« ブラームス 交響曲第1番 コンヴィチュニー指揮 | トップページ | パトリシア・プティボンを聴く一日 »

2009年10月31日 (土)

パトリシア・プティボン オペラ・アリア・コンサート Ⅰ

Opera_city_2 パトリシア・プティボンが今年もやってきてくれた。

しかも、前回はピアノでのソロリサイタルだけだったのに、今回はオーケストラをバックにしたコンサートを1回やってくれちゃう。
そして、そのコンサートに行ってきました。

普通なら、序曲があってアリアがあってという繰り返しで、徐々に盛り上がってゆき、最後に極めつけの大アリアをもってくるのだけれど、今宵のプティボンのコンサートは、そうした既成の概念にとらわれない、実にユニークなものであった。
聡明で知的な彼女ならではといってもいいかも知れない。
大きくとらえると、前半は18世紀の独オーストリアの古典の音楽。
そして後半が、20世紀アメリカ(フランスも)の音楽。
既知の名曲ばかりを並べるのでなく、本邦初演もあったりして、ともかく新鮮な思いを抱かせるステキなコンサートは、ソロリサイタルでも同じこと。
プティボンの守備範囲は広大で、いまや何が得意で素晴らしいとかじゃなく、手掛けるものすべてを、抜群の歌唱力と、圧倒的な表現力でもって説得力ゆたかに、そして誰しもを引きこんでしまう女性的な可愛い魅力に満ち溢れている稀有の歌手なのだ。
おまけに、こうしてライブで接すると、そのお顔の表情の底知れない豊かさと、指先のひとつまでに歌が心情をこめて表現されていることに驚きを覚えるし、プロ中のプロ魂も感じる。でもそれが天然なところが、パトリシアのいいところだな。

私は保証します。
彼女の歌や姿を聴き、ご覧になったならば、必ずやその虜になってしまうことでありましょう。  

  モーツァルト 「コシ・ファン・トゥッテ」序曲
           アリア「大いなる魂と高貴なる心」
  リジェル    交響曲第8番 1楽章

  ハイドン    「月の世界」~フラミーニアのアリア
                 「人には分別があります」
           「薬剤師」~ヴォルピーノのアリア
                 「ご機嫌よう、親愛なるセンプリーニオ」
  
モーツァルト  交響曲第22番
          「ポントの王ミトリダーテ」 アスパージアのアリア 

                 「重い苦しみ」

   バーバー   弦楽のためのアダージョ

           4つの歌から、「この輝ける夜に、きっと」

  パクリ     「3つのラブソング」           
                            「美
と愛」「永遠の間ずっと」「これが愛」
  バーンスタイン 「キャンディード」序曲
            「着飾って、きらびやかに」
  コープランド  「アパラチの春」~終曲
  アーレン(デュプラ編)          
            「虹の彼方に」

  (アンコール)
  コール・ポーター 「Everytime we say good-bye」


        ソプラノ:パトリシア・プティボン

    ディヴィット・レヴィ指揮 東京フィルハーモニー交響楽団
                      (2009.10.31@オペラシティ)

指揮者レヴィは、コンロンのもとで研鑽を積んだオペラ指揮者とのこと。
せかせかと登場し、パフォーマンスも豊か。そして指揮を始めたら、その姿はまるで、井上ミッチーその人でありました。(頭の具合も!)
この人の活気あふれる指揮は、前半のモーツァルトやハイドンにのびやかな推進力を与えていたし、初聴きのシュトルム・ウント・ドランク的な緊張感に満ちたリジェルの曲などは大いに楽しめた。
 後半は一転、キャンディードで大爆発。コープランドやバーバーはしんみりと聴かせてくれるなかなかの実力者と見た。
しかし、少しオーケストラを鳴らしすぎか。
ホールの特性もあって、よく響くものだから、時にデリケートな歌にのめり込んでゆく、プティボンの声を消してしまうところがあったのは残念。

