カテゴリー「新ウィーン楽派とその周辺」の記事

2016年6月26日 (日)

シェーンベルク、ウェーベルン、ベルク アバド指揮

Ajisai_shiba

関東は、梅雨まっさかり。

そして、ほぼ3ヶ月ぶりの投稿となりました。

幾多の皆さまから、暖かく、そしてご配慮にあふれたコメントを頂戴しながら、まったくご

返信も、反応もしなかったこと、ここに、あらためまして、お詫び申し上げます。

 ともかく、辛く、厳しい日々は、ブログ休止時と変わりなく続いてます。

しかも、予想もしなかったところから、いろんな矢が飛んできたりもします。

やぶれかぶれの感情は、そこから生まれ、音楽なんて、聴くゆとりも、受け入れる感情もありません。

そんな3ヶ月。

 しかし、でも、めぐってきた、「クラウディオ・アバドの誕生日」

存命ならば、今年は、この26日が、83回目。

そんな日に、アバドが生涯愛した、新ウィーン楽派の3人の作曲家を、いずれもウィーンフィルの演奏で聴きます。

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  シェーンベルク  「グレの歌」から 間奏曲、山鳩の歌

長大なグレの歌、全部を聴けないから、この作品のエッセンスとも呼ぶべき、中ほどにある場面を。
1900年に作曲を始め、第3部だけが、オーケストレーションが大幅に遅れ、最終完成は、1911年。
1913年に、シュレーカーの指揮によって初演。

後期ロマン派真っ盛りの作品ながら、最終完成形のときのシェーンベルクは、無調の領域に踏み込んでいたところがおもしろい。
1912年には、ピエロリュネールを生み出している。

むせかえるような甘味で濃厚な間奏曲、無常感あふれる死と悲しみの心情の山鳩の歌。
アバドのしなやかな感性と、ウィーンフィルの味わいが融合して、何度聴いても心の底からのめり込んでしまう。
久々に、音楽に夢中になりました。

アバドのこのライブ録音は、1992年。
88年には、マーラーユーゲントとECユースオケとで、何度も演奏していた。
そして、最後のルツェルンとなった、2013年に、この間奏曲と山鳩を取り上げた。
この最後の演奏が、掛け値なしの超絶名演で、まさに陶酔境に誘ってくれるかのような、わたくしにとってとても大切な演奏となってます。

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ルツェルンでの最後のアバド。

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  ウェーベルン  パッサカリア

ウェーベルンの作品番号1のこの曲は、1908年の作。

シェーンベルクの弟子になったのが、1904年頃で、グレの歌の流れを組むかのような、これまた濃厚な後期ロマン派的な音楽であり、グレの歌にも増して、トリスタン的でもある。

パッサカリアという古風ないでたちの形式に、ウェーベルンが込めた緻密さとシンプルさが、やがて、大きなうねりを伴って、巨大な大河のようなクライマックスとカタストロフ。

この濃密な10分間を、アバドは、豊かな歌心でもって静寂と強音の鮮やかな対比を見せてくれる。
むせぶようなホルンの効果は、これはまさにウィーンフィルでないと聴けない。

1974年、シェーンベルク生誕100年の年、ウィーンでは、新ウィーン楽派の音楽が数々演奏されたが、そのとき、アバドは、ウィーンフィルとこのパッサカリアや、5つの小品を取り上げ、NHKFMでも放送され、わたくしはエアチェックして、何度も何度も聴いたものだ。
 その音源は、いまも手元にあって、あらためて聴いてみても、若々しい感性が燃えたぎり、ウィーンフィルも、今とはまったく違う、ローカルな音色でもって、それに応じているところが素晴らしい。

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  ベルク  交響的組曲 「ルル」

新ウィーン楽派の3人のなかで、一番若く、そして一番早く死を迎えてしまったベルク。

ウェーベルンと同じく、1904年に、シェーンベルクの弟子となり、以降、ずっとウィーンで暮らすことになるベルクだが、ユダヤの出自であった師がアメリカにのがれたのに対し、ベルクはユダヤではない代わりに、その音楽が退廃音楽であるとして、ナチス政権成立後は、その活動にかなりの制約を受けることとなった。

そんななかで、生まれたのが「ルル」。
破天荒な青年時代を送り、ぜんそくに悩まされ、病弱であったベルクは、文学好きということもあって、オペラの素材には、生々しい死がからむ、いわばヴェリスモ的な内容を選択した。
それが「ヴォツェック」であり、「ルル」である。
さらに、晩年の不倫も、「ルル」の背景にはあるともされる。

人生の落後者のような軍人と、魔性の女、ファム・ファタール。
それらが、悲しみとともに描かれているところが、ベルクの優しさであり、彼独自の問題提起の素晴らしさ。

ことに、「ルル」の音楽の運命的なまでに美しく、無情なところは、聴けば聴くほどに、悲しみを覚える。
自分の苦境に照らし合わせることで、さらにその思いは増し、ますます辛く感じた。
そんな自分のルルの聴き方が、また甘味に思えたりするのだ。

「ルル」は、1928~35年にかけての作品。
間があいているのは、アルマの娘マリーの死に接し、かのヴァイオリン協奏曲を書いたためで、ベルクは3幕の途中で亡くなり、未完のエンディングを持つ「ルル」となった。

アバドは、ベルクも若い頃からさかんに指揮していて、70年のロンドン響との作品集に続き、ウィーン時代の94年に、ウィーンフィルといくつもの録音を残している。
ニュートラルなロンドン盤もいいが、やはり、より濃密で、ムジークフェラインの丸みのある響きも捉えたウィーン盤の方が素晴らしい。

ロンド→オスティナート→ルルの歌→変奏曲→アダージョ

オペラの場面をシンフォニックにつないだ組曲に、アバドは、オペラの雰囲気も感じさせる迫真性と抒情をしのばせた。
「ヴォツェック」は何度も指揮したのに、「ルル」は、ついに劇場では振ることがなかった。
ウィーン国立歌劇場時代、上演予定であったが、辞めてしまったため、その計画を実現しなかったから、この組曲盤は、アバド好きにとっては貴重なのであります。

さてさて、暑いです。

まだ梅雨だけど、そぼ降る雨はなくて、晴れか土砂降りみたいな日本。
熊本の地震もあったし、大きな地震への不安は尽きない

ばかな都知事や辞めたけど、疑惑は消えないし、消化不良のまま参院選と、まもなく都知事選が始まる。
矛盾だらけの政治に社会。
 そして、海外へ眼を転ずれば、どこか某国が、偉そうに軍船で領海侵入を繰り返し、虎視眈々と長期計画で持って、ねらってきているし、さらに英国のEU離脱が、世界規模でもって、政治経済に影響を与える流れが進行中。

今後もトピックは、まだまだ続出するでしょうが、ブログ休止してた間に、こんないろんなことが起きてしまう2016年。
「ルル」の原作ではありませんが、「パンドラの箱」が次々に開いてしまうのか・・・・

しばらく、また消えますが、もう事件事故災害は勘弁してください、神様。。。

それでは、また、いつか。

Shiba_8
    

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2016年3月 5日 (土)

