2026年1月20日 (火)

ロッシーニ 「チェネレントラ」 アバド指揮

Claudioabbadotributitalien1

1月20日は、クラウディオ・アバドの命日です。

2014年、あのショックを受けた日からもう12年。
干支が一巡しました。

こちらの画像は、亡くなってすぐのスカラ座での追悼コンサートでのものです。
これを見返しただけでも泣きそうになります。

でもイタリアからは有望な指揮者が続出してますし、世界的にも同じく、ビジネスとしての音楽は曲がり角にあると思いますが、音楽界は活況を呈してます。
混迷する世界情勢の影響は受けざるを得ず、音楽と政治は結びついても欲しくないですが、音楽の持つ力はこんなときこそ大切。
アバドが存命だったら、きっと音楽を通じて人類になにがしかを伝えてくれたことでしょう。

命日に明るい曲の選択となりますが、アバドが愛したオペラのひとつ、「チェネレントラ」を。

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この鮮やかな色彩と70年代当時のサイケデリックな風潮を感じさせるデザインは、いまでも新鮮。

中学生だったので72年発売の3枚組のレコードを購入すべく手立てもなかったが、ワーグナーは買ってた(笑)
音楽雑誌の表紙を大切に補完してあったものですが、CD化されて購入したときは、下のとおり色合いが違っていた。

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  ロッシーニ 歌劇「ラ・チェネレントラ」

     チェネレントラ:テレサ・ベルガンサ   
     王子ドン・ラミロ:ルイジ・アルヴァ

     ダンディーニ:レナート・カペッキ    
     ドン・マニーフィコ:パオロ・モンタルソロ

     クロリンダ :マルゲリータ・グリエルミ 
     ティスベ :ラウラ・ザンニーニ

     アリドーロ :ウーゴ・トラーマ

   クラウディオ・アバド指揮 ロンドン交響楽団
                スコテッシュオペラ合唱団
          チェンバロ:テオドル・グシュルバウアー
              (1971.9 @エディンバラ)

アバド初のオペラ全曲の録音。
1968年にスカラ座の音楽監督となっていたアバドは、スカラより前、1971年8月のスコットランドでのエディンバラ音楽祭で「チェネレントラ」を上演。
フィレンツェ歌劇場との共同制作で、それに先立つ同年5月にフィレンツェにて指揮してます。
DGへの録音はこうした上演で万全の準備を経たもので完全な仕上がりぶりとなってます。
スカラ座でのチェネレントラは1972年から指揮するようになり、劇場の人気レパートリーとなり、その後ずっと上演され、海外引っ越し公演でも持っていくようになりました。

前々から書いてますが、アルベルト・ゼッダの校訂を経た版を採用したその演奏は、当時は斬新で今でこそ当たり前となってしまったスッキリ系のロッシーニの走狗だったのだ。
それまでは打楽器が派手に鳴ったり、オーケストラも無用に分厚く、全体に厚化粧をほどこされたロッシーニだった。
以前書いた記事~「アバドを聴いてから、遡って過去演を聴いたから、順序は逆だけれど、アバドの演奏は、その厚化粧を取り去り、まるで風呂上りのようなサッパリとした風情が漂っている。
でもスッピンの味気なさではなくて、音楽の持つ色気や風情がニュートラルに表わされていて、新鮮かつ活き活きとしている。
いやピチピチとしていると言えようか。
明晰で、どこまでも清潔。まさに水を得た魚のようなアバドに、アバドを無能呼ばわりした評論筋は誰一人不平を唱えられない。
当時、ざまみろ!という心境だった。へへっ。」
こんな風に書いてまして、久しぶりにこの演奏全曲を聴いて、この10年で多くのロッシーニを聴いてきた、いまの自分の耳にもかわらぬ新鮮さがありました。

歌唱に関しては、レベルも高度化してあがったイマの歌手からするとちょっと緩いと思われる人もいますが、でも私にはこのメンバーが最高なんです。
とくにベルガンサのすっきりとした清潔清廉を感じさせる歌唱は、いまもって一番のチェネレントラだと思う。
昨年98歳で亡くなったアルヴァもいまでも色あせしない生粋のベルカントテナーと感じさせて嬉しかった。
あと、フレキシブルなロンドン響であったことも、同時期の「セビリアの理髪師」よりも軽やかさと透明感においてより効果的だったと思う。

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     チェネレントラ:ルチア・ヴァレンティーニ=テッラーリ   
     王子ドン・ラミロ:ルイジ・アルヴァ

     ダンディーニ:エンツォ・ダーラ    
     ドン・マニーフィコ:パオロ・モンタルソロ

     クロリンダ :マルゲリータ・グリエルミ 
     ティスベ :ラウラ・ザンニーニ

     アリドーロ :クラウディオ・デスデーリ

   クラウディオ・アバド指揮 ミラノ・スカラ座管弦楽団
                ミラノ・スカラ座合唱団
          
             (1976.5 @コヴェントガーデン、ロンドン)

1976年のスカラ座のロンドンへの引越し公演ライブ。
ちゃんとしたステレオで音は悪くはないです。
ライブ、とくにピットに入ったときのアバドの若い頃の常で、テンポは速めでときに突っ走るようになることもあり、それがスポーティな快感を覚えることになります。
スカラ座の面々が、それに一糸乱れずについてゆくところもすごい。
最後の聴衆の興奮したロンドンっ子のブラボーもそのときの熱気を感じさせます。
ちなみに、このロンドンへの演目は、あとは「シモン」と「レクイエム」です。
歌手たちはずっとおんなじ、完成された家族のような仲間たちに、ベルガンサとともに、ずっと交代でアバドとやってきたテッラーニ。
あきれかえるような鮮やかなテクニックと、それを感じさせないナチュラルさに深みのあるメゾの声。
数年後に、日本人は東京で彼女のロジーナに驚嘆する。


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     チェネレントラ:フレデリカ・フォン・シュターデ   
     王子ドン・ラミロ:フランチェスコ・アライサ

     ダンディーニ:クラウディオ・デスデーリ    
     ドン・マニーフィコ:パオロ・モンタルソロ

     クロリンダ :マルゲリータ・グリエルミ 
     ティスベ :ラウラ・ザンニーニ

     アリドーロ :ポール・プリシュカ

   クラウディオ・アバド指揮 ミラノ・スカラ座管弦楽団
                ミラノ・スカラ座合唱団
          
              (1981.1 @ミラノ)

ありがたいことに、ずっと上演しつづけたアバドとジャン・ピエール・ポネル演出のチェネレントラが映像化されてます。
舞台上演でなく、スタジオでの映画的作品。
音声はミラノで録音、映画は同じ年の夏にウィーンで撮影と記録されてます。
アバドのチェネレントラの正規音源はこれが最後で、舞台でも82年のミラノを最後に指揮していないようです。
録音がやや平板であるのが残念ですが、ロンドン響との演奏に近い正確無比の演奏となっており、さらにはさすがはスカラと思わせる歌に付ける巧みな表情や歌いまわしが感じられるのもうれしい。
ミラノでのこの録音のとき、アバドは舞台では「ボリス・ゴドゥノフ」に取り組んでいた。
シモンとチェネレントラは、アバドとスカラ座が同じメンバーでもって何度も上演し、完全な舞台に仕上げていったオペラ作品だと思います。

そしてやはりこの演奏は、観て楽しむもの、ビジュアル重視の配役ともなってます。
シュターデの可憐な美しさとスタイルの良さはもうなにものにも代えがたいです。
琥珀の声とも称されたその声もここでは映像をともない、同情さそうその演技やシンデレラとしての凛々しさなど、もうほれぼれとします。
でもベルガンサやテッラーニに比べると弱く、かえってあざとくも感じてもしまうのは贅沢か。
 テッラーニと同じく、アライサも東京でのアルマヴィーヴァ伯爵で目覚ましい存在であることを明らかにしたが、この録音の年の秋だった。
若々しいそのアライサの歌声も嫌味なく甘くてすっきり柑橘系。
アリドーロ役からここでは狂言回しのダンディーニに昇格したデスデーリも実にうまく、存在感あり。
超ベテランとなったモンタルソロも呆れかえるくらいに愉快で間抜けな父親役です。
そして同じくずっとずっと、アバドのチェネレントラではいじわる姉妹を歌っているグリエルミとザンニーニが思わず共感したくなるような人間味あふれる存在に感じられるのも、ポネル演出と映像作品という楽しさです。

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ユーモアあふれるブッフォ作品としての神髄を突いたポネルの演出。
合唱の個の動き、集団としての動き、それぞれに意味あいもあり、面白みもあり、当然に登場人物のすべてがこの作品の面白さやシニカルさに寄与するように仕組まれた名演出。
時代がかった部分もイマの世の中では感じられるものの、映像作品としての出来栄えは完璧だと思います。
このポネル演出、2009年に新国劇場で観劇してまして、ほぼ同じもの。
これも思えばいい経験をしたものです。
カサロヴァにシラクーサという願ってもない名歌手の声も聴けました。
このDVD作品、繰り返しになりますがデジタル処理を施して、いまのソフトフォーカス気味の映像と音源を刷新して欲しい。

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チェネレントラ=アンジェリーナのあまりにステキにすぎる幕を閉めるアリア。
洒落たポネル演出もあいまって、ほんとに幸せな気分、ほんわかとした癒され気分になりました。
すべてを許し、飲み込む彼女。
女性が混迷の世界を救うとも思いました。
来日したイタリアのメローニ首相とわが日本の高市総理の熱いハグ。
メローニさんは、高市さんに向かって「思いは同じ、なすべきことのハードルは高いし、きっと難しいこともあるでしょう、そのときは何でも私に言って、親しい友」と別れるときに言いました。

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メローニさんのことが、イタリアのことが大好きになりました。
日本とイタリアが仲良く世界に立つ、こんなうれしいことはないです。
日本のメディアはこのようなことは一切報道しません。

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チェネレントラでのアバドとシュターデ。

先に書いたとおり70年代、日本でのアバドの評価が定まっていなかったころ、さらにはウィーンフィルのパーマネントコンダクターとして来日したとき、何もしてないと、こき下ろしていた評論家筋が多かった。
しかし、その評論家筋にも、アバドのロッシーニ、加えてストラヴィンスキーは有無を言わせぬ才能のほとばしりを認めさせるものでした。
そんな評価の変化ぶりをよく覚えてます。

現在のようにセリアも含め、ロッシーニ作品がたくさん演奏されるようになり、ロッシーニ音楽の受容も多様化しているが、その音楽表現のすべての根源は「アバドのロッシーニ」にあったと思ってます。
それは、アルベルト・ゼッダの研究が元にあり、その忠実で完全な表現者としてアバドがいたからなのであります。
ロッシーニ演奏、アバドのなした、大きな足跡のひとつです。

Hadano-fuji

秦野市から富士を望む🗻

クラウディオ・アバドの12回目の命日に♰

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2026年1月18日 (日)

東京都交響楽団定期演奏会 ルスティオーニ指揮

Geigeki

久しぶりの池袋芸術劇場。
かわらぬ人の多さが田舎暮らしに慣れた自分にはキツイものがありました。

イタリア週間 4276

東京都交響楽団の首席客演指揮者となるミラノ生まれのダニエーレ・ルスティオーニ。
その奥さんでミラノとベルガモの間ぐらいにあるレッコ出身のヴァイオリニスト、フランチェスカ・デコ。
この素晴らしい共演でした。
ルスティオーニは、ずっと注目していたオペラ指揮者なので、即座にチケット手配しました。

ちょっと加工してスクリーンに美男美女入れてみました。

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  東京都交響楽団定期演奏会 第1033回

 ブラームス ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 op.77

   バッハ   無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番 ~ジーグ

     Vn:フランチェスカ・デゴ

 R=コルサコフ スペイン奇想曲 op.34

 レスピーギ   交響詩「ローマの祭」

    ダニエーレ・ルスティオーニ指揮 東京都交響楽団

         (2026.1.17 @東京芸術劇場)

独・露・伊の3人の作曲家がランダムに並んでいるように感じますが、ここに通じているのは南国・南欧への憧れとイタリアそのもの。
ブラームスは、調性も同じくする第2交響曲と同じくペルチャッハで発想・書かれた曲。
ソリストと指揮者の個性が申し分なく発揮できるプログラムだと思いました。

激することなく神妙な雰囲気で始まったブラームス。
デゴのソロの入りもさほどに情熱的でなく一音一音を確かめるような慎重な雰囲気。
ブラームスの協奏曲に抱くイメージが違うと思う方がいるかもしれない。
わたしは、こうした柔和なブラームスは好き。
ヴィブラートをあまり効かせないのも好ましく、華美に傾くことがない。
ともかくデゴさんのヴァイオリンは音色が美しく繊細。
だから第2楽章が絶品で、見事なオーボエソロにも増して、楚々たるアリアのようなヴァイオリンの歌には聞惚れましたよ。
戻って1楽章ですが、カデンツァにブゾーニ編のものが使用され、そこではティンパニがドロロロ~ンと鳴り、背後で終始そのティンパニも静かに鳴り響くと言うヴァイオリンがまるで浮き上がってくるような効果をもたらすもので、実に面白く新鮮だった。
彼女のヴァイオリン協奏曲のCDもそのカデンツァが使われているようで、カップリングは珍しいそのブゾーニの協奏曲だ。
こうした知的なこだわりも彼女ならではなのだろう。
終楽章は明るく爽快に、ルスティオーニの開放的なオーケストラに導かれるように快活なるヴァイオリン。
こんなに爽やかで微笑みに満ちたブラームスの協奏曲は自分では初めてかもしれない。
 ついでにオジサン目線だけれども、演奏中のデゴさん、弾いてないときに空を見つめるような目線、ともに美しかった。
アンコールはお得意のバッハ。
技巧をひけらかすことのない真摯な、でも美しい演奏でした。
別日ではアンコール2曲やった様子ですが、この日は1曲。
翌日の札幌でのソロコンサート、翌々日は東京に戻り武蔵野市でまたソロと、ちょっとハードなスケジュールに合わせてのことだったかもしれません。

ルスティオーニはロシア物も得意にしていて、R・コルサコフでは「金鶏」がDVD化されているほか、チャイコフスキー、ラフマニノフなどもさかんに指揮してます。
明るく歌心にあふれ、ダイナミックな緩急に富んだスペイン奇想曲、めちゃくちゃ面白かった。
シェエラザードにも通じる異国情緒たっぷりの要素を、さすがルスティオーニは歌いまくって巧みにムード満点だし、コルサコフのオーケストレーションの巧さも5つの場面の描きわけの見事さで実によくわかりました。
水谷コンマスのソロを指揮者もオーケストラも楽しそうに聴き入り、そこからもうノリノリの雰囲気で一気呵成に情熱の爆発と開放を成したルスティオーニの指揮のうまさ!

この日の目玉、楽しみにしてた「祭」じゃ!
人員増強して、オルガン席にも奏者が陣取り始まりました金管の咆哮をともなう古代ローマの熱気あふれる世界観。
都響めちゃくちゃうまいし、音に濁りなし、ルスティオーニの整然とした棒さばき。
大振りはしないけれど、動きは多いし、ぴょんぴょん跳ねるし、左右に忙しく、顔の表情も豊か。
こんどは正面席で聴いてみたい。
 ローマを見出した巡礼者の祈りと歓喜での音楽の盛り上げも見事だったし、こうした変化を鮮やかに描き分ける才はオペラ指揮者ならではかもで、十月祭の夕暮ムードも素敵でセレナーデもうっとりしてしまう。
そして急転するムード転身もあざやかで、はちゃむちゃカーニバル状態の第4部の整然とした持って行き方もあざやか。
熱狂するローマ市民ばりに、ワタクシもワクワクが止まらず、ドキドキしてきた。
ずっと終わらないでカーニバルやってくれい、と思わずにはいられない魅惑の時は、無情にも過ぎつつ熱狂うずまくレスピーギ=ルスティオーニワールドはジャンジャンと終結!
思わず、ブラボーしちまった!

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最高じゃん、ルスティオーニ。
都響もノリがよくって、みんな楽しそうだった。
われわれ観衆もみんなニコニコで帰りました。

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後半のこうした音楽を指揮したらルスティオーニは無類に上手い指揮者だ。
本格的なシンフォニーとピットでの指揮を聴いてみたい。

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こんなパフォーマンスとオーケストラとやってくれる。

ミラノ生まれといえば、アバドと同郷。
しかし、育った頃はムーティ時代のミラノ。
いつしか、スカラ座の指揮者になって欲しい。
次は、ヴェルディとワーグナーを聴きます。

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2026年1月15日 (木)

メンデルスゾーン 交響曲第4番「イタリア」 アバド指揮

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今年の早咲きの菜の花は、まだ5分ぐらいなので、昨年の1月終わりぐらいの満開の菜の花と富士。

春の訪れがほんとに待ち遠しい、今年の骨身に染みる寒さ。

でも明るいイタリアが日本にやってくる。

低迷するイタリア経済を立て直し中、強くて明るいイタリアの首相メローニが来日。

イタリアの若手指揮者三羽烏のひとり、ダニエーレ・ルスティオーニが都響の首席客演指揮者となりやってきた。
2回のコンサートを聴きに行く予定。

そして、明るいイタリアとは言いたくはないが、クラウディオ・アバドの命日も近い。
アバドの命日には、また違う作品を取り上げる予定。

ということで1月後半は、まだ行ったことのない「イタリア」を日本で楽しみます。

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 メンデルスゾーン 交響曲第4番 イ長調 op.90「イタリア」

もう何度も記事にしてる。
アバドのメンデルスゾーンは、若い頃からの得意の演目で、デッカの専属だった67年に録音をしてます。
昭和の人、さまよえるクラヲタのワタクシは、1969年頃からクラシックに目覚め、1970年からレコ芸の購読を始めましたので、いまはほとんど処分してしまいましたが、主だった記事や広告はスクラップしてあったりします。
アバドのものはほとんで残してます。
1971年のレコ芸の裏表紙はデッカ=ロンドンレコードが独占してましたが、まだアバードと呼ばれていた時代。
レコ芸のお値段も、このときは300円で、少し前までは270円ぐらいだった。
レコードは新譜だと2000円、シングルジャケットだと1800円だったりも。

メンデルスゾーンのローマ見聞録のようなイタリア交響曲、アバドは3回録音しました。

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① ロンドン交響楽団(1967.2 @キングスウェイホール)

