カテゴリー「ラフマニノフ」の記事

2019年6月22日 (土)

ラフマニノフ 「鐘」 プレヴィン指揮

Sengen-1

吾妻山にある、もうひとつの神社が、「浅間神社」。

吾妻神社は、日本武尊と弟橘媛命にまつわる由緒ある神社ですが、こちらは、父の仇討で高名な曽我兄弟の姉、木花咲耶媛(このはなさくやひめ)が、仇討の大願成就の感謝を込めて、富士浅間神社を本社に、こちらに祀ったものとされます。

日本には、多くの神社があり、そこには古来、多くの日本人が、いろんな願いと感謝を込めて手を合わせてまいりました。

神社とお寺、その違いや、言葉はよろしくないですが、使い分けは、多く日本人はそう意識もせずに、日常行っていると思います。
初詣には、寺や神社に等しく出向きますし、供養はお墓やお寺に詣り、願掛けや感謝は、神社にお詣りします。
宗教と、民族的な信仰、このふたつを心のなかにうまく融合しているのではと思いますし、わたくしなんぞ、洗礼をうけているわけでもないのに、教会で手をあわせたり、キリスト教を背景とした音楽を聴き、涙することもあります。
柔軟かつ複雑な、日本人の思考は、こんなところからもうかがえるのかもしれません。
 お天道様が見ている・・、こうした自然や身の回りのものへの想いや感謝こそが、日本人の心にあるものだと思いますが、最近はどうも。。

Sengen-3

小さなお社ですが、新緑が実に映える清涼感あふれる美しさです。

Rachmaninov-bells

  ラフマニノフ  「鐘」op35

   S:シーラ・アームストロング T:ロバート・ティア
   Br:ジョン・シャーリー=クワーク

    サー・アンドレ・プレヴィン指揮 ロンドン交響楽団
                  ロンドン交響合唱団
           合唱指揮:アーサー・オールダム

        (1975.10 キングス・ウェイホール ロンドン)

ラフマニノフの交響曲は3曲あるけれど、それ以外に、交響曲的な要素ををもった作品がふたつ。
三浦淳史先生の名づけで、合唱交響曲とも後世呼ばれる、この「鐘」。
そして、晩年のアメリカでの作品、「交響的舞曲」。

作品の総数としては、そんなに多くはないラフマニノフは、自身が名ピアニストであったゆえの、協奏曲を含むピアノ作品を中心に、交響的な作品、そして、歌曲を中心にした声楽作品、それに作品数は少ないながら、室内楽作品に、オペラということになります。
まんべんなく、あらゆるジャンルに作曲をしましたが、ひとフレーズ聴けば、もうラフマニノフとわかる作品たちばかり。

むせかえるような甘味なメロディーに、暗たんたる、ともに落ち込んでしまいそうな旋律、それらの繰り返しのくどさ。
弾むリズムに、跳ねるような3拍子、ジャンジャカジャン的な派手だけど、あえないエンディング。
そう、こんなラフマニノフ・ワールドがいつしか、病みつきになるんです。

終焉の地がアメリカであったこともあるが、その音楽が大衆的な人気をはくすようになったのもアメリカからだと思うし、ストコフスキーやオーマンディの功績も大きい。
そして、ラフマニノフの人気は、スクリーンにも使われ、英国、本国ロシア、ヨーロッパ、日本へと広がっていったものと思う。

そのアメリカで早くから聴かれ、親しまれていたのが、「鐘」。
英語圏では、「Bells」。
 エドガー・アラン・ポーの詩による作品だが、ポーの原作そのものでなく、英語の原語を、ロシアの象徴派詩人のコンスタンティン・バリモントのロシア語訳によったものに作曲された。
そしてアメリカでは、このロシア語訳のものを、さらにファニー・コープランドという女性が英語訳にしたものが、ペテルブルクでの初演7年後、1920年に、ストコフスキーとフィラデルフィアにより米国初演され、これが好評でアメリカで親しまれるようになったとか。
この曲の初レコードも、オーマンディとフィラデルフィアによるものです。
信心深く、宗教に熱心なアメリカ人の心に、この美しく、哀しく、そして明るい旋律が満載の「鐘」が、日常の教会で聞く鐘の音と、その人生が共にあるという、この作品の根底にある信条とが響いたのでしょう。

 この作品の作曲のきっかけも、よく書かれているようにユニークなものです。
「ある日、見知らぬファンから手紙をもらった。そこには、バリモントの露訳によるポーの詩「鐘」が書き写されていて、この詩とともに、是非作曲をしてほしいとあった。この詩に感動したラフマニノフだが、すぎには作曲にとりかからなかったものの、のちに完成したこの音楽を聴いた、手紙の主は、自分が思い描いたとおりに完成していたので、喜びのあまりに失神するばかりであった、と。
それは、ラフマニノフの熱烈なファンで、モスクワ音楽院に在学していた女性チェリストだと後に判明したとのこと、内気すぎて、憧れの作曲家に直接会いにいけなかった」
ラフマニノフのファンは、シャイだけど、熱い、そんなある意味これもラフマニノフらしいエピソードであります。

人生の4つのシーン、そこに象徴される「鐘」。
ポーの原詩にはないタイトルが、バリモントの露訳では付けられていて、それが4つの楽章になっている。

①「誕生」      銀の鐘  澄んだそりの鈴
           若い命の輝きを讃える祝福の鈴の音

②「結婚」      金の鐘  甘く響く結婚式の鐘
           聖なる婚礼に響き渡る愛の鐘の音

③「人生のたたかい」 真鍮の鐘 けたたましい警鐘
           災いと恐怖の到来を告げる警鐘の音

④「死」       鉄の鐘  悲しみに沈んだ鉄の鐘
           永遠の別れを悲しむ弔いの鐘の音

この4つの章にある言葉どおりの音楽といえば、もうそれで足りる。
外盤なので、英訳歌詞をながめてもなんだかもどかしいので、もう流れる旋律と、いかにものロシア語に身をゆだねるだけでいい。

春の訪れともとれる、歓喜にあふれた①、まさに転がるような楽しい木管に、打楽器たち、そしてテノールも明るい。
いかにもラフマニノフらしい、甘味でロマンティックな②は、幸せな、夢見るようなソプラノ独唱を伴っていて、聴いてるこちらも、あんないい時代もあったなぁ~、と回顧したくなる気分。
スケルツォ的な③は、争乱を感じさせ、不穏は雰囲気だ。シャウトする合唱に金管がただ事でなく、聴いてて疲れるかも。
そして、イングリッシュホルンが、寂しくも無情にあふれた旋律を歌いだす④.
バリトンソロも、なかなかに沈痛だし、合唱の合いの手も重々しい、痛切な哀しみの連続で、思い切り落ち込むロシア人そのもの。
不条理さへの怒りも発しつつ、やがて死を受け入れ、曲は平安な慰めのムードに変わって行き、美しい夕映えのような最後となる。

多岐のキリスト教社会に住まう国々の方にとって、教会の「鐘」の音は、人生にとってきってもきれない、日々、そこにある存在なのです。
それを誰にでも共感を得やすく、わかりやすく、ポーのロシア語訳の力をえて音楽化したこの作品。
きっと欧米人にとっては、われわれ日本人以上に共感しやすい素材と、その音楽かと思います。

プレヴィンの西側ではオーマンディに次ぐ録音。
交響曲を親しみやすく、ビューティフルに演奏するように、この「鐘」も美味なるほどのに、鮮やかな指揮ぶりに思います。
イギリス人歌手たちもふくめ、ロンドン響も、その合唱団も、ロシア的な憂愁からは、ちょっと遠いのですが、でもこれもブリテッシュ・ラフマニノフ。
わかりやすく、明快、くったくのないラフマニノフであります。
録音が、やや古さを感じたりもしますが、プレヴィンのあの3つの交響曲のEMI録音の延長線上にある、そんな演奏であります。

日本人には、「鐘」は、除夜の鐘や、時を知らせるお寺の鐘、そんな風なイメージだけですが、でも身近なものにほかなりません。
そう、寺も神社も、日本人の心のよりどころであって、身近な存在です。

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2018年9月29日 (土)

ラフマニノフ 交響的舞曲 スラトキン指揮

Radian_2

柿と彼岸花。

秋本番・・・、と言いたいところですが、ややこしい気象が続きますね。

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  ラフマニノフ   交響的舞曲 op45 

    レナート・スラトキン指揮 デトロイト交響楽団

        (2012.2.9~ @デトロイト・オーケストラホール)


3つの楽章を持ち、さながら第4交響曲のような存在の交響的舞曲。
日本では、さほどではないけれど、昨今、海外のオーケストラでさかんに演奏されてます。
ネットで最近聴いただけでも、ヤンソンス、ネルソンス、V・ペトレンコ、女流のカネラキスなど、いくつも。
 2番はもう普遍的な名曲になってしまったけれど、次に来るのが交響的舞曲と3番だと思ってます。

過去記事からの引用となりますが、リズムとメロディの宝庫です。

>作品45aが、このオーケストラ曲に先立って書かれた2台のピアノ版。
ついで、1940年にオーケストレーションされたのが、この作品で、ラフマニノフの文字通り最後の作品となっていて、初演はこの作品を献呈されたオーマンディとフィラデルフィア管弦楽団によって行われている。
ラフマニノフはロシアを去ってのち、晩年はスイスとアメリカを行き来していたらしいが、その終焉の地は、ビヴァリーヒルズだそうな。
1943年に69歳で亡くなっているから、この作風は思えば保守的なものである。

バレエ音楽としても想定していたからから、その舞曲の名が示すとおり、全編弾むようなリズムが漲っていて、そのダイナミズムもふんだんに味わえる。
そして、当然にラフマニノフを聴く喜び、そう、甘味な旋律とうねり、むせぶような情念とメランコリー。
あぁ、ラフマニノフはこうあるべし、ともいえる作品であります。
当時埋もれていた第1交響曲の引用や、毎度、ほんとに毎度おなじみの、ディエス・イレの引用もしっかりある。

ピアノが活躍し、弾むようなリズムが印象的な冒頭から、中間部のサキソフォーンの泣き節が極めて印象的な第1楽章。
 ワルツ形式の第2楽章。最初は手探りで旋律を模索しつつ、徐々にワルツのリズムが姿をあらわし、ついに哀愁に満ちた旋律が全貌をあらわす。
これは一度聴いたら忘れられない。シベリウスの悲しいワルツにも似てるが、このラフマニノフの音楽は、憂愁に満ち満ちていて、もっと根っこが暗く感じる。
悲しい気分の時に、さらに落ちたいときにどうぞ。
 目まぐるしくも激しい音のぶつかり合いが聴かれる終楽章は、ちょっと掴みどころがないかもしれない。スピーディな展開の中に、終結のディエスイレの場面に音楽が収斂してゆき、ダイナミックに音楽を閉じる。<
      ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
2008年からデトロイト響の指揮者をつとめているレナート・スラトキン。
音楽一家の出身のスラトキンは好きで、これまでいろいろ聴いてきたけれど、もう74歳。
セントルイス響をアメリカ五大オーケストラに肉薄するぐらいに引き上げた80年代が、スラトキンの一番輝いていた頃かもしれない。
 ニューオーリンズ響→セントルイス響→ワシントン・ナショナル響→BBC響→ナッシュビル響→リヨン管→デトロイト
こんな変遷だけれど、どこか地味で、一時は、ニューヨークあたりのメジャーに行くのかとも思っていたけれど、思えば実力派ならでは、またビルダー的な存在ならではのポストの歴任かもしれず、いかにもスラトキンらしい。

そして1914年創立のデトロイト交響楽団。
自動車産業の豊かな資本を背景にスタートしたけれど、当初はさえないオーケストラだったらしい。
そこへ着任したのが、フランスからのポール・パレーで、パレー時代にデトロイト響は黄金期を迎えることになり、そのあと、エールリンク、チェッカートと経て、アンタル・ドラティの時代に、第二の黄金期を迎えます。
ドラティのあとは、渋いヘルヴィッヒを経て、ネーメ・ヤルヴィとなって、録音も復活。
そしてスラトキンとなるわけです。
前回取り上げたミネソタ管でも、ドラティがいい仕事をしているわけですし、今後のアメリカオケ特集のなかで、どれだけ登場するか、楽しみです。

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  デトロイトは、ミシガン州にあり、五大湖のエリー湖とヒューロン湖の間あたりに位置し、エリー湖につながるデトロイト川の対岸はカナダであります。
単独では70万人ぐらいの人口ですが、広域都市圏で見ると450万人という大都市。
いうまでもなく、フォードから端を発し、ゼネラル、クライスラーとアメリカの自動車産業の拠点であった都市ですが、アメリカの自動車産業の衰退もあり、人口は減少の傾向にあり、重ねて、治安もあんまりよくないらしい。
野球はデトロイト・タイガース、日本の姉妹都市は豊田市。
タイガースには、一時、野茂や木田が在籍していたし、日本のタイガースとの関係も深い。
こんな風に、工業・自動車で日本につながるデトロイト。

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                                                     (デトロイト響のHPより拝借)
 
オーケストラホールもなかなかにいい雰囲気の建造物で、こんな画像を眺めながら、デトロイト響の音を聴くのも楽しいものです。
昨年、来日したが聴き逃しました。

リズム感のある音楽を振らせたら、スラトキンは随一の存在だと思う。
デトロイト響の持つ機能性と、音楽を生き生きと、わかりやすく聴かせる指揮者スラトキンとのラフマニノフ。
切れ味もいいし、濃厚になりすぎずに、甘味な歌いまわしも爽やかですらある。
 第二楽章のワルツでは、デトロイトの都会的な夜景を思い、聴くと、なかなかに憂愁を感じさせる切なさがあります。
録音がややデッドで、音が生々しい感じで、少し潤い不足なのが残念だが、オーケストラの抜群の巧さは十分に感じます。

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                                   (Discover Detroit より、ウォーターフロント)
ほかの交響曲3曲、40年前のセントルイス響との演奏に比べ、構えの大きさと深みは増してます。
でも、あちらで聴かれた、熱気と気迫は捨てがたい魅力がありました。

スラトキンとデトロイト、マーラーでも全曲やってくんないかな。。。

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実家の近所の果樹園の柿。
秋の味覚、楽しみ。
台風来ないで!

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2015年2月28日 (土)

ラフマニノフ 交響曲第3番 デ・ワールト指揮

Biei

遅い春を待つ、北海道の風景を。

再褐ですが、数年前の5月の美瑛の景色。

札幌から旭川に出張したとき、車で走りました。

そろそろ種を植えて、という時期で、それでも、10度を切る気温で、旭川のこの夜は雪も舞いました。

沖縄から北海道まで、日本列島は大きくて、豊かです。

こんな景色を見ると、どうしても、チャイコフスキーやラフマニノフのロシア・ロマンティシズムを感じさせる音楽を想起してしまいます。

Rachmaninov

   ラフマニノフ 交響曲第3番 イ短調

    エド・デ・ワールト指揮 ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団

                (1976 @ロッテルダム、デ・ドゥーレン)


歴史の「たられば」は、多く語られることですが、ラフマニノフが、あの交響曲第2番のあと、28年も、次の交響曲を作曲しなかったから、その長きブランクに、もし、どんな交響曲を生んでいたかと思うと・・・・・。

その間、ソ連革命政府のロシアを去ったラフマニノフは、アメリカに渡り、ピアニストとしての活躍が主流となっていたからです。
 同時に、よく言われるように、作品を書き、発表するたびに、評論筋から酷評を受けてしまい、自信を喪失してしまうこともしばし。

 ですが、大丈夫ですよ、ラフマニノフさん。
あなたの音楽は、いま、そのすべてが愛されてます。
時代の変遷のなかで、当時の保守的でメロデイ偏重の音楽は、いまや、普通に好まれる音楽だし、ロシアのいまある歴史なども俯瞰しながら聴くことができる、いまの現代人にとって、望郷の作曲家ラフマニノフは、とても好ましく、親しみ持てる存在となりました。

