ブリテン 「アルバート・ヘリング」 ハイティンク指揮
ブリテン(1913~1976)のオペラシリーズ第7弾。
全部で16あるブリテンのオペラ的作品。若い頃から晩年まで万遍なく作り続けたオペラだけど、この「アルバート・ヘリング」は、コミカル・オペラ。
作曲順では、4番目のオペラ作品で、1947年、グラインドボーン音楽祭の主催者の依嘱により書かれ、同地で自身が長く主幹することになる、イングリッシュ・オペラ・グループの旗揚げ公演として初演されている。
原作は、モーパッサンの「マダム・ユッソンのばらの樹」で、巡業オペラ団に相応しく室内オペラとして書かれていて、オーケストラは各奏者1の12名編成。
合唱もなく13人の個性豊かな登場人物たちが、生き生きと歌い、語り、演じるユニークなオペラである。
この珍しいオペラに、グラインドボーンでの上演に合わせてビデオ収録されたハイティンク盤が存在することは、望外の幸せであります。
1985年の演奏で、演出は英国演出界の御大サー・ピーター・ホールで、ホールはその頃、バイロイトでシェローのあとを受けて、英国組による「ブリティシュ・リング」を手掛けていた時期である。
革新的だったシェローが勝ち取った栄光は、ホールの具象的で過去に戻ろうとしたかのようなファンタジー溢れる演出では、同じように称賛されることはなかったようだ。
しかし、この映像に見るいかにも英国の街そのもの舞台設定の美しさと、人物の一挙手一頭足、まばたきひとつにいたるまでに目を光らせた細やかな表現は、極めて見ごたえがあって、入念に録画されただけに、映画を見るかのような入念・入魂の出来栄えとなっているんだ。
コミックということもあり、ブリテンの音楽は明るく、そしてシニカルでユーモアも満点でとても聴きやすい。ブリテンが初めての方でも充分に楽しめます。
そしていつものように、緻密でクール、独特のリズムも相変わらずブリテンしてます。
ドラマに合わせた擬態的なメロディーも面白く、トリスタンのメロディも出てくるし、逢引の抱擁の場面では、それを覗く純朴青年の血圧が上がってゆくかのような音がなります(笑)
ほのぼのとした洒落たエンディングもブリテンらしいところ。
ネタバレとなりますが、自分の記録のためにも映像を見たうえでのあらすじを詳細に書いちゃいます。困るかたは読まないでくださいまし。
ところは、イギリスの田舎町ロックスフォード。1900年のこと。
第1幕
4月の終わり、貴族ビロウズ夫人の邸宅。家政婦のフローレンスが忙しく立ち振舞っている。
ご主人は、気難しく、やたらに細かくうるさいのである。
そこへ約束の時間通りということで、街の有力者、ゲッジ牧師、ワーズワース先生、市長アップフォールド、バッド警察署長の4人がやってくる。
みんな緊張の面持ち。
町恒例事業の「五月の女王(メイ・クィーン)」選出の会議が行われるのだ。
各人が持ち寄った候補者の名前を挙げるが、その彼女たちのこと、いずれもフローレンスは調査済みで、「その娘は日曜に男の子と遊んでいたわ、あっ、その娘の伯父は見持ちが悪い、あの娘はスカートが短い・・・・」等々、おばちゃん、いちいち難癖を付けてコメントし、夫人も「近頃の若い娘ときたらまったく、ブツブツ・・・・」とお怒りモード。
この演出では、外は雷が鳴り雨が降り出す。
そこで署長が、純潔の女性にこだわらずに、今年は「五月の王(メイ・キング)」を選んだらどうか。それにうってつけの青年が八百屋の「アルバートヘリング」君と提案。
彼は母親に育てられ、彼女のために一生懸命働いている真面目で純粋な青年と。
牧師の篤い説得を受け、ビロウズ夫人、悩み熟慮のすえ、「アルバート・ヘリングで行くわよ!」と決断。さて、全員でこの吉報をヘリング家に伝えに行こうと全員で向かうことに。
