ベルク 「ヴォツエック」 ドホナーニ指揮
冬の終わり、徐々に春めき、夜の闇に梅や沈丁花の甘い香りが漂う晩、
空には月がぼんやりと浮かぶ。
2月の終わり頃の晩の雰囲気だ。
でも今年は、何だかわからないまま冬は去ってしまっていて、この雰囲気を味わえなかった気がする。
何故、こんなことを書いたかというと、こうした頃合に「ベルクのヴォツェック」を聴きたくなるからだ。こんなのは、わたし一人かもしれない。
1914年に作曲された時は、師匠シェーンベルクが十二音技法を編み出す前だったから、このオペラは無調と長・短調の間を行き来する調性で書かれているため、そんなに聴きにくい音楽ではない。
それどころか、ライトモチーフも用いられ、ドラマもわかりやすいから舞台で観るとたいへんな感銘を受けることになる。(はず)
解説書などに書かれているが、このオペラ、構成的にも非常によく出きていて、全3幕の各幕はそれぞれ5場からなり、さらに1幕は組曲、2幕は交響曲、3幕はインヴェンションという性格付けがなされているという。
また特定の言葉が重要な要素として結びつけられている。「血、ナイフ、月、夕日、赤・・・」
まあ、難しいことは抜きにこの救いのないドラマに付けた素晴らしい音楽に耳を傾けるのが良い。
ドラマはある意味、「道化師(パリアッチ)」と似ている。
洗礼を受けられない子を産んだ情婦を、連隊の色男の鼓手長に寝取られた理髪師あがりの平兵卒ヴォツェック。精神を徐々に病んでいきながらも、追い詰められていき、情婦マリーを殺害し、自身も錯乱のまま溺れ死ぬ。
ワーグナーやシュトラウスと違う現実主義のオペラだけに、身につまされる内容。
貧乏に苦しみ、そこから生まれた格差社会の悲劇でもある。
ヴォツェックは、大尉の髭を剃り、身勝手な研究に勤しむ医師の実験動物としても金を稼ぎ、マリーに渡している。
このお金を渡す時の音楽は妙に美しい。
殺される前のマリーが自責の念にかられ、聖書を朗読するがその背景に流れる音楽の美しさ、ことにウィーンのホルンで聴くとたまらない。
そして鳥肌が立つのが、殺害の場面の2回に渡る強烈なフォルテ。
さらに、私が絶大的に好きな部分は、池に溺れたヴォツェックの場面のあとの間奏曲。
まるで宿命的なまでのどうしようもなく美しい音楽。
その後の幕切れ、残された子供が、木馬で遊ぶ場面の不思議な幕切れ。
ここの最後の和音には救いを見出していいのだろうか・・・・・?
ヴォツェツク:エーベルハルト・ヴェヒター マリー:アニヤ・シリヤ
アンドレアス:ホルスト・ラウベンタール 大尉 :ハインツ・ツェドニク
クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
アバド(映像)とブーレーズも聴いているが、録音が素晴らしくウィーンの音が楽しめるのはこの盤。ドホナーニ夫人シリアのマリアが素晴らしい。
この二面性あるアブナイ女性を見事に歌っている。ヴェヒターの特徴的なヴォツェックもいい。
「ヘルマン・プライ」がアバドと組んで、挑戦するはずだったのに、その死で永遠に実現しなくなった。残念だ。指揮においては、ヴォツェックはアバドが一番だと思っているし。
私の唯一の舞台は20年以上前の二期会の舞台。
日本語の訳詞が変にリアリティーあったし、皆迫真の演技だった。
そして何よりも、「若杉弘」の明確な指揮がすごかった。
完璧に自分の音楽になっていた。
赤い月が怪しく浮かぶ、葦の茂る池に向かっていくヴォツェックの後姿と、その後、誰もいなくなった場面で流れる音楽・・・・。忘れられない。
新国で若杉さんで、もう一度上演して欲しいな。
アバドやバレンボイムの公演に何故行かなかったか?今も不明。
ワーグナーにしか、金も気持ちも向かなかった。
バレンボイムの公演はこちら、ケーゲル盤はこちら、いずれもベルクに恋するnaopingさんのブログ記事です。
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コメント
こんばんは。
「ヴォツェック」は、最初に聴いたとき、正直さっぱり分かりませんでした。
自分で難解だと勝手に決め付けてたんでしょうね。
その後、アバド盤をリラックスした気分で、何回か聴いたときに急に好きになりました。
でも、この手の音楽は、絶対実演を聴きたいですよね。
若杉さん&新国立、私も是非聴きたい!
