2012年5月10日 (木)

チャイコフスキー 交響曲第5番 マリナー指揮

Wadakuramon3

皇居に架かる和田倉門橋から。

遠くに見えるタワーのようなものは、東京電力。

いつのまにやら、お国の直轄となってしまった東電。

値上げもすんなり通ってしまう環境に、われわれ需要家=お客様はなすすべない。

公共料金徴収業者のように扱われたこの民間企業は、思えばノンキなもので、選択の自由のないものを買わされ、不買抗議もできず、あげくのはては放射能を巻き散らかされてしまい、実質国有化の傘のもとに入り込んでしまう。

大事なインフラを担う業態ではあるけれど、民間であるならば、厳しい競争のもとにさらされて、安穏とできない状況に追い込まれるべきだった。
規制緩和の後押しが生む、際限無い競争は、あのバス事故を思い起こすものではありますが、それ以前の、緩い体質の改善こそ、東電、しいては日本の大手企業に喚起したいものなのに、待ったなしの状況に追い込まれ、うやむやのまま。
中小や個人は、努力以前の問題で、まったく立ちうちできない競争社会は、ますますエスカレートしていると思う。

Wadakuramon2

お堀の石垣を捉えてみました。

今日の、ほんの数分で天候ががらりと変わってしまう空模様を、しっかりとらえた天気予報は立派です。
天気予報の精度は、日に日に上がってゆくように思いますね。
あとは伝え方だけと思われます。

いまの世の中も、お天気と同じように、こうすればこうなると、しっかりと捉えられているのではないかと思うんです。
でもそうならないのは、人間がそこに介在するから。

電力の問題もそう、続々と発見される活断層の問題なんかもそう。

何が本当で、真実かわかりません。

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  チャイコフスキー 交響曲第5番 ホ短調

   サー・ネヴィル・マリナー指揮 

        アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ

ある時、突然に無性に聴きたくなる音楽。
前にも書いたかもしれない、それは、ケンタッキー・フライドチキンやマック、おせち料理に飽いた時のカレーやラーメンのように、わたしたちの体に入り込み染みついたもの(?)
そうでない方もいらっしゃるでしょう、ご笑覧まで。

どんな風に演奏しても、面白いし、第一カッコいい音楽は、演奏の当り外れが少ない。
そして、本当に気の入った演奏を聴いちゃと、どうしようもなく感動しちゃう。
小学生時代に聴いて、今日まで、ずっとこんなにフェイバリットな音楽って、ほかにないのではないかと思います。
それは、わたしにはベートーヴェン以上、ワーグナー&ディーリアス・フィンジ以下、いまならマーラー並みだったりします。
訳わからん喩えなれど、ともかく「大好きチャイコの5番」、なんです。

そして、そんなわたしの嗜好は、ロシアの本場ものをあえて遠ざけて聴く風潮があります。
ムラヴィンスキーはCDも実演も経験してますが、それをあんまりありがたがることもなく、スヴェトラさんや、ロジェヴェンも辛い。ゲルギーはもってのほか。
コバケンも聴いたことなし。
でも現田&若杉&尾高は、日本人指揮者の中で最高のチャイ5指揮者。

そして、わたくしは、ヨーロッパ系のチャイコフスキーが好きなのです。
こんな嗜好もまた馬鹿にされちゃいますね。

チャイ5のフェイバリット演奏は、アバド(LSO)、ハイティンク、カラヤン(BPO)、ヤンソンス、メータ、プレヴィンなどです。
その系譜に連なる、マリナー盤などは、きっと誰も聴かない、評価もしない音盤なのではないかと思います。
そんな、マリナーが好きなんです。
万能指揮者マリナーが、真摯に取り組んだチャイコフスキー全集は、大規模編成ではないアカデミー管弦楽団の濃淡薄目のスッキリサウンドに拍車をかけるような、すいすいすらすらぶり。
この第5も、歌いどころや、タメどころを軽くスルーしてみたりで、ロシアの濃厚な風土とは遠い、イギリスのジェントルで緩やかな自然を思わせる穏やかぶり。
でも、決めどころはしっかり歌い、ガンガン鳴らせてます。
そして、3楽章がやたらと小粋で、お洒落なんです。
そんな、マリナー&アカデミーのチャイ5も、わたしのフェイバリットの準推薦盤に位置する桂演なのでありました。

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2012年2月16日 (木)

チャイコフスキー 「エウゲニー・オネーギン」~ポロネーズ レヴァイン指揮

Araki

最近、昼によく行く町にどこにでもある中華屋さん。

お店の前には、出前のオートバイが岡持ちつきで止まってたりするところ。

いいですな、普通なところが。

こんな店には、カレーやかつ丼も、チキンライスもあったりするんだ。

ところで、寒い一日に食べたのが、こちらの五目そば。

この店は、白湯ベースのタンメンの五目版みたいだった。

同じ街の他の中華は醤油ベースで、しかも具材にはとろみがついていた。

サンマーメンに近いイメージにもなるけど、ワタクシは醤油系の方が好きだな。

でも、この白いのも美味しかったし、暖まったですよ。

よくあとこれに、伊達巻が入っちゃう不可思議五目中華もありますな。

Tschaikowsky_eugene_onegin_levine

今日のオペラの劇中曲は、ロシアへ飛んで、チャイコフスキー「エウゲニー・オネーギンからポルカを。

ほんの5分くらいの曲なのに、一度聴いたら、その豪華絢爛・華麗ないでたちの音楽が忘れられなくなります。

「エウゲニー・オネーギン」は大好きなオペラのひとつで、大昔の万博の大挙来日組のひとつ、ボリショイ・オペラの上演をNHKが放送したのが初見。
ロストロポーヴィチの日本指揮者デビューだった。
その後はご無沙汰して、数年前にショルティのDVDとレヴァインの当CDを猛烈視聴した。
そして挑んだ、コンヴィチュニー演出の二期会公演が、とてつもなく面白かった。
いつにも増して詳細記事を書いちゃったし、その時の歌手たちが、いま二期会の花形になっているのもとても眩しく思ったりしている。