街の八百屋、悪ガキどもが店の前で遊んでいて、アルバート・ヘリングがいないことをいいことに、店のリンゴを盗んだりしている。馬鹿にされたものである。
アルバートの友人、肉屋のシドがやってきて、「おまえは真面目すぎるんだ、女の子はいいぞ」、となんだとからかわれる。
シドが言いよっているナンシー。
二人は、アルバートの前でさんざんいちゃつき、桃を手にとり、逢引の約束をしている。
羨ましそうな顔のアルバート、仕事が手につかない。
一人になったアルバートは面白くない。「オイラにはいつも母ちゃんがいて・・・」と落ち込んでしまう。「もしかしたらチャンスが来るかもしれない・・・。」
ここでのモノローグはなかなかに素晴らしい。
そこへ、先の有力者ご一行さまが到着し、メイ・キング選出の知らせと、賞金25ポンド獲得を告げると、母ちゃん大喜び。
でも、アルバートは何とも思わず、ご一行退却後、「そんなのは気が進まねぇ~、もう自分で決まられる歳なんだよう」「ダメダメ、言うとおりにおし!」母と息子は口論してしまう。
第2幕
祭りの芝生広場。盛大な飾り付けの真っ最中。
おいしそうな料理もたくさん。テーブルをセット中のシドとナンシー。
シドは、「シャイなアルバートが晴れの日に恥をかかないようにしねぇとな、ふっふっふ・・・」悪だくみを考える。
壇上のテーブルのグラスにレモネードを注ぐシドとナンシー。
アルバートのグラスには、大量のラム酒のレモネード割り。
(ここで飲み物を調合する際に、流れるのが「トリスタン」の音楽なのだ。やるぜ、ブリテン。)
全員が揃い、著名人たちのスピーチがまた面白い。
気合いが入りまくって飲み物をこぼしてしまうビロウズ夫人、市長の長~いお話に、欠伸を噛み殺し、股おっぴろげの母ちゃん、こっけいなくらい真面目なワーズワースは、シェイクスピアの本を仰々しくプレゼント、手ぶらだけどともかく素晴らしいと連発署長、司会者のお堅い牧師。
「ここで一言!」とアルバートが指名されるが、彼は立ち上がるものの何もいえない。
ようやく、「Thank you」一言。「だめだめ、もっとちゃんとしなさい」と全員。
牧師がとりなし、まずは乾杯と。
アルバートは、酒入りレモネードを一気に飲み干し・・・・・、そしたらシャックリが止まらなくなっちゃった。
しゃっくりをコップに戻せば治るともう一度、今度はゲップ!
あとは、あきれるくらいに全員が派手に食べまくる(笑)
このDVDでは、リアルにサンドイッチやプルプルンのゼリーを食べてる。
とりすましたお偉方も、実は品がないのであります。
その晩、酔ったアルバートが店に一人帰ってくる。
外では、シドとナンシーがしっぽり逢引中。これを盗み聴きしてるアルバートは、ヨダレたら~り。
恋人たちは夜の闇へ消えてゆく・・・。
「くそっ、くそっ!」、何かを決してアルバートは、コインを投げて占う。
「表が出たらGO,出なければそのまま・・・」。はたしてコインは、表!
コートを着込んで、店の戸締りをしていそいそと出てゆく。
第3幕
朝から、アルバートが失踪したとあって街中大騒ぎ。
軽はずみな行為を悔いるナンシー、そぼ降る雨に濡れそぼって探索から帰ってきたシドも後悔してナンシーと口論になる。
母ちゃん「あたしの可愛い息子・・・」と大ショック。「おっかさん、しっかりしてよ」
子供たちが、白い何かが井戸の中から発見された、と伝えにくる。
次々に、登場人物たちがやってきて母親を慰め、ついにアルバートがかぶっていた帽子が汚れて発見され持ち込まれてくる。
一堂は、悲しみに打ちひしがれそれぞれに哀悼の歌を歌う、かなりしんみりしてしまう場面。
そこへ、ドアのベルを鳴らしながら、アルバートがひょっこり帰ってきて、一同「えーーーっ」
白い晴れ着は、もう泥だらけである。
「一体なにをしていたのだ」、と問い詰められ、「ごめんちゃい」、とアルバート。
でも、晴れ晴れとしてるