カテゴリー「フランス音楽」の記事

2016年1月11日 (月)

ラヴェル 「ラ・ヴァルス」 ブーレーズ指揮

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1月2日、日の出から間もない、吾妻山山頂。

いつもの帰郷は、今年は川崎大師は行かなかったけれども、この晴れやかな山頂と、箱根駅伝での母校の目覚ましい活躍に、日頃の鬱憤が吹き飛ぶような想いを味わったものでした。

最近、更新が滞りななか、年始からのシリーズ造りとして、ウィーンをモティーフにしたワルツ。
そんなテーマを考えておりました矢先。

ピエール・ブーレーズの逝去の報が、飛び込んでまいりました。

90歳という年齢でしたが、常に、ハルサイを指揮し、自作も次々に作り上げる、圧倒的なパワーの持ち主に、終わりはない、と思いこんでおりました。

その突然の死去に、自分にとって、ブーレーズといえば、コレ!
という曲を、まずは、聴いて、記事にしてみました。

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          ラヴェル  ラ・ヴァルス

   ピエール・ブーレーズ指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック

                           (1974 NY)


わたくしが、ブーレーズを聴いたのは、クリーヴランドとのCBSハルサイからで、セルとともに来日した1970年の大阪万博の年だった。

作曲家であり、指揮者としても、近現代と前衛しかやらない、気難しい人との認識が、まず埋め込まれました。

そして、1974年、ニューヨーク・フィルの指揮者として、バーンスタインとともに再度来日。
この時、高校生のわたくしは、文化会館で聴くことができました。
プログラムは、マイスタージンガー前奏曲、メンデルスゾーン・イタリア、クルクナー・管弦楽のための音楽、ペトルーシュカ。
こんなユニークな演目で、いま思えば、ブーレーズのメンデルスゾーンなんて、極めて貴重なものでしたし、これらの曲を、70年の来日のときの写真で見て知っていた、気難しい顔のブーレーズが、腕っこきのNYPOの面々を前に、にこやかに指揮していたのでした。

バイロイトのDG「パルシファル」、CBSから出たNYPOとのワーグナー曲集なども聴き、バイロイト100周年の記念のリングの指揮者に抜擢されたブーレーズに、ワーグナー指揮者として、大いに期待をしたのも、そのすぐあとのこと。

さらに75年に、BBC響とともに来演し、NHKがそのすべてを放送してくれたものだから、ブーレーズのにこやかさ、プラス、本来の、とんがった姿をまざまざと体感できたのでした。
そのときは、自作や、ベルリオーズ、ドビュッシー、ラヴェル、バルトーク、ストラヴィンスキー、マーラー、シェーンベルク、ウェーベルン、ベルクなど、まさに、ブーレーズの顔とも呼ぶべきレパートリーの、オンパレード。
いまだに、当時のエアチェック音源は大切なコレクションとなってます!

そして、76年のバイロイト・リング。
ここからの5年間は、ブーレーズ自身も、さらの演出家シェローのリングとの格闘です。
年々、向上する演奏の質。
ぼろぼろだった初年度と、録音に残された最終年度とでは、演奏の精度と出来栄えには、雲泥の開きがありました。

演奏家としてのブーレーズの凄さを、まざまざと感じさせたのは、実は、このバイロイト・リングでした。

その後の、ブーレーズの亡くなるまでの40年の歩みは、そのすべてを聴いてはおりませんが、概ね、70年代に成し遂げたことの、正確かつ、緻密な繰り返しではなかったでしょうか。
その証左として、2004年のバイロイトでの再度の「パルシファル」で、60~70年代の演奏と変わらぬ鋭さと、新鮮さを保っていたし、何度も指揮をしたハルサイも、若き日のフランス国立放送のものより、ますます若々しくなっていったのを聴くことができました。

作曲家としての評価は、ワタクシは疎い分野なので、言及はできませんが、今後は、バーンスタインの作品のように、多くの演奏家に取り上げられ、スタンダートと化してゆくものと思います。

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クールで正確無比なラヴェルを聴きながら、そう、まさに冷たいうえに、輝くような響きを持ったブーレーズの演奏で、その逝去を偲びたいと思います。

ピエール・ブーレーズさんの、魂が永遠でありますように、ここのお祈り申し上げます。

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1月2日の日の出。

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朝一番の日差しを浴びた水仙。

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2015年6月16日 (火)

サン=サーンス 交響曲第3番「オルガン付き」 ロト指揮

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梅雨来たれども、首都圏は、中休み多し。

そして、雨でも、晴れでも、曇りでも、気温は高く、湿気が多い。
しかし、スポット的な豪雨や、九州の大雨は心配です。

 花々の咲きごろを、人間がコントロールしてしまう商業用のお花屋さんですが、野辺の花々は、あくまで、異常気象といえども、自然のままにあって欲しいもの。

音楽の演奏スタイルも、ゆっくりとですが、変化しつつあり、そして、それはそのまま多様化へとつながってます。
 そして聴き手も、さまざまなあり方で、受容の多様化を生んでますね。

楽器の仕組みそのものの問題は置いておいて、いまや、世界のオーケストラは、指揮者の要望に応じて、好むと好まざるをえずして、ピリオド奏法・ヴィブラート少なめの演奏スタイルを供出しなくてはなりません。
 それが、指揮者によっては、虚しい結果を呼ぶことともなりますが、いまや、ルネサンス・バロックを指揮する人が、同じコンサートのなかで、古楽ジャンルの音楽とともに、近現代音楽を普通に取り上げる、そんな世の中になってきたのです。

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  サン=サーンス 交響曲第3番 ハ短調 op78 「オルガン付き」

    フランソワ=クサヴィエ・ロト 指揮 レ・シエクル

              オルガン:ダニエール・ロト

             (2010.5.16@サン・シュルピース教会、パリ)


先日に、愛する神奈川フィルの圧倒的だけど、繊細かつ自在な演奏で、この曲を楽しみました。

オルガンが堂々と入ることで、この交響曲は、華々しい演奏効果を生み出す、コンサートの人気プログラムのひとつとなりましたね。

レコードでも、80年代のデジタル移行後は、各社が、こぞって、この曲を録音しましたが、それは、デジタル録音の恩恵で、重厚なオルガンと、軽やかなピアノ連弾、分厚いオーケストラが混濁せずに、すっきり・きれいに再生できるという強みが生まれたためでした。

でもしかし、わたくしは、入門時代にメータの豪華な演奏を経てからというもの、ずっとずっと、遠ざかっていて、ちょっと苦手な存在として、距離を置いてきたのです。
 大きな音響に、華美なまでの賑やかさは、聴いていて心すく快感と、解放感を呼び覚ましますが、はて、それでいいのか、そこに何があったのかと、疑念を抱くようになりました。

そんななかで、昨年、久しぶりに手にした新しい録音が、ロト指揮によるものです。
とはいっても、いまから5年前のものですが・・・

まだ45歳のロトさんは、生粋のパリっ子で、手兵のハイブリット・オーケストラである、レ・シエクルを創設してから12年。
ブールやギーレン、カンブルランの南西ドイツ放送響の指揮者を請け負ったことからわかるように、現代・前衛音楽にも、その適性を示すヒトでありました。
 そのバーデン・バーデン&フライブルクの放送響は、2016年には、シュトットガルトのオーケストラと統合されることが発表されていて、とても寂しい思いを呼び覚ましてます。
 で、その統合後のオケの指揮者は、ロトさんということになるのでしょうか。

そんな、登り調子のロトさん。
N響に続いて、読響にも客演しますね。

ロトさんと、彼のフランスのハイブリット古楽集団、レ・シエクルによる、サン=サーンス。

これが予想外に、渋くて落ち着いた演奏でした。
古楽器による演奏ですから、ピッチも低めに抑えられ、華やかさは抑制されて聴こえます。
 初めて聴いたとき、大人しめに聴こえ、面白みも薄く感じました。
でも、何度も繰り返し聴き、そしてロト指揮によるほかの演奏を、新しいものから逆に聴きだした自分、そんな耳からすると、新鮮な味わいが、このサン=サーンスの、そこかしこに発見できるのでした。

幻想やハルサイにおける斬新な切り口は、控えつつ、ロトさんの指揮は、各旋律を丹念に、じっくりと扱い、そして、敏感なリズム感でもって、従来の演奏とは異なるダイナミズムと柔軟性、そしてピリオド奏法なのに、歌心を持った演奏が出来上がりました。
 その緩徐楽章では、弦楽器が繊細に、古楽奏法らしく、ツィー、ツィーっと、弾きますが、それがときに、共感を込めて、ほどよいヴィブラートも加味して奏されるシーンは、本当に美しく、儚いです。

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この録音は、17世紀前半に建てられたパリのサン・シュルピース教会でのライブ録音で、そちらのカヴァイエ=コル作のオルガンが、そのまま演奏されてます。
このオルガンは、1862年の製造で、サン=サーンスがこの曲を完成したのが、1886年ですから、きっと作者存命中に演奏されたこともあったかもしれません。
 ともかく、豪快な音色で、教会の広い空間が圧倒的にオルガンの音色で満たされるのを感じることができます。
コンサートホールのオルガンと、教会のオルガンとの違いは、この天に突き抜けるかのような広大な空間を感じることでしょう。

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軽やかさや、音色の美しさも持ちつつ、オルガンの凄まじさに引っ張られ、このロト盤は、教会という格別な場所の強みを味わうことができる、面白い演奏となってます。
ハルサイで、小股の切れあがったような演奏をしたかと思うと、こうした壮麗な演奏も、こともなげに成し遂げるロトさん、やはりただモノではありません。

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2015年3月 6日 (金)

ベルリオーズ 幻想交響曲 バティス指揮

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3月の浜松町駅・小便小僧は、春の火災予防運動に連動して、消防服をまとってます。

顔隠れちゃってまして、かわゆす~

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まいどながら、よく出来てますね。

春先は、風も強く、乾燥してます。

みなさま、火の用心。

熱血注意?

Berlioz

ジャケットが、ちょろっとお花のカラーといい感じですな。

あらためまして、説明しますと、毎月、この小便小僧クンの衣裳替えに合わせまして、月一回の「幻想交響曲」を、いろんな演奏で取り上げてます。

この月イチ大作戦、幻想に飽き足らず、大好きなチャイコフスキーの5番も加え、月替わりでやってます。

   ベルリオーズ  幻想交響曲

     エンリケ・バティス指揮 フィルハーモニア管弦楽団

                     (1998 @ロンドン)


メキシコの謎の爆演指揮者、エンリケ・バティス(1942年生まれ)は、そこそこ聴いてますが、どうにもよくわからない。
 なにゆえ、爆演かも、さっぱり聴きとれない。

ロンドンのオケとの録音しか聴いてないので、至極まっとうにしか思えない。
メキシコのオケのもの聴かずして・・・と叱られそうですね。

クラシックを聴き始めた69年頃、ロンドンレーベルが売りだした、アルゼンチンの指揮者、カルロス・パイタも爆系と言われましたが、実際はそうでもない感じで、そのパイタとバティスが、どうもイメージ的にかぶってしまって、いまに至るまで変わりません。

 でも、今宵は、ほろ酔いで、バティスの幻想に、のめり込むようにして食い入り、聴きました。
スマートな演奏様式による「幻想」に慣れ親しんだ自分です。
よくよく聴けば、このバティスの幻想、ロンドンのオケとは思えないくらいに、荒々しい響きを引き出してます。
つーか、正直、粗い。

