフらしい、甘味でロマンティックな②は、幸せな、夢見るようなソプラノ独唱を伴っていて、聴いてるこちらも、あんないい時代もあったなぁ~、と回顧したくなる気分。
スケルツォ的な③は、争乱を感じさせ、不穏は雰囲気だ。シャウトする合唱に金管がただ事でなく、聴いてて疲れるかも。
そして、イングリッシュホルンが、寂しくも無情にあふれた旋律を歌いだす④.
バリトンソロも、なかなかに沈痛だし、合唱の合いの手も重々しい、痛切な哀しみの連続で、思い切り落ち込むロシア人そのもの。
不条理さへの怒りも発しつつ、やがて死を受け入れ、曲は平安な慰めのムードに変わって行き、美しい夕映えのような最後となる。

多岐のキリスト教社会に住まう国々の方にとって、教会の「鐘」の音は、人生にとってきってもきれない、日々、そこにある存在なのです。
それを誰にでも共感を得やすく、わかりやすく、ポーのロシア語訳の力をえて音楽化したこの作品。
きっと欧米人にとっては、われわれ日本人以上に共感しやすい素材と、その音楽かと思います。

プレヴィンの西側ではオーマンディに次ぐ録音。
交響曲を親しみやすく、ビューティフルに演奏するように、この「鐘」も美味なるほどのに、鮮やかな指揮ぶりに思います。
イギリス人歌手たちもふくめ、ロンドン響も、その合唱団も、ロシア的な憂愁からは、ちょっと遠いのですが、でもこれもブリテッシュ・ラフマニノフ。
わかりやすく、明快、くったくのないラフマニノフであります。
録音が、やや古さを感じたりもしますが、プレヴィンのあの3つの交響曲のEMI録音の延長線上にある、そんな演奏であります。

日本人には、「鐘」は、除夜の鐘や、時を知らせるお寺の鐘、そんな風なイメージだけですが、でも身近なものにほかなりません。
そう、寺も神社も、日本人の心のよりどころであって、身近な存在です。

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2015年2月28日 (土)

ラフマニノフ 交響曲第3番 デ・ワールト指揮

Biei

遅い春を待つ、北海道の風景を。

再褐ですが、数年前の5月の美瑛の景色。

札幌から旭川に出張したとき、車で走りました。

そろそろ種を植えて、という時期で、それでも、10度を切る気温で、旭川のこの夜は雪も舞いました。

沖縄から北海道まで、日本列島は大きくて、豊かです。

こんな景色を見ると、どうしても、チャイコフスキーやラフマニノフのロシア・ロマンティシズムを感じさせる音楽を想起してしまいます。

Rachmaninov

   ラフマニノフ 交響曲第3番 イ短調

    エド・デ・ワールト指揮 ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団

                (1976 @ロッテルダム、デ・ドゥーレン)


歴史の「たられば」は、多く語られることですが、ラフマニノフが、あの交響曲第2番のあと、28年も、次の交響曲を作曲しなかったから、その長きブランクに、もし、どんな交響曲を生んでいたかと思うと・・・・・。

その間、ソ連革命政府のロシアを去ったラフマニノフは、アメリカに渡り、ピアニストとしての活躍が主流となっていたからです。
 同時に、よく言われるように、作品を書き、発表するたびに、評論筋から酷評を受けてしまい、自信を喪失してしまうこともしばし。

 ですが、大丈夫ですよ、ラフマニノフさん。
あなたの音楽は、いま、そのすべてが愛されてます。
時代の変遷のなかで、当時の保守的でメロデイ偏重の音楽は、いまや、普通に好まれる音楽だし、ロシアのいまある歴史なども俯瞰しながら聴くことができる、いまの現代人にとって、望郷の作曲家ラフマニノフは、とても好ましく、親しみ持てる存在となりました。

1936年、アメリカでの演奏活動のかたわら、スイスで過ごす日々も多く、そこでこの交響曲は作曲されました。
3つの楽章からなる、35分くらいの作品。
メランコリックな2楽章のなかに、中間部はスケルツォ的な要素も持ってます。

