カテゴリー「尾高忠明」の記事

2014年6月14日 (土)

藝大フィルハーモニア定期演奏会 尾高忠明指揮

Oodori

眩しい青空と、濃い緑。

こちらは、本日(6月13日)の、横浜です。

午後から横浜、そのあと、上野にとって返し、こちらも緑豊かな公園と森を抜け、東京芸術大学奏楽堂へ。

局所的に、雷雨があった日中ですが、幸いにも、怪しい雲は確認しながらも、雨に会うことはありませんでした。

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  R・V・ウィリアムズ  タリスの主題による幻想曲

  ディーリアス     「村のロメオとジュリエット」~楽園への道

  ウォルトン       交響曲第1番 変ロ長調

      尾高 忠明 指揮 藝大フィルハーモニア

                     (2014.06.13@東京藝術大学奏楽堂)


こんなわたくしの大好きな英国プログラムに、飛び付かないはずがない。

初藝大フィル、初奏楽堂でした。

1100席のほどよい規模で、木質の肌触りのホールは、とても心地よい響きで、音の溶け合いも自然で、素晴らしいものでした。

そして、歴史ある藝大フィルも、とても上手くて、フレキシビリティの高い上質なオーケストラでした。

尾高さんが、演奏終了後、指揮棒をマイクに替えてお話されましたが、その中で、英国音楽の素晴らしさ、英国と日本のつながり、そして、3様の異なる性格を持つ今回のプログラムを完璧に演奏しきったオーケストラのことを誉めていらっしゃいました。

古雅な英国王朝時代に想いを馳せることのできるようなRVWの渋い響き、ディーリアスの中でも一番メロディアスでロマンティックなロメジュリ、不安と緊張のなかに、輝かしさも導きださなくてはならないウォルトン。

この3つの様相を持つ3曲でした。

尾高さんの、共感あふれる指揮あってこそ描き出されたものです。

前半の静、後半の動。

タリス幻想曲は、コンサートで聴くのは初めてで、弦楽の奥、フルオケの金管席に、9人の第2奏隊が陣取り、ふたつの弦楽との掛け合いが、教会礼拝の交唱のように溶け合い、その響きがCDで聴くより数倍も耳に美しく、優しく届いたのでした。
ヴィオラのソロも、弦楽の中で分割して奏される四重奏も、いずれも素晴らしかった。
いつもは漫然と聴いてしまうこの曲ですが、こんなにいい曲だとは思わなかった。

そして、ディーリアンを自認するわたくしの、なかでも大好きな「村のロミ・ジュリ」。

寒村で、対立しあう家々の若い男女の愛が、破れ、ふたり、ゆるやかに流れる川に小舟を出し、船底の栓を抜き、やがてその舟は静かに沈んでゆく・・・・

(→「村のロミオとジュリエット」の過去記事)

こんな哀しい物語の後半に演奏される間奏曲は、そのドラマを集約したような、触れれば壊れてしまいそうな、儚くもデリケートな音楽。
そして、胸の熱くなるような盛り上がりも内包。

何度聴いても、美しい音楽で、思わず涙ぐんでしまうわたくしです。

尾高さんの指揮では、これが3度目、あとプロムスでのライブも録音してますが、今回が一番よかった。
この曲の精緻な魅力が、このホールと、オーケストラによっても活かされているように感じましたし。

うってかわって、ダイナミックなウォルトンの音楽へ。

フルオケで、金管・打楽器もばりばり。
ほぼセンターの席でしたが、こうした曲は、後方席の方がよかったかも。
前半では、最高の席でしたが。

しかし、ウォルトンの音楽、ことにこの交響曲は、リズムが全編にわたって、かっこいい。
映画音楽にも通じる活劇的な要素も感じとれる。
第二次大戦へとひた走る時代に作曲されたこの曲には、そうした不安や、割り切れないもどかしさ、憂愁が満載ですが、終楽章に至って、グローリアスな響きにようやく満たされるという、暗→明という、交響曲の常套ともいうべきあり方を備えてます。

1楽章では、音がやや混在して、耳に響いてこないように感じましたが、それは聴いた席かもしれませんし、このホールのシートの背当てにどうも馴染めず、落ち着かないせいもあったかもです。
 しばらくすると、このシリアスな音楽に、いつも通り、こちらの耳もついてゆくことができ、のめり込むようにして聴きました。
クセになるほどの刻みのリズムがずっと耳に残る1楽章。
やたらと難しそうな、ややこしいスケルツォ。
変拍子が、指揮者もオケも大変そうだけど、このコンビ完璧。
 いたたまれないほどの憂鬱さと、晦渋さを持つ3楽章は、これもまたライブで聴いてこそ、全容がわかるというもの。クライマックスでは痺れるほどの感銘を受けました。
 そして明るい終楽章。盛り上がるフーガ形式の重層感。
回想風のトランペットも完璧に決まる。
ラストは、ティンパニ2基、銅鑼、シンバルなど打楽器の乱れ打ちで、いやでも超盛り上がりに興奮のわたくし。
 思わずまた、カッチョエエ、と心のなかで快哉を叫ぶのでした。

いやはや、無理して行ってよかった、素晴らしいコンサート。

上野公園を横切り、時おり、雲の合間から顔をのぞかせる満月を見上げながら、帰宅の途につきました。

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2013年8月 2日 (金)

武満徹 「鳥は星形の庭に降りる」 尾高忠明指揮

Jyokenji

茅ヶ崎にある浄見寺というところの前庭。

波のように美しく手入れされた石庭でした。

以前の画像ですが、こちらは、大岡越前守忠相の菩提のあるところです。

春は桜がとても美しいです。

これが日本の庭と一概に呼ぶことはできませんが、京都の龍安寺の枯山水の石庭は、海外から見た、「日本の庭」というイメージのひとつの典型かもしれません。

われわれ日本人でも、老若男女、これに静謐で寡黙で禁欲的な禅的世界を感じ取ることができます。

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  武満 徹  「鳥は星形の庭に降りる」 (1977)

    尾高 忠明 指揮 BBCウェールズ交響楽団

                (1995.11 @スワンシー)


