群馬交響楽団創立80周年 マーラー 千人の交響曲

前から訪問してみたかった高崎芸術劇場。
駅からベストリアンデッキでつながり5分の好立地。
木質の響きのする音の溶け合いの実によいホールだと思いました。
群馬交響楽団の創立80周年を記念する演奏会。
8つながりはあるにしても、祝祭的な演目としては、いまやダントツの人気曲「千人の交響曲」。
近年、演奏機会が増えてますが、私はこれが5度目です。
初回は1985年のコシュラーと都響の創立20周年記念演奏会で、いまだに鮮明に覚えてますが、まさに1000人が文化会館のステージにギッシリ立ち並びました。
あれから40年。
自分も歳をとったし、その間のマーラーの音楽の受容は完全浸透し、日本のどこかで日々演奏されるようになりました。
ノット&東響の第9の残影がまだ耳に残るなか、高崎に向かいました。
群馬交響楽団 80周年記念特別演奏会
菅野 祐悟 「祝祭」 (群響委嘱 世界初演)
マーラー 交響曲第8番 変ホ長調 「千人の交響曲」
S、罪深き女:小林 沙羅 S、贖罪の女:森谷 真理
S、栄光の聖母:森野 美咲 Ms、サマリアの女:富岡 明子
Ms、エジプトのマリア:十合 翔子 T、マリア崇拝の博士:宮里 直樹
Br、法悦の神父:青山 貴 Bs、瞑想の神父:久保 和範
飯森 範親 指揮 群馬交響楽団
オーケストラ・アンサンブル金沢(共演)
群馬交響楽団合唱団
藤岡市立小野小学校 児童合唱団
合唱指揮:阿部 純
コンサートマスター:伊藤 文乃
(2025.11.30 @高崎芸術劇場)
ガラス張りのロビーの遠景には赤城山(たぶん)などの山々が見渡せる、雰囲気豊かなホールに着いたときは、たくさんの花籠と多くの市民・県民の皆様で賑わってました。
最初に演奏されたのは10分ほどの実に美しく、雰囲気豊かな作品。
作者の菅野氏は、アニメ、大河、シネマ、CM、さらには交響曲や協奏曲なども作曲しているマルチな方で、恥ずかしながら初めて聴くお名前とその作品ということになりました。
プログラムにはご本人の思いと解説が綴られておりましたが、私の受けた印象はご本人の意図の通りに、祝祭という言葉の持つ晴れやかさはなく、何かが生まれさざめきにつながる様子や、森のささやき、遠くに響く祭りの様子など、どこかわれわれ日本人の心にある懐かしい心象風景のように感じました。
ステキな音楽、もう一度聴いてみたいな。
20分の休憩後、合唱の皆さんが続々と入場し、ホールの空気感も期待とワクワク感が高まります。
そして飯森さんの指揮棒が振り下ろされ、やや控えめなオルガンに続いて合唱が「Ve-ni」と第一声を上げる!
雑味のない大音響が見事に決まった。
定評ある7人のソロ歌手たちは、指揮者の前で歌い、合唱とオーケストラに埋もれることなく、見事な歌唱。
しかし、聴き進むうちに、合唱の声が団子状態に感じられ言葉も明瞭度不足。
でも、そのようなことはもういいや、と思い、この晴れやかな千人交響曲の1部を気持ちよく聴いた。
ひとつ言いえば、合唱は人数をもう少し刈り込んでしまってもよかったのかと。
賑々しさが近時やや苦手となってきた1部ですが、でも実演での大音響を心置きなく楽しめるのはよいこと。
この記念碑的な膨大な作品に果敢に挑み、加えて楽団の創立の周年記念を祝うと言うモニュメンタルな場に対し、このステージに立つすべての人、とくに合唱と少年少女たちは練習と努力を重ねてきたであろう。
こうした場に立てることへのうらやましさ、そして音楽行為への思いの清さ、私は最大限に評価したいと思います。
なんたって、ぐうたらな自分には絶対に出来ないんですから。
千人交響曲の核心はファウストに素材を求めた3つの部に細分される第2部にあり、いつも感動しっぱなしとなる。
緩徐楽章的なアダージョの精妙で神秘的な音楽は多くの人がステージに乗っているにもかかわらず、低弦にピチカート、荒涼とした雰囲気の木管など、実によく分離して耳に届いた。
このあたりがこのホールの音の良さ。
静けさの中でささやくように歌う合唱もここでは格段によかった。
そのあとホルンに導かれ、(そのホルンは、この日はすべてにわたって素晴らしくブリリアントだった)、感極まったバリトン独唱が入ってくるが、ここでも私は鳥肌。
この法悦の神父と深奥なる神父のふたりの歌が大好きなんです。
いつも聴いてる青山さんの気合の入った歌は素晴らしかったが、ベテランの久保さんはちょっと厳しかった。
これまでのライブ経験でも、この歌は激するオケに埋没してしまうケースが高かった。
飯森さんは、オケを抑える指揮ぶりをしたものの、難しいものである。
久保さんは、若杉弘の指揮した「ダナエの愛」でのユピテル役を聴いて以来、幾度となく接してきたバスバリトンですし、藤沢の千人では、法悦の神父の方を歌っていましたことも懐かしい思い出です。
第2の場面、天上から舞い降りるような無垢の児童合唱、女声合唱も素敵だった。
富岡さんの深みのあるメゾに次いで、主役ともいうべきテノールの宮里さんがすくっと立ち上がり歌い始めると、恍惚としつつもハリのある声による高域も見事に決まり引き締まった。
さらに進んで、オルガンとハープにのったヴァイオリンの極めて美しい旋律が、とても繊細に優しく演奏され、ここで私は涙ぐんだ。
泣けた!