コルンゴルト 交響的序曲「スルスム・コルダ」 リヒター指揮

Shibapark

昼間は、すっかり暖かくなり、夜気も徐々に緩みつつあります。

先週は、風邪をこじらせて、完全沈没してしまった。

ここ数年、風邪をひかなかったのに、歳と共に、体も、気力も無理が効かなくなってきた感がありです。

Korngold


コルンゴルト  交響的序曲「スルスム・コルダ」~心を高く上げよ op13
                     (Sursum Corda)


       カスパール・リヒター指揮 リンツ・ブルックナー管弦楽団

                    (1999.3 @リンツ ブルックナーハウス)


コルンゴルト(1897~1957)の作品番号付きでは、3つめのオーケストラ曲。

1919年に作曲、初演は1920年1月、ウィーンにて作曲者自身。

23歳での作品でありますが、それまでに、オペラをすでに3作(ポリクラテス、ヴィオランタ、死の都)を仕上げているので、オーケストラ技法においては、ますます充実に極みにあったわけです。

そもそも、この曲のタイトル。
「スルスム・コルダ」とは、なんとヘンテコなタイトルかと思いますね。

Sursum Corda、すなわち、ラテン語で、「あなたの心を揚げよ」。
英語では、「Lift up your Hearts!」。

ローマ帝国内に、キリスト教が広がりつつあった2世紀頃の典礼句の一節だったようです。
「主を見上げ、心を高く・・・」、こんな感じでしょうか。

ただし、このコルンゴルトの音楽には、そうした宗教観はまったくなくって、自身がこのタイトルについて述べたところでは、「闘争と大望、嵐と圧迫からの喜ばしい救出」という意味合いを込めたのだそうだ。

2年前に出会った、同じユダヤ系の音楽好きの女性、しかも、ピアノもソプラノの声も素晴らしかったルーツィと相思相愛になり、何度も逢瀬を重ねていた頃である。
そんな高揚した気分も、この曲には、しっかりと反映されていて、まさに、コルンゴルトの気持ちが、おおいに上がっていたなかでの作曲だったわけであります。
  そのルーツィとは、のちに、幸せな結婚をし、子供たちにも恵まれるコルンゴルトなのでした。

そんな幸せのなかにいたコルンゴルトは、音楽活動でも、神童から一流の青年音楽家として、ことにオペラ、「死の都」の爆発的な成功でもって、ヨーロッパにその名を轟かせていたわけですが、1920年の、この「スルスム・コルダ」の初演は、聴衆からの理解が得られずイマイチの成果に終わり、その後のベルリンなどでの再演でも、パッとした評価は得られませんでした。
でも、コルンゴルトは、この曲への想いは強かったのでしょう。
なんといっても、敬愛する、R・シュトラウスに捧げられていて、19分あまりの、まるで雄弁なシュトラウスの交響詩のような雰囲気を持っているのですから。
1922年のシカゴでの演奏会には、自身が、プログラムに、こと細かな楽曲解説を施しております。

そのシカゴの演奏会もいまひとつだったこの曲。
たしかに、明快な形式を持たず、でもソナタ形式の枠にはある。
でも、それは、後期ロマン派的なムードのなかで、かなり拡張解釈され、形式よりは、描写的、絵画的な音楽となっている。
それが、シュトラウスのように、具象性や明快さが伴わないものだから、とっつきが悪い結果となっている。
 しかし、何度も何度も、そして、いつものコルンゴルト節を、しっかり身に付けた耳で聴いてみると、これはこれで、実に魅力的な音楽なのだ。

愛するオペラ「死の都」のムードも踏襲され、旋律的なつながりも感じる。
そして大胆な和声と、ダイナミズムは、パワフルであるとともに、カラフルで、そして、一方で、コルンゴルトならではのクールな抒情。
わたくしには、極めて魅力的な音楽です。

コルンゴルトの管弦楽作品をおさめた音源のなかに、いくつも収録されてます。
手持ちでは、アルベルト、バーメルト、そして、今回のC・リヒターのものがあります。
 ブルックナーゆかりのオーケストラを指揮したリヒター盤が、オーストリアのオーケストラならではの丸い響きでもって、なかなかの雰囲気で聴かせてくれます。
録音の良さと、オーケストラの機能性では、バーメルト。
シュトラウスに近いサウンドでは、アルベルトでしょうか。

この曲では、生前、さっぱりだったコルンゴルトですが、18年後の1938年。
ハリウッドで、映画「ロビンフッドの冒険」の音楽に、この曲から転用していて、ロビン・フッドのテーマともなってます。
 まさに、その高揚感などは、「心を高く・・」という気分が相応しいものとなってますね!

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2015年12月23日 (水)

コルンゴルト 6つの素朴な歌

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恵比寿ガーデンプレイスの豪奢なツリー。

じゅうぶん大人のワタクシでも、夢の面持ちになってしまいます。

Korngold

     コルンゴルト  6つの素朴な歌 op9

        バリトン:スティーヴン・キンブロー

 

        ピアノ :ダルトン・ボールドウィン

1916年に出版された、早熟のコルンゴルト、14歳から19歳にかけての歌曲集。
それぞれに、短いけれど、歳を追うごとにその作風が充実していくことがわかる作品集。

  1.「まつゆき草」     詩:アイヒェンドルフ

  2.「夜のさまよい人」       〃

  3.「セレナード」          〃

  4.「愛の手紙」      詩:ホーノルト

  5.「庭園の英雄の墓」  詩:キッパー

  6.「夏」           詩:トレビッチ


アイヒェンドルフの詩による最初の3つの作品は、1911年(14歳)。
「愛の手紙」が、1913年(16歳)。
残りのふたつの歌が、1916年(19歳)。

この中で、一番有名なのが、1曲目の「まつゆき草」。
春の初め、まつゆき草は楚々と咲くけれど、まだ残る雪に覆われ、萎れてしまう。
そんな様子を歌を読む詩人に例える。

そんなロマンティックな内容に、早熟のコルンゴルトは、ドイツロマン主義の延長線に立脚しながら、彼ならではの甘味なる旋律をつけました。
ほんとにステキな歌です。

ダイナミックなピアノ伴奏が引き立つ2曲目は、不気味な雰囲気も。
転じて明るいセレナードは、心弾む思いを。
2年後の「愛の手紙」では、あなただけど思い、愛します、と切々と歌い、シュトラウスやウォルフの歌曲の流れを感じさせ、シンプルな表情も好ましい。

そして、19歳の作である2曲は、CD解説にも書いてありますが、すでに2つのオペラを書きあげたあとだけに、ピアノの伴奏もスケールを増していて、歌の方もドラマティックだし、表現の幅、言葉と音との融合も格段に優れている。

音楽の才能とともに、恋多き青春時代を送ったコルンゴルト。
これらの美しい歌曲たちも、そんな恋に後押しされながら書いたのかもしれませんね。

のちに、オーケストレーションも施され、さらにロマンティックに仕立てられました。
B・ヘンドリックスの歌で、一部聴くことができます。

キンブローの誠実な歌いぶりは文句ありませんし、名手ボールドウィンのピアノも素晴らしいものでした。
女声では、ピエチョンカの歌曲全集が出ているので、いずれ聴いてみたいと思ってます。