ねこを挟んで、何気に庭園シリーズをやっておりますこと、お気づきでしたか。

優しく抒情的で気品のある英国、原色の色彩感と色気とエキゾシズムのスペイン。
そして静的で多くを語らずモノクロームながら深みのある日本。

それぞれですが、それぞれに美しく、音楽が表現できることの素晴らしさをいまさらに感じます。

武満徹(1930~96)が亡くなって、もう17年が経ちます。

日本人の演奏家の手を離れて、海外演奏家によるタケミツもいまや全然普通になりました。
コンサート・レパートリーとしても、大変に重要な位置を占めるようにもなりました。

これまでに、コンサートで武満作品はいくつも聴き、普通にその初演作にも接し、ステージに上がる武満さんを、この目で見たりもしておりました。
無念なことに、どの曲の初演に立ち会ったか、いまはよく覚えてないところがまずいところですが、ただひとつ、P・ゼルキンを筆頭としたアンサンブル・タッシと小澤征爾による「カトレーン」はよく覚えてます。

今日の「鳥は星形の庭に降りる」は、サンフランシスコ初演なのですが、その日本初演を聴いたような気もするという、はなはだに失礼な記憶しかありません・・・・。

音源では、小澤さんと尾高さんのふたつを持ってます。

今日の尾高さんは、BBCのオーケストラの知的でフレキシブルな側面を感じさせる整然とした演奏です。

この曲はともかく美しい。
作曲者が見た夢を音楽にした。
それは、星の形をした庭に、鳥の群れが下降していき、そこに降り立つというもの。
星の形=5を音楽に例えれば、5つの黒鍵があり、その音列を逆に下降させるという手法でもって曲を作ったといいます。
素人にはよくわかりませんが、そうすることで、少しの不安定感とともに東洋的な神秘感、そしてなによりも、鳥たちを客観的に見つめる人間の孤独感と平安も感じさせる気がします。
オーボエが、鳥の舞のような動きを示し、活躍しますが、最後のひと鳴きは、ついに庭に舞い降りるときの終息感が全音階的な和音でもって語られるとき、日本ならではの結びの、帰結の美が強く感じられます。

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2012年8月 2日 (木)

プロムス2012 尾高忠明指揮

Tokyotower_20120802

今日の東京タワーのイルミネーションは、金メダル獲得の日なので、ダイアモンドヴェール。

オリンピック開催中は、平日でも、金メダル出ればこうなります。

すさまじい一日だった今日、夜には東京タワーの美しい姿を見てほっと一息入れてます。

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(メルボルン響のHPより)

ロンドンのプロムス2012真っ最中。

7月31日には。われらが、オダチューさんこと、尾高忠明が、古巣BBCウェールズ響を指揮して、オール・イギリスものを披露しました。

翌日の、内村選手の金メダルにも増して、うれしいことですよ、これは。

  ヴォーン・ウィリアムズ 「タリスの主題による変奏曲」

  アイアランド  「These Things Shall Be」

  ディーリアス  「村のロミオとジュリエット」〜「楽園への道」

  ウォルトン   「ペルシャザールの饗宴」

       Br:ジョナサン・レマル(アイアランド、ウォルトン)


     尾高 忠明 指揮 BBCウェールズ交響楽団
                ロンドン・ブラス
                BBC合唱団
                BBCウェールズ合唱団

               (2012.7.31 @ロイヤル・アルバート・ホール)


イェーーイ、とんでもなく、すんばらしい盛り上がりのエンディングに、ロンドンっ子たちは奇声を発し、興奮の坩堝ですよ

大合唱と独唱をともなったウォルトンの大歴史絵巻の、壮大で輝かしい幕切れでのこと。

バビロニアによるユダヤ民族捕囚の頃、ネブガドネザルの息子ペルシャザールは、ユダヤ国から奪ってきた財宝に囲まれ、その酒器でもって酒池肉林の大宴会。
ところが虚空に指があらわれ謎の文字が・・・・。
ダニエルというユダヤ人が、それを解読し、王の治世の終わりと国の分割と、読み説き、ペルシャザールは死んでしまう・・・・という、旧約の物語。

驕れるものは久しからず・・・・、旧約時代より伝わる提言でございます。

このあらましを、ウォルトンはダイナミックな音楽でもって劇的なカンタータ風にしたてました。
40分あまり、対訳があればなお楽しく聴けますが、最後の歓喜の爆発は、CDで聴いても大興奮だし、コンサートだったらむちゃくちゃ盛り上がります。

尾高さんの緻密な指揮による、着実な積み上げとその爆発は、RAHの聴衆を釘付けにしてしまったようです!
このところ、尾高さんは、この曲に集中していて、秋にも日本で指揮します。

あと、私が注目してたアイアランドの20分を超える独唱と合唱の作品。
この曲大好きなんです。
ヒコックスのCDで何度も聴いて、そのたびに深い感動を味わってました。
それを尾高さんが指揮してくれちゃうなんて。
おそらく初のレパートリーじゃないでしょうか。
第一次大戦もからんだ時期の祖国への愛も歌いこまれた高揚感と、抒情性にあふれた名品。かっこいい前半と、バリトンソロのヒロイックな歌、その後静かな部分を経て、合唱を加えて再び盛り上がる後半での大感動。
静かに消え入るような末尾も素敵なものです。
無二のヒコックス盤より、少しテンポを上げて淡々とすすめるこの尾高演奏、いいじゃないですか!
ただ、ニュージーランド出身のレマルの歌は、わたしには受け入れがたい声の揺れ方でありましたこと申し添えます。

RVWの静謐なタリスに、バルビローリ以上に、ゆっくりと情を込めて優しく進められたディーリアスの村のロミオとジュリエット。
尾高さんは、きっと、日本のことを思って、万感を込めて慈しむように指揮したのではないでしょうか。
あまりにもデリケートで美しいディーリアスです。

英国音楽の伝統を受け継ぐ指揮者がこんな近くにいたことを痛感し、感謝したくなるプロムスでした。
尾高さん、今回で1988年以来、30回目のプロムス登場でした。

Tokyotower_20120802_b

タワーを写し込んだ今宵の建物。

「アイアランド」 ヒコックス盤

「ウォルトン ペルシャザール」 プレヴィン盤
                

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2011年4月26日 (火)

武満 徹 「波の盆」 尾高忠明指揮

Matsubagiku

路傍の花。
松葉菊?でしょうか。
おわかりになる方は教えてください。
誰かが植えたのでしょうが、力強いものです。
そして、花の色の美しさにはかないません。

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季節はずれだけれど、あまりに美しい音楽なものだから。

武満徹(1930~1996)の「波の盆」。

83年の同名のテレビ映画のために書かれた武満徹の音楽で、その組曲。
その映画は、実相時昭雄が監督で、脚本が倉本聡。

いま「波」とかいうと、どうもあの思いがよぎってしまうのですが、ここでいう「波」は、この映画の舞台となったハワイの海。そして、そこから故国日本を思い、隔てる海のこと。
そして「盆」とは、8月のお盆。

開戦前、ハワイに移住して生活した日系1世。
しかし、2世である息子は、米軍に協力し、やがて実家のある広島に原爆が落下することとなる。日本や家族によかれと思った息子の行動が裏目に出ることとなったが、その息子を父は許すことができず、勘当したまま息子は死去。
時間は経過し、その息子の愛娘、すなわち孫が訪ねてくる。
嬉しいものの、わだかまりを捨てられない。
静かな海を見ながら、死んだ妻と語りあい、徐々にその心を開いてゆく。
ハワイ日系社会で、盆踊りが行われ、そこで息子と妻が踊る姿を見出す・・・・。
はじめて、息子の思いをわかったかのような思いの父・・・・。

どうも、このような内容なのです。
この映像は、いまやなかなか見ることができないが、ここにつけられた音楽を知ってしまった以上は、なんとしても観てみたいと思っている。

映画音楽の武満徹は、写実的で、旋律的。そしてとてもわかりやすい。
そしてその映画音楽の数は、あまりに多くて驚く。
亡き田中好子さんの、「黒い雨」もそうです。

本格クラシカルの分野でも、調性が戻り、静謐さはそのままに、明快で耳に馴染みやすい音楽となりつつあった。
 武満徹は、「水」を代表格に、自然をモティーフとした作品が多く、人間やその営みといったドロドロした世界とは一線を画していたように思います。
人間を語る場合でも、自然、ないしは人間を取り巻く何か(たとえば「無」)を通して。

こんなこと偉そうに書きつつも、わたくしは、武満作品を多くは聴いてないし、聴いても感覚的に流してしまう所作が多い。
これから歳を経たら、わかるようになるのかしら?

そんな思いはともかく、「波の盆」は調和のとれた美しい音楽の世界。
この作品をことのほか愛する、尾高さんのCDでは、6つの場面が組曲となっている。

 Ⅰ「波の盆」(Tray of waves)~ジャケットにはNami no Bonなのに
 Ⅱ「ミサのテーマ」 主人公の亡き妻
 Ⅲ「色あせた手紙」
 Ⅳ「夜の影」
 Ⅴ「ミサと公作」 妻ミサと主人公
 Ⅵ「終曲」


全編大半がアダージョないしは、アンダンテ。
癒しの音楽ともいわれるかもしれないが、この静けさをどう聴くか。
 映画を観てないから、あくまでイメージだけれど、大切なもの、親しいものを思い、辛いことや悔やまれることを、緩やかながら忘れてゆく、そんないじらしくも愛おしい気持ちを呼び覚ます音楽に聴こえます。
言葉にすることはできないくらいの美しさ。
でも、終始、のっぺりとしているわけでなく、「夜の影」では、まるでアイヴズのようにマーチングバンドが突如として乱入してくる。
その唐突さの対比が、また主人公の感情のわだかまりと移り変わりを思わせる。

シャンドスの海外盤ですが、尾高さん、自ら解説を書いておられる(英字)。
「なんと感情的な音楽なのでしょうか。指揮をしながら涙を隠すことができなかった。そして、ヴァイオリン奏者たちが、実際に涙を流しながらレコーディングをしたのです・・・・」

Ⅰであらわれる主要旋律が、ほぼ全編にわたって流れてます。

youtube等でも、聴けますので是非、この美しさを味わってみてください。

   尾高忠明 指揮 札幌交響楽団 (2000.5.8@札幌Kitara)

このCDには、ほかに同じ武満の「乱」、忠明さんの兄・惇忠の「オルガンと管弦楽のための幻想曲」、細川俊夫の「海の記憶(広島シンフォニー)」も収録されていて、それぞれにこれに素晴らしくも美しいのです。

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2010年1月22日 (金)

ラフマニノフ 交響曲第1番 尾高忠明指揮

Cake テレビを見ていたら、今日22日は、「ショートケーキ」の日だというそな。

カレンダーで、22日の真上は、15日。
そう、イチゴが乗っかってます、ということで、ショートケーキ。
毎月、22日はショートケーキじゃけんね

酒も甘いものも好きの両刀(両糖?)使いのワタクシですから、ケーキは大好きでありまして、さすがに日本酒やビールとは難しいけど、ウィスキーや焼酎を飲みながら食べれちゃう。
でもそれはかつてのお話。
いまは、大人しくイチゴをついばむのみ。
先日のクリスマス・ケーキも、そのほんの一口と、包丁に付いた生クリームをひと舐めで我慢。
翌日帰ったら、もう何も残っておりませなんだ。悲しいお父さん。。。。

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今日は、昨日までのベートーヴェンとうって変って、ラフマニノフであります。
そう、ベタベタなんです。
でも、ベートーヴェンを毎日集中して聴いて、とてもよかった。またミニ特集やりたいです。

ラフマニノフを得意にしている尾高忠明さん
いまや、もっとも多忙な指揮者のひとりとなっている。
先だっても、N響の正指揮者に就任したばかり。
若杉さんの逝去に伴って、というかいずれは、そのポストに着くものと思われたが、早まっただけ。
さらに、メルボルン響の首席客演就任のニュースもある。

札幌交響楽団の音楽監督はずっと維持してもらいたいし、日本の各オーケストラにも名誉ポストを数々持ち、来シーズンからは、いよいよ新国立劇場の芸術監督に正式就任される。
新国の来シーズン演目は、期待通りと予想通りで、喜びとがっかりが相半ば。
10演目中、新演出が3つ。他劇場からの借用が1つ。あと6つが再演。
年末年始をはさんだ鬼才マクヴィカーの「トリスタン」は、大野指揮にバイロイト級の歌手たちで、世界第一級の上演になることは必至。
アルロー演出の「アラベラ」に、若手歌手ばかりの「コシ」のそれぞれ新作も楽しみ。

 でもやはり、例の事業仕訳の魔の手による予算削減から、再演ものは、日を置かずに取り上げられるものや、有名定番、簡潔舞台作品などが名を連ねる結果となった。

 英国を中心に、世界楽壇にチャンネルを持つ尾高さんの経験値がどのように生かされてゆくか、むしろその次の年度が楽しみであり、予算削減の波の中でいかに手腕を発揮されるか注目であります。

尾高さんが、桂冠指揮者を務めるBBCウェールズ交響楽団(現BBCウェールズ・ナショナル管)とは、もう20年以上の付き合いで、もっとも得意とするエルガーやラフマニノフ、グラズノフなどの交響曲録音がなされたのは、日本人として誇るべきことに思う。
小澤さんや、若杉さんとは異なるユニークな活動であったから。
プロムスでBBC本体のオケを振ってエルガーを指揮した初の日本人なのであります。

尾高さんのラフマニノフは、第2番が完璧なまでに素晴らしく、エルガーの1番とともに、毎年各地で指揮をし続けていて、そのたびに圧倒的な名演をなしとげている。
2番は当然として、3番は実演で聴いたものの、交響曲第1番は尾高さんの指揮でまだ聴いたことがなくて悔しい。。

有名な2番に先立つこと10年前に書かれた1番は、ラフマニノフ22歳の意欲漲る作品だったが、グラズノフ指揮による初演が大失敗に終わり、自信消失。
以来顧みられることなく、スコアも消失してしまい、戦後まで復活することはなかった。
 そんな日陰者だけれども、この交響曲は、ラフマニノフらしさ、すなわち、甘味な旋律とほの暗いロマンティシズムとロシアの土臭さ・・・・、誰もがイメージするものが、しっかり満載で、もっと聴かれていい名作だと思う。

4つの楽章の特徴などは、こちらの以前の記事を参照。
ラフマニノフお得意の、ディエス・イレがここでも響いてます。

尾高さんとBBCウェールズの、すっきりと作為なく、でも共感に満ちた演奏は、曲に没頭しすぎてしまうロシア系の演奏に比べて、私にはずっと親しみが持てるし、聴き飽きない。
きっと英国の聴き手も、尾高さんのロシアものに、同様の思いを抱いたのであろう。
第3楽章の連綿たるメランコリーの表出は、透き通るように繊細で美しい演奏で映えております。もう堪りません。

2番の3楽章に惚れた方は、この1番の緩徐楽章にも泣いてみてくださることをお勧めします。
終楽章の、ジャン ジャンの、ラフマニノフ・エンディングも、わかっちゃいるけど、はまってしまうものがありますぞ。

ますます忙しい尾高さん、体に気をつけて、どんどんご自身の好きな分野を邁進していって欲しいと思います
来々シーズンは、新国で「ピーター・グライムズ」と「パルシファル」を取り上げて、指揮もして欲しいのであります。

 過去記事

「交響曲第2番 尾高忠明&BBCウェールズ CD」
「交響曲第2番 尾高忠明&東京フィル」
「交響曲第3番 尾高忠明&日本フィル」

「交響曲第1番 デュトワ&フィラデルフィア CD」

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2009年11月17日 (火)

札幌交響楽団 東京公演 尾高忠明指揮

Opera_city_1 毎年11月恒例の、札幌交響楽団の東京公演を聴く。この公演はホクレンの冠コンサートでもあり、今年で22回目。
毎回、てんさい糖を帰り際にいただけるのも恒例のお楽しみ!

Sapporo_so_2009 尾高&札響コンビならではのオール・エルガー・プログラムの今宵、絶品のエニグマが聴けて、寒さも雨の鬱陶しさも吹き飛んでしまった。

そして、オペラシティは、これも恒例のすんばらしいイルミネーションに彩どられております。

エルガー 序曲「フロワッサール」

       チェロ協奏曲
  
        チェロ:ガイ・ジョンストン

       エニグマ変奏曲

      組曲「子供の魔法の杖」
        ~ワイルド・ベア


  尾高忠明 指揮 札幌交響楽団
       (2009.11.17@オペラシティ)

エルガー初期の作品「フロワッサール」は、ブラームス的な響きと、明るく親しみ溢れるエルガーらしさのある快活な序曲。
コンサートの冒頭にまことに相応しいこの曲を鮮やかに演奏して、のっけからブラボーが飛んでいた!
これには、まぁまぁ、落ち着いていきましょうよ、という気分だったけど(笑)

次のチェロ協奏曲は、81年生まれの若い英国チェリスト、ガイ・ジョンストンがソリスト。
この人のチェロがまた驚くほどに繊細で、冒頭からその微細ともいえる表現に、耳をそばだて集中することとなった。
こんなにきれいに、細やかに演奏されるチェロ協奏曲は初めてだった。
尾高さんも、奏者を理解し巧みな付け方で、ガイ君もオーケストラに指揮者にと、なんども視線を送りつつよく聴きあっての協調ぶり。ソロとオケとの協奏というよりは、まさに協調。
ジョンストン氏の尾高さんへの尊敬の念あふれる、慎ましくもナイーブな演奏で、私にはとても好ましく感じられました。
少なくとも、浮ついたところのない、この渋~いチェロ協奏曲の一面をしっかり捉えていたのでは。
お聴きになった方はどうお感じになられたでしょうか?