こちらは国内盤での再発のレコード。
スコットランドがメインのジャケットですが、ともかく嫌味なく健康的な音で満たされた幸せなメンデルスゾーン。
これが出たときの評価では、イタリア人という点ばかりが評価され、ともかく歌う明るい演奏と評され、交響曲的な構成力には欠けるちかいわれたものだ。
お国柄で何ごとも判断したり、ドイツに偏重するきらいが見られたのも事実で、そういう時代だった。
たしかに明るく開放的な演奏であることは間違いなく、デッカの分離のいい録音もそれに拍車をかけてる。
一方で、よりロマンティックで陰りのある3番とのカップリングであることから、それとの対比において明るさというよりは明晰さをこそ感じます。
3つの演奏を通して3楽章がいずれも美しいと思った。

② ロンドン交響楽団(1984.10 @聖ジョンズ・スミス・スクエア、ロンドン)

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ロンドン響の音楽監督として、ある意味自分のやりたいことをやっていた頃。
マーラーやベートーヴェンのチクルスに、ゼルキンとのモーツァルト録音と併行してメンデルスゾーンも演奏会で集中して取り上げ、一気に全集録音を遂げた。
そうした流れでの演奏なので、まとまりの良さ仕上がりの完璧さにおいては、17年を経て完璧であり落ち着いた演奏になってる。
アバドの身上でもある、音楽表現のしなやかさがここでは際立ち、音楽に漂う余裕と笑みすら感じる幸福なメンデルスゾーン。
アバドをずっと見聞きしてきた自分には、アバドがときににこやかに、柔和な表情で指揮している姿を思い起こすことができるし、このメンバーでの来日公演で接した指揮者とオーケストラの幸福なむずび付きも懐かしく思い出す。
 この時代、ロンドン交響楽団は名手ぞろいで、とくに管楽器のメンバーはすごい顔ぶれだった。
自分も若かったが、アバドもロンドン響の楽員さんもみんな若かった。
そんな昔を懐かしみつつ、2楽章と3楽章の絹織りの肌触り感じる柔らかさには陶然としてしまった。
アバドとロンドン響は、やはり幸福なコンビだったなぁ。
この全集、1番と2番が一番好き。

③ ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1995.12.31 @ベルリン)

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ジルヴェスターコンサートのライブで、真夏の夜の夢と演奏されたメンデルスゾーン・アーベント。
ライブでのアバドは熱い。
劇性と歌謡性のバランスのとれた真夏の夜の夢もロマンあふれる名演だと思いますが、よりホットなイタリア交響曲が自由闊達な感じでよい。
ロンドン響よりベルリンフィルの方が音色が明るい。
そして音も高密度でびっしり詰まった感じ。
ドイツからローマに行ったメンデルスゾーンの気分もかくや、と思わせるくらいに目覚ましい音がベルリンフィルから出ている。

3つの録音の演奏時間はほぼ同じ。
84年のロンドンが、2楽章がほんの少し速めですが、ほぼ同じ。
3つ共に好きなイタリア。
2000年代に、モーツァルト管とも3番とともに演奏履歴があり、そちらもいつかの音源化を希望したい。
生涯にわたって指揮しつづけたメンデルスゾーンは、アバドの持ち味がもっとよく発揮される作曲家だったと思います。
それはロッシーニとも通じます。

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スイセンは、いまが満開の盛りですよ

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2026年1月11日 (日)

J・シュトラウス 「南国のバラ」

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日の丸も掲げられた年始直前の銀座の街。

なかなか美しいものです。
そして、集団形成のあの人たちのいない本来の大人の街は、かつての姿をちょっとだけ取り戻した感じもしました。

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今年のウィーンのニューイヤーコンサートは、ネゼ=セガンの指揮。

カナダの指揮者ですが、同国に自身のオーケストラを持ち、フィラデルフィア管とメトロポリタンオペラの指揮者を務め、欧州でも各地のオーケストラと関係を築いている、いま最前線の指揮者。
セガンは以前よりよく聴いてた指揮者だが、こんなに早くニューイヤーコンサートに出るとは思ってなかった。
ムーティとティーレマン、メストらのベテランの持ち回りばかりでなく、旬の指揮者を順繰りに起用していくことは大賛成で、ウィンナ・ワルツとは無縁と思われた人でも、案外に相性がよかったりして楽しみも増すというものだ。
来年はトゥーガン・ソヒエフというから驚きでもあり。

今年のプログラムは、セガンが力を入れてるアメリカの女性作曲家プライスの作品や、ウィーンで女性オーケストラを創設したりして活躍したヴァインリヒの作品などが選ばれたりして、とても新鮮だったし、映像で見てもセガンのいつもの快活な指揮ぶりが楽しかった。
初めてご覧になる方は、小柄なセガンがそこらのやんちゃな兄ちゃんみたいに見えたかもしれない。
カミングアウトしているので周知の事実ですが、保守的なウィーンもオケのメンバーを見てもわかるとおり変わったものだと思ったりもした。
多様性という言葉はあざとく好きではないが、まさにそんなコンサートにもなったのではないだろうか。

今回演奏された曲のなかで、私の好きなワルツ1曲に絞って、ウィーンフィルの手持ち音源をいろいろ聴いてみた。

  J・シュトラウス ワルツ「南国のバラ」op.388

1880年初演のポルトガルが舞台のオペレッタ「女王のレースのハンカチーフ」からの引用で作られたワルツ。
劇中でオペレッタの主人公であるスペインの作家セルバンテスによって歌われる歌「野ばらのさくところ」というタイトルから、このワルツの名前も付けられたという。
このオペレッタを気に入ったという当時のイタリア国王に献呈されていて、すべてが南欧がらみなところから、このワルツも軽やかで明るく屈託がないです。
レースのハンカチーフは、昨年ウィーンのアン・デア・シアターで上演されていて、録音もしました。

①セガン(2026)
文字通りウィーンフィルの最新の「南国のバラ」は、セガンらしく快活で生き生きとした演奏だった。
入念な節まわしもあったりして、軽やかなウィンナ・ワルツ感は薄め、でもこれもまたセガンらしい高揚感あふれる流れの持って行き方はまさに気分があがるものでしたね。

②ムーティ(2018)
セガンの前は、ムーティがやってました。
もうこの頃のムーティとなると大家の風格で堂々たる構えと押し出しがあり、余裕あるテンポが優雅ささえ引き出して感じる。
ウィーンとの付き合いの長さと気ごころしれた安心感も漂う。

③マゼール(1981)
ムーティ以前の演奏ではこれしか手持ちで見当たらず。
アバドもクライバーもカラヤンもやってなかったんです。
ボスコフスキーのあとを継いだマゼールは、ウィーンとの蜜月の80年代にエンターテインメント性にあふれたニューイヤーを何年も担当。
マゼールらしく切れ味豊かで、はずむようなリズム感も心地よく現代的でスピード感もほどよい。
何曲か聴いて、真面目過ぎるところあるが、いまやこんな面白い指揮者はいないと感じた。

④ベーム(1975)
DGへの正規録音もあるが、日本人ならこれでしょ、伝説のNHKホールライブ。
NHKホールの空気感と熱気をもろに捉えた録音がいまもって素晴らしいと思うし、ウィーンの音色がNHKホールでちゃんと出てるのも驚き。
ベームの指揮には堅苦しいところはなく、この頃はまだ保っていたウィーンフィルの鄙びた音が聴けるのもありがたい。
NHK様は、つまらん紅白に金ばかり使ってないで、ベームの音源と映像をリマスターして新調して欲しい。

⑤ボスコフスキー(1961、1975)

Boskovsky

クレメンス・クラウス後のウィーンフィルのウィンナ・ワルツの権化となったボスコフスキー。
同じ楽員同士で気の置けない仲間同士のリラックスムードあふれる演奏でもありつつ、ボスコフスキーの指揮には古風さはなく、現代的ですらあり、ある意味サバサバしても感じる。
でも歌いまわしは実にうまく、雰囲気満載で、もうまさにわれわれ昭和世代が思い描く憧れのウィーンの街そのものだ。
目をつぶれば、唯一のウィーン訪問のことすら脳裏に浮かんでくる。
ウィーンはウィーンなのだ。
デッカの録音もその思いに拍車をかけてくれる素晴らしさ。
 75年のものは、私のエアチェックで、シュトラウスのアニバーサリーイヤーのときのザルツブルクライブ。
録音がいまや精彩を欠くが、ライブ感あふれるウキウキ演奏だ。
ボスコフスキーやマゼール、アバドやクライバー、メータの時代のお正月のNHKテレビ放送を毎年楽しみにしていて、ウィーンのムードに浸ることで1年が始まるみたいな気分だった。
そうしたことをしなくなって、興味も失ってから久しいし、ウィーフィルもウィーフィルでなくなってしまったと思い込んでも久しいです・・・

⑥シューリヒト(1963)

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なんどかブログ記事を残してますが、中学生の時に会員制のコンサートホールソサエティに加入していて購入したレコード。
これが初めてのウィンナ・ワルツのレコードだった。
来る日も来る日も聴いて、とくにチターの音色に魅せられ、まだ見ぬウィーンの街を思った。
同時に、シューリヒトという大指揮者がいたということも強く意識するようになり、バッハやモーツァルトなどを集めた。
オーケストラは契約上、国立歌劇場管弦楽団と名乗り、冴えない録音だったレコードをCD化されたときに聴きなおして、その刷新されたサウンドに驚いたものだ。
風呂上りの美人のように、見違えるばかりにオーケストラの美音が詰まって感じられたし、緩急豊かな情感ある指揮ぶりにもおどろきだった。
何度も書きましたが、この録音の場に居合わせた岩城宏之氏が、神だ!と言ったとされるその言葉どおりの達人の演奏だった。

