シューベルト 歌曲集「美しき水車小屋の娘」 ヘフリガー
年々、花の旬の時期が早まってる。
5月の連休のイメージがある藤の花もすでに盛りを過ぎてるし、ツツジやサツキももう満開。
人の家をちょちょいと撮影。
失礼をばしました。
ああ、酔うほどに濃い香りに陶然とするオヤジ一人。
春の盛り、いやもう陽気は初夏だけど、敏感な青春譜のような、シューベルトの歌曲集「美しき水車小屋の娘」を聴く。
それにしても、シューベルトは31歳にして亡くなっちゃったなんて想像もつかない。
なのに残されたその作品ときたら、あらゆるジャンルにほぼ1000近くの曲を残したのがすごい!
そして、そのすべてに即興性と豊かな詩情があふれ出ているところがまたシューベルトの魅力。
でも忘れてならないのは、そこに常に潜んでいるのが「死の影」だ。モーツァルトの悲しみの影より、時にそれは深く感じることがある。
彼が選びとる歌曲の題材からも、それは強く感じる。
以下は、以前の記事からの引用・・・・
>元気良くさすらいの旅に出る若者だが、親方の娘に恋をし、恋敵、狩人の出現から陰りある雰囲気になってくる。最後は恋破れ、身を投げてしまうが、水車を回す小川だけがいつも彼を見つめ、優しくつつんでくれる・・・。何も死ぬことはないだろうが、こんな多感な気持ちを今の別次元の若人には理解できまい<
私のようにちょいと古い世代、若い頃には携帯もパソコンもネットもなく、意志の伝達は固定電話か手紙や電報しかなかった。あと伝書鳩なんかも(笑)
感情の持ち方、表し方は、時代とともに変遷する。
それは文化文明の進歩とともに当たり前のこと。
でも愛し愛され、人を思い、同情し、そして悩む。人間として当たり前の感情に変遷があってはならないだろう。
心やさしいシューベルトの音楽が、ジワジワと心の襞にしみ込むのを感じながら、不安に満ちた世知辛い世の中が虚しく思えてきた。
ミュラーの詩とは関係ないが、「相田みつを」の詩をひとつ。
こちらも、しみます。
つまづいたり ころんだりしたおかげで
物事を深く考えるようになりました
あやまちや失敗を繰り返したおかげで
少しずつだが
人のやることを暖かい目で
見られるようになりました
何回も追いつめられたおかげで
人間としての自分の弱さとだらしなさを
いやというほど知りました
身近な人の死に逢うたびに
人のいのちのはかなさと
いま ここに
生きていることの尊さを
骨身にしみて味わいました
エルンスト・ヘフリガーの折り目正しい誠実な歌で聴く水車小屋。
前向きに元気な若者の旅立ちを歌う冒頭では、かなり飛ばしているように感じるヘフリガーの歌。詩が進むにしたがって、若者の心に陰りが差してくる。
ヘフリガーは、そのあたりの機微をやさしく生真面目なまでにとらえて、若者に付かず離れず、聴きようによっては冷静に歌いこんでいる。
でも、ザ・エヴァンゲリストとも言えるヘフリガー、そこににじみ出る深い同情の影と優しい眼差しはとても暖かい。
ピアノはエリック・ウエルバ。60年代後半の録音。
過去の記事
「ヴンダーリヒの水車小屋」
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コメント
こんにちは。
関東はあいにくの雨ですね。こういう日は家でゴロゴロ音楽を聴くのがよいようです。
シューベルトの「水車小屋」は大好きな曲で、このヘフリガーもいい味を出しています。
語るような歌い方が、この曲に合っているように感じます。特に「涙の雨」は絶品です。
TBさせていただきました。
投稿: 吉田 | 2009年5月 5日 (火) 17時10分
吉田さん、こんばんは。
今日は午後から本降りで、この歌曲集の前半のような陽光あふれる春は味わえません。
私は、しばらく実家帰りで、本日帰還しましたが、なんだか落ち着きのない世の中であります。
ゴロ寝にシューベルトは最高です。
ヘフリガーのこれらの歌には泣かされます。
ヴンダーリヒとともに、ドイツの詩情を読みこんだ最高の歌唱ですね!
TBありがとうございました。
投稿: yokochan | 2009年5月 6日 (水) 00時50分