20分の長めの休憩のあとは、30数分のエニグマ変奏曲。私の大好きな曲のひとつだ。
時間的には軽めだけど、どうしてどうして、冒頭に書いたとおり、ほんとに素晴らしい演奏だったから、アンコールを入れての40分間は、充実の極みであった。
出だしのアリスをあらわすテーマこそ、慎重な運びだったが、変奏が始まるとすぐにリズムの刻みが鮮やかでノリのよさが際立ちエンジン始動、そして全開という感じだ。
第4の地主さまのダイナミズムも見事で、札響の分厚いが威圧的でない低音群炸裂。
次ぐ気難しさと愛らしさの交錯する学者をあらわす変奏への切り替わりも鮮やか。
概して変奏と変奏のあいだの間が息もつかさず、かといって唐突にならず、呼吸が実によかったのもベテラン尾高さんならでは。
 ヴィオラを学ぶ友人の変奏の洒落た雰囲気と、次ぐ打楽器群・金管、エルガーらしく賑やかに上下する弦、それぞれ錯綜する7変奏の対比の妙。
そして、ニムロットであります
この日の白眉たる変奏曲は、この素敵なニムロットの曲だった。
じんわりと音楽が熱を帯びてゆくさま。
尾高さんの熱い指揮に、夢中になって演奏して応える札響の面々。
聴いていて胸と、そして目頭が熱くなってしまった。

 そのあとの愛らしいドラベラ。木管の刻みに、ピチカート、そしてチェロの優しい歌に陶然としてしまう。
このあとは、感動の最終フィナーレまで、急緩緩と素晴らしい音楽がつづくが、「なぞ」のロマンツァはそれこそ息を飲むほどに美しく、そして緊張を強いられた。
トリをつとめる、エルガー自身の音楽は、全体を俯瞰するかのような大きなムードに溢れているが、尾高さんはここで大爆発。
わずかにテンポを揺らし、そして速めながらオルガンも加わり、壮大極まりない感動のエンディングを築き上げた。
私は、もう感激しちゃって、ドキドキ・うるうる状態。
そして、ブラボーを軽く一声、今日も献上

この曲で、会場がこんなに沸いたのって初めて。
みんな札幌の街が好きだし憧れがあるから、札響のことも応援したくなる。
クールでブルー系の弦と木管、分厚い金管に低音。
しっかりと色をもったオーケストラではないかと思う。
尾高さんのしなやかで、上品な音楽造りと見事にマッチしているし、尾高さんのここ数年のコンサートでの熱血ぶりには、実は大いに注目していたところ。
私のフェイバリット指揮者に共通の、「物静かさと熱気の共存」という点で、大好きな尾高さん。今後オペラを振る機会も増えて、ますますスゴイ指揮者になっていくのではないかと思う。

アンコールの「子供の魔法の杖」組曲の最終曲「ワイルド・ベア」は、普段CDで聴くのとまったく違う、アンコールピースとして、オケの名人芸を引き立たせるような目にも耳にも驚きの演奏だった
やったぁ、という感じ。

来年はオール・シベリウスです。

Opera_city_2_2
そして、またまた恒例、来シーズンのラインナップが配られました。

4月 エリュシュカ
   シンフォニエッタ、
   ドヴォルザーク5番

5月 高関 &庄司紗矢香
   トルコ風
   ライン

6月 尾高 &イッサーリス
   サンサーンス2曲
   デュリュフレ レクイエム!

9月 尾高
    マーラー 3番

10月 D・イノウエ
    ラロ&フランク

11月 尾高 &竹澤

   シベリウス 4つの伝説曲

12月 ゲルゴフ
   チャイコフスキー4番

1月 E・リーパー&河村尚子
   ブラームス ピアノ1番
   プロコフィエフ 5番

2月 尾高 &ペレーニ
   ショスタコーヴィチ チェロ協、5番

3月 高関
   マーラー 7番

こんな感じです。
英国ものがまったくないのが、極めて残念。
しかし、尾高さんのマーラー3番と美しいデュリュフレは必聴。
神奈川フィルのように、金さんマーラーづくしになっていないところがいい。
その神奈フィルにも来る、若いゲルコフとはどんな指揮者なのだろ。
 今シーズンも、C・デイヴィスの息子のシベ2とか、尾高さんのラフ2、高関のショスタコ8など、魅力的なプログラムが残ってます。

でも、札幌は遠い



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2009年5月20日 (水)

NHK交響楽団定期演奏会 尾高忠明指揮

Nhkso5m 土曜日のすさまじいまでの神奈川フィルのコンサートを体験してしまった私は、以来音楽を聴かず、ふぬけて過ごしました(仕事はしてますよ)。

そして今夜、尾高さんのさわやかな初夏のブラームスを聴くことができて、「
ふぬけ」から脱却できた

N響サントリーホール定期は会員でないと聴くことができない。
今回、いつもお世話になってますpocknさんから、チケットをお譲りいただくという、幸運に恵まれ、しかも1階席の最高の席でごさいました。
テレビでおなじみのN響の皆さんをこんなに間近に見るのも初めて。
pocknさん、今頃ベルリンでしょうか、ウィーンでしょうか?コンサートレヴューも楽しみにしてますよ!

     ブラームス ピアノ協奏曲第2番
              pf:ネルソン・ゲルナー

             交響曲第2番

          尾高 忠明 指揮 NHK交響楽団
                 (5.20@サントリーホール)


ブラームスの長調の明るい2曲をプログラムのに据えた今宵。
N響はさすがにうまい。
ホルンのソロによる出だしも危なげなく、輝かしいし、随所に活躍する管楽器のソロも素晴らしい。
ことさら美しかったのが3楽章の藤森さんのチェロ
かつて、ルツェルンがやってきたとき、ポリーニがいまひとつ乗ってなくて、その「あれっ?」という雰囲気を救ったのが、ブルネロのため息の出るような美音によるチェロだった。
藤森さんのチェロ、最初のソロからきれいで耳がそばたったが、そのあと、ゲルナーのピアノが繊細このうえない音色で入ってくる。演奏によっては眠くなってしまうこの楽章、わたしはピアノとオーケストラが醸し出す親密でしずやかな雰囲気にウットリとしてしまった。
最後に再びチェロのソロにクラリネットが絡み合う場面はもう枯淡の境地にあった。
最初に初夏のブラームスと書いたけど、こちらは、晩秋に枯れ葉を踏んで歩むかの気分だった。
アタッカで入る終楽章も幸せに満ちた心躍る音楽であり演奏。
アルゼンチン生まれのゲルナー氏、以前ルイージ&N響と共演したラフマニノフの2番をCDR化して車を運転しながら度々聴いているが、とても流れがよく技巧のすござを感じさせない素直で美しいピアノだった。
今日のブラームスは、それに加えて沈着、かつ磨きあげられた感のある一音一音が、ブラームスの2番にとても相応しく感じられた。
尾高さんの指揮も、こうしたピアノと拮抗しつつ、明るく伸びやかなバックをしっかりつけていてお見事で、後半のふたつの楽章が前述のとおりの素晴らしさだった。