⑥サヴァリッシュ(1961)
ウィーンフィルじゃないけどウィーン響。
2枚のシュトラウスファミリーのレコードを残したサヴァリッシュは、N響ではやらなかったし、ほかのオーケストラともやらなかった。
ある意味ウィーンにこだわったのだろうか。
若き日、バイロイトでも活躍をしていた、まさに若手新進気鋭のサヴァリッシュの颯爽としたスタイリッシュなウィンナ・ワルツ。
これはこれで青臭さもありつつ、サヴァリッシュならではの理路整然とした清潔さもあり。
リヒャルトばかりでなかった、ユニークなサヴァリッシュのシュトラウス。

⑦クリップス(1957)
50年代の録音ならではの丸っこい響きが雰囲気あり。
どこか懐かしい、遠くに忘れてきた音がする。
ほぼ70年前のウィーンフィルと今年のウィーンフィルを比べるとオーケストラの巧さ、放送とはいえ隅々まで鮮明なまの録音と比べるべくもない。
大人の音楽を感じた。
あらゆる音に囲まれた現代が不幸にも感じた。

クレメンス・クラウスのシュトラウスファミリーの音源は残念ながら所持してません。

Ginza-02

混迷を深める世界。

イランが崩壊するかもしれないことを日本のマスコミは一切報道しない。
あの国と同じように強権体制国家に対する国民の反発を報道しては日本ではまずいのだ。

セガンが思いを込めて語った今年のニュイヤーコンサートでのあいさつは、世界の平和だった。

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2026年1月 7日 (水)

ドヴォルザーク 交響曲第9番「新世界から」 ダウスゴー指揮

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新年を迎えました。

そしてあっという間に1週間が経とうとしてます。

今年も好きな音楽を聴き、マイペースでブログ記事を起こしていこうと思いますので、引き続きよろしくお願いいたします。

2026年最初の音楽は「新世界」です。
あまりもベタな選曲であり、年中いいけど、新年の演奏会の比率も高い名曲中の名曲。

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 ドヴォルザーク 交響曲第9番 ホ短調 op.95 「新世界から」

  トーマス・ダウスゴー指揮 スウェーデン室内管弦楽団

        (2006.4,5 @エレブルー・コンサートホール)

もう聴き古した感のある新世界。
私の初レコードは小学生のときの「ケルテスの新世界」だった。
またレコードでも新世界と未完成などを組み合わせたりしたベストレコードがいろんな形で出ていた70年代。
クラシック入門用のレコードの一品としてご家庭で珍重されたものだ。
 さらには、コンサートでは3大交響曲とかいって、「未完成」「運命」「新世界」の3つをプログラミングしたものも人気だ。
クラシック初心の方からベテランリスナーまでを惹き付けてやまない旋律の宝庫と、郷愁誘う懐かしさ、かっこよさも持ち合わせた「新世界」であります。

爾来たくさんの新世界を聴いてきたが、室内オーケストラによる新世界は初めてだった。

デンマークの指揮者ダウスゴーは。スウェーデン室内管を1997~2019年まで20年以上に渡って率いて、その間かなり多くの録音も残しました。
ベートーヴェン、シューベルト、シューマン、メンデルスゾーン、ブラームス、ブルックナー、ワーグナー、チャイコフスキーなどの多彩なレコーディングがあり、ドヴォルザークも1枚だけですが2曲の交響曲を残してます。
こちらのブログにはそこそこにこのコンビの記事がありますが、私はダウスゴーが好きでCDもほとんど揃えつつあります。

常に速めのテンポ設定をとり、キビキビとしたその演奏は心地よくもあり、でも核心をついた考え抜かれた音楽考察もありつつ、それが乾燥してしまった味気なさを感じさせない深みと大胆さがあります。
このコンビの比較的最初の頃のものだが、徹底したその独自のスタイルがすでに完成している。

聴き古した「新世界」がかくも新鮮に、出来立ての音楽として響く。
1楽章から、いつものお馴染みのメロディがなんの気もなく、ポンポンと飛び出して来て、思い入れや過度の表情付けもなく、ピュアそのもの。
ラルゴなど、透明感にあふれ透けてみえるくらいの純粋な美しさがあった。
快速調のスケルツォなど痛快だし、その対比としての中間部は表情少なめに淡々と流れるのが面白いが、ちょっとした楽器の橋渡しなどが引立ち、いつもと違う瞬間を見出せる。
ずばずばと決まりまくる終楽章。
ヒロイックなところはなく、快速ながら素直に音楽的で、すべての楽器がすべてのモティーフが聴こえ透けてみえる。
最終の和音もずいぶんと長く鳴らして終結するところがユニークだし、これがまた美しい。
ボヘミアやアメリカ、そうした要素は感じられず、ただただドヴォルザークの楽譜を思い入れなく演奏したという感じで、新鮮極まりない。

併録の6番の方が、実はもっと面白くいていい演奏だ。
魅力ある作品である6番が、こんなに楽しい音楽だったとは。
できれば5番も録音して欲しかった。

ダウスゴーさん、昨年来日して新日、大フィル、名フィル、札響などに客演したが、聴く機会をえられなかった。
5年まえのBBCスコテッシュとのマーラーのみが唯一の実演。
シアトル響を辞めてしまったのは、実に残念で、その高音質の自社レーベル録音はユニークな演目とともに楽しみだった。
いまはデンマークやスウェーデンでの桂冠指揮者としての称号しかないが、次なるポストはないものだろうか・・・
レコーディングも最近ないのも寂しい。

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2025年12月31日 (水)

東京交響楽団 特別演奏会「第九」2025 ノット指揮

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クリスマスシーズン後のサントリーホールは、新年を迎える華やかな装いになっていました。

東京交響楽団の第9の演奏会に行ってきました。

音楽監督就任12年の今年で、その契約もついに満了するジョナサン・ノット。
息のあったこの名コンビもいよいよ終了、そして秋山さん死去のあとを受けたジルヴェスターコンサートをのぞけば、この第9が最後の本格演奏会だし、最後の満員御礼のサントリーホールでした。

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  ベートーヴェン 交響曲第9番 ニ短調 op..125 「合唱付き」

       S :森田 麻央
       Ms:杉山 由紀
       T :村上 公太
       Br:河野 鉄平
     
     ジョナサン・ノット指揮 東京交響楽団
                 東響コーラス
           合唱指揮:三澤 洋史
           コンサートマスター:景山 昌太朗

       (2025.12.29 @サントリーホール)

第9を年末に聴かない自分ですので、実は10年ぶりぐらいの第9です。
若い頃は、N響でスウィトナーやシュタイン、新日の小澤の第9を聴いてましたが、いつしか年末はどこもかしこも・・という風になるので辟易としてしまい聴かなくなったのです。

しかし、この日こそ悔やんだことはありません。
ノットと東響の第9を初めて聴いて、これが毎年演奏されていたとは、との思いだったからです。
そして常にチャレンジングなノット監督だから、毎年のようにその解釈が違ったというのです。
さらには、これもノットの常で、2回ある演奏会はそのどちらもが違う演奏になるのですから。
このコンビの第9を毎年聴いていたら、毎年聴かなくては気が済まなくなるだろうし、それこそ1年を締めくくれない、そんな風になるんだろうな、と満場のホールのお客さんを見渡しながら思いました。
 そして多くがノット監督のことが好きで、別れを惜しむ思いもホールの雰囲気でひしひしと感じました。

今年のノットの第9は、オーケストラの人数を大幅に刈り込み室内オーケストラサイズにしました。
指折り数えたらオーケストラは53名、ソロ4名、合唱約80名の総勢137名。
木管・ホルンの幾多のソロや絡み合い、当時とすれば技巧の限りに書かれていて、それらが浮かび上がるようによく聴こえた。
人数少なめの弦楽器は透明感にあふれ、各奏者の音が突出してしまわないように、むしろ普段にもましてお互いよく聴き合い、切れ味抜群の集中力あふれる類まれなアンサンブルを聴かせてくれたようにも思う。
 オーケストラと合唱がほぼ対等に響き合い、お互いの音や声がとてもよく聴こえたその様子は会場で実際に聴かないとわからないものだ。
だから勢いで一気に爆発的なフィナーレに混然となってしまうことなく、音楽はむしろスコアに書いてある通りに着実に音楽的に快速クライマックスが築かれた。
ノットの指揮はたしかに慣れないとわかりにくいかもすいれないが、左手の表情付けが実にたくみで、指が少し動くとオーケストラの音が微妙に変わります。
それが実感できた演奏でもありました。

1楽章から早めのテンポでヴィブラートもほぼなしで、すいすいと曲は進行するが、ときに思わず歌わせたり、思わぬ表情をみせたりと以降の楽章も通じていろんな発見もあったりしてひとときたりとして気が抜けない。
こうした連続こそがいつものノットの音楽で、ライブ感ある自在さに東響もすっかりなじんでいるので、完璧についてゆく。

2楽章も基調は速めだけれど、中間部は少しテンポを落としてよく歌わせてみせた。
またティンパニの活躍する場面では、ティンパニの表情付けが巧みで、それがほかの楽器に流れて移っていくところが、指揮と楽員さん双方をよく見える席だったので、とても面白かった。
若き小澤さんは、この場面にとてもこだわり、ともかく細かく指示して指揮をしていたのをよく覚えている。