プーシキン原作のこのオペラ。
若い男女ふた組の悲恋と宿命を、チャイコフスキーは溢れ出でるメロディの宝庫でもって、劇的かつ抒情的なオペラに仕立て上げた。

最後の幕で、かつて振ってしまったタチャーナが、侯爵夫人として立派な貴婦人となっているのに、大望を抱きつつ、友をも死なせ、夢破れたオネーギンが彼女への愛にようやく気がつくという場所。
侯爵家のゴージャスな大広間での舞踏会の様子がこの「ポロネーズ」なんです。

主人公たちの立場の逆転と葛藤と裏腹の華々しい音楽。

舞台では着飾った紳士淑女が、大広間できらびやかに踊ります。

レヴァインのリズム溢れる感性豊かな指揮に、ちょっとくすんだ感じのドレスデン・シュターツカペレの音色がいいです。
このポロネーズだけど抽出して聴く分には、チャイコフスキーのメロディメーカーとして、そしてバレエ音楽の天才としての音楽を受け止めるだけでよくって、とても気持ちよく聴けます。

オペラとして聴くと、ここだけが不自然に華やかなので違和感も少しあり。
コンヴィチュニーの演出では、前幕(2幕)が、友のレンスキーを決闘のうえ殺してしまったオネーギンが茫然とするところで終わりになるが、そこから幕間を取らずに、3幕を連続させてしまい、オネーギンは死した友を抱きかかえつつ、死神のように踊る場面としてしまった。
天と地ほどの違いのある解釈に度肝を抜かれつつ、オネーギンの特異性や孤独感、そして上流社会への皮肉なども感じられた凄まじい舞台だった・・・・。

でもまぁ、このポロネーズを聴くには、そんなことは気にせず、気分良くまいりましょう。

過去記事

 「二期会公演 コンヴィチュニー演出」

 「レヴァイン&ショルティ」

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2011年12月21日 (水)

チャイコフスキー 「くるみ割り人形」 メータ指揮

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サラリーマンの聖地「新橋」。

そして、そのサラリーマンの待ち合わせ場所兼テレビインタビュー場所兼街頭演説場所のSL広場。

このところ毎年こんな風にイルミしてまして、オヤジどもの心をくすぐっておるのでございます。

数日前は、ここで総理が演説しようと思ったら、金正日が死んじゃったの報でお流れ。
罵声が飛んだりして、蓮舫さんも顔面ひきつっちゃってる映像を見たりしましたね。

映像といえば、かの国の国民とか中枢系の方々の嘆き・悲しみぶりは尋常じゃない。
あそこまでいくと、悲しみを通り越してしまい、見ている方は呆れてしまうから、喜怒哀楽というのは度を超すとウソっぽくなるというものです。
もともとあちらの半島の方々は、南北ともに激しいですから、わたしなど、ラテン系と思ったりしてますがね、それでも胸かきむしり、拳で地面を叩いたり、ワオンワオンしたりするところはすごい。
わたしども、日本人には到底できません。
「喜び組」なんてのがあったけど、「泣き組」だったりして。

いずれにしても、今年相次いだ独裁者の死とその体制の崩壊。
あちらはどうなりますか、目が離せませぬ。
そして、おいしいものは食べ過ぎ注意だ。

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横からSLを。

いいよなぁ~

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クリスマスだから「くるみ割り人形」いきます。

全曲盤はともかく、組曲版だと、通俗名曲の類となって、クラヲタ界ではあまりお呼びでなくなってしまう。
わたくしもその一人かもしれませんが、でも、なんだかんだいって「好きnote」。

「白鳥の湖」だと恥ずかしくなってしまうし、「眠りの森の美女」は退屈。
でも「くるみ割り人形」は楽しくって、メルヘンだしホンワカとしてしまいます。
白戸家の面々も思い起こしてしまいますし。

小学校の音楽の授業で初めて聴いたときも、うっとりするようなメロディの連続に、クラスの女子たちは、少女漫画の世界のお目々になっちゃった。
男子はそうでもないけど、すでにクラヲタの一歩を踏み出していたワタクシも、人知れず、両手を合わせてあごの下斜めに持っていっちゃった(わかります?このポーズ~笑)。

可愛い序曲があり、子供の好みそうな行進曲があり、各国のイメージがわく舞曲があり、最後が華やかでメルヘンチックなワルツ。
乙女たちを、とりこにしてしまう絶妙の選曲。
 そして、ハープ、チェレスタ、トライアングル、カスタネット、タンバリンなどの楽器の多用。フルートやオーボエの可愛い扱い方。
ほんと、チャイコフスキーって心憎い人。
あっちの傾向だった人とは、思いもしたくないですが・・・・・・・。

簡便には組曲でいいけれど、やはり全曲版も魅力的。
女声の入った雪のワルツや、組曲を拡大したような第2幕、そしてその最後もとても素敵で、全曲聴き終わった感動と、クララの夢が覚めたかのような儚い思いで胸がキュンとなります。(言っておきますが、わたしはオジサンです)

全曲盤は、新旧プレヴィンとヤンソンス。
組曲は、アバドとメータ、カラヤン(VPO)、マリナー、スコトフスキー。

メータイスラエルフィルの、思いのほかゆとりと落ち着きあるサウンドは、ロスフィルのときのようなゴージャス感がすこし少なめ。
でも、さすがに歌い回しがウマいもので、舞曲のイキの良さや、そのエンディングの鮮やかなキレのよさは爽快。

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ヒンズー教徒と、ユダヤ教徒の演奏する「くるみ割り人形」は、カレーと種なしパンみたいな取り合わせだけど、なんだかとっても味わいがあるのでした。

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2011年12月 3日 (土)

神奈川フィルハーモニー定期演奏会 広上淳一指揮

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横浜みなとみらい地区は、ピンク色に染まってました。

前回お休みしたうえ、11月は公演なしだったので、なんだか久しぶりの神奈川フィル

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    ブラームス      「ハイドンの主題による変奏曲」

   チャイコフスキー  ヴァイオリン協奏曲

   パガニーニ     「ネル・コル・ピュウ」(アンコール)

          Vn:三浦 文彰

   ドヴォルザーク   交響曲第8番

       広上 淳一指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団
                    (2011.12.02@みなとみらいホール)

