カテゴリー「モーツァルト」の記事

2021年7月 3日 (土)

モーツァルト 交響曲第40番 アバド指揮

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ピークは過ぎましたが、日本の梅雨は、紫陽花。

小田原城の下には、紫陽花がたくさん咲いてました。

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幼稚園の遠足は、小田原城でした。

城内には、動物園があり、そう、日本最高齢のゾウとして平成21年に亡くなった「ウメ子」がまだまだ若かったころ。

なにもかも、セピア色の思い出です。

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  モーツァルト 交響曲第40番 ト短調 K.550

 クラウディオ・アバド指揮 オーケストラ・モーツァルト

        (2009.6 @マンツォーニ劇場、ボローニャ)

アバド2度目の40番。
2004年にアバドによって創設された、オーケストラ・モーツァルト。
アバドは、この若いオーケストラと精力的にモーツァルトを中心に録音をしました。
交響曲とヴァイオリン協奏曲、管楽の協奏曲、ピアノ協奏曲と。
交響曲は、あと36番が録音されれば後期のものが完成したのですが、29番と33番が録音されたのはうれしい。

1990年代には、ベルリンフィルと、23,25,28,29,31.35.36番です。
1980年代は、ロンドン響で、40,41番、あとゼルキンとのピアノ協奏曲。
1970年代は、ウィーンフィルとあのグルダとのピアノ協奏曲。
この70年代に、ウィーンフィルと交響曲を録音して欲しかったものですが、デッカでケルテスが録音してましたし、DGはベームの晩年の記録を残すのに全力をあげてましたね。

年代によって、アバドのモーツァルトの演奏スタイルも大きく変わっていきました。
2000年以降、マーラー・チェンバーやモーツァルト管とバロックや古典を演奏するときは、ヴィブラートを極力排した古楽奏法を用いるようになりました。

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  モーツァルト 交響曲第40番 ト短調 K.550

 クラウディオ・アバド指揮 ロンドン交響楽団

      (1980.1.31 @聖ジョーンズ・スミス・スクエア)

26年の開きのある、ふたつのモーツァルトを聴いて、これが同じ指揮者によるものか?と思えるくらいに別物の演奏に聴こえます。

テンポは新盤の方が古楽奏法とあって早いが、2楽章と終楽章のくり返しを入念に行っているので、演奏時間は新盤の方がずっと長い。

 LSO(28'51"       Ⅰ.8'38"    Ⅱ.8'37"     Ⅲ.4'39"    Ⅳ.6'55")

   MO (35'05"       Ⅰ.7'48"    Ⅱ.13'34"   Ⅲ.3'57"    Ⅳ.9'46")

デジタル時代に入ったのに、ロンドン響との録音はアナログです。
その柔らかな音が、デジタル初期の堅い音でなかったのが本当にありがたい。
久しぶりに聴いて、即買い求めたレコードの印象でうけたキリリち引き締まった演奏であるとの思いはかわりません。
また数年前のblog記事とも、印象は同じ。
 <極めて、楽譜重視。それを真っ直ぐ見つめて、余計な観念や思いを一切はさまずに素直に音にしたような演奏
甘い歌いまわしや、悲しさの強調、熱さなどとはまったく無縁。
こんなに素直な演奏をすっきりしなやかにやられたら、聴く我々の心も緩やかな気持ちにならざるを得ない。
深刻な短調のモーツァルトを、胸かき乱して聴く方からすれば、この冷静な演奏には歯がゆい思いをするであろう。>

素直で自然体の演奏が、みずから語りだす音楽のすばらしさ。
凛々しくもみずみずしい、この頃から始まったマーラー演奏も、みんなそんな指揮ぶりだった。

しかし、モーツァルト管との演奏のあとに、ロンドン響を聴くと、そちらの方が細かなニュアンスが豊かで、繊細さもより感じたりもしたのだ。
客観的な演奏だと思い込んでいたロンドン響の録音。

モーツァルト管との演奏は、ほどよいピリオド奏法をとりながら、先鋭さは一切なく、しかもト短調という悲壮感や哀感はさらにまったくなし。
さりげなく、すぅーっと始まり、風が通り抜けるくらいにさらりと終えてしまう。
40番という曲に求めるイメージと大違いで、人によってはこちらの方が物足りなさを感じてしまうかもしれない。
全体に軽く、羽毛のように、ひらりと飛翔する感じなんです。
若いメンバーの感性に委ねてしまい、逆にメンバーたちは、アバドの無為ともいえる指揮に導かれて、おのずと若々しくも透明感あふれる音楽が出来上がることとなった。
ロンドンとの第2楽章も美しいが、モーツァルト管との長い第2楽章は、歌にもあふれ、楚々とした趣きがまったく素晴らしく、さざめくような弦の上に、管が愛らしく載っかって曲を紡いでゆくさまが、ほんとステキ。
ここ数日、寝る前に、この楽章を静かに聴いてから休むようにしてました。
アバドの作り出す音楽、2013年8月のルツェルンが最後となりましたが、そのあと、アバドが何を指揮し、どんな演奏を聴かせてくれただろうか?

さて、このふたつの40番、どちらが好きかというと、わたしはやはりロンドン盤でしょうか。
壮年期のアバドが、ロンドン、ウィーン、ミラノ、シカゴと世界をまたにかけて活躍していたころ、おごることなくたかぶることなく、こんな素直なモーツァルトを演奏していた。
あとなんたって、このレコードを愛おしく聴いていた自分も懐かしいから。
モーツァルト管の演奏は愛着という点でロンドン響に勝らなかった・・・・

これからもアバドのいろんな演奏は繰り返し聴いていきます。

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今年のアバド生誕週間は、ロッシーニとモーツァルトでした。

ことに、あんまり聴いてなかった、「ランスへの旅」はほんとうに面白かったし、自分にとっての新たな「アバドのロッシーニ」の発見でした。
願わくは、いろんな放送音源をいずこかで正規に音源化して欲しいものです。

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2021年5月30日 (日)

ケルテス指揮 ウィーンフィル

Shinagawa 

とてもすがすがしい1枚が撮れました。

休日の公園のひとこま、奥に東京タワー、品川です。

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この公園の奥には、すてきなバラ園がありました。

黄色いバラ、好きです。

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  モーツァルト 交響曲第40番 ト短調 K550

 イシュトヴァン・ケルテス指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

      (1972.11 @ウィーン)

イシュトヴァン・ケルテスとウィーンフィルの懐かしき名演を取り上げます。

ケルテスのモーツァルトは定評あり、オペラやアリア集の録音もありますが、交響曲は6曲で、そのいずれもが爽やかで柔軟かつ、ゆったりとした気分にさせてくれる佳演であります。
25番もともに、短調の厳しさや寂しさは少なめで、音楽的に純なところがいいのです。

ケルテスは、1929年生まれで、1973年に43歳で亡くなってます。
よくよくご存じのとおり、イスラエルフィルに客演中、テルアヴィブの海岸で遊泳中に溺死してしまった。
いまもし、もしも存命だったら91歳。

ケルテスと同年生まれの現存の指揮者を調べてみますと。
ドホナーニと引退したハイティンクがいます。
そして1927生まれのブロムシュテットの元気な姿には、ほんとに感謝したいです。