請願書、一緒に書きましょうか(笑)
投稿: romani | 2007年3月 4日 (日) 20時52分
romaniさん、こんばんは。
そうです、そうなんです。「ルル」はいろいろありましたが、上演されましたので、若杉さんの治世になったからには、是非やってもらいたいですよね。
ヴォツェックをはじめとするベルクの音楽にはずっと魅了されてます。
シェーンベルクより音楽がありますし、ウェーベルンよりはドラマがあります。
投稿: yokochan | 2007年3月 4日 (日) 22時58分
ヴォツェックは本当はヴォッツッェックというタイトルだったのに、ベルクが書き間違えてヴォツェックになったとレコ芸で読んだ気がしますが、何かの勘違いかもしれません。。。
自信ナシ。
投稿: リベラ33 | 2007年3月 5日 (月) 18時47分
こんばんは。リンクありがとうございます。
ついに予告通りドホナーニの「ヴォツェック」登場ですね!私、これは聴いてないんですが、どうもよさそうなので欲しいもんです。でも・・・このところ欲しいCDが多くて。キングのアリア集とか・・・もうタイヘンです。
原作は「ヴォイツェック(Woyzeck)」です。原作のビュヒナーの字が汚くて編纂者が読み間違えてヴォツェックになってしまったのですね。・・・て他のコメントのコメント返しって反則でしょうか・・・。ごめんなさーい。
投稿: naoping | 2007年3月 5日 (月) 21時58分
リベラさん、こんばんは。この怪しくも現実的なオペラは、作曲当時、演劇でやたら流行ったらしいです。
原作は、コメント頂戴したnopingさんがお答えいただいた通りのようです。
ベルクのほかに、日本でのオペラ振興に力を尽くした「マルグリット」が作曲してまして、アルブレヒトが読響で演奏してます。
なかなかに、人々の気持ちを捉える原作なんですね。
投稿: yokochan | 2007年3月 5日 (月) 23時50分
naopingさん、こんばんは。予告どおり、ドホナーニしました。
指揮も歌手も無機質ぶりがいいんですが、そこにウィーンの甘さが加味されて、なんともいい味が出てる演奏なんです。
リベラさんへの、お答えを頂戴して恐縮です。あわてて解説本をひっくり返すところでした(笑)
若杉さんは、世界的にもこの曲の第一人者です。アバド・若杉・ドホナーニってところでしょうか・・・。
J・キングが舞台でよくあのいやらしい鼓手長を歌っていたらしいですよ。
聴いてみたいです。
投稿: yokochan | 2007年3月 5日 (月) 23時56分
無調のオペラなんて難解極まりない代物に違いないという固定観念をぶち壊してくれたのがアバドのウィーン時代のヴォツェックでした。DVD化が待ち遠しいです。ドホナーニ盤は未聴ですが素晴らしい演奏なのでしょうね。国内盤にはシェーンベルクの期待が入っていたと記憶しています。バレンボイム盤はCDもDVDも持っておりますが私は苦手です。演奏は仕上げが荒っぽいような気がして…シェローの演出も抽象的すぎて単細胞な私にはついていけないものがあります。バレンボイムは指揮者としてもピアニストとしても溢れるほどの才能の持ち主ですし、好きな演奏もたくさんありますが、ヴォツェックはどうも…ナクソスミュージックライブラリーで視聴したポール・ダニエル指揮フィルハーモニアのシャンドスの英語版の演奏が意外に良かったので、アバドの映像がDVD化されるまでこの演奏でしのぐことになりそうです。ちなみに岩波文庫から出ている原作は「ヴォイツェック」という題名になっていますね。
投稿: 越後のオックス | 2008年11月28日 (金) 23時47分
越後のオックスさま、こんばんは。
アバドが執念を燃やしたヴォツェックの演奏。
ミラノ、ウィーン、ベルリンでそれぞれ演奏しましたので、どこかに音源はあるはずです。
スカラ座でのヴォッエックなんて聞いてみたいです。
バレンボイムは、残念ながら聴いたことがありませんが、英語盤のダニエルは聴いてみたいですね。
原作は、皆さんご指摘のとおり「ヴォイツェック」のようですが、変換しにくい名前であります。
来シーズンの新国で、新演出上演がありますので楽しみです。ウォーナー・リングとともに、テレビ中継が望まれます。
投稿: yokochan | 2008年11月29日 (土) 01時15分
ようやく手に入れて聴きました。情念を飛び越えた澄み切った響きを奏でるドホナーニのヴォツェックが好きです。ベルクは、ようやく手に入れたキリル・ペトレンコ指揮バイエルン州立歌劇場のルルBDと、同指揮ベルリン・フィルのヴァイオリン協奏曲(これはDCH限定)をじっくり聴きたいと思うこの頃です。
投稿: Kasshini | 2025年1月 8日 (水) 20時54分
コメントご返信遅れてしまい申し訳ありません。
設定を変な風にいじってたようで・・・
ドホナーニのベルクは、ルルとともに、どちらもウィーンの音、デッカ録音が実にいいですね。
ペトレンコのルル、バイエルン盤、わたしも視聴してまして、いずれ記事に起こそうかと思ってますが、オケの切れ味、ペーターゼンの身体能力もともに見事でありました。
投稿: yokochan | 2025年2月 1日 (土) 18時38分