カテゴリー「シューベルト」の記事

2022年12月30日 (金)

交響曲第9番 ジュリーニ指揮

Fujimi

散歩してたら見つけた富士が紅葉ごしに見えるスポット。

まだ散る前で、完全に染まっていなかったけれど、満足のいく1枚。

Fujimi-1

今年は生活環境がまったく変化したのだけれど、便利さは犠牲にしても、こんな光景がすぐ近くにあるという幸せ。

2022年もおしまいです。

ジュリーニの第9シリーズを振り返ります。

一部は過去記事を編集して再掲します。

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 ベートーヴェン 交響曲第9番 ニ短調

  S:カラン・アームストロング Ms:アンナ・レイノルズ
  T:ロバート・ティアー     Bs:ジョン・シャーリー・クヮーク

   カルロ・マリア・ジュリーニ指揮 ロンドン交響楽団/合唱団

          (1972.11 @キングスウェイホール)

70年代後半に、ジュリーニはさまざまな第9交響曲を取り上げ、録音しました。
ベートーヴェンも先駆けて録音しましたが、8番と同時に録音された2枚組のレコードは、EMIに継続していたベートーヴェンの交響曲の一環という意味あいの方が強かった。
EMIには、6~9番が録音されたわけですが、この第9はテンポをゆったりととる悠揚スタイルのコクのあるジュリーニと言う意味あいでは、次に来る第9シリーズと同様ですが、やや集中度も浅く、細部の克明さにも欠くように感じられる。
しかし3楽章の透明感と流動性は、ジュリーニならではで、1楽章の激遅と2楽章の超快速との対比が面白いし、終楽章の堂々たる歩みも数年後の超巨匠としての刻印を感じさせる。
オケはいいけど、合唱がいまいちかな。

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 ブルックナー 交響曲第9番 ニ短調

  カルロ・マリア・ジュリーニ指揮 シカゴ交響楽団

     (1976.12 @メディナ・テンプル シカゴ)

EMIへのベートーヴェン第9から4年、しかし、その間ジュリーニはウィーン交響楽団の首席指揮者になり、ウィーンにゆかりのある作曲家の作品を格段と指揮するようになった。
74年には、ウィーン響とブルックナーの2番を録音。
NHKFMでも大曲をさかんにとりあげるジュリーニとウィーン響の演奏が放送され、エアチェックにも暇がなかった。
いつしか気になるコンビになっていたジュリーニとウィーン響が日本にやってきた1975年秋、春に来たベーム・ウィーンフィルのチケットが落選となっていた腹いせもあり、東京公演を見事聴くことができた。
演目は、ウェーベルンのパッサカリア、モーツァルトの40番と、ブラームスの1番、アンコールに青きドナウ。
このときから、アバドの兄貴分、ジュリーニが好きになった。

その次の年から始まったジュリーニの「第9シリーズ」
録音順ではマーラーが先んじているが、これはDGの専属となる契約の関係上か。
後年のウィーンとの再録音よりも5分ほど速く、63分でのキリリと引き締まった、そして緊張感にあふれる演奏。
それでいて柔和な微笑みもある歌心にも欠けていないので、おおらかな気持ちにもさせてくれる。
シカゴのブラスの圧倒的な輝かしさは録音のせいもあるかもしれないが眩しすぎと感じるのもご愛敬か。
ウィーン盤とともに、この作品の代表的な1枚かと思いますね。

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 マーラー 交響曲第9番 ニ長調

  カルロ・マリア・ジュリーニ指揮 シカゴ交響楽団

     (1976.4 @メディナ・テンプル シカゴ)

ジュリーニとシカゴ響のマーラー第9のLPは、アバドの復活とともに、発売時に入手してマーラーにのめり込んでいく当時の自分の指標のような存在だった。
シカゴということもあり、明るい音色が基調となっていて歌に満ちあふれているが、しっかりした構成感の元、堅固な造型の中にあるので、全体像が実に引き締まっている。
テンポはゆったりと、沈着で、品格が漂い、緻密であり清澄。
音の重なり合いの美しさはジュリーニならではで、優秀なオーケストラがあってこそ保たれる緊張感のある美的な演奏だと思う。
久々に聴きなおして、このようにともかく美しいと思った。
若い頃のレコードで聴いていた時期は、音楽にまず平伏してしまって「マーラーの第9」は凄い、が真っ先にきてしまって、ジュリーニの音楽がこんなに美しく歌に満ちていたなんて思わなかった。
歳を経て、この思いはますます増してきた。

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 シューベルト 交響曲第9番 ハ長調

  カルロ・マリア・ジュリーニ指揮 シカゴ交響楽団

     (1977.4 @オーケストラホール シカゴ)

これもまた学生時代に買ったレコードで、渋谷の東邦生命ビルにあったショップで購入したもの。
このジャケットにあるように指揮棒を握りしめるようにして、熱く歌うジュリーニの音楽。
遅いテンポで重々しい雰囲気を与えがちな晩年のものに比べ、テンポは遅めでも、どこか軽やかな足取りもあり、横へ横へと広がる豊かな歌謡性が実に心地よい。

2楽章のどこまでも続くような歌、また歌。いつまでも浸っていたい。
同じく3楽章の中間部も思わず、体がゆっくりと動いてしまうようなこれまた歌。
1楽章の主部へ入ってからのテヌートぶりも、いまや懐かしい。

レコードで聴いたときは、当時聴いてたワルターやベームとのあまりの違いにびっくりしたものだが、ジュリーニのこのやり方がすぐに好きになり、頭の中で反芻できるくらいになってしまった。
終楽章では、はちきれるほどの推進力で、シカゴのブラスの輝かしさを堪能できます。
現在、シューベルトは後期の番号でも、軽やかにキビキビと演奏するのが主流となりましたが、ジュリーニの堂々としながらも歌がみなぎる演奏は、極めて心地がよく清新なものでした。

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 ドヴォルザーク 交響曲第9番 ホ短調 「新世界から」

  カルロ・マリア・ジュリーニ指揮 シカゴ交響楽団

     (1977.4 @オーケストラホール シカゴ)

シカゴ響から引き出したジュリーニの「新世界」の響きは、一点の曇りもなく、明晰でありながら、全体に荘重な建造物のごとくに立派なもの。
全曲に渡って指揮者の強い意志を感じさせ、聴きつくしたお馴染みの「新世界」がこんなに立派な音楽だったとは!と驚かせてくれる。
第2楽章ラルゴは、旋律線をじっくりと歌いむ一方、背景との溶け合いもが実に見事で、ほんとに美しいです。
終楽章も決してカッコいい描き方でなく、堅実にじっくりとまとめあげ、こうでなくてはならぬ的な決意に満ちた盛り上げやエンディングとなっている。

マルティノンの時代から、ジュリーニはシカゴへの客演が多く、EMIにも素敵な録音が60年代からなされていた。
ショルティがシカゴ響の音楽監督になるとき、ショルティが要望したことのひとつは、ジュリーニが主席客演指揮者となることだったらしい。
同時にアバドもシカゴとは相思相愛で、ショルティは後任にはアバドとの思いもあったくらい。

わたしはジュリーニは70年代が一番好きで、シカゴとロスフィル時代が併せて一番好きです。
へそまがりなので、CBSに移ってからの再録音の数々はほとんど聴いていない。

自身の指揮者としてのキャリアと歩みを確かめるようにして70年代に残した「第9シリーズ」。
シカゴという伴侶があってほんとうによかったと思うし、ジュリーニという指揮者の一番輝いていた時期を捉えてくれたことにも感謝したいです。

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季節外れの紅葉ですが、やはり日本の景色や風物には欠かせない美しさがあります。

2022年最後の記事となりますが、週1を目途としてきたblog更新。
blogはオワコンみたいに思われて久しいですが、一時休止はあったものの、こうして続けて、またあとで見返して、そのとき自分はどうだったか、どんな音楽を聴いていたのかなどという風に自分の記録を残すことが大切だから続けます。
オペラなどは念入りに調べてから文書を起こすので手間暇がかかりますが、自分の記事を読んで、またあとで聴くときの参考になったりもするし、よくこんなこと書けたな、と自分で驚いたりすることもあります(笑)。

来年もマイペースで、できれば更新頻度を上げたいな。

2023年もよろしくお願いいたします。

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2022年5月28日 (土)

シューベルト 「美しき水車小屋の娘」 シュライヤー

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春から初夏にかけての野辺は、少し荒れ気味だけれど、こうした野放図な自然さがあるから美しい。

グリーンでブルーな感じが好き。

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  シューベルト 歌曲集「美しき水車小屋の娘」

     テノール:ペーター・シュライヤー

     ハンマークラヴィア:シュテフェン・ツェール

         (1980.2 @ウィーン)

31歳で亡くなったシューベルト(1797~1828)、同様に詩人のヴィルヘルム・ミュラー(1794~1827)も33歳になる数日前に世を去っている。
活動時期もかぶるこの二人、実際に相まみえたことはないようだが、ほぼ一体化したミューラーの連作詩とシューベルトの歌曲集には、主人公の粉ひき職人を目指す「ぼく」と相棒の「小川」に「水車小屋」、そして愛する「娘」といった主人公たちに加え、「田園」「水」「花」「緑」といったモティーフたちが、極めて叙事的に描かれているように思う。

ベートーヴェンの田園は牧歌的であり、自然と語る風情があるが、シューベルトの水車小屋はドラマであり、自然と人間が一体化してしまい、死すらともにしてしまう。
ゲーテのヴェルテルが、当時の若者に与えた影響は大きかったと言われるが、水車小屋の詩と音楽に感じる「死の影」というものは、いまの現代人の感性からしたら、とても推し量ることのできないものでもある。

元気に意気揚々と旅に出た若者が、恋をして、嫉妬をして、自暴自棄になり、やがて絶望して静かに死を選ぶ。
こんなストーリーのなかで、わたくしが好きな7曲目「いらだち」と、悲しいけれど18曲目「しおれた花」。
恋をして舞い上がった心持ちで、何度も「Dein ist mein Herz」わが心はきみのものと歌うところが好き。
こんどは、辞世の句を訥々と歌うかのように、しおれ、色褪せた花たちを歌う、この寂しさも好き。
ともにこの歌曲の二面の心情であり、シューベルトの音楽の神髄を感じさせると思います。

ペーター・シュライヤーは、これら2篇を選んで聴いただけでも、そのお馴染みの声でもってわれわれを惹き付けてやみません。
2年半前に亡くなってしまったシュライヤーには、水車小屋の録音は4種あります。(たぶん)
最初がオルベルツ(71年)、ついでギターのラゴスニック(73年)、ついでハンマークラヴィアのツェール(80年)、最後はアンドラーシュ・シフ(89年)

シューベルト当時の市井の仲間内で、さりげなく手持ちの楽器を伴奏にして歌ったかのようなギター版。
NHKテレビで放送もされたのでよく覚えてますが、シュライヤーはギターの横で座って、語りかけるようにして歌ってました。
次は、シューベルト当時のピアノ、いまでいえば古楽器ともいえるハンマークラヴィアと録音したのが本日のCD。
ピアノのような多彩な音色でなく、朴訥かつ地味な色合いで響きも少なめで、滑らかさはなくギクシャクして聴こえる。
でもどこか懐かしいレトロな感じは、かつて日本のどこでもあったような田んぼやあぜ道、おたまじゃくしがいるような小川をどこか思い起こしてしまった。
実際に子供時代は、そんな田園や野辺で遊んだものだ。
想像の広がりも甚だしいが、水車小屋のピアノをハンマークラヴィアで聴くというのも、そんなオツな感じだったのです。

70年代までのシュライヤーは、清潔で端正な歌いまわしで、劇的な要素というのは過度ではなかったが、70年代後半からオペラでもミーメやローゲを歌うようになって表現の幅が大きくなりました。
でも、ここで聴くシュライヤーの声は70年代の録音で聴き親しんだ優しく、誠実な歌に変わりはない。
ドイツ語を聴くという語感を味わう美しさもここにはある。

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雨上がりの新緑と青空が窓の外に見えます。

こうして聴いた、この時期ならではの「美しさ水車小屋の娘」、目にも耳にも優しいものでした。

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2022年3月25日 (金)

シューベルト 交響曲第8番「未完成」 ミュンシュ指揮

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河津桜とライトアップされた東京タワー。

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3月の14日でしたので、もう葉桜になりかけてましたね。

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こちらは芝公園の銀世界の梅と呼ばれる梅園から。

この時期に、梅と桜、あとちょっとだけ菜の花も楽しめる都会の真ん中の公園です。

たぶん、もうしばらく来ないだろうな、と思いつつ東京タワーとともに眺めました。

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       シューベルト 交響曲第8番 ロ短調 「未完成」

   シャルル・ミュンシュ指揮 ボストン交響楽団

              (1955.5.2 ボストン)

懐かしの1枚。

コロナ共生社会のなかで、音楽界もプログラムに超大規模な作品を取り上げにくくなりました。
マーラーの千人や、グレの歌など、オケも合唱も大量の出演者を要するものはなかなか難しくなった。
オペラでは、演出においてスタンスを大きくとったり、マスクを効果として使ったりという工夫がほどこされたり。
オーケストラコンサートで増えたのは、古典からロマン派の音楽で、シューベルトの交響曲がとても演奏されるようになったと思う。
とくに、4番やザ・グレイトあたりがとても多い(と思う)。
心が優しさを求めている、そんなときに歌心あふれるシューベルト。

あと、いまのウ・ロの戦下にあって、ロシアの作品が敬遠されたりするのはまったくケシカランと思うが、苦悩から歓喜、平和の賛歌、そう、ベートーヴェンがずいぶんと演奏されている。
第5と第9がとても多くて、第9などは欧州では日本の年末状態になってる。