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クリスマスまで、もうすぐ。

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2015年12月18日 (金)

コルンゴルト 「ヘリアーネの奇蹟」から間奏曲

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丸の内、中通りの恒例のイルミネーション。

今年は、枝ぶりがよくないのか、少しさびしい感じなのと、大規模なビル建て替え工事が、通りの中ほどで行われているので、そこでイルミネーションも途切れたりしてましたね。

Nakadouri_2

毎年、この時期には、ワクワクしながら、イルミネーション巡りをしていますが、この冬は、ちょっと気分が乗らない。
 いろんな意味で不調が重なっていて、気持ちも虚ろになりがち。
でもキレイなものには癒されますな。
音楽も同じで、音楽を聴く時間が極度に減ってきているし、オペラも聴いたり観劇したりする時間や集中力も不足しがちながら、いざ、少しの間に聴いたら聴いたで、ワタクシの心はすぐさま復調するのです。
 ともかく美しいものは好き。

それと、最近はかつての映画好きの熱が再来してまして、このところ良く観てますよ。
音楽の時間が、そっちへ移動してる、ともいえよう。

Korngold

 コルンゴルト 歌劇「ヘリアーネの奇蹟」~間奏曲

   カスパール・リヒター指揮 リンツ・ブルックナー管弦楽団

                     (1999.3 @リンツ、ブルックナーハウス)


今回も、コルンゴルト。
いまだ取り上げてないあと1作品の、オペラ「ヘリアーネの奇蹟」。

全曲は、CD3枚の大作で、ドラマの内容もややこしい。
けれども、その音楽は、超がつくほどに美しく、そしてカッコよく、オーケストラの鳴りっぷりも、歌も全部立派なもの。
年内には、記事をあげようかと思ってましたが、無理っぽいので、この大作のなかから、魅惑的なまでに美しい間奏曲を。

「喜ぶことを禁じた国の暴君。そこへ、喜びや愛を説く異邦人がやってくるが、お縄になってしまい、さらに絶世の美女、王妃のヘリアーネとの不義を疑われ自決。
その異邦人を清純の潔白として、甦えさせろと無理難題の暴君。
本当は愛していたことを告白し、異邦人の亡きがらに立ちあがることを念じるが、反応せず、怒れる民衆は彼女を襲おうとする・・・・、そのとき、奇蹟が起こり、異邦人が立ちあがり、暴君を追放し、民衆に喜びや希望を与え、愛する二人は昇天する。。。。」

全曲の記事で、もう少し上手く書ければと思いますが、なかなかに面倒なドラマ内容です。

このオペラで一番有名なアリアが、第2幕のヘリアーネの「Ich ging zu ihm」という歌で、これがともかくふるい付きたくなるほどに素晴らしい。
フレミングが、この曲をよく歌っているので、お聴きになられた方も多いと思います。

それと、その旋律を一部使いながら、全曲を暗示するような流れを持つ間奏曲も絶品なんです。
8分半の長い間奏ですが、緊迫したオペラの中ほど、すなわち第3幕の幕開けにあって、曲のイメージとしては、「カヴァレリア・ルスティカーナ」や、「パリアッチ」の間奏曲のように、甘く、切なく、そして歌心に満ち、さらに清らかさも備えております。
思えば、このオペラ、ヴェリスモ的です。
 このオペラのエッセンスを味わうには、この8分半を、時間のない時には聴くことにしてます。
コンサート・ピースとしても、劇的であり、静謐でもありますので、充分に取り上げられてよい作品かと思いますね。

リンツにあるブルックナーオケの、とびきり美しい演奏で。
モウチェリーの全曲盤における演奏は、全体の流れのなかで存在しているような演奏の在り方ですが、こちらは、これ1曲に全霊を尽したかのような充実の演奏となっております。

1927年、コルンゴルト、30歳のときのオペラ。
同年、ウィーン国立歌劇場でシャルクの指揮により初演されるものの、芳しい評価は得られず、どちらかというと、失敗作との判断を受けることとなってしまった。。。。
ドイツ・オーストリアは、もうすでにきな臭い状況になってきていて、コルンゴルトのヨーロッパでの活動も、あと少しとなっていくのでした。

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2015年12月 4日 (金)

コルンゴルト 「雪だるま」 ウーリー

Minatomirai_a

鮮やかな色合いで変化する大観覧車「コスモクロック21」。

ちょうど、ブルーな感じのときに撮れましたよ。

前にも書いたかもしれませんが、1989年の横浜博のときに、この場所よりランドマークよりに据えられたものが解体・移築されたもので、同博覧会には、当時結婚したばかりの新婚状態で遊びに行きましたものです。

この年は、昭和天皇が崩御され、平成が始まった年。
3月に新婚旅行で、ウィーンやスイス、パリに行きました。
そのあとは、天安門事件、ベルリンの壁崩壊、東欧諸国の共産政権の崩壊などが連続して起こり、やがてソ連の共産体制も滅んでゆくことになるのでした。
そうそう、旅行から帰ってきたら、消費税制がスタートしていた。

もう昔のことですが、歴史は巡りゆくのでしょうか、世界はまたも激動中です。

Minatomirai_b

観覧車といえば、ウィーンのプラター公園にも。

あちらは、横浜のほぼ100年前、1897年。

その年、エーリヒ・ウォルフガンク・コルンゴルト(1897~1957)は、生まれているのです。

コルンゴルトの名を神童としてとどろかせた出世作は、11歳のときに書かれた「雪だるま」。
1908~9年にかけての作曲。
ピアノの練習に明け暮れた少年コルンゴルトは、プラター公園に遊ぶ子供心を持っていたでしょうか・・・・。

そんな思いを払拭したくなるような、抒情と遊び心にあふれた「雪だるま」を聴きます。

Korngold_snow_2


   コルンゴルト  パントマイム「雪だるま」 全曲

        ピアノ:スコット・ウーリー

                    (1994.4@シンシナシティ)


             「雪だるま」~序奏、第1場 

        マティアス・バーメルト指揮 BBCフィルハーモニック

 

                    (1997.6@マンチェスター)

作品番号はありませんが、事実上のコルンゴルトの初成功作は、前段にも書いたとおり、11歳の作曲。

幼少よりピアノ演奏に天才的な閃きを見せたコルンゴルトは、5歳の頃からもう、ピアノを弾きながら、思いついた楽想をスケッチしたり、早くも作曲という行為を行うようになった。

父ユリウスが推していたマーラーにも出会い、少年コルンゴルトは自作を披露し、マーラーを感激させたといわれます。
そして、マーラーはコルンゴルトの作曲の師としてツェムリンスキーを紹介する。

そんな環境のなかで書き始めたのが「雪だるま」。
小曲ばかりだったこれまでの作品の情景描写の優秀さを思った父ユリウスは、息子のために、ちょっとしたパントマイム劇を創作してやり、コルンゴルトは、ピアノ独奏用の劇音楽として、1908年のクリスマスから作曲に着手し、翌1909年の春に完成させます。
40分の大作を、11歳の少年がわずか数カ月で書き上げたこと自体が驚きです。

私的な慈善演奏会で演奏されたこの曲に、居合わせた聴き手は驚き、さらにそこにいた皇帝ヨーゼフ1世の密使が、皇帝にこの曲や、作曲者のことを報告するという事態になり、「雪だるま」の正式上演への期待がウィーン中に高まることとなるのでした。

ピアノの原曲をそのままに、オーケストレーションを施したのが、師ツェムリンスキー。
その譜面を携え、出版社がマーラーの後任としてウィーン国立歌劇場の総監督に赴任していたワインガルトナーに勧めたところ、ワインガルトナーはとても気に入って、その上演を快諾。
そして、ついに、1910年10月、作曲から1年半で、フランツ・シャルクの指揮によって初演され、未曾有の大成功を収めることとなりました。
このとき、コルンゴルトは13歳。
ウィーンの寵児の誕生でした・・・・・・。

こうして人々から喝采を受けたコルンゴルトが、のちにアメリカに渡り、映画音楽に手を染め、そして戦後クラシック音楽界に復帰しても、ウィーンを始めとするヨーロッパ楽壇は、彼を冷遇し、失意のうちにアメリカに没するコルンゴルトの運命なのでした。

さて、オーケストラ版は、たぶん全曲がまだなくて、一番長く演奏しているのが、バーメルト指揮するシャンドス盤です。
今日は、ピアノ全曲盤と、オーケストラ版の一部を聴きましょう。

この劇の素材は、道化師、コロンビーヌ、パンタロン(意地悪役)の3人の登場するイタリア仮面即興喜劇で、いわゆるドタバタ系のオモシロ劇なんです。

序奏と、第1部、間奏(ワルツ)、第2部からなり、CDでも4トラックに分けられてます。

①雪のクリスマスの街かど、左手にはパンタロンの家で、姪のコロンビーヌがいる。
貧乏なヴァイオリニストのピエロは、コロンビーヌに恋するけれど、パンタロンに追い出されてしまう。
酒好きのパンタロンが酔って、雪だるまに挨拶する姿を見て、ピエロは、雪だるまに扮装して、窓越しに、愛するコロンビーナを見つめることとします。

②そのピエロが扮した雪だるまばかりを見つめるコロンビーヌに嫉妬したパンタロン氏。
その雪だるまを暖かい家の中に、冗談で、招待してみると、本当に動き出してやってきた。
驚いたパンタロンは、家人に雪だるまをやっつけるように命じるが、全然歯がたたない。
悔しくなって、また酒を飲みだすパンタロンの酔った目には、雪だるまが何人も見えるようになり、そのすきに、コロンビーヌとピエロは手を携えて逃げてします。
 目ざめた、パンタロンは顛末を聞き、怒り、広場にあった雪だるまに体当たりをくらわせる・・・・

                 幕

こんな物語につけられたコルンゴルトの音楽が、実にステキなんです。

登場人物たちに付けられたライトモティーフは簡明ながら、おそらく心情に応じて、表情も変化するし、敵役パンタロンの滑稽さや、ピエロの弾くヴァイオリンの優美さとの対比も鮮やか。
聴いていてその情景が思い浮かぶようです。
 若くしてこの才能。
この作品の5年後、コルンゴルトは、初のオペラを作曲しますが、その素材も、「人生で一番、大切なものを捨てる」という、実に大人な物語をユーモアたっぷりに描くわけです。
そんな劇場作品を次々に生み出し、実写のスクリーンに生き生きとした音楽を付けてゆく、今後の作曲活動の原点を、ここ「雪だるま」の音楽に見ることができます!

ツェムリンスキーのオーケストレーションは、そうしたコルンゴルトの優しくて、甘味な音楽を余すことなく反映させていて、これまたステキなものです。
 しかしながら、ちょっとムーディにすぎるかも。

ピアノ版の方が、もう少しメリハリも効いてて、雰囲気に流されないシンプルなよさを感じます。
それにしても、とっても美しいメロディーが。
ピエロの奏でるセレナーデは蕩けるように美しく、オケ版では、当然にヴァイオリン・ソロによって演奏されます。
それと、ワルツ。
劇中と、1と2の場の間奏曲にも使われます。
ウィーンの伝統に則った、煌めくようなワルツに、後ろ髪引かれるようなノスタルジーさえ感じます。
これを聴いた、ウィーンの人々は、胸をかきむしられるほどの想いを抱いたことでしょう。

あと、エンディングの小粋の効いたユーモア。

音楽だけでなく、映像でもいいからバレエ付きで観てみたいものです。

まだあと少し、コルンゴルトを今月は続けます。

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2015年11月18日 (水)

コルンゴルト シンフォニエッタ バーメルト指揮

Tower_b

今年も街は、クリスマスのイルミネーションで明るく輝くような季節になりました。

しかし、冬はもうすぐ、晩秋なのに、暖かな陽気で、イルミネーションもいまひとつ美しさに欠けるように思えたりもする。

そう、ほんとは、一日一日と、クリスマスを迎える喜びにあふれるはずなんだけど・・・・。

パリで起きたあまりに残酷な事件と、その前のロシア機の墜落。

犯行声明を出した連中からすれば聖戦ということらしいし、空爆を受け、そちらも民間人の被害が出ていることへの報復ということになろうが、こんな血で血を洗うことに、何の意味があろうというのだろうか・・・・・。

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東京タワーは、追悼の意を込めて、ひと晩だけ、トリコロールカラーになりました。

日本は、島国のため、敗戦時の占領治下を除き、外部からの支配を受けたことのない稀有な国だが、地続きのアジアや、中東、ヨーロッパは、長い攻防の歴史がある。
もっと言えば、白人優位社会が、宗教の旗印のもとに蹂躙してきた中東は、同じ地域に3つの宗教の聖地が入り乱れることからも、その不幸の歴史があるのですね。

ここで、それを紐解いて、どちらが悪いということは論じる場所ではないが、ナチスに追われたユダヤ人の国はできたけど、アラブの民は追われることになったし、それ以前の英仏のダブルスタンダード的な対応のひどさも根深い恨みを産むことになったわけだ・・・・。

いま起きているとは十字軍時代にまでさかのぼる、ほんとうに厄介な問題なのだ。

 音楽や文化芸術だけは、国境も、恨みやさげすみもなく、平和の域にあって等しく楽しめるものとしてあり続けて欲しいものだ。

今宵は、神童とされながら、ナチスに翻弄されたユダヤ系としてアメリカに没し、その名前すら一時は埋もれてしまった、エーリヒ・ヴォルフガンク・コルンゴルト(1897~1957)のシンフォニエッタを再び取り上げます。

そして、この作品、11月の神奈川フィル定期演奏会とミューザ特別演奏会で、ウィーンっ子のゲッツェルさんの指揮によって演奏されます。

Korngold

  コルンゴルト  シンフォニエッタ Op5

    マティアス・バーメルト指揮 BBCフィルハーモニック

                         (1994.9 @マンチェスター)

    ヴェルナー・アンドレアス・アルベルト指揮 北西ドイツフィルハーモニー

                         (1986.7 @ヘルフォルト)


