カテゴリー「ロシア系音楽」の記事

2017年3月21日 (火)

ショスタコーヴィチ ふたりのペトレンコ

Zojyoji_2

お彼岸の昨日。

東京は、温暖の陽気に。

ここ、増上寺も、桜がちらほらと、開花し始めました。

東京の開花宣言は、靖国神社で、そちらが、まだ準備ととのわずとのことだったけれど、21日の今日、開花宣言なされました。

春ちかし。

が、しかし、冷たい雨で、一進一退・・・・

で、ペトレンコ。

Petorenko

これからの、オーケストラ界をリードする指揮者たち。

今回は、ふたりのペトレンコ。

ニュース的に、情報量の少なさや、日本での馴染みの不足から、驚きの報だった、キリルの方のペトレンコ。

シベリア地方の出身で、音楽家だった両親とともに、若き日に、オーストリアに移住し、同国と、ドイツのオペラハウスで、叩き上げのオペラ指揮者として、徐々に頭角を現すようになった。
 そんな、伝統的なカペルマイスター的な、積み上げの成果が、バイエルン国立歌劇場の音楽監督や、バイロイト音楽祭でのリングに結びつき、そして、ベルリンフィルの指揮者という最高のポストにたどり着いた。

2018年の正式就任には、46歳となるキリルさにん。

天下のベルリンフィルに、この年代で若すぎるのでは・・、と思ったら、現任のサイモン・ラトルは、47歳での就任だった。
クラウディオ・アバドは、さまざまな華やかなポストを歴任したあとの、ベルリンフィル音楽監督は、57歳。
ちなみに、カラヤンは、フルトヴェングラーのあとを継いだのは47歳。

より自主性を増したこのオーケストラの判断の正しさは、これまでの歴史と経緯が物語ってます。
そして、さらに、キリル・ペトレンコの音楽メディアに対する慎重さが、ユニークであり、そして、キリルに対する謎めいた雰囲気を高める効果ともなっている。
 いま聴ける、正規音源が、スークの作品と、ベルりンへの客演映像のみ。
商業的にたくらみそうな、ベルリンフィルとの録音や、バイエルンでの映像もなし。

いいじゃないか、こんな硬派な存在!

数年前のライブ録音を、youtubeから聴いた。

 ショスタコーヴィチ  交響曲第7番「レニングラード」

   
キリル・ペトレンコ指揮 RAI交響楽団


2013年ごろの演奏会ライブと思われます。
RAIは、トリノのイタリア国営放送のオーケストラで、ローマと、ミラノ、トリノにあった放送オケをトリノで一体化させたもの。

 スピード感と、音圧のすごさを、この放送音源からでも感じます。
そして、重苦しくならない、軽やかさと、不思議に明るい解放感も。
 終結の、豪勢きわまりないエンディングも、このイタリアのオーケストラから、びっくりするぐらいの精度も伴って引き出してました。
 しかしながら、表面的な効果狙いとは遠く、さまざまな問題提起のある、意義深いショスタコを聴いた想い。
これはまた、ベルリンでのショスタコの全曲演奏に、大いなる期待を抱かせてくれるひとこまでありました。
 ちなみに、戦争の主題の繰り返しのサブリミナル効果場面では、ものすごい興奮と熱狂が聴く人を待ちうけてますよ。

こういったところも、うまいんだ、これまた、キリルさん。

Shostakovich_13_petorenko_a

  ショスコーヴィチ 交響曲第13番「バビ・ヤール」

     Br:アレクサンダー・ヴィノグラードフ

 ヴァシリー・ペトレンコ指揮 ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団
                       〃          男声合唱団
                  ハッダーズ・フィールド・コーラル・ソサエティ

                       (2013.9 @リヴァプール)

もうひとりのペトレンコ、ヴァシリーの方は、今年41歳。

キリルと比べても、まだ若手だけど、しかし、もうすでに多くの録音と、日本への数度の来日もあって、その存在は、ひろく知れ渡っている。
 サンクトペテルスブルクの出身で、若き日々にソ連崩壊を経験し、音楽家としては、オペラの道を極めようとした点で、キリルと同じ。

しかし、旧西側でのポスト、ロイヤル・リヴァプールフィル、さらにはオスロ・フィルの指揮者となることで、コンサート指揮者としての存在ばかりが評価されるようになった。
この世代としては、録音に恵まれていて、ナクソスとEMIに、相当量の音源を残しつつあるし、共演盤も多いことから、合わせものでの才覚もある。
 が、しかし、ヴァシリーさんは、キリルと異なって、得意であるはずのオペラに、いまだに恵まれていない。

キリルさんの方は、とんとん拍子に、オペラとオーケストラを高度なポストでもって披歴することが可能となったが、ヴァシリーさんは、いまのところ、コンサート系のみ。
 オペラのポストは、なにかと忙しいし、苦難も多いから、それがゆえに、才能あふれるヴァシリーさんには、どこかオペラのポストも得て、ゲルギーなみの物理的な多忙さをコントロールしていって欲しい。

で、リヴァプールフィルによるショスタコーヴィチは全曲録音も完結し、次々に、多様なプロジェクトに取り組むヴァシリーさん。
ロシア物以外にも、エルガーに取り組んで、英国での長い活動をレパートリーに反映させるようになってきた。
このあたりの本来の多彩な活動ぶりが、もっと表面化し、評価されるようになると、ヴァシリーさんは、さらにステップアップすると思います。

で、今回の「バビ・ヤール」。
スマートで、イギリスのオーケストラならではの、ニュートラルな雰囲気で、金管をはじめ、弦は爽快なまでに爽やか。
でも、ときに、手荒な混沌たる響きを導きだすのが、ヴァシリー・ペトレンコの腕前で、悲壮感あふれる強大なフォルテの威力は強烈だ。
 わたくしには、このリヴァプールのオケは、チャールズ・グローヴスのもと、ディーリアスの数々の繊細な演奏での印象が強くあるが、こんな音色を聴くことになることに、驚きを感じた次第。
13番ならではの、皮肉にあふれたシニカルな様相も、たくみに表出されている。
 しいていえば、エグさが少ないかも。
その点は、キリルさんの方が多様に持ち合わせているかも。

 キリルとヴァシリー、ふたりのペトレンコ。
これからも、注目して、聴いて行きましょう。

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2015年8月21日 (金)