さて、ミュンシュの「未完成」はかなり以前にも取り上げてますが、仕事の拠点を実家に戻したことを経緯にして聴いてみて、自分の未完成のすりこみ演奏がこれだ、と確信を持ったからです。
むかしは、33回転の17センチレコードがあって、両面で30分ぐらいの曲がたくさん出てました。
ビクターレーベルのこのシリーズもそうで、豪華見開きジャケットで50年以上が経過したいまも、その装丁はかなりしっかりしたまま残ってます。
解説を読むと、ミュンシュがまだ存命のように書かれているので、1967年頃の発売かと思われます。

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両親に買ってもらったクリスマスプレゼントとしてのレコード第2段が、岩城&N響の第9と、このミュンシュの未完成だったかと記憶します。
2枚のフルサイズレコードだと両親の負担も大きいので、大と小、みたいな感じで2枚でした。
速いテンポを取ると思いがちなミュンシュの指揮は、ここではゆったりとしつつ、かつ優しい歌いまわしにあふれていて、この作品に必須の儚さも随所にあふれている。
重心は低めだけど、ボストン響のヨーロッパ系の音色が堪能できるのも嬉しく、自分には、ともかく郷愁誘う演奏なのです。
管楽器にやや鄙びた雰囲気を感じるのは、さすがに50年代の録音の影響だろうか、それすらが懐かしい。

このレコードのジャケット解説には、77歳の高齢、という表現があるが、いまでは77歳にそんなイメージはないのも、時代の経過を感じます。
1968年、その77歳でミュンシュは亡くなってしまうのですが、もう少し存命であればパリ管と多くの録音を残せたし、ボストンへの客演の新しい録音も実現していたかもしれない。
ストラスブールという、フランスでもドイツでもある街を体現した偉大な指揮者だと思います。

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これまでは、散歩して同期生の東京タワーを眺めることができたけれど、もう遠くなるので、お別れをしてきました。

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2021年5月30日 (日)

ケルテス指揮 ウィーンフィル

Shinagawa 

とてもすがすがしい1枚が撮れました。

休日の公園のひとこま、奥に東京タワー、品川です。

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この公園の奥には、すてきなバラ園がありました。

黄色いバラ、好きです。

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  モーツァルト 交響曲第40番 ト短調 K550

 イシュトヴァン・ケルテス指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

      (1972.11 @ウィーン)

イシュトヴァン・ケルテスとウィーンフィルの懐かしき名演を取り上げます。

ケルテスのモーツァルトは定評あり、オペラやアリア集の録音もありますが、交響曲は6曲で、そのいずれもが爽やかで柔軟かつ、ゆったりとした気分にさせてくれる佳演であります。
25番もともに、短調の厳しさや寂しさは少なめで、音楽的に純なところがいいのです。

ケルテスは、1929年生まれで、1973年に43歳で亡くなってます。
よくよくご存じのとおり、イスラエルフィルに客演中、テルアヴィブの海岸で遊泳中に溺死してしまった。
いまもし、もしも存命だったら91歳。

ケルテスと同年生まれの現存の指揮者を調べてみますと。
ドホナーニと引退したハイティンクがいます。
そして1927生まれのブロムシュテットの元気な姿には、ほんとに感謝したいです。

亡くなってしまった、同年もしくは同世代指揮者は、プレヴィン、レーグナー、アーノンクール、スヴェトラーノフ、コシュラー、マゼール、クライバー、マズア、デイヴィス、ロジェストヴェンスキーと枚挙にいとまがありません。
アバドは1933年、小澤は1935年、メータは1936年。
こんな風に見てみてみると、ケルテスの世代の指揮者たちが、いかに充実していたかよくわかりますし、もしも、あの死がなければ、とほんとうに惜しい気持ちになります。

ベーム、カラヤン、バーンスタイン、ショルティなどの大巨匠世代の次の世代の指揮者たち。
当然のことに、70年代が始まる直前からクラシック音楽に目覚めて聴いてきた自分のような世代にとって、彼らの世代は、当時は次世代を担う若者指揮者とされ、自分が歳を経るとともに活躍の度合いを増して、世界の重要ポストにその名を占めるようになっていった様子をつぶさに見てました。
つくづく、自分も歳をとったものだと感慨深く思いますが・・・

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  シューベルト 交響曲第5番 変ロ長調

 イシュトヴァン・ケルテス指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

      (1970.4 @ウィーン)

これぞ、理想的なシューベルトのひとつ、とも思われる歌心とやさしさにあふれた演奏。
CD初期のデッカから出た変なジャケットだけど、よく見ると悪くないww
 ウィーンフィルと交響曲全集を録音してますが、なんとまだ未入手。
これを機会に揃えましょう。
やや劇的に傾いた7年前の録音の未完成と、愉悦感のある5番の対比が面白いが、モーツァルトの40番を愛したとされるシューベルト。
ト短調の3楽章がウィーンフィルの魅力的な音色もあいまって、軽やかかつ透明感も感じるのが素敵なところ。
60年代初めの、やや力こぶの入った指揮から、70年代、40歳になったケルテスが長足の進歩をしているのを感じた次第。

ハンガリーのブタペストに生まれ、まずはヴァイオリンから。
24歳で指揮者のキャリアをスタートさせ、ハンガリー国内で活躍、オペラも多く手掛けるが、国民が政府に立ち上がったことを契機に起きたソ連軍の侵攻~ハンガリー動乱で、西側に亡命。
 アウグスブルク歌劇場の指揮者となり、すぐさま総監督に指名され、徐々に脚光を浴びるケルテス。
現代の指揮者たちと違い、劇場からたたき上げていくスタイルでした。
そして生まれるウィーンフィルとの出会いは、かの「新世界」の録音で、1960年。

ここから怒涛のキャリアアップが開始です。
ザルツブルク音楽祭、イッセルシュテットのいたハンブルク、アンセルメの健在だったスイス・ロマンド、カルベルトのバンベルクなどでも絶賛。
さらに、ロンドン響への客演も好評でドヴォルザークの録音が開始され、65年には首席指揮者に就任。
そのまえ、64年には、ケルン歌劇場の総監督にもなってます。
さらにバンベルク響の首席に。

活躍の場は、ケルンとバンベルクを中心にウィーンとロンドン。
そして、68年にロンドンを辞すると、アメリカでも活動開始し、シカゴではラヴィニア音楽祭を任されます。
こうしてみると、ハンガリーを出て、40歳まで怒涛の活躍と、ポスト就任の嵐、それからデッカがいかに推していたかがわかります。

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  ブラームス 交響曲第3番 ヘ長調

 イシュトヴァン・ケルテス指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

      (1973.2 @ウィーン)

1972年から、モーツァルトとともに、ブラームスの交響曲の録音が始まりました。
ケルテスのみずみずしい音楽作りが一番味わえるのが3番の演奏ではないかと思います。
2楽章なんて、ずっと聴いていたい爽やかでありつつ、ロマンあふれる演奏で、ジャケットの背景にあるような新緑のなかで聴くようなすてきなブラームスに思いますね。
2番はこのときは録音されず、64年の演奏を再発するかたちで全集が完成しました。
73年3月の録音の直後、ケルテスの死が待っていたからです・・・・・
ハイドンの主題による変奏曲は、指揮者なしでウィーンフィルの団員のみで録音されたのも有名なおはなしです。