1936年、アメリカでの演奏活動のかたわら、スイスで過ごす日々も多く、そこでこの交響曲は作曲されました。
3つの楽章からなる、35分くらいの作品。
メランコリックな2楽章のなかに、中間部はスケルツォ的な要素も持ってます。

3つの楽章を通じ、メロディックでありつつ、リズム感豊かな舞踏的な弾むラフマニノフサウンドを満喫できますし、オーケストラの名技性もありです。

2番に飽いたら、3番で、少しアメリカナイズされた望郷の念を堪能しましょう。
さらに、遡って意欲的だけど、死のムードも感じさせるほの暗い1番をどうぞ。

前にも書きましたが、協奏曲のあとに来たラフマニノフの交響曲との出会いは、社会人になってから。

通えるのに、実家を離れての都会暮らしは、新宿3丁目にほど近い、6畳一間の裏寂しいアパート。
家賃は26,000円で、風呂なし、共同便所、居住者は婆さんと、夜のお仕事系。

悲しかったけれど、楽しかった一人暮らし。

そして真冬に出会った、ラフマニノフの2番の交響曲は、ヤン・クレンツ指揮のケルン放送のもので、これは、好事家の語り草にもなっている名演で、いまでもそのカセットテープを大切にしてます。
 プレヴィンとロンドン響のテレビ放送より、ずっと迫真的な思いでとなってます。
そして、間もなく聴いたのが、マゼールとベルリンフィルの3番のライブ放送。
これもまた録音して、何度も何度も聴きましたし、すぐにレコードになり、そちらも、すり減るほどに聴きました。
 ブルー系のクールなラフマニノフ。
それがいまでも刷り込みで、どうしても、あのベルリンフィルのサウンドが耳から離れません。

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でも、いくつも聴いてきました。
暖かいプレヴィン盤、実演も含めた含蓄ある尾高さん。
ウェラー盤は、ロンドンフィルが抜群にうまい。
ナイスな雰囲気の弾むスラトキン盤。
そして、このデ・ワールト盤の若々しさと、丹念なまでに静かな演奏。
 後年のオランダ放送との演奏より、表情がフレッシュで、打楽器やチェレスタも録音のせいか、効果的に聞こえる。
 そう、フィリップスの名録音のひとつで、コンセルトヘボウとともに、ロッテルダムのデ・ドーレンでの録音は、リアルさと、厚み、ぬくもりともに、最高の録音記録だと思います。

今宵も、新宿の一人暮らしの侘び住まいを回顧して、安酒なんぞを、ちびりちびりとやりながら、ラフマニフを聴くのでした。

 もう30年以上が経ちます。
これもまた、人それぞれの、望郷・忘失の思いであります・・・・・・。


過去記事

「交響曲第3番 ジンマン&ボルティモア」

「交響曲第3番 尾高忠明&日本フィル」

「交響曲第3番 ウェラー&ロンドンフィル」

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2013年11月23日 (土)

神奈川フィルハーモニー第294回定期演奏会 垣内悠木希 指揮

Landmark

ランドマークプラザの恒例のツリー、今年はディズニーキャラクター。

Landmark_3

ちょっとボケてしまいましたので、再チャレンジしなくちゃ、です。

これを見て、いくつかのまだあるスポットで写真をパシャパシャしながら、みなとみらいホールへ着いたら、あら残念、ロビーコンサート逃しました。
コンマス就任予定の崎谷さんを中心とするドヴォルザークの三重奏だったそうな・・・。

出足に失敗。ドヴォルザークで耳慣らしして、ブラームス。
素敵な流れだったのにね。

Kanaphill201311

  ブラームス   交響曲第3番 ヘ長調

  ラフマニノフ  ピアノ協奏曲第3番 ニ短調

            ヴォカリーズ~アンコール

         ピアノ:清水 和音

    垣内 悠希 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

          (2013.11.22@みなとみらいホール)

ロマンティックな旋律をふんだんに含んだ3番を並べたコンサート。
実によく考えられたプログラムでした。

当初、ソリスト予定の田村響クンが、体調不良で降板し、急遽ベテランの清水和音さんが代役に。それはかえってナイスな結果を生むこととなりましたが、そこはまた後に。

指揮する垣内氏は、35歳。
早くから指揮の勉強を始め、芸大・ウィーン国立音大を経て、2011年にはブザンソン・コンクールで優勝。2年先に優勝していた、山田和樹とともに、神奈川出身、ウィーン在住の注目株・・・・プロフィールより。

ブラームスの冒頭から、左右の動きが激しく、オケへの指示も忙しい。
この人、ブラームスには合ってない。
それが、今風の音楽の風潮なのだろうか。
スマートな外観を整え、響きは過剰でなくスリムでコンパクトに押さえ、脂肪分ゼロ、ノンカロリーなさらさら系の音楽。
強弱の対比に細心の注意を払い、ハッとさせる美しい弱音にこだわる場面もあり、手振りでオケを抑えるところも何度もあった。

一方、われわれ聴き手(少なくともワタクシのような世代)が、ブラームスの音楽に求めるのは、大らかな歌いまわしと、音楽と一緒に呼吸したくなるような安堵感。
そしてブラームスの遅れてきた男のロマン。

そうしたものと離れたところにあった、いやあろうとした垣内氏のブラームス。
フレーズの橋渡しは、みんなつながって聴こえたし、間がまったく感じられず、音楽に浸るいとまを与えてくれず・・・でした。
このへんで、不平不満はやめときましょう。
だから、終楽章のアレグロは、エンディングを除けば、そんな不満は少なめ。
それでも、神奈川フィルはしっかり鳴るから、オケに助けられてるともいえるかも。
コンマス就任予定の崎谷さんが座ったヴァイオリンは、ちょっと薄目な感じだったかな。
それは、ラフマニノフにも感じた。
中低音は、万全。木管の音色もいつもの神奈川フィルで、2楽章は音色を堪能。

辛口に書いてしまいましたが、5年前のシュナイト&神奈川フィルの演奏のような本物には、めったに出会えないのだと痛感。

休憩ロビーでは、降り番の石田コンマスの、いつものファッションの後ろ姿を発見。
ヴァイオリン持ってなくても存在感が違う。

後半は、清水和音さんがメインだし、ラフマニノフはピアノが引っ張れば、オーケストラがよく鳴るから安心だ。
でもちょっとこもり気味のピアノの音に聴こえたけれど、どうだったのだろうか。

アンコールのヴォカリーズでは、絶美のラフマニノフ節を堪能させてくれた清水さん。
協奏曲では、淡々と、この手の内に入った曲を弾かれてまして、技巧をひけらかすとか、大仰に構えたりすることもない大人の演奏ぶり。
指揮者との格の違いを見せつけたワケですが、とくに前半が、もうひとつしっくりこなかった、というのがわたくしの印象。
やはり急場だったことが影響したのでしょうか。
カデンツァと、アンコールが素晴らしかったという不思議な印象。
そして、オケにピアノの響きが消されるところもありました。
いつも同じ席で聴いてて、こんなことないのですが、まして大ピアニスト・ラフマニノフが書いたスコアだから、そんなことは決してないとは思うのですが・・・。

そこをもっと泣かせて欲しい、オケとともに、ここでは泣き崩れるようにして欲しい・・・と、思う自分ではありましたが、淡々とした中にも、清水さんのピアノには、ラフマニノフの音楽に惚れこみ、その音符ひとつひとつを信じた無為の行為としての演奏の素晴らしさがあったように思います。

信ずれば通ず、よけいなことはせずとも、音楽は素晴らしいのですから。
わたくしと同世代、若い頃からやんちゃで眩しい本格派だった清水さんが、到達しつつある境地なのかもしれません。

終楽章のコーダの感動の高まりは、ライブならではで、どきどきの大盛り上がりに、お約束の「ジャンジャカジャン」ディ・エンド。
ブラボーたっぷり飛んでました。

しっとりと、心に沁みるヴォカリーズを聴かせていただき、月の輝く横浜の街へ消えてゆくのでした。オシマイ。

恒例の、「We love 神奈川フィル」のメンバーで、みなとみらいの夜景を肴に一献傾け、楽しく談じたのはいうまでもありません。

Welove

ブルーダル君も、今夜も黙ってキリンビール

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2013年11月22日 (金)

ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番 アシュケナージ、ベルマン

Suqare_garden

京橋に新しく出来た、商業&オフィスビルから。

いいですねぇ、これまた。

いい歳して、クリスマスとイルミネーションが大好きなんですよう。

冬の澄んだ空気に、映えるツリーやイルミ。

ロマンティックなチャイコフスキーやラフマニノフ、後期ロマン派の音楽にぴったりとくると思っているのはワタクシだけ?

今夜です!

  ブラームス   交響曲第3番 ヘ長調

  ラフマニノフ  ピアノ協奏曲第3番 ニ短調

       ピアノ:清水 和音

  垣内 悠希 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

          2013年11月22日 金曜日 19:00 みなとみらいホール


横浜の街を彩るイルミネーションに、いっそう華をそえるような、キラキラしたラフマニノフが聴けるでしょう。


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  ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番 ニ短調

          Pf:ウラディーミル・アシュケナージ

  ベルナルト・ハイティンク指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

                        (1985.8 @アムステルダム)

4曲のラフマニノフの協奏曲のなかで、一番長大。
レコード時代は、これ1曲で1枚。
CD時代になって、2番との組み合わせも可能になって、かえってますます1・4番が日蔭者みたいになっちゃってあまり聴かれなくなった気がする。

それはそうと、交響曲第1番への非難総口撃から立ち直ったラフマニノフは、ロシアからヨーロッパ各地へと、ピアニストとして活動しながら、作曲活動も盛んにおこない、そんな中、アメリカへ向かう際に仕上げられた3番の協奏曲。
ニューヨークで、自身のピアノで1909年に初演。

ヨーロッパ演奏旅行中に起きた革命で、祖国へ戻れなくなり、転々と過ごし、最後にはナチスの登場で、アメリカにて亡くなることになるラフマニノフ。

この曲には、まだそんな望郷の思いは出てませんが、すさまじい技巧のピアノと、しっかりした構成に富むオーケストラとが奏でるメロディアスで、ロマンティックな情感あふれるこの3番も、2番に負けず、最高の名曲だと思います。

ロシア・ソ連から、逃れた芸術家はそれこそたくさんいますが、音楽家はとくに西側での活動もある程度許されていたので、息苦しい故国から逃れる人も少なくなかった。

ホロヴィッツ、アシュケナージ、ベルマン、この3人がこの3番をそれぞれ録音してます。

ホロヴィッツに関しては、ライナーとのものや、晩年のオーマンディとの記念碑的なライブなどがありますが、それらはまたの機会にして、より聴きやすく、安定した演奏としてアシュケナージ盤を聴きました。

抒情派としての売込みだった若き頃の、ピアニスト・アシュケナージ。
この曲を4回も録音してます。
最後のハイティンクとの共演では、堂々たる濃密なオーケストラを背景に、余裕たっぷり、構えの大きい、それでいて繊細で歌心にもあふれた演奏です。
最近のこの曲の録音はあまり聴いてないのですが、わたくしの中では、これが一番。
オーケストラの素晴らしさも、ハイティンク&コンセルトヘボウの最良の時期のその最後の輝きみたいな切なさをも感じる素敵なものです。
欲をいえば、デッカではなくて、フィリップス録音だったらよかった。

アシュケナージは、あとプレヴィン盤もすばらしくて、煌めきはそちらの方がうえ。

Bermanabbado

       Pf:ラザール・ベルマン

   クラウディオ・アバド指揮 ロンドン交響楽団

                     (1976 @ロンドン)


リヒテルが幻(まぼろし)じゃなくなって、その次に出現したる、まぼろしピアニストは、ラザール・ベルマンだ。
鉄のカーテンの向こう側に潜んでいたベルマンが、忽然と前世期の遺物みたいなヴィルトォーソとして西側に姿をあらわしたときは、音楽界は沸騰しました。
75年頃だったか、レコ芸の裏表紙に大々的に宣伝された、熱情ソナタが第1弾だったかと。
そのあとは、カラヤンやジュリーニ、そしてこのアバドとの共演と、メジャーからひっぱりだこ。
ソ連崩壊の前後に故国を去りました。

2005年には亡くなっていますが、晩年はその名前もあまり聴かれなくなり、少し寂しい最後でした。

いま久しぶりに聴き返してみて、いま風のスッキリクッキリ系の演奏に慣れた耳には、妙に新鮮で、テンポは揺らさずとも、歌い回しを大きく表情付けも豊かにすることで、こんなにも情念あふれる演奏になるのだと思った次第。
タッチの力感あふれる強靱さとともに、柔らかな表情は、抒情的なアシュケナージとはまた違うふくよかな魅力も感じます。
そして、歌いまくるアバドの指揮にあわせての、第2楽章の哀切を極めたピアノにはほとほとまいります。
のちにアバドはジルベルシュタインとベルリンで録音してますが、あの他人行儀的な生真面目さと変わって、ここではロンドンの気心知れたオーケストラとともに、歌また歌、そしてムソルグスキー真っ青の暗い響きも引き出してます。
 その二人が大爆発する終楽章のエンディングには、思わず快哉を叫ばずにはいられません。

これまたわたくしにとっては懐かしい青春のひとコマみたいな演奏です。

以上、ラフマニノフ大好きオジサンでした。

あと数時間後には、横浜でこれを聴きますよ。

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2013年6月19日 (水)

ラフマニノフ 「美しき人、もう歌わないで」 プジャール

Ajisai_1

連日、蒸し暑く、曇り空と雨まじり。

鬱陶しい日が続きます。

こんな毎日だと、こちらの気分も下りどうし。

紫陽花のパステルも、どこか憂愁をしか感じさせません。

昨日は「悲愴」を聴いたけれど、今日も下がるテンションに鞭打つような哀愁曲を。

Rachmaninov_leider

  ラフマニノフ 6つのロマンス op4から 第4曲

           「美しき人 もう歌わないで」

          ソプラノ:アナ・プジャール

          ピアノ:トーマス・ハンス

                   (1992.11@キュンツェルザウ)


ラフマニノフ(1873~1943)の歌曲は、だいたい、CD2枚分くらいあって、単品歌曲もそこそこあるが、20歳から40代半ばにかけて継続して書かれた「ロマンス」とよんだ歌曲集が7つあります。

そしてなにげに、このラフマニノフも微妙なアニヴァーサリー作曲家でして、生誕130年・没後70年なんですね。

チャイコフスキーのロマン主義の流れを汲むラフマニノフは、ロシアの憂愁をロマンティックに切々と歌い上げてやみません。
歌曲の分野でも同じこと。
交響管弦楽作品、オペラでは、宿命的な運命が時として立ちはだかる救いようもない暗さもありますが、数分のロマンスの諸曲には、そのような重苦しさはどちらかといえば少なめ。
もちろん、それこそ「運命」とか「お墓のそばに」なんていう救いようのない暗さに覆われたものもありますが・・・・。

名ピアニストでもあったラフマニノフは、これまた名バス歌手シャリアピンとも朋友関係にあったから、彼の伴奏でピアノを弾くことも多かった。
そんな経験も、歌曲の世界におけるピアノのあり方、歌手との兼ね合いなどを熟知させる方向に向かわせたのでありましょう。

若書きののものも素敵ですが、後年のものほど、そのほの暗いロマンティシズムが、ピアノ・歌声ともに渾然となって、ラフマニノフ好きなら酩酊感を催すほどの作品たちとなっております。
いずれ大系的に聴いて、また記事にしてみたいと思います。

今日のこの1曲は、20歳のときの作品。

プーシキンの詩に付けた曲で、その歌は歌わないで、悲しみと胸の痛みをわたしにもたらすのだから。。。、月夜のあの過ちを・・・・、な~んて感じで、連綿と歌うんですよ。
切ないったらありゃしない。
ピアノも切々としたもので、気持ちはどんどん内向きになってくる。

でも、これもまたラフマニノフ。大好きですよ。

スロヴァキア出身のソプラノ、プジャールさんは、とてもスッキリした歌声で、蠱惑的な部分を差し引きしたようなR・ポップにも通じる親しみやすさもありました。
オペラでの活動もさかんなようですが、その音源はあまりないところが残念なところ。