ストラヴィンスキー 「ペトルーシュカ」 ニューヨーク・フィル

Chiba_mono

千葉都市モノレール、千葉駅へ到着するところ。

懸垂式なので、一瞬、びっくりしますが、乗り心地は、いたってよろしいですよ。

ただ、街中に、大きな柱がいたるころに立っていて、景観的にはちょっとのところがありますが。

最近は、いろんなラッピングが行われたり、アニメとのコラボレーションや、車内ライブなんかもあったりしますから、面白いです。

千葉駅は、JR駅がただいま長期建て替え中で、ずっと工事しているイメージなのですが、7階建ての駅ビルが2018年には完成して、このモノレール駅とも通路でつながるそうな。

Petroucka

  ストラヴィンスキー バレエ音楽「ペトルーシュカ」

    レナード・バーンスタイン指揮  (1969.5 @フィルハーモニックホール)

    ピエール・ブーレーズ指揮    (1971.5 @フィルハーモニックホール)

    ズビン・メータ指揮     (1979.5 @エイヴァリー・フィッシャーホール)

            ニューヨーク・フィルハーモニック交響楽団


お盆も終わり、甲子園も終了し(東海大相模、万歳!)、夏の威力は、徐々に弱まっている今日この頃。

晩夏には、「ペトルーシュカ」がお似合い。

華麗でありながら、かなり寂しく、ペーソスにもあふれた、人形と人間の世界の綾なすバレエ音楽。
1910~1年の作。
ディアギレフが、その完成を心待ちにしたハルサイと、同時進行しながらも、そのディアギレフが、作曲途上のペトーシュカに惚れこみ、その想いの後押しもあって、一気に完成させたのが、ペトルーシュカ。

「恋をしたわら人形(ピノキオ)は豊かな感情をもって、自らの悲哀を最後は亡霊となって人々の前に現れる。

いじめられっ子が、最後は霊や憎しみの返礼として復元し復讐する。
いまや、チープなオカルト映画みたいだけれど、わたしのような世代には、そんな恐ろしい映画やドラマが流行ったものだ。

ペトルーシュカは、サーカスという、これまた哀感あふれるシテュエーションの中に生きた悲しみの存在。
そのシテュエーションは、外部からは華やかな世界だけれど、内部は悲喜こもごも、嫉妬や差別の横行する辛い世界。
ペトルーシュカは、人間社会への警鐘でもありましょう。

最後、ペトルーシュカは、霊となって怒りもあらわに登場。」

 以上、「」は、過去記事から引用。

ニューヨークフィルの歴代指揮者が「ペトルーシュカ」だけは、揃って、同団で録音してます。
思えば、ブーレーズには、NYPOでも、ハルサイを録音して欲しかったな。

バーンスタインは、実に活きがよくって、ハツラツとした表情が、いかにも、おなじみのレニーっぽい。
後年のイスラエルフィルとの再録は、悠揚迫らぬ雰囲気もありつつ、でも元気ある演奏だったけれど、NYPO盤は、表情が明るく新鮮な思いを聴き手に与えます。
コンサートスタイルで、かつ劇的。
これで、踊るのはたいへんかも。

ブーレーズは、ほかの2盤が1947年版なのに対し、初演版の4管編成の1911年版。
録音のせいもあるけど、響きが豊かで、壮麗極まりなし。
テンポ設定は、早めで、キビキビと進行しつつ、切れ味も抜群。
冷徹でありつつ、音は熱い。
バーンスタイン盤より、録音がキンキンして聴こえるのは、古いCDのせいか。
CBS録音の、クリーヴランドとのハルサイとともに、最新の復刻盤はどうなんだろうか。
版のこともありけど、小太鼓が繊細で、音色を感じさせるのがブーレーズならではのこだわり。

 1975年、バーンスタインとブーレーズのふたりに率いられて、ニューヨークフィルが来日しましたが、当時、高校生だったワタクシ。
翌日が、試験だったのに、文化会館で、ブーレーズの演奏会を聴きました。
試験は、見事に、赤点だったのですが、斜め横に、バーンスタインも隣席し、指揮棒を持たないブーレーズの颯爽とした指揮と、オーケストラの精度の高さに驚きました。

 このときのプログラムがまた面白くて、マイスタージンガー、イタリア、キルクナーの曲、ペトルーシュカの4曲。

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このときは、ふたりで、ストラヴィンスキーの三大バレエを演奏してるんです。

ブーレーズのイタリアやベト2、バーンスタインのマーラー5番にエロイカですよ!!

高校生だったわたくし、もう、興奮しまくりでしたよ。
いま思えば、さらなる赤点覚悟で、この4演目、すべて聴いておくべきでした。

メータのCBSデジタル録音は、そのジャケットもふくめ、ハルサイに次いで、評判を呼んだものでした。
いま聴き返すと、先代の2人の個性と雄弁さに比べると、ちょっと常識的。
普通に素晴らしい演奏なんだけど、この曲に必須のリズム感とか躍動感が弱めかな。
デジタル初期の硬さも、録音面からも影響してるみたいで、CBSじゃなくて、デッカの絢爛ゴージャスな録音だったら、もっとグラマラスなペトルーシュカになっていたんじゃないかしら。
メータにしては、スリムにすぎるかも。
60年代のロスフィルとの旧盤の方が活力がみなぎってます。

※ペトルーシュカの大いなる聴きどころは、第4部、すべてが集約されて、血沸き肉躍るような冒頭の再現部が、フルオケで出現するところ。
そこと、最後の、哀しい結末との対比の落差。

 今回、NYPO3種で聴いてみて、そのあたりの一気呵成の盛りあげのうまさと、クールなまでの緻密さで、ブーレーズに軍配を差し上げましょう。
バーンスタインもメータも最高に素敵ですが、わたくしには、実演の遠い思い出が、決め手となってます。

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2015年8月 1日 (土)

ストラヴィンスキー 「火の鳥」 ハイティンク指揮

Zojyouji_a

真夏の、芝増上寺。

盆踊り祭りが行われてまして、散歩がてら、東京タワーと夕焼けの見物に行きましたら遭遇しました。

境内には、所せましと、出店が。
石焼きピザの店は、本物の窯があって焼いてるし、浜松町にある日本酒センターも出店して、効き酒セットなるものもやらかしてるし、お隣のプリンスホテルも、美味しそうなケータリングしているぐらいだから、ともかくグルメなのでした。

しかし、暑い、しかも湿度高い!