ヴィブラート少なめがいちばん功を奏したと思われたのが3楽章。
なんとピュアで透明感あふれる演奏なんだろうと何度も思いました。
テンポは速いけど、そんな風に感じさせないほどに流れがよく、かつよく歌う演奏。
ホルンの難所も見事に決ましたし、まったく素晴らしいホルンでした。
第9のなかで、歳を経ていちばん好きになってる第3楽章のこの快速で美しい演奏はアバドと並んでもっとも好きな演奏となりそうです。
レコーディングもされていたようなので、CD化も楽しみだ。

間髪入れず終楽章になだれ込むのも、まいどのノットスタイル。
テキパキとことは運んで、低弦による歓喜の歌ももったいぶらず、淡々と奏されながらもひとりひとるいがよく歌っている。
まるで聴衆に語り掛けるように仕草をしながら歌うバリトンの河野さん。
そして入ってきた合唱がこの日は素晴らしかった。
前回のマタイではやや混濁や言葉に疑問符があったが、この日の第九はすべてが完璧だし、言葉がすべて聴きとれるくらいに明瞭。
バスの力強さと、ソプラノの清澄さがとくに光りましたね。
三澤さんの指導のもと、さらにはやはり、ノット監督との別れと、この一瞬にかける思いが詰まった合唱でした。
 ずっと待っていたピッコロ女子がいつにも増して輝いていた行進曲と、爽快な声のお馴染みの村上さんがよかった。
女声のおふたりもオケと合唱に負けずとすばらしくよく通るお声でした。
そこから先は、もうノットの作りだす音楽の流れに完全に飲み込まれてしまい、あれよあれよという間に先のフィナーレを迎えた。

熱い拍手と歓声がすぐさま巻き起こりましたが、わたしはしばらく拍手ができず、あ、ついに終わってしまった、という思いで動きが止まってしまいました。

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いつものように少し撮影もさせていただき、拍手に応えて恒例だという「蛍の光」が始まりました。左右から合唱の一部が1階席に降りていって、そこからも歌います。
各々がブルー系のLEDランプを持ち、ステージは徐々に暗くなりました。
合唱はハミングにもなり、指揮するノットを見ていて、もう涙腺決壊。
「さようなら」は、「始まり」なのだ。

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ありがとうノットさん。

これだけ長く日本のオーケストラのポストを維持した外国人指揮者はなかった。
日本を愛し、日本のわれわれもノットさんを愛しましたね。

来年は都響や大フィルにも客演するようですが、名誉称号を得てまた東響の指揮台に帰ってきてください。

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アフターコンサートは、気の置けない音楽仲間と楽しく語らいました。

やっぱりみんな、「蛍の光」ではやられちゃったみたい。

よいお年を。

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2025年12月29日 (月)

今年亡くなった音楽家を偲んで 2026

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今年は短い秋だったけれど、木々の色づきはとても奇麗だった。

多くの音楽家が物故し、その訃報のたびに悲しみを覚え、同時に自分も歳を確実に重ねていることを実感もしている。

今年亡くなった主だった音楽家の皆さんを振り返り、ここに彼ら・彼女たちを偲んでみたい。

【指揮者】

「秋山 和慶」(1941~2025.1.26  84歳)

療養のための引退の発表からのほどなくの逝去に、日本の多くの愛好家が驚き、悲しみました。
海外でのポストも複数経験したあと、日本の各地のオーケストラをあまねく指揮した、日本のオーケストラのために尽力した指揮者が秋山さん。 
秋山和慶さんを偲んで 過去記事

「ヴラディーミル・ヴァーレク」(1935~2025.2.16 89歳)

渋いところですが、チェコの名匠。プラハ響とプラハ放送響と長く率いて、日本のオケにも客演していた。

「エンリケ・バティス」(1942~2025.3.30 82歳)

メキシコの指揮者で爆炎系とされながらも、実際にいくつか聴いてみたけどそうでもない。
かつてアルゼンチンのカルロス・パイタも爆演指揮者と呼ばれたが、そうでもなかった。
中南米というだけで、少し気の毒なレッテルだろう。
しかし82歳はまだ若い。

「ジョン・ネルソン」(1941~2025.3.31  83歳)

アメリカの指揮者で、オペラ指揮者でもあった。
ベルリオーズのスペシャリストであり、バッハやヘンデルも得意にしたユニークな立ち位置の存在だった。
「トロイ人」や「ファウストの劫罰」などは素晴らしいと思った。

「ロジャー・ノリントン」(1934~2025.7.18 91歳)

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ノリントンの訃報に驚いたが、91歳という年齢と数年まえの引退コンサートをネットで聴いていたので、来るものが来た、と言う印象だった。
古楽系からの人と思われがちだが、ボールトに学んだことからわかるように、生粋のイギリス人指揮者として古楽の領域までをオールジャンルで手掛けるマルチな指揮者だった。
手兵のロンドン・クラシカル・プレイヤーズとロマン派までを網羅するレコーディングをなした後、通常のオーケストラも指揮するようになり、シュトゥットガルト放送響の指揮者になってから古楽奏法スタイルを導入して、ここからノリントンの名前がさらに世界的になっていったと思う。
わたしはアーノンクールより、ノリントンの方が教条的でなく柔和な音楽造りだったので好んで聴きました。
シュトゥットガルトと来日したときには、エルガーの1番を2001年に、マーラー1番を2005年に聴いているほか、N響への客演でもRVWを聴いたりしている。
ウィットにとんだ指揮ぶりはユーモラスでもあったが。でも学究肌でもあり、確かな考察のもと考え抜かれた音楽造りをする指揮者だった。

「クリストフ・フォン・ドホナーニ」(1929~2025.9.6 95歳)

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ブロムシュテットと並ぶ長老指揮者だったが、ついに。。。という思いでした。
ハンガリー系ドイツ人として、オペラとコンサートの名指揮者として、欧米にて有力ポストを歴任。
作曲家エルンスト・フォン・ドホナーニも近時よく演奏されるようになったが、孫氏は祖父作品に対しどうだったろうか?
ライナー、セル、オーマンディ、ショルティらのようにアメリカのメジャーオケのポストを長く務め、そのオーケストラの黄金期をつくるあげた点でも同じくでした。
クリーヴランド管とは20年のコンビだったが、デッカに残されたその録音の数々はいずれも明晰で、録音のよさもあるが音楽のすべてがよく見えるような演奏ばかりだった。
それがややデジタルにすぎると思われるときがあったが、でも余計なことはせず、過剰な解釈もない音楽の本質に迫る真摯な演奏は、その曲のスタンダートとして今でもコレクションに値するものばかりです。
同コンビは何度か来演しているが、一度も行けなかったことが悔やまれます。
ヨーロッパではウィーンでの活動も長く、そしてハンブルクでは州立歌劇場と北ドイツ放送響との長い活動も注目に値します。
イギリスではフィルハーモニア管、フランスではパリ管など、それぞれにポストを持っていたこともあり、オーケストラビルダーとしての才能もいかに高く評価されていたかがわかります。
ウィーンフィルとは77年にベームとともにやってきて、当時夫妻であったアニア・シリアと共演したりもしました。
黒縁メガネの真面目そうな指揮者というイメージでしたが、84年にハンブルクオペラを率いてやってきたときは、メガネではなかった。
3つの演目があったが、そのいずれも観劇することができて、なかでも「影のない女」は日本初演で、その舞台は豪華な歌手陣もあり生涯忘れえぬものとなりました。
ドホナーニの統率力の見事さ、ピットでの詳細なまでのキュー出しなど、いまでもよく覚えている上演です。
ドホナーニの追悼記事は、またいつか書いてみたいと思います。

「ベルンハルト・クレー」(1936~2025.10.10 89歳)

エデット・マティスの夫で指揮者、ピアニストとして夫妻での録音も多かったクレーもマティスに続いて今年亡くなってしまった。
私のような昭和のリスナーからすると、クレーはN響への来演で親しく馴染んだ存在です。
夫妻でのシュトラウスの「最後の4つの歌」は、その曲の美しさに開眼もした名演でしたね。
モーツァルト指揮者として初期のオペラ作品の録音や、ベートーヴェン生誕200年のときのDG全集録音で地味な作品をあてがわれたりと、なかなかメジャーな活躍はできませんでしたが、ドイツのカペルマイスター的な存在として、オペラでの実力は並々ならぬものがあったはず。
なんといってもサヴァリッシュの弟子筋にあたる名匠だったのですから。
ニコライのオペラなど、曲の良さもあり、思わぬ名演だと思います。
2010年に都響に来演したときに、ブルックナーの4番を聴いたが、素晴らしい名演でした。

【器楽奏者】

「アルフレート・ブレンデル」(1931~2025.6.17 94歳)

ブレンデルの安らかな逝去も、ポリーニのそれと並んで、私にはひとつの時代の終わりを実感させる大きなことでした。
6月に「ブレンデルを偲んで」の追悼記事を書きました。

【歌手】

「エディト・マティス」(1938~2025.2.9 86歳)

歌手の訃報は堪えると、いつも書いてますが、マティスの死も悲しかった。
前述のとおり、クレーも亡くなってしまった。
2月の「マティスを偲んで」の記事。

「ペーター・ザイフェルト」(1954~2025.4.14 71歳)

まだ若いテノール歌手の訃報。
ルチア・ポップの元旦那さんで、最初はリリックテノールだったが、徐々にレパートリーを広げワーグナーやシュトラウスを歌うヘルデンの声になっていった。
ミュンヘンでの活動がメインだったので、バイエルン州立歌劇場の来演では何度か接してます。
背の高い大柄でルックスもいい見栄えする歌手で、その幅広い音域をこなせる柔らかなの声は、スマートなワーグナー演奏の昨今にはうってつけのものだった。

