神奈川フィルハーモニー定期演奏会① シュナイト指揮
神奈川フィルハーモニー管弦楽団定期公演を聴く。
そして、いつものように感激の涙をながした。
でも、いつもと違うのは、ちょっぴり寂しくもあり、悲しくもあったこと。
そう、ハンス=マルティン・シュナイト師の音楽監督として最後の演奏会だったのだから・・・
いまにも泣きだしそうな空模様もその別れを演出しているかのよう。
ブラームス 悲劇的序曲
「哀悼の歌」
「運命の歌」
ブルックナー テ・デウム
S:平松 英子 Ms:加納 悦子
T:小原 啓楼 Br:青山 貴
ハンス=マルティン・シュナイト指揮
神奈川フィルハーモニー管弦楽団
神奈川フィルハーモニー合唱団
(3.13 @みなとみらいホール)
ブラームスとブルックナー、同時代にありながら、派閥が対立し、対称的な二人。でも宗派は異にするものの、共に熱心なキリスト者であった。
そして、いつも指揮台で祈るような指揮をしているシュナイト師も同じ。
この晩のプログラムの根底には、追悼と祈り、そして感謝。
46年前、シュナイト師はこれと同じプログラムを本国ドイツで演奏したということが、終演後はのレセプションで話題になった。
1963年、折しも、ケネディ暗殺の年。
そして、氏がその指導に心血を注いだ神奈川フィルとの最後の定期演奏会に、この因縁のプログラムを持ってきた。
あまりに渋く、そして深い内容のプログラミング。私は1年前に発表された定期の演目の中でもっとも注目していたもののひとつ。
一番聴いてみたかったのが「運命の歌」。
私の大好きな曲で、アバドもベルリンフィルとのフェアウェル・コンサートで取り上げた。
この曲については、数日前の弊ブログの記事を参照いただければと思う。
静と動、抒情と激情、不安と平安・・・、こうした相反する要素が20分あまりの曲に凝縮されていて、最後には不安を包みこむような大いなる平安が訪れる素晴らしい音楽。
前半の3曲目におかれたこの「運命の歌」。
軽くチューニングを終え、シュナイト師の出を待つオーケストラと合唱。
おなじみのオーケストラのメンバーたち、いつもと雰囲気が違って感じた。
やや下をうつむいたり、目を閉じたり。気持ちをしっかり整え、まるでこれから始まる神聖な出来事を身をもって待ち受けるかのように私には感じられた。
私の思いが強すぎるのか、この日のコンサートのクライマックスはこの曲に置いていたのではないかと、想像したりもしている。
壮麗さや音響の効果からいえば、当然に「テ・デウム」なのだけれど、シュナイト師が聴かせたかった音楽はこれではないかしらと・・・・・。
優しく暖かな序奏からして、羽毛のように柔らかく透明感に充ち溢れ、かつ滋味に富んでいる。もうここで、私の涙腺は決壊し、涙が溢れだしてしまった。
続いて登場する合唱も、その精度云々なんてどうでもよくなってしまう。
人間、ひとりひとりの声であり所作がそのまま音楽になってこちらに届いてくる。
運命の厳しさを歌う後半では、まるで「ドイツレクイエム」を思わせるような激しい場面となるが、ここでも余裕を失わず、心の叫びがごとく、オケも合唱も真摯に指揮者についてゆく。
そして合唱が止み、オーケストラだけのあまりにも素晴らしい後奏が、緩やかに始まる。
この曲で一番美しい場面だ。神奈川フィルのまろやかな美音がここで私を包みこんでしまう。もう感動が止まらない。ずっとずっとこの救いに満たされた音楽に浸っていたかった。
いつものように静止したまま動かない指揮棒にオーケストラ。
ここで、無常な拍手がぱらぱらと起きて、また止む。
きっと耐えられなかったのだろう。
私は、拍手がしばらくできなかった。
一息入れに、ロビーに向かいつつも、その響きが離れず、思わず涙ぐんでしまうくらい。
外を見ると、雨が強く降っている。
素晴らしいブラームスだった。
さかのぼって、19分もかけてじっくりと演奏された「悲劇的序曲」。
かなり強烈な出だしに驚きつつも、歌心あふれる中間部の主題がまずはヴァオリンで心をこめて演奏されるところで、ジーンと来て、のちに今度はビオラでその主題が出てくると、さらにまたじーん・・・・。