誰しも嬉しい名曲路線。気楽に、肩の力を抜いて楽しめる一夜。
ブラームスと、ブラームスを私淑したドヴォルザーク、そして同年代のチャイコフスキー。
いい組み合わせであります。
ホールは、寒い中、8割方埋まりました。
演目に、もうひとひねり欲しいところですが、それはまた来シーズンのお楽しみということで、メインの神奈フィル・ドヴォ8を待ちかねつつ時間ギリギリ着席。

 ハイドン変奏曲から、広上体操全開wobbly

見ているだけで、面白い、というか疲れちゃう。
楽員の皆さんは、よく平然と演奏できるものだ、と、この夜ずっと思いつつ聴いていましたよ。
P席の方々も笑わずに聴いてるし。
これは、きっと楽員も聴衆も指揮者を見ないようにしているのだな、と思うことにしました(笑) 。
これ系で、見た目も同質なのがロジェストヴェンスキーとノリントンでしょうか。
でも、そんなジャンプや、ラジオ体操を見るにつけても、出てくる音楽は普通で奇抜さはない。
そのあたりの不可思議なギャップが、どうもこの日は、しっくりこなくて、ブラームスの馥郁たる音楽や、ドヴォルザークのしみじみとした郷愁が、どっかに置き忘れてしまったように感じたのです。
なによりも歌がない。

これが広上スタイルなのでしょうが、わたしにはちょっと辛いものでした。

メインのドヴォルザークでは、随処随処に、新鮮な歌いまわしや響きが聴かれたけれど、それらが曲全体としてどうだったかというと、どうも印象が薄く、結果的に流れが寸断されてしまう結果に聴こえてしまった。
1楽章の終結部は大人しいものだったし、終楽章もテンポの揺れが気になった。
とはいえ、大好きな愛らしい2楽章や3楽章では神奈フィルならではの美音を楽しむことができたし、石田コンマス不在ながらも、大フィルより客演の長原さんの伸びやかなソロも聴きものでした。
指揮者とオケが、完全燃焼したのは、終楽章のコーダに至っての大爆発でありました。
終りよければすべてよし。

熱い心を持つ、広上さんを、違う機会で、もう少し確かめてみたいと思ってます。

そして、ドヴォ8は、素敵な曲だから、神奈川フィルで聴くなら、現田さんでもう一度。
もしくは、聖響さんももしかしたらいいかも・・・・・(ってなことはないか。いや待てよあるかも、いやそんなことはないか)。

そうそう、この日、スターとなったのは三浦文彰クンでございます。
紅顔の18歳の青年。
いや、わたしにはまるで息子を見る思いでございまして、親目線でいたわるようにそのシャイな登場を迎えたのでありますが、オケの前奏のあと弾き始めた三浦君の繊細かつ甘やかな音色を聴いて、こりゃ息子どころか、大人びた表情付けにびっくりこきまくったのでございます。
抜群のテクニック、動じない物腰に安定感ある弾きぶり。
音色や音量も、数々の段階があって驚きの連続の1楽章。
しかし、どうにも音楽に心が乗ってないといいますか、キレイに弾いてるだけに聴こえちゃう。
2楽章のはかないロマンも同様だし、3楽章も途中までそうだった。
指揮台に乗ってるのに、目線が同じくらいの広上さんが、ゴンゴン熱い視線を送るのに、クールに弾く三浦君。(というか自分のスタイルを貫いている強さか)
でも、3楽章の後半にいたって、コンマスを目を合わせ、微笑んだように見えたと思ったら、オケも三浦クンもアクセル全開。
広上さんも、負けじ劣らず、ガンガン煽って、すさまじい熱狂のエンディングを迎えることとなったのであります。
これには、お父さん参りました。

彼を見て聴いて、私は最近の男子諸君のことを思うのでした。
韓流の美しいお兄さんたち、遼君や斎藤祐樹クンなど見目も麗しく、実力満載。
かれらの、ビューティでクールな実力と、三浦君のヴァイオリンを重ね合わせてしまうのです。
ガッツや根性とは、また別次元。
きっと、ものすごい努力をしてるし、それは並み大抵ではないとは思うのですが、それを表にださないところが、また天才性の証し。
わたしは、若いのだからもっと情熱をむき出しにして、音楽にくらいつくような夢中さを見せて欲しかったのです。
 なんという贅沢かつ実績ある若人への言いようでしょうか。
あいすいません。
音楽には、苦しい時も、悲しい時も、楽しい時も、いろんな顔があると思うのですから。

アンコールのパガニーニは、悪魔に魂を売り渡したと言われた作曲者の超超絶技巧の難曲。
二挺のヴァイオリンがあるのではないかと思われるほどの凄まじい曲と、その演奏に、オケの皆さんも含めて聴衆が度肝を抜かれてしまった。
並々ならない青年の実力にびっくりこきまくり。
この曲を弾き終わった瞬間に、それこそ一瞬見せた、三浦君のドヤ顔。
わたくしは見逃しませんでした。
そして、ここにこそ、彼の若さと感情の発露を感じ取ったのでございます。
それでこそ、若い! よろしい! っと思いましたね。

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アフターコンサートは、いつもの仲間といつもの店に。
遠方より参じる、メンバーもごく普通に登場で嬉しい。
神奈フィルを聴く楽しみは、こんなところにもあるんです!