Petibon2009_3  プティボンは、いたって神妙にモーツァルトとハイドンを歌いだしていた。
でもひとつのアリアの登場人物の心情に共感しきって陰影の濃い歌唱を紡いでゆく。
ハイドンにこんな深い世界が、そしてモーツァルトの初期作がこんなに色濃く歌われるなんて、驚き。
でもデフォルトでもなんでもなくって、先に記したとおり、一人の女性がその思いを普通に表現している感じで作り物でも何でもない。
そう、人工的なものが一切感じられない、不純物のないピュアな歌声とその表現なのだ。コロラトゥーラの完璧さと、反して不安定感のまったくない低音域の魅力。
もう完璧なのだ。
ハイドンの「薬剤師」のアリアは、CDでも収録されているが、歌いながら伸びたり縮んだり、顔の表情も豊かに、ブッフォ的な楽しみが数分の曲で味わえましたよ。

そして後半、バーバーらしい抒情に満ちた「この輝ける夜に、きっと」には泣けた。
ただでさえ、弦楽のためのアダージョで神妙になっていたのに、こんな田園的な癒しの音楽はいけない。パトリシアのどこまでも伸びやかな美しい声がまたたまらない。
ついで連続してうたわれた、フランスのパクリという作曲家の2005年の作品も美しい。
1曲目は、ウィンドマシンが正直うるさかったが、静的でしんみりと聴かせる桂曲に思えた。美・愛・永遠などの普遍的な言葉に込めたパトリシアの思いの丈が聴き取れたものだ。この作品は、次回のコンサートでもピアノ版で歌われるから楽しみ(ウィンドマシンがないし)。
 それで、ですよキャンディードの、口あんぐりのすんばらしい歌。
ナタリー・デッセイとドーン・アップショウがこれまで最高と思っていたけれど、パトリシアが最高
序曲のときに、指揮者ミッチー似のレヴィ氏を追いかけてでてきちゃった彼女。
えんじのタイを持ってでてきて、これまでの白のタイと変えろという。
しっかり替えてあげて、「こっちの方がいい」と退場。場内笑いに包まれる。
こんな演出すべてが、続く音楽にみんな奉仕してしまうところが彼女らしいところ。
小さな帽子をかぶって、白いスカーフを首にまいて、ヨタヨタと歌いながら出てくる。
オケの面々をそれぞれ見つめながら、歌いつつ、喜怒哀楽の移り変わりの激しいこのアリアを目も眩むばかりの変幻自在ぶりでもって歌いまくる。
もう、われわれ聴衆は、目も心も彼女に奪われてしまっている。
最後は、晴れやかに超越のすべてを尽くし歌い終えるが、白いスカーフ(タオル?)を指揮者氏の輝くおつむに投げて被せてしまった(笑)
 ここで大熱狂。立ち上がる人も数人。なんという舞台人なのでありましょうか

冒頭に書いたように、ここで終わらないのが、パトリシア。
「アパラチアの春」で、アメリカのよき時代の夕べの家族のひと時のような、苦難のすえに得た幸せを象徴するかのような音楽を堪能した。
懐かしいい雰囲気で曲が静かな終結を迎えつつあるなか、パトリシアは静かに登場し、曲はそのまま、「虹のかなたへ」に引き継がれた。
そう、「オズの魔法使い」のジュディ・ガーランドの歌です。
これまたいけない。
こんなコンサートの終わり方はステキすぎる。
アパラチアの春のあとに、虹の彼方に・・・。
全曲、ソットヴォーチェで、囁き歌いかけるような歌唱で、私は涙があふれてくるのを止めようがなかったのであります。
もう語ることはありません。
会場の皆さんは、きっと同じ思いに浸され、静かに余韻に浸るのみでありました・・・・。