交響曲第2番は、久しぶりに聴く。
何故かって、2007年の5月に聴いた「シュナイト&神奈川フィル」の演奏があまりにも素晴らしかったものだから、それ以来封印してしまった曲だから。
あの時は、じっくりしたテンポの中でよく歌い、南ドイツ風の明るさが横溢し、最後は歓喜の爆発した超名演奏だったんだ。

 エルガーやラフマニノフを通じて、尾高さんをこのところずっと聴いている。
かつては安全運転的なイメージがあったが、気品と劇性がうまく調和して、ライブでとても燃える演奏を聴くようになってきた。
今宵は、最初からのびのびと、心から歌い、弾むように指揮をしていた。
後ろから見てると、尾高さんの動きは独特だけれど、その眼や顔は最初から最後まで柔和に微笑んで指揮をしていた。
N響も真剣にこれに応えていて、出てくる音楽は明るく、聴く私たちを幸せな気持ちにさせてくれるものだった。
ただ、ホルンがバランス的にやや突出していたように思われた。
低音の充実とヴァイオリンの輝きに、最後の熱狂はシュナイト&神奈川フィルの方が上だと思われたが、ヴィオラとチェロ、トロンボーンといったこの曲を下支えする中音域の充実と弾むリズムの良さは、尾高&N響がよかった。

演奏終了後、尾高さんとコンマスの堀さんが、楽しそうに笑顔を交わしていたのが、この演奏のすべてを物語っていたかもしれない。
ともかく、気持ちいい、爽やかな演奏会でありました。

そしてもうひとつ、ふぬけからの脱却。
大洋ベイスターズが、田代監督代行のもと、久々の勝利。
マリーンズは大洋の次に応援しているんだけれど、湾岸対決ゆえベイを当然に応援。
うれしいね、しかもおじさん「アラフィー工藤」が頑張ったもの。
同じアラフィーとして、頑張らなくっちゃね

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2008年11月19日 (水)

札幌交響楽団東京公演 尾高忠明指揮

Sso2008 11月恒例となったー尾高忠明指揮札幌交響楽団の東京公演を聴く。

2回ある札幌の定期演奏会で練り上げられた演目をもってやってくるし、今回はCD録音もした曲だから、手のうちにはいった充実した演奏が繰り広げられた。

前回、武満やドビュッシーを聴いて、はや1年、日の経つのはあっと言う間だ。何も変わらない自分がもどかしいけれど、今はそんな反省をしている場合じゃない。
 
 今回のプログラムは尾高さんならではの英国もので、ズバリ私の日頃のフェイバリット曲ばかり

というわけで、1年前から手ぐすねひきつつ本日を迎えた。

 ヴォーン・ウィリアムズ 「タリスの主題による変奏曲」

 ディーリアス       「村のロメオとジュリエット」~「楽園への道」

 エルガー(A・ペイン補完) 交響曲第3番

               「エニグマ変奏曲」~「ニムロッド」

         尾高忠明 指揮 札幌交響楽団 
                       (11.18@オペラシティ)

2部にわかれた弦楽によるRVWの奥ゆかしくも古雅な音楽は、札響のクリアーな弦楽セクションにぴったり。仕事でこのところいやなことばかりだけれど、この一曲目で一挙に茫洋とした英国風景にいざなわれ、そして心に染み入るような思いに癒された。
ヴァイオリンソロ→ヴィオラ→第2ヴァイオリン→チェロとそれぞれソロに受け継がれつつ弦楽四重奏のように、せつない主題が奏でられるとき、胸がジーンときてしまった。

2曲目のディーリアス。私のディーリアスの中でももっとも好きな曲のひとつ。
はかなくも、死の先を夢見るような彼岸の音楽。
デリケートでありながら、2度あるクライマックスは後期ロマン派的な陶酔ぶりを味わうのが私の楽しみ。
今日の尾高・札響の演奏は気持ちを充分込めた慈しむような演奏。
ホールの響きによるものか、ホルンと金管の音がやや強すぎるように感じた。
ちょっとメロディが違う風になっちゃったホルンソロも目立ってしまった。
以前、新日フィルで聴いたサントリーホールでの演奏の方がバランス的にはわずかによかったかもしれない。
それでも愛聴曲、最後の場面ではしっかりと涙をにじませていただきました
尾高さんが、新日の時に言っていた。「この曲を演奏するといつも涙がでちゃうんですよ」

休暇後は、エルガーの交響曲第3番。言うまでもなく、エルガーが残した決して多いとはいえないスケッチをもとにアンソニー・ペインが補筆完成させたもの。
 これをエルガーの意思の通った作品とみるか、まったくのエルガー風の創作とみるかで、評価もまちまちかもしれない。
私は、今や完全に前者の思いで、大好きなエルガーの交響曲がもうひとつ増えたという喜びが極めて大きい。
最初は敬遠していたけれど、ナクソスのポール・ダニエル盤をそれこそ朝に晩に何度も聴いて耳になじませ、これは、実にいい曲だし、よく書けていると思えるになった。
C・デイヴィスのCD、そして、尾高&札響のCDを購入し、ますますこの曲が好きになってゆき、そしてA・ペインがチョイスした部分やそのエピソードも知るにつけ、理解も高まってきた今年。
6月には、英国若手ワトキンスと都響での実演をP席で楽しみ、各楽器の活躍ぶりを把握。そして、いよいよ本日、世界でもっともこの曲を演奏し、理解していると思われる尾高さんと札響コンビのライブ。
 エルガーやラフマニノフを指揮するときのイキイキとした楽しそうな尾高さんの動き。
今日も健在で、終始細やかにかつ大らかに指揮をしていて、見ているこちらも指が体が動いてしまう。
豪快さとエルガーらしいノーブルな旋律が交錯する第1楽章。冒頭から、自分たちの音楽として心から共感して演奏しているのがわかる。エルガー独特の上昇音形も堂にいっていて、とてもかっこしい終結部であった。知らない故かもしれないが、思わず拍手が起きる。
 愛らしい第2楽章は、札幌の街の清涼な空気のよう。打楽器の活躍もうれしいしゃれた音楽。
 そして今日の演奏の白眉は、第3楽章。憂鬱な雰囲気から、雲から日が差すかのような優しい旋律が満ち溢れるようになる。このあたりに対比と歌心は、尾高さん、誠に素晴らしい。最後のコーダの場面、まさにファンタステックな一瞬だった。今日二度目のお涙いただきました。
 霊感不足に思える終楽章も、ライブだとその弾むリズムと親しみやすさから、会場にもスイッチがはったようだ。でも威勢がいいばかりでない、ちょっとアイロニーを含んだ響きも今日の演奏からは充分感じ取ることができる。
最後は、ほのかに、そして懐かしむように冒頭主題が回顧され、ドラの静かな一撃で曲を閉じた。
尾高さんは、動きを止め、オケも弓を掲げたまま、まんじりともしない。
素晴らしい余韻の間が生まれた。
私は静かにブラボー一声献上。
世界に通用するエルガー演奏ができる名コンビに、ブラボーが飛びかった。