3つの楽章を通じ、メロディックでありつつ、リズム感豊かな舞踏的な弾むラフマニノフサウンドを満喫できますし、オーケストラの名技性もありです。

2番に飽いたら、3番で、少しアメリカナイズされた望郷の念を堪能しましょう。
さらに、遡って意欲的だけど、死のムードも感じさせるほの暗い1番をどうぞ。

前にも書きましたが、協奏曲のあとに来たラフマニノフの交響曲との出会いは、社会人になってから。

通えるのに、実家を離れての都会暮らしは、新宿3丁目にほど近い、6畳一間の裏寂しいアパート。
家賃は26,000円で、風呂なし、共同便所、居住者は婆さんと、夜のお仕事系。

悲しかったけれど、楽しかった一人暮らし。

そして真冬に出会った、ラフマニノフの2番の交響曲は、ヤン・クレンツ指揮のケルン放送のもので、これは、好事家の語り草にもなっている名演で、いまでもそのカセットテープを大切にしてます。
 プレヴィンとロンドン響のテレビ放送より、ずっと迫真的な思いでとなってます。
そして、間もなく聴いたのが、マゼールとベルリンフィルの3番のライブ放送。
これもまた録音して、何度も何度も聴きましたし、すぐにレコードになり、そちらも、すり減るほどに聴きました。
 ブルー系のクールなラフマニノフ。
それがいまでも刷り込みで、どうしても、あのベルリンフィルのサウンドが耳から離れません。

Rachmaninoff_sym3_edo_de_waart

でも、いくつも聴いてきました。
暖かいプレヴィン盤、実演も含めた含蓄ある尾高さん。
ウェラー盤は、ロンドンフィルが抜群にうまい。
ナイスな雰囲気の弾むスラトキン盤。
そして、このデ・ワールト盤の若々しさと、丹念なまでに静かな演奏。
 後年のオランダ放送との演奏より、表情がフレッシュで、打楽器やチェレスタも録音のせいか、効果的に聞こえる。
 そう、フィリップスの名録音のひとつで、コンセルトヘボウとともに、ロッテルダムのデ・ドーレンでの録音は、リアルさと、厚み、ぬくもりともに、最高の録音記録だと思います。

今宵も、新宿の一人暮らしの侘び住まいを回顧して、安酒なんぞを、ちびりちびりとやりながら、ラフマニフを聴くのでした。

 もう30年以上が経ちます。
これもまた、人それぞれの、望郷・忘失の思いであります・・・・・・。


過去記事

「交響曲第3番 ジンマン&ボルティモア」

「交響曲第3番 尾高忠明&日本フィル」

「交響曲第3番 ウェラー&ロンドンフィル」

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2013年11月23日 (土)

神奈川フィルハーモニー第294回定期演奏会 垣内悠木希 指揮

Landmark

ランドマークプラザの恒例のツリー、今年はディズニーキャラクター。

Landmark_3

ちょっとボケてしまいましたので、再チャレンジしなくちゃ、です。

これを見て、いくつかのまだあるスポットで写真をパシャパシャしながら、みなとみらいホールへ着いたら、あら残念、ロビーコンサート逃しました。
コンマス就任予定の崎谷さんを中心とするドヴォルザークの三重奏だったそうな・・・。

出足に失敗。ドヴォルザークで耳慣らしして、ブラームス。
素敵な流れだったのにね。

Kanaphill201311

  ブラームス   交響曲第3番 ヘ長調

  ラフマニノフ  ピアノ協奏曲第3番 ニ短調

            ヴォカリーズ~アンコール

         ピアノ:清水 和音

    垣内 悠希 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

          (2013.11.22@みなとみらいホール)

ロマンティックな旋律をふんだんに含んだ3番を並べたコンサート。
実によく考えられたプログラムでした。

当初、ソリスト予定の田村響クンが、体調不良で降板し、急遽ベテランの清水和音さんが代役に。それはかえってナイスな結果を生むこととなりましたが、そこはまた後に。

指揮する垣内氏は、35歳。
早くから指揮の勉強を始め、芸大・ウィーン国立音大を経て、2011年にはブザンソン・コンクールで優勝。2年先に優勝していた、山田和樹とともに、神奈川出身、ウィーン在住の注目株・・・・プロフィールより。