Firebird

 ストラヴィンスキー バレエ音楽「火の鳥」

   ベルナルト・ハイティンク指揮 ロンドン・フィルハーモニック管弦楽団

                       (1973.11 @ロンドン)


暑いから、先週のハルサイに続いて、ストラヴィンスキーのバレエ音楽を聴く。

なぜ、暑いからか・・・

わかりませんが、ストラヴィンスキーの、とくに三大バレエは、夏向きの音楽に感じます。
とくに、ハルサイとペトルーシカはね。
「火の鳥」は、夏と冬かな。。
あくまで、わたくしのイメージにすぎませんがね。

そして、今宵は、先だっての「メータのハルサイ」に続きまして、70年代ものを。

最新の演奏の音盤は、ほとんど聴かなくなってしまった、哀しみのノスタルジーおやじです。
かつて、慣れ・聴き親しんだ演奏ばかりを聴き、そして、購入してます。

新しい演奏は、ネットで、世界中のそれこそ、イマの演奏を確認できます。

そして、一番大きいのは、アバドを見守り続けてきた自分にとって、アバドが召されてしまったあと、現存指揮者では、ハイティンクとマリナー、プレヴィンぐらいしか、ファイヴァリットの対象がいなくなってしまったこと・・・・・

新しい録音が、ライブでしか成し得ず、しかも新録が編成の大きなものでは激減してしまった。
かねての、レコードヲタクは、CDの復刻ものと、生の演奏会にしか、楽しみの活路を見いだせなくなってしまっているんです。
あぁ、悲しい~

そんななかでの、大いなる喜びのひとつが、「ハイティンクの火の鳥」。

ようやく入手しました、ロンドンフィルとの旧盤。

ハイティンクの「ストラヴィンスキー三大バレエ」は、70年代のロンドンフィルとのものと、ほぼ90年頃の、ベルリンフィルとのもの、ふたつが録音として残されてます。
レパートリーが広く、どんな曲でも器用にこなすことができるハイティンクにとって、ストラヴィンスキーは、若い時から、お手の物で、コンセルトヘボウでも、30代の若き「火の鳥」の組曲版が残されてます。

40代にあったハイティンクと、当時の手兵のひとつロンドンフィルの、こちらの演奏は、かねてより聴いてきた、思わぬほどの若々しさと俊敏さにあふれた「ハルサイ」と同じくして、ダイナミックで、表現力の幅が大きく、細かなところにも、目線が行き届き、仕上がりの美しい、完璧な演奏になってます。
LPOのノーブルなサウンドは、コンセルトヘボウと同質な厚みと暖かさを持っていて、ハイティンクとの幸せなコンビの絶頂期と思わせます。
 フィリップスの相変わらずの、録音の素晴らしさも手伝って、まるで、コンセルトヘボウです。
これこそが、ハイティンクの指揮者としての個性になっていったのでしょうね。
豊かな弦の馥郁たる音色と、オケ全体の分厚さと高貴な味わい。
マイルドな木管と金管。
全体の色調は、渋色暖色系。

切れ味は、昨今の技量高き演奏からすると物足りないかもしれませんが、先に書いたとおり、味わいある「火の鳥」として、存在感ある1枚かと思います。
それでもって、カスチェイの踊りにおける、疾走感とリズムの取り方の鮮やかさは、なかなかのものだし、場面場面の移り変わりも絶妙。
終曲の晴れやかさも、素晴らしくって、心の底から、感動できたし、爽快なエンディングの典型を、なにげに描きあげているところが、さすがにハイティンクと実感しましたよ。
 ベルリン盤は、未聴です。いつかまた。

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2015年7月22日 (水)

ストラヴィンスキー 「春の祭典」 メータ指揮

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またしても靖国神社の御霊祭ネタで恐縮です。

青森ねぶたを始めとする、提灯系の艶やかかつ、原初的な各地の祭りの飾りがいくつか展示されてました。

青森や弘前のねぶた(ねぷた)は、本格シーズンでは観たことありませんが、祭り前の展示物は、何度か拝見しました。
 ともかく大きく、細工も精巧で、ねぶた、いや、そもそも年に一度の祭りにかける人々の情熱を強く感じました。
そして、ねぶたの印象的なところは、これまた原初的な、そして、日本人の心に潜むリズム感を刺激する、そのお囃子。

心と体にビンビンきますね!

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そして、どうしようもなく暑い、暑いから、「春の祭典」だsign03

  ストラヴィンスキー  バレエ音楽「春の祭典」

     ズビン・メータ指揮 ロサンゼルス・フィルハーモニック管弦楽団

                    (1969.8 @ロイスホール、LA)


わたくしの、初ハルサイが、このメータ&ロスフィルの名盤。

1971年に発売され、その年のレコードアカデミー賞管弦楽部門に、選ばれました。

中学生のわたくしは、即座に、このレコードを買い求め、その演奏もさることながら、この「春の祭典」という、当時、超モダンで、激しくダイナミックな、ゲンダイオンガクに、心の底から魅せられ、学校から帰ると連日、聴きまくったものでした。

スピーカーの配置を、いろいろ試しつつ、このデッカ特有の目にも耳にも鮮やかな分離のよい、芯のある録音の良さを楽しみましたが、以前にも書きましたが、あるとき、ためしに、勉強机と一体化した本箱の上に、そのスピーカーを置いて聴いてみたときのこと。
 あまりの重低音と、鳴りのよさに、安くて軽量なスピーカーが暴れだし、本箱の上から、机の上に見事に落下。
あやうく、頭部への一撃は免れましたが、机には、大きな傷を残すこととなりました。

どっかの評論家先生じゃありませんが、メータのハルサイは、命がけなのであります(笑)

この思いで満載の、メータ・ロスフィルのハルサイをCDで買い直したのは、そんなに昔のことではありません。
 この演奏以降に、とくに、70年代は、個性的かつビューティな「ハルサイ」が、たくさん出現したものだから、それらのCD化盤をともかく先に買い直したり、初聴きしたりで、何故かメータの原初盤は、後回しになっていたのです。
 メータのハルサイは、ほかにもいくつもあるもので、そちらの音盤を持っていたから、後回しになっていたということもあります。

 わたくしの、「ハルサイ」ナンバーワンは、申すまでもなく、アバド盤です。

あの軽やかで、スマートなハルサイは、まるでロッシーニのように軽快かつ、スピーディなものです。
 そして、メータ・ロスフィルのハルサイは、同じくして、スピーディで、各所にみなぎるスピード感は、もしかしたら、ハルサイ史上の中でもトップクラスかも。
でも、そこに重量感と、濃厚な味わい、完璧なまでの統率力と切れ味の豊かさ、これらが恐ろしいほどにビンビンと来て、「ハルサイ」に感じる野卑なイメージも見事に表出しているものだから、年月を経ても色あせない凄演になっているのです。