亡くなってしまった、同年もしくは同世代指揮者は、プレヴィン、レーグナー、アーノンクール、スヴェトラーノフ、コシュラー、マゼール、クライバー、マズア、デイヴィス、ロジェストヴェンスキーと枚挙にいとまがありません。
アバドは1933年、小澤は1935年、メータは1936年。
こんな風に見てみてみると、ケルテスの世代の指揮者たちが、いかに充実していたかよくわかりますし、もしも、あの死がなければ、とほんとうに惜しい気持ちになります。

ベーム、カラヤン、バーンスタイン、ショルティなどの大巨匠世代の次の世代の指揮者たち。
当然のことに、70年代が始まる直前からクラシック音楽に目覚めて聴いてきた自分のような世代にとって、彼らの世代は、当時は次世代を担う若者指揮者とされ、自分が歳を経るとともに活躍の度合いを増して、世界の重要ポストにその名を占めるようになっていった様子をつぶさに見てました。
つくづく、自分も歳をとったものだと感慨深く思いますが・・・

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  シューベルト 交響曲第5番 変ロ長調

 イシュトヴァン・ケルテス指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

      (1970.4 @ウィーン)

これぞ、理想的なシューベルトのひとつ、とも思われる歌心とやさしさにあふれた演奏。
CD初期のデッカから出た変なジャケットだけど、よく見ると悪くないww
 ウィーンフィルと交響曲全集を録音してますが、なんとまだ未入手。
これを機会に揃えましょう。
やや劇的に傾いた7年前の録音の未完成と、愉悦感のある5番の対比が面白いが、モーツァルトの40番を愛したとされるシューベルト。
ト短調の3楽章がウィーンフィルの魅力的な音色もあいまって、軽やかかつ透明感も感じるのが素敵なところ。
60年代初めの、やや力こぶの入った指揮から、70年代、40歳になったケルテスが長足の進歩をしているのを感じた次第。

ハンガリーのブタペストに生まれ、まずはヴァイオリンから。
24歳で指揮者のキャリアをスタートさせ、ハンガリー国内で活躍、オペラも多く手掛けるが、国民が政府に立ち上がったことを契機に起きたソ連軍の侵攻~ハンガリー動乱で、西側に亡命。
 アウグスブルク歌劇場の指揮者となり、すぐさま総監督に指名され、徐々に脚光を浴びるケルテス。
現代の指揮者たちと違い、劇場からたたき上げていくスタイルでした。
そして生まれるウィーンフィルとの出会いは、かの「新世界」の録音で、1960年。

ここから怒涛のキャリアアップが開始です。
ザルツブルク音楽祭、イッセルシュテットのいたハンブルク、アンセルメの健在だったスイス・ロマンド、カルベルトのバンベルクなどでも絶賛。
さらに、ロンドン響への客演も好評でドヴォルザークの録音が開始され、65年には首席指揮者に就任。
そのまえ、64年には、ケルン歌劇場の総監督にもなってます。
さらにバンベルク響の首席に。

活躍の場は、ケルンとバンベルクを中心にウィーンとロンドン。
そして、68年にロンドンを辞すると、アメリカでも活動開始し、シカゴではラヴィニア音楽祭を任されます。
こうしてみると、ハンガリーを出て、40歳まで怒涛の活躍と、ポスト就任の嵐、それからデッカがいかに推していたかがわかります。

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  ブラームス 交響曲第3番 ヘ長調

 イシュトヴァン・ケルテス指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

      (1973.2 @ウィーン)

1972年から、モーツァルトとともに、ブラームスの交響曲の録音が始まりました。
ケルテスのみずみずしい音楽作りが一番味わえるのが3番の演奏ではないかと思います。
2楽章なんて、ずっと聴いていたい爽やかでありつつ、ロマンあふれる演奏で、ジャケットの背景にあるような新緑のなかで聴くようなすてきなブラームスに思いますね。
2番はこのときは録音されず、64年の演奏を再発するかたちで全集が完成しました。
73年3月の録音の直後、ケルテスの死が待っていたからです・・・・・
ハイドンの主題による変奏曲は、指揮者なしでウィーンフィルの団員のみで録音されたのも有名なおはなしです。

ケルテスの死の顛末は、今年1月に亡くなった岡村喬夫さんの著作「ヒゲのおたまじゃくし世界を泳ぐ」に詳細が書かれてますが未読です。
イスラエルフィルに客演中のケルテス、その演目のメインはハイドンの「ネルソンミサ」で、都合12回の演奏会が予定された。(CD化あり)
4回が終了したある日、泳ぐことが大好きだったケルテスは、歌手たちを誘って、ホテル前の海岸に海水浴に出ます。
歌手たちは、岡村さん、ルチア・ポップ、イルゼ・グラマツキの3人。
階段を降りて砂浜に、しかし、あとで気が付いた看板には、この海岸はホテルの責任範囲外と書かれていて、とても見つかりにくいところにあったと。
女性陣は、浜辺で帽子をかぶって見学、いきなり飛びこんだケルテスは、岡村さんに早く来いよと誘い、岡村さんは躊躇しながらも海に入りますが、ケルテスの姿はどんどん遠くに。
波は高く荒れていて、岡村さんは必死の思いでたどり着いて助けを求め、レスキューたちが瀕死のケルテスを救いだしましたが・・・・

演奏会は指揮者を変えて継続したそうですが、ポップは泣き崩れて歌えそうにない状態。
しかし、演奏会が始まるとシャキッとして見事に歌い終えた、さすがはプロと岡村さんの本にはあるそうです。
涙ながらにケルテス婦人のもとに報告に行った話とか、ケルテスの最後を知ることができる貴重な著作のようです。

  ドヴォルザーク 交響曲第9番 ホ短調「新世界より」

    イシュトヴァン・ケルテス指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

       (1961 @ウィーン)

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言わずと知れた「新世界」の名盤のひとつ。
32歳の若きケルテスの力みなぎる指揮に、名門ウィーンフィルが全力で応えた気合の入った演奏。
5年後のロンドン響との再録は、繰り返しも行い、ちょっと落ち着いた雰囲気を感じますが、ここに聴かれる演奏は、いい意味で若くてきりっとした潔さがあります。
思い切り演奏してるウィーンフィルもこの時代のウィーンフィルの音色満載で、デッカの生々しい録音も手伝って、あのショルティのリングにも通じるウィーンフィルを楽しめます。

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わたしが小学生だったとき、クリスマスプレゼントで初めて買ってもらったレコードが、この1枚です。
あと同時に、カラヤンの田園。
この2枚が、わたくしの初レコードで、記念すべき1枚でもありました。
平塚のレコード屋さんで、クラシックはそんなに多くはなかったのに、よくぞこのケルテス盤がそこにあって、よくぞ自分は選んだものです。
こちらは初出のオリジナルジャケットでなく、68年あたりにシリーズ化された、ウィーンフィルハーモニー・フェスティバルというシリーズの再発ものです。
半世紀以上も前の新世界体験、いまでも自分の耳のすりこみ演奏ですし、何度聴いても、爽快な思いにさせてくれる1枚であります。

