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2006年7月 9日 (日)

ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」 バーンスタイン

Bernstein_tristan_1連続ワーグナー試聴は「トリスタンとイゾルデ」。ワーグナーはロマンティック・オペラから一転「楽劇(ドラマ・ムジーク)」という概念にたどりついた。
しかし作曲の順番からいくと、「ローエングリン」の後ではなく、「ローエングリン」の次は「ニーベルングの指環」の大構想が熟し、「ラインの黄金」「ワルキューレ」と続き、「ジークフリート」の第2幕まで終了した後この「トリスタン」(1859)と「マイスタージンガー」が作曲され、「ジークフリート」の第3幕はその後となるわけである。

「トリスタン」が割り込んできた経緯はいろいろあるが、一番は人妻「マティルデ・ヴェーゼンドンク」への一方ならぬ思いがある。世に言われる悪妻「ミンナ」に不倫しようとしていたことがバレて、当時居を構えていたチューリヒから、ヴェネチアに単身逃げた。
そこで、書きしたためたのがこの「トリスタンとイゾルデ」である。正妻から逃げ、不倫相手とも旨く結ばれず、熱い思いを焦がしつつこの傑作がイタリアの地で書かれた訳だ。
ヴェネチアを愛したワーグナーはかの地で後に終焉を迎えることにもなるが、この作品の重要な背景である、コーンウォールの海も荒涼としたイメージでなく、意外やアドリア海の澄んだ陽光で捉えると、新たな視点が生まれるはずである。それを感じさせるのが「アバド」であろうか。

「トリスタン」の半音階、無限旋律が切り開いた音楽の可能性や影響力については言うまでもなく、ここから「マーラー」や「ドビュッシー」「新ウィーン楽派」が始まったといっても良い。
そんな超作品だから、歴代の大指揮者達が名演を繰り広げ、録音も残してきた。
加えて、主役二人にかなりの負担を強いるように書かれていて、あらゆるオペラ作品の中でも最も重く、タフな体力を要求されるタートル・ロールになっている。それに準じるのがジークフリートとブリュンヒルデぐらいで、草食人種の日本人にとっても一番の難役となっている。

数あるライブラリーから、取り出したのは「バーンスタインとバイエルン放送響の81年ライブ」。このCDが83年頃に出たときは、予約してまで購入した。5枚のCDをそれぞれケースに収めたものをボックス化してあって、厚みにして6センチはあり、なんと言っても@15,000円もした。給料がCDと酒に消えていた幸せ(?)な時期、今ならとうてい買えない。最近の復刻では半分以下になっていて「何ともはや」の心境。

バーンスタイン盤の特徴は、何といってもそのテンポの遅さにある。
最速と思われる「ベーム」と比較してみると次の通り。
             1幕         2幕        3幕
バーンスタイン    92分        90分       93分     
ベーム         75分        72分       71分   

テンポが演奏の良し悪しの指標になる訳ではなかろうが、この違いはあまりにも特徴的である。両者共にライブで燃える人だが、オペラを知り尽くし凝縮された表現を突き詰めた末のベームに対し、音楽に自己を同化させ、没頭してしまわずにはおかないバーンスタイン。こんな二人の違いがテンポに表れているのだろうか。
この特徴的な遅さに再び聴くのを数年来ためらっていたが、毎晩1幕づつ聴き直してみて遅いことが気にならなかった。バーンスタイン晩年の特徴である「遅いところは遅く、速いところは速く」がここでもメリハリとして効いていて、実に劇的で面白いのである。
3幕のトリスタンの長大なモノローグなどでは、時として行き過ぎと思わせるようなネットリ表現もあるが、全曲が夢想的な「トリスタン」のような作品の場合、こんなバーンスタインの解釈も良いのかもしれない。
 この少し後、ウィーンで「ジークフリート」を中心とする「リング」の抜粋を演奏したが、惨たんたる失敗だったらしい。(J・キングがジークフリートに挑戦した!)
さもありなん。この音源があれば、是非聴いてみたいものだ。

こんなバーンスタインの独自の解釈に寄り添うように見事に反応をしているのが、バイエルン放送響だ。歌劇場のオーケストラと並んでミュンヘンのオーケストラの機能的で明るい色調は実に素晴らしい。