幼少期から音楽の才能の片鱗をあらわしたエーリヒ・コルンゴルトは、音楽評論家として、その毒舌ぶりがのちに恐れられることとなる、ユリウスを父として、実業家娘を母として、モラヴィア地方のブルノに生まれる。

この父が、かつてのレオポルドと同じく、神童モーツァルトをヨーロッパ各地にプロデュースしていったように、息子の才能に驚き、歓喜しつつも、ウィーンの寵児としてもてはやされるようにマネジメントしてゆくこととなります。

そして、爽快さと、R・シュトラウスばりの爛熟サウンドを早くも少年期コルンゴルトは造り出すのです。
わずか6,7歳のコルンゴルトの才能に、マーラーは驚きをもって迎え、そして可愛がり、少年エーリヒも大いに慕い、そして、R・シュトラウスは、初出版された少年の作品のスコアを見て、父ユリウスに祝福の言葉を贈っております。

そんな少年、エーリヒの最初の作品は、8歳のときに書いた歌曲で、その後、カンタータやワルツを書いたあと、ピアノのためのバレー音楽「雪だるま」を11歳で作曲し、これがセンセーションを引き起こすこととなります。

1911年、マーラーの没したの年に14歳にして、初の管弦楽作品「劇的序曲」を作曲。
この曲は、ニキシュとゲヴァントハウス管によって初演され、ここでも驚きを持って聴衆に迎えられます。
この曲は14分あまりの大作で、のちの「交響曲」の片鱗をうかがうこともできます。

そしてその次に、コルンゴルトが取り組んだのが、4つの楽章を持つ43分の大曲。
「シンフォニエッタ」と銘打ちつつ、大きな規模を持つ作品を完成させたのが1913年、16歳で、同年、ワインガルトナーとウィーンフィルによって初演され、大成功を導きだします。

シュトラウスや、マーラーやツェムリンスキー、その時代の先輩たちからアドバイスや影響を受けつつもすでに、成熟し完成型にあったその音楽スタイルは、のちのハリウッドでの明快で、煌びやかなサウンドも予見できるところもおもしろい。

本格交響曲のようには構成感や深刻さがなく、「Motiv des frohlichen Herzens」=「Theme of the Happy Heart」とされたテーマ、すなわち、「陽気な心のモティーフ」が全編にわたって用いられ、曲のムードや統一感を作り上げております。
このモティーフ、曲の冒頭から鳴ります。

Korngold_sinfonietta_2(CDリブレットより)


このいかにもコルンゴルト的なシャープのたくさん付いたテーマは、キラキラ感と羽毛のような優しい繊細さが半端ありません♯

第1楽章は、爽やかなムードがあふれるソナタ形式ですが、思わず、心と体が動かしたくなるようなステキなワルツもあらわれ、奮いつきたくなってしまいます。

スケルツォ楽章の第2は、打楽器が大活躍する活気あふれるダイナミックな場面、ここは、後年のオペラ「カトリーン」の劇場の場面を思い起こします。
それと中間部は「夢見るように」と題された場面で、静けさと抒情の煌めきを聴くこととなります。

聴くと、いつも陶酔郷へと導いてくれる、ロマンティックなラブシーンのような音楽が第3楽章。
これがいったい、16歳の青年の作品と思えましょうか。
ここでは、コルンゴルトの特徴でもある、キラキラ系の楽器、ハープ、チェレスタ、鉄琴が、夢の世界へ誘う手助けをしてくれるし、近未来系サウンドとして、当時の聴衆には感嘆の気持ちを抱かせたことでしょう。
ずっとずっと聴いていたい、浸っていたい、そんな第3楽章が大好きです。

そのあと、一転して、ちょっとドタバタ調の、不安な面持ちと、陽気さと入り乱れ、シュトラウスを感嘆せしめるほどの見事なフィナーレを築きあげるのが4楽章。
エンディングは高らかに、「陽気な心のモティーフ」が鳴り渡り、爽快な終結を迎えます。

この曲の音源は4種ほどあるようですが、そのうち、バーメルト盤と、アルベルト盤を聴いてます。
後者は、かつて記事にしておりますので、今回は、バーメルト盤を中心に聴きましたが、この演奏は、重心もどちらかというと軽めで、英国オーケストラならではのナチュラルさと、柔軟さがとても心地よいです。
 録音の取り方にもよるのでしょうが、そのあとに、アルベルト盤を聴くと、音の重心がもう少し下のほうに感じるところが面白いし、旋律の歌わせ方もより濃密です。
英国とドイツのオーケストラの違いでしょうか。
わたくしには、こちらの方が刷り込みですが、3楽章の美麗さでは、バーメルト盤かも。

快活でイキイキとした音楽造りのゲッツェルさんと、コルンゴルト・サウンドを本質的に持ち合わせていると確信している神奈川フィルの演奏、とても楽しみです。
ちなみに、そのコンサートの前半は、オピッツのピアノでブラームスの2番の協奏曲という、豪奢なウィーン特集なんです。

過去記事

 「アルベルト指揮 北西ドイツフィル盤」

神奈川フィル公演案内

  http://www.kanaphil.or.jp/Concert/concert_calendar.php
 
 

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2014年9月12日 (金)

シュレーカー 「烙印を押された人々」 前奏曲

Hills

何度か登場の、六本木ヒルズのシュールなモニュメントと、遠景の夏の東京タワー。

10月には、東京タワーもオレンジ色になります。

このところ、忙しいいのと、別口ライブなどで、記事更新が滞ってまして、申し訳ありません。

聴きたい曲、書きたい曲、紹介したい曲など、それこそ、次から次にあるのですが、あれよと言う間に、日が経ってしまい、季節感も失い、記事のタイミングも失してしまうというもどかしさを感じてます。

今宵は、ときおり頭のなかで鳴りだす音楽のひとつを取りだしてみました。

 シュレーカー 歌劇「烙印を押された人々」 前奏曲

Schreker_die_gezeichneten

    エド・デ・ワールト指揮 デンマーク放送交響楽団

Schreker_die_gezeichneten_albrecht

    ゲルト・アルブレヒト指揮 ウィーン放送交響楽団

Schreker_die_gezeichneten_nagano

    ケント・ナガノ指揮 ベルリン・ドイツ交響楽団

Schreker_prelude_toadorama_shinaisk

    ヴァシリー・シナイフスキー指揮 BBCフィルハーモニック

いま、手持ちの「烙印を押された人々」の前奏曲にまつわる音源です。

最後のシナイフスキー盤は、オペラの全般をもイメージして、幻想曲風にしたてた「あるドラマへの前奏曲」という、ロングバージョン。
おおいに聴き応えがあります。

ですが、オペラ全体をつまみ聴くには、この曲はそぐわず、コンサートバージョンっぽい。

でも、時間がない時などは、わたくしは、とても重宝してます。

 このオペラは、いろんなストーリーを入れ込みすぎて、焦点がぼやけぎみないつものシュレーカーのオペラの中にあって、2時間30分の長帳場ながら、ややこしい筋立てながらも、求心的なドラマになっていて、聴き応えも、劇としての面白さも高いと思います。