ケルテスの死の顛末は、今年1月に亡くなった岡村喬夫さんの著作「ヒゲのおたまじゃくし世界を泳ぐ」に詳細が書かれてますが未読です。
イスラエルフィルに客演中のケルテス、その演目のメインはハイドンの「ネルソンミサ」で、都合12回の演奏会が予定された。(CD化あり)
4回が終了したある日、泳ぐことが大好きだったケルテスは、歌手たちを誘って、ホテル前の海岸に海水浴に出ます。
歌手たちは、岡村さん、ルチア・ポップ、イルゼ・グラマツキの3人。
階段を降りて砂浜に、しかし、あとで気が付いた看板には、この海岸はホテルの責任範囲外と書かれていて、とても見つかりにくいところにあったと。
女性陣は、浜辺で帽子をかぶって見学、いきなり飛びこんだケルテスは、岡村さんに早く来いよと誘い、岡村さんは躊躇しながらも海に入りますが、ケルテスの姿はどんどん遠くに。
波は高く荒れていて、岡村さんは必死の思いでたどり着いて助けを求め、レスキューたちが瀕死のケルテスを救いだしましたが・・・・

演奏会は指揮者を変えて継続したそうですが、ポップは泣き崩れて歌えそうにない状態。
しかし、演奏会が始まるとシャキッとして見事に歌い終えた、さすがはプロと岡村さんの本にはあるそうです。
涙ながらにケルテス婦人のもとに報告に行った話とか、ケルテスの最後を知ることができる貴重な著作のようです。

  ドヴォルザーク 交響曲第9番 ホ短調「新世界より」

    イシュトヴァン・ケルテス指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

       (1961 @ウィーン)

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言わずと知れた「新世界」の名盤のひとつ。
32歳の若きケルテスの力みなぎる指揮に、名門ウィーンフィルが全力で応えた気合の入った演奏。
5年後のロンドン響との再録は、繰り返しも行い、ちょっと落ち着いた雰囲気を感じますが、ここに聴かれる演奏は、いい意味で若くてきりっとした潔さがあります。
思い切り演奏してるウィーンフィルもこの時代のウィーンフィルの音色満載で、デッカの生々しい録音も手伝って、あのショルティのリングにも通じるウィーンフィルを楽しめます。

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わたしが小学生だったとき、クリスマスプレゼントで初めて買ってもらったレコードが、この1枚です。
あと同時に、カラヤンの田園。
この2枚が、わたくしの初レコードで、記念すべき1枚でもありました。
平塚のレコード屋さんで、クラシックはそんなに多くはなかったのに、よくぞこのケルテス盤がそこにあって、よくぞ自分は選んだものです。
こちらは初出のオリジナルジャケットでなく、68年あたりにシリーズ化された、ウィーンフィルハーモニー・フェスティバルというシリーズの再発ものです。
半世紀以上も前の新世界体験、いまでも自分の耳のすりこみ演奏ですし、何度聴いても、爽快な思いにさせてくれる1枚であります。

歴史のタラればですが、もしもケルテスが存命だったら。
・セルのあとのクリーヴランド管弦楽団を託された~ハンガリー系だから相性抜群で、さらなるドヴォルザークの名演を残したかも。
・ウィーンとの蜜月は継続し、ウィーン国立歌劇場の音楽監督になり、モーツァルトやドイツオペラ、ベルカント系までも極めたかも。
 
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 あとウィーンフィルとはベートーヴェン全集も録音されたかも。
 1972年秋のウィーンフィルの定期オープニングは、ケルテス指揮で、ブレンデルを迎えて、ベートーヴェンの4番の交響曲と「皇帝」が演奏された。ブレンデルとの全集なんかもほんと聴いてみたかった。

・カラヤンの跡目として、ベルリンの候補者のひとりになっていたかも。
・西側の一員として、自由国家となったハンガリーにも復帰して、自国の作曲家の名演をたくさんのこしたかも
・ワーグナーを果たして指揮したかどうか、バイロイトに登場したかどうか
・ブルックナーは4番を残したが、マーラーの交響曲は指揮しただろうか

こんな風に妄想し、想像することも音楽を聴く楽しみのひとつではあります。

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品川の公園には、こんなイングリッシュな光景も展開してました。

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2021年4月 8日 (木)

アンサンブル ラディアント 第21回定期演奏会

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地元での演奏会、神奈川県二宮町を拠点とする弦楽アンサンブル、ラディアントの演奏会に行ってきました。

家から徒歩数分で味わえる、素晴らしい音楽、何もないけど、そこが魅力の郷里で、それを噛みしめるように楽しめた2時間でした。

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吾妻山の中腹から見た町の様子。

左端にあるのが、町の生涯学習センター「ラディアン」です。

隣接して「花の丘公園」や、ちょっとした小山もあって、家族でも楽しめるエリアです。

法務局もできましたが、ここ一帯は、かつて、神奈川県の園芸試験場でして、広大な農園と2階建てぐらいの試験場建物がありました。

家がこの試験場に、それこそ隣接していて、そもそも出入りはフリーだったので、小・中学校時代の自分にとって、恰好の遊び場でした。
真っ直ぐの舗装された通路は、自転車の練習にもうってつけで、補助輪を外したのもここだし、猛スピードで友達とレースをしたのもここ。
さらに、建物の横には、当時、町内では珍しかった、コカ・コーラの自販機があって、瓶のコカ・コーラを毎日夢中になって飲んだもんです。
あとね、果実の研究もメインでもあったようで、眼前に広がる桃の畑は見事で、春先には、ピンク色の花が鮮やかに咲き乱れるのでした。

こうして昔のことなら、いくらでもすらすら思い出せます(笑)

若い方が、たくさん移住してきて町も新しい風が吹いてますが、こんな昔のことも知って欲しいな、と思う自分です。

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  第21回 アンサンブル ラディアント定期演奏会

       ~弦楽アンサンブルの極み~

  ラター    弦楽のための組曲

  ポッパー   3台のチェロと弦楽のためのレクイエム op.66

      チェロ:安田 謙一郎、藤村 俊介、白井 彩

  シューベルト 弦楽五重奏曲 ハ長調 D956 ~弦楽合奏版~

      アンサンブル ラディアント

      ゲストコンサートマスター:白井 篤
      賛助出演:松本 裕香  百武 由紀
           藤村 俊介  安田 謙一郎

      (2021.4.3 @ラディアンホール 二宮町)

1)英国音楽好きの自分にとって、その美しいレクイエムしか聴いたことのなかったジョン・ラターの弦楽作品を、ここ二宮で聴けるとは思わなかった。
英国民謡をベースに、①「流浪」②「私の青い縁どりのボンネット」③「オー・ウェリー・ウェリー」④「アイロンをかけまくる」。
4曲に、おしゃれなタイトル。アイロンかけまくる、って(笑)
そして、いずれも可愛くって、親しみやすくって、愛らしい曲でした。
現代の作曲家でありながら、保守的な作風で、英国の抒情派の流れをしっかり汲んだラターの音楽でした。
活きのいい1曲目で、ラディアントのアンサンブルもすぐに乗りを得て、聴き手もみんな音楽に入りこむことができた感じです。
ステキだったのが白井さんのソロも含む2曲目で、英国音楽ならではの背景描写も心和むものでした。
同じくメロディアスなソロに始まる3曲目も郷愁さそうもので、涙が出そうになりましたね、いつまでも浸っていたい音楽です。
オスティナート風のくり返しのパターンが楽しいアイロンかけるぞ、の4曲目は、みなさん楽しそうに演奏してました。

今回の3演目のなかで、このラターの作品、いちばん二宮町に相応しい音楽に思います。
慎ましい英国音楽がちょうどいい町。

2)ポッパーのレクイエムも初めて聴く曲。
チェロ3挺がソリストとして、前面に並ぶと壮観ですが、奏でられた音楽は荘重かつ悲しみにあふれた音楽でした。
でもメロディが豊かで、嘆き節というよりは、亡き人を優しく包み込むような、そんな癒しの音楽にもとれました。
いい曲ですね、ご紹介ありがとうございます。
重鎮、安田さんの味わい深い音色、藤村さんのチームを締めるような安定感、白井さんの艶のある音、それぞれに聴きものでした。

MCもつとめられたゲストコンマスの白井さんが、コロナ対策で通気をよくするために、舞台左右の反射板を外して、かわりに幕を設置した。
しかし、これでは音がデッドになりすぎるので、ステージマネージャーの松島さんが7キロもある鉄板を何枚も用意して奏者の足元に敷いたとご案内されました。
これによりかなりの音質改善がなされたはずだとのことです。
確かに、ステージ自体、そのものが弦楽器の胴みたいに響いて鳴ったのかな、とか思いました。

3)「次は長いです」白井さんが(この日、ステージには白井さんが5人)、これだけは言っておいて欲しいと言われたので、ということでお話しされ、場内は笑いに包まれました。
確かに、シューベルト、ことに晩年の様式による作品は長いです。
でも、われわれ聴き手は頑張って聴きました、名作を堪能しました。
 ビオラでなくて、チェロを2挺としたシューベルトの五重奏曲は、重厚さがそれだけでもあるが、ここではオリジナルの5人の奏者をソロのように仕立て、弦楽合奏をそこに配し、さらに低弦にコントラバスも追加したもので、白井さんが言われてましたが、コンチェルト・グロッソのような構えの作品となりました。
これが実に面白かった。
ときおり、通常の5人によるオリジナル演奏が入り、また、それを伴奏するかのように弦楽合奏が入り、さらには5つの楽器と合奏がユニゾンで、という感じで飽きることなく目も耳も楽しめました。
シューベルトの音楽には歌があふれていると同時に、死というイメージが影のようにつきまとっていることをいつも聴きながら思うのですが、ここでもそれは感じました。
大きな編成である意味シンフォニックに演奏されたので、よけいにドラマテックになりました。
そしてあのどこまでも美しい第2楽章は、まさに天国的ともいえるうつくしさと儚さを感じた。
こんな素晴らしいシューベルトを、実家の近くで聴けるなんて、アンサンブル・ラディアンとソリストの皆さまたちに感謝、感謝です。

アンコールは、楚々たるシューベルトのセレナーデが演奏されました。

来年も楽しみにしております🎵

ラディアン花の写真館

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満開の桜、逆光ですが奥がラディアン。

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かぐわしい香りがしてたライラック。

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もう咲き終えてしまったけど桃の花。

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初秋の収穫が楽しみな梨の花。

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翌朝は、ラディアン朝市にも行ってきましたよ。

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2021年1月20日 (水)

シューベルト ミサ曲第6番 アバド指揮

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真冬の水仙は、鮮やかな花がないこの時期にあって、その甘い香りとともに癒しです。

そして、今年もめぐってきました、クラウディオ・アバドの旅立ちの日。

2014年1月20日から、もう7年が経ちました。

あの日の衝撃と悲しみ、自分のブログをよく読み返して思いでをなぞることがよくありますが、そのときの記事ほど、悲しいものはありません。

「さよなら、アバド」

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 シューベルト ミサ曲第6番 変ホ長調 D.950

  S:カリタ・マッティラ Ms:マリアナ・リポヴシェク
  T:ジェリー・ハドレー T:ヨルゲ・ピタ
  Bs:ローベルト・ホル

 クラウディオ・アバド指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
              ウィーン国立歌劇場合唱団
        合唱指揮:ワルター・ハーゲン-グロル

         (1986.11.1 @ムジークフェライン)  

アバドはシューベルトが大好きでした。
ご存じのとおり、交響曲全集、いくつかの交響曲録音、ロザムンデ、ミサ曲を数度、オペラにオーケストラ伴奏付き歌曲まで、多くの録音があります。
そんななかから、これまでブログで取り上げてなかったミサ曲第6番を。

ウィーンとの蜜月時代、86年に「万霊節(オールセインツ・諸聖人)」コンサートで取り上げた演目のライブで、このときは、モーツァルトの宗教作品も演奏してます。
同じ演奏が映像化されていて、さらに2012年のザルツブルク音楽祭でも演奏していて、こちらも映像化されてます。
こちらもモーツァルト作品と組み合わせていて「孤児院ミサ」です。
 1986年の頃は、アバドとウィーンフィルはベートーヴェンチクルスに取り組んでいた、まさにその年です。

6曲あるシューベルトのミサ曲。
なかでも、5番と6番は後期ミサ曲として規模も大きく、内容も深いため、昨今人気のある作品。
早逝のシューベルト、最後の年1828年の作で、生前は演奏されず、翌年に初演されたとのこと。
歌曲の人、シューベルトにとって典礼文のあるミサ曲・宗教曲は、きっと手ごわいカテゴリーだったと思いますが、そのためにも、対位法をしっかり身につけようと、この時期のシューベルトは懸命に勉強していたとのこと。
グロリアの最後におかれたフーガ形式の部分など、壮大な伽藍をのようで感銘を受けます。
そんな真摯なシューベルトの孤高の作品として、最後の3つのピアノソナタに通じるものもありまして、時間が許せばその3作を後で聴いてみたいと思ってます。
シューベルトが、もっと生きていたら、そのあとどんな作品を生んでくれたでしょうか?音楽史はまったく変わっていたかもしれません。

ベートーヴェンに取り組んでいたこの時期のアバドとウィーンフィルの演奏。
やはりベートーヴェンに近づいたシューベルトになっていると思います。
アバドらしく、流麗で歌にあふれた音楽ですが、フーガの部分など、かなり克明に描いていてスケールの大きさも感じさせるのがそうしたところです。
そう、シューベルトの晩年のスタイルに沿うような演奏がアバドの指揮なのです。
ほかの演奏を多くは聴いてませんが、もっとシューベルトらしい緩やかさや素朴さを感じさせるものはあるかもしれませんが、アバドのシューベルトのミサ曲は、シューベルトが次に向かおうとしていた世界を感じさせるような、そんな演奏でした。
オペラ歌手でそろえた独唱者もそんな意向がうかがえますが、ちょっと立派すぎたかも・・・。
同じことは、重厚な国立歌劇場の合唱団にもいえます。
 しかし、こともあろうに、2012年のザルツブルクライブはまだ未視聴であることは痛恨です。(買わねば!)
若いモーツァルト・オーケストラに、俊敏なシェーンベルク合唱団、大物のいないソロとのシューベルトは、きっとアバドがやりたかった、また別のシューベルト像の演奏かもしれません。
そちらはいずれ視聴して記事に残したいと思います。

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このCDと同じ演奏がDVDになってまして、そちらも併せて聴いております。
若々しいアバドの指揮姿は、颯爽としていて気持ちがいいものです。
前半のモーツァルトの宗教作品も含めて、アバドは全部、暗譜。
譜面を置いて、見ながらの指揮よりも、演奏者側は常に指揮者に見られてるいるという意識もあるので、逆に集中力も上がるし、緊張感も増すとは思いますが、でもアバドの柔らかな流れるような指揮にはなんらの威圧感もなく、出てくる音楽はいつもしなやかです。
もちろん、譜面に顔を突っ込んでいたと思うと、時にギロっと睨まれると、それに備えて奏者たちも常に緊張しますから、おっかない指揮者の場合は効果抜群です(笑)

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 あとは懐かしいウィーンフィルの面々。
そして、年齢層高めな国立歌劇場の合唱団の皆様(笑)。
女性陣の髪型は、この時代ならではで、カーリーヘアとかソバージュみたいなヘアスタイルがみられて、なんだか懐かしくもあり。
そして、日本はこの頃はバブルの真っただ中でございました。

いまでは、いろんな指揮者が取り上げるミサ曲6番ですが、アバドが録音した頃は、まだそんなにメジャー作品ではなかったです。
確か、記憶では、ジョルダン&スイス・ロマンドも同時期に発売され、珍しい曲が同時に、なんて話題になった記憶があります。

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アバドの旅立ちの日に、すてきなシューベルトをじっくりと聴きました。
あらためて、クラウディオ・アバドは素晴らしい指揮者です♬

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2020年10月16日 (金)

シューベルト 交響曲第9番「ザ・グレート」 ベーム指揮

Yellow

黄色い彼岸花。

White

白い彼岸花。

今年の彼岸花は、赤ばかりでなく、白と黄色も各所で見ることができました。
1週間ぐらいで枯れちゃう、儚い花でもあります。
秋は短し。

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  シューベルト 交響曲第9番 ハ長調 「ザ・グレート」

 カール・ベーム指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

            (1975.3.19 @NHKホール)

伝説のベーム&ウィーンフィルのNHKホールでの名演を、もしかしたら40年ぶりくらいに聴く。
少しまえに入手したCD。
高校生だったあの頃、NHKが生放送でFM中継をしてくれたので、そのずべてを必死にカセットテープに収めました。
驚くほどの生々しい高音質で、エアチェックの喜悦に浸る日々でした。
プログラムは4つ。

①ベートーヴェン 4番・7番 (両国国歌演奏あり)
②ベートーヴェン レオノーレ3番 火の鳥 ブラームス1番
③シューベルト 未完成・グレート
④モーツァルト ジュピター / ウィンナワルツ

大切にしてきたカセットを、自家用CD化にしようとしたが、驚くべきことに②と④が紛失。
でもどこかにあるはずなんだけど・・・・

この公演は、NHK招聘ということもあり、大人気で、チケットは往復はがきで申し込む抽選スタイル。
ワタクシは、全部はずれ、でも当然に(?)ムーテイ様だけ当選。
若獅子ムーティの新世界を聴くことができました(アンコールの運命の力が絶品だった)。

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ライブで燃えるベームは、バイロイトの録音で多くのファンが知っていたけど、このときの来日ほど、聴衆を熱狂させた公演は日本でもあまりないのでは。
体をちょっと上下して、ぴょんぴょんしつつ、目を引んむくようにしてオーケストラに迫るベーム。
お馴染みのベテランも、若い奏者も、みんな必死に指揮にくらいつくウィーンフィル。
ともに、手抜きなしの、火花散る真剣勝負。
テレビに大写しにされたベームの形相を今でも忘れられない。

ベームとウィーンフィルは、このあと77年と80年にも来日しているが、身体・気力ともに充実していたのは、やはり75年の来日公演。
ベームは、63年のベルリン・ドイツ・オペラとの来日以来。
そして、ウィーンフィルは、いまなら毎年来てて、当たり前になったけど、この75年の日本への来日はまだ5度目。
そんなことで、大人気を呼び、先に書いた通り抽選に当たるなんて、とんでもなくラッキーなことだった。
いまでも、悔しい!!(笑)

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ほんと久しぶりに聴いたNHKホールでの演奏。
さすがに手持ちのカセット音源とは大違いで、あの時の実況放送に近いし、もう少し柔らかくなっている気がするし、とうてい45年前の録音とは思えない生々しさもあのときのまま。

演奏はもちろん素晴らしい。
巨大な歩みの第1楽章。
以外にテンポよく、歌にのめりこむことなく進む第2楽章は、いかにもべーム博士だ。
推進力豊かに、意外なほどにリズム感あふれる3楽章と終楽章。
特にジワジワと高まる終楽章の流れは、やはり興奮誘うもの。

ウィーンフィルの柔らかな音色、木管やホルンの特徴豊かな響きもこの時代ならではで、いまでは少しばかり遠のいてしまったウィーンの音がここに聴かれるのも、あらためてうれしく感じます。

あのとき、自分も若かったなぁ・・・

少し前にオイルショックはあったけれど、レコード業界は大盛況で、歌手以外で俯瞰すると、DGからは、ベームとウィーンフィル、カラヤンとベルリンフィルがしのぎを削っていたし、小澤&ボストン、アバド、バレンボイム、クーベリック、ポリーニ、アルゲリッチ、リヒター、エッシェンバッハ、などなど。
そこに登場したクライバーがやたらと新鮮だった。
デッカはショルテイ&シカゴ、メータ&ロスフィル、マゼール&クリーヴランドア、シュケナージ。
EMIは、プレヴィン&LSOのフレッシュコンビに、ケンペ、ヨッフム、サヴァリッシュ、マルティノンのいぶし銀ラインナップ。
フィリップスでは、ハイティンク&コンセルトヘボウ、デイヴィス&ロンドンのオケ+ボストン、コンセルトヘボウ、マリナー&アカデミー、シェリング、アラウ、ブレンデル。
CBSは、バーンスタン、ブーレーズ、スターンで、ビクターは、旧メロディア系のソ連の演奏者に強かった。