ゆったりと丹念な出だしの1楽章ですが、主部が始まると、怒涛のような勢いの激しい、息もつかせてくれない疾風感あふれる様相を呈し、一気に突き進みます。

ワルツは、すいすいと進むなか、意外と歌心もあって麗しい感じよ。
気持ちいい。
でも、音圧が高いし、強いとこが、この指揮者ならでは。

やる気のなさそうな感じで始まる、野の情景ですが、流れがとてもよくって、ここでも、のびのびと歌うこと、実に気持ちがイイ。

狂ったような、すっとんきょうな、木管。
エンドは、まさに、ストンと落ちちゃう断頭台の4楽章は、おもろすぎ。

さぁさぁ、来るぞと身構える終楽章のヴァルプルギス。
蠢く低弦、よじれるような奇怪な管。
ぶわーーっとくる、音圧は、激しくて、デリカシーもくそもなく、野放図すぎ。
全部フォルテは、正直、疲れるわ。

でも、おもろい。
でも、疲れるし、めんどくさい。

 といことで、いいんだか、なんだか、さっぱりわからない「幻想交響曲」を、酔っ払いが聴いてみました。。。

この演奏、ロイヤルフィルの数年前のものともいう説もアリマス。
メキシコ産のCDですからして・・・・

あっ、テキーラでも飲みながら聴いてみるんだった。

メキシコ産の「1812年」も仕入れましたので、いずれまた。
 

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2015年1月11日 (日)

新春ピアノ三重奏 Japan×France

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新春を感じさせるお花が、受付に飾られてました。

音楽と花と香り。

そんな五感をたっぷり楽しませていただける、コンサートに行ってまいりましたよ。

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 新春ピアノ三重奏

   花と共に奏でる<日本×フランス音楽>の世界

     宮城 道雄   「春の海」

     日本の四季 メドレー

     ドビュッシー  「月の光」

               映像第2集~「金色の魚」

     ラヴェル    「ツィガーヌ」

     サン=サーンス   動物の謝肉祭~「白鳥」

     フォーレ    エレジー

     ラヴェル    ピアノ三重奏曲

       アンコール  「花は咲く」

       ヴァイオリン:松尾 茉莉

       チェロ:    行本 康子

       ピアノ:     加納 裕生野

         フローリスト:元木 花香

         司会     :田添 菜穂子

                (2015.1.10 @目黒パーシモンホール)


神奈川フィルのヴァイオリン奏者であります松尾茉莉さんと、その仲間たちによるコンサート。

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日本のお正月・新春に相応しい宮城道雄の「春の海」で、たおやかに始まりました。

ご覧のとおり、日本の音楽と、フランスの音楽のたくみな組み合わせ。
みなさんのソロをはさんで、最後はラヴェルの色彩的な名作で締めるという考え抜かれたプログラムでした。

日本の四季の歌の数々が「ふるさと」を前後にはさんで奏でられ、会場は、ふんわりとした優しいムードに包まれました。

そのあとの加納さんのドビュッシーは、実に美しく、情感もたっぷりで、この作曲家に打ち込む彼女ならではの桂演でした。

エキゾティックなムードと超絶技巧満載のツィガーヌは、いつも前向きな松尾さんらしい、バリッと冴えた演奏。

後半は、静かな語り口で、超有名曲と、フォーレの渋い曲を弾いてくれた行本さんのチェロでスタート。

最後は、3人の熱のこもったラヴェル。
4つの楽章を持つ30分の大曲ですが、あっと言う間の時間の経過。
1914年の作曲で、いまからちょうど100年前の第1次大戦直前の頃の音楽は、夢想的なロマンと、熱気と躍動感という、ラヴェルのいろんな顔のすべてが、ぎっしりと詰まった音楽です。
きらきら感と、3楽章の神秘的な味わいをとてもよく弾きだしていたのが加納さんのピアノ。
柔らかな音色の行本さん。
そして、松尾さんは、しなやかさと、ひとり神奈川フィルとも呼びたくなるような美音でもって、魅了してくれましたね。
 若い3人の女性奏者たちによるフレッシュで香り高いラヴェル。
堪能しました。

最後は、「花は咲く」で、うるうるさせていただきました。

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そして、香りといえば、花と香りのアロマを演出されたのが元木さん。
3人が生花をつけて演奏し、しかも、ドレスはトリコロール。
ホワイエには、檜の香りが漂い、いただいた栞にも、お花の香りが。
 おじさんのワタクシですが、音楽と香りのマッチングに、思わず、頬がほころぶのでした。

センスあふれる企画と演奏、いただきました。
 

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2014年12月13日 (土)

サン=サンース 交響曲第1番と2番 マルティノン指揮

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まるでヨーロッパを思わせるような街並みと、きらびやかなゴールド。

恵比寿のガーデンプレイス。

一番奥の高いところから俯瞰してみました。

パリのシャンゼリゼ通りみたいに、通りの奥に美しいモニュメントがあって、均整の取れた雰囲気がいいです。

そんな、おフランスの香りを、ちょこっと楽しめる若書きのフレッシュ交響曲を。

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  サン=サーンス 交響曲第1番 変ロ長調 op2

                          交響曲第2番 イ短調 op55


         ジャン・マルティノン指揮 フランス国立放送管弦楽団

                       (1972.6,11@パリ、サル・ワグラム)


カミーユ・サン=サーンス(1835~1921)の作品は、多岐にわたるジャンルに、多くの作品がありますが、特定の作品ばかりに人気が集中し、それ以外の作品には日の目があたることが少ないです。

オルガン交響曲、動物の謝肉祭、死の舞踏、ヴァイオリン協奏曲第3番、ピアノ協奏曲第2番、チェロ協奏曲第1番、サムソンとデリラ・・・・ぐらいが頭に浮かびますが、室内楽作品、器楽作品、歌曲、声楽、オペラは多数あるのにまったく知りません。
 そして、交響曲と協奏曲の他の番号は?