醜い男と思いこんでいる主人公、そして、その彼が同情と、やがて愛情を注いだのが、ヒロインで、彼女は美しいけれど、心臓が悪く、熱い恋などできる体でない。
そんな彼女をたらしこむ、遊び人のイケメン。
 この3人に、快楽悪逆追及の貴族たちと、彼らが作った快楽のテーマパークに心奪われる民衆。

出てくる連中、みんなが、あかんレッテルを貼りたくなる、そんなオペラって珍しいですね。

成功したオペラでありますが、台本も指揮も、すべてひとりでこなす才人であったシュレーカーは、そのユダヤという出自ゆえに、華やかな第一線から締め出され、心臓の疾患も出てしまい、失意のうちに亡くなってしまう・・・。

いわゆる、「退廃のレッテルをナチス政権によって貼られた作曲家」の代表格であります。

この前奏曲、ほんとに好きで、痺れるような、甘味なまでの官能に、酔いしれるようにして聴いてしまいます。
ザルツブルクのフェルゼンライトシューレの特性を活かした、ケント・ナガノ指揮による映像の演出は、レーンホフによるもの。
仮面劇のようで、怪しくも、想像力を抱かせる秀逸なものです。
いずれまた、ちゃんとレビューしたいと思います。

ここにあげた前奏曲のみの演奏において、一番好きなのは、デ・ワールトによるものですね。
マーラーと、ツェムリンスキー、シェーンベルクと同列の存在としてのシュレーカーを感じさせる明快な演奏なんです。

新国あたりで、このオペラが取り上げられることは、永遠にないだろうなぁ~

過去記事

 「デ・ワールト&デンマーク国立歌劇場」

 「シナイスキー&BBCフィルハーモニック」

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2014年2月28日 (金)

ベートーヴェン、ベルク 協奏曲 アバド&MCO

Mco_abbado3

アバドの愛した若者オーケストラのひとつ、マーラー・チェンバーは、その能力からして、これまでアバドが携わった若者オケのなかでは、最強なのではないでしょうか。

ルツェルンの主力メンバーにもなっているほか、ルツェルンのベテランたちも、時に応じて参加したり、首席をはったりする。
いわば、コンパクト・ルツェルンかも。

ですから、その規模も変幻自在のフレキシビリティ満載、可能性も満載の、高機能オケでした。

アバドは、このオケで、ルツェルン発足前は、モーツァルトのオペラばかりでなく、「シモン・ボッカネグラ」や「ファルスタッフ」を上演したりと、その下準備にあてていたのでした。
 ベルリンフィルを中心とする凄腕が集まることになったのですから、アバドとしては、律儀にも、まずは、手兵のマーラー・チェンバーという形が最良だったのでしょう。

ルツェルンが本格スタートしてからは、マーラ・チェンバー(MCO)を母体とする形態にして、さらにMCOは、ハーディングやほかの指揮者たちに徐々に任せるようになりました。

MCOとの録音は、名手たちのバックをつとめる協奏曲録音が多いです。

今夜、そんななかのふたつを。

Beethoven_argerich_abbado

  ベートーヴェン ピアノ協奏曲第2番、第3番

       マルタ・アルゲリッチ

  クラウディオ・アバド指揮 マーラー・チェンバー・オーケストラ

                      (2000.2、2004.2 @フェラーラ)


アルゲリッチとアバド、最後の録音も、このコンビだったし、ふたりのDGへの初録音の一環もそう。

これまで、いくつもの共演と録音をしてきた、まさに朋友でした。

こんな関係は、いずれ、ポリーニに代表される、アバドと共演者たち、という特集をしてみようと思ってます。

いまから59年前、アバド21歳、アルゲリッチ13歳。
フリードリヒ・グルダのザルツブルクでのピアノスクールにて、同門で、知りあったことがきっかけ。

奔放なアルゲリッチ女史ですが、アバドの前では、時に女性らしくしとやかに、でも、時に、熱く燃え上がり、アバドを煽動してしまいます。
かつてのショパンやリスト、プロコフィエフ、チャイコフスキーがみんなそうだった。

ここでのベートーヴェンでは、アバドの目指す、若いオーケストラとのベートーヴェンの新風に、むしろアルゲリッチが感化されたかのように、はじけ飛ばんばかりの活力と、生まれたばかりのような高い鮮度のピアノを聴かせてます。

過度のノンヴィブラートの息苦しさに陥らず、ベートーヴェンの若い息吹を、伸びやかに、そしてしなやかに聴かせるアバド。
2番は、病に倒れる術前、3番は、術後安定した時期。
 そんな、時系列を少しも感じさせることのない活きのいいオーケストラです。

アルゲリッチの3番は、これが唯一。
でも、このふたりの気質からしたら、2番の方が弾みがよろしく、ベートーヴェンの青春の音楽の本質を突いているように感じますがいかがでしょうか。
ことに、2楽章の抒情と透明感は素晴らしいのですよ。

Berg_bracher_abbado

  ベルク          ヴァイオリン協奏曲

  ストラヴィンスキー  ヴァイオリン協奏曲

                 コリヤ・ブラッハー

   クラウディオ・アバド指揮 マーラー・チェンバー・オーケストラ

                      (2003.10 @フェラーラ)


こちらは、うってかわって、近現代の協奏曲。

こんな先鋭の音楽にも、MCOは、ごく普通に取り組み、アバドとともに、嬉々として演奏してしまうのです。
ベルクについては、このCDが発売されてすぐ、2006年にすぐさま記事にしました。

さほど大きくはない編成のオーケストラが、ストラヴィンスキーで見せる小気味いい痛快なまでの、爽快感は、ストラヴィンスキーの音楽の持つラテン的な透明感と、軽やかさを完璧に表出してます。

ベルリン・フィルを、コンサートマスターとして、アバドとともに引っ張ってきたブラッヒャーの高性能かつ、隙のないヴァイオリンは、完璧でありすぎるところが、また困ったもので、文句のつけようがないのです。

欲を言えば、オーケストラともども、ベルクの甘さ、バッハへの思慕みたいな、どこかこの曲にあるロマンティックなところが申し少し出ていれば・・・という思いがあります。

アバドは、ベルリン時代のムローヴァとの演奏、2010年のファウストとの共演もあり、後者が敏感すぎる超名演になってます。

わたくしの大好きなこの曲に、アバドが、3つの演奏を残してくれたこと、いまは感謝にたえません。

コンチェルトに、オペラ、合わせものの達人、アバドのもとで、MCOのメンバーたちは、きっと多くのものを学び、そして進化していったことでしょう。

Mco_2

マーラー・チェンバー。

センターに、オーボエの吉井瑞穂さん、いつもにこやかにいらっしゃいます。

アバドの追悼、次は、いよいよルツェルンにまいります。

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2014年2月16日 (日)

シェーンベルク 「ペレアスとメリザンド」 アバド指揮

Abbbado_gmjo

クラウディオ・アバドと、若い奏者たち。

アバドは、70年代の早い時期から、ヨーロッパ各地のユース・オーケストラを率先して指揮して、指導してきました。

そのような無私の姿勢も、かつての巨匠たちにには、なかった姿でして、ポストを持っていた一流オーケストラとの集中的な活動と併せて、若い演奏家たちとの協演を、とても大切にしていました。