 ともかくレーベルはたくさんあって、みんなそれぞれに、特徴があって、競争も激しかった。
繰り返しますが、なんていい時代だったんだろ。
毎月、こうしたアーティストたちの新譜が、続々と発売される
 こんな時代へのノスタルジーが、もしかしたら、自分の音楽ライフの根源の一部かと思ったりしてます。

その最たるモニュメントが、75年のウィーンフィルだったのかもしれません。
ベームをFMとテレビで視聴しつくし、俊敏な若きムーティの実演にも接した経験が、いまでも自分の音楽ライフに大きな影響を与えたものだと確信してます。

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いつ、ぽっくり逝ってもいいように、こうした音源や記録は、秩序だって整理しておこうと思います。
でも誰がそれを受け継ぐんだろ。
なんの得にもならないけれど、この先の短い人生、悩みは尽きないのであります。

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最後に、赤いの。

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2019年12月27日 (金)

ペーター・シュライアーを偲んで

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ペーター・シュライアーが亡くなりました。

ドレスデンにて、享年84歳。

こうしてまた、ずっと親しんできた歌手の一人が去ってしまいました。

親しみやすい、そして朗らかでそのリリックな声は、完全に自分の脳裏に刻まれております。
そんな思いを共にする聞き手も多いのではないでしょうか。

1935年、マイセンの生まれ。(2020.03.03訂正)
オペラ歌手、リート歌手、宗教音楽歌手、いずれにもシュライアーの功績は、舞台にステージに、そして数々の録音に深々と刻まれております

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バイエルン放送局の追悼ページには、「福音史家とワーグナー」とあります。
そう、ミュンヘンでは、リヒターやサヴァリッシュのバッハとワーグナーの演奏には、シュライアーはかかせませんでした。

ことしの1月には、テオ・アダムが亡くなってます。
シュライアーよりも年上のアダムでしたが、ふたりともドレスデン聖十字架協会の聖歌隊に所属。
ともにバッハの音楽で育ったところもあります。
そして、ふたりの共演も多かった。

福音史家としての録音はいくつかありますが、「マタイ」でいえば、リヒターとの録音は未聴のまま。
歌いすぎなところの批評を読んでから手を出せずに今日に至る。
抑制の効いたシュライアーらしいマタイといえば、マウエスベルガー盤です。
あとは、リヒターとのカンタータの数々。

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わたしには、シュライアーは、「タミーノとダーヴィッド」です。
初めてのシュライアーのレコードは、「ベームのトリスタン」の若い水夫です。
これは正直、この役のすりこみです。
シュライアーの歌が終わると、切迫したオケがきて、ニルソンのイゾルデの一声、そしてルートヴィヒのブランゲーネがきます。
もう、完全に脳内再生できるくらいに聴きこんでる。

 そして、シュライアーは、「ザ・タミーノ」といっても過言ではなかった存在です。

Zauberflote

手持ちの「魔笛」でもスウィトナー、サヴァリッシュ、デイヴィスの3種のものがあります。
思えば、みんな亡くなってしまった指揮者たち。
指揮者の声は残らないけれど、演奏全体として残る。
でも歌手たちの声はずっと耳に、その人の声として残るので寂しさもひとしお。

 シュライアーのダーヴィットは2回聴くことができました。
ここでも、指揮はスウィトナーとサヴァリッシュ。
ベルリン国立歌劇場とバイエルン国立歌劇場の来演におけるものです。
舞台を飛び回る若々しいシュライアーのダーヴィッドは、その芸達者ぶりでもって、マイスタージンガーのステージを引き締めました。
ヴァルターにレクチャーする長丁場の歌、喧嘩に飛び込む無鉄砲ぶり、ザックスとの軽妙なやりとり、歌合戦での見事なダンス・・・
いまでも覚えてます。
そして、ワーグナーが書いたもっとも美しいシーンのひとつ、5重唱の場面。

Meistersinger
             (バイエルン国立歌劇場の来日公演)

日本には何度も訪問してましたが、リートでシュライアーの歌声を聴くことはできませんでした。

「美しき水車屋の娘」は、これもシュライアーの得意な歌曲集でした。
この作品も思えば、シュライアーの歌声が自分にはすりこみ。
レコード時代のオルベルツ盤で親しみましたがCDで探してみたいと思います。
ギター伴奏による水車屋も、シュライアーならではのものでした・・・

Schubert-schreier

歌がいっぱい詰まった、シュライアーのシューベルト、ゲーテ歌曲集を今夜は取り出して聴いてみることとしよう。

年末の朝。目覚めたら一番に接した訃報に、急ぎ思いを残しました。

悲しい逝去の報が続きます。

ペーター・シュライアーさんの魂が、安らかでありますこと、お祈りいたします。

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2019年10月24日 (木)

シューベルト 「楽興の時」 グルダ

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グスタフ・クリムトの作、「ピアノを弾くシューベルト」。

1899年の作品。

クリムトといえば、世紀末ウィーンにあって、マーラーと1歳違いだし、アルマとも関係があったし、ウィーン分離派を結成し、エゴン・シーレやココシュカなどとも関連した美術家であった。

マーラーや、シェーンベルク、ウェーベルン、ベルク、ツェムリンスキーなどのレコードジャケットには、クリムトたちの絵が使われることも多いのは、同時代を生き、同じウィーンの世紀末の空気を吸った音楽家たちだから。

この「シューベルト」の肖像を中心とする油絵は、多くの音楽ファンのCD棚のなかにある、「カルロス・クライバーの未完成」のジャケットであるということで、ご存じかもしれません。
私は、レコード時代に買って、スピーカーの上に飾ったりして、ナイーブなシューベルトの横顔を見ながらその音楽を楽しんだものです。

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ところが、この絵の原本は、作曲家たちに貼ったと同じような、退廃芸術家というレッテルをクリムトも浴びてしまったものだから、ナチスによって多くの作品が没収・収蔵されてしまい、終戦間際の連合軍の攻撃の際に、ナチス自らが放った火災によって消失してしまったとのことである。

 わたくしの、唯一のウィーン旅行は1989年、東側体制の崩壊間近の年でして、ともかくこの絵が欲しくて、市内の楽譜・音楽関連書籍の「ドブリンガー」に出向き、絵葉書でしたが入手しました。

さて、クリムトが描いたシューベルトは、なんの曲を弾いているんだろう

今日は、それをテーマに、シューベルトのピアノ作品を選んでみました。

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  シューベルト 「楽興の時」D780 op94

    フリードリヒ・グルダ

      (1963.09 @ジュネーヴ)

この絵を見ながら考えました。
ソナタだと重すぎるし、形式がしっかりしているので、シューベルトとはいえ、無理がある。
奥の難しそうなお顔の紳士だけなら、ソナタやさすらい人幻想曲でもいいけど、女性たちの三様の服装やお顔からすると、より多様性に富んだ曲の方がいい。
目を閉じて聴き入る方、楽譜かなにかに見入る方、そして、正面を向いて、シューベルトを見つめるというよりも、描き手のクリムトを見つめるかのような方。
即興曲だと、幻想味が強すぎるし、曲によっては深みが強すぎる、ということで、より自由で明るい「楽興の時」が一番のお似合いということで、この作品にしました。