ということで、今回は、3番「オルガン付き」の陰にかくれた、ふたつの番号付き交響曲を。
ほかに、習作的な未完作ふたつと、完成された作品番号なしのふたつの交響曲がありますので、完全なものとしては、サン=サーンスの交響曲は5つあることになります。

 交響曲 イ長調       15歳

 交響曲第1番 op2  18歳

 交響曲「ローマ」       21歳

 交響曲第2番 op55 23歳

 交響曲第3番 op78 51歳


こうしてみると、年齢的に円熟期に書かれた3番が、作品としても、もっとも充実していることがわかりますね。

でも、サン=サーンスの音楽の魅力は、若い頃のものにも、如実にあらわれておりまして、屈託なく、明るく伸びやかな、若い人にしか書けない、そんなフレッシュさにあるんです。

ともに4楽章形式で、しっかりとした交響曲の姿を身にまとってます。

1853年に書かれた第1番、ティンパニ2基、ハープ、管も3管、サキソフォーン、シンバルを要します。
大きな編成の本格交響曲は、当時のフランス音楽界にあっては、ベルリオーズ以来かもすれず、作者の名を伏せられて、そのリハーサルから聴いた、当のベルリオーズやグノーといった先達たちを感嘆させたといいます。

堂々たる1楽章は、どこかシューマンの「ライン」を思わせる、と解説にも書いてありますが、まさにそう、それにメンデルスゾーンとベルリオーズのエッセンスを足したような感じ。
 以外に古風な、行進曲的なスケルツォを経て、この曲のもっとも魅力的な緩徐楽章たる3楽章が素晴らしいです。
クラリネットの優雅なソロに始まり、この楽章で終始活躍するハープが、美しいアルペッジョを奏でるなか、オーケストラはメロディアスに、ほんとうに美しい世界を展開します。
18歳の青年の作とは思えない、この優美な感興極まる音楽ですが、一面、心になにも残さず、流れてしまうという恨みもあります。
それでも、ともかく美しい。
最後は、すべての楽器がにぎにぎしく鳴り渡る気合のはいったもの。
若い眩しさが、一方で、若気の至りみたいに未成熟な空虚を感じさせもしますが、緩急おりまぜ、全曲を見通し、完結感を与えつつ、力強いエンディングを迎えます。

 
交響曲第2番は、1858年で、1番から5年を経て、その音楽は、若々しさを保ちつつも、よりシンプルに、その編成もずっと小さくなり、打楽器はティンパニだけ、金管もトランペットだけと、効果を狙うようなことは少なくなり、より内面的な要素が出てくるようになったと感じます。
全体に、すっきりムードがただよい、古典回帰のような雰囲気もあります。
シューマンっぽくあり、メンデルスゾーンの1番や、ビゼーの交響曲をも思い起こさせます。
 短調のムードが覆う1楽章は、どこか捉えどころがないままに、走るようにして進んで、終わり。
抒情派サン=サーンスの、ここでも面目躍如たる2楽章のアダージョ。
シンプルなロンド形式で、静かで優しい曲調は、1番と同じ調でありながら、あちらの連綿たる美しさには、かなり及ばず、物足りなさを覚えます。
 3楽章はスケルツォ。
これまたメンデルスゾーンチックなスケルツォ楽章。のんびりとした牧歌調の中間部を持ちながらも、冒頭のスケルツォに回帰せず、そこでジャンと終わってしまう面白さを持ちます。
 ついで、前楽章の雰囲気を引き継ぎつつ、タランテラの軽やかかつ、リズミカルな展開の終楽章は、なかなかに楽しい。
これも、ビゼーとメンデルスゾーンを思わせますよ。
なんとなく、イマイチ感を持ちつつ聴いてくると、この最後の楽章で、気分が高揚していい感じになりますよ。
 伝統的な交響曲を生真面目に書きたかったサン=サーンスさんでしょうか。

1番も、2番も、このように、それぞれに個性があって楽しい聴きものです。

みなさまも是非。

完成された5つの交響曲をすべて録音しているのは、マルティノンだけでしょうか。
番号付きでは、プレートル、レヴィぐらいかな。

60~70年代の、典型的なフランスのオーケストラの音色をここに感じます。
華奢でありながら、瀟洒な響きは、サン=サーンスの若い音楽にぴったり。
マルティノンは、ほんと、いい仕事をEMI&エラートに、たくさん残してくれましたね。

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2014年10月31日 (金)

ベルリオーズ 幻想交響曲 スラトキン指揮

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超、遅ればせながら、10月の小便小僧。

ハロウィンがテーマです。

迂闊にも忘れてましたが、ハロウィンだったので、ぎりぎり、当日に、しかも、魑魅魍魎のヴァルプルギスの宴、幻想交響曲こそ、相応しい、ということでnotes

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今回も、力のこもった、まさにコスプレ仮装は、ほんとに見事です。

前後左右、完璧ですね。

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  ベルリオーズ   幻想交響曲

   レナード・スラトキン指揮 リヨン国立管弦楽団

                    (2011.8,9 @リヨン)


幻想交響曲の聴きどころは、幾多あれど、やはり衆目の多くは、最後の楽章の魔女たちを始めとする魑魅魍魎たちの宴の場面で、最後に激していって、爆発的に終焉を迎えるところかと。

わたくしも、最後にそれがあるから、それまでの、恋模様・夢・舞踏会・のどかな田園風景・処刑といった各場面が、それぞれに光彩を放って活きてくるのを楽しめるわけです。

ベートーヴェンの第9から6年後にあるベルリオーズの「幻想」は、多彩な楽器を、それこそ多彩な奏法を駆使しつつ、とうてい6年後とは思えない別次元の響きでもって存在します。
ベルリオーズの革新性に、その年月を思うと、いつも驚きです。

