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2005年12月31日 (土)

アバドのワーグナー

バイロイト放送は終了したが、まだワーグナーで頑張るぞ。人並みに忙しくて、大晦日になってようやく休み。夜は、バイロイト三昧だったから、家の用事に駆り出されようやく愛器の前に座ったのが、夜10時。やれやれ、今年は第九を聴く気分になれず、こうなりゃまたワーグナーだわい、とすっきりと「アバドのワーグナー」を取り出した。

abbado_wagner アバドのワーグナーといえば、2000年にベルリン・フィルと上演したトリスタンが一生忘れられない思い出となって私の五体にしっかりと刻み込まれている。アバドとワーグナーを極めて愛好する私が、この二人の音楽家を聴きだしたときから、この組合せを待ち続け、FM放送での記録で、ローエングリンの2幕や前奏曲をエアチェックして渇をしのいでいたのである。

スカラ座で「ローエングリン」をルネ・コロを主役に上演したところから、アバドのワーグナーは始まったのではなかろうか。初レコーディングを同曲をウィーンで行ったあと、続くワーグナーはトリスタンで、ベルリン・フィルとザルツブルクのイースター祭で、ウィーン・フィルと夏のザルツブルクでそれぞれ上演することになっていた。しかし、ウィーンフィルとの関係をこじらせ、自らの体調も壊してしまい、このトリスタンの快挙は流れ、イースターのみの上演となったわけだ。これが、東京で体験できたのだから、私はもう涙なしにはいられなかった。このトリスタンは全曲が録音されているはずなのに、音楽不況のあおりで市場に出なかった。アバド次のザルツブルク上演のパルシファルも同じ運命をたどった。

こうした不運を少しでも解消させてくれたのが、このCDなのである。全体に音楽の豊かさ、明るさ、透明感、清潔感といったものが目立ち、もやもやと重いところがまったくない。過去の巨匠たちとは明らかに一線を画すワーグナーなのである。ヴィーラントが好んだ「ラテンの明晰さで見たワーグナー」こそがここに実現されている。

2005年を締めるにふさわしい、すばらしきワーグナーである。

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コメント

 yokochan様今晩は。今日は珍しく暇を持て余しておりますので、過去ログを存分に拝読させて頂いております。このアバドのワーグナーアルバム、私も欲しいのですよ。アバドがパルシファル第3幕をどんな風に編曲しているかに興味があるのです。もちろん演奏にもですが。アバドのものと似たようなコンパクト・パルシファルならラインスドルフが編曲したものがあります。ノリントン&シュトットガルトのCDで聴きたいのですが未聴です。ストコフスキーの編曲したコンパクト・パルシファルもあります。「パルシファル第3幕の交響的合成」という作品です。マティアス・バーメルトというストコの弟子だった指揮者のCDがシャンドスから出ています。これは自腹を切って購入して聴きました。アバドの編曲作品と聴き比べてみたいです。「トリスタンの交響的合成」という編曲作品も件のCDには入っております。これもなかなか面白い編曲で、演奏です。演奏するのに30分ほどかかります。このテの編曲もののワーグナーが何故か私は大好きです。

投稿: 越後のオックス | 2009年10月26日 (月) 22時30分

越後のオックスさん、こんばんは。
いまは、神戸の三宮でひとり居酒屋してます。
酒飲みはとどまるところをしりません!
音楽と酒、私には切っても切れない不文律にございます。

アバドのパルシファル、この記事のときに聴いたっきりで、どんな編曲か忘却してます(涙)
アバドのパルシファルといえば、先頃聴いたマーラーチェンバーを指揮した、カウフマンのソロCDです。これはまったくもって素晴らしいもので、パルシファルの最後の場面がそっくり聴けます。
こちらのベルリン盤より上をいってます!

パルシファル抜粋オケ版では、デ・ワールド盤を聴きます。ワールトの本格ワーグナー指揮者ぶりを味わえる1枚ですよ。
バーメルトは英国もの関連で結構聴いてます。
ワーグナーが盲点的に射程外だったので、これは聴かなくてはなりませんね。

投稿: yokochan | 2009年10月27日 (火) 21時35分

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