Pusar_2

美人な、プジャールさんの画像を発見。

フレミングの歌は、ヴァイオリン・ソロ付き。

ちょっと濃厚すぎるし、言葉のキレがこの曲のイメージと違う。

ヴァイオリンもいらん。

けど、曲を知っていただきたいものですから。

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2013年3月 3日 (日)

神奈川フィルハーモニー第288回定期演奏会 金 聖響指揮

Landmark

横浜ランドマークタワーには、クリスタル桜がお目見え。

枝には、スワロフスキーのクリスタルがふんだんに咲いておりました。

春はもうそこまで。

Kanaphill201303

   池辺晋一郎  シンフォニーⅧ「大地・祈り」 
               (神奈川フィル委嘱作 世界初演)

   レーガー    ヒラーの主題による変奏曲とフーガ

   ラフマニノフ  交響曲第2番

     金 聖響 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

             (2013.3.3 @みなとみらいホール)



今シーズン最後の神奈川フィルハーモニー定期演奏会は、ご覧のような充実濃厚プログラム。
初演ものに、めったに演奏されない秘曲、ロシアン・ロマンティックサウンドの極。
それぞれ、25分、40分、50分と、超ロングなタイムで、休憩時間も短縮、ラフマニノフもいまや普通となった完全全曲版でなく、カット短縮版。
こうまでしても、コンサートが終ってホールをあとにしたのは、5時少し前。
ほぼ3時間、みなとみらいホールにいたこととなります。

まず、池辺さん、8曲目の交響曲の初演に立ち会うことができました。
みなとみらいホールの館長であり、神奈川フィルの評議員としてもわれわれにお馴染みの存在。
シリアスな今回の交響曲は、これまで社会の中での「個」の存在を探求してきたというが、「3.11」を受けて、自然と人間の係わりを見据えることなり、この作品が生まれたとご自身で解説を書かれております。

3つの章からなり、現代音楽然としたところがなく、とても聴きやすいもの。
オーケストラが入場してきて、、オヤっと思ったのが聖響さんのこだわる対抗配置でなく、通常配置であったこと。
その答えは、この池辺8番の冒頭、チェロとコントラバスの長いユニゾンにあったのでは、と思います。対抗配置で分断してしまっては効果がでないから??
この曲の詳細は流れるように聴いてしまったので、ここに記すことはできませんが、打楽器も多数登用し、フル編成のオーケストラによるサウンドは、ピアノからフォルテまでの幅広いレンジで効果満点。オーケストラを聴く醍醐味も味わえます。
大地、すなわち自然、最後は祈り。
中間章は無題で、そのイメージは聴き手にゆだねるとしてますが、解説をまったく読まずに挑んだもので、願わくはもう一度聴かせていただきたいところです。
佐村河内さんの音楽に魅せられているわたくし、しかも先の月曜に作者にも会い、その実演にも接したばかり。
不遜ながら、佐村河内音楽とだぶって聴いてしまったことも事実です。
最終場面で、ハープのグリッサンドが救いをイメージさせ、祈りが重なり倍増し、フルオーケストラは徐々にクレッシェンドしていきクライマックスを築く。
そこで終わりかと思ったら音は急速に弱まり、和風テイストとなって終了。
なかなか、印象的な曲でした。
繰り返しですが、再演を望みたいです。
池辺作品は、このあと9番が、この8番の理念を引き継いで書かれていて、独唱をともなうその曲は、9月に初演が予定されております(下野&東響)。

次いで難物レーガーのヒラー変奏曲。
この曲は昨年、この日のお勉強のために買ったヤルヴィ&コンセルトヘボウを、それこそ何度も何度も聴いて耳になじませておりましたので、思ったよりも楽に、そして楽しく聴くことができました。
モーツァルトと同じ頃に活躍したドイツの作曲家ヒラーのジングシュピール「花輪の収穫」の旋律を元にした主題と11の変奏とフーガ。
わたくしは、主題からひとつひとつ、指折って数えてましたが、なんと途中で分からなくなってしもうた。
急緩、強弱、相対比する音楽が次々と現れては、次へと移り変わってゆく。
モザイクのように張り巡らされ、情報量、音符の数も、ともに過多。
しかし、慣れてくると、こんなに面白い作品はない。
愛らしいヒラー主題が、ときにはその愛らしさそのままに、弾むようにしてときおり登場するのも楽しい。
刻みがやたらと多くて弦の皆さんはとくに大変だったのではないかと思われますが、オルガンも意識させる複雑さの裏にあるレーガーの充実した手法を堪能できました。
そして文字通り最後のフーガはバッハにも通じる壮大さでした。
よくぞ、このような曲を取り上げてくれたものです。
オケの皆さんは大変でも、出てくるその音色は、いつにも増して輝かしい神奈川フィルそのもの。
指揮がなにをしようとも、ちゃんと神奈川フィルだから安心して聴けるというものです。

前半でオケにはお疲れ様でしたと声掛けしたくなるほどの超ロング版。
休憩時間はもう3時30分。
ロビーには、池辺さんの次のN響アワーの進行役だった、作曲家西村朗さんもいらっしゃいました。

後半は、聴衆もオケもお手の物のラフマニノフ。
以前、現田さんの指揮する神奈川フィルで聴いた演奏が忘れられない。
そして今回、神奈フィルらしさが回帰しているのを確信できる美演でした。
ただ長く歌い継がれるメロディーの宝庫のこの作品。そのメロディーの橋渡し的な場面や、間の在り方が少し性急すぎるような気がして、連綿たる抒情の連続や色合いの変化に区切りがあるような結果にも聴こえた。
そのあたりは、のんべんだらりとした指揮に責任があるように思われる。
この曲を溺愛する私ゆえ手厳しいのです。

しかし、このオーケストラの魅力は、ラフマニノフやチャイコフスキーなどのロシア西欧タイプの作品を聴くとてきめんに感じ取れるものです。
煌めきとしなやかさ、そして華奢で都会的なスリムさ。
分厚い音で圧せられることがなく、強大な音でもすみずみまで透き通って聴こえる。
事実、普段聴かれない埋もれてしまうフレーズや主旋律以外の各声部がこの日、実によく聴こえたものだ。

そしてオーケストラのみなさんが、気持ち良さそうに演奏しているのを観ながら、この絶美の音楽を聴くことは、最高のご馳走でした。
石田コンマスを筆頭に弦のみなさんは、体を揺らせながら弾いてらっしゃる。
甘い旋律を奏でる木管やホルン、そんな仲間を見つめる弦のみなさん。
すっかり手の内に入ったこの曲ゆえに、わたくしも、一緒になってこの音楽に入り込み、身も心もラフマニノフと一体化してしまった感があります。

寄せては返すロマンと抒情の波のような第3楽章は、ともかく素晴らしかった。
斎藤さんのクラリネットも楚々・連綿、若々しいサウンドをたっぷりと聴かせてくれました。
随所にあらわれる石田コンマスのソロも曲を引き締め、思わず息を飲むような美しさ。
合わせるのが意外と難しい2楽章の終り方。チェロの山本さんと、石田コンマスとの間で、アイコンタクトがなされたように感じました。
わくわく感がつのり、迎える最後の大団円は、いつもライブでドキドキしてしまう最高の高揚感を味わう個所。
この日も神奈フィルの盛り上がりは最上級の素晴らしさでした。
情熱的に歌い上げる弦楽器、うなりをあげる低弦、金管の高らかな咆哮、木管の全奏、高鳴る打楽器。これでもかというくらいに、盛り上がりました。
定番、「じゃんじゃん」のラフマニノフ・エンディングのばっちりと決まった心地よさ。
思わず、ブラボー献上!

いやぁ、神奈川フィルのラフマニノフ2番は天下一品でございます!!

かくして長かったコンサートは心地よい疲労感とともに、大団円を迎えたのでした。

Umaya

終演後は、土曜日にはお馴染みの「横浜地麦酒~驛の食卓」へ移動。

第1ヴァイオリンの平井さんにもご参加いただき、まだ少し明るいうちからずっと飲み、食べて、そして音楽のことを皆さんで語りました。
ほんとうに楽しく、有意義なひと時を過ごせました。
ここの麦酒は本当に美味しい。
ここで造られたものを、即座に飲める、その高鮮度の味わい。
神奈川県の食材ばかりのお料理も最高。
いつも、Iさんのおかげで、心行くまで楽しめます。
気がついたら、もう終電の心配をする時間ですから、どんだけ。

Minatomirai2

みなさま、今回もお世話になりました。
      

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2013年3月 1日 (金)

ラフマニノフ 交響曲第2番 ラトル指揮

Omurice_keyaki

シンプルかりシュールな面持ちの「オムライス」。

赤いケチャップが官能的なまでに艶を放ち怪しい。

昔ながらのしっかり焼いた卵の下には、少し薄味に調味されたケチャップライス。
玉ねぎがほっこりなくらいのアクセント。

あ~ぁ、美味しかった。

Rachmaninov_sym2_rattle

  ラフマニノフ 交響曲第2番 ホ短調 

   サイモン・ラトル指揮 ロサンゼルス・フィルハーモニック
   
                      (1984.1.@LA ドロシーチャンドラー)


ラフマニノフの交響曲第2番との出会いは、これまでいくつも書いた過去記事の中ではまっtれさんざん触れてます。

ですからシツコイようですが、ここでも簡単に触れます。

プレヴィンとロンドン響が来演し、この曲の完全全曲版をひっさげてきました。
NHKが放送し、おぼろげながらテレビで見たのが1972年。
そして、ずっとあと、81年、FMで、ヤン・クレンツ指揮ケルン放送響のライブを録音した。
これが実にすばらしい演奏で、音源化を熱烈所望したいが、このカセットを冬の侘びしいサラリーマン1年目の一人住まいの部屋で、ホットウィスキーを飲みながら連日聴き、そうしてこの曲についに開眼したものでした。
同時に買ったのが、送ればせながらの、プレヴィン&LSOレコード。
これがもう、いまにいたるまでの刷り込みと化したのは、その演奏のソフィスティケイトされたゴージャスぶりと、プレヴィンの歌い心地の良さ。

その後間もないCD化での初CDは、85年頃に発売のラトルのEMI盤。

録音の横ばかりに広がる縦軸の少ない音はいまだに不満ですが、ロスフィルの明るさと機能性がラトルの俊敏さと大らかさんにぴったりと、はまっていて、わたしには文句ない音盤なのです。
思えば、バーミンガム時代のラトルはゆくところ敵なし、好きにやりほうだいの、恵まれた環境にあった。
そのレパートリーも拡大中ということもあって、好きな作品を、鷹が獲物を狙うがごとく確実に実力を開陳していった時期でした。

ところがベルリンフィルの指揮者となると、独自性は維持しつつも、そのポジションに求められるベートーヴェンやブラームスの全曲を残すという使命。ほかにも天下のベルリンフィルがあるべき演目は外すこちができないので、自由が奪われること必須。
アバドも通った道だし、アバドが切り開いた自由な風潮の恩恵もあるラトル。
ベルリンでのラフ2のライブ音源を聴いたことがありますが、ロスフィルに聴かれる輝きとアップ感はまったくありませんでした。

そんなわけで、いまだにこのラトル&ロスフィル盤が好きなのです。
最後の猛アッチェランドにも、いまだに興奮です。

このラトル後、プレヴィンのRPO盤、ウィーンフィル、オスロフィル、N響のそれぞれFM音源も楽しんでおりますほか、たくさん聴いております。

神奈川フィル応援のサークル・フェイスブックに投稿した記事を、以下貼り付けます。

「ラフマニノフはネクラか? いいえ違います。あ、いや、わかりません」

セルゲイ・ラフマニノフ(1873~1943)は、ロシアの世紀末を生き、その後はヨーロッパとアメリカに居住・活動したコスモポリタンです。  作曲としての比重と同等以上に、ピアニストがメインで指揮活動も盛んだったから、学生時代に、スクリャービンとともに作曲家の才能を開花させた人にしては、ラフマニノフの残した作品数は少なめなのです。

交響曲3曲(プラス1)、ピアノ協奏曲4曲+変奏曲、管弦楽作品、室内楽、ピアノ作品多数、オペラ3曲、歌曲多数、合唱曲、と多岐にわたってますが、作品番号あるなしを入れて90曲ぐらいでしょうか。

そしてその多くが短調でなりたっているのです。

「ラフマニノフの短調」、それは見逃すことのできないことでして、ラフマニノフの代名詞のような、憂愁、ロマン、憧れ、郷愁、甘味さ・・・・あらゆるそれ系の言葉に結びつくのですから、これはもうその呼び名は定番といっていいかもです。誰もが知るピアノ協奏曲第2番も当然にハ短調ですがまさにそんなイメージ。

今回演奏される交響曲第2番ホ短調も同じです。

でも短調というと、先のイメージとともに、暗さ、陰鬱、沈滞なども同時に浮かびあがってきますが、ラフマニノフの音楽には、そうした曲もちゃんとあるんですよお客さん。
甘口憂愁派ばかりでない、一方の姿は、救いのない「フランチェゥカ・ダ・リミニ」と「けちな騎士」のオペラ、1番の交響曲、交響詩、室内楽と歌曲などにもふんだんにあらわされております。
ことにオペラは最初から最後まで、暗くて陰湿。そこに甘さを聴くのは至難の技。

想像するに、劇作音楽の場合、その内容にあまりに共感を覚え同質化しすぎてしまう傾向があったのかもしれません。

ラフマニノフは裕福な家に生まれながらも、祖父の作り上げた財産を管理できず破綻させてしまう父親と離縁した母方に育てられ、かなり苦しい家庭環境だったようです。
このトラウマが結集したのが、劇作品の持つ暗さだと思いますし、ときのロシアの持つ社会風潮と、それらを先取りして文学として残したプーシキンの影響もあると思われます。

加えてラフマニノフの立ち位置は、彼自身が私淑し尊敬したチャイコフスキーに代表されるヨーロッピアンミクスのモスクワ派と、5人組の流れをくむロシア国民楽派的な、サンクトペテルブルク派とが対立した時期のあとにあって、両派が中和した時候の存在だったのです。
ロシア革命を境目にしたラフマニノフの活躍時期は、ちょうど、ロシアの世紀末といってもいい時期でした。

王室およびブルジョア階級は迫りくる波を予感しつつ不安な中にも豪奢さを求め、民衆はやがて来る時代に明るさを同じく予感し、力強いロシアの大地と自然を賛美する。

そんな刹那的な世紀末的な流れもロシアにはあった。

そこにぴたりと符合するのが、ことにヨーロッパとロシアの間にあったラフマニノフの存在だったのかもしれません。
世紀末が及ぼした刹那的な切迫感から来る憂愁・甘味がこうしてラフマニノフにも息づいていることをここで確認しました。

一方で、トラウマからくる暗さ、プラスロシアの社会状況からみた暗さもラフマニノフにはあることを述べました。

そしてもうひとつ、「死」ないしは、「終末」へのこだわり。   有名な引用例では、ベルリオーズの幻想交響曲の終楽章。
そのグレゴリオ聖歌の「ディエス・イレ」~「怒りの日」への異常なまでの執念。
自身の作品で、この旋律が登場するのは、交響曲第1番、パガニーニの主題による変奏曲。交響的舞曲、交響合唱曲「鐘」、合唱曲「晩祷」などがあげられます。

なぜにこんなに・・・・、そもそも「怒りの日」とは、キリスト教思想でいうところの、天と地との選別が行われる、最後の日ともいうべきものです。

まさに、天に選ばれ生きながらえる人と、地獄行きのレッテルを張られ業火にさいなまれる人が、その最後の日に選別されるという終末思想なのです。

そのモティーフを愛し多用したラフマニノフの心情は・・・・。

これらの引用は、ロシア亡命の前後にわたって登場してますので、故国のことよりは、やはりラフマニノフ本人の人生観が反映された諸所にわたる引用なのでしょう。

これら引用作品の必ずクライマックスないしはエンディングで登場するこの旋律。

死を恐れ、一方で死による解決、すなわち終末を待ちわびる様相をラフマニノフ作品において思いめぐらすことは、甘いだけじゃない、暗いだけじゃない、ラフマニノフの姿を理解するうえでポイントかもしれません。

交響曲第2番は、1番が壊滅的失敗と思いこみ、神経衰弱に陥ってしまったラフマニノフの復活ともいえる大成功作品。
57~8分を要する完全全曲版が、いまの定番。
しかし、今回、神奈川フィルの演奏会では、カット版が演奏され、その演奏時間も45~7分くらいに短縮されると思われます。

プレヴィンが見出し、復活したこの交響曲は、いまや人気曲ですが、完全版しか聴けなくなったなかで、1楽章の繰り返しは当然にわかるにしても、どこが略されているかをも楽しみに聴いてみたいのです。

本来なら完全版なのでしょうが、当夜は前半もなかなか充実の長さなので、やむなしといったところでしょうか。

神奈川フィルで聴きたい曲の最右翼にあるラフマニノフ2番。   連綿たる第3楽章の泣きのクラリネットも楽しみですが、1楽章の感傷的な第2主題、2楽章のリズムあふれる乗りのよさと中間部の甘さ、そして歓喜と憂いが交差しつつ盛り上がる大フィナーレ

ライブで聴くと感動もひとしお、神奈フィルを楽しみましょう。

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2013年2月28日 (木)

池辺、レーガー、ラフマニノフ 神奈川フィル定期予習

Kanda_church

神田教会です。

え?神田に、こんな立派な教会が?とお思いでしょうが、あるんです。

猿楽町という地で、お茶の水の山の下、神保町のちょっと先。

ロマネスク様式のカトリック教会です。

都会のど真ん中でも、こんな静かなエリアがあり、ほっと安堵するわけです。

さて、気がつけば、神奈川フィルの定期演奏会が、2日土曜日です。

この前、マーラーの10番の定期。

その後の、ベートーヴェンのチェロソナタやショスタコのピアノトリオ、そして忘れ得ぬ体験となった佐村河内交響曲。

演奏会は絞っているのに、集中したこの時期。
しかも、ひとつ携わる会社の引っ越し、その会社の決算申告、そのた公私もろもろ、超多忙。
早朝より活動しておりますが、とても充実してます。

音楽があって後押ししてくれるので頑張れます!

   池辺晋一郎  シンフォニーⅧ「大地・祈り」 
               (神奈川フィル委嘱作 世界初演)

   レーガー    ヒラーの主題による変奏曲とフーガ

   ラフマニノフ  交響曲第2番

     金 聖響 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

   2013年3月2日 (土曜) 14:00 みなとみらいホール

一曲目の池辺さんの世界初演作についてはもちろん語れません。
最近公表されたそのタイトルからは、自然という超存在と人間とのあり方などを思わせる、メッセージ性のある趣の音楽と予想されます。
シリアスな内容に期待が高まります。

そして2曲目以降は、ちょっと疲れ気味の今日この頃ですので、以前の予習記事をコピーさせていただきまして、お茶を濁してしまうこと、お許しいただきたく。

Reger_aco_jarvi

2曲目は、ドイツの作曲家、マックス・レーガー(1873~1916)。
マーラーとほぼ同世代で、「モーツァルトの主題による変奏曲」(K331トルコ行進曲のソナタの1楽章)ばかりが有名で、あとは晦渋でとっつきにくいイメージしかない作曲家。
その顔写真をみても、苦虫かみつぶしたような、愛想ない顔。
でも、暴飲暴食・大酒飲みの巨漢だったということも知り、どこか憎めないオジサンなんですよ、これがまた。

Reger(わしがレーガーじゃ)

いまのところ、レーガーはわたしにとって、厳しい作曲家です。
同じように少し苦手意識をもっていて、とっつきがいまだにままならない作曲家として、時代は相前後しますが、プフィッツナー、ブゾーニ、ヒンデミットらのみなさんがおります。

今回、ライブでレーガー、しかも珍しい「ヒラー変奏曲」が聴けるとあって、苦手打破の絶好の機会かもしれません。

この作品の元主題の作曲家のヒラーさんは、二人いて、どちらもドイツ。
レーガーがその変奏に使ったのは、古い方のヨハン・アダム・ヒラー(1728~1804)で、この方は、ドイツ・ジングシュピールの祖とも言われております。
ちなみに、ジングシュピールとは、モーツァルトの「魔笛」に代表される、民衆にもわかりやすいドイツ語による音楽劇みたいなもの。当時イタリア語やフランス語によるオペラばっかりだったドイツの劇場に市民の目線を植えつけたんです。
そのヒラーのオペラDer Erntekranz」(花輪の収穫?)というオペラの旋律による、主題と11の変奏、そしてフーガを原作者の活躍した同じライプチヒで作曲したのがレーガー。
1907年の作で、曲は、しばしブラームスチックである。
そうまるで、ブラームスがハイドンに魅せられ書いたあの名作のように、レーガーはヒラーの親しみやすい旋律をもとに、ブラームスを心に思いながら書いたに違いありません。

まだまだ練習中のわたくし、CDはヤルヴィとコンセルトヘボウ盤しか持っておらず、ろくに聴きこんでもおりません。
でもきっと、これは聴きこむほどに、味わいの増す、そう、スルメ系の音楽なのかもしれませぬ。最後のフーガのそれこそバッハのオルガン曲を編曲したかのような壮大な盛り上がりは、かなりいいです!
こんな曲だから、モヤモヤしていたら、ますます混沌としてしまいます。
神奈川フィルの音色を活かして、聖響さんには明快な解釈を施してほしいと今から思いますね。
期待しております。

Rachmaninov_sym2_dutoit

プログラム後半は、すっかりお馴染み、ラフマニノフ交響曲第2番

神奈川フィルは、現田茂夫さんの指揮で、すっかり手の内に入った曲です。

わたしも過去聴いて、感涙の涙をちょちょぎらせておりますよ。

そしてラフマニノフ大好きオジサンのわたくし、この曲フェチ男なんですよ。

何度も書いてますが、いまを去ること数十年前の独身時代、新宿のぼろアパートの侘び住まい。冬のしばれる6畳一間で、ホットウィスキー片手に、毎日毎日聴いたのがこの曲。
ちなみに、マーラーとディーリアスとシベリウスにワーグナー、ヴェルディの日々。

わたしの若き日への、ノスタルジー掻き立てる曲のひとつ。

1時間の大曲の隅々に溢れかえる歌、そしてまた歌。
それは募る気持ち抑えがたい故郷への思いを、甘味なロマンティシズムにすっかり置き換えてしまった、やるせないほどに、美しくもドラマテックな音楽なのです。

いま、こうして少し響きの弱いデュトワ盤を聴きつつも、どこもかしこも慣れ親しんだこの曲に心奪われ、陶然としてしまっている自分を見出すんです。
この媚薬的効果をもった音楽の聴きどころは・・・・、そう、最初から最後まで、すべてです!

1楽章のワクワク感を伴ったもりあがりと感傷的な旋律の対比。
打楽器も活躍のリズミカルな2楽章は、中間部のこれまた甘い歌。
そして3楽章は、甘味料たっぷり。聴いた後には皆さま歯をしっかり磨きましょう。
その甘い旋律は、涙に濡れそぼっていて、その憂愁に負けてしまいそう。
クラリネット素晴らしすぎ。
終楽章は、思いきり高揚してもらって、ドキドキさせて、ブラボーと叫ばせて欲しい。

神奈川フィルのラフマニノフ節に超期待
この曲がバカみたいに好きなものだから。

過去記事たくさん。

「スラトキン&セントルイス交響楽団」
「サー・マリナー&シュトッゥトガルト放送響」
「現田茂夫&東京大学音楽部管弦楽団」
「プレヴィン&ロンドン響」

「ハンドレー&ロイヤル・フィル」
「現田&神奈川フィル」
「尾高&東京フィル」
「尾高&BBCウェールズ」
プレヴィン指揮 NHK交響楽団」 
大友直人指揮 東京交響楽団
ロジェストヴェンスキー指揮 ロンドン交響楽団」
ヤンソンス指揮 フィルハーモニア管弦楽団」
ビシュコフ指揮 パリ管弦楽団