歴史のタラればですが、もしもケルテスが存命だったら。
・セルのあとのクリーヴランド管弦楽団を託された~ハンガリー系だから相性抜群で、さらなるドヴォルザークの名演を残したかも。
・ウィーンとの蜜月は継続し、ウィーン国立歌劇場の音楽監督になり、モーツァルトやドイツオペラ、ベルカント系までも極めたかも。
 
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 あとウィーンフィルとはベートーヴェン全集も録音されたかも。
 1972年秋のウィーンフィルの定期オープニングは、ケルテス指揮で、ブレンデルを迎えて、ベートーヴェンの4番の交響曲と「皇帝」が演奏された。ブレンデルとの全集なんかもほんと聴いてみたかった。

・カラヤンの跡目として、ベルリンの候補者のひとりになっていたかも。
・西側の一員として、自由国家となったハンガリーにも復帰して、自国の作曲家の名演をたくさんのこしたかも
・ワーグナーを果たして指揮したかどうか、バイロイトに登場したかどうか
・ブルックナーは4番を残したが、マーラーの交響曲は指揮しただろうか

こんな風に妄想し、想像することも音楽を聴く楽しみのひとつではあります。

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品川の公園には、こんなイングリッシュな光景も展開してました。

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2021年3月26日 (金)

レヴァインを偲んでワーグナー&マーラー

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季節は思い切りめぐってきて、関東の南はもう桜が満開。

今年は早すぎて、なんだか知らないが慌ててしまう日々。

ある早い朝に、増上寺の桜を見てきました。

そして、その数日前に、忘れたようにジェイムズ・レヴァインの訃報が飛び込んできました。

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2021年3月9日に、カリフォルニア州パームストリングスの自宅で死去。
心肺停止で見つかり、死因は不明ながら、長年パーキンソン病を患っていたので、それが要因ではないかと。

バーンスタインやプレヴィンに次いで、アメリカが生み出したスター指揮者で、しかもオペラ指揮者。
でも、ここ2年ぐらいは、名前を出すことも憚られるくらいに、スキャンダルにまみれ全否定されてしまった。

この訃報も、音楽関係団体からは少なめで、スルーしているところがほとんど・・・・・

ホームページに大きく載せているのは、メトロポリタンオペラのみ。
あとは、一時、音楽監督を務めたミュンヘン・フィルがSNSで伝えてるのみ。
それとバイロイト音楽祭のホームページにも、死去の知らせが淡々とのってます。

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ミュンヘンのあと、小沢の後に就任したボストン響のサイトやSNSにはまったくナシ。
ラヴィニア音楽祭などで関係の深かったシカゴ響もまったくなし、フィラデルフィアもなし。
ヨーロッパでも、ウィーンフィルもベルリンフィルも、一切触れてません・・・

このように音楽関係からの扱いは寂しい限りで、アメリカ各紙もさほど記事は多くないですが、ニューヨークタイムズなどは、その生涯と功績、そしてスキャンダルとを詳細に書いてました。
「彼のキャリアは性的不正の申し立てをめぐるスキャンダルで終わった」と書かれてます。
一時代を築いた大音楽家が、最後の最後で、しかも過去のことを掘り返されて、名声に傷がつき、ネグレクトされたあげくに病とともに生涯を終える・・・・

私は、音楽生活をレヴァインの全盛期とともに過ごした部分もあって、こんな終わり方は気の毒だし、不合理だと思う。
1回分の記事を割いて、私が聴いてきたレヴァイン、ワーグナーとマーラーに絞って思いを残しておきたい。

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レヴァインの基本はオペラ指揮者であったことと、ピアノの名手でもあったことから、歌と合わせものに特性があったこと。

1971年5月に「トスカ」でメットにデビュー。
この時の歌手が、バンブリーにコレッリですから、大歌手時代を感じさせます。
70年代は、オペラは歌手の時代から指揮者の時代に、その在り方も変わりつつあった頃。
メットの首席には73年、音楽監督には76年になります。
1975年に、メトロポリタンオペラが始めて日本にやってくるとのことで、大いに話題になりまして、その時の指揮者のひとりが、名の知れぬ人で、ジェイムズ・レヴィーンとかパンフレットには書いてあり、高校生だったワタクシは、は?誰?と思ったものです。
結局は来日しなかったのではないかな、たしか。

メットに文字通り君臨したレヴァインは、2018年に解雇されるまで、85のオペラを2552回指揮しております。
最後のメットでのオペラピットは、2017年10月の「魔笛」。
最後のメットの指揮は、2017年12月2日のヴェルディ・レクイエム。
 そのレクイエムの演奏のあと、その晩に、1968年レヴァイン・ナイトと称する秘会で、性的な辱めを受け、長く続いて死のうとまで思った、として4人の男性から訴えられるのでした。
メット側も、調査をして事実認定を取り、レヴァインを解雇、それを不服として任期分を賠償請求したレヴァインの要求額は580万ドル。
日本円で6億ぐらい?
2019年には、メット側が350万ドルを支払うことで和解してます。

 若い頃は、そんなに太ってなかったのに、巨漢になってしまったレヴァイン。
転倒して怪我したり、坐骨神経症にさいなまれていたあげく、パーキンソン病であることも判明。
メットの指揮では、車椅子から乗れる特製の指揮台で、カーテンコールも舞台に上がれず、ピットから歌手たちを賛美する映像が見られるようになりましたし、キャンセルでルイージや、ほかの指揮者に譲ったりの状況でした。

そんなわけで、長いメットでのキャリアの全盛期は、2000年の始めぐらいまでだと思います。

メットとのオペラ録音・映像は、ともかく数々あり、あげきれませんが、私はワーグナー。
DGとの蜜月が生んだ録音と別テイクの映像作品が、「ニーベルングの指環」でありまして、スタジオで真剣に打ち込んだ録音はオーケストラとしても大いに力が入っていて、その充実した歌手たちとともに、精度が極めて高いです。
音色はともかく明るく、ゆったりとした河の流れを感じさせる、大らかな語り口が、ワーグナーの音楽をわかりやすく、説明的に聴かせる。
ドイツの演奏家では、決してできない、シナマスコープ的なワーグナーは痛快でもあり、オモシロすぎでもありました。
 メットでのシェンクの具象的・伝統的演出とともにセットで楽しむべきリングなのかもしれない。
ベーレンスとモリスが素晴らしい。
 レヴァインは、バイロイトでもキルヒナー演出の「リング」を5年間指揮してますが、音楽はそちらの方がさらに雄弁で、つかみが大きい。
自家製CDRで聴いてますが、歌手はメットの方が上、オケはバイロイトの方がいい。

同じことが「パルジファル」にも言えます。
バイロイトで通算10年もパルジファルを指揮した記録を持つレヴァインですが、クナッパーツブッシュばりのゆったりとしたテンポながら、細部まで明快で、曇りないよく歌わせるパルジファルは、バイロイトのワーグナーファンには新鮮に響いたのです。
メットでのCD録音も、リングと同じことが言えますが、わたしにはドミンゴとノーマンがちょっと・・・・

メットでのレヴァインのワーグナー、タンホイザー(2015)、ローエングリン(1986)、トリスタン(1999)、マイスタージンガー(2001、2014)、リング(1989)、ラインの黄金(2010年)、ワルキューレ(2011)、パルジファル(1992)。
これだけ映像作品を持ってますが、いずれも水準は高いです。
演出もオーソドックスで、お金のかけ具合もゴージャスでメットならでは。