あのときのメータと、ロスフィル、そして、デッカの録音陣、三位一体にして出来上がった名演奏・名録音だと思います。

当時のアメリカは、70年代初めにかけて、大統領はニクソン、そして長引くベトナム戦争は泥沼化しつつあり、映画では、「明日に向かって撃て」や「イージー・ライダー」「真夜中のカウボーイ」の時代。
 東海岸のバーンスタインは、ニューヨークをそろそろ抜けだして、ヨーロッパへと活動の場を求める時期。
 そんな時代背景にあった、メータ&ロスフィルの黄金時代。

69年「ツァラトゥストラ」、71年「春の祭典」、72年「惑星」、74年「ヴァレーズ・アルカナ」。
毎年、このコンビは、日本のレコード・アカデミー賞を獲得しました。
グラマラスな音楽造りと、鮮やかな録音がなす、まさに、レコード芸術でした。

いずれも、豪華で、ガソリンを大量消費するパワーあふれるアメ車を乗りこなすようなゴージャスな演奏。
 いま聴けば、こんなに豊かな演奏は、ほかにありません。
ちまちました小手先だけの演奏や、解釈にこだわりすぎた干からびた演奏が多くなってしまいました。
 演奏も、録音も、豊かに、輝いていた時代のひとコマだと思います、メータ・ロスフィル。

Mehta_nypo_stravinsky

  ズビン・メータ指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック(1977.8)

               ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1985.8)


メータは、ロサンゼルスを卒業後、ニューヨークへ。
CBSへ移籍後の第1段が、得意の「ハルサイ」。
テンポは、快速から、中庸に変わりましたが、その重量級かつ、ド迫力の推進力には変わりはありません。
慎重さから、一気呵成の元気さは不足しますが、NYPOという名器を手にした喜びと、でも、かつての手兵と違う、どこか遠慮がちなメータも、初めて経験したものでした。
いま、CDで聴き直すと、初めて聴いたときとは違って、力感のみが強調されて聴こえるのも、面白いものです。

ともかく、ハルサイ好きのメータ。

イスラエルフィルとも、始終演奏していて、エアチェック音源も複数ありますが、同団とのものは、結構、のびのびと、自由自在な感じです。

そして、お馴染みのウィーンフィルとも、何度も演奏してまして、ザルツブルクライブも音源化されてます。
あのウィーンフィルとは思えないくらいに、軽い感じでドライブしていて、重厚でありつつも、色気を持たせつつ、さらりと演奏してしまいました。
マゼールが、オケの首を絞める勢いで、ぎくしゃくとした妙にナイスなハルサイを残したのにくらべ、メータは、あくまで自然な感じです。

さらに、テルデックにも録音するようになったメータ&NYPOは、80年代後半(?)に、再度録音。
こちらは、残念ながら未聴です。
そして、2013年、77歳にして、オーストラリア出身の世界オーケストラメンバーと、ハルサイを録音しました。

どんだけーーー==

ブーレーズと、きっと双璧の、ハルサイ指揮者ですよ。

でも、メータさん、不思議なことに、「ペトルーシュカ」は指揮しても、「火の鳥」を絶対にやらない。インド人もびっくりの、ハルサイ・おじさんなのでした。

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2015年6月 6日 (土)

プロコフィエフ 「ピーターと狼」 ハイティンク指揮

Shibaneko_1

呼べばやってくる、某公園のおなじみの、にゃんにゃん。

親しみもありつつ、ツンデレで、逞しい一面も。

いろんな人に可愛がられる公園のにゃんこでした。

Peter

   プロコフィエフ   「ピーターと狼」

       語り:ヘルマン・プライ

 ベルナルト・ハイティンク指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

                      (1969.9 @アムステルダム)


プロコフィエフ(1891~1953)の生没年を見ると、そんなに昔の人じゃないですね。
帝政ロシア時代に生まれ、26歳のときに、ロシア革命を経験し、一時亡命はするも、ソ連邦時代には、同邦を代表する作曲家としていろんな縛りの中に生きた人だし、一方で、世界各地を巡って、ソ連邦の作曲家としての顔を売り込むという、ある意味、自由な日々も送れた、そんなプロコフィエフさん。

ちなみに、日本の明治・大正・昭和をも全部、きっと知っていたはずのプロコフィエフさん。
日清戦争(1894)、日露戦争(1894)を経て、列強の仲間入りしてゆく日本との関係も深いですな。
日本滞在中に、和のリズムや旋律に感化されていることも、嬉しい出来事です。

そして、われわれ日本人が、学校の音楽の授業で、必ず聴いた音楽を書きました。
「ピーターと狼」。

いまは、どうかわかりませんが、わたくしは、習いましたよ。

日本語のナレーションは、坂本九。
演奏は、カラヤンのフィルハーモニア盤だったような記憶がありますよ。
なんたって、小学生だったから、もう半世紀くらい前ですよ。

作風が色々変化したプロコフィエフ、1936年、「ロメオとジュリエット」と同じ年の作品。
モダニズムや、激烈な音楽造りから脱して、メロディもしっかりあって、抒情と鋭さも兼ね備えたシャープな作風を取るようになりました。
 親しみやすさと、平易さ、そして、たくみな描写でもって、ナレーションの語るその場面が目に浮かぶほどのリアリティさ。

子供のときは、狼が出てきて、ヒヤヒヤしたし、こずるいネコが憎らしく思い、そして、狼が捕まって、みんなで行進する場面では、晴れやかな気持ちになったものです。

 でも、プチクラヲタ・チャイルドだった自分、廉価盤時代でも、こうした曲には手を出しませんでしたが、フォンタナから出てた、ハイティンク盤が、ハイティンク好きとしては、気になってましたね。

そして、CDを最近購入。
国内レコードでは、ナレーションは、樫山文江さん。
そして、外盤では、なんと、バリトンのヘルマン・プライなのでした。

この、深くて暖かみのあるバリトン声によるナレーションが、とても包容力と親しみに溢れていて、素敵なのですよ。
 そして、それに、完璧なまでに符合しているのが、ハイティンク指揮するコンセルトヘボウの、いつものあの、あったかサウンドに、フィリップスの明晰ウォームトーン。
ことに、この手の曲は、分離がよくなくては話しにならないが、ここでは、ごく自然な、ソロ楽器の捉え方と、劇に合わせたステレオサンドが、とても素晴らしいのですよ。

こうした曲の場合、指揮者が素晴らしいとか、解釈がどうの、とははなはだそぐわないのですが、ここでは、ハイティンクとコンセルトヘボウならでは、ということと、プライの声が、いつものプライらしいですよ、ということにとどめておきましょうかね。

ねこさんも、ピーターの飼い猫として、登場しますが、楽器はクラリネットということで、そのイメージは、そろり、そろりとした動きが、いかにも、ですな。

カラヤン、バーンスタイン、ベーム、小澤、アバド・・・、幾多の大指揮者も録音してきた、「ピーターと狼」。
みなさまも、たまには、いかがですか?
その際は、ナレーターで演奏を選ぶのもひと手ですよ。

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2015年4月15日 (水)

チャイコフスキー 交響曲第4番 セル指揮

Tokyo_tower_1

この青空、うららかな日差し、そして、もちろん桜の花。

桜はともかく、みんなどこへ行ってしまったの?