ブラームスの冒頭から、左右の動きが激しく、オケへの指示も忙しい。
この人、ブラームスには合ってない。
それが、今風の音楽の風潮なのだろうか。
スマートな外観を整え、響きは過剰でなくスリムでコンパクトに押さえ、脂肪分ゼロ、ノンカロリーなさらさら系の音楽。
強弱の対比に細心の注意を払い、ハッとさせる美しい弱音にこだわる場面もあり、手振りでオケを抑えるところも何度もあった。

一方、われわれ聴き手(少なくともワタクシのような世代)が、ブラームスの音楽に求めるのは、大らかな歌いまわしと、音楽と一緒に呼吸したくなるような安堵感。
そしてブラームスの遅れてきた男のロマン。

そうしたものと離れたところにあった、いやあろうとした垣内氏のブラームス。
フレーズの橋渡しは、みんなつながって聴こえたし、間がまったく感じられず、音楽に浸るいとまを与えてくれず・・・でした。
このへんで、不平不満はやめときましょう。
だから、終楽章のアレグロは、エンディングを除けば、そんな不満は少なめ。
それでも、神奈川フィルはしっかり鳴るから、オケに助けられてるともいえるかも。
コンマス就任予定の崎谷さんが座ったヴァイオリンは、ちょっと薄目な感じだったかな。
それは、ラフマニノフにも感じた。
中低音は、万全。木管の音色もいつもの神奈川フィルで、2楽章は音色を堪能。

辛口に書いてしまいましたが、5年前のシュナイト&神奈川フィルの演奏のような本物には、めったに出会えないのだと痛感。

休憩ロビーでは、降り番の石田コンマスの、いつものファッションの後ろ姿を発見。
ヴァイオリン持ってなくても存在感が違う。

後半は、清水和音さんがメインだし、ラフマニノフはピアノが引っ張れば、オーケストラがよく鳴るから安心だ。
でもちょっとこもり気味のピアノの音に聴こえたけれど、どうだったのだろうか。

アンコールのヴォカリーズでは、絶美のラフマニノフ節を堪能させてくれた清水さん。
協奏曲では、淡々と、この手の内に入った曲を弾かれてまして、技巧をひけらかすとか、大仰に構えたりすることもない大人の演奏ぶり。
指揮者との格の違いを見せつけたワケですが、とくに前半が、もうひとつしっくりこなかった、というのがわたくしの印象。
やはり急場だったことが影響したのでしょうか。
カデンツァと、アンコールが素晴らしかったという不思議な印象。
そして、オケにピアノの響きが消されるところもありました。
いつも同じ席で聴いてて、こんなことないのですが、まして大ピアニスト・ラフマニノフが書いたスコアだから、そんなことは決してないとは思うのですが・・・。

そこをもっと泣かせて欲しい、オケとともに、ここでは泣き崩れるようにして欲しい・・・と、思う自分ではありましたが、淡々とした中にも、清水さんのピアノには、ラフマニノフの音楽に惚れこみ、その音符ひとつひとつを信じた無為の行為としての演奏の素晴らしさがあったように思います。

信ずれば通ず、よけいなことはせずとも、音楽は素晴らしいのですから。
わたくしと同世代、若い頃からやんちゃで眩しい本格派だった清水さんが、到達しつつある境地なのかもしれません。

終楽章のコーダの感動の高まりは、ライブならではで、どきどきの大盛り上がりに、お約束の「ジャンジャカジャン」ディ・エンド。
ブラボーたっぷり飛んでました。

しっとりと、心に沁みるヴォカリーズを聴かせていただき、月の輝く横浜の街へ消えてゆくのでした。オシマイ。

恒例の、「We love 神奈川フィル」のメンバーで、みなとみらいの夜景を肴に一献傾け、楽しく談じたのはいうまでもありません。

Welove

ブルーダル君も、今夜も黙ってキリンビール

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2013年11月22日 (金)

ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番 アシュケナージ、ベルマン

Suqare_garden

京橋に新しく出来た、商業&オフィスビルから。

いいですねぇ、これまた。

いい歳して、クリスマスとイルミネーションが大好きなんですよう。

冬の澄んだ空気に、映えるツリーやイルミ。

ロマンティックなチャイコフスキーやラフマニノフ、後期ロマン派の音楽にぴったりとくると思っているのはワタクシだけ?