「ルイジ・アルヴァ」(1927~2025.5.15 98歳)

98歳での大往生。
まだ健在だった、と逆に驚いたロッシーニテノールとも呼ぶべきルイジ・アルヴァの逝去。
アバドのロッシーニには初期の頃にはなくてはならないテノールだし、50~60年代のベルカントオペラはアルヴァなしには語れないだろう。
ペルーの生んだ伝説級の歌手でした。

「ステュワート・バロウズ」(1933~2025.6.29 92歳)

イギリスの国民的存在のテノールで、モーツァルト歌いだった。
ショルティの魔笛でのタミーノがメジャーで初登場したときの録音と記憶します。
凛々しさと親しみ感じる声で、小澤さんのベルリオーズにも参加していた。
来年は久々に「魔笛」を聴いて記事にしてみようと思ってる。

「デイヴィッド・レンドール」(1948~2025.7.21 76歳)

あまり知られていないが、私は何気に好きだったイギリスのテノール。
やや甘口の声質で、人によっては好悪わかれるかもしれないが、私は好きな歌手だった。
好きになったのは、コルンゴルトのオペラ「カトリーン」での優しくも美しい声だった。
デイヴィスのゲロンティアスでの歌唱も素晴らしい。

「ジークムント・ニムスゲルン」(1940~2025.9/14 85歳)

バッハ歌いでもあり、バスバリトンとしてワーグナー歌いでもあったニムスゲルンは、レパートリー的にはテオ・アダムに匹敵します。
ウォータンとしては、やや軽めではありましたが、その美声と表現力の巧みさは。バイロイトの歴代のウォータンの中でも第1級の存在だったと思う。
9月に追悼記事を少し起こしてます。

「フランツ・グルントハーバー」(1937~2025.9.27 88歳)

ドイツの名バリトン、性格バリトンとも言ってもいいかもしれない。
ヴォツェックといえばグルントハーバーと言われるくらいに当たり役だったし、近現代ものでは圧倒的な存在感を示しました。
ワーグナーではオランダ人、アンフォルタスなどが当たり役で、シュトラウス作品もほとんどレパートリーに入っていた。
存外に器用で演技も迫真をついていたので、ともかくマルチな名歌手でありました。
日本での2度のヴォツェックを逃してしまったので、私のグルントハーバーはアンフォルタスのみとなりました。

「ドナルド・マッキンタイア」(1934~2025.11.13 91歳)

ニュージーランド出身でイギリスでの長い活動歴から、英国歌手とも言ってもよいバス・バリトン歌手。
オラトリオや宗教曲のバスとして、そしてややアクの強い声も活かした敵役バリトンとして活動し、ロンドンやミュンヘンでワーグナアー諸役を歌い、76年にはシェロー&ブーレーズのリングでのウォータンとして大活躍をしたことが、マッキンタイアの最良の成果でしょう。
考え抜かれた微細にいたるまで緻密な歌唱でウォータンの多面的な心情を見事に歌い込んだ。
新国のキース・ウォーナーのリングで、フンディングを歌うマッキンタイアに接したのが唯一の経験。
そこにいるだけで圧倒的な存在感であったし、深々としたバスの声も健在だった。

「トーマス・ヨハンネス・マイヤー」(1969~2025.12.15 56歳)

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この年末に日本のオペラ界では突然の訃報に悲しみが走った。
日本の数々の舞台に立ち、新演出のヴォツェックでも来日し歌っていた矢先。
体調不良で途中から降板し、帰国してすぐの死去。
ともかくクレヴァーな歌手で、性格表現にたけ、加えて声量も豊かで劇場を声で満たすことのできる強さがあった。
わたしは、1回目の方のヴォツェックと、アラベラのマンドリーカに接することができた。
ほんとに惜しい歌手を失った、バイロイトのウォータンとしても期待していたのに・・・

【その他】

作曲家「ソフィア・グバイドリーナ(93歳)」
作曲家「ロディオン・シチェリドン(92歳)」
演出家「オットー・シェンク(94歳)」
 シェンクの演出はいまや古き良き・・という舞台に分類されてしまうかもしれないが、新しい演出に置き換えず、永遠に残して欲しい演出もいくつかある。「ばらの騎士」がそれです。
ピアニスト「ゲーリー・グラフマン(97歳)」
   12月27日の死去の報。アメリカのピアニストとして、CBSレーベルの看板ピアニストだった。
セルの1970年の来日に帯同したピアニストだった。

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多くの芸儒家の訃報を受け、一方で新しい演奏家も次々に、しかも以前ではかんがえられなかった国籍を有する若者たちが大活躍をする世界となった。
思い出を残していただいた音楽家に感謝とともに、その魂の永遠なることをお祈りいたします。

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2025年12月25日 (木)

バッハ クリスマス・オラトリオ リヒター指揮

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11月から12月、そして12月に入ってからの日々の経つことの早さよ。

歳をとると月日が経過するのがやたらと早いとよく言われるが、それは予想以上だった。

この歳になって、毎日がこんなに忙しいなんて思いもしなかった。

ありがたいことにお仕事を頂けてるのが幸いなのだけれども、同時にワンオペ介護、時おり孫、、家事、その間を縫って音楽会に上京 etc・・・
ストレス解消にと音楽会に積極的に行くようになったが、外出中も気が気でないときもあり、それがまたストレスになってしまったり・・・
昨年は多飲と不摂生がたたり入院もしてしまい、お酒を飲まなくても大丈夫な自分になったが、それもまたストレスでもあるし、身体の不安もまたストレスでもあるという悩み多き初老・・・・

でもまあ、これもまた生きていることの証でありましょう。
ちょっとしたことに楽しみや喜びを見出したりするのも幸せなことのでしょう。

音楽がなかったらちょっとダメだったかも。

バッハを聴こう。

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       バッハ クリスマス・オラトリオ BWV248

      S:グンドゥラ・ヤノヴィッツ
      Ms:クリスタ・ルートヴィッヒ
      T:フリッツ・ヴンダーリヒ
          Bs:フランツ・クラス

   カール・リヒター指揮 ミュンヘン・バッハ管弦楽団
              ミュンヘン・バッハ合唱団

         (1965.2~6 @ヘラクレス・ザール、ミュンヘン)

来年2026年に生誕100年を迎えるカール・リヒター。
1981年に54歳にして早逝してしまってから、もう45年になる。
心臓麻痺で亡くなった報を聞いたとき、これから社会人となる矢先のときだったが、かなりのショックだった。
バッハといえばリヒター。
そのように若いながら信じ込んでいた自分でした。
その思いは、古楽的な奏法が主流となり、バッハ演奏も多様化したいまも変わりません。

メサイアとともに、クリスマスに聴くにもっとも相応しいバッハのオラトリオ。
メサイアは降誕から死と栄光までを描いたのに対し、バッハの方は暦のうえでのクリスマスの6日間をカンタータ形式で描いた作品。
ともに、シンフォニア・田園曲が牧歌的かつ平安とともに挿入されていて、クリスマスの夜に和みます。

過去に書いたものを以下また再掲

  ①降誕節第1祝日 24日
  ②降誕節第2祝日 25日

  ③降誕節第3祝日 26日
  ④新年        1日
  ⑤新年最初の祝日  2日 
  ⑥主顕節       6日
      

主顕節というのは、イエスが初めて公に姿を現わされた日のことで、東方からの3博士が星に導かれて生後12日目のイエスを訪ねた日をいう。
 1734年、バッハ壮年期に完成し、その年のクリスマスに暦どおりに1曲ずつ演奏し、翌新年にもまたがって演奏されている。

バッハの常として、この作品はそれまでの自作のカンタータなどからの転用で出来上がっているが、旋律は同じでも、当然に歌詞が違うから、その雰囲気に合わせて歌手や楽器の取り合わせなども全く変えていて、それらがまた元の作品と全然違う雰囲気に仕上がっている。
バッハのカンタータは総じて、パロディの集積とよく云われるが、それは自作のいい意味での使い回し、なおかつ最良のあるべき姿を求めての作曲家自身の信仰と音楽の融合の証しでもありましょう。

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リヒターのことを書くたびに再三触れることだが、中学生のときに買った1枚のリヒターのレコード。
750円だったかと記憶するが、リヒターの演奏のサンプラー盤で同様の企画が、カラヤンとアルヒーフレーベルにもあった。
1曲目がクリスマスオラトリオの第1曲めで、私は一発でこの晴れやかな音楽が好きになってしまった。
そしてリヒターという音楽家とバッハの音楽の切り離すことのできないイメージが植え付けられ、指揮、鍵盤楽器奏者としてのマルチぶりも印象付けることとなりました。
そう、このレコードには、ほかにマタイの最終合唱曲と「トッカータとフーガ」「イタリア協奏曲」が収められていたほか、ハイドンの時計の2楽章も収録されていました。
まさにすり減るほどに聴いた1枚なのです。

