カテゴリー「クラシック音楽以外」の記事

2014年10月19日 (日)

ブレッド&バター 45th コンサート

Burebutta

「ブレッド&バター」の45周年コンサートに行ってきました。

兄妹デュオ、幸矢と二弓のブレバタは、茅ヶ崎生まれ。

湘南サウンドを育んで、45年という息の長い活動をしております。

わたくしが、ブレバタを初めて聴いたのは、高校生の頃。
たしか、テレビ神奈川(TVK)で見たはず。

当時は、フォークソング的なジャンルだったかと思います。

ニュー・ミュージックとかAORってジャンルが出るのは、もう少しあとのこと。

いっとき、聴かない時期もありましたが、やはり、「懐かしい」という言葉が思わず先行する、「ブレバタ」のイメージ。

でも、今回のコンサートに接し、懐かしいという思い以上に、彼らが、まだまだ現役で、バリバリ、音楽を愛するミュージシャンであることへの驚きと感銘の方が上回りました!

Burebutta2

 
ほぼ2時間、歌いも歌い、歌いまくってくれました。

デビュー曲や、有名曲も含めて、全部でどうだろ、15曲もあったかしら。

誰もが経験したかもしれない学生時代の仲間との日々と、もうあまり会うこともなくなった今を歌った「第2土曜日」を聴いたときには、思わず涙が出てしまいました。

 「This is My Life ~ This is Your Life 僕らは、今生きている」

似たようなコンセプトの名曲、ユーミンが書いた「あの頃のまま」も、泣きそうになっちゃった。
いくつになっても、子供たちが成人しても、自分は大人になりたくなんかない。
そんな、勝手な気持ちを持つ自分が、いつも、もっとも共感してる曲。

あとは、なんといっても、「マリエ」。
幸矢さんが、語ってましたが、1970年当時、アメリカでは反戦歌や平和ソングが全盛だった。
そんななかでの、自分たちの、これはある意味、反戦ソングと。
しみじみと、じんわりとせまってきましたね。
わたくしと同世代、もしくは、ずっと上のお客さんもたくさん。
聴き入る会場内は、静かな感動の波につつまれたのでした。

変わらぬ高音、変わらぬふたりのハーモニーに酔いしれるこの夜。

バックも実力者揃い。
ユーミンとの共演も多かった方々です。
それから、同質の声でふたりに溶け合ったハーモニーを聴かせてくれた鈴木雄大さんは、素晴らしかった。

最後は、「1969」と書かれたTシャツに着替えて登場のブレバタのふたり。

50周年には、いくつになるんだろう?
死ぬまで現役、一生現役と、力強いお言葉をいただきました。

聴いてて、いろんな思い出や、シーンが、走馬灯のように自分のなかに駆け巡るのを感じました。
音楽には、力がありますね。

そして、ブレバタにありがとうです。

いつまでも、ずっと、その歌声を聴かせて欲しいですnote

Torihage_1 Torihage

アフターコンサートは、ご一緒した仲間たちと、おいしい焼きとり屋さんで乾杯。

思い出はそれぞれですが、ブレバタへの想いは一緒。

楽しく過ごしました、お世話になりました。

 過去記事

  「あの頃のまま」

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2014年7月25日 (金)

「Lion King」~「Can you feel the love tonight」 川口優美

Lion_king

梅雨も明け、暑い本格的な夏が始まりました。

でも、突然襲いくる雷雨は、予想も防ぎようもありませぬな。

南国化する日本。

そしてアフリカの国々も、昨今はより親しい存在に。

 わたくしは、ディズニーの音楽が、子供の頃より大好きで、ほんとのオジサンですから、いまや伝説と化した、日曜の朝に、毎週放送される、ディズニーの1時間番組を欠かさず見ていたものです。
 ウォルト・ディズニーが出てきて案内役をつとめるんですよ。

そこで流れる音楽の数々は、いまも聴かれるディズニーの名曲ばかりだし、戦中に作られた「ファンタジア」のクラシック音楽もそれらの中のひとつです。

Disney

わたしの愛聴盤は、ディズニーのオリジナル曲がたっぷり詰まった2枚のCD。

若い頃、そしてカミサンと付き合ってる頃、子供が小さい頃、それぞれにディズニーに行って楽しい思い出をたくさん残しましたが、いまや、きっとかの地にには行くこともないだろうと思われます(笑)。
 せめてもの可能性は、ひとり、夜のシーの方に進攻し、夜景を眺めつつ、酒を飲んで帰ってくるという、大人な行動ぐらいかも・・・・。