Bernstein_tristan2 豪華歌手陣も、指揮者を理解し、よく付いていっている。
ことに絶頂期にあった主役ふたりの肉太・重厚さとは縁のない、強靭でピンと張りつめた声による歌いぶりが素晴らしい。
1幕ごとに時期をずらして演奏されただけに、スタミナは充分で、最後まで破綻なく安心。
「ベーレンス」は女性的で、乙女と呼ぶに相応しい「イゾルデ」になっているし、颯爽とした「P・ホフマン」はバリトンに近い音色も駆使して、上下音域にハリのある歌唱をとなっている。「ホフマン」はロック歌手も兼ねていて、この後そうした無理もたたって、急速に輝かしい声を失っていった。残念なことである。

「ソーティン」のマルケ王が美しく底光りする声で素晴らしい。「ミントン」「ヴァイクル」の従者コンビも文句なし。現在トリスタン歌手として活躍している「T・モーザー」が若い水夫を歌っているのも、こうした過去の演奏を聴く楽しみである。

ワーグナー以上に、バーンスタインの魔力に引っ張られてしまった「トリスタン」試聴である。あー疲れた!!
 

     

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コメント

僕も持っていました。懐かしいです。でも、5枚組で手間がかかるのと、出た当初のCDプレイヤーでは第1幕最後のトレースができず、結局手放しましたが。
再挑戦&ベームをいつにしようか思案中です。
でも、ワーグナー・オペラはDVDで見聞きすることが最近多いなあ。DVDだと2枚ないし3枚で済みますのし。「トリスタン」はベルリン・ドイツ・オペラとリセウ歌劇場のプロダクションをもってますが、今度はジョルダン=ジュネーヴのプロダクションがでるそうな(もちろん買います)。しかし、いつまでたっても私の本命であるバレンボイム2度目のがでない!!やきもき状態であります(例のハイナー・ミュラーの演出。ワルトラウト・マイヤーが美貌を振りまいていた絶頂のイゾルデ)。

投稿: IANIS | 2006年7月 9日 (日) 23時20分

IANISさん、こんにちは。ベームとバーンスタインで40分も違うのですから、交響曲1曲分です。時間も貴重ですから何とも(笑)。
バレンボイムの2度目のものは、衣装を山本ヨージが担当したものですよね。確かNHKBSで放送されてますね。私も録画してあるはずですので探してみます。首に「ワッカ」のようなものを巻いてた演出ですねぇ。バイロイトものは、新しいものがなかなかDVD化されません。権利的にいろいろお高いのでしょうか?

投稿: yokochan | 2006年7月10日 (月) 12時13分

私のディスクは何だっけと調べてみたらクライバー/ドレスデン・シュターツ・カペレでした。
どうもこの曲はワグナーの中では一番苦手です。(^_^;)

投稿: びーぐる | 2006年7月10日 (月) 21時18分

びーぐるさん、こんにちは。クライバーはドレスデン盤は歌手の選択も含めユニークですが、バイロイト・ライブの非正規盤はなかなか凄いです。
ワーグナーの中でも典型的なワーグナー・チックな作品ですので、苦手とされる方も多いですね。
まして、今回のバーンスタインなどは、ドロドロの世界であります(笑)

投稿: yokochan | 2006年7月11日 (火) 11時12分

先日はわたくしの拙いblogにおいで頂き、ありがとうございます。m(__)m
バーンスタイン盤はレコード時代に購入したのですが、CDで買いなおしたのはクライバー盤のほうでした。バーンスタイン盤もキャストは良かったのですが、なんだか曲から感じる長さよりもずうっと長い感じがして。
クライバー盤は聴き始めるといつのまにかひと幕終わってしまう感じがします。
ではでは、たまにコメントさせていただきますね。

投稿: naoping | 2006年7月15日 (土) 20時39分

naopingさん、こんばんは。コメントありがとうございます。確かにバーンスタインは長かった。そして熱く疲れました。でも乗せられてしまいました。
クライバーも各幕が1枚のCDに収まり、一筆書きのような勢いがあっていいですよね。
激暑の中のワーグナーはしんどいですが、止められませんです。