ちなみに、この曲の最強演奏は、いまだにプレヴィン&ロンドン響のEMI盤でございます。

以上が以前記事のコピーです。

明日は、大好きなラフマニノフをもう一度聴いてみます。

実は、デュトワの演奏が、ちょっといまひとつなものですから・・・・・。

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2013年2月24日 (日)

ラフマニノフ 「けちな騎士」 ノセダ指揮

Motomachi

横浜元町の入口。

先日の中華街の帰りに石川町へ向かう途中。

この商店街では、26日から恒例のチャーミングセールが始まりますが、わたしなんぞには、もう無縁のこと。
今年で52年目だそうな。

Rachmaninoff_the_miserly_kmight

   ラフマニノフ 歌劇「けちな騎士」 Op.24

    男爵:イブダル・アブドラザコフ アルベルト:ミッシャ・ディディク
    公爵:セルゲイ・ムルザエフ   ユダヤ人、金貸し:ピーター・ブロンダー
    使用人:ガンナジ・ベズベンコフ

     ジャンドレア・ノセダ指揮 BBCフィルハーモニック

                                       (2008.11、2009.4 @マンチェスター)


セルゲイ・ラフマニノフ(1873~1943)の作品数は、さほど多くはなく、その活動が作曲とともに、ピアニストと指揮者にも多く振り分けられていることをいまさらながらに思うわけであります。
よく言われるように、交響曲第1番の初演が大失敗に終わり、その酷評にダメージを受けて、作曲の筆を一時置いてしまうくらいの過敏な神経の持ち主。
さらに、10月革命で、米国へ亡命後は完全に演奏者としての活動が主力となり、残された作品はごく少なくなってしまう。

そんな中で、オペラ作品が3つ残されている。
未完のもの、構想したものがほかにも10以上あるので、もっと頑張って欲しかったと思わざるを得ない。
これら残された3作は、「アレコ」「けちな騎士」「フランチェスカ・ダ・リミニ」。
いずれも、CD1枚、70分前後のショートサイズで、時間的にも聴きやすく、その音楽もいかにもラフマニノフで、ほの暗さと甘味さが相交る桂品オペラであります。
ただし、「けちな騎士」と「フランチェスカ」は、かなり暗いです。暗澹たる雰囲気です。

「けちな騎士」は、そのタイトルから、最初はちょっとユーモラスな内容ではないかと思いこんでいたら大違い。
けちなその騎士は、本当の大けちの男でしてわが子でも人を信じない、陰気なジイサンだったのです。

原作はプーシキン。このプーシキンがロシアの作曲家をオペラ創作に駆り立て、生まれた作品は実にたくさん。「ルスランとリュドミラ」「スペードの女王」「ボリス・ゴドゥノフ」「オネーギン」「サルタン王」「金鶏」・・・・・。
そして、4つの小悲劇という作品群があって、それらは、この「けちな騎士」「モーツァルトとサリエリ」「石の客人」「黒死病時代の饗宴」。
「モーツァルトとサリエリ」はR・コルサコフが、「石の客人」はダルゴムイシスキー(未完)が、「黒死病時代の饗宴」はキュイが、それぞれオペラにしてます。

ロシア社会の闇やその人間ドラマを描いたプーシキン作品に、ロシアの作曲家たちは大いに惹かれたわけです。

前奏曲~中世イギリス

第1部

若い貴族アルベルトは、男爵の父が裕福にもかかわらず、借金だらけでお金に困っていて、馬上の決闘で勝ったものの、兜が損傷してしまい、その武具さえ買い直すお金もない。
使用人に金貸しのもとへ走らせますが、尊い立場を話しても担保がなければダメとのことを報告。次いでその金貸しをこの館に招いたと報告。
ほどなく、ユダヤ人金貸しがやってくるが、やはり借金には担保が必要と。
父上はもうお年なのだが、その金持ちの老人も若い人より長生きすることもありますよ・・などとうそぶき、アルベルトを怒らせる。
そして、金貸しは、自分の知ってる老人がいいものを扱っている・・・・、それは、色も香りも、味もなく・・・・、毒薬じゃねぇか!アルベルトは、金貸しを追い出してしまい、恥も外聞も捨て、公爵に相談をすることを決めるのでした。

第2部

男爵の館の地下。なんて幸せなんだ!6つの箱に満たされた財宝を前にニタニタとする金の亡者、アルベルトの父の男爵は、これまでさんざん、女性関係も含めて苦心惨憺の様子を語り、いかに財をなしてきたかを歌います。
そして、財宝たちに光をあて、超満悦の様子は音楽もじわじわと燃え盛る、異様なほどの高騰感をあらわします。
しまいには、自分がいなくなったらこれらの財宝たちはどうなるだろう?
死んだらどうなるだろうと、真剣に悩み、墓場から出てきてまで守ろうと語ります。

第3部

先に、決心したとおり、アルベルトは公爵に相談し、父親からの援助の仲立ちを依頼します。
城郭にて、アルベルトの願いを快く引き受けた公爵は、おりから登城してきた男爵に、丁寧にあいさつし、男爵も次の世代を考え、子供はいるのですかと問い掛け、息子が、という答に、そのご子爵にその立場に相応しい援助を差し上げたらいかがなものかと、示唆します。
しかし、頑なな男爵はあの野卑な息子はいかん、あいつはわしを殺そうといつももくろんでいる。と一切請け合うことがない。
すると、別室で控えていた当のアルベルトが血相変えて飛び出してきて、そんなことは違う、嘘つきだ!と叫びます。
これに驚き、怒った男爵は自身の手袋を相手に投げ捨て、それをアルベルトも拾い上げます。(これは決闘を申し入れ、受け入れた証なのです)
公爵は、その手袋をアルベルトから取り上げ、彼をいち早く別室に引き下がらせます。
すると、男爵は、息ができない、と胸を押さえて苦しみ、しかし、鍵が?鍵が?と最後までこだわりながら倒れてしまうのでした。
そのをみとる公爵は、神の名をささやいて幕となります。

                   幕



ラフマニノフは、親友だった、かの名バス歌手シャアリアピンのタイトルロールを想定して、1906年にこのオペラを完成させ、「フランチェスカ・ダ・リミニ」とともに同年に初演し、成功を収めたとされております。
いろんなサイトにも書かれておりますが、このオペラはともかく暗く、その筋立てにも救いがない。
しんねりむっつりとした巨人ラフマニノフのとっつきの悪い姿が思い浮かびます。
登場人物が男声のみ、合唱もなしということも、華やぎに大きく欠けて聴かれる部分です。

ラフマニノフは裕福な家に生まれながらも、父親が生業を維持する才なく破綻と両親の離婚、ゆえに母親の愛と、そのルートからの音楽教育を受けた。
その境遇から、このプーシキンの満たされない不合理と、肉親の情愛の欠落などを大いに意識して、この素材をオペラにしたのではないかと思います。
劇中の「けちな騎士」が持つ、人間の強欲とその存在意義が一歩間違うことによる悲劇とその儚さは、このオペラの肝なのではないかと思います。

あんな人を寄せ付けない雰囲気のラフマニノフが、甘味・連綿たる音楽を数々書いたことの答えも、一部はこのあたりにあるのではないでしょうか。

で、暗い暗いと言っていたこのオペラ。
たしかに救いなく暗いですが、それは筋や歌の内容。
オーケストラは、わたしたちが好んで聴く、交響曲や協奏曲のオーケストラと同じように、雄弁で低音から高音まで幅広い音域で濃厚サウンドを聴かせる。
うごめくような面妖な雰囲気は一方で、人間の深いところにある暗い情感を見事にあらわしているようで怖いくらい。
1場におけるアルベルト役のテノールの情熱的な歌、そして、なんといっても長大すぎて、シャリアピンも覚えきれなかった2場のバスの一人舞台のものすごさ。
32歳にして、この人生の深淵を見てしまったような音楽を作り出したラフマニノフは、やはり才人でありました。

いま各処で活躍する若手中心の歌手たちに、全3作を録音したノセダとBBCフィルの演奏は、すっきりスマートなキレのいい演奏で、あまり重くならずによかったのでした。

過去記事

 「フランチェスカ・ダ・リミニ」

 「アレコ」

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