「ライオンキング」は、1994年が初公開。

音楽を一部担当したエルトン・ジョンの「Can You Feel The Love Tonight」は、心に残る名作です。

映画の中では、明るいコミカルな感じで歌われてましたが、エルトン・ジョン自身は、もっとしっとりと歌うべき、扱うべきとして譲らなかったとされますね。

わたしの、先のこのCDでは、劇中の歌がそのままに、明るいバージョンで収録されてます。



ちょいと明るすぎるし、キャラ色が前に出すぎかと・・・・

そして、本家、エルトン・ジョンのリリックバージョンは。

やっぱ、こっちの方がいいね。

エルトン・ジョンは、歳が大バレになりますが、中学時代に流行った「Good bye yellow brick road」が、とても好き。
ほんとに、息の長い歌手です。

そして、川口優美さんの歌。

ご自宅での動画ですが、ローソン企画放送の流れを受けて、前ヅラ+メガネちゃんで、ゆみにゃんヴァージョンでのお歌ですよ。

これがとても素敵で、本家E・ジョンよりも、しっとりとしてて、女性的で、情感豊か。
聴き惚れてしまいますね。

声のクリアなところもいいですが、言葉に乗せた感情も感じとれて、聴く人にさりげない優しさを感じさせてくれちゃうます。




いい曲、川口優美さんの、ステキな歌唱にございます。

実力派の歌い手、川口優美さんを応援してますよ。

クラシカルないつものわたくしの違う顔です。

 優美さんのクラウドファンテング→WESYM

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2014年7月 5日 (土)

川口優美 ワンマンライブ

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7月3日、川口優美=ymさんのライブに行ってきました。

こちらでは初めて書きますが、川口優美さんは、ローソンの「コンビニごはんで、きれいになれちゃうかも」で、女性3人が、1ヶ月間、コンビニの商品だけを食べて、体脂肪率の減少や、各種演芸(?)競技、そして自作の曲披露というハードルを経て、優勝者には、ヒャダインさんのアレンジ・プロデュースでCDデビューが果たせる・・・というニコ生企画番組に出演されていた歌い手さんなのです。

春のその対戦は、惜しくも2位になってしまいましたが、アクティブな彼女は、活動を再開し、ワンマンライブも敢行。
同時に、クラウド・ファンティングを利用してのCD等の制作にもチャレンジ中なのです。

聴く人を引きける歌の上手さと、心に響くその作品たち。
すぐさまにファンになりましたよ。

そう、大昔から、ずっとそうなんですが、ワタクシ、単なるクラヲタちゃんじゃないんですよ。
音楽ならば何でも好き。
気に入れば、大いに応援しまくるんですよ。

この日も、ともかく、楽しかったのひと言につきますね。

オシャレな街、自由が丘にある、「hyphen」(ハイフン)というお店でした。

こちらは、昼は、美味しい紅茶の専門店でして、ランチも楽しめます。

そして、夕べになると、素敵なライブハウスに。

お酒を飲みながら、音楽が楽しめるという、わたくしのような人間には、理想郷のようなところなのでした。

そして、ymさんのお歌を、間近で聴けるという幸せでしたよ。

上の画像を見てください、いい雰囲気でしょ。

日本帰国後、ワンマンライブは初だとおっしゃってました。

快活で明るい彼女ですから、歌に、おもしろMCを巧みに挟みながら進行し、あっという間に時間がすぎてしまった感じです。

8時にオープン、8時30分開演。
会場を下見したら、階段の下から、ymさまの声がまっすぐ外に聴こえてくるじゃありませんか。
ふっふっふ、と思いながら、時間つぶしを。

こんなオサレタウンに、居酒屋なんかあるかな?
と思って徘徊したところ、あるじゃありませんか、やたらとたくさん。

Awanosato  Awanosato2

そんななかで、ぎっしり満員のカウンターにひと席確保してもらって、渋~い焼鳥屋さんに。
かーっと、飲んで、ワクワクの足取りで、ハイフンに。

そしたら、超会議でご一緒した方や、ymファンの遠来の方など、すでにいらっしゃいます。
そう、この日は、ymさんのお歌を楽しむと同時に、ツイッターやニコナマで知り合った仲間たちに、リアルのお会いできたこと、それがまた大きな喜びでしたね。

テーブル囲んで、最後は、優美さんや、妹ちーちゃん、ありたん、米田さん(G)などのみなさまと、親しくお話をすることもできました。

Ym_hyphen_3

             Vo:川口 優美

             key:齊藤 アリア

             gt  :米田 勇也


                                       (2014.7.3@自由が丘hyphen)

    1.「潮騒」

    2.表題なしの歌

    3.「Nothing's gonnna change me love for you」

    4.「Top of the world」

    5.「Tsumugi」

    6.「You gotta be」

    7.「Saving of my love for you」

    7.「Natural Woman」

    8.「Landslide」

    9.「謠 声」


おなじみの自作に、カヴァー曲。

いきなり、「潮騒」なんですもの、最初の一曲でもう、わたくしたち聴き手は、彼女の歌の世界に引き込まれました。
この曲を捧げられた、優美さんの親友ご夫妻もいらしてて、そんな彼女たちおふたりの背中を拝見しながら聴く「潮騒」には、ぐっ、ときてしまいました。

 2曲目、そういえば、いつも流れてたあの曲、タイトルないのね。
ノリノリで楽しかった「top of the waold」。

懐かしさすら感じたよ、「tsumugi」。

Des'reeの「You gotta be」は、いい曲。
なんか、優美さんにエールをもらったような気がしますね。
歌詞の概要を話してくれたからよけいにそう思いました。
「恐れることを恐れてはいけないよ、自信を持って未来に向かっていって・・」
彼女のクリアボイスが映えました。

ホイットニーの「Saving of my love for you」。

さっき、お店の外に聴こえてたのこれだ。
不倫のうふふな内容の曲だといいますが・・・
声の使い方、発声が実にステキな彼女の歌唱力の高さを実感。
素直に、すぅ~と、耳から、心に訴えてきますね。
ありたんの、キーボードの素晴らしさと、そのフレキシビリティの高さは、みなさまご存知のとおりですが、こうしてライブで聴くと、ほんと見事。
ときに、寄り添うように、ときにリードしてゆくように、優美さんのお歌のぴったりと符合してます。
 それと米田さんの、アコーステックなギターの透明感の高さ、いいわ。
なんか、ソロで聴いてみたいな。

切ないラブソング、キャロル・キングの「Natural woman」も、ymさんらしくてよかったな。

宴もたけなわ。
さらにしみじみ系のよい曲が「Landslide」でした。
ギターの米田さん、ここでもいい。
これまた、良い曲を教えてもらいました。
そのエンディングには泣けそうになっちゃった。

そして、終わって欲しくない、ずっと続いて欲しいと思いつつも、始まりました「謠声」。
もう、いろんなシテュエーションで、何度も聴いてきました。
毎回、そのお歌の精度を高めてきてます。
アコーステックバージョンで聴くと、また感じが違う。
ほんと、いい。
いぇーも、やっちゃった。
ひとりで聴くのもいいけど、みんなで、心ひとつにして聴くのもいいね。

この曲、ほんと名曲です。

絶対にCD化しましょう、みなさま、優美さま。

さて、この日、「麻呂にゃんおし」といっしゃるリスナーさんが、ニコ生時代の麻呂ママTシャツを作成して、プレゼント。

話せば長いのですがね、「麻呂にゃん」とは、思い付いたことを、躊躇せず、ささっとやってしまう彼女が、麻呂風の化粧をして平安麻呂に変身してしまったことがあるの。
以来、「麻呂」とか「麻呂にゃん」とも呼ばれてますよ。

ほら見てちょ。

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ちなみに、優美さん、アフターコンサートでは、これを着てました。

そしてあとで聞いたら、そのまま着て帰っちまったそうなwobbly


こうして、楽しいコンサートはおしまい。

仲間や、優美さん、ちーちゃんともたくさん話ができました。

おつかれさまでした、そしてお世話になりました。

わたくしの撮った動画を。「Tumugi」という曲。

画質・音ともに悪いですが。


川口優美=ymさん。

ニコニコ放送で検索いただくと、たくさん出てきますよ。

わたくしも、ブログをひとつ作って応援中。

そして、クラウド・ファンティングサイトはこちら。

WESYM

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2014年5月13日 (火)

Boz Scaggs 「We’re All Alone」 

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毎度の、海岸の風景。

もう少し西の方の、海沿いで生まれ、少し東へ引っ越して、小学生まで、波の音が聞こえるこの場所で育ち、そのあとは、線路の反対側へ引っ越して、暮らしました。

そこから、海を背景にした中学へ通い、高校は西の城下町へ。

ずっと、海のそばで、海とともにしてきました。

社会人になって、結婚して、子もなして、海と離れても、いつも帰るのが、ここ。

山も親しい存在ですが、やっぱり海が好き。

カセットのウォークマンに、ドビュッシーの海や、ディーリアス、シベリウス、ボズ・スキャッグス、ジャクソン・ブラウン、シーウィンド、ブレバタなどを満載して、海を見に始終通ってました。
サーフィンはやりませんでしたね。

歳を経って、家庭を築くと、そんな悠長なことをやってる暇はないけれど、いま、そこそこにオヤジになって、誰もかまってくれなくなってみると、かつての行動をなぞるような、そんな余裕が生まれます。

Bozz


   「 WE’RE ALL ALONE」  Boz Scaggs

今日は、ちょいと、クラシカルから踏み出して、アメリカンなポップソングを。

連休に実家にあったCDを持って帰ってきました。

ポップといいましても、当時は、アダルト・オリエント・ロックな領域として、AORというジャンルが創出されまして、その代表格が、ボズ・スキャグスなのでありました。

アメリカから祖父母の故郷スウェーデンにわたり、そこで学生兼ミュージシャンとしてスタート。
以降、各地を駆け巡り、帰国後は、サンフランシスコに住みつき、活動開始。

そして、大ヒットを飛ばしたのが、今宵のレコード「SILK DEGREES」(シルク・ディグリース)で、1976年のこと。

わたくしは、大学生になったばかり。

クラシックばかりでなく、旺盛な音楽への好奇心でもって、また、友人たちにも影響されたりして、毎週日曜の夕方のNHKFMの全米ヒット曲を録音しては、好きな曲をどんどん増やしていったものです。
懐かしいな。

まだ、若い、ジャケットのボズ。

海を前にしたベンチに、避けるような横顔、そして赤いマニュキュアの指先。
裏ジャケは、ボズはいなくなって、ベンチにはマニキュアのお手々のみ。
これを別れと見るか、あらたな旅立ちとみるか・・・。
いろんな思いの去来する、ナイスなジャケットに思いますよ。

全部で10曲、曲の配置もよくって、レコードでいえば、A面とB面がきれいに按配されてる。
ファンキーなナンバーから、カントリーっぽい曲、ロックな曲と続いて、面の最後はスロー・バラード。
すなわち、5曲目と10曲目がスロー・ナンバー。

クラシカルなわたくしには、そのふたつが、たまらなく魅力でした。
それこそ、海を見ながら、波音を聴きつつ、潮風を感じるようなナンバーだったから、いつも海への散歩のお伴には、この2曲。

「Harbor Light」 と 「We're all Alone」。

前者は、クラシカルなわたくしから言わせていただくと、その詩の内容は、まるで、シューベルトの「美しき水車屋の娘」。
放浪する男が、港を舞台にひとりの女性を恋し、寂しくも焦がれる。
それが女々しいドラマじゃなくって、スマートで、男の哀愁ただよう後ろ姿みたいに渋いんですよ。
この曲、若い日々に、何度聴いたかわからない。
どんなシテュエーションだったかは、それは思いだせないけど、いろんな想いが走馬灯のようにめぐります。

そして、最後の「We're all Alone」。
単純に訳すと、「みんな、ひとりぼっち」ということになりますが、多々書かれているとおり、allをaloneの強調語としてとらえると、そういうことになります。
 ですが、本来は、「ふたりきり」というのが真意。
歌詞の内容も、そんな風になっていて、ちょっと甘々のラブソングになってるんです。

加えて、これもネットを叩けばたくさん書いてありますが、この曲をカヴァーした、リタ・クーリッジは、歌詞の内容を少し変えて、「みんな、ひとりぼっち」ということで歌いました。
ちなみに、リタ・クーリッジといえば、この曲というより、わたくしは、「Higher and higher」が大好きでしたね。

 言葉の雰囲気と曲とが、完璧に符合していて、哀しいけれど、優しい気持ちにさせてくれます。

ほんとうに、久しぶりに聴いたボズのアルバム。
バックも素晴らしくって、彼らが、のちに「TOTO」になっていくんですね。

70~80年代感満載ですが、わたくしには、かけがえのない思い出のたくさん詰まった時代と、その音楽たちなのでした。

また、実家の海に帰りたくなった。

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2013年12月 6日 (金)