アバドのような一流指揮者が率先すれば、そこにスポンサーも付き、アバドを創設者とした、若いオーケストラが、いくつか生まれました。

 ・ECユース・オーケストラ(初代指揮者)              1978

 ・ヨーロッパ室内管弦楽団(創設者)              1981

 ・グスタフ・マーラー・ユーゲント・オーケストラ(創設者) 1986

 ・マーラー・チェンバー・オーケストラ(創設者)       1997

 ・モーツァルト・オーケストラ(創設者)             2004


若いオーケストラ以外にも、それとあわせて、プロのオーケストラも、いくつかスタートさせていることはご存知のとおりです(スカラ座フィル、ルツェルン祝祭管)。

前回、アバドのベルリン・フィルでの全霊を傾けた活動について書きましたが、あちらは、年間の指揮数は相当数で、芸術監督としての責務もあったから、それら以外に、初期のウィーンの兼務などは不可能に近いこと。
まして、指揮するたびに、楽員さんが入れ替わるなんて、アバド・クオリティからしたら許しがたいことでしたでしょう。

それらの重責のなかで、若い奏者たちとの交流は、いかにアバドにとって、嬉しく楽しいことでしたでしょうか。

ECユース・オケとの音盤は、ザルツブルグ78年ライブが、熱気ほとばしる、熱い演奏ですが、そちらは今後またの機会として、本日は、マーラー・ユーゲントとの演奏を。

Abbado_mahler_schoenberg_2

まず、思う、この秀逸なジャケット。

  シェーンベルク 交響詩「ペレアスとメリザンド」

    クラウディオ・アバド指揮 グスタフ・マーラー・ユーゲントオーケトラ
 


                     (2006.4 ウィーン・ムジークフェライン)

メイン曲、マーラーの4番の健康的ムードではなくて、爛熟世紀末、トリスタンの延長のようなシェーンベルクの音楽に、ぴたりと符合するんです、このジャケット。

2

グスタフ・マーラー・ユーゲント・オーケストラ(GMJO)は、オーストリアとハンガリーの若い奏者たちに門戸を広げる意味で、オーケストラ演奏経験を名指揮者たちのもとで積むというスタンスでスタートしました。
そしてすぐに、ヨーロッパ全域の若者を対象とし、さらに26歳までというラインも設定され、このオーケストラを卒業して、各地のオーケストラに旅立って行くというパターンが創出されました。
 このオーケストラの卒業生で造られた、マーラー・チェンバー・オーケストラについては、また次回となります。

 アバドは、若き日々から、シェーンベルク・ウェーベルン・ベルクの新ウィーン楽派の3人の音楽を、さかんに演奏してきました。
しかし、それには、諸所、段階がありました。
かつての昔は、このジャンルの音楽をコンサートのメインに据えるということは、なかなかに起こりえないこともその一因で、ウェーベルンの小品、ベルクの3つの小品、そのあたりを繰り返し演奏し続けました。

そして、有力ポストについて後、ヴォツェックやグレの歌などの、大きな作品に着手。
そんななかのひとつが、「ペレアスとメリザンド」です。

3

この曲が大好きなものだから、アバドがいつ指揮するのか。
それが本当に待ち遠しかった。
かなり若い頃に、指揮はしているけれど、ベルリン時代の終わりごろに、「愛と死」のテーマのもと、集中して取り上げるようになりました。

わたくしのライブラリーには、2001年9月のベルリン・フィルライブがありまして、それはそれは、輝かしくて高貴で、美しい演奏で、ベルリンフィルの舌を巻くようなべらぼーなうまさも感じさせてくれる名演であります。
この時のプログラムは、F=ディースカウの語りによる「ワルシャワの生き残り」、P・ゼルキンのピアノによるピアノ協奏曲、というシェーンベルクの一夜なのです。
いまでは実現不能の、すごい顔ぶれです。

1

(アバドには、ベルリンのフィルハーモニーとともに、ムジークフェラインもお似合い)

そして、2006年の4月には、GMJOとの欧州ツアーで、この曲と、マーラーの4番を取り上げていて、このときが、このコンビの最後の共演となっております。
結成いらい、各地を回りながら、毎年マーラーを中心に演奏してきました。
さらに、ウィーンモデルンでの現代音楽や、エディンバラでの「パルシファル」など、20年間のアバドとGMJOとの、幸せな結びつきでした。

5

 (マーラーのときにも気になりました、パーカッションのかわゆい彼女)

この映像で見る若い奏者たちは、あたりまえだけど、本当に若い。
そして、その音色は、コクや音の背景も感じさせるベルリン・フィルの老練さには、足元も及びません。
 しかしながら、彼らの眼差しのまっすぐぶりは、アバドを尊敬の念を込めて見上げるその真摯な表情とともに、とても気持ちのいいものです。
ツアーを組んで、何度も何度も演奏してきているので、音楽はきっと自分の中に入り込んでいるはず。
だから、譜面を凝視しなくて、指揮者を見ながら演奏している場面の奏者も多々。
 アバドも、そんな彼らと、本当に楽しそうに指揮しています。
演奏が終って、何度も呼び返され、楽員たちもアバドに敬意を表し、立ち上がりませんが、アバドは自分ひとりが喝采を浴びることを、絶対にしない指揮者でした。
必ず、コンマスの手を取って、全員立たせてしまい、指揮台にも上がらず、一緒になってにこにこしてます。
 そんな謙虚なアバドは、相手が若者でも変わりありません。

シェーンベルクの青白い炎のような、甘味なるブルー系の音楽が、若いオーケストラの夢中の演奏から、静かに立ちあがってくるのを聴くことができました。

このDVDの良いところは、もうひとつ。

この曲の解説が冒頭に15分くらいあります。
シェーンベルクが凝って、そして編み込んだ物語の登場人物3人(ペレアス、メリザンド、ゴロー)を中心とするライトモティーフが、演奏シーンでもって紹介され、さらにブルー・グリーン・レッドの3色に置き換えることで、本編では、画面下に、その色のバーがほんのりあらわれるのです。
人物の心情がダブったりする場合は、二色になります。

観て、聴いて、シェーンベルクのペレアスへの音楽理解を深めることができるという、二重の楽しみがあるんです。

アバドが好きだった、マーラーとそのあとの新ウィーン楽派の作曲家たちの音楽。

若い奏者たちとの、生き生きとした表情は、この半年後、ルツェルンとの今思えば、最後の来日での、にこやかさとともに、病後、最良のコンディションにあったのでは、と思います。

若い奏者たちは、こうしてアバドや、ブーレーズなどの名手との貴重な体験を経て、プロ・オーケストラに旅立って行きましたし、なかなかポストもないことは、洋の東西ともに同じ。
アバドと仲間たちは、卒業生を中心とした、精鋭による、マーラー・チャンバー・オーケストラをあらたに創設したのでした。