しかも、ライトモティーフの走りとも呼ぶべき、統一主題の巧みな使用と、繊細で、リリカルな歌心も併せ持ったオーケストレーション。
何度も聴いて、聴きあきないのが、ベルリオーズの、そして幻想の魅力であります。

もちろん、ロミオも、ファウストも、レクイエムも好きですが、長さ的に、そう何度も聴けるものではありません。
オペラ、トロイ人にチャレンジ中ですが、あれはまた長大すぎて、まだ全貌をつかめません。
いずれにせよ、おもろい作曲家ベルリオーズなんです。

 スラトキンが、二世指揮者として、彗星のように登場したのは、70年代後半。
セントルイス響を鍛え上げて、アメリカのメジャー5大オケに次ぐとまで言われるようにしてしまった。
その後に、N響に客演して、鮮やかな日本デビュー。
ラフマニノフ2番、マーラー、ショスタコ、そして幻想と、メリハリと元気のいい爆発的な指揮でもって、わたくしは、テレビにくぎ付けになりましたね。
 そのスラトキンが、N響の音楽監督候補のひとりに名があがり、最終的にはデュトワになったことも、よく覚えてます。
 スラトキンは、どうも、大きなメジャー・ポストには、無欲(無縁)のようで、セントルイス後も、ニューヨークフィルで名があがりながらも、ワシントン・ナショナル響、BBC響、ナッシュビル響、デトロイト響、そして、リヨン管という就任歴を持ってます。

器用すぎるのと、厳しすぎるのがいけないのかしら?

そのスラトキンも、もう70歳。

かつての俊敏さに加えて、この録音では、じっくりとした語り口の味わい深さを、野の情景に感じますし、ちょっとしたフレーズでも、手を抜かず、ハッとするような切り口でもって新鮮さを聴き手に与えてくれます。
南仏のオケでありながら、ちょっと渋い幻想に仕上がった感もありますよ。
そして、もっと暴れてもよかったかも・・・

コルネット付きの、第2楽章が、別トラックに収録してありまして、そちらの華やかさが妙に浮き立っているのも、面白いものでした。

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2014年8月24日 (日)

ダンディ フランスの山人の歌による交響曲 ミュンシュ指揮

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遠景に雲のかかった富士をいただき、手前には、早咲きのコスモス。

いつもはもっと咲いてるはずなのに、今年はちょっと少なめ。

菜の花に、コスモス、維持管理はたいへんでしょうが、がんばってくださいね、町の人。

昔から、富士山の頭に雲がかかると、風が強くなると言われていたけれど、朝に見たこの富士のとおり、この日は熱風のような風が吹きました。

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  ダンディ 「フランスの山人の歌による交響曲」

       Pf:ニコレ・アンリオ=シュヴァイツァー

    シャルル・ミュンシュ指揮 ボストン交響楽団

                   (1958.3 @ボストン)


夏のリゾート系、さわやかミュージックシリーズ。

アルプス交響曲は、ロスフィル・シリーズで、とりあげたばっかりなので、山といえば、その双璧をなす、ダンディの桂作を。

ヴァンサン・ダンディ(1851~1931)は、生粋のパリっ子、フランスの作曲家です。

なかなかの多作家で、ウィキによれば、交響曲は5つ、オペラは6つのほか、すべてのジャンルにその作品を残しているんです。
しかし、そのほとんどが聴かれることなく、唯一、有名なのが、今日のこの不思議なタイトルを持つ交響曲と、管弦楽曲のいくつか。
 わたしのCD棚にも、この曲と、デルヴォーの指揮した2枚の管弦楽曲集のみ。
後輩のラヴェルにすべての点で後塵を拝することとなってしまってます。
 なんたって、前にも書いたけど、フルネームで検索かけなくては、オシャレな意味でのダンディと、芸人のダンディしか出てこないんだから。

音源も調べてみたら、室内作品と器楽があと出てるくらい。
気になるオペラに関しては、まったくない模様で、やはり、いまのところ、ダンディさんといえば、この素敵な交響曲を聴いて、ほかの作品への想像力をたくましくするしかないのです。

そんなわけで、ちょっと手抜きで、前に取り上げた、デュトワ盤の記事のコピペをいたします。

>ピアノソロを伴った交響曲はユニークで、協奏曲のようにピアノ主体でもなく、ピアノもオーケストラの一員でるかのような、ピアノ付きオーケストラのための交響曲といった感じだ。

ダンディもこの時代のフランス系の作曲家の例にもれず、フランク一派に属し、この交響曲も3楽章形式で、循環主題をもとにした構成となっている。

ダンディは子供時代から慣れ親しんできた、セヴェンヌの山々を思い、その麓のペリエに滞在しつつ、この作品を書いた。そこで知った牧歌がこの曲のイメージとなっており、この曲は「セヴェンヌ交響曲」とも呼ばれている。
ピレネー山脈の一角、ギザギザした高原のような高い山々が続く場所みたい。

冒頭、イングリュシュ・ホルンの懐かしい旋律が、弦楽のたおやかな背景の上に奏でられると、部屋の温度はもうマイナス3度はクールダウンする。
ともかくさわやかな第1楽章。山々の描写的な音楽であるとともに、とても感覚的な音楽でもある。
 柔らかで牧歌的な第2楽章は、木陰でのんびり昼寝をきめ込むのにうってつけの音楽。
そして、リズミカルな終楽章を聴いているとグリーグの協奏曲かと思うくらいに爽快な気分に満たされる。この楽章は、全曲の総括のようにあらゆる旋律が繰り出され完結感もばっちりだし、軽く炭酸の利いた清涼飲料水を飲んだかのような心地よさに満たされてしまう<