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この日は、ビールがとても美味しくて、ピッチャーから注ぐ泡も、ご覧のきめ細やかさで、かつ甘~いのでした。

皆さん、お世話になりました。

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2011年11月24日 (木)

チャイコフスキー 交響曲第3番「ポーランド」 ヤンソンス指揮

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前にも出しました、皇居の和田倉堀。(ジュリーニの悲愴)

今度は、違う方角からで、ここにも一羽の白鳥が佇んでおりました。

都会のど真ん中の静謐な光景。

Imperial_palace3

場所柄、外人さんが多い。
わたしが、写真を撮っていたら、みなさん足を止めて写真を撮りだしてしまい、外人さんに囲まれてしまったのでした。

Tchaikovsky_sym3_jansons 

チャイコフスキー 交響曲第3番ニ長調「ポーランド」

今日も、チャイコフスキーを聴いてしまう。

1875年、35歳の作品。もうすでに、「白鳥の湖」「ピアノ協奏曲第1番」「エフゲニ・オネーギン」などの名作を書いていた。
チャイコフスキーの交響曲の中で、唯一の長調で、そんなに明るいわけではないけれど、舞曲風の伸びやかな音楽にあふれた素敵な作品であります。
「ポーランド」の名前も、終楽章のポロネーズのリズムからきているそうな。

この交響曲、わたしには、バレエ音楽のように思えてならない。
明るさ、しなやかさ、そしてリズム。
楽章も5つあって、ほかの交響曲のような起承転結的なまとまりに欠けるように思うし。
恥ずかしいお話をひとつ。
この曲をレコードで初めて聴いたとき。ハイティンクの演奏だった。
盤面を確かめることなく聴き始め、全曲聴き通したら、どうも完結感がない。
そうです、B面→A面と聴いてしまったのでした。
くそっ、ともう一回、今度はちゃんと聴いたのです。
そんだけ、5つの楽章のメリハリが均一に感じて違和感なく聴いてしまった訳です。
いまなら、そんな思いは解消してますがね。

4~6番はともかくとして、ロシアの大地と民族色も匂わせる1~3番の魅力もチャイコフスキーの交響曲を聴く楽しみ。
深刻ぶらずに、適度にメルヘンを感じさせ、冬に聴くに相応しい交響曲。
構成感よりは、旋律重視のメロディアス・シンフォニーたち。
幻想的でロマンティックな1番、ロシア国民楽派的存在の2番、バレエ音楽のような3番。
そんな風な印象を持ってます。

ヤンソンスオスロフィル時代に録音した全集から。
1886年、43歳の若さあふれる指揮ぶりは、早めのテンポのなかに、リズム感あふれ弾みまくる音楽づくりと、思い切り旋律を歌わせた恰幅のよさに、この頃のヤンソンスの姿をみてとれる。
86年レニングラードフィルと来日したとき、一晩でショスタコの5番とチャイコの4番を演奏し、それがFM放送で流された。
いまでも大切なCDR化音源ですが、このスピード感あふれる情熱のかたまり的な演奏はすさまじいものでした。
片面45分づつの90分テープに余裕で収まる2曲。さらに、80分のCDRにも、ぴたりとおさまったこの2曲。

そんなヤンソンスの、いまの円熟ぶりを聴くと、瑞々しさと疾走感がとても眩しいチャイコフスキーでした。
オスロフィルの高域の澄んだ、北欧風の音色もまたうれしい。

なんだかんだで、チャイコフスキーはいいもんです。

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2011年11月23日 (水)

チャイコフスキー 交響曲第6番「悲愴」 ジュリーニ指揮

Imperial_palace

内堀通り沿いにある和田倉堀。

九段下の合同庁舎に行き、帰りは東京駅までお堀沿いを歩きました。

左手は、建て替え工事中のパレスホテルですね。

そして静かなお堀に白鳥一羽。

水面に、大保険会社や銀行系のビルの姿が映えてます。

会社の同期生が、そういえばパレスホテルで式を挙げ、由緒正しいホテルで、これまた美味なるお料理をいただいたことがあります。
もう数十年も前のことでありますが、キャビアやトリュフなるものを初めて食べたのでした。

年代的に、いまや葬式ばかりだけど、誰かわたしを、ずっとご無沙汰の結婚式に呼んで。
飲んで食べたいだけだけど・・・・。

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チャイコフスキー 交響曲第6番「悲愴」

「悲愴」を聴こうとは思わなかったけれど、CD棚を眺めていて、ふと手にしたのが、ジュリーニのCD。
ジャケットの指揮棒を握りしめ、音楽に入り込んでいるジュリーニの指揮姿を見つめて、何も考えずに即、CDプレーヤーにセット。

あぁ、なんて、歌にあふれた「悲愴」なのだろう。

46分42秒間、まんじりとしないで聴き入りました。

1981年に海外盤で発売時即購入して、もう30年にもなる。

当時の再生装置では、アンプのみがいまも現役で、その他は引退して、視聴環境もヘッドホンのちまちま聴きという寂しい状況になってしまった。

でも、ほんとうに、もしかしたら20年ぶり以上で聴く「ジュリーニの悲愴」は、私のなかで、だいぶ印象が変わって聴こえた。

少しゴツゴツして響き少なめの固い演奏に思っていた。
 でも、久しぶりの「ジュリーニの悲愴」の印象は、豊かな歌と高貴さ、そしてロサンゼルスフィルならではの、明るめのサウンドが、耳にとても心地よかったのでありました。
少しテヌートぎみに粘りながらの歌わせかたもジュリーニならではで、それが重々しくならないのも、ジュリーニたる由縁。
毅然とした音楽への取り組みが、オーケストラを熱くしてゆき、それぞれの楽章のピーク時には全員一丸となった誠実きわまりないクライマックスを築き上げる。

変にへそ曲がりなところがって、ロシア系の演奏はあまり聴きません。
かのムラヴィンスキーの演奏も、5番のライブは聴いたけれど、CDは、ろくに聴いてません。
ヨーロッパ系のチャイコフスキーやラフマニノフが好きなのです。
「悲愴」は、アバドとウィーン・フィルが一番。
あと、ハイティンク、バルビローリ、小澤(パリ)などを好んで聴いてきた悲愴。
ジュリーニもそれらの系譜にある、わたし好みの美麗さとさっぱり感、そして歌を持つ演奏であることを、いまさらながらに認識しました。

オケがシカゴだったら、という思いはあるにせよ、ここで聴くロスフィルの少し乾いた明るめの音色は捨てがたい魅力を感じますね。
同じロスでも、メータのデッカ盤は、もっとゴージャスでオケもとてもうまく聴こえるとろが面白いところ。

衝動的に「ジュリーニの悲愴」を聴いたのでした。

Imperial_palace_1

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2011年10月 2日 (日)