次回は、マーラー・チャンバーとアバドの演奏をたどります。

6


過去記事

 アバド&GMYOのマーラー4番

 バルビローリのペレアスとメリザンド

 ベームのペレアスとメリザンド

 エッシェンバッハのペレアスとメリザンド

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2014年2月 2日 (日)

ベルク 「ヴォツェック」 アバド指揮

Abbado_wiener_staatsoper

ウィーン国立歌劇場のサイトでのアバド追悼ページ。

ウィーンフィルもそうでしたが、いくぶんあっさりとしてます。

アバドが関係してきた劇場やオーケストラのなかで、その特別ページが充実しているのは、やはりベルリンフィル。そして、スカラ座とロンドン響でした。

ウィーンとはデビュー以来、蜜月期間が長かったけれど、90年代終わり頃に冷え切った関係となってしまい、ウィーンフィルの指揮台に立つことがなくなってしまった。

91年のフィルクスオーパーから兼任の形でのヴェヒター男爵の総監督就任は、ウィーン生まれの同氏が、アバドの根差した深いドラマ性を持つオペラへの偏重に異を唱えるように、伝統回帰を打ち出しました。
 さらに、ヴェヒターの片腕は、辣腕化のホーレンダーが選らばれ、アバドは、彼らとソリが合わず、音楽監督の座を投げだすこととなりました。
そのヴェヒターも、92年には急死してしまい、ホーレンダー体制が引かれ、アバドはウィーンから遠ざかることとなりました。

 さらに、2000年には、ザルツブルクで、ウィーンフィルと「コシ・ファン・トゥッテ」と「トリスタン」を上演することになっていたが、キャンセルを表明。
演奏のたびに、楽員が変わる、ウィーンフィルのシステムに不満を表明したためとありましたが、体調の不安もあったのではないでしょうか。

アバドのオペラに対する意気込みと、完璧な上演を求める思いは、このように妥協がなく、地位をなげうっても、その意志を貫く強さもありました。
スカラ座のときも同様のことが何度かありました。

何度か書いてますが、アバドのオペラのレパートリーは、かなりユニークで、まんべんなく広く上演するというより、ひとつひとつの作品を何度も、じっくりと取り上げる慎重さがありました。
長くメトにとどまり、広大なレパートリーを誇るレヴァインとは、まったく違うタイプです。

「シモン・ボッカネグラ」、「ボリス・ゴドゥノフ」、「ヴォツェック」の3作が、アバドが最も愛したオペラ作品ではなかったかと思います。

Wozzeck_abbado

  ベルク  「ヴォツェック」

 ヴォツェック:フランツ・グルントヘーパー    マリー:ヒルデガルト・ベーレンス
 鼓手長:ヴァルター・ラファイナー        アンドレス:フィリップ・ラングリッジ    
  大尉:ハインツ・ツェドニク                        医者:オーゲ・ハイクランド 
 マルグレート:アンナ・ゴンダ          ほか

   クラウディオ・アバド指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
                   ウィーン国立歌劇場合唱団
                   ウィーン少年合唱団

                   演出:アドルフ・ドレーゼン

                       (1987.6 @ウィーン国立歌劇場)


この、アバド好きにとって、大切な「アバドのヴォツェック」。
思えば、一度も記事にしてなかったけれど、まさかこんなときに取り上げようとは・・・。

アバド亡きあと、その足跡を、関係したオケやハウスを振り返りながら確認してきました。

1986年に、マゼールの後をうけてのウィーン国立歌劇場の音楽監督時代は1991年まで。
得意の「シモン・ボッカネグラ」で84年に初登場してから、アバドは、ウィーンで多くの名舞台・名演奏を残しました。
その多くが、音源・映像化されてますので、ほんとうにありがたいことです。
ここでも、先にあげた3作を何度も取り上げてますし、スカラ座以来、理想を求めてきた「ペレアスとメリザンド」と「フィガロの結婚」、「ホヴァンシチナ」、「ローエングリン」、「アルジェのイタリア女」は、ウィーンでもって完成形となり、最高の精度を誇る名演として残されました。

さらに、シューベルトのオペラや、自身が発掘したロッシーニの「ランスの旅」、ヤナーチェク「死者の家から」(ザルツブルク)などの、ある意味マニアックな演目もさかんに取り上げましたから、レパートリー性を大切にする劇場旧派からはうとまれることもあったかもしれません。

保守的なウィーンと、その聴き手に、ウィーンモデルンなどの現代音楽祭で、新風を吹き込むなど、オペラ・コンサート、加えて演劇や美術など、大きな意味で、この街に変革をもたらしたのも、アバドの大きな功績だと思います。

ちょうど、任期中に、ウィーンを訪れましたが、アバドには出会えませんでした。
しかし、そのあと、アバドはクライバーとともに、国立歌劇場と日本にやってきてくれました。

さて、「アバドのヴォツェック」。

Wozzeck_abbado_wien


この演奏に聴かれる、最初から最後まで張りつめられた緊張感は、尋常のものではありません。
3つの幕が、それぞれに、組曲・交響曲・インヴェンションという巧みな形式を纏っているベルクの緻密な構成。
 それを、アバドは、完璧に把握して、その構成を感じさせることなく、かといって細部をおろそかにせずに、あきれかえるくらいに完璧に、そして鮮明に描き尽しております。
 ベルクの音楽の持つ、甘味さも、ウィーンの持ち味を生かして充分に味わえます。

Wozzeck_abbado_wien_1

ヴォツェックが、池にはまっていって死んだあとの、壮絶さと甘さの入り混じる間奏は、わたくしが、もっとも好きな音楽のひとつですが、ここは、アバドの演奏がなんといっても一番です。
血に染まったかのような池と、不気味な空。
そして、アバドの音楽は不思議と明るく、透明感にあふれてます。

ヴォツェックも、マリーも、残された息子も、みんな社会的な弱者。
そんな問題意識を感じさせるドラマに、強く共感して、狙いを付けたオペラに打ち込んだアバドの優しさと誠実さを、あらためて強く感じるのでした。

Wien

アバドは、音楽監督時代の89年と、卒業後の94年の2度、国立歌劇場と来日しております。

89年が、「ランスの旅」と「ヴォツェック」。
94年が、「フィガロ」と「ボリス・ゴドゥノフ」。

その頃は、結婚と子供の誕生が、まさにそこに重なり、コンサートから遠のいていた時期でして、これらのうち、「ボリス」しか観劇できなかったことは、いまにして痛恨の極みなのです。
変わりに、89年は、ルネ・コロが出演した「パルシファル」をS席にて観劇してるから、困ったものです。
返す返すも惜しいことをしました。

マリーは、ヴェイソヴィチ、鼓手長は、コクラン。
その他はほぼCDに同じメンバー
「ランス」とともに、アバドのすごさを、知らしめた公演でした。

こうして、スカラ座、ウィーン・シュターツオーパーと、アバドの真骨長のオペラを味わえた、われわれ日本は、ほんとうに幸せものでした。

天国のマエストロ・アバド、日本を愛してくれて、ありがとう。

そして、アバドのおかげで、新ウィーン楽派の3人を、ブーレーズとは違った切り口で、よく知ることとなりました。

 

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