今夜です!

  ブラームス   交響曲第3番 ヘ長調

  ラフマニノフ  ピアノ協奏曲第3番 ニ短調

       ピアノ:清水 和音

  垣内 悠希 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

          2013年11月22日 金曜日 19:00 みなとみらいホール


横浜の街を彩るイルミネーションに、いっそう華をそえるような、キラキラしたラフマニノフが聴けるでしょう。


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  ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番 ニ短調

          Pf:ウラディーミル・アシュケナージ

  ベルナルト・ハイティンク指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

                        (1985.8 @アムステルダム)

4曲のラフマニノフの協奏曲のなかで、一番長大。
レコード時代は、これ1曲で1枚。
CD時代になって、2番との組み合わせも可能になって、かえってますます1・4番が日蔭者みたいになっちゃってあまり聴かれなくなった気がする。

それはそうと、交響曲第1番への非難総口撃から立ち直ったラフマニノフは、ロシアからヨーロッパ各地へと、ピアニストとして活動しながら、作曲活動も盛んにおこない、そんな中、アメリカへ向かう際に仕上げられた3番の協奏曲。
ニューヨークで、自身のピアノで1909年に初演。

ヨーロッパ演奏旅行中に起きた革命で、祖国へ戻れなくなり、転々と過ごし、最後にはナチスの登場で、アメリカにて亡くなることになるラフマニノフ。

この曲には、まだそんな望郷の思いは出てませんが、すさまじい技巧のピアノと、しっかりした構成に富むオーケストラとが奏でるメロディアスで、ロマンティックな情感あふれるこの3番も、2番に負けず、最高の名曲だと思います。

ロシア・ソ連から、逃れた芸術家はそれこそたくさんいますが、音楽家はとくに西側での活動もある程度許されていたので、息苦しい故国から逃れる人も少なくなかった。

ホロヴィッツ、アシュケナージ、ベルマン、この3人がこの3番をそれぞれ録音してます。

ホロヴィッツに関しては、ライナーとのものや、晩年のオーマンディとの記念碑的なライブなどがありますが、それらはまたの機会にして、より聴きやすく、安定した演奏としてアシュケナージ盤を聴きました。

抒情派としての売込みだった若き頃の、ピアニスト・アシュケナージ。
この曲を4回も録音してます。
最後のハイティンクとの共演では、堂々たる濃密なオーケストラを背景に、余裕たっぷり、構えの大きい、それでいて繊細で歌心にもあふれた演奏です。
最近のこの曲の録音はあまり聴いてないのですが、わたくしの中では、これが一番。
オーケストラの素晴らしさも、ハイティンク&コンセルトヘボウの最良の時期のその最後の輝きみたいな切なさをも感じる素敵なものです。
欲をいえば、デッカではなくて、フィリップス録音だったらよかった。

アシュケナージは、あとプレヴィン盤もすばらしくて、煌めきはそちらの方がうえ。

Bermanabbado

       Pf:ラザール・ベルマン

   クラウディオ・アバド指揮 ロンドン交響楽団

                     (1976 @ロンドン)


リヒテルが幻(まぼろし)じゃなくなって、その次に出現したる、まぼろしピアニストは、ラザール・ベルマンだ。
鉄のカーテンの向こう側に潜んでいたベルマンが、忽然と前世期の遺物みたいなヴィルトォーソとして西側に姿をあらわしたときは、音楽界は沸騰しました。
75年頃だったか、レコ芸の裏表紙に大々的に宣伝された、熱情ソナタが第1弾だったかと。
そのあとは、カラヤンやジュリーニ、そしてこのアバドとの共演と、メジャーからひっぱりだこ。
ソ連崩壊の前後に故国を去りました。