寒さと、雨模様。春の天気に三日の晴れなし、どころか、全然ないじゃんね。

そんな春を思いつつ、2月から、ずっと、心に引っかかってた曲を。

Szell

   チャイコフスキー  交響曲第4番 ヘ短調 op36

     ジョージ・セル指揮 ロンドン交響楽団

                 (1962.9 @ロンドン、ワルサムストウ)


そう、2月の神奈川フィルの定期演奏会のメイン、チャイコフスキーの交響曲第2番のあと、指揮者の川瀬さんが選んだアンコールが、同じチャイコフスキーの4番の第3楽章だったのでした。

ピチカートで、お洒落に3楽章を閉じたあと、こちらの耳は、おのずと、ダーンダッダ、じゃかじゃかじゃか・・・と豪勢なフィナーレを続けて求めていたのです。
そんな寸止めのような罪なことをなさる、川瀬さんには、いつかちゃんと4番も含めて、全交響曲をやっていただきたいものです(笑)

そして、なんだか、ようやく聴きましたよ、4番を全曲。
それもずいぶんと久しぶりに聴いたような気がします。
5番の月イチシリーズをやってるもんだから、とんとご無沙汰でしたよ。

いつか、ランキングをやりますが、チャイコフスキーの交響曲では、5番が一番好きで、それに次ぐのが、1番だったりで、賑々しいイメージの4番は、昨今、食傷ぎみ。
そんな今は、ジョージ・セルの割りきったような、スカッとした4番がいい。
もちろん、歌心にあふれた新旧アバドや、勢いのある小澤旧盤も好きですよ。

1970年春、万博の年に来日したセル&クリーヴランドは、当時、小学生でしたが、テレビで見て、その独特の正確な指揮ぶりと、なんといっても、初めて聴いたシベリウスの2番に大感激でした。
 帰国後まもなくして亡くなってしまったセル。
CBSソニーから大量で出ていた、セル&クリーヴランドのレコードは、その後の中学生の自分には、おいそれと買えるわけもなく、音のカタログと称するほんのさわりを集めたレコードでもって、そのセルの演奏や、ワルター、バーンスタイン、オーマンディといった指揮者と彼らの手兵の演奏を選んでは、何度も何度も聴いたものでした。
ここで養われた、それらの演奏のイメージは、いまに至るまで変わりません。

セルの死から間もない、73年に、ロンドンレーベルから、突然あらわれたのが、今日の音盤です。
62年の録音から、11年後の日本発売。
しかも、CBSじゃないし、ロンドンのオーケストラだしで、当時は、結構、話題になりました。
セルの遺産とか言って、レコ芸の裏表紙のカラー広告も打たれてましたね。

FMでもさんざん放送されて、録音して楽しんでましたが、本格的に聴いたのは、CD化以降。
当時は、とても録音がいいと思ってましたが、鮮明ながらも、音に若干の濁りがあって年代を感じさせます。
ちゃんとしたマスタリングをもう一度施せば、また一皮むけるかも。

 しかし、演奏は、そんなことしなくても鮮度はバッチリですよ。

終始、早めのテンポ運びで、まだ65歳だったセルは、気合充分。
ときおり、指揮台の上で、ドタドタと足を踏みならす音もしっかり聴こえる。
ズバッと切り捨てるような感覚も受けますが、よく聴くと、各フレーズを、主旋律以外も、じつによく大切に扱っていて、一音たりとも、無駄な音がなく感じる。
こうして、誠実でありながら、超・熱のこもった演奏は、1楽章のコーダと、終楽章のフィナーレの熱狂も聴き手を興奮させずにはおきません。

1楽章の歌うような第2主題や、2楽章のメランコリーな雰囲気、3楽章の克明さ、などなど、聴きどころ満載です。

オーケストラ、ことに金管がうまくて、ブリリアント。
まさにLSO。
当時は、モントゥーの時代で、ケルテスが次期指揮者としても活躍中だったLSO。
そのケルテスは、セルのあと、ブーレーズが補佐し、次の音楽監督として、クリーヴランドに就く予定だった。
イスラエルで、遊泳中、亡くなってしまう悲劇が起きたことも、忘れえぬ出来事でした。
いろんな符合がありますね。
ケルテスもハンガリー系だし、のちのドホナーニもハンガリー。
いまの長期政権W=メストはオーストリアですが、かつてのハンガリーも含んだハプスブルク系・・・。

そんなこんなを、妄想しつつ、チャイコフスキーの4番を3度聴き、いま、華々しく終楽章が散りました!

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2015年3月14日 (土)

スクリャービン 交響曲第3番「神聖な詩」 キタエンコ指揮

Ym201503

霧雨にけぶった、みなとみらいへの眺め。

開港時の景色とは、明らかに違いますが、ここ、横浜は、いまも進取の気性にあふれた、高感度の街です。

そして、わたくしには、この街は、後期ロマン派的な場所とも思えるんですよ。

Scriarbin

 スクリャービン  交響曲第3番 「神聖な詩」

    ドミトリー・キタエンコ指揮 フランクフルト放送交響楽団

                       (1994 @フランクフルト)


今年は、アレクサンドル・スクリャービン(1872~1915)の没後100年。

モスクワ生まれ、途中、西欧に過ごしたが、モスクワに病死したスクリャービンは、43歳という短命でした。

もう少し、長く生きていたら、相当に面白い作品たちが生まれたはず。

その生涯に、作風が見事に変転していったからであります。

同時代人に、ラフマニノフ(1873)、シェーンベルク(1874)、ラヴェル(1875)などが、いますが、その変化っぷりは、シェーンベルクに等しいものがいえると思います。