チャイコフスキー 「イオランタ」 フェドセーエフ指揮

Sapporo_yurigahara_tower

北方の国を思わせるこの光景。

札幌の公園のひとこま。塔がいい雰囲気だしてますし、木々が完全に北国のそれです。

そして、10月に入って急に涼しく、いや寒くなりました。

音楽を聴くには快適な季節だけど、ちょっと急に寒過ぎだ。

私は、外で飲まないときは、ほぼ毎日発泡酒(たまにビールbeer)を飲むのだけれど、その量が急速に落ちた。
気温と麦酒の摂取量は比例してますな。
しかし、北海道に行くと、乾燥してるし、冬は室内は暑いくらいに暖房してるから、ビールもこれまた美味いんだな、これが。

Tchaikovsky_iolanta

チャイコフスキーのオペラ「イオランタ」。

全部で13作あったチャイコフスキーのオペラ作品。
そのうち、破棄や未完、転用されたものを除くと9作。
しかし、いま名前を目にすることが多いのは、それらの中の5作ぐらいでしょうか。
「エウゲニ・オネーギン」「マゼッパ」「オルレアンの少女」「スペードの女王」そして「イオランタ」の5つ。

「イオランタ」は、1891年の作曲で作品69。
「スペードの女王」の翌年で、交響曲で言えば5番と6番の間の最充実期に書かれたわけで、オーケストレーションの巧みな筆致や鮮やかなまでに劇的な描き方、憂愁と抒情、情熱に富んだ奮い付きたくなるような美味なる調べの数々・・・。
素晴らしい作品であります。

マリンスキー劇場からの依嘱により、一晩でオペラとバレエとが上演できるようにと、ふたつの劇場作品を書くこととなり、そのひとつがこの「イオランタ」であり、もうひとつのバレエが「くるみ割り人形」(作品71)だった。
「くるみ割り」に溢れ出るメロディの宝庫を思いおこしていただければ、この「イオランタ」にも同様に美しい旋律が満ちあふれているであろうこと、想像できますでしょう。

1幕の抒情オペラと副題が付された100分あまりの麗しい恋愛劇。
「レネ王の娘」という戯曲に基づき、弟モデストが台本を担当。
15世紀、フランス南部の山中がその舞台。

 イオランタ:オルガ・ミキテンコ     レネ王:ベンノ・ショルム
 ボデモン:ピョートル・ベッツァーラ   ロベルト:アンドレイ・グリゴリエフ
 エブン・ハキヤ:ウラディミール・クラソフ アルメリク:ロマン・ムラヴィツキー
 ベルトラン:ニコライ・ディデンコ    マルタ:ニナ・ロマノヴァ
 ブリギッテ:ベッラ・カバノヴァ      ラウラ:ラリーシャ・コステューク

  ウラディミール・フェドセーエフ指揮モスクワ放送チャイコフスキー交響楽団
                       モスクワ室内合唱団
                    (2002.3@モスクワ音楽院大ホールライブ)
   

レネ王の娘イオランタは、生まれながらの盲目で、王のもとから離れ、山に囲まれた別邸で乳母マルタとその夫で門番のベルトランや友人ブリギッテやラウラとともに、ひっそりと暮らしていました。
レネ王は、イオランタが盲目であることを自身に一切気付かせることなく、周囲にも言い聞かせ、皆は優しく注意深くイオランタに接していたのでした。
当然に外部からの音信もシャットアウト。門扉には、ここに入ったら死刑、とまで書いてある。
 イオランタは、皆に囲まれて歌う。悲しい涙を知らずにすごしたけれど、心のうちの寂しさを。。。美しいアリアです。
一方、王の到着を知らせる使者がきて、やがて王が南方より名医を連れて登場。
医者ハキヤは、姫が真実を知り視力を強く望まないうちは治らないと強く断定し、王はこれまでの方針が間違っていたのか、と傷心。
ここでの神に憐れみを求める王のアリアも素晴らしい。
 次ぎの場面・・・。
王によって定められたイオランタの許嫁ブルゴーニュ公爵ロベルトとその親友ボデモン伯爵が、山で道に迷い門前にやってくる。
ロベルトは、すでに心に決めた愛する人がいて王に断りをいれたいと情熱的な恋人讃歌を歌い、ボデモンはまだ見ぬ恋人に神聖な愛情を捧げる歌をそれぞれに歌う。

バリトンとテノールの聴かせどころです。
 恐る恐る、庭に踏み入り、やがて館で眠るイオランタを発見。
魔界に踏み込んでしまったと救援を求めに走るロベルトだが、ボデモンは姫の美しさにくぎ付けに。やがて起きたイオランタと会話が始まり、ふたりとも魅かれあうように・・・。
手元にあった赤や白のバラを記念に所望したボデモンだが、イオランタが手渡すバラは白ばかり・・・・、やがてイオランタが盲目であることに気付いたボデモンは、彼女におおいに同情し、愛情を込めて光の素晴らしさと、闇にあってもイオランタの心の光を愛すと歌い、一方でイオランタは太陽の光、天からの贈り物を見たいと強く歌い始めます。
この二重唱の美しさと情熱の高まりには感動です。
 やがて、王をはじめ、皆が集まってきて、ボデモンに驚くが、イオランタに盲目の秘密を明かしたとあって、なんてことしてくれた、と非難集中。
しかし、イオランタは光が見たいと所望し、王は名医による処方を進めるが、姫は仰せとあれば…的で少し消極的。
なればと、王は、もし目が完治しなかったらボデモンを家宅侵入で処刑にすると宣言。
イオランタは愛する伯爵のために、苦しみに耐え、そして光を見ることを強く望み信じる気持ちになります・・・・・。王と医者は顔を見合わせてニンマリ。
 手術に向かった姫のあと、親友の救出に現れたロベルト。
そこで王とバッタリ会い、他に好きな人ができたから勘弁、と告白し、当然の成り行きに、王は喜んでボデモンを祝福。
そこへ、目に包帯をしたイオランタが、医者に添われて登場。
包帯をとると眩しさに眩みますが、木々の美しさ、そして空の光に感動します。
王の声に父の姿を認め、ボデモンの声に愛する人の姿を認め、全員でイオランタの目が見えるようになったことを喜び、神への感謝を捧げるなか、ハッピーエンドの喜ばしいエンディングとなります。