久しぶりに聴いたのだけれど、この印象のとおり。

イングリッシュ・ホルンの懐かしい旋律に、山々にこだまする牧童の笛の音を感じ、やがて、日が昇ってきて、湧き立つようなオーケストラにわくわくする。
この冒頭部分は、ほんとうに素晴らしい。
全編にわたって、でしゃばりすぎない流麗なピアノが清々しい。

これ1曲でダンディを語るのもなんですが、それでもいいかと思える良き作品です。

この曲を世に広めた録音が、ミュンシュのこの1枚。
録音年代から、ちょっと鄙びた感のある音が、また実にいい雰囲気を出してる。
音楽の線が、くっきり明快なのは、ミュンシュならでは。

気持ちのいい音楽で、今朝もすっきり爽快です。

Cevennes

広いものの画像ですが、フランス中南部の広大なセヴェンヌ山脈。

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2014年6月20日 (金)

ビゼー ピアノ作品集 金田仁美

Rose

とりどりのバラの花。

お花屋さんで、パチリ。

バラの花には、色によって、きめ細かく花ことばが据えられていて、へたに贈ると、えらい目に会うかもですよ。

ちなみに、この花束の色をそれぞれ調べてみたら・・・。

 赤  :情熱

 黒赤:永遠の愛

 ピンク:美しい少女、気品

 イエロー:友情

 
 薄オレンジ:さわやか


というようなことになりました。

よって、この花束は、彼女や奥さまに差し上げるのがよろしいかとheart04

わたくしには、もう無縁のことにございますがね。

Bizet_hitomi_kanata

      ビゼー  ピアノ作品集

   1.夜想曲 ニ長調

   2.「カルメン」組曲

   3.「海洋画」

   4.演奏会用半音階的変奏曲

   5.3つの音楽的素描

      ~「トルコ風ロンド」「セレナード」「カプリッチョ」~

   6.「アルルの女」第1組曲

   7.「アルルの女」第2組曲

      ピアノ:金田 仁美

            (2014.4.24 @大阪、吹田メイシアター)


3夜続けてのビゼー。

そして、今回は、ビゼーのピアノ曲ですよ。

え?ってお思いの方もたくさんおいででしょう。

ビゼーのことを書いたものを、ちょっと調べれば必ず出てくる逸話に、リストを、そのピアノの超絶技巧と音の確かさで持って驚かせたオハナシ。

音楽教師を父に、ピアニストを母に、そんな家庭に生まれたビゼーは当然のことながら、愛する母と同じく、ピアノを弾き親しんで育ちました。
音楽学校では、ピアノとオルガンと作曲を学び、その作曲の師のひとり、ジャック・アレヴィの娘、ジュヌヴィエーヌを愛するようになり、結婚もすることとなります。

ちなみに、このアレヴィーは、オペラ作曲家でして、「ユダヤの女」のみが有名ですが、「さまよえるユダヤ人」という作品もあって、前から気になっているんです。

そんな師に恵まれたこともあり、さらに至宝のような存在のグノーの教えも受けたこともあって、ビゼーの作曲の主体はオペラ中心となりました。
未完成のものも含めて30作超。
 その合間合間に、残されたピアノ作品は、大作はありませんが、15作超。

それらのうちの4曲と、ビゼー自身の編曲による、「カルメン」と「アルルの女」が収められた1枚を聴きました。
 もちろん、4曲は、初に聴きます。
そして、それらが、とっても素敵な曲だったんです。

Hitomi_kanata


何度も、何度も繰り返し聴いてます。
深刻な要素は、まったくないから、気安く聴けますし、ビゼーのビゼーたる由縁、豊富なメロディに綾どられた旋律たちが、聴く耳にすんなりと、馴染むようにして入ってまいります。

こんなビゼーの世界を、まったく素晴らしく演奏しているのが、金田仁美(かねたひとみ)さんです。

解説書にある、彼女の略歴を。
「大阪生まれ、パリ・エコールノルマル音楽院ディプロム取得、吹田音楽コンクール1位、イル・ド・フランス国際ピアノコンクール第3位、ガブリエル・フォーレ国際ピアノコンクール1位」といった輝かしい経歴をお持ちのほか、名ピアニスト、ブルーノ・リグット氏にも師事されてます。

これで、おわかりのとおり、フランス系の音楽がお得意のようですね。

ビゼーもフランス音楽として捉えることができますが、いわゆるお洒落で、洗練されたおフランスイメージとは違って、もっと旋律的だし、劇的であります。
それは、ピアノ版の「カルメン」と「アルルの女」を聴けば、あたりまえですが、一目(耳)瞭然。

金田さんのピアノは、ビゼーの劇性をしっかりと捉え、曖昧さのない明快な演奏でもって、聴きなれた名曲ふたつを、まったく新鮮な感覚で味わわせてくれます。
 それぞれの管弦楽作品とオペラでもって、2日間、耳に馴染ませてきたビゼーです。
ですから、よけいに、このピアノ版「カルメン」と「アルルの女」は鮮烈でした。

「カルメン」の歌にあふれた間奏曲。
「アルルの女」で、わたくしの大好きなメヌエット(第1)とカリヨンが実にチャーミングでございましたね。
同じく「アルルの女」の間奏曲(第2)は、まさにオペラアリアのような歌心を感じさせる演奏に、わたくしは、これをバックに歌いたくなりましたね。

これらの名曲以上に、楽しめたのが、4曲のピアノ作品でした。

1858年、ビゼー20歳の作品である「3つの素描」。
ビゼーの個性的な味わいは、ここからすでに発揮されてまして、その異なる3つの様相を、金田さん、鮮やかに弾きわけてます。

さきに、記した師の娘、ジュヌヴィエーヌとの恋愛と苦心の結婚の時期にあたったという「夜想曲」。
1868年、30歳のビゼー。
ロマンティックなこの曲、実は一番気にいりました。
いちばん、おフランス系の曲かも。
流れるような曲調に、ビゼーらしい親しみやすいメロディが絡みあいます。
夜、眠る前に、聴いたりする、いわゆるナイトキャップ向きの曲としてキープです。
美しいタッチの仁美さんのピアノで映えます。

同じ年の「海洋画」は、海を行く舟、でもどこか寂しい曲調で、ひっかかるものがあります。
なんだろ、この感覚。
ビゼーは、ようやく結婚して、新生活をスタートさせたものの、その残された人生はあと6年ちょっとだったのですね。
最晩年の「カルメン」の根底に流れる、「宿命」というモティーフは、威勢のよさや、名旋律の影に隠れた、ビゼーの表わしたかったものだと思いますが、なにか、天才ゆえの、複雑な内面を垣間見るような音楽が、このいっけん、麗しい「海洋画」だと思うのですが、いかに。

同年の作品「半音階的変奏曲」は、さらにシリアスで本格的な作品です。
この曲も、完成度は高く、このCDの中で一番の作品に思いますし、かつてグレン・グールドも演奏したそうです。
多種変転しながら進む冒頭の深刻な旋律、そこには常に技巧を尽した奏法がつきまといますが、聴いていてそれが鼻につかないのが、ビゼーの音楽のよさと、キレのよい金田さんのピアノのよさ。
圧倒されるような曲に演奏でした。
コンサートで弾いても、この曲は受けるでしょうね。

ということで、金田仁美さんの、意欲あふれるビゼー作品集。
大いに堪能しました。

そして、このCDは、お馴染み、「EINSATZ RECORDS」企画の記念すべき初セッションレコーディングなのでありました。
もうだいぶになりますが、カウンターを挟んで、お酒を飲みながら、音楽を聴きまくり語りまくったマスターさまのプロデュース作品です。

Einsatz

懐かしい~、この扉の向こうには、いつも酒と音楽がありました。

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2014年6月19日 (木)

ビゼー 「カルメン」 デ・ブルゴス指揮

Red_rose_1

まだ開く前の真っ赤なバラ。

バラの花の、もしかしたら、一番美しい姿かも、と思ってます。

こんなの、妖艶な美女に投げられた日にゃ、おいらもう・・・・。

あ、いえいえ、いまは、男子が、女子に花は捧げるもんですな。

Redrose2

そのバラも、品種にもよりますが、やがて開いて大輪となり、芳香もふりまいて、そして、はらはらと散ってしまいます。

あぁ、哀しきバラよ。

酒と薔薇の日々は、長くは続かないと申しますし、ディーリアスの声楽作品、ダウソン詩の「日没の歌」にも、そう歌われてます・・・・。

Bizet_carmen_burgos

  ビゼー  歌劇 「カルメン」

 カルメン :グレース・バンブリー    ドン・ホセ:ジョン・ヴィッカース
 ミカエラ  :ミレルラ・フレーニ      エスカミーリョ:コースタス・パスカリス
 フラスキータ:エリアーネ・ルブリン   メルセデス:ヴィオリカ・コルテス
 ダンカイロ:ミシェル・トレフォン     レメンダード:アルベルト・フォリ
 モラーレス:クラウデ・モメーニ      ツニガ:ベルナルト・ゴンチャレンコ

 

 ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス指揮 パリ・オペラ座管弦楽団
                              パリ・オペラ座合唱団
                                木の十字架少年合唱団

                                                   (1969、70@サル・ワグラム、パリ)


今日もビゼー、そして「カルメン」。

誰もが知ってる、泣く子も黙る「カルメン」。

万人の知る「カルメン」のイメージは、爆発的な南国前奏曲に、かっちょええ「闘牛士の歌」、妖艶な「ハバネラ」。
これらに絞られるのではと、思います。

確かに、これらは、スペインと奔放な女性という、このオペラの持つ大きな要素をあらわすものなのです。

そして、同じように、このオペラの重要なモティーフは、前奏曲の後半の暗い運命をあらわす宿命動機。
それから、カルメンの正反対の女性、清純なミカエラの愛らしいアリアと、その存在。
そして、なにより、「花の歌」。
 ドン・ホセが、カルメンの強烈な目線に人生初めて会って、別な世界に目覚めてしまった。
その想いが、彼女が投げた一輪の花に集約されていて、ボクちゃんは、すべてを投げ打って、カルメンに夢中になっちゃった。
そして多情なカルメンの気持ちをつなごうと、愛を込めて歌うアリアがそれ。

「カルメン」という、あまりにポピュラーなオペラの持つドラマには、まっとうな男が道を踏み外し、故郷の母も恋人も捨て去り、アンダーグランドの住人となり、思いきり愛した女を殺害するまでの、人生踏み外し物語なんです。
ナイフによる殺傷という、ヴェリスモ的な結末を持つ、これまた血なまぐさいもの。

その半面を見ると、女主人公のカルメンの自由すぎる生き様。
単に、移り気な女性として描かれるだけじゃなくて、縛られることから常に離れていたい自由を謳歌するフリーダム人生。
そのためには、ドン・ホセの殺意すら自らを解放する一手段として受け止めたカルメン。
 そんな風に解釈し、演出もできる、そんなビゼーの描いたカルメンではなかったかと思います。

ですから、「アルルの女」のカップリングとしての管弦楽作品組曲では、とうていわからない「カルメン」の世界は、オペラ全曲を聴き観ることで理解できるものと思います。

しかも、かつてのギロー編のレシタティーボ版では、緊張感がなさすぎなので、いまや、コミーク版として、セリフ付きの劇的な上演や録音の方が、このオペラの本質に迫れるものとなってます。
スペインの風物ながら、フランス語なのも、思えば奇妙なのですが、そこは、天才ビゼーの素晴らしい筆。
匂い立つ音楽、旋律の数々、そして、そこに厳然としてある悲劇的な暗さ。
ほんと、完璧なオペラのひとつです。