ピアノの名手でもあったことから、ショパンやリストの影響下にあった前期。
そして、後期は、ニーチェに心酔し、神秘主義へと、その音楽も変化させてゆき、神秘和音を編み出し、やがて、視覚と聴覚に訴えかける作品(プロメテウス)も生み出すようになる。

さらに拡張して、五感を呼び覚ます長大な劇作品をも手掛けたが、未完。

どうです、その先、どうなっていったか、むちゃくちゃ興味ありますよね。

 日本では、ピアノ作品は、さかんに取り上げられますが、オーケストラ作品では、4番の「法悦の詩」ぐらいしか、あまり聴かれないのではないでしょうか。
欧米でも、せいぜい、5番「プロメテウス」と、そして、3番「神聖な詩」ぐらい。

50分あまりを要する、この大規模な交響曲は、先に書いた作風の変化の、ちょうどターニングポイントみたいな曲で、素材からして、神秘主義的な傾倒のあらわれが見受けられます。
その音楽も壮大かつ、濃厚なロマンティシズムのなかに、怪しい不思議感をも感じさせ、とても魅力的なんです。
 ちなみに、リッカルド・ムーティが、この作品をとても得意にしていて、盛んに取り上げておりました。
エアチェック音源でも、ウィーンフィルやバイエルンとのものを愛聴してますよ。

1904年の完成で、妻を捨ててまで、同じ神秘主義仲間(?)のタチャーナ・シュレーゼルと同居し、さらに西欧へもしばしば出かけていた時分。
ニーチェからの影響のあらわれか、連続する3つの楽章は、それぞれ、フランス語で、「闘争」、「快楽」、「神聖なる戯れ」とタイトルされております。

曲の冒頭に、威圧的ともとれる序奏がついていて、これが全曲通じて出現するモットーとなってます。
1楽章は、このモットーがかなり威勢よく鳴り響く一方、活気ある主題も印象的で、約26分の長大さも、飽かずに聴くことができます。
 
 

 わたしが、たまらなく、好きなのは、濃密な2楽章で、これが、「快楽」なのかしらと、思える、イケナイ雰囲気は、甘味料もたっぷり。
ときおり、だめよダメダメ的な警告音も入りますが、このトリスタン的な世界は、ともかく魅力的でアリマス。

 甘味な思いに浸っていると、曲は止まることなく、すぐさま、トランペットの早いパッセージでもって「神聖なる戯れ」に突入。
そう、この作品は、全般に、トランペットが大活躍するのです。
「法悦の詩」でもそうですが、輝かしさと、狂おしさ、ともどもの表出は、スクリャービン作品では、この楽器がキーポイントです。
独奏ヴァイオリンが、「快楽」の思いでをちょいと奏でますが、すぐに、トランペットに否定されちゃいます。
 そう、快楽はほどほどに、神聖の儀なのでアリマス。
曲は、全楽章を振りかえりながら、金管を中心に、カッコよく展開し、だんだんと崇高の境地に至ってまいります。
最後のフィナーレは、めちゃくちゃ盛り上がりますぜ!

キタエンコの指揮は、ロシア的な分厚さや、押しつけがましさが一切ない、西欧風なものでありながら、しっかりした音のうねりを感じさせる点で、まったく素晴らしいものです。
インバルに続いて、ふたつのスクリャービン全集を録音した、フランクフルトのオーケストラの優秀さについては申すまでもなく、トランペットも突出することなく、全体の響きのなかに溶け合っていて、ドイツのオーケストラであることを実感させます。

この曲のあとに、4番「法悦の詩」を聴くと、スクリャービンの変化をさらに感じることができます。

スクリャービン過去記事

 「交響曲第1番  キタエンコ指揮」

 「交響曲第4番  アバド指揮」

 「交響曲第4番  アバド指揮」

 「交響曲第5番  アバド指揮」

 「ピアノ協奏曲  オピッツ」

 「ピアノ協奏曲  ウゴルフスキ」

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2015年2月28日 (土)

ラフマニノフ 交響曲第3番 デ・ワールト指揮

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遅い春を待つ、北海道の風景を。

再褐ですが、数年前の5月の美瑛の景色。

札幌から旭川に出張したとき、車で走りました。

そろそろ種を植えて、という時期で、それでも、10度を切る気温で、旭川のこの夜は雪も舞いました。

沖縄から北海道まで、日本列島は大きくて、豊かです。

こんな景色を見ると、どうしても、チャイコフスキーやラフマニノフのロシア・ロマンティシズムを感じさせる音楽を想起してしまいます。

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   ラフマニノフ 交響曲第3番 イ短調

    エド・デ・ワールト指揮 ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団

                (1976 @ロッテルダム、デ・ドゥーレン)


歴史の「たられば」は、多く語られることですが、ラフマニノフが、あの交響曲第2番のあと、28年も、次の交響曲を作曲しなかったから、その長きブランクに、もし、どんな交響曲を生んでいたかと思うと・・・・・。

その間、ソ連革命政府のロシアを去ったラフマニノフは、アメリカに渡り、ピアニストとしての活躍が主流となっていたからです。
 同時に、よく言われるように、作品を書き、発表するたびに、評論筋から酷評を受けてしまい、自信を喪失してしまうこともしばし。

 ですが、大丈夫ですよ、ラフマニノフさん。
あなたの音楽は、いま、そのすべてが愛されてます。
時代の変遷のなかで、当時の保守的でメロデイ偏重の音楽は、いまや、普通に好まれる音楽だし、ロシアのいまある歴史なども俯瞰しながら聴くことができる、いまの現代人にとって、望郷の作曲家ラフマニノフは、とても好ましく、親しみ持てる存在となりました。

1936年、アメリカでの演奏活動のかたわら、スイスで過ごす日々も多く、そこでこの交響曲は作曲されました。
3つの楽章からなる、35分くらいの作品。
メランコリックな2楽章のなかに、中間部はスケルツォ的な要素も持ってます。

3つの楽章を通じ、メロディックでありつつ、リズム感豊かな舞踏的な弾むラフマニノフサウンドを満喫できますし、オーケストラの名技性もありです。

2番に飽いたら、3番で、少しアメリカナイズされた望郷の念を堪能しましょう。
さらに、遡って意欲的だけど、死のムードも感じさせるほの暗い1番をどうぞ。

前にも書きましたが、協奏曲のあとに来たラフマニノフの交響曲との出会いは、社会人になってから。

通えるのに、実家を離れての都会暮らしは、新宿3丁目にほど近い、6畳一間の裏寂しいアパート。
家賃は26,000円で、風呂なし、共同便所、居住者は婆さんと、夜のお仕事系。