今宵のシュナイト師、ビオラに向かって盛んに指示を出してよく歌わせていたのが印象的。そして、この1曲目からして、オケの気合の入れ方は尋常ではなく、体がほんとよく動いている。
2曲目の「哀悼の歌」は、デリケートでかつ清楚な演奏で、悲しみよりは優しい明るさが際立つ桂演。これもまたいい曲と実感。
後半は4人の独唱とオルガンも加わってのブルックナーのテ・デウム。
オルガンが勇壮に響きわたり、その上にまさにオルガンと同質性をもつオーケストラがのっている感じ。
どこをどう聴いてもブルックナー。これを聴いてしまうとブラームスがいかに洗練されているか。ブルックナーは無骨であり直載か。
オーケストラは同じフレーズや刻みを延々と続けるし、歌も同じ旋律を何度も繰り返したり。讃歌であると同時に神への希求に満ちた祈りを生真面目に続けるブルックナーに微笑みを禁じえない。
この曲のハイライトであり、当夜のこの演奏の白眉は、テノール独唱に絡み付くように、そして天国的に歌われるヴァイオリンソロであろう。
石田氏の繊細なヴァイオリンの美しさをこの時ほど思い知らされたことはない。
シュナイト師も全幅の信頼を寄せるこのソロ・コンサートマスターの実力は見た目とは裏腹に並みのものではない。
指揮者とヴァイオリン、二人目を見つめあって演奏する姿がとても絵になっていた。
それと、この曲で一番大事だし、一番難しいテノールソロ。
小原氏の明るく美しい声に驚き。この方舞台で、一度経験しているが、こんなきれいな声だったっけ? シュナイト師にみっちり仕込まれたとのことだが、その厳しい指導が、まさに花開いた感じ。
シュナイト師の秘蔵っ子、平松さんの毎度ながら清らかな声。しっかりと4人のアンサンブルを支えた実力派加納さん。見た感じとは全然違う立派なバリトンの青山さん。
出番が少ないのがもったいないくらいのメンバーだった。
合唱団も熱く、がんばりました。
高らかに開放感たっぷりに曲が閉じられたとき、あぁ、これで一区切り終わってしまうのかとの思いで胸がいっぱいになってしまった。
会場の方々もそうした思いを乗せて、万感の拍手。
花束を渡されたシュナイト師は、とても嬉しそうに拍手に応えていて、いつも通りにおどけてみせたり、ユーモアたっぷり。
当夜の4曲、こうしてつなげてみれば、ひとつの大交響曲であるかのよう。
これはこれで、この進化するオーケストラのひとつの区切り。
終わりはまた始まりであろう。
4月の金さん、またあらたな楽しみが増えたわけでございます。
第二部へ続く。
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コメント
どうも先日は遅くまでありがとうございました。
仰るようによく考えられて確かな意図を感じるプログラミングでした。
このプロを入れたときにこの日が勇退の日になると思ってのことかどうかわからないんですが、それにしても感慨もあり大変な名演でした。
あんな演奏を聴かされて、高揚した気持ちをそれこそエンドレス状態で分かち合えることに大変感謝しております。
それにしてもよく飲みました。
素晴らしい音楽を聴いて、美味しいお酒を楽しく飲んで夜が更ける。こんな幸福に感謝です。
コンサートも、シュナイト/神奈川フィルの素晴らしさを分かち合って頂けて本当に嬉しく思います。
まだ5月があるとはいえ、この日で一段落であったことは間違えないです。
たくさん楽しい想い出もありました。
そんなひとときをご一緒できたことを本当に嬉しく思います。
投稿: yurikamome122 | 2009年3月16日 (月) 08時51分
yurikamomeさま、先日はどうもありがとうございました。
感無量の演奏会に、かなり感情が入ってしまったことも事実です。でも虚心に受け止めれば、本当によく考えられたプログラムとその演奏でございました。
こんな素晴らしいコンビをご紹介くださり、感謝の次第もございません。おかげさまで、神奈川フィルの虜となってしまいました(笑)
これからも、聴き続けてゆくことは間違いありません。
そして、こんな飲み介ですが、またよろしくお願いいたします。
投稿: yokochan | 2009年3月16日 (月) 22時38分