この演奏で、輝かしいトランペットを一部担当しているのは、モーリス・アンドレです。
しかし、それが突出しないのは、リヒターの厳しい目線と音楽造りがあるから。
カッチリした構成のもと6つのカンタータの集積であることもよくわかるし、それぞれの祝日の意味合いもクリスマスという喜ばしい、キリスト教徒最大の祭日の日々に相応しいワクワク感も感じさせます。
6つのカンタータのそれぞれの祝日に合わせたカンタータの特徴と、それらをひとつにまとめ込む構成力の豊かさ。
そしてそこにあるのは、敬虔な祈りとバッハの音楽への演奏家たちの熱い情熱と貫かれた緊張感。
リヒターの一連のバッハ演奏に共通するものです。
迎えることのなかった60代のリヒター、さらに円熟を重ねるはずだったそのあとのリヒター、その演奏を永遠に確かめることが出来なくなったのは、人類の痛恨事だと思う。

まさに天使のようなヤノヴィッツの無垢なる美声、いま聴くとヴィブラートがやや気になるが、やはりその声の存在感と馴染みある声が魅力のルートヴィッヒ。
なによりもこの録音の翌年に亡くなってしまうヴンダーリヒの素晴らしいエヴァンゲリストとテノール。
このテノールの早逝もリヒターと同じく、音楽界の痛手であり、最高の福音士家とシューベルトとモーツァルト歌いを失ったことになる。
早くに引退したバスのフランツ・クラスも私にはワーグナー歌手としてありがたい存在で、美声の深い声は素晴らしいです。

指揮者、歌手、このメンバーのなかで唯一存命なのは、ヤノヴィッツさん。
1937年生れで、母国オーストリアにてまだお元気のご様子。
ルートヴィッヒは4年前に93歳で亡くなっているが、ともにベームやカラヤンのもとで歌ってきた大歌手。
お元気でお過ごしいただきたいです。

リヒターの記念年、あらたなマスタリングで名盤が再発される様子です。
刷新された音で、新鮮な発見もあるかもです。

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東京は相変わらず華やかでして、電車に乗って1時間でいま住む町に帰ってくると、真っ暗で唖然とします。

キレイだけれど、毎日見てるとどうだろうかと思うし、毎日見るなら海や山の方がいいと思うようになった。

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丸の内の仲通りも、人でごった返してましたよ。

次のブログでは、今年お別れをした演奏家を振り返ってみたいと思います。

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2025年12月21日 (日)

エイミー・ビーチ 交響曲とピアノ協奏曲

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麻布台ヒルズのクリスマスマーケット。

平日の日中ですが、多くの人々がいて、実はこれ人を消してみたんです。

自分で楽しむならこうした編集はいいものですが、FAKEとしてのダマシはイカンです。

先日のコンサートでアメリカの作品を聴きました。
その流れでアメリカの女性作曲家ふたりを続けて聴いてみよう。

最初は、エイミー・ビーチ(1867~1944).

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      エイミー・ビーチ 交響曲 ホ短調 op.32 「ゲール風」

           ピアノ協奏曲 嬰ハ短調 op.45

                 Pf:アラン・フェインバーグ

  ケネス・シャーマーホーン指揮 ナッシュヴィル交響楽団

      (2002.4.13-15 @アンドリュー・ジャクソンホール)

アメリカといういわば新しい国において、クラシック音楽はそのままヨーロッパから右から左に持ってきたものであり、アメリカに生まれ、アメリカというお国柄をその音楽ににじませた作曲家は、ゴットシャルク(1829~1869)あたりからだろうと思う。
アメリカの独立宣言は、1776年でベートーヴェンが6歳の頃だ。
この建国から90年後に生まれたのが、女性作曲家エイミー・ビーチで、スコット・ジョプリンと同じ年の生まれ。
ヨーロッパではドビュッシー、シベリウス、スクリャービンあたりと同じ世代。

こんな風に時間軸で見て聴いて考えることも、音楽の楽しみだろう。

アメリカ初の成功した女性作曲家という触れ込みがまず先に立つビーチさん。
作品数は300曲以上あり、交響曲を作曲した初のアメリカ人女性となる。
ニューハンプシャー州のヘニカーという街の出身で、場所的にはボストンの北、さらに北はカナダ国境、そしてモントリオール。
イングランドのピューリタンに遡ることのできる家系で、豊かな家柄でもあり、アマチュアピアニストだった母親の影響下幼少期から神童ぶりを発揮したものの、厳格なプロテスタント信者であった母は娘が公の場でピアノの才能を発揮し演奏することを快く思わなかった。
リストの弟子やボストンの有力な教師からさらに学び、やがて母親もその演奏を許したことから16歳でボストンで正式デビューした。

ピアニストとして、そして作曲家としてもアメリカとヨーロッパでも活躍する。
当初は距離的に近い大都市ボストンでの活動が多く、同地で外科医と結婚してビーチ夫人となる。
しかし、母親は医師の妻として振る舞うことを最優先にさせ、演奏会も限定的にさせたため、ピアニストとしての活動はまた少なくなる。
女性の活躍を阻むものは、やはり旧来の観念とそれに盲従する女性だったりするのか・・・
夫さんは、妻エイミーの才能を信じ応援し、そのことで今度は作曲に専念することができるようになり、数々の作品を産み出すようになったわけです。

ドヴォルザークがニューヨークで活動していた時期と重なるが、それは1892~95年のことだ。
ボヘミアから来た大作曲家の影響を受けたことは当然として、ブラームスの作風の影響も見られるのも確かだ。
新世界交響曲は1893年の作品だが、ドヴォルザークはアメリカルーツの音楽や素材にその精神性を求めて書いたわけだが、ビーチ夫人の1894~96年に作曲された交響曲は、彼女自身が否定しているとおり、自分自身のルーツや故郷に根ざした音楽としたし、そうすべきだと、ややドヴォルザークをディスる発言も残している。
「ゲール風」というのは、アイルランド、スコットランド、その周辺諸島の人々や言語をいい、実際にアイルランド風のメロディを用いているところからこのタイトルとなっている。
しかし、アメリカとボヘミアを巧みに融合させたドヴォルザーク、同じくアメリカとアイルランドをそのように音楽で結び付けたビーチ、ともにアメリカ軸の素晴らしい成果だと思いますね。
アイルランド風の旋律や民謡は3つ用いられていて、それぞれがなかなかに印象的だ。
1896年にボストン響で初演され、人気を博した。

1楽章は弦のトレモロから湧き上がる親しみやすい活気ある旋律から始まるが、これは自身の3つ歌曲集のなかの「Dark is the night」という曲から引用されたもので、それは荒波での航海というシビアな内容の詩である。
素朴な第2主題と併せ劇的な展開となるが、完全にロマン派風交響曲の開始楽章となっている。
2楽章はとてもロマンテックで、優しい旋律アイルランド歌がホルンを伴ってオーボエで奏される。
そして変奏曲ともなりスケルツォ風の中間部ではリズミカルで楽しい雰囲気に、、可愛い楽章です

3つめのレント楽章は、アイルランドの哀歌ともいえるアイルランドの人々の心にある悲しみ、夢想する感情を描いたもの。
泣きのヴァイオリンソロ、途中で加わるチェロソロも実に素晴らしく美しい。
終楽章は交響曲の常套でもある勝利の宣言のような高らかなフィナーレを持つ。
情熱と闘争、たくましく堅実な日々を過ごすアイルランドの人々を思い書いたという。
2つ目の主題が実に魅力的で、それはまさにアメリカのミュージカルや映画音楽にも通じていくうような雰囲気で、後年のハンスンの音楽をも思わせるもので、わたくしはとても気に入りましたね。
 そして音楽としては、パリーやスタンフォードをも連想させるものでした。

シャーマーホーン指揮するナッシュヴィル響の演奏は、この作品を知ると言う意味でまったく問題なく、録音も含めて過不足ありません。
父ヤルヴィやファレッタ女史の録音もあるようなので聴いてみたい。
そしてなにより、ボストン響のバリっとしたサウンドで聴いてみたい。

ダウスゴーとコペンハーゲン・フィルの2024年の演奏。
こうした知られていない作品を情熱的に演奏するダウスゴーは、あいかわらスピード感と情熱とで一気に聴かせてくれますよ。

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ピアノ協奏曲は1899年の作品。
ピアノ演奏を禁じるような母と優しい夫との家庭生活の葛藤のなか、ビーチさんは、自叙伝をしたためるような思いでこの協奏曲を書いた。
4つの楽章は、さながらブラームスのようだ。
しかし、その音楽は交響曲からさらに進化し、ロマンティックの極みに感じる。
自身の歌曲集からの引用があり、その歌曲の詩は夫が書いたもので母に捧げたものだったりする。

37分ほどの演奏時間のなかで、17分を占める長大な1楽章は華麗で、アディンセルのようなネオロマンをも感じさせ、ピアノのかなりのヴィルトゥオーゾ的な要素を要求され、情熱的なカデンツァは聴きごたえある。
亡き父への哀歌でもあった次作の歌曲から引用のある2つ目の主題がすてきだ。
 スケルツォの2楽章が、自分にはこれまたステキだった。
サン=サーンスっぽい洒落て小粋なムードがあり、夫の詩につけた歌曲の旋律がでてくる。
 ほの暗いムードの緩徐楽章は、やはり旦那の詩に付けた「Twilight」という歌曲からの旋律が引用されているが、彼女をとりまく重苦しくやるせない雰囲気をあらわしているのだろう。
あんまり長く続かないのが幸いで、アタッカで終楽章に入る。
ここでは、まるで交響曲のような勝利の活気ある宣言と感じるムードがあり、前の楽章の嘆きの歌も回顧されるものの、軽快なパッセージがとても気に入ってる。