悲しかったけれど、楽しかった一人暮らし。

そして真冬に出会った、ラフマニノフの2番の交響曲は、ヤン・クレンツ指揮のケルン放送のもので、これは、好事家の語り草にもなっている名演で、いまでもそのカセットテープを大切にしてます。
 プレヴィンとロンドン響のテレビ放送より、ずっと迫真的な思いでとなってます。
そして、間もなく聴いたのが、マゼールとベルリンフィルの3番のライブ放送。
これもまた録音して、何度も何度も聴きましたし、すぐにレコードになり、そちらも、すり減るほどに聴きました。
 ブルー系のクールなラフマニノフ。
それがいまでも刷り込みで、どうしても、あのベルリンフィルのサウンドが耳から離れません。

Rachmaninoff_sym3_edo_de_waart

でも、いくつも聴いてきました。
暖かいプレヴィン盤、実演も含めた含蓄ある尾高さん。
ウェラー盤は、ロンドンフィルが抜群にうまい。
ナイスな雰囲気の弾むスラトキン盤。
そして、このデ・ワールト盤の若々しさと、丹念なまでに静かな演奏。
 後年のオランダ放送との演奏より、表情がフレッシュで、打楽器やチェレスタも録音のせいか、効果的に聞こえる。
 そう、フィリップスの名録音のひとつで、コンセルトヘボウとともに、ロッテルダムのデ・ドーレンでの録音は、リアルさと、厚み、ぬくもりともに、最高の録音記録だと思います。

今宵も、新宿の一人暮らしの侘び住まいを回顧して、安酒なんぞを、ちびりちびりとやりながら、ラフマニフを聴くのでした。

 もう30年以上が経ちます。
これもまた、人それぞれの、望郷・忘失の思いであります・・・・・・。


過去記事

「交響曲第3番 ジンマン&ボルティモア」

「交響曲第3番 尾高忠明&日本フィル」

「交響曲第3番 ウェラー&ロンドンフィル」

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2015年2月 8日 (日)

チャイコフスキー 交響曲第5番 ロジェストヴェンスキー指揮

Hamamatsucho201502_a

しゅわっ~っち!

2月の小便小僧は、ウルトラマン一族から、ウルトラマンジャックさん。

JR東日本のキャンペーン、ウルトラマンスタンプラリーに連動して、このコスプレ。

あいかわらず、今月も、いい仕事してます。

Hamamatsucho201502_b

うしろ姿も、まんま、ウルトラしてる。

わたくしは、ウルトラマン世代だから、こちらのジャックさんは、まったく知りません。

というか、セブンで終ってるかも。

小学生のときに、ウルトラQで、中学で、セブンで、そのあとは、よくわからない。

ウルトラマンよりは、ウルトラセブンの方が、内容も深かったりで今ではとても印象に残ってますね。

浜松町の駅には、これもありますよ。

Jack

ちなみに、スタンプラリーは、なかなか壮大なもので、全64駅。

わたくしは、早々に断念してしまいました。

というわけで、月イチシリーズは、今月はチャイ5。

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 チャイコフスキー  交響曲第5番 ホ短調 op64

   ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー指揮 ロンドン交響楽団

                  (1987.2 @ロンドン、オールセインツ教会)


いま、調べたら、おなじみの、ロジェヴェンさんこと、ロジェストヴェンスキーの正式なお名前は、ゲンナジー・ニカライエヴィチ・ロジュジェストヴェンスキーなんだそうな。
たしかに、ジャケットとか見ると、そう書いてある。
「ジュ」がひとつ入るだけど、とてつもなく、呼びづらい名前になってしまう。

そんなロジュジェヴェンさん、いやめんどうだから、ロジェヴェンさんのチャイコフスキー5番は、複数の録音がありますが、一番の有名どころでは、モスクワ放送響との70年代の録音。
正規盤には、その次に、BBCライブ、こちらのロンドン響があって、そのあと、ソビエト文化省管とのものがあります。

 ロシアのオーケストラ、ことにソ連時代のその響きは、わたくしは、どうにも苦手で、ネタで聴くときはあっても、ふだんはなかなか聴きません。
まるで、ねじ込まれるようなアジる金管、ぶっとい弦の響き、濃い口の木管・・・・・。

そんなイメージに覆われていて、その典型が、モスクワのオケだと思いこんでました。
これからも、あまり聴くことはないと思いますが、たまに、刺激を求めて聴くのもありかな・・・・って感じ。
 でも、いまのロシア系のオケは、西欧化してしまいましたね。
とくに、Gさんのキーロフなんか特に。
これもまた、面白くないという贅沢を言うわたくしですから、ちょっと支離滅裂ですな。

というわけで、わたしの持つ唯一のロジェヴェン・チャイ5は、ロンドン響との録音なのです。
さすがは、曝演大魔王、ロジェヴェンさんですから、ロンドン響から、かなり濃い味の音を引き出してます。
それでも、イギリスのオケだったから、わたくしには、ほどほどに中和されて、ちょうどよく感じるのでした。

思えば、この録音がなされた1987年は、クラウディオ・アバドが、首席指揮者だった年。
その機能性を活かしつつ、明るくしなやかな響きをLSOから引き出したアバド。
その様子と、ここで聴くロジェストヴェンスキーの導き出す音たちは、当然にまったく違っていて、指揮者がオーケストラにもたらすものと、また、ことにLSOというオケの持つフレキシビリティの高さに感心をすることになるのでした。

・演奏の様子

 まさに運命の主題が、ロシアの大地からわきあがってくるような、暗欝な重々しい1楽章の冒頭部。
その後の盛り上がりぶりとの対比も、この指揮者ならではの明確さで、ともかく、棒さばきがとても上手く感じ、微妙なテンポの揺らしも心憎い。

 ゆったりと、そして朗々と、泣きのホルンを聴かせるのは、当時の首席デイヴィット・クリップスでしょうか。
当時のLSOは、綺羅星のような名手が、各セクションにおりました。
オーボエのキャムデン、フルートのロイドなどなど。
彼らの、ブリリアントな名人芸を楽しめるのが、ことに第2楽章。
ロジェヴェンも、思いの丈を、ここでは披歴してまして、かなり感動的です。