RPG 世界の終わり

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秋葉原のクリスマスツリー。

大企業の街と化した駅前開発。

それとは別の顔、サブカルチャーの発信地としての顔。

東京の街は、みんなそれぞれ。

そして、各街から、いろんな多彩なアーティストが輩出。

横浜、埼玉、千葉、広義の東京が織りなすポップな音楽ワールドは、宇都宮や広域群馬にも同域に、そして日本各地が世界的な文化の発信域になっていると思います。

クラシカルな音楽の領域にあるわたくしは、ときおり、いまの若い人たちの音楽を確認しながら聴くことがあります。
自分の子供たちが、何を聴いてるからだいたい把握してます。

そうでない日本の曲たちにも目を光らせなくてはなりません。

でも、大概に、遅すぎるのですが、それでも事務所にいるときは、FMヨコハマを流してるので、昨今の若いリスナーさんたちが聴く音楽は、自然と耳に入ってくるんですね。

そんな中で、春先あたりからずっと気になっていた、この曲。
以来、ずっと聴いてました。

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   「RPG」   世界の終わり

クレヨンしんちゃんの映画にも使われました。

世紀末的な終末バンドのようなイメージをいだかせる名前だけど、いろいろと苦労して、苦心惨憺極め尽くしたあげくの状況を自虐的に表明した名前が「世界の終わり」なそうです。

この画像は、かれらのこの曲のビデオクリップなのですが、けっしてヤバイことなくて、ごくまっとうで、生真面目なバンドなのですよ。
 この映像の録画のとき、ヴォーカルの彼は骨折したから、その杖が、まるですごい効果を醸し出しているんです。

ドラムのマーチングバンドは、この曲に、興奮を呼び覚ます効果を持ってまして、だんだんと盛り上がってゆくその効果は、音楽が人の気持ちをつかんで、盛りあげてゆく効果のそのものです。

 是非映像でご覧ください。



両性的な高音域もきれいな声のヴォーカル。

バンドのキモは、きっとキーボードの女性。

4人の仲間たちの作り上げる、幻想的で、キモくって、3次元的で、優しくって、可愛くて、そして、音楽的な世界は、愛にあふれてます。

彼らはすごい。

音楽の多様性。

日本人で、ほんと、よかった。

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2013年11月30日 (土)

ジョージ・ハリスン

Queens_square_2

みなとみらい、クィーンズスクエア。

はいもうなにもいうことないですね、きれいです。

何度もいいますが、ワタクシはイルミネーション大好きなんです。

George_harison


11月29日は、ジョージ・ハリスンの命日でした。

もう12年も経ちます。
2001年に、ジョージが58歳の若さで、肺癌と脳腫瘍とで亡くなって。

あのときは、ほんとうに驚き、悲しみました。

ビートルズの一番若いメンバーで、80年に凶弾に倒れたジョン・レノンに続いての大ショック。

解散後すぐのころに聴きだした中学時代から、ジョージが一番好きだった。

物静かで、瞑想的で、その歌声も優しく、音楽造りもナイーブ。
初期時代は、まったく目立たなかったけれど、中期あたりから、インド音楽に目覚めたり、ギターの名手として、メンバーに確固たる存在を示し出したジョージ。

その音楽はちょっと陰りある抒情派。
シタールを取り入れて、オリエンタルなムードも漂わせた「ラバー・ソウル」あたりからが本領でしょうか?

解散後も、独自の活動で、音楽仲間とのコラボレーションでは一番豊かだった。
バングラデッシュの分離独立には、音楽によるサポートの巨大なムーヴメントを造った。
コンピューターミュージックの領域にも入り込み、クラシカルなコンテンポラリーサウンドにも近づいた。

晩年は、シンプルで透き通るような存在と、その音楽だった。

こんなジョージが好きでした。

「アビーロード」にある名作「サムシング」がとても心に沁みる今宵。
泣きそうになっちゃった。
この曲を聴いて、もう40年だよ。

ほかにも、ジョージの好きな曲はたくさん。
このベスト盤のことも、また次の機会に譲りたいと思います。

時の経過を無残に思いつつ、でも、音楽とその声は色あせないのでありますね。

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2012年9月27日 (木)