拍手に応えての「ニムロッド」は絶品だった。オケも尾高さんも顔を真っ赤にして、情熱の静かな高まりを表現しつくした。これこそ、来年の予告篇かしらと納得。
拍手を制し、「来年もオペラシティです。オール・エルガー・プロやります」とのお話に拍手が巻き起こる。最後は、時計を指差し、お休みなさいの、尾高さんお決まりのポーズで解散。
あ~、素晴らしいコンサートだった。
恒例の、コンマス中心のオケメンバーによるお見送りと、ホクレン提供の「てんさい糖」の配付も嬉しい限り。

あぁ、札幌のファンが羨ましい。
今年はアクシデントで逃してしまった「ピーター・グライムズ」、いずれ新国で取上げるとの予告もあるし、「ビリー・バッド」やディーリアスもやっちゃって欲しい尾高さん。
来シーズンの札響は、エリシュカのドヴォ7、尾高さんのR・シュトラウス「ドンキ」、ブル5、ラフマニノフ2番、エルガー・プロなどなど。魅力的であります。
尾高さんとの蜜月、新国で多忙となりますが、いつまでも続いて欲しいものであります。
体と金がたくさんあれば、札幌・神奈川・名古屋の定期会員になりた~い!

・エルガー 交響曲第3番の過去記事

 「コリン・デイヴィス指揮 ロンドン交響楽団のCD」
 尾高忠明指揮 札幌交響楽団のCD
 「
ワトキンス指揮 東京都交響楽団のコンサート」

・尾高忠明のエルガー交響曲の過去記事

 第1番「尾高忠明/BBCウェールズ響
 第2番「
尾高忠明/読売日本交響楽団

 札幌交響楽団 東京公演

 2006年「マーラー第5」
 2007年「武満&ドビュッシー」

Operacity2008 オペラシティのクリスマスツリー、20日が点灯式とのこと。




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2008年10月31日 (金)

ウォルトン ヴィオラ協奏曲 今井&尾高

Udon 讃岐うどん。
私はシンプルに「生醤油ぶっかけ」が好き。こちらは温泉卵が落とされ、たっぷりのネギと海苔、そして柚子。
シコシコと歯ごたえ充分のうどんは最高ですな。
前にいた会社には、高松に四国支店があって、よく行った。
四国支店に転勤になると、独身者は食費が安く上がると言われた。
朝にかけうどん、昼にカレーうどん、三時のおやつにぶっかけうどん、夜は一杯やってざるうどん。
1日中うどん。小腹が空いたらうどん。ほんまかいな??
でも讃岐の方は、ほんとによく「うどん」を食べる。車で走っていて、民家のようなところで、セルサービスのうどんを食べたことがあったが、ともかくうまくて、安かった。
そこでは、誰が客で誰が店に人かわからなかった・・・・。

Walton_vla_con_imai 今日は英国のクラシック雑誌「BBC MUSIC」の付録CDを聴こう。
BBC音源のオリジナルCD1枚が付いて1000円のこの雑誌は、時にあっというようなCDの内容の月があって目が離せない。
この1枚は、われらが大ヴィオラ奏者、今井信子尾高忠明指揮のBBCウェールズ響ウォルトンヴィオラ協奏曲
それに私の愛するアイアランドのピアノ協奏曲(ストットとA・デイヴィス)がカップリングされているのも魅力なのである。
NHKも放送音源を解放して、レコ芸あたりとこんな雑誌を仕立ててくれたらいいのに!!

ウォルトン(1902~1983)はランカシャー生まれで、早くから音楽の才能を発揮し、神童ぶりを称えられた。そしてデジタル時代まで長生きをし、自作を指揮して70年代までその録音はある。年代を考えた場合、作風は保守的とはいえるが、初期はモダンな音楽も書いたし、諧謔的な音楽や、映画音楽などもたくさん残したから、以外とその個性に一貫性がなく感じる。
でも、英国音楽特有のノーブルで大らかな節回しをしっかりと聴き取ることができて、ウォルトン以外の何者でもない響きを感じ取ることは比較的たやすい。
私は交響曲と協奏曲、ペルシャザール以外はあまり聴いていないので、それ以外のウォルトン作品へのチャレンジは今後の課題。

ヴィオラ協奏曲は、1929年の作品。20代の作品とはとうてい思えない、渋さと落ち着きを持った雰囲気に驚く。
当時の世界的なヴィオラの名手ターティスを想定して書かれたものの、当の本人に演奏を拒否され、かわりにヒンデミットのソロで初演されたという。
作曲者の指揮、ヘンリーウッド・プロムナードコンサートでのこと。

憂愁のムードに飾られる第1楽章、ヴィオラの早いパッセージによるオケとの掛け合いが聴き応えあり。
ウォルトンらしいカッコよさの横溢するスケルツォ風の第2楽章。ヴィオラの名技もさることながら、オケがよく鳴って演奏会で聴いたら盛り上がることだろう。
3楽章はファゴットのユーモラスな出だし、それをなぞってのヴィオラという印象的な場面。終結部は木管の繰返しの上昇音形のうえにヴィオラが英国音楽ならではのとても美しい第1楽章の旋律を繰返しながら奏で、徐々に静かになってゆく。

