マーラー 交響曲第5番 アバド/ルツェルン
これぞ冬。寒い一日は、身が引き締まる。クリスマスが終わると夜の街は、暗く寂しくなってしまう。日本ってどうしてこうなんだろう?25日を境に、昨日までのクリスマスのことなんか、まるでなかったことのように、きれいさっぱり忘れ去ってしまう。
キリスト教国でない国の、単なるお祭騒ぎの一環なのだ。何だかなぁ。。。?
リングのあとのバイロイト放送は「さまよえるオランダ人」。
短いから、終わったあとに長いものも聴ける。それが嬉しい。
アルローの夢想に満ちた独創的な演出は、4年目で、どこか昨年の二期会の舞台にも似てる気がする。
昨年は、オランダ人のラシライネンがふらふらで、さっぱりだったが、今年は再びトムリンソンが復帰して、音楽に安定感が戻った。独特の存在感ある声は立派ではある。
タガーのゼンタがいいが、エーベルツのエリックが力みすぎ。
M・アルブレヒトは可もなし、不可もなし。普通すぎるかも。
短いといっても2時間30分の幕間なしの通し上演のオランダ人のあとに、マーラーなんぞ聴くと、それなりにヘビーでこたえるが、今晩はDVDで視聴。
今年の、いや私の音楽体験のなかでも、トップに位置したともいえる「アバドとルツェルン」の来日公演。マーラーもブルックナーも人間が成し得る極めて高度な音楽表現だった。あの時以来、マーラーの6番は聴けなくなってしまった。
この思い出に少しでも近付きたくて、2004年のルツェルンで演奏された第5交響曲を取り出した。いるいる、あの時のメンバー達が。ついでに会場には降り番のポリーニまでいる。
さらにVPOやBPO、ABSQ、ハーゲンSQ、グッドマン・・・錚々たる顔ぶれがずらりと居並び、アバドの指揮棒に見入って体を揺らしながら、夢中になって演奏している。
このもの凄い集中力を何といったらいいだろう。ソロ奏者でも一流の面々が、互いの音を聴きながら、アバドの指揮だけを信じて音楽に没頭する姿。
アバドの指揮もしなやかで自在なもの。時おり、笑顔で楽しそうに振っている。
こんな姿は東京でも見られた。マーラーの5番や6番を笑顔で指揮するのは、この人くらい。マーラーの音楽と一体化して、好きでしょうがないといった感じ。
過去2度の録音より、テンポも速くなり、無駄なものが一切ない透徹し切った演奏は、見て・聴いていて、時間の経過というものを忘れさせてしまう。
気が付いたら最終楽章のコーダの興奮の中に自分を見出す。
聴衆の興奮と楽員の晴れやかな顔も充分に楽しめる。
この選曲はかなり意識したもの。一昨日から、チャイコフスキー、シューベルトと5番の交響曲が3つ並んだ。「5・5・5」、「ゴー・ゴー・ゴー」、語呂がよろしく、来年に向けての勢いもある。「5・5・5」はシリーズ化しよう。
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