アンコールには、レヴィ氏がピアノを弾き、コール・ポーターの名曲を。
彼女は、ラメの小粋なノートブックを片手に、ステージに腰を降ろして、これも情感こめて静かに歌いました。
黒いドレスに、ゴールドのネックレス。
赤毛のカーリーヘア。
今宵も、パトリシア・プティボンに、すっかり心を持ってかれましてよ。
招聘元の彼女の記事は、こちら
日本の文化を愛し、われわれ日本人の音楽の嗜好も、おそらく考えての今回の演目。
脱帽のほかなく、ますます活躍する彼女を応援したい気持ちで一杯だ。
来年のザルツブルクでは、アーノンクール(!)の指揮で、「ルル」に出演するらしい。
クリスティとアーノンクールの薫陶も彼女の豊かな音楽性の背景にあるであろう。
今日の終演後のサイン会の列はすごかった!
しっかりいただきましたよ、ことしも。
その模様は、また明日・・・。

プティボン過去記事

デビューCD「フレンチタッチ」
 「バロックオペラアリア集」
 「来日公演2008年4月」①
 「来日公演2008年4月」②
 「恋人たち オペラアリア集」

|

« ブラームス 交響曲第1番 コンヴィチュニー指揮 | トップページ | パトリシア・プティボンを聴く一日 »

コメント

ミッチーからウインドマシンまでいちいち同感であります(笑)
当初プログラムを見た際には「バーンスタインを最後に持ってくればいいのに」とか「アパラチアの春なんかいらんなあ」とか不遜な感想を持ったのですが、実際にこうしてコンサート聴いてみると如何に考え抜かれたプログラムであるかがよくわかります。単なるつなぎではなく、前の曲の雰囲気を壊さずに次の曲の世界への巧みな導入となっていましたね。そういう意味ではバーバーのアダージョも効いていました。「虹の彼方に」をアンコールではなく、オペラ・アリア・コンサートの締めに持ってきてしまう大胆不敵なプログラミングこそプティボンの面目躍如と言えましょう。
それにしても「着飾ってきらびやかに」の楽しかったこと!

投稿: 白夜 | 2009年11月 1日 (日) 01時30分

私は明日月曜にプティボンを聴きに行きます。yokochanさんのエントリーを読んでますます楽しみになりました。

投稿: ピースうさぎ | 2009年11月 1日 (日) 07時17分

こんにちは。
ただいまより、魔笛・プティボン・ウェルテルの旅に出陣します。プティボンのオケ判も聞いてみたかった。

投稿: Mie | 2009年11月 1日 (日) 08時37分

おはようございます。 

いつも読ませていただき「いいな~、行ってみたかったな~」と思うのですが今日はそれもひとしおです。 
カルメル会のDVDで彼女の美しさには驚きましたがなんと素晴らしいな芸術家なのでしょう。 
こんなステキな女性の旦那様やお子さんがオバサンからも羨ましく妬ましくもさえ感じます。 
次回の来日時には絶対に会いに行きたいです。

投稿: moli | 2009年11月 1日 (日) 09時12分

ご無沙汰しています。
やっと念願の生プティボンを聴くことが出来ました。yokochanさんの活き活きとしたレビューに、改めて楽しかったコンサートを思い起こしています。やっぱりプティボンは特別な存在ですね。これからも応援しましょう。記事をTBさせていただきました。

投稿: YASU47 | 2009年11月 1日 (日) 10時36分

白夜さん、こんにちは。
素敵なコンサートでした。

>前の曲の雰囲気を壊さずに次の曲の世界への巧みな導入<
まったくもってその通り、初聴の曲もしっかりとその中に組み込まれていて、巧みな案内人にいだかれて贅沢な時間を過ごした感があります。
ミッチー似の指揮者もよかったです。
そして、キャンディードは私は思わず声をあげてしまいました(笑)

投稿: yokochan | 2009年11月 1日 (日) 11時00分

ピースうさぎさん、こんにちは。
楽しく、明るく、歌唱もバッチリのプティボン。
きっと楽しめる一夜になると思います。
ちなみに、ワタクシもまいります(笑)

投稿: yokochan | 2009年11月 1日 (日) 11時10分

はじめまして。
妻と行ったのですが、本当に素敵なコンサートでしたね。明日もチケットが入れば行きたいなあ。
ただひとつ、「虹の彼方に」ですが、ご指摘のようにオケの音がやや大きかったのには残念でした。前から5列目に座っていたのですが、少し彼女が苦しそうに見えたのは私だけだったでしょうか?
でも、それはそれなりに「詩的」で素晴らしかったです。

投稿: SS | 2009年11月 1日 (日) 11時10分

Mieさん、こんにちは。
今頃は、新国に向かわれていらっしゃることと思います。
怒涛の3連ちゃん、素晴らしい演目ですね。
しかし、東京ってスゴイ音楽都市であります。

明日も楽しみです!