あと、オペラでは、若い頃のヴェルディをよく聴きました。
「ジョヴァンナ・ダルコ」「シチリアの晩鐘」「運命の力」「オテロ」ぐらいで、あとは少々食傷気味。
イタリアオペラにおける、レヴァインの生きの良さと活気みなぎる棒さばきは、70年代はクライバーと並ぶような感じでしたよ。

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レコードで一部そろえた、レヴァインのマーラー。
CD時代に、まとめて他の番号も入手し、エアチェックの「復活」もあるので、あとは「8番」だけでした。

これもまた70年代の、「新時代のマーラー」と呼ばれたレヴァインのマーラー。

オペラを親しみやすく、聴きやすく指揮する手法でもって、ゆったりとした間合いをもって作り上げたマーラー演奏。
バーンスタインの自分の側に引き寄せ自己心情とともに感情を吐露してみせたマーラーと対局にあるような、客観的かつ豊穣なサウンドにもあふれたマーラー。
さきにふれたレヴァインのワーグナーと同じく、旋律線主体にわかりやすく、複雑なスコアを解きほぐしてみた感じで、だれもが親しみを感じ、嫌みを持つことがないだろう。
深刻さは薄目で、これらのビューティフルなマーラーは、これはこれで存在感がある。
加えて、当時、マーラーには積極的だったシカゴ響と、マーラーにはそうでもなかったフィラデルフィアを指揮しているのが大きい。
オケはべらぼうに巧い!
当時、アバドとシカゴのマーラーとともに、アメリカオケにぞっこんだった自分が懐かしく、アメリカという国の途方もない力と自由の精神にほれ込んでいたものです。
 今聞くと、録音のせいか、金管が耳にキツイが、このあたり今後リマスターして欲しいが、難しいでしょうね・・・
ところが、1番と6番を担当したロンドン響も実によろしくて、アメリカオケに負けてないし、レヴァインとの一体感をこちらの方が感じたりもする。しかもロンドンの方が録音がいい。

オペラ以外の指揮の音盤も数々ありますが、ブルックナーとは無縁だったレヴァインです。
ウィーンフィルとのモーツァルトも素敵なものでした。
交響曲もいいが、「ポストホルン」が好き。

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ウィーンフィルから愉悦感にあふれた演奏を労せずして引き出したレヴァイン。

バイロイトとともに、ザルツブルクの常連となり、ウィーンフィルといくつものオペラを上演しました。
「魔笛」「イドメネオ」「ティト」「フィガロ」「ホフマン物語」「モーゼとアロン」などを指揮。
オーケストラコンサートでも常連でしたが、ザルツブルクデビューとなった1975年のロンドン響との「幻想交響曲」を今でも覚えてます。
カセットテープは消してしまったので、あの時の演奏をもう一度聴きたい。(でも難しいだろうな)

 最後に、マーラーの10番の最終場面を鳴らしつつ、レヴァイン追悼記事をここまでにします。

あとはグチです。

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オバマ政権時代から横行しだした、アメリカのキャンセルカルチャー。

歴史の流れを無視したかのように、遡って、あれは間違いとレッテルを押す。
伝統や文化も間違えとして消す。

244年の歴史のアメリカでそれをやると、限りなく該当者が噴出する。
さらには、その前建国前史にまで遡って、しいては黒人差別へと結びつけて、過去の人物を否定していく風潮が激しい。
BLMの名のもと、建国の英雄たちの銅像が倒され、「風と共に去りぬ」まで上映封印、もっともっと拒否られてます。

歴史の経緯でいまある現在と社会、そこに普通に適合してきた、各民族のことをなおざりにしてないか?
多民族国家として大国になったアメリカの本質が揺れ動いているのは、こうした、アメリカを愛し適合してきた多国籍の人々のことを無視して、あんたら虐げられてきたんだよ、とうそぶいた連中がいて、彼らの狙い通りに、アメリカがいまおかしくなってしまったことだと思う。

心の奥底にあるものを、無理やりに引っ張り出してしまうのは、共産主義の常套だろう。
アメリカは完全にやられてしまった。
それに歯向かい、本来の自由で力強いアメリカを目指したトランプは、葬り去られてしまい、操り人形のような大統領が誕生した。

レヴァインの過去のことは、完全なる過ちで、被害者として手をあげた方々には落ち度もないと思います。
しかし、半世紀前のことを芸術の晩年を迎えていた人に、犯罪としてぶつけるのはどうだろうか?
そりゃ、やったものは悪いが、永遠に許されないのか、死んでも名誉は回復できないのか?

人間だれしも、過ちや言いたくない秘密はありますよ。
レヴァインが、白人でなかったら、メットで超長いポストを独占してなかったら、もしかしたらこんなことにはならなかったかも。

そして、なによりも言いたい。
アメリカの現某大統領や、その息子。
C元大統領とか、いろんなセレブたちの、あきらかな忌み嫌うべき風説の数々、それは人道上許されざるをえないものも多々。
それを明かそうとした人々の声が抹殺され、なんたってその連中はのうのうとしている。
どうせやるなら、責めるなら、そうした連中も、過去を暴いて、徹底的に凶弾すべきではないのか!

憧れたアメリカの自由と繁栄、民主主義の先生としての存在が、完全に消え去ったと認識したこの1年だった。
この流れは、日本にも確実に来る。

レヴァインの死に思う、アメリカの終焉。

こんなはずじゃないよ。

アメリカの復活を切に望む!

あわせて日本は日本であって欲しい!

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2021年1月23日 (土)

モーツァルト ピアノ協奏曲第22番 ゼルキン&アバド

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 昨年初冬に行った京都、南禅寺。

数年ぶりの京都は、娘のご縁が元で、今年の初夏にも訪問予定。

静かな京都は、やはりいい。

モーツァルトが聴きたくなって。

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 モーツァルト ピアノ協奏曲第22番 変ホ長調 K.482

            Pf:ルドルフ・ゼルキン

  クラウディオ・アバド指揮 ロンドン交響楽団

      (1984.10 @セント・ジョンズ、スミス・スクエア)

22番の協奏曲が好きです。
スケール大きく始まるが、おおらかな第1楽章。
愉悦感あふれ、チャーミングな3楽章は、まるで、モーツァルトのオペラの一節を聴いているかのよう。
エンディングの瞬間も、ピアノのつぶやきが素敵すぎる。
そして、その間に挟まれた第2楽章は、ハ短調。
涙に濡れたような哀しみと嘆きのアリアです。

K488の23番の協奏曲と姉妹作となっていて、ともに、オーボエを外してクラリネットを起用していて、そのあたりが優美さとウェット感を醸し出している。
1785年、この頃のモーツァルトは、ハイドンセットを完成させ、翌年はフィガロと充実の日々の29歳でした。

ルドルフ・ゼルキン、このとき、81歳。
指揮するアバドは52歳。

明鏡止水なり。

枯淡ななかにも、瞬く愉悦感。

ゼルキンとアバド&LSOのモーツァルトは、レコード時代末期にスタートし、CDで買いなおし、1枚1枚揃えましたが、全部で7枚、14曲です。
しかし唯一、ヨーロッパ室内管に変えた16番は、単独ではCD化されず、15曲目のそちらは、なんとワタクシ持ってません。
組物セットには入ってるという不条理さ・・・・

ゼルキンのゆったりとしたなかに、モーツァルトの歌の本質を聞かせるピアノは、枯れていながら輝いてる。
アバドの慎ましさと、流麗かつ誠実な一音たりとも揺るがせにしないオーケストラは、ニュートラルなロンドン響のサウンドを得て、素晴らしいモーツァルトになってます。

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「和」な雰囲気。

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2019年12月27日 (金)

ペーター・シュライアーを偲んで

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ペーター・シュライアーが亡くなりました。

ドレスデンにて、享年84歳。

こうしてまた、ずっと親しんできた歌手の一人が去ってしまいました。

親しみやすい、そして朗らかでそのリリックな声は、完全に自分の脳裏に刻まれております。
そんな思いを共にする聞き手も多いのではないでしょうか。

1935年、マイセンの生まれ。(2020.03.03訂正)
オペラ歌手、リート歌手、宗教音楽歌手、いずれにもシュライアーの功績は、舞台にステージに、そして数々の録音に深々と刻まれております

Pwter-schreier-2  

バイエルン放送局の追悼ページには、「福音史家とワーグナー」とあります。
そう、ミュンヘンでは、リヒターやサヴァリッシュのバッハとワーグナーの演奏には、シュライアーはかかせませんでした。

ことしの1月には、テオ・アダムが亡くなってます。
シュライアーよりも年上のアダムでしたが、ふたりともドレスデン聖十字架協会の聖歌隊に所属。
ともにバッハの音楽で育ったところもあります。
そして、ふたりの共演も多かった。

福音史家としての録音はいくつかありますが、「マタイ」でいえば、リヒターとの録音は未聴のまま。
歌いすぎなところの批評を読んでから手を出せずに今日に至る。
抑制の効いたシュライアーらしいマタイといえば、マウエスベルガー盤です。
あとは、リヒターとのカンタータの数々。

  -------------------

わたしには、シュライアーは、「タミーノとダーヴィッド」です。
初めてのシュライアーのレコードは、「ベームのトリスタン」の若い水夫です。
これは正直、この役のすりこみです。
シュライアーの歌が終わると、切迫したオケがきて、ニルソンのイゾルデの一声、そしてルートヴィヒのブランゲーネがきます。
もう、完全に脳内再生できるくらいに聴きこんでる。

 そして、シュライアーは、「ザ・タミーノ」といっても過言ではなかった存在です。

Zauberflote

手持ちの「魔笛」でもスウィトナー、サヴァリッシュ、デイヴィスの3種のものがあります。
思えば、みんな亡くなってしまった指揮者たち。
指揮者の声は残らないけれど、演奏全体として残る。
でも歌手たちの声はずっと耳に、その人の声として残るので寂しさもひとしお。

 シュライアーのダーヴィットは2回聴くことができました。
ここでも、指揮はスウィトナーとサヴァリッシュ。
ベルリン国立歌劇場とバイエルン国立歌劇場の来演におけるものです。
舞台を飛び回る若々しいシュライアーのダーヴィッドは、その芸達者ぶりでもって、マイスタージンガーのステージを引き締めました。
ヴァルターにレクチャーする長丁場の歌、喧嘩に飛び込む無鉄砲ぶり、ザックスとの軽妙なやりとり、歌合戦での見事なダンス・・・
いまでも覚えてます。
そして、ワーグナーが書いたもっとも美しいシーンのひとつ、5重唱の場面。

Meistersinger
             (バイエルン国立歌劇場の来日公演)

日本には何度も訪問してましたが、リートでシュライアーの歌声を聴くことはできませんでした。

「美しき水車屋の娘」は、これもシュライアーの得意な歌曲集でした。
この作品も思えば、シュライアーの歌声が自分にはすりこみ。
レコード時代のオルベルツ盤で親しみましたがCDで探してみたいと思います。
ギター伴奏による水車屋も、シュライアーならではのものでした・・・

Schubert-schreier

歌がいっぱい詰まった、シュライアーのシューベルト、ゲーテ歌曲集を今夜は取り出して聴いてみることとしよう。

年末の朝。目覚めたら一番に接した訃報に、急ぎ思いを残しました。

悲しい逝去の報が続きます。

ペーター・シュライアーさんの魂が、安らかでありますこと、お祈りいたします。

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2019年4月 7日 (日)

モーツァルト レクイエム ハンニガン指揮

Azuma-02

先週の吾妻山。
まだまだ、桜のつぼみは固くて、数輪がほころんでいただけ。
今頃は、きっと5分咲きぐらいかな。

ネットでミュンヘンフィルの演奏会を鑑賞したので、そちらを記事にしてみます。

指揮は、最近、レパートリーを広げつつある、指揮もするソプラノ、バーバラ・ハンニガン。

Mpo  

  シェーンベルク 「地上の平和」

  ベルク     ヴァイオリン協奏曲
           ~ある少女の思い出に~

       Vn:クリスティアン・テツラフ

  モーツァルト  レクイエム

    S:エリザベス・カラーニ Ms:トゥーリ・デデ
    T:トーマス・エルヴィン Br:エリック・ロセニウス

  バーバラ・ハンニガン指揮 ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団
               ミュンヘン・フィルハーモニー合唱団

           (2019.3.9 ガスタイク、ミュンヘン)

近現代ものを歌う、特異なソプラノ、いや、それも超ド級のテクニックと涼やかで、超クールな美声の持ち主、というイメージのハンニガン。
「ルル」と「グラン・マカーブル」の印象もものすごく強くて、その迫真の演技もすさまじいし、その身体能力もまったく驚きの彼女。

歌いながら指揮もし、指揮ながら歌う。
そんな指揮者としての彼女の、指揮者としての歌わない演奏会。

プログラミングが素敵すぎる。
シェーンベルクの合唱曲に、得意とするベルクの作品、そして自らは歌わないモーツァルトの彼岸のレクイエム。
レクイエムまたは、永遠といったテーマが貫かれてます。

透明感にあふれたシェーンベルクに、怜悧ななかにも、雄弁さを感じさせるテツラフのソロが素晴らしいベルク。
ベルクにおいては、オーケストラはさほどに個性的ではないけれど、終楽章の美しさと和声の響かせ方はなかなかのもの。

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指揮棒を持たずに、しなやかに指揮をするハンニガン。
動画でも多く見れますが、その指揮姿はかなりまっとうで、拍子を取りつつ、片手はしっかり音楽表現を振り分けていて、指揮者としてのその才覚は、大いに納得できるものです。

演奏時間45分ぐらいで、快速モツレクといっていい。
しかし、単なる無味乾燥なテンポの速さだけではなく、ヴィブラートを極力排した見通しの良さから浮かびあがってくる、磨きあげられた音ひとつひとつの光とその影の陰影の強さ。
かなりの集中力と緊張感の表出、音楽への踏み込みと強さとその意思を感じました。
そして、際立つリズムのよさと、明解さ。
アクセントも効きすぎるくらいに効いて、聴きなれたモツレクが極めて新鮮に聴こえました。

そして、面白いのは、後半のジェスマイヤーの手による部分。
ここでは、思い切りメリハリをつけて、繰り返しのマンネリ化を感じさせないように、一気呵成な感じ。
でもかえって、後半の霊感のなさが浮き彫りにされてしまうことも・・

しかし、素敵な指揮ぶりだな、バーバラさん。

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彼女は、今度は、ストラヴィンスキーの「レイクス・プログレス」の集中して取り組んでます。
音楽の選択肢が、これまでの女性指揮者にはなかったものだ。

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女性指揮者の活躍が目立ってきた。

ポストを持って、世界を駆け巡る女性指揮者は、これまで数えるほどしかいなかったが、ここ数年は個性的な指揮者も続々登場し、活躍の場も広がっている。
ベテランのお馴染みの女性指揮者と、ハンニガンをのぞく、活躍中の彼女たちを集めてみました。

①イヴ・クウェラー(米)シュトラウスの「グンドラム」をはじめ、オペラ指揮者として成功
②マリン・オールソップ(米) 南北アメリカにポストを持ち、ロンドンでも大活躍、CD多し、取り上げる作品も有名どころから渋いところまで網羅。
③シモーネ・ヤング(豪) 母国とドイツでオペラ指揮者 リング、ブルックナー全曲を初録音した女性 ハンブルクオペラの音楽監督は画期的。
④スサンナ・マルッキ(フィンランド)オペラにたけ、ヘルンシンキフィルの首席指揮者に
⑤アロンドラ・デ・ラ・パーラ(メキシコ) 母国やアメリカから飛び出し、豪のクィーンズランド響の音楽監督へ
⑥エマニュエル・アイム(仏) クリスティ門下 バロック、古楽の指揮者
⑦アヌ・タリ(フィンランド)パヌラ門下 妹とともに自身でオケを創設
⑧ミルガ・グラジニーテ=ティーラ(リトアニア) ネルソンスのあとのバーミンガム市響の指揮者 DGの専属に 彼女は海外配信で一番多く聴いてる。プログラミングも知的だし、音楽の鮮度は抜群。
⑨カリーナ・カネラキス(米) オランダ放送フィル首席に ここ数年Promsで聴いてきたが、オーソドックななかに光るものが
⑩ソフィ・イェアンニン(スゥエーデン) メゾソプラノで、BBCシンガーズの指揮者 バロックから近現代まで、彼女の今後に注目したい
⑪Xian Zhang シャン・ジャン(中国)ミラノのヴェルディ響、NYPOの副指揮者を経てニュージャージー響の音楽監督
⑫Elim Chan エリム・チャン(香港) ハイティンクに師事 スコテッシュ管の首席客演、今年からアントワープ響の音楽監督
ベアトリーチェ・ヴェネッツィ(伊) ヴェルディ音楽院卒 プッチーニ音楽祭首席客演指揮者 オペラに強し プッチーニCD登場予定
オクサーナ・リニフ(ウクライナ) オペラの叩き上げ、グラーツ歌劇場の音楽監督に
ヨアナ・マルヴィッツ(独)ピアニスト 指揮はハノーファーから出発して、いまやニュルンベルク歌劇場の音楽監督に

日本
松尾葉子、三ツ橋教子、西村智実、田中裕子、斎藤友香理、藤本亜希子

以外と知らない、そして聴いたことが少ない日本人女性指揮者たち。
国内で長く活躍する人に加え、海外で活躍中の指揮者たちも増えてきた。
世界の彼女たちも含め、日本のオケもポストを設けて欲しいとも思います。
そして、われわれ聴き手も変わらなくては。
 
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相模湾と富士、かすかに残った菜の花、で、いまは満開の桜。です。

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2018年2月25日 (日)

モーツァルト 「ラウラに寄せる夕べの想い」 マティス

Kokyo

ある晩の皇居周辺の夕べの様子。

ビルの間から東京タワーが見えました。

Mozart_mathis

     モーツァルト 歌曲「ラウラに寄せる夕べの想い」 K.523

       ソプラノ:エデット・マティス

       ピアノ :ベルンハルト・クレー

                                    (1972)


スイス、ルツェルン生まれのソプラノ歌手、エデット・マティス。

この2月に80歳の誕生日を迎えたそうです。

わたくしにとってスザンヌを代表とする永遠のモーツァルト歌いのひとり。

リリカルなその声質は、とても清潔で、無垢。
可愛いらしいその風貌とともに、そのチャーミングな歌声は、いつも聴いていたい歌手。
まだまだ健在で、ルツェルン音楽祭で、歌ではなく、「詩人の恋」のバリトンリサイタルで、詩の朗読を歌の合間に合わせるというコンサートに出演するみたいです。

バッハからマーラーまで、オペラからリートまで、たくさんあるマティスの音源をこれからも大切に聴いていきたいものです。

 さて、モーツァルトの数ある歌曲から、一番好きな作品を。
自身がそう記したことから、「夕べの想い」とも略されるけれど、一番スケールが大きく、深みのある一品。
1787年の作。
原詩の作者は不詳ですが、夕暮れと人生の黄昏時を重ね合わせた彼岸の淵にあるような内容に、モーツァルトは優しく、穏やかななかに、深い悲しみも織り込んだ素晴らしい音楽をつけた。

5分ぐらいの作品だけど、夜、床に就く前のささやかな心のなぐさめに最適の歌曲です。

マティスの優しく、少し生真面目だけど暖かい歌声と、ご主人のクレーのクリーンなピアノは素敵です。
いろんな歌手で聴いているモーツァルトの歌曲だけれど、レコード時代、初めて聴いたこのマティス盤が一番好きです。

   夕暮れだ、太陽は沈み
   月が銀の輝きを放っている
   こうして人生の素晴らしいときが消えてゆく
   輪舞の列のように通り過ぎてゆくのだ!


  ~第1節目 : 石井不二雄訳~

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2017年12月 4日 (月)

モーツァルト フルート協奏曲 ランパル&グシュルバウアー

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11月終わりの神宮外苑。

早朝に出向いても、かなりの人出。

しかし、美しい、構図が完璧、それも調和的な美しさを持ってる。

で、写真は、光の加減が命ですな。

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        モーツァルト フルート協奏曲第1番 ト長調 K.313
                                             
                                                 第2番  ニ長調 K.314


        Fl:ジャン=ピエール・ランパル

    テオドール・グシュルバウアー指揮 ウィーン交響楽団

                     (1966.5 @ウィーン楽友協会)


お天気のよい休日には、モーツァルトの音楽、それもとりわけ長調の協奏曲が相応しく、明るく、ほのぼのとした気持ちにさせてくれる。
なかでも屈託のない二つのフルート協奏曲は、悩むことなく、いろいろあった一週間を収めるにちょうどいい。

1777年のマンハイム楽旅での作品。
名手に出会うことで、その楽器の神髄を引き出す作品を、いとも易々と作り上げることができたモーツァルトの天才性。
しかも、オーボエ協奏曲からの転用であるのにかかわらず、そんなことをまったくもって感じさせないところがすごくて、1番よりも魅力的だったりする。
 よく言われるように、転用という、ある意味手抜きと思われてしまい、依頼者からの報酬を減らされたとか。しかし、調性も違うし、じっくりと聴き比べをしたことはないが、譜面上の相違点もあるようである。
バッハもそうだけれど、自作に手を加え、どんどん違う作品に仕立ててしまうのがすごい。