アンディ・ウィリアムスを偲んで

Andy_williams

アンディ・ウィリアムスさんが亡くなりました。

1927年生まれ、享年84歳。

ヴォーカルと呼ぶジャンルでしょうか、アメリカの良き時代を象徴するような名ポピュラー歌手でした。

小学生から中学生にかけての頃、テレビで放映された「アンディ・ウィリアムス・ショー」をよく見ていたクラヲタなりたての少年のワタクシ。

当時のスタンダードナンバーや映画音楽の数々を多彩なゲストたちを交えて歌うアンディ・ウィリアムスの歌声は、ゴージャスで明快で、誰しも好きになってしまう普遍的なものでした。
加えて、まだまだあったアメリカへの憧れ。

「ルーシー・ショー」や「奥様は魔女」「ドリス・デイ・ショー」などと並んで、子供心に、物心両面で豊かなアメリカの強さと美しさを見せつけられたようなものです。

そして、アンディ・ウィリアムスの歌声は、ラジオでも常に流れてました。
FMでもAMでも、耳にする機会がとても多かったのです。
さらに、当時の専属CBSソニーから出ていたレコードもベストセラーで、「一家に1枚」みたいにしてご家庭に必ずありました。
クリスマスシーズンともなると、決まってベスト盤が発売されるのもアンディ・ウィリアムスでした。

ちょっと古い世代の方々ならきっとわかっていただける60~70年代のアメリカン・ポピュラー音楽の偉大なるワンシーンを飾った大物でした。

冒頭の画像は、いま残っていた17センチLPのジャケット。
「シャレード」「男と女」「いそしぎ」「慕情」といったスクリーンミュージックの名曲ばかりです。
古きよき名曲、でも、いま聴くと、とても新鮮なんです。
そして輝かしいばかりのアンディさんの歌声は、一点の曇りもなくはればれ晴天なりです!

逝去を機に、youtubeをいろいろ観てみました。
ずっと後年、70代までも、その素晴らしい声は健在でした。

「オズの魔法使い」のジュディ・ガーランドとの共演。
彼女は早世してしまったけれど、アンディ・ウィリアムスと5つ違い。
その娘は、ライザ・ミネリですから!



こちらも貴重な共演。 お馴染みのジュリー・アンドリュースですよ。
これはもう、われわれクラシック音楽好きをもうならせる名人芸です。

あと忘れちゃならないのは、アンディ・ウィリアムス4兄弟。
みんなおんなじ顔と声質で、フォーブラザースでした。
クリスマスソングなど、映像でたくさんあります。

でも、ここではこれ。

夢のようなクリスマスに思いを馳せることができるアンディ・ウィリアムスの歌声にステージセット。
子供心のクリスマスは、こんな感じと、大きなクリスマスツリーに、クリスマスブーツにラメの鮮やかなカードに、ケーキとプレゼント。
それもこれも、アメリカナイズされたテレビ番組が心の背景にあったように思います。

そして、その歌声はいつもアンディ・ウィリアムスでした。

歌好きだったダンディな、亡き伯父にそっくりでもありました。

WE WILL MISS YOU ANDY!

アンディ・ウィリアムスの公式ページにこうありました。

アンディ・ウィリアムスさん、思いでをありがとう、そして安らかならんことをお祈り申し上げます。

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2012年7月13日 (金)

「HELP」 ザ・ビートルズ

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ザ・ビートルズの映画「HELP」を久々に観ました。

以前NHK放送されたものを録画しておいたものです。

ロンドンオリンピックも近づいてきましたし、私的には、今や伝説的な彼らは、立派な英国音楽のジャンルにいれてしまいたいです。

そして、オリンピックに合わせて、ビートルズ臨時再結成のうわさも・・・・。

ジョン・レノン(1980没)、ジョージ・ハリソン(2001没)の後を継ぐのは、それぞれの息子たちということで。

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映画「ヘルプ」は、1965年の作品で、ビートルズとしては、「ビートルズがやってくる、ヤァヤァヤァ」に次いで2作目。

リチャード・レスター監督(スーパーマンのシリーズも一部この人)によるもので、前作はモノクロの渋い内容だったけれど、今回は、世界を股にかけたロケを行い、まさに世界のアイドルだったビートルズならではのコメディ・サスペンス(?)。

今見ても結構笑えます。

キモは、famousという言葉。

そう、「有名な」、デス。

モンティ・パイソンを生んだ、時には辛らつなまでのユーモアの国。
自分たちが有名!ということに、やたらとこだわった、でも全然鼻につかない爽快さが、若きビートルたち。

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物語は、当時の東洋、ことにインドへの嗜好なども反映されたかのような、カリブのカルト教団に追い回される4人のドタバタを描いてます。