 流れのよろしい3楽章は、リズムの按配がとてもよくって、バレエでも踊れちゃいそう。
よくよく聴くと、いろんな隠し味もあるけれど、もっと色っぽくてもよかったかも。

 
 以外に大人しい終楽章の入り。
しかし、ここでも、リズミカルな拍子のよさが際立ち、弾むような主部の展開は、心躍ってくる。あぁ、なんて、乗せ上手なんでしょう、ロジュジェジェジェさん♪
要所要所を、ぐいぐいと責めつつ、面白さがどこにも転がっていて、飽くことなく曲は進みますが、基本は王道の責め。
奇抜なことはやってません。
しかし、コーダの無類のカッコよさにはまいりました。
大見栄をきったトランペットの強奏。
全オケ全力投球。
でもうるさくならないのが、LSOでよかった。
タメも充分、堂々たるエンディングに、日頃の鬱憤も晴れる思いです。

 ロジェストヴェンスキー、ほんとうに、うまいんだから♪




                   
              (Euro Artsより たぶんシュニトケの曲)

今年、84歳になる大巨匠。
この活動歴の長い指揮者は、70年のボリショイオペラとの来日以降、読響との共演も含めて、何度、日本に来てくれたことでしょう。
長い指揮棒に、指揮台に立たずに、楽員と同じ平土間立ち。
世界中のオケとの親密な関係を背景に、広大なレパートリーを誇る、器用さとバランス感覚に秀でた名指揮者であります。

フランスからは、レジオンドヌール勲章、日本から、旭日中綬章。
ストックホルムの名誉会員、そして、英国からCBE勲章。

いつまでも、ご健在であって欲しいですね。
 

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2014年11月24日 (月)

チャイコフスキー 交響曲第5番 ムラヴィンスキー指揮 そして、ブログ9年

Hamamatsucho201411

またも遅くなってしまった11月の小便小僧。

防火・防災、消防レスキューさんのコスプレは、とてもよく出来てます。

Hamamatsucho201411_a_2

お背中も、まいどかわいいですな。

12月は、サンタ、もうすぐです。

Leningrad2

来る来る詐欺みたいだったムラヴィンスキー閣下。

たしか、73年に、ついに、本邦上陸。

NHKのテレビとFMで、つぶさに観劇しました。

微動なにしない指揮棒と見えた、その無慈悲なまでの動きの少ない指揮姿。

でも、オーケストラは、ムラヴィンスキーのほんのわずかな動きと、強烈なまでの眼力に、まったく魅入れたまでに、ほんとに的確かつ細心に、ロボットのように反応。

そんなようなことが、テレビでも、まるわかりの、プロパガンダ的な、きっれきれの演奏を、70年代初頭の音楽ファンは味わったのでした。

いろいろ布石があって、万博の年に来るはずだったムラヴィンスキーは、飛行機嫌いということも判明して、その73年についに実現したのでしたが、そのときは、テレビ観劇。
大木正興さんが、やたらと興奮してました。

そして、2年後に、ふたたび来日し、さらにその2年後、77年の公演を、ついに聴くことができたのです。

大学生だったワタクシ。
友人と聴きました。
そして、巨大なNHKホールを揺るがす、大サウンドと、それと裏腹なくらいの驚きの緻密さ。
ともかく言葉もなく、その圧倒的な演奏に、ひれ伏すしかありませんでした。


  シベリウス      交響詩「トゥオネラの白鳥」

    〃         交響曲第7番

  チャイコフスキー  交響曲第5番

   エウゲニ・ムラヴィンスキー指揮

       レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団

               (1977.10.19 @NHKホール)


Tchai5_a

 この日の音源がこちら。

薄れゆく77年当時の壮絶なる演奏の記憶を、こうしていつでも再現できる喜び。

でも思う、あれ、こんなだっけ・・・。

一方で、詳細は覚えていない脳裡。

ビジュアル的には、とても覚えてます。

学生だったので、NHKホールの3階席で、ステージは遠かったですが、それがそのまま、四角い画面のように、いまでも思い起こすことができます。
 そして、少し前方の、同じく学生さんが、チャイ5のときに、スコアを見ながら、熱心に聴いていた。
でも、そのスコアを、自分より高く掲げ、周辺のお客さんからすると、とても邪魔。
さすがに、楽章の間で、後ろのお客さんから注意され、やめてました。

 肝心の演奏そのものの記憶。

当時、カラヤンやアバドのチャイ5ばっかりで、すっかり西欧のチャイコフスキーに染まっていた自分。
スヴェトラーノフやロジェヴェンのチャイコフスキーも聴いていましたが、濃厚さと、ロシアのオケ特有の金管の泣きのヴィブラートに、ちょっと辟易としていましたから、恐れていましたが、そんなことは、ちっともない。
つねに、表現はストレートで、無駄な味付けは一切ありません。

強奏のときの透徹感、急緩の鮮やかな対比、恐ろしいまでのオケ全体の統一感。

そんな、音の記憶は、ちゃんと残されてましたが、果たして、それが、チャイコフスキーの5番に相応しかったかどうか、そのあたりの記憶がどうも曖昧でした。

この音源で、その曖昧な思いを払拭できるかどうか・・・、手にして2年、正直肯定的にはいえません。

音がイマイチなのは抜きにして、こんなに完璧・鉄壁のチャイ5は、正直辛いともいえます。

すごすぎるチャイ5に、ひれ伏すことがどうにもできない思いです。

指揮も、オーケストラも、全霊を傾け、なおかつ、チャイコフスキーの真髄を歌いあげていることは痛感しますが、どこもかしこも、完璧なところに感じる、それゆえにの、極めて贅沢な不満。

なんだろ、この感覚。

実演でのすさまじい体験が、後退して感じる、この思い。

いろんなチャイ5を、その間、聴いてきて、自分のチャイ5像が出来上がりつつあるのだろうか・・・・。
ストコフスキーや、マゼールのチャイ5をいまさらながら好んで聴き、でもやはり、カラヤンの65年物が一番と思ったり、アバドのLSO盤だったり。
そんななかでは、ムラヴィンスキーは、いまの自分には、ちょっと強面すぎるのかもしれませんね。

凄すぎの演奏にはかわりありませんし、自分のなかの記憶を補完する意味でも、大切な音源にほかなりませんことは事実であります。


Mura

レコ芸に連載された、砂川しぎひさ先生の名演奏家たちのカリカチュア。

これ、最高!

ソ連邦全盛時代、これはいくらなんでも、おっかないですね~

 あっ、そういえば、このブログも、11月で、開設9年を迎えましたよ~

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