2005年には亡くなっていますが、晩年はその名前もあまり聴かれなくなり、少し寂しい最後でした。

いま久しぶりに聴き返してみて、いま風のスッキリクッキリ系の演奏に慣れた耳には、妙に新鮮で、テンポは揺らさずとも、歌い回しを大きく表情付けも豊かにすることで、こんなにも情念あふれる演奏になるのだと思った次第。
タッチの力感あふれる強靱さとともに、柔らかな表情は、抒情的なアシュケナージとはまた違うふくよかな魅力も感じます。
そして、歌いまくるアバドの指揮にあわせての、第2楽章の哀切を極めたピアノにはほとほとまいります。
のちにアバドはジルベルシュタインとベルリンで録音してますが、あの他人行儀的な生真面目さと変わって、ここではロンドンの気心知れたオーケストラとともに、歌また歌、そしてムソルグスキー真っ青の暗い響きも引き出してます。
 その二人が大爆発する終楽章のエンディングには、思わず快哉を叫ばずにはいられません。

これまたわたくしにとっては懐かしい青春のひとコマみたいな演奏です。

以上、ラフマニノフ大好きオジサンでした。

あと数時間後には、横浜でこれを聴きますよ。

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2013年6月19日 (水)

ラフマニノフ 「美しき人、もう歌わないで」 プジャール

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連日、蒸し暑く、曇り空と雨まじり。

鬱陶しい日が続きます。

こんな毎日だと、こちらの気分も下りどうし。

紫陽花のパステルも、どこか憂愁をしか感じさせません。

昨日は「悲愴」を聴いたけれど、今日も下がるテンションに鞭打つような哀愁曲を。

Rachmaninov_leider

  ラフマニノフ 6つのロマンス op4から 第4曲

           「美しき人 もう歌わないで」

          ソプラノ:アナ・プジャール

          ピアノ:トーマス・ハンス

                   (1992.11@キュンツェルザウ)


ラフマニノフ(1873~1943)の歌曲は、だいたい、CD2枚分くらいあって、単品歌曲もそこそこあるが、20歳から40代半ばにかけて継続して書かれた「ロマンス」とよんだ歌曲集が7つあります。

そしてなにげに、このラフマニノフも微妙なアニヴァーサリー作曲家でして、生誕130年・没後70年なんですね。

チャイコフスキーのロマン主義の流れを汲むラフマニノフは、ロシアの憂愁をロマンティックに切々と歌い上げてやみません。
歌曲の分野でも同じこと。
交響管弦楽作品、オペラでは、宿命的な運命が時として立ちはだかる救いようもない暗さもありますが、数分のロマンスの諸曲には、そのような重苦しさはどちらかといえば少なめ。
もちろん、それこそ「運命」とか「お墓のそばに」なんていう救いようのない暗さに覆われたものもありますが・・・・。

名ピアニストでもあったラフマニノフは、これまた名バス歌手シャリアピンとも朋友関係にあったから、彼の伴奏でピアノを弾くことも多かった。
そんな経験も、歌曲の世界におけるピアノのあり方、歌手との兼ね合いなどを熟知させる方向に向かわせたのでありましょう。

若書きののものも素敵ですが、後年のものほど、そのほの暗いロマンティシズムが、ピアノ・歌声ともに渾然となって、ラフマニノフ好きなら酩酊感を催すほどの作品たちとなっております。
いずれ大系的に聴いて、また記事にしてみたいと思います。

今日のこの1曲は、20歳のときの作品。

プーシキンの詩に付けた曲で、その歌は歌わないで、悲しみと胸の痛みをわたしにもたらすのだから。。。、月夜のあの過ちを・・・・、な~んて感じで、連綿と歌うんですよ。
切ないったらありゃしない。
ピアノも切々としたもので、気持ちはどんどん内向きになってくる。

でも、これもまたラフマニノフ。大好きですよ。

スロヴァキア出身のソプラノ、プジャールさんは、とてもスッキリした歌声で、蠱惑的な部分を差し引きしたようなR・ポップにも通じる親しみやすさもありました。
オペラでの活動もさかんなようですが、その音源はあまりないところが残念なところ。

Pusar_2

美人な、プジャールさんの画像を発見。

フレミングの歌は、ヴァイオリン・ソロ付き。

ちょっと濃厚すぎるし、言葉のキレがこの曲のイメージと違う。

ヴァイオリンもいらん。

けど、曲を知っていただきたいものですから。

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2013年3月 3日 (日)