リンゴ・スターが、ファンからもらったこの真っ赤なリング。
これを付けてる人を生贄にしなくてはならない教理をもとに、「カイリー」と決まり文句を叫ぶ連中が、ロンドン、ソールズベリ、オーストリア、そして地元カリブと追いかけ回します。

どっかの楽劇みたいな、「リング争奪戦」は、これが強靱で希少なものだから、狂信的なイギリスの学者も参戦してごちゃごちゃに・・・・。

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ビートルズの演奏場面は、いくつもあります。
こちらは、ロンドンのスタジオで。

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こちらは、ロンドンの自宅で。

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ソールズベリの遺跡ストーンヘンジで・・・。

そして、カリブの青い海で。

ここで思ったことは、彼らのファッションセンスのよさ。

スタイルの変遷こそあれ、いま、また彼らのセンスは時代にぴったりに思いましたね。

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若すぎるビートルたち。

ポール・マッカートニーは、いまも変わりませんねぇ。

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変装して、国外に逃げるわけなんだけれど、その変装ぶりが、実は後年の思いがすれ違いだした頃のメンバーの姿にまるで一緒なことを発見した。

思えば、この3~4年後なわけです。

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間抜けな追跡チームが乗っていたのは、ハロッズのボックスカー。
こんなのあるんですかね。
ロンドン市内のインド料理店や、王室御用達の宝飾店、果ては宮殿までが、パロディ風に出てきちゃう。

これが英国のユーモアなんです。
お堅い日本じゃ考えらんない。

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この映画を含めて、1作目と、「Let It Be」の3つを同時に観たのは、友人と有楽町で、中学3年の冬でした。

中学・高校時代は、すでに解散していたけれど、その後のソロ活動も含めて、ビートルズは友達たちとの間で、カリスマ的な存在。
クラヲタ君兼ビートル・マニアだったのでした。

ちなみに、この映画を見た帰り、銀座のヤマハで買ったレコードは、「ブーレーズのワーグナー」と「アュケナージのショパン」なのでした。

「HELP」 CD盤

※ちなみに、イトーヨーカ堂では、繁忙時間に「HELP」がかかります。
従業員の皆さん、レジ応援して下さい、だそうですよ。

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2012年5月16日 (水)

「Love is The Answer」 England Dan & John Foed Coley

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黄金色に染まる海。

相模湾のサンセットタイムです。

日の出よりは、夕暮れの海に沈む太陽が好き。

センチメンタルな男なんです。

夕日に映える海を思い、夕暮れの海を見て感じる曲・・・・。

たくさんあります。もちろんクラシックも。

でも今日は、少し古めのアメリカンAORを。

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England Dan & John Ford Coleyは、70年代アメリカのポップ・ロック・デュオ。

70~80年代、日本ではいわゆるAORとよばれたジャンルのふたり。

イングランド・ダンは、シールズ&クロフトのシールズと兄弟で、ダラス出身の同級生コーリーと69年頃からデュオを組んで、ダラスからスタートした。
イングランドは芸名で、英国音楽、とくにビートルズが好きだったからとも。

その彼らを、わたくしが聴いたのは、1979年のヒット、「Love is The Answer」。

大学生の頃でした。
神奈川の家から、都内の大学に通う平凡かつ多感な日々。
海のある街に心残しつつも、都会の生活、大人の生活にあこがれる日々は、少しあとの就職を控え、揺れ動いておりました。
テレビで、イメージビデオとともに毎日流されたAORの数々。
番組名は忘れましたが、海辺やサーフィン、都会の光景を背景にしたAORは、私には身近で、かつまた遠い憧れの世界に感じたりもしました。

その中のひとつが、イングランド・ダン&ジョン・フォード・コーリーの「Love is The Answer」

夕映えの海を思いおこしてしまう、切ないくらいに哀愁と諦念、そして希望を歌った曲。
ちょっと長いですが、全文ネットより拝領して引用します。

  天国行きの切符があるとしたらいくら払う
  もうこんな所にいるのはごめんだ
  いい時も悪い時も経験して来たよ
  流されるだけ流されて
  近道なんてあっただろうか
  人生そうは簡単に行かぬもの

  ////

  心細く感じるとき  愛が必要
  道に迷ったとき  愛が必要
  ひとりぼっちのとき  故郷から遠く離れているとき
  見放されて落ち込んだとき  希望も尽き果ててしまったとき
  友達が必要なとき  そして道も終焉に近づいたとき