平易で馴染みやすいメロディーに富んでいるのが2番で、構成的に全体のバランスが取れているのが1番、って感じでしょうかね。
 そして、フルート奏者、いや、思えば、すべての管楽器奏者にとって、モーツァルトの存在は、本当に大きい。
ベートーヴェンやブラームス、チャイコフスキーもドヴォルザークも管楽器の協奏曲は残さなかったから。

存在の大きさという点からすると、フルート界におけるランパルの存在も大きいです。
抜群のテクニックと艶のある美音と流麗さ。
高校時代、フルートを少しかじった自分も、ランパルは憧れの存在だった。
親日家だったこともあって、来日も多く、それも日本の隅々まで訪れてくれたし、羽織袴を纏った写真も記憶に残るところです。
そのランパルも、亡くなってすでに17年。
でもその輝かしい音色は、こうしてたくさんの録音によって残され聴くことができる。

ランパル44歳のときのエラート録音。
若々しい音色も感じる一方、ちょっと丸みをおびて感じるのは、もう古くなってしまった録音のせいかもしれない。
 同様にオーケストラの録音も、いまとなっては、いにしえ感を持つが、でも、そこにあるのは、かつてのウィーンの音色。
ウィーン響も、ウィーン独特の楽器を使っていたし、同郷の指揮者グシュルバウアーとともに、柔らかなモーツァルトの雰囲気豊かな響きを紡ぎだしている。

この音盤は、CDでなく、レコードで聴いた方がよいかもしれない。
中高生時代聴いていた演奏や響きはいまも耳に残っていて、このCDを聴いて、そのように思った次第。

それにしてもフランスは、名フルート奏者を続出しますね。
ランパル、ラルデ、デボスト、ガロワ、パユなどなど。
あとは、スイスにドイツ。アメリカはあんまりいないような気が・・・
と、最後は雑談でした。

フルートとハープの協奏曲もランパルとラスキーニで聴いておこう。

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2017年10月15日 (日)

モーツァルト 「ドン・ジョヴァンニ」 クルレンツィス指揮

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ある朝の芝増上寺と東京タワーと月。

この日の頃は、10月とは思えないくらいの陽気で、暑いくらいだった。

でも、その後、沖縄をのぞいて、日本は秋から初冬の気温に。
しかも、秋雨前線も発生しちゃった。

すっきりした、高い空の秋晴れが恋しい。

で、爽快・痛快なる話題の指揮者によるモーツァルトをば!

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   モーツァルト 歌劇「ドン・ジョヴァンニ」

      ドン・ジョヴァンニ  :ディミトリス・ティリアコス 
      ドンナ・アンナ    :ミルト・パパタナシュ
      ドン・オッターヴィオ :ケネス・ ターヴァー   
      ドンナ・エルヴィラ  :カリーナ・コーヴァン
      レポレロ                :ヴィート・プリアンテ         
      ツェルリーナ         :クリスティーナ・ガンシュ
      マゼット                 :グィード・ロコンソロ          
      騎士長             :ミカ・カレス


  テオドール・クルレンツィス指揮 ムジカエテルナ

            (2015.11.23~12.7 ペルミ国立歌劇場)


ギリシアのアテネ生まれの45歳、サンクトペテルブルク学んだことから、ロシアを拠点に活動。
シベリアのノヴォシビルスクの劇場のポストからスタートし、そこで、手兵ムジカエテルナを創設、その手兵とともに、ペルミの歌劇場へ移動し、いまは、そのオケが劇場のレジデントオーケストラとなっている。

ここ10年ぐらいで、ロシアの地方都市でそのキャリアを急速に積み上げ、気鋭のオペラ指揮者として、脚光を浴びているのが、クレンツィス。
今夏は、ザルツブルクにも登場して、ティトを指揮している。

Currentzis

豊富な動画を通じて、この指揮者のやんちゃぶりは、かねてより見聞きしていたが、ダ・ポンテ三部作のうち、最新の「ドン・ジョヴァンニ」を半年ほど前に入手し、その豪華な装丁を眺めるだけで、どうにも聴く気がおきなった。
特段に理由はありません。

10月に入ってようやく聴きはじめたら、そう、もう面白くてしょうがない。
まとめて聴く時間がなかなかないので、毎日、少しづつ聴いて、さらに通しで2度。

古楽から現代まで、なんでもこなす指揮者にオーケストラ。
そのオールマイティなフレキシビリティと、その音楽の雄弁さを裏付けるのが、彼らの「自由さ」であろう。
数々の動画でも感じるが、ともかく彼らは、自由に音楽する楽しさを謳歌しているんだ。

この3時間あまりのドン・ジョヴァンニでも、最初から最後まで、音楽は生き生きと息づいて、弾んで、爆発して、泣いて、怒って、悲しんで、と人間の機微を余すことなく表出しまくる。
初めて目にする名前の歌手たちも、全般に軽量級ながら、きわめて雄弁で、それぞれが表情に富んだ歌唱と、情の機微を歌いだす。

ふんだんに配置された有名なアリアたちも、目からウロコが落ちるくらいの新鮮さに満ちていて、オケも歌手に一体化して、まるで歌手のようにふるまっているのが面白い。

レシタティーボも、うかうかしていられない。
チェンバロでなく、フォルテピアノの丸っこい響きだが、快活そのもので、これまた雄弁なものだから、歌手も普通に流さずに、真剣に歌う場面となってるし、その時の歌手の心情に寄り添うような感情表現もみせたりする。
さらに、ビオラ・ダガンバなどの古楽器も添えて嘆息するような雰囲気もふんだん味わえるのが新鮮。
それらが饒舌に感じさせないのは、音楽に生命が宿っているからに他ならない。

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                  (ペルミ劇場での録音風景)

プロモーションビデオを見たが、クレンツィスは、モーツァルトがいまの時代に降臨したら、どのように感じ、表現するだろうか・・・などと話している。
なるほど、当時の楽器を使い、その頃の響きを再現するのでなく、同じ楽器や奏法、歌唱でも、いまにあるわれわれ現代人のモーツァルトなわけだ!
 そして、「ドン・ジョヴァンニ」は、デンジャラスでダークかつミステリアスなドラマだとも。

従来の考えや因習にとらわれない、こうした発想に基づく音楽創造は、欧州や米国、日本の音楽都市からは生まれにくいし、育ちにくい。
シベリアの地や、ウラルの地で、自由に活動するクレンツィスを地元の人々は熱烈に歓迎しているようだ。
思えば、かつてのゲルギエフもマリンスキーと、ラトルがバーミンガムと、ヤンソンスがオスロと、ロトが手兵のレ・シエクルと、成し遂げたような、ローカルな非メジャーが、音楽を面白くしてくれるのだ。
思えば、ペトレンコもシベリア方面の出自だ。

Photo

工業と芸術の街、ペルミの位置図。

こうしてみると、モスクワやサンクトペテルブルクは、より欧州寄り。
ペルミのある広域でのウラル地域は、中東や西アジアにも近い。
それにしても、ロシアは広大で、右側にさらにさらに広がって、日本のお隣まで。