                  幕

どうでしょうか、シンプルな筋立てと、悪役の登場しない幸せなドラマ。
そこにつけられたチャイコフスキーの音楽も、再三書きますが美しさの極み。

正規ライブ録音で、音は極めて優秀。
歌とオケのバランスもよろしく、チャイコフスキー節を音の面でも堪能できます。
フェドセーエフは小細工を弄せず、チャイコフスキーのリリシズムと旋律美のよさをストレートに聴かせてくれます。
モスクワのオケも丸くなって、こうした曲ではヨーロッパ風になってきたように聴こえます。

Olgamykytenko  
歌手では、美人のウクライナ生まれのミキテンコのタイトルロールが素敵なもの。
ぼんやりと夢見心地の女性から、強い希望を持ったキリリとした女性への変化をとてもよく歌い込んでいるように感じます。
彼女は、この役やタチャーナで活躍中。来春はウィーンで、K・ペトレンコの指揮でイオランタを歌うみたいです。

あと相方テノールのベッツァーラ
いまやひっぱりだこのリリックテノールです。
「ばらの騎士」のテノール歌手役を観たことがありますが、ともかく美声でかつよく通る声。
ポーランド出身として、イタリアオペラ以外にも、こうしたスラヴ系の歌にもとても強みがあるようです。ミキテンコと2人の二重唱には震えました。

ほかの歌手もいいです。

「イオランタ」は、愛すべき美しいオペラでした。
チャイコフスキーのオペラ、次は「スペードの女王」いきますから。

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2011年9月 9日 (金)

チャイコフスキー&マーラー 交響曲第5番 M・ホーネック&Promsその後

Kushikatsu

大阪での居酒屋のひとコマ。

串カツ注文。
カラリと揚がったサクサク串カツ。
目の前にある並々と入ったソースの容器。
これに一発漬けて一口に食す。

兄ちゃん、二度漬けはあかんでsign01

左手の紅ショウガがいたく気に入ったワタクシにございました。

Honeck

9月10日、そう日本時間の明日昼ごろまでやってます、英都ロンドンのプロムス2011。

ヨーロッパの夏のメジャー音楽祭で一番長いんじゃないでしょうか。

ちなみに、バイロイトは8月でおしまい。
同時に来夏の新作「オランダ人」の内容を発表してます。
このあたりは、また「オランダ人」の記事を近々書こうと思いますので、そちらで。

8月後半からのプロムスを、聴いたものだけおおざっぱに。

・エルガー ヴァイオリン協奏曲 タスミン・リトル  快活で素敵なタスミンのエルガー

・ナイジェル・ケネディのバッハ おしゃべりが過ぎるがおもろすぎやでぇ

・オラモのニールセン   この人、いい指揮者になったねぇ

・カラビッツのラフマニノフ交響曲第2  期待はずれ 青ちょろい

・ウィグルワースのブリテン  ビエロフラーヴェクが体調不良で降りてしまったけれど
                  実にいいブリテン。英国の指揮者層も厚くなってる。

・ハイティンクのブラームス  ECOと3番と4番、アックスとふたつの協奏曲
                  若々しさに脱帽のブラームス。

・ダウスゴーのブラームス   ビエロフラーベクの代役で1番。
                  軽快でむちゃくちゃおもしろかった。ブラボーの渦!

・サー・コリンのチャイコ    マーラーユーゲントと重鎮デイヴィスのチャイコ4番。
                  最後の最後のむちゃくちゃ盛り上がり、熱いぜコリン。

・サー・コリンのミサソレ    ロンドン響。夏には辛い曲目だけど立派なもんだ。


そして、マンフレート・ホーネック指揮ピッツバーグ交響響楽団の演奏会がふたつ。

 ①ブラウンフェルス ベルリオーズの主題による幻想的変容
  
   ベートーヴェン  ピアノ協奏曲第4番  E・グリモー

   チャイコフスキー 交響曲第5番


 ②ワーグナー   ローエングリン 前奏曲

   リーム     歌われし時

   マーラー    交響曲第5番


外来オケがプロムスで2演目のせるのは、かつての常連だったベルリンフィルやウィーンフィルだった。
ことしは、英国オケを主体としたちょっと渋めのプログラムだったから、ふたつの5番の人気交響曲をひっさげていたホーネック&ピッツバーグが目立った存在に感じたのです。

われわれ日本人にもお馴染み、ウィーンフィルのライナー・ホーネックの息子で、自身もウィーンフィル出身。
在京オケによく来演しているが、わたくしはまだ未体験。
今回、アメリカのビッグイレブンの一角のピッツバーグの音楽監督としてのロンドン楽旅。
すでにエクストンレーベルからCD発売されてますが、同レーベルは優秀録音は認識しつつもの、なかなかにお高いので手にする機会があまりないのでした。

そして聴いたこのプロムス。

表情付けは大胆ではないけれど、緩急豊かで、威勢がよく聞かせどころのツボを心得ていて、それらがまんまと聴き手の気持ちにハマってくる。
味わいの点ではまだまだながら、聴きなじんだふたつの5番の交響曲が、妙に新鮮かつゴージャスに聴こえたのです。
ライブならでは勢い興奮がありながら、以外にも沈着な音の処理は、このまま年月を積むと大物に変貌してゆく可能性を感じました。
いつもながらに、ロンドンの聴衆の熱狂は凄まじいものがありますが、チャイコの5番の終楽章のコーダでは見事にフライング拍手が決まってましたよ(笑)

プレヴィン、マゼール、ヤンソンス、A・デイヴィス、ヤノフスキと続いた名門ピッツバーグはドイツ系の音色を持った優秀オーケストラ。
オペラ指揮者としての適性も充分なホーネック。
なかなかに面白い組み合わせ。

これからも注目ですな。

そうそう、プロムスのストリーミング放送もあと1週間。
デュトワ、ガーディナー、ラストナイトの3演目はまだ未聴です。

プロムスのHPはこちら・・・ストリーミング放送は1週間の命、お早めに→Promus2011

 プロムス2011記事

 「ノリントンのマーラー 第9」

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2011年8月24日 (水)

