マーラー 交響曲第8番「千人の交響曲」 若杉 弘 指揮
房総、館山の北条海岸の夕日。
まだ梅雨の時期。
雨上がりに厚い雲の間から今しも沈む太陽が光彩陸離たる光景を描きだした。
私は30分あまりも立ち尽くし、見とれてしまった。
いい写真も撮れましたので、またご紹介したいと思います。
先日、惜しまれつつも亡くなった若杉弘さん。
唯一持っているマーラーが、交響曲第8番「千人の交響曲」。
日本人で初めて、マーラー全集を録音した若杉さん。
そのレパートリーは、驚くほど広かった。
ジャンルでは、あらゆるオーケストラ作品にオペラ全般、和洋現代音楽。
時代では、古典から現代まで。
ほんとにオールマイティな人だった。
そんな中でもとりわけ得意にしていたのが、ワーグナーを源流とする後期ロマン派、新ウィーン楽派のあたりではなかろうか。
それに加えて、十字軍的な活動ともとれる現代作品への積極的な取り組み。
追悼記事にも書いたけれど、私は若杉さんを日本が生みだした最高のオペラ指揮者と思っていて、そのオーケストラピットでのお姿は鮮明に覚えている。
作品を完全に手のうちにいれて、歌手へのキュー出しもマメに行いつつ、譜面を見ながらの指揮でもオケへの指示も的確にこなす姿は、まるで千手観音か聖徳太子かとも思われるくらいに鮮やかなものだった。
これだけ細やかに振れる指揮者は、本場でもあまりいないものだから、ドイツのハウスからも声が掛って当然だった。
そんな若杉さんの声楽大曲のうまさがまざまざと味わえるのが、この千人。
都響とのチクルスの一環は、1991年の録音。
録音のせいか、オーケストラと合唱ばかりが目立ってしまうが、テキパキと曲が進行する中にも、絶妙の間合いでもって、聴き手を唸らせる場面が続出するし、大編成のオーケストラが混濁しないで、隅々まで透明感を保っているのもさすがである。
耳のいい若杉さんならでは。
S、罪深き女:佐藤しのぶ S、贖罪の女:渡辺美佐子
S、栄光の聖母:大倉由紀枝 A、サマリアの女:伊原 直子
A、エジプトのマリア:大橋 ゆり T、マリア崇拝の博士:林 誠
Br、法悦の神父:勝部 太 B、瞑想の神父:高橋 啓三
若杉 弘 指揮 東京都交響楽団
晋友会合唱団、東京放送児童合唱団
(91.1.24@サントリーホール)
90年当時、活躍中の一流どころをそろえた歌手の歌声が、実はこの録音でははなはだ聴きにくい。遠くで歌っている印象しかなく、オケばかりが鮮明にとらえられた録音に起因するもの。今の録音技術をもってすれば、こんな大編成のライブなんて易々とできるのに残念なことだ。
大好きだった勝部さんの歌声も埋没、わたくしー、とばかりのギラギラの佐藤さんの声も埋没。林さんのリリカルな声は意外にもオケの上の方から舞い落ちるような感じで聞こえる。正直、いまの日本人歌手を聴きなれた耳からすると、辛いものもあるのが事実だが、私などは、こうした顔ぶれによる若杉さんや朝比奈さんのリングを聴いてきただけに、感慨もひとしおである。
全体にともかく感動的な雰囲気に満たされた若杉さんお得意のマーラーの8番。
ファウストの第二部の後半、ハープに乗ったヴァイオリンの美しい歌に導かれる旋律が歌われるあたりから、神秘の合唱、そしてエンディングにいたるあたりはあまりにも感動的な場面が続出して、実際にホールにいて手を握り締めて聴いているかのような思いにおちいる。
あらためて、若杉さんの偉大な足跡を偲ぶとともに、このところいろいろあった自分自身の気持ちにもぴったりと寄り添って力づけてくれた演奏であり、マーラーの音楽でありました。
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