神奈川フィルハーモニー第288回定期演奏会 金 聖響指揮

Landmark

横浜ランドマークタワーには、クリスタル桜がお目見え。

枝には、スワロフスキーのクリスタルがふんだんに咲いておりました。

春はもうそこまで。

Kanaphill201303

   池辺晋一郎  シンフォニーⅧ「大地・祈り」 
               (神奈川フィル委嘱作 世界初演)

   レーガー    ヒラーの主題による変奏曲とフーガ

   ラフマニノフ  交響曲第2番

     金 聖響 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

             (2013.3.3 @みなとみらいホール)



今シーズン最後の神奈川フィルハーモニー定期演奏会は、ご覧のような充実濃厚プログラム。
初演ものに、めったに演奏されない秘曲、ロシアン・ロマンティックサウンドの極。
それぞれ、25分、40分、50分と、超ロングなタイムで、休憩時間も短縮、ラフマニノフもいまや普通となった完全全曲版でなく、カット短縮版。
こうまでしても、コンサートが終ってホールをあとにしたのは、5時少し前。
ほぼ3時間、みなとみらいホールにいたこととなります。

まず、池辺さん、8曲目の交響曲の初演に立ち会うことができました。
みなとみらいホールの館長であり、神奈川フィルの評議員としてもわれわれにお馴染みの存在。
シリアスな今回の交響曲は、これまで社会の中での「個」の存在を探求してきたというが、「3.11」を受けて、自然と人間の係わりを見据えることなり、この作品が生まれたとご自身で解説を書かれております。

3つの章からなり、現代音楽然としたところがなく、とても聴きやすいもの。
オーケストラが入場してきて、、オヤっと思ったのが聖響さんのこだわる対抗配置でなく、通常配置であったこと。
その答えは、この池辺8番の冒頭、チェロとコントラバスの長いユニゾンにあったのでは、と思います。対抗配置で分断してしまっては効果がでないから??
この曲の詳細は流れるように聴いてしまったので、ここに記すことはできませんが、打楽器も多数登用し、フル編成のオーケストラによるサウンドは、ピアノからフォルテまでの幅広いレンジで効果満点。オーケストラを聴く醍醐味も味わえます。
大地、すなわち自然、最後は祈り。
中間章は無題で、そのイメージは聴き手にゆだねるとしてますが、解説をまったく読まずに挑んだもので、願わくはもう一度聴かせていただきたいところです。
佐村河内さんの音楽に魅せられているわたくし、しかも先の月曜に作者にも会い、その実演にも接したばかり。
不遜ながら、佐村河内音楽とだぶって聴いてしまったことも事実です。
最終場面で、ハープのグリッサンドが救いをイメージさせ、祈りが重なり倍増し、フルオーケストラは徐々にクレッシェンドしていきクライマックスを築く。
そこで終わりかと思ったら音は急速に弱まり、和風テイストとなって終了。
なかなか、印象的な曲でした。
繰り返しですが、再演を望みたいです。
池辺作品は、このあと9番が、この8番の理念を引き継いで書かれていて、独唱をともなうその曲は、9月に初演が予定されております(下野&東響)。

次いで難物レーガーのヒラー変奏曲。
この曲は昨年、この日のお勉強のために買ったヤルヴィ&コンセルトヘボウを、それこそ何度も何度も聴いて耳になじませておりましたので、思ったよりも楽に、そして楽しく聴くことができました。
モーツァルトと同じ頃に活躍したドイツの作曲家ヒラーのジングシュピール「花輪の収穫」の旋律を元にした主題と11の変奏とフーガ。
わたくしは、主題からひとつひとつ、指折って数えてましたが、なんと途中で分からなくなってしもうた。
急緩、強弱、相対比する音楽が次々と現れては、次へと移り変わってゆく。
モザイクのように張り巡らされ、情報量、音符の数も、ともに過多。
しかし、慣れてくると、こんなに面白い作品はない。
愛らしいヒラー主題が、ときにはその愛らしさそのままに、弾むようにしてときおり登場するのも楽しい。
刻みがやたらと多くて弦の皆さんはとくに大変だったのではないかと思われますが、オルガンも意識させる複雑さの裏にあるレーガーの充実した手法を堪能できました。
そして文字通り最後のフーガはバッハにも通じる壮大さでした。
よくぞ、このような曲を取り上げてくれたものです。
オケの皆さんは大変でも、出てくるその音色は、いつにも増して輝かしい神奈川フィルそのもの。
指揮がなにをしようとも、ちゃんと神奈川フィルだから安心して聴けるというものです。