1900年にボストンで作曲者自身のピアノで初演。
曲はベネズエラ出身でピアノのワルキューレ(女神)とも呼ばれたテレサ・カレーニョに捧げらた。
カレーニョさんは、これをベルリンフィルで演奏しようと試みたがうまくいかなかったらしい。
曲はビーチ夫人が自ら弾いて、欧米に広めていった。

しかし、ビーチさん、その作品は一部のヴァイオリン作品をのぞいて完全マイナー化してしまっている。
1楽章が壮大すぎてバランスは悪いかもしれないが、3,4楽章は一体化しており、お洒落なスケルツォ楽章を挟んでの対比でいえば、よく練られた協奏曲ではないかと思う。
ピアノも華麗でありつつも抒情的で瑞々しく、オーケストラにもソロがあったり、見逃せない瞬きもあり、演奏機会の増えてもいい佳品だと思います。



ダラス交響楽団の演奏会。
アン=マリー・マクデモットのピアノとアンヌ・タリの指揮。
実はCDのファインベルクのピアノより、こちらのアメリカピアニストさんの方がしなやかかつ繊細。
ビーチさんの思いがよく伝わる演奏だし、アンヌ・タリさんの指揮姿も凛々しいです。

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マーラーやショスタコーヴィチにあふれかえる演奏会。

そろそろ、ポスト、次の作曲家・作品が模索されるだろうか。
先だってのコープランドの交響曲でも感じたし、その3番の交響曲は演奏頻度があがり、来年は日本でもいくつか演奏される。
マーラー以降の交響曲作品はまだまだ多数あり、協奏曲やオペラもしかり。
クラシック音楽の受容の減退や聴き手の高齢化などの諸問題は世界共通だが、一方で新たなレパートリーの開拓などもなされていることも現実。
ワタクシのように、音楽を聴くことを止められないヒトを増やすことを業界全体で取り組んで欲しいものです。

ふたりめのアメリカ女流作曲家、次はフローレンス・プライス。
年明けになりますが取り上げますと同時に、女性作曲家を順次聴いてまいります予定です。

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2025年12月15日 (月)

東京交響楽団定期演奏会 コリンズ指揮

Suntry-20251213

クリスマスも近づき、ますます雰囲気豊かなサントリーホール前、カラヤン広場。

この日はともかく気温も下がり寒かった。

でも熱気と若さあふれる演奏で、帰り道は頬が火照りましたよ。

Tso-202512

    東京交響楽団第737回 定期演奏会

  マルサリス  ヴァイオリン協奏曲 ニ長調

  アルベニス  アストゥリアス(伝説)~アンコール

       Vn: 大谷 康子

  コープランド  交響曲第3番 

       ロス・ジェイミー・コリンズ指揮 東京交響楽団

       コンサートマスター:景山 昌太郎

          (2025.12.13 @サントリーホール)

大谷康子デビュー50周年記念の定期演奏会。
そして本来なら秋山和慶さんが指揮する予定だったが、年明けの驚きの訃報・・

長く東響のコンサートマスターを務めた大谷さんが、今年各オケでいろんな協奏曲を弾いてきたなか、もっともチャンレンジングな作品がマルサリスでありましょう。
親愛を込めて大谷姐さんと呼びたくなるくらいに明るくチャーミングな彼女、コンマス席以外では、だいぶ以前にメンデルスゾーンを聴いて以来だし、新潟の遠征で地元のCDショップで偶然にお会いし、ちょっとだけ会話したことがあります。
あと大谷さんは柴犬が大好きとのことで、いつも見ていたyoutubeの「柴犬小春」というネット番組に突然登場して超絶驚いたものです!

そんな親しみあふれる大谷さんのマルサリス作品。
ジャズのイディオムと正当クラシック様式との融合。
大好きなニコラ・ベネデッティ(ニッキー)のために書かれ、そのCDは昨年に何度も繰り返し聴きブログ記事にも残しました。
本日のプログラムを演奏開始前直前にさらりと読んだら目が点に。
そのニッキーがマルサリスと結婚していて、子供まで授かったとのことが書かれていた。
ファンのワタクシとしては、そのことに驚き、真っ赤なドレスの大谷さんが登場して静かに曲を弾き始めても、ちょっと上の空だったのです・・・
でも、安心してください。
こんなナイスな音楽を作るミュージシャンと、さらなるコラボレーションが期待できるじゃないか、と思いを新たに眼前の演奏に聴き入るのでした。

1楽章の平安感じるおおらかなメロディを麗しく聴かせてくれた大谷さん、ほんといいメロディだなぁと思いましたね。
この楽章の終わりに、終楽章の前触れがあり、期待が高まる。
2楽章でオケがかもし出す多様な世界、東響の打楽器陣の切れ味のよさ、喧騒がヴァイオリンソロの音を打ち消すことなくコリンズ君も巧みにコントロール。
長い超絶的なカデンツァも聴きごたえあり、相伴したドラムも実に素晴らしかった。
前章から流れるように続く3楽章ではさらにブルーな雰囲気のジャズっぽくなるし、木管などの合いの手の巧みなもので感心することしきり。
静かに憂いを含んで3章が終わると一転して誰しもウキウキしちゃう4楽章。
楽員さんの多くが足を踏み鳴らし、手の空いた方は手拍子もしつつ、大谷姐さんは楽員さんたちとの競演を楽しそうに、しかも超絶パッセージをものともせず弾きまくる。
フィドル奏法もここでは極まれり、憂愁もそこにはさしはさんで多様な奏法、さまざまな音色に表情が続出。
あー、楽し~い、と思いつつヴァイオリンソロといろんなことやってるオーケストラの皆さん、ノリノリのコリンズ君などを見比べておりましたよ。
そしてラストのフェイドアウトシーンは、舞台袖に去っていくかと思っていたら、なんと弾きながら音も弱めつつステージを降りてこっちへ向かってくるじゃありませんか!
ワタクシのほぼ3列前ぐらいまでいらして、ヴァイオリンの音は再弱音となり静かに曲を閉じました。

面白かった!
いつまでもチャレンジ精神を失わない若さと、持ち前のあかるさが、マルサリスのナイスな作品にピッタリとはまりました。
オーケストラとも顔を見合わせながら旧知の仲良しぶりがわかり、ステージに戻るときにベテランの田尻さんが、さりげなく手を差し出していたのも微笑ましかった(コリンズ君も手をのばしたが、大谷さんは田尻さんに手を添えました)。
アンコールのアルベニス作品をヴァイオリンで聴くの始めてかもですが、スペイン臭満載の異国情緒味わえる、これまた超絶技巧の作品であり、すてきな演奏でした。

50

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イギリス生まれ、フィンランド育ちというコリンズは2001年生れの24歳の新鋭。
NDRフィルの副指揮者の任にありレパートリー拡充中で、すでにおおくの欧米オケを指揮しているし、ピアノにも長け、バリトンの声も持っているとういう多彩な才人だし、さりげないピアスもお洒落なイケメン君です。
 コープランドの大作第3交響曲は、シリアスであると同時に、やはり交響曲の常套を踏んだ勝利宣言を最後に持つ本格交響曲だと思う。
打楽器多数、ハープも2台に、ピアノも加わるフルスペックの大編成。
懐かしさ漂う曲の出だしから、前のマルサリス作品とはまったく違うアメリカの草原や広大な自然の景色が見えてきた。
コリンズ氏、なかなかスッキリと雑味なくオケを鳴らすし、耳のいい指揮者だなと曲が盛り上がりをみせつつ進行するなか思いました。
2楽章の無窮動的なスケルツォは、大編成のオケがいろんなことをやっていて楽しかった。
ピッコロ2本というのも初めて見たし、打楽器も大活躍だ。
コリンズ君もリズム感いいし、中間部の牧歌的な運びもうまく対比が出てたし。
一転、深刻なムードに包まれる3楽章、とりとめない曲の運びに、いつあのファンファーレの兆しが出てくるのかと心待ちにしていた自分。
しかしそこに至るまでが案外と長いし、コープランドらしい弾むような中間部も楽しめた自分。
この楽章がもう少しアパラチアの春的な抒情味にあふれていたら、作品としてもっとわかりやすく有名になっていたかも・・・なんて思った。
そしてあのファンファーレが始まり、ブラスが輝かしく鳴り響き、ティンパニがかっこよく決め、ドラが響き渡る。
この解放感は気持ちがいいし、キターって感じだったし、東響は冴えまくってた。
テンポを上げて弦楽器が駆け巡り、さらに目まぐるしい展開が続き、コリンズ君も右に左にと忙しくしてる。
ピッコロの爽快なる活躍を経て、徐々にあのファンファーレ主題を用いて盛り上がってゆくさまは壮観であり、興奮と快感を呼び覚ますものであった。
もう、コリンズ君も東響のみんなも、カッチョええーぞ、と思いつつ大エンディングとなりましたよ。

Tso-20251213

大きなブラボーに包まれました。
もちろん、曲が終結して、しばしの間ののちに。
わたくしも、一声、参加いたしました。

またどこかで聴いてみたいと思わせるコリンズ氏。
世界のどこかのポストに就くかもしれず、楽しみです。

Collins

しかし、プログラムのせいなのか、代役が無名だったからなのか、年末の土曜のせいか、お客さんは少なめでした。
定期としては1度限りのものだったし、なんといっても大谷康子さんのマルサリスが聴けるという貴重なコンサートだったのに。
私は、超絶、楽しみましたよ!

Suntry-20251213a

過去記事「マルサリス ヴァイオリン協奏曲」

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