ペルミの劇場のHPや、そちらの映像を見ていたら、楽員や合唱団の顔ぶれが多彩であることに気が付く。

ペルミの劇場のHP ⇒ http://permopera.ru/en/

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グーグルマップ先生から使わせていただく劇場の冬景色。
大河が流れ、水運の交通の要衝でもある工業都市ペルミを、マップで俯瞰して見るのも楽しく、とても美しい街と実感できましたよ。

今頃、クルレンツィスの指揮で、トラヴィアータと、21日には、コンサートで、プロコフィエフの古典交響曲と、ショスタコーヴィチの9番。
遠く離れた日本で、ロシアの地で起きている音楽発信を見守るのもいいものだ。

そして、ドン・ジョヴァンニの後半をもう一度聴き、地獄落ちの場面のスリリングな演奏と歌唱に息をのむ。
その後の一同集合の大団円が、付け足しのように思えるのも、この演奏の凄さなのかもしれない。
こんな鮮烈なドン・ジョヴァンニのあと、伝統的なベームのプラハ盤をちょこっと聴いてみたけれど、これはこれでキリリとしていて、モーツァルトの音楽のすばらしさを楽しめるものと感じた。
昔からすると、これほどまでに、音楽表現の多様性を、こうしてふんだんに受け入れることができる現代が、隔世感とともに、ほんとに恵まれていると痛感する。
  

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2017年9月16日 (土)

ザビーヌ・ドゥヴィエル モーツァルト・歌曲アリア集 「ウエーバー三姉妹」

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秋の気配の増す東京。

台風が冷たい風を送ってくる。

夕暮れの空も不穏だが、雲の流れは美しいものだ。

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    モーツァルト 「ウェーバー姉妹のための歌曲・アリア集」

        ザビーヌ・ドゥヴィエル

   ラファエル・ピション指揮 アンサンブル・ピグマリオン
     
        ピアノ:アルノー・ディ・パスカル

         (2015.1.12~18 パリ、ノートルダム・デュ・リバン教会)


1777年、21歳のモーツァルトは、マンハイムに向かい、かの地で劇場主・バス歌手・教育者・写譜家のウェーバーに会い、父が教育した4人の姉妹歌手、ヨゼーファ、アロイジア、コンスタンツェ、ゾフィーとも出会うこととなる。

モーツァルトは、アロイジアに恋をしてしまい、彼女のために多くのアリアを作ることとなるが、その恋はあたわず、職を求めて母と共にパリに向かい、あげくには、職もなく、母も失ってしまうモーツァルト。

そんなウェーバー家の娘、三人に係わる作品を集めた1枚。

【プロローグ】

①バレエ音楽「レ・プティ・リアン」序曲
②「ああ、お母さん聞いて」
③「寂しい森のなかで」K.388
④「パントマイム「アルカンドロよ、私は告白しよう」K.294
【アロイジア】

⑤アリア「ああ、できるならあなた様にお教えしたいものです」K.418
⑥レシタティーボとアリア
  「テッサリアの民よ、‥私は求めはしません、不滅の神よ永遠なる神よ」K.316
⑦アリア「わが感謝をうけたまえ、やさしい保護者よ」K.383

【ヨゼーファ】

⑧アダージョK.410
⑨アリア「すでにやさしき春は微笑み」
⑩「魔笛」~「復讐の炎は地獄のようにわが心に燃え」
⑪英雄劇「エジプトの王タモス」間奏曲

【コンスタンツェ】

⑫「魔笛」~僧たちの行進
⑬ソルフェージョ K.393 第2番
⑭ミサ曲 ハ短調 K.427~精霊によりて

まさに、序の快活に始まるプロローグ部分。
パリを目指す途中で立ち寄ったマンハイムでの作品たち。
パリに着いたのち、「きらきら星変奏曲」となる「ああ、お母さん聞いて」は、透き通るようなドゥヴィエルの声が、聴く者の耳をとらえて離さない。

3人への作品のなかでは、おそらく歌い手としての才能と実力、そしてその力量にもモーツァルトは惚れていたアロイジアへのものが一番充実している。
ベルカントの歌い口を、モーツァルトは、彼女をオペラ歌手に仕立てるために教え、見事なコロラトゥーラとなった。

コロラトゥーラといえば、技術的にさらに高度なものがったのが、ヨゼーファ。
なんたって、夜の女王を歌ったのだから。
でも、モーツァルトは、ヨゼーファが苦手だったらしい。

そして、アロイジアに結婚されてしまい、残ったのがコンスタンツェ。
伝えられるものは、常に悪妻として名前が知られるが、実際はどうだったのだろうか。
歌い手としての力量は、姉ふたりからは、かなり劣るとされ、事実、彼女を想定してかかれた大ミサ曲のソプラノパートの1曲は、平易なもの。
しかし、そのシンプルながら、メロディアスな美しさは、モーツァルトの愛情のこもった愛らしさをたっぷり感じるし、その原曲ともなっている、ソルフェージュも美しい。
 こんな曲と、ドゥヴィエルの素敵な歌声を聴いていると、コンスタンツェは、モーツァルトにとって、可愛い妻だったのでは、と想えてきました。
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フランスの美人なソプラノ、ザビーヌ・ドゥヴィエル。

まだデビュー、5~6年ながら、ヨーロッパでは大活躍の彼女。
チェロと音楽学を学んで、同時に歌手も目指した。
フランスの同系統のソプラノ歌手としては、ナタリー・デセイとパトリシア・プティボンのあとを継ぐタイプです。

ちなみに、プティボンの新譜がこのところ途絶えていて、毎年出ていたコンピレーションアルバムももう何年も出てないし、日本では発売もされなかったものもある。
そのアルバムも渋い内容になって、レパートリーも本格化したゆえにだろうか・・・
DGから、ソニーへの移籍もこの前発表されてたし・・・・

それはともかく、ドゥヴィエルのレパートリーも、先輩のそれをしっかり歩みつつあり、ともの、夜の女王を歌っても、その復讐に燃えるアリアは、ちっともおっかいないところはなく、先鋭さはあるものの、ピュアな歌声で押したようなユニークなものだ。

そして、彼女の声の美しさを堪能できるのが、きらきら星の曲と、K.316のアリア。
透明感あふれる歌声と、感性の豊かさを、そのまま歌に乗せることができる、そんなしなやかさと、歌い口のうまさにもあふれてる。
技巧の凄さも目をみはるものがあるが、それはごく自然な雰囲気なところもいい。
 この歌声に、ずっとひたっていたいと思わせる素敵なザビーヌさまなのでありました。

ネット上で、たくさん彼女の歌が聴けますよ。

あと、指揮をとるピションとピグマリオン・アンサンブルの先鋭ながらも、躍動するような生き生きとした演奏が思わぬ聴きものだ。
ピションはカウンターテノールであり、指揮者でもあり、学究者でもあって、ネットで調べたら、実に新鮮で清冽なバッハの演奏を聴くことが出来た。
この人にも注目をしたいところ。

若い演奏家がどんどん出てきますね。

それでは最後に、ザビーヌさまの「キャンディード」を。

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