前半でオケにはお疲れ様でしたと声掛けしたくなるほどの超ロング版。
休憩時間はもう3時30分。
ロビーには、池辺さんの次のN響アワーの進行役だった、作曲家西村朗さんもいらっしゃいました。

後半は、聴衆もオケもお手の物のラフマニノフ。
以前、現田さんの指揮する神奈川フィルで聴いた演奏が忘れられない。
そして今回、神奈フィルらしさが回帰しているのを確信できる美演でした。
ただ長く歌い継がれるメロディーの宝庫のこの作品。そのメロディーの橋渡し的な場面や、間の在り方が少し性急すぎるような気がして、連綿たる抒情の連続や色合いの変化に区切りがあるような結果にも聴こえた。
そのあたりは、のんべんだらりとした指揮に責任があるように思われる。
この曲を溺愛する私ゆえ手厳しいのです。

しかし、このオーケストラの魅力は、ラフマニノフやチャイコフスキーなどのロシア西欧タイプの作品を聴くとてきめんに感じ取れるものです。
煌めきとしなやかさ、そして華奢で都会的なスリムさ。
分厚い音で圧せられることがなく、強大な音でもすみずみまで透き通って聴こえる。
事実、普段聴かれない埋もれてしまうフレーズや主旋律以外の各声部がこの日、実によく聴こえたものだ。

そしてオーケストラのみなさんが、気持ち良さそうに演奏しているのを観ながら、この絶美の音楽を聴くことは、最高のご馳走でした。
石田コンマスを筆頭に弦のみなさんは、体を揺らせながら弾いてらっしゃる。
甘い旋律を奏でる木管やホルン、そんな仲間を見つめる弦のみなさん。
すっかり手の内に入ったこの曲ゆえに、わたくしも、一緒になってこの音楽に入り込み、身も心もラフマニノフと一体化してしまった感があります。

寄せては返すロマンと抒情の波のような第3楽章は、ともかく素晴らしかった。
斎藤さんのクラリネットも楚々・連綿、若々しいサウンドをたっぷりと聴かせてくれました。
随所にあらわれる石田コンマスのソロも曲を引き締め、思わず息を飲むような美しさ。
合わせるのが意外と難しい2楽章の終り方。チェロの山本さんと、石田コンマスとの間で、アイコンタクトがなされたように感じました。
わくわく感がつのり、迎える最後の大団円は、いつもライブでドキドキしてしまう最高の高揚感を味わう個所。
この日も神奈フィルの盛り上がりは最上級の素晴らしさでした。
情熱的に歌い上げる弦楽器、うなりをあげる低弦、金管の高らかな咆哮、木管の全奏、高鳴る打楽器。これでもかというくらいに、盛り上がりました。
定番、「じゃんじゃん」のラフマニノフ・エンディングのばっちりと決まった心地よさ。
思わず、ブラボー献上!

いやぁ、神奈川フィルのラフマニノフ2番は天下一品でございます!!

かくして長かったコンサートは心地よい疲労感とともに、大団円を迎えたのでした。

Umaya

終演後は、土曜日にはお馴染みの「横浜地麦酒~驛の食卓」へ移動。

第1ヴァイオリンの平井さんにもご参加いただき、まだ少し明るいうちからずっと飲み、食べて、そして音楽のことを皆さんで語りました。
ほんとうに楽しく、有意義なひと時を過ごせました。
ここの麦酒は本当に美味しい。
ここで造られたものを、即座に飲める、その高鮮度の味わい。
神奈川県の食材ばかりのお料理も最高。
いつも、Iさんのおかげで、心行くまで楽しめます。
気がついたら、もう終電の心配をする時間ですから、どんだけ。

Minatomirai2

みなさま、今回もお世話になりました。
      

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