正面を見据える女性は、実在のモデルがいて、クリムトの愛人だったそうな。
2006年作の映画「クリムト」を見たことがありますが、そこで描かれていたのは、奔放にすぎるクリムトの女性遍歴で、そこにはふんだんに、ヌードも現れて、ついつい目が奪われがち(笑)になったが、登場人物が女性も、ほかの同時代人もそっくりで、エゴン・シーレなんてうりふたつ。しかし、奔放さと発想の奇抜さばかりが目立つような映画の作り方で、クリムトの内面や、ウィーンの先鋭さなどはあまり感じさせてくれなかったように記憶してます。

いずれにせよ、女性を描くことでは天才的だったクリムトが、当時のモードを纏った、ここで登場させた3人を眺めながら聴く「楽興の時」。
それはとても楽しく、かつ、シューベルトなのに、ウィーンの世紀末に想いを馳せてしまう、そんな思いにさせてくれました。

市井の人々と音楽。
音楽は、権力者や金持ち・貴族たちのものばかりでない、という存在であることを示した存在がシューベルト以降の作曲家たち。
市民たちが築きあげた爛熟した文化・芸術のウィーン世紀末の、意外な結束点は、元をたどるとシューベルトにあったかもしれません。
 ちなみに、ジョナサン・ノットのシューベルトの交響曲のCDのジャケットは、このクリムト。
ノットのマーラーのジャケットは、ココシュカでありました。

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薄命のシューベルトの、比較的晩年の作品で、数年かけて作曲した6つの小品を「楽興の時」としてまとめたもの。
「Moments Musicaux」というフランス語タイトルになっていて、友人でもあった、出版商のライデスドルフの発案とも言われている。

6曲ともに、とてもさりげなく、構えることなく聴ける音楽だけど、いずれもが曲想がまったく異なり、詩的でありつつ、自由奔放な曲想にあふれていて、演奏の仕方によっては深淵なる世界を見せることもできるし、平易なメロディでもあることから、弾き方によっては、家庭的な日常の音楽とも聴いてとれる。
 NHKAMの「音楽の泉」のテーマ曲として、長年親しまれてきたのが、3曲目のアレグロ・モデラート。
6曲の中間に、こんな風にリズミカルで優しい音楽を置きつつ、ほかは、瞑想感すら与える、ただごとでない雰囲気も醸し出すことができる、そんなシューベルトの「死の淵」をもが、ここにはあるのではないかと思ってしまう。

でも、繰り返しますが、そんな想いが脳裏を過りつつも、シューベルティアーデで仲間と楽しむ作曲者の姿もここにはあり、クリムトが描いた幻影のようなシューベルトの姿も、ここにはあるのかもしれません。

そう、楽興のおもむくまま、聴くがいいのです。

コンサートホール・レコードの会員だったころの1枚。
CD化されたものには、即興曲が抜けていて残念ですが、響き少な目のリアルなピアノサウンズが、グルダの唸り声とともに、耳元で直接響きます。
そう、ウィーン生まれのグルダの、まろやかかつ、自由なシューベルト。
目の前で弾いているような感じの演奏であり、録音です。

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1989年のウィーン旅行のときに、ゼセッション=分離派会館に行きました。

ユーゲント・シュティール様式に満たされた建物。

クリムトの「ベートーヴェン・フリーズ」を見たことが忘れられません。

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2019年1月 1日 (火)

シューベルト 交響曲第5番・第8番「未完成」   アバド指揮

2019

2019年、平成31年の始まりに。

今年は、御代替わりの年で、自分とほぼ同世代の天皇陛下がご即位される。

自分にとっても、こうして年を重ねてきて、感慨深い1年となりそうです。

かつて停止したこともありました。

いまでは自分の音楽の体験録ともいえるようなこのブログですが、14年目となる今年も、ゆっくりとですが、稚拙ながらの言葉を連ねてまいりたいと思います。

今年の1枚目は、まさかの新譜登場、アバドの若き日のシューベルトです。

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   シューベルト 交響曲第8番「未完成」

            交響曲第5番


   クラウディオ・アバド指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

      (1971.5.31 @ムジークフェラインザール、ウィーン)


2018年に、突然登場したアバドの新譜ですが、実はこれ、わたくしはかつての昔に聴いていたのです。

音楽にひたすらのめり込んでいた高校時代。
FM放送の番組表をメインとするFMファンや、週刊FMを購読してましたが、NHKFMの番組表のなかに、アバドとウィーンフィルの「未完成」がプログラムのひとつにのってました。

「あれ? アバドとウィーンには、未完成のレコードはないはず?」
73年か74年だったかと思う。
完全なアバドファンだった自分は、アバドの録音のすべてを把握していたから、その当時、「アバドの未完成」の録音はない、というのが、当たり前の前提でした。

平日の昼時のレコードでのクラシック番組でしたが、運よく、テスト週間で早帰りで、疑心暗鬼で聴くことができました。
しっかり「アバドとウィーンフィルの演奏で」と放送されました。
 でも、当時より、アバドの全てを知っていたつもりのわたくしは、これは間違いだ、ベートーヴェンの8番とデータを取り違えているんだと思いつつ聴き、聴き終え、クリップスとウィーンフィルの演奏であろうということで、納得させた当時の自分でした。

でも、こうして、71年のオーストリア放送協会での録音の復刻を聴いてみると、時代的な裏付けもふまえても、きっとあのNHK放送は、この音源であったろうということを確信したのが、これを聴いた昨秋のことなどでありました。
   ----------

そう、ウィーン情緒を感じ取れる、まさにクリップス風の柔らかなシューベルト。

でも、ここにある歌心は、アバドの知的ななかにもあるイタリア心とも裏返しにあり、柔らかな中にも、劇的な局面も聴いてとれます。

「未完成」においては、遠い昔の自らの懐かしの記憶でありますミュンシュとクリップス、その間にあるような演奏だと、このアバド盤を聴いて思ったりもしました。

「第5」は、もう、ウィーンフィルのウィーンフィルである音色が満載。
CDのリブレットに、当時のオーケストラメンバーの一覧が掲載されてますが、をれを見ても懐かしいウィーンフィル。
いまや絶滅危惧種的と化した、オーケストラの個性的な味わいがここにあると聴いてとれました。
グローバル化したオーケストラの世界。
ウィーンフィルも例外でなく、70年代は、まだまだかつてのウィーンの音色を保ってました。
鄙びたオーボエ、柔和なフルート、甘味なクラリネット、もっこりしたファゴット。
ホルンも丸くて耳に美味。
そして琥珀の弦楽器は、ムジークフェラインの響きそのもの。
そして、歌、また歌のアバドの指揮。
あぁ、なんて美しいんだろう。

正月1日の朝から、耳のご馳走をたらふくいただきました。

もう帰ってこない組み合わせのシューベルトでした。
Ginza_01

本年もよろしくお願いいたします。

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