チャイコフスキー 交響曲第4番 バーンスタイン指揮

Yasukuni_1

まるで、ヨーロッパの大きな庭園に続くかのような通路。

でも、これ靖国神社なんです。

社会人になった頃は、会社が九段下にあって、靖国神社はすぐそば。
7月の御霊祭は終業後よくいったものだ。
今や信じられないことだけど、出し物小屋が出て、お化け屋敷もどきの「ろくろ首」や「蛇女」なんて、怪しくもまがまがしい昭和の看板が溢れておりましたね。

九段下・竹橋・神保町・飯田橋あたりが、若い頃の根城でございました。
ちょっと路地入るとレトロな店がたくさんありましたよ。
映画館もありましたねぇ~
いまや絶滅に瀕してます。

Yasukuni

その先に立つのが「大村益次郎」の像。

日本の陸軍の創設者ということで、ここに立ってるのだけれども、わたしは、そんな強面の益次郎よりは、半農半医のように若い頃を育った「村田蔵六」としての、医師、蘭学者、兵学者としての存在の方が好きだ。

長州の村田蔵六を主人公にした、司馬遼太郎の「花神」を大河ドラマで観たのは、1977年。大学生になったばかり。
長州・薩摩・土佐・幕府・新撰組・会津・・・、それらの相関図がこのドラマでとてもよく理解できた。
眉毛を濃く太くした中村梅乃助の名演技。恋仲のシーボルトの娘イネの浅丘ルリ子。
高杉晋作の中村雅俊、吉田松陰の篠田三郎、山県有朋の西田敏行・・・・。
ともかくいまにして思えば名優たちが、幕末の個性ゆかたかな人物像を鮮やかに演じてました。

音楽も、いまだに脳裏に残る素晴らしいものでして、林光の作曲、山田一雄指揮のN響のものでした。
懐かしい名作でございます。
ついてに申さば、「勝海舟」と「翔ぶがごとく」、「徳川慶喜」あたりが大河ドラマ幕末ものの大名作でございましょう。
いずれも男のドラマでしたので、女性の方々からは異論もございましょうが・・・・。

昔話が得意なもので、お若い方、あいすいませんねぇ。

Tchaikovsky_sym_4_bernstein

チャイコフスキー交響曲第4番レナード・バーンスタイン指揮のニューヨーク・フィルハーモニックの演奏で。

1989年10月の録音。
聴く前からイメージできる濃厚・情念むき出しのバーンスタインの晩年様式で埋め尽くされた演奏。
冒頭のホルンの咆哮からして、ためにためた思い入れ強いもの。
しかし、同時に早いところは普通か、むしろ早く、遅いところを遅く、フレーズの橋渡しも入念にじっくりと・・・・、そうしたことで全体がねっとりと仕上がる一方、スピード感にも欠けていないので、聴いていて辟易とせず、思わぬ興奮状態に巻き込まれることとなる。

1楽章の終結部のものすごいアッチェランドと最後にいたる大見栄。
終楽章の興奮・酩酊状態のやぶれかぶれ戦法。
レニーの面目躍如たる場面。

そしてその半面が2楽章に12分もかけた耽美的かつ情熱的な2楽章。
通常9分ぐらいのこの楽章です。
オケも大変です。

ちなみに、この曲で割とじっくり型のハイティンク盤とのタイム比較

               Ⅰ    Ⅱ    Ⅲ    Ⅳ    
 ハイティンク      18分  9分   5分   8分   約40分

 バーンスタイン     21分 12分   6分   9分   約48分

こんな感じです。
ヤンソンスの若い頃の演奏は38分くらいだった。
通常は40~42分くらいの長さだから、バーンスタインは異常に長い。
もっとすごいのが同じDGへの「悲愴」ですな。
 でも聴いてると、独特の陶酔感あるムードに飲まれてしまって48分という長さは感じることはない。
アゴーギグが巧みなのと、ものすごい熱狂の渦が待っているし、それを期待しているから、少し奇矯でも全体を取り戻せるから・・・、バーンスタインならではです。

マーラーを代表格に、80年代以降は、音楽をバーンスタイン側に引き寄せすぎてしまい、作曲者の言葉より、バーンスタインの言葉の方が聴こえ過ぎてしまった感がある。
でも、わかってはいてもいいものである。
いいものであった。
また暑くなってきたこの8月の終わりに、バーンスタインに引きずりまわされ、翻弄され、でも最後は、Oh!レニー!とニンマリ思わざるをえなかった。

レニーのチャイコフスキー4番は、同じNYPOで、あと2つ録音があるはず。
58年と70年のCBS盤。
あともしかしたらニューヨークスタジアム響とのごく若いものも、あったような・・・。
そのうち、70年録音はFM録音そして何度も聴いていた。
これが実は覇気に満ちた爽快な演奏だった。
是非復刻してもらいたい1枚であります。

そりゃそうと、4番はたまに聴くとむちゃくちゃ面白い曲ですわ。
わたしの愛聴盤は、あと先にあげたハイティンク、アバド(ウィーン盤)、プレヴィン、小澤などのスマートなヨーロピアン系が多いですな。

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2011年6月25日 (土)

神奈川フィルハーモニー定期演奏会 現田茂夫指揮

Minatomirai

暑い梅雨の中休み。
この日、「暑いぞ熊谷!」では、39.8度を記録。
東電の供給余力も9%となりましたぞ。

こんなとんでもない、蒸し暑さのなか、大いに気分爽快となるコンサートに行ってきましたscissors

Kanaphill201106

    團 伊玖磨     交響曲第1番 イ調

    ラフマニノフ    パガニーニの主題による狂詩曲

           Pf:外山 啓介

    チャイコフスキー 交響曲第5番

  現田 茂夫 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団
                 (2011.6.24@みなとみらいホール)

ショスタコーヴィチと同じようにその出世作となった團伊玖磨交響曲第1番
おまけに雰囲気もショスタコっぽいその作品。
そして、ラフマニノフにチャイコフスキー。
現田さん、お得意のロシアン・ナイトでございました。
これは絶対に、聴かナイトいけない、ということで、汗だくになりながらホールに向かいましたが、走らナイトいけないぎりぎりのタイミングで飛び込みました。

マーラーと並んで、シーズン前から楽しみにしていた、チャイコの5番。
現田さんの指揮で、神奈フィルの音で、絶対に聴いてみたかった。
ホールに入ると、ほぼ満席で、女性や学生さん多数。
皆さんお目当ては、わたしのようなチャイ5じゃなくって、外山君の弾くラフマニノフのようでございます。
大正解のマーラーシリーズに次いでの大盛況。
嬉しいじゃありませんか!
 そして、華々しいチャイコフスキーのエンディングのあとは、演奏のみなさんも、ホールのわたしたちも、満面の笑み。爽快爽快!

おっ、トゥーランドットじゃん、と思わせる威圧的なブラスの響きで始まる團1番。
連続する20分あまりの曲のなかに、4楽章の形式を埋め込み、さらに、おっ、ショスタコだ、F・シュミットだ、ムソルグスキーだ、日本民謡だ・・・・などなど、いろいろ感じる玉手箱的折衷音楽。
初聴きでしたが、なかなか親しみやすく、わかりやすい曲でした。
ことに、オーボエが歌う日本的な哀愁の調べが美しいものだ。
受取る私の方が、お疲れムードで、すこしぼぅっ~として聴いてしまいました。
オケもエンジン始動が遅めだったかもしれません。

次いで外山啓介氏登場。
ラフマニノフのこの曲は、ピアノ協奏曲と違って、歌わせどころが後半にあるのみで、あとはモザイクのように変奏を積み上げるのみだから、奏者にとっては難しい曲なのではないかと思う。
若い外山君は、外観のスマートさを崩さず、冷静に弾いていて、そのぶん、曲の外側に立っていたように感じた。
あまりに美しく、そして有名な第18変奏になって、ピアノもオケにも熱い血が通ったようになり生気にあふれた魅力的な演奏になり、その後は怒涛のように、洒落たエンディングに向かったいきました。
終わりよければ・・・、ということでございます。
あと、なによりも気になったのは、啓介君の「髪の毛」。
別に、ないもののヒガミでもないけれど、今風のイケメン風の前髪は、お父さんは嫌いだゾ!
気になってしょうがなかったゾ!

さて、気をとりなおして、お楽しみの後半。

小学校時代からの付き合いの長い曲のひとつが、チャイコフスキーの5番
カラヤンとベルリンフィルのレコードを擦り切れるほど聴いて、その華麗な演奏がひとつの基準となってしまい、その後いろいろ聴いたソビエト・ロシア系のむせび泣きと勇猛な演奏にはついてゆけなかった。
この曲は華麗で、カッコよくなければだめなのです。
あとは、ハイティンクやアバドのようなヨーロピアン的な演奏も好き。

そんなワタクシを絶対に満足させてくれるであろう、と確信犯的に思いこんでいたのが、今日のコンビによる演奏。

そして、その思いはまったくその通りとなりましたよhappy01

あのカラヤンでさえもほの暗い冒頭を足取り重くテヌートぎみに演出していたのに、現田&神奈川フィルは、その持ち前のきらびやかなサウンドを冒頭から隠そうともせず、(いや、出てくる音がそんな風に響いてしまうのだからしょうがない)眩しいくらいの鮮やかなチャイコフキーを描いてみせちゃう。
もう、うれしくって、わくわくしちゃって、体がオケの皆さんと一緒に動いてしまいそう。
そして、好きな曲すぎるので、指揮したくなって、腕が、指がむずむずしてしまう。
 それにしても、楽員のみなさん、気持ちよさそうに弾いてらっしゃることnote

マーラーではずっと対抗配置だったけれど、この日は、久しぶりの通常(なにが通常かわからなくなったが)の配置。
右から低音、左から主旋律と高音域、間に中音・木管と、いわばレコード少年にとっての基本配置は、耳にとっても心地よく、安心感すら感じた。
 いろいろ聴けて、試せて、そういう意味でも神奈川フィルは、バラエティ豊かなオーケストラなのだ。

2楽章へは、休みなくアタッカでつないだ現田さん。
3楽章へは、休みを置き、3と4楽章はよくあるように、こちらもアタッカ。
前半と後半、暗と明を明らかに際立たせる意図でしょうか。
しかし、どちらも輝きすぎ(笑)

その2楽章の美しいことといったら!
甘味なホルンに、優美はオーボエ、軽やかクラリネット、優しいフルート、透き通るような弦セクション、威圧的にならない金管。
もう、ほんとたまりません。クリスタルな耳のご馳走です。
夢見るように聴いてしまいました。

エレガントなワルツもオシャレ。
そして、超かっちょイイ終楽章。
オケもノリノリ、現田さんもいつものように背中に汗が抜けてきて踊るように指揮、コンマス石田氏もいつもより立ち上がり弾きが多い。
見て、聴いて、最後の大フィナーレに向かって、きらきら輝く大行進を目の前に、顔に笑いさえ浮かべてしまったワタクシ。
はたから見たら、にやにや笑いの不気味なオジサン。
見事にきまったエンディング。
イェーイ、カッチョええぞsign03
気持ちいいーーーーっsign03

会場は大ブラボーでした。

上気して、ふらふらと階段を下りると、下に待ち受けしは、現田さん、オケの女性メンバー、理事のみなさん。
手には、ブルーダル基金の募金箱。
すっかり術中にはまり、ご協力させていただきました。

こんな素敵な気分にさせていただき、ありがとうって感じですよ!

マーラーも大いに心に響きましたが、今回みたいに、気分よろしく、エンジョイさせてくれるコンサートもほんとに大事だと思います。

それにしても、現田さんは当然として、神奈川フィル向きの曲だと思いましたね、チャイコの5番。
次週は、神奈フィルで聴きたい曲、お願いランキングでも記事にしましょうかね。

アフターコンサートに、いつものメンバーと、いつもの店で、いつものものを飲み、いつものものを食べ、いつものように終電近くに帰りました。

Kirin

暑かったし、気分よかったし、で、死ぬほど美味しいビール。

Kirin2

お昼ごはんから10時間ぶりくらいの食べ物、死ぬほど美味しいピザ。

Kirin1

こんな風にラスト・オーダーとなると、ピッチャーを在庫してしまう。
誰かが、大曲にはさまれた個性豊かなマーラー7番、なんて言ってました(笑)

みなさん、お世話になりました。

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