投稿: yokochan | 2009年11月 1日 (日) 11時13分

moliさん、こんにちは。
カルメル会は、わたくしも欲しくて購入しようとしたのですが、入手困難ということで、半年待っても手に入りませんでした。

そして、オジサンのわたくしも、彼女の旦那がうらやましく思われます。ふふっ。
毎年でも来て欲しい彼女です!

投稿: yokochan | 2009年11月 1日 (日) 11時18分

YASUさん、こんにちは。こちらこそ、ご無沙汰をしております。
同じ会場にいらっしゃったのですね、きっとそんな予感がしておりました(笑)
ますます、彼女のファンになってしまいました。
願わくは、来年の「ルル」に飛んでいきたい気分でございます。
どんどん、応援しましょう!

投稿: yokochan | 2009年11月 1日 (日) 11時22分

SSさん、こんにちは、コメントありがとうございます。

私は9列目でしたが、確かに少し苦しそうな表情に思いましたね。
ウィンドマシンと、あの時のオケの音は、少しいただけない場面でした。
でも、ほんと、考え抜かれた完璧なコンサートでございました。
懐も顧みず、明日もまいります。

投稿: yokochan | 2009年11月 1日 (日) 11時27分

はじめまして、いつも楽しく拝見しております。
昨日のコンサート、特に後半は彼女のパレットの豊かさに改めて感じ入りました。王子ホールのリサイタルにも行きましたが、これまた予想外の展開でとても楽しめました。
ところで私の初プティボンはミンコフスキ指揮の「天国と地獄」CDのキュピドンでした。出番は少しですが、歌に芝居に彼女の魅力が凝縮されていると思います。

投稿: ろべると | 2009年11月 1日 (日) 17時14分

ろべるとさま、こんばんは。
コメントどうもありがとうございます。
こんなおふざけブログをご覧いただき感謝いたします。

そうですね、前半はダンスがちょびっとありましたが、後半はプティボン・テイスト満載で大盛り上がりでしたね。
王子ホールは、小ぶりですので、きっとプティボンも客席を近くに感じてやる気満々のステージだったことでしょうね!

ご案内のミンコフスキのCDは、まだ聴いておりませんが、デッセイの歌っているものですよね。
ミンコフスキは、クリスティ門下ですし、プティボンとの接点もあります。是非聴いてみることとします。
明日も楽しみです!

投稿: yokochan | 2009年11月 1日 (日) 21時06分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: パトリシア・プティボン オペラ・アリア・コンサート Ⅰ:

» 『パトリシア・プティボン』 @オペラシティ [オジ・ファン・トゥッテ♪]
ついに念願だった生プティボンを聴くことが出来ました。10月31日、オペラシティコ [続きを読む]

受信: 2009年11月 1日 (日) 10時27分

» プティボン/オペラ・アリアwithオーケストラ [ご~けんのAudio & Classic]
家内とオペラシティに出かけました。すでに王子ホールでの公演が終わっているはずで、TV等の収録はありませんでしたが、東フィルをバックにした演奏は、前回の公演とどのように違うものか、楽しみにしていました。 11/2にはピアノ伴奏による「歌曲の夕べ」が、ここオペラシティであり、そちらも大変気になるのですが、今回はオケに負けない声量と、いつものユーモアで大いに楽しませてもらいました。前半の曲目は、モーツァルト:「コシ・ファン・トゥッテ」序曲★、モーツァルト:演奏会用アリア「大いなる魂と高貴なる心」K.... [続きを読む]

受信: 2009年11月 1日 (日) 13時20分

« ブラームス 交響曲第1番 コンヴィチュニー指揮 | トップページ | パトリシア・プティボンを聴く一日 »