  愛が必要

  そう、ぼくたちには愛が残されているじゃないか

愛を振りかざしすぎるかもしれないですね。
でも、日本語の「愛」は多義的だけれど、男女の愛に傾きがち。
英語のLOVEは、もっと広範囲な「愛」を意味しているように思う。
日本語のニュアンスの豊かさは、ちょっとしたアクセントの違いで、言外の意味を込めたりと変幻自在なのだけれども、「愛」という日本語は、比較的新しく感じ、そこには男女色が第一義的に封じこめられてしまったように思います。

England Dan & John Foed Coleyが、ここで「愛」に込めた心情は、この歌詞を読めばわかりますね。
70年代後半、アメリカの良心が目一杯詰まった成功の暁の、反省とあきらめのの感情。
アメリカ自体が、ベトナムでの失敗や、ソ連との対峙による疲弊が見え始めていた時期で、人々は多感に、そして内面を見つめ、ナイーブになっていった頃。

いまの停滞と震災復興の日本の社会にも通じるものがあるかもしれません・・・・。

それでも、金色の夕焼けのあとには、より眩しい朝焼けがやってくるという、アメリカンな発想を是非にも持ち続けたい、わたしたちニッポン人です。

しなやかなAOR、England Dan & John Foed Coleyを聴いて思いました。

http://www.youtube.com/watch?v=_QZjJU-mtFU&feature=related

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2012年2月 1日 (水)

「真夜中のドア」 松原みき

Shinjuku_love1

LOVEであります。

西新宿にありますLOVEです。

外人さんも、肩寄せ合ってシャメしてLOVEです。

人生は、いつの世もLOVEです。

別に男女のことに限らずです。

ちょっと用事がありまして、方南町(丸ノ内線の支線の終点・杉並区)に行きました。
その方南町は、わたしが新宿に続いてサラリーマン時代、住んだ街。
会社の車で直帰して路上駐車を平気でして、翌朝渋滞の中、新宿を抜けて竹橋までよく出勤したもんです。

今回、方南町から新宿まで距離をスマホで計測したら約4Km。
電車賃を浮かせることもできるし、これなら軽いと思い、まっすぐ一直線歩きました。
しかし、意外とアップダウンがあって結構キツイ。
でも40分くらいでクリアしましたよ。

Miki_matsubara_2

松原みきをご存知でしょうか。

またまた郷愁の思い出話で恐縮です。

オヤジの昔話にお付き合いください。

1979年の冬、大ヒットとなった「真夜中のドア」を歌った松原みき。

1959年11月生れの彼女、わたしとほぼ同世代で、しかも同じ月の生れ。

クラヲタ兼あらゆる音楽をどん欲に聴いていた大学生のワタクシ、すぐに彼女に注目して、そのシングル・レコードを買い求めました。
45回転のドーナツ盤をすり減るほど聴きましたよ。

ジャズの心得のあるパンチの聴いた抜群の歌唱力に、少しハスキーだけど、可愛い歌声。実力とチャーミングな美貌に恵まれた彼女です。
「夜のヒットスタジオ」のビデオも実家のどこかにあるはず。

その後も順調に活躍し、作曲活動も盛んにおこなった彼女。

松原みきは、2004年に癌のため44歳で亡くなってしまったのでした。

青春時代から大人の世界を垣間見だした頃、何度も聴いた彼女の歌。

家庭も成し、子供にも恵まれたころに、彼女の訃報に接した時は、本当にショックでした。

東京の都会の冬のひとコマを歌った「真夜中のドア」。



私は私、あなたはあなた

昨夜言ってたそんな気もするわ

グレイのジャケットに見覚えのあるコーヒーの染み

相変わらずなのね、ショーウィンドウにふたり映れば・・・



冬の寒い晩、二度目の冬を迎えて、別れてしまったふたり。
そんなちょっと悲しいけれど、都会的な別れをスマートに歌った曲です。

この曲に、いまのような喧騒で雑多な渋谷でなく、わたしの大学時代の古きよき、そしてちょっとお洒落な渋谷を思います。

Miki_matsubara_1

youtubeお借りしました。

もう懐かしくてしょうがありません。

しょっぱい毎日ですから、よけいに心に染みました。

そして、このレコードのB面「そうして私が」も名曲なのでした。

http://www.youtube.com/watch?v=-N7AdT-WJQw

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