マーラーの8番のいいところはこうしたところにあり、巨大なサウンドばかりじゃないんだ。
飯森&群響は、こうした静かな場所やちょっとしたチェレスタやピアノを含んだ近未来的な音のシーンを丁寧に優しく演奏していて際立っていたと思う。
小林さん、富岡さん、十合さんと、S→MS→MSと続いてゆくそれぞれの歌唱、声の違いを聴き分け楽しめたのも目視できるライブならでは。
罪を重ねた聖書上の女性たち3人の重唱では、その抜群のハーモニー、声の溶け合いも堪能、木管も愉悦に満ちてました。
そこにヒロインともいえるグレートヒェンの森谷さんが歌い継ぎ、児童合唱を交え透明感を増しながら音楽は進んでゆくし、マンドリンも晴朗な雰囲気。
マンドリンはマーラーでは欠かせない青山さんのお姿をしっかり確認してます。
そして左手奥に聖母の清らかな歌、森野さん、最高にステキだった!
テノールのマリアを讃える学者が「Blicket auf」と入ってくるが、ほかにも記したが、ここはワーグナーのオペラのヘルデン役のソロにも匹敵するくらいに好きだし夢中になってしまう歌で、宮里さんヒロイックになりすぎずに抒情味も出しつつ素晴らしかった。
ジワジワと来るその後の展開。
今回、超集中して聴いていたが、のちのシュレーカーやツェムリンスキー、コルンゴルトにも通じる美的かつヒンヤリしたものを感じ取り、鳥肌物で感動し、そして「神秘の合唱」を迎えた。
もうワナワナしてきて、目頭が熱くなる。
ふたりのソプラノがお互いに聴き合いながら、高まりゆく雰囲気に花を添えるような歌声を聴かせ、ついに全ソロ、全合唱による渾身のフィナーレとなり、バンダも加わり輝かしく、眩しい、壮麗なるラストとなったのでした。
もちろんブラボー一声献上!
わかっちゃいたけど、めちゃくちゃ感動したし、気分の高揚することいちじるしい。
マーラーのこの壮大な音楽は、7番までの作品と違った、ある意味客観性のある音楽なのではないかと思った。
没頭感でなく、曲と必死に格闘しながらも、存外に冷静にコントロールできていた演奏ではなかったかと。
その意味で、熱量と鋭い切り込み具合はやや弱めだったかもしれない。
しかし、なによりも群響の記念碑的な演奏会にこのオーケストラを愛する地元のみなさまとともに立ち会えたことが、なによりも嬉しくありがたかった。
群響のプログラムは興味深いものばかりで、また聴きに行きたいものです。
高崎は江戸っ子だった伯父が、仕事のために家族とともに移住し、長く住んだ町。
わたしも何度も訪問しましたが、無類の猫好きだったので、家にはたくさんの猫がいました。
仕事を手伝っていた従姉が急逝し、そのあとすぐに伯父も亡くなり、伯母も数年前に去ってしまいました。
いまでは観音様の麓にあるお墓にお詣りをすることでしか高崎には来なくなりました。
劇場とは反対側の駅前ではステキなイルミネーション。
若い人たちがたくさん、活気ある町ですね。
ほんとは食事でもして帰りたかったけれど、そうもいかず、取り急ぎ登利平の鳥めし弁当を買って帰りました。






















































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