今宵は、全曲を聴く時間がないので、要所を何度かにわたってツマミ聴き。

2度目のブログとなります音盤で。

先ごろ、癌のため80歳で逝去した、ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴスの指揮で。

デ・ブルゴスは、日本でもお馴染みの指揮者でしたが、わたくしは、一度も実演に接するこがなかったです。
読響を聴くことがあまりなかったからですし、ベルリン・ドイツ・オペラやウィーン響との来日でも聴かなかった。
 もったいないことをしましたが、デ・ブルゴスの来日で、一番印象に残ってるのが、フィルハーモニア管との来日のこと。
NHKの招聘だったので、テレビ・FM放送がありました。
万博以来の、名門フィルハーモニアの来日は、78年頃でしたか。
ムーティが指揮者だったころで、デ・ブルゴスの演目は、ディーリアスの「村のロメジュリ」、メンコン、ブラ2。

スペイン一色のイメージの強かったデ・ブルゴスが、実は、ラファエル・フリューベックというドイツ系でもあったということを、そのとき知りました。

ですから、その後の経歴も、スペインとドイツにポストを歴任したわけです。
ワーグナーも、ドイツ的に、しかも明晰に聴かせる名指揮者だったのですね。

このカルメンでは、パリのオペラ座の少し荒っぽいところもラテンの血でもって解放しつつ、スピーディな解釈でもってキリッと仕上げた全体像を造り上げてます。
本場ものとかはいいたくない、スマートな演奏ではないかと思いますね。

歌手はでこぼこありますが、一番しっくりくるのが、バンブリーのカルメンで、肉太・肉欲系の濃いカルメンじゃ、まったくなくって、贅肉少なめ、スポーティなカルメンに思いますがいかに。
同じく、フレーニのミカエラも、ミミ系のカワユサ。
 一方のホセ君のヴィッカースは粘着系、闘牛士は古風系、ということで少しアカンです。

ビゼーも、シューベルトやメンデルスゾーンのように、早世系の天才だったこと、ますます実感できます。

アバドが、ベルガンサととも施した、もっと優しく知的なカルメン像。
わたしには、いちばんの演奏でありますこと、最後に記しておきます。

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2014年6月18日 (水)

ビゼー 「アルルの女」 バレンボイム指揮

Ouji_ajisai

いま、もっとも盛りの紫陽花です。

アジサイには、いろんな品種があって、しかもパステル調の色合いが、梅雨の時期にぴったり。

Ouji_ajisai_2

じめじめのところにも、道端のほこりだらけのところにも、日の当たる乾燥したところにも、紫陽花は、どこでも強いのであります。

いまの季節、雨の中でも、梅雨の中休みの晴れ間でも、楽しませてくれる紫陽花たちなのでした。

Bizet_barenboim

  ビゼー  「アルルの女」組曲 第1番

    前奏曲、メヌエット、アダージェット、カリオン

  ダニエル・バレンボイム指揮 パリ管弦楽団

               (1972.10 パリ)


何故か、ビゼーが、そして「アルルの女」が聴きたい気分。

そして、第1組曲しか録音してくれなかったので、ちょっと残尿感も残る(?)音盤で。

ビゼーがドーテの「アルルの女」に劇付随音楽をつけたのが、全部で27曲。

初演はイマイチの評判だったし、全作が録音されることは、いまでも極めて稀ですが、ビゼーが自信を持って、それらのなかからセレクトした4曲が、この第1組曲。

メヌエットやファランドールが入ってる第2組曲は、友人で、「カルメン」をレシタティーボ付きの華やかなスタイルに補筆したギローが、作者の死後に選んだものです。
 しかも、フルートの美しいメヌエットは「美しいパースの娘」からの転用であります。

ですから、ビゼーのオリジナルの意思を反映しているのは、第1組曲のみ、ということになり、ここで、若きバレンボイムが、そうした選択をしているのは、ひとつの見識でもあります。

まだフルオーケストラを指揮しはじめて間もない頃のバレンボイム。
ありあまる才気を、そこに爆発させているかといえば、必ずしもそうではなく、思いのほか慎重で、爽やかですらある半面、低音もずしりと響かせ、旋律線も、場面によってはねばりを見せたり、曲に切り込もうとする意欲がヒシヒシと出ております。
 そんな、多面性が妙に面白かった、若いころのバレンボイム。

せっかくのパリ管を使っておきながら、お洒落でも、おフランスでもなんでもない。

でも、このオケの管の独特の華やかさと、美しさは、充分に感じられますよ。
EMIの録音も、ここでは悪くはないです。

前奏曲のサキソフォーンの歌いぶり、アダージェットの美しい表情。
そして、わたくしの大好きな2曲、メヌエットとカリオン。
夢のような中間部が素敵なメヌエットに、輝かしいカリオン。
そして、全曲にわたって、どこか暗い影も漂わせるのがバレンボイムの指揮。

そもそも「アルルの女」の物語は、極めて血なまぐさくて、南フランスの血の濃さ。
たぎる情熱が、まるで、南イタリアのようで、イタリアオペラにいう、ヴェリスモみたいな現実の痴話物語でもあるんです。
チレーアの同名のオペラで、その筋を紹介してますので、あらすじだけでも読んでみてください。バカらしくなります。 →チレーア「アルルの女」

ですから、きれいきれいに仕上げるばかりでなく、そんな暗さをも引き出すのも、指揮者の解釈のひとつかもです。

「アルルの女」にも、いろんな楽しみ方があるもんです。
定番のクリュイタンス、明るい歌の満載のオペラティックアバド、ピュアな爽やかマリナー。
これらも大好きです。

Bizet_barenboim_1

ネットで、オリジナルジャケット見つけました。

懐かしいな。

そして、あたりまえだけど、若いな、バレちゃん。

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