今井信子さんのヴィオラには、内田光子さんのピアノに聴くようなもの凄いギリギリの集中力と音ひとつひとつの磨き上げられた暖かな優しさを感じる。素適なヴィオラだ。
尾高さんの指揮は時おり唸り声さえ聞こえる気合と共感の入ったものだった。
 日本人演奏家二人が英国のオケとともに、ロンドンで演奏するウォルトン。
とてもうれしく、誇りさえも感じる。
ヴィオラの音色は秋に相応しく、ブランデンブルク協奏曲なども聴きたくなってきた。

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2008年10月25日 (土)

日本フィルハーモニー演奏会 尾高忠明指揮

尾高忠明指揮の日本フィルハーモニー交響楽団の定期公演を聴いた。

      モーツァルト  交響曲第35番「ハフナー」
 
      三善 晃    交響三章

    ラフマニノフ  交響曲第3番

     尾高忠明 指揮 日本フィルハーモニー交響楽団
                     (10.25 @サントリーホール)

Odaka_jpo 渋いプログラムに、土曜の昼公演なのに観客は7割の入り。
私は、尾高さんのラフマニノフ狙いで、前半の演目は席についてプログラムを見てから思い出したくらい。
実は、このところ出張と飲みが続き、寝不足に加え、午前中も早めに仕事があったものだから体が重い。昼食を取らずにサントリーホールへ行き、大急ぎで「トゥーランドット」のカフェで食事をした。それにしても、ここは美味い。リーズナブルに店の中とほぼ同じ味が楽しめる。ふむふむ・・・。
なんていって喜んで、ホールにすべりこみ、モーツァルトの柔らかい響きに身を委ねた。
ところが、なんたる不覚。ものすごい睡魔に襲われてしまった。
お隣さんは、開始そうそう爆睡。ホールのそこここで、就寝中の方がいらっしゃる。
そんなホールを見渡す目も、尾高さんの優しい指揮ぶりを見る目も、ぼぅ~っと霞んでくる。いかんいかんと思いつつ、2楽章のアンダンテなどは、揺りかごに抱かれるような気分に誘われる・・・・。
それにしても、すばらしく気持ちのいいモーツァルトじゃあないか。
そんなことをうつらうつら思いつつ、終楽章を迎えてしまい、ここでようやく目も耳も復活。
おお、終わり良ければ云々で、和やかで優しいモーツァルトでございました。

次は初めて聴く三善晃の音楽。
1960年の日フィルの委嘱作で、初演は渡邊暁雄。
3つからなる形式の異なる章で、交響曲ではない。
当時とすれば、大胆で斬新な音楽であったはず。
ここに至って私も耳も全開。実に面白い音楽に、目と耳はきょろきょろ。
ゆったりと始まって、そのテンポを崩さないまま音楽は巨大化してゆく1楽章。
早いテンポで終始活力に溢れた2楽章は、シェーンベルクを思い起こさせる。
これまたゆっくり静かに始まる3楽章は、変奏曲形式で、とりわけヴァイオリンのピチカートから各弦部にそれが拡がり、全オーケストラでクライマックスを築く圧倒的な様相が素晴らしい。最後は、静かに消え入るようにしてこの緻密な音楽は終了した。
息を飲むようにして聴き入ってしまった・・・、が、しかし最後のピアニッシモで、爺さんが極めて大きな咳を音楽にかぶるように二発もした。
こりゃぶち壊しだったなぁ・・・・・・。でもオケが実にうまいもんだった。

後半は、尾高さんも、聴くわたしも充分に手の内に入ったラフマニノフ
ピアニストとして多忙を極めたことから、有名な2番の交響曲から30年も経過して作曲されたこの3番は、ラフマニノフの心の中のロシアを作品にしたものと自身語っている。
1936年のストコフスキーによる初演は、オーマンディも指揮したかったらしい。

2番についで、わたしはこの交響曲の魅力に取り付かれた。
そのきっかけは、FMで放送されたマゼールとベルリンフィルの演奏で、カセットに録音して、冬の最中、毎日ホットウィスキーを飲みながら聴いたもんだ。
ほどなく、そのコンビのレコードが出て、キレのいい録音とベルリンフィルの名技に参ってしまった。
CD時代も、たくさんの音源を揃えたが、尾高さんとBBCウェールズのものは、ノーブルで明晰な演奏でかなり好きな1枚だ。
実演では、エド・デ・ワールトと読響の素適な演奏を聴いたことがある。

 さて、今日尾高さんの日フィルとの演奏は、より自在でしなやかな演奏で、テンポもCDより速め。
3楽章ながら、緩徐楽章の2楽章の中間部にスケルツォ的な部分も挟まるところから、4楽章形式とも見立てることもできる。
また、冒頭の旋律が各章で回顧されることから、全体を見通す構成力も問われる曲。
その点における尾高さんの指揮ぶりは、まったく見事なもので歌に溺れず最後のクライマックスに向けて緻密な組立てを築きあげていたと思う。
それでもエルガーやラフマニノフを指揮する尾高さんのいきいきとした動きは毎度目を見張るものがあって、いつものイカダンスのような指揮ぶりにも熱が入る。
そして、終楽章のコーダの盛り上がりは、アッチェランドを巧みにかけて、CDとはくらべものにならない、圧倒的なものであった。
曲ゆえか、そのあっけない終結ゆえか、会場の拍手はやや盛り上がりに欠けた感あり。
私は一人、心の中でブラボーを叫んだものだ。

ラフマニノフ3番と、尾高さんのラフマニノフ、過去記事

「ワルター・ウエラーの3番」

「尾高&BBCウェールズの2番」

「尾高&東フィルの2番」

Rakhmaninov_3_odaka

尾高&BBCウェールズ響のラフマニノフ全集から第3番。
カップリングは、交響詩「死の島」。
お得意のグレゴリオ聖歌のモティーフがくどいくらいに鳴る。ジャケットのベックリンの絵にインスパイアされた作品。
マゼールのレコードもこの組み合わせだった。

 

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