投稿: yokochan | 2006年7月15日 (土) 23時14分

はじめまして(もしかしたら、違うかもしれません)
>ロック歌手も兼ねていて、この後そうした無理もたたって、急速に輝かしい声を失っていった。

諸説なにかとあり長年疑問でしたが、ネットのお陰でわかったことをまとめました。
よろしければお越しください。

投稿: edc | 2006年7月17日 (月) 10時44分

euridiceさん、(とお呼びしていいのでしょうか)コメントありがとうございます。
以前、貴HPは拝見したことがありまして、今回じっくりと読ませていただきました。実に素晴らしいです。感嘆しました。
また、ホフマンに対する思いが熱く感じられ、私のような中途半端な聴き手にとって大変参考になりました。
3幕での息つぎの記事、まったくなるほどのお話です。私は「バーンスタインはまたまたやってくれるわ」程度に聴いていたんですが、肝心のトリスタンの方がスゴイことやってたんですねぇ。もう一度聴きなおします。またお伺いさせてください。

投稿: yokochan | 2006年7月17日 (月) 17時16分

管理人様へ:
この録音もとにかく思い出深いです。またまた古い記事を掘り起こした事をご容赦ください。
本録音の初発は、LP時代の終盤に入った時期でした。前後して録音されたクライバーのDG盤共々その発売を心待ちし、CDを最初に購入したのも本録音でした。私が購入した1組においても1枚目か2枚目のどちらかにトレース・トラブルがあり、発売元に問い合わせ交換してもらいました。最初期のCDには決して無視できぬ頻度でトラブルがあったと記憶しています。その後、再発されるたびに購入する一方で、最初の5枚組を今でも手元に残しています。さすがに、昨年ようやく発売された映像盤はまだ購入していません。
クライバーDG盤が世評高いのは承知していますが、こちらは結局、私の愛聴盤にはなりませんでした。クライバーに関しては、彼の本領が発揮され歌手も揃っていると私が思うバイロイト76年(当時NHK・FMの放送で聴いた記憶のみ)とスカラ座78年(市販のCDは録音状態が悪い)が公式にリリースされることを熱望し続けています。
本題に戻ります。バーンスタイン盤の特徴は、当初から語られている異様なまでのテンポの遅さ、と私も思います。ですが、単純に遅いのではなく、ここぞという時には大胆にテンポを動かしており、この緩急自在の指揮ぶりに完全にはまってしまいました。録音状態も当時の最高水準と思います。かくして、「トリスタン」全曲盤では私にとって原点であるベーム・バイロイト66年盤以来の感銘を受け、愛聴盤になりました。
歌手陣も私見ではクライバーDG盤を上回り、ベーレンス以外は満足のいく出来と思っています。M.プライス共々、ニルソンと比べてはいけないのかもしれませんけれども、イゾルデ役として格が違います。この時期であればC.リゲンツァが歌っていたのに、1980年代前半に収録された3つの「トリスタン」全曲において遂に彼女が起用されなかった事を、今日に至るまで残念に思い続けています。

投稿: ハーゲン | 2019年1月 9日 (水) 15時22分

またまたお邪魔します。バーンスタインのトリスタン、良いですね。発売当日に購入しました。このネットリ感がたまりません。でも、現在に至るまで一晩に1幕聴くのがやっとです。トリスタンを聴こうとして手を伸ばすのは、53年バイロイトのヨッフム盤ですね(ヴイナイーヴァルナイ)。ご贔屓のロベルト・ヘーガーはマックス・ローレンツとの録音がありますが、高音にピークがあり聞きづらいと言われ未入手のままです。小クライバー盤は期待外れでしたね。76年バイロイトでヴェンコフ ー リゲンツァのゴールデン・カップルが誕生したのに2人を起用しないとのニュースにガッカリした記憶があります。確かに天才の片りんは随所に聴けますが・・・・・。小クライバーよりは大クライバーのテアトロ・コロン盤やクナとキャストがダブっているバイエルン国立歌劇場盤の方が小生にはしっくりきます。いつも古い話しで御免なさいね。

投稿: | 2020年2月 1日 (土) 17時56分

コメントありがとうございました。
わたくしも、この高カロリーのバーンスタイン盤は、めったに聴けません。
それと妙にフワリとしたカルロス盤もあまり聴かず、バイロイトやスカラ座ライブを好みます。
親父の方は、まったく射程外でした。
バイエルン盤の一部をyotubeで聴けましたが、なかなかの音質ですね、いっちょう手当てしたいと思います。
ご紹介ありがとうございます。

投稿: yokochan | 2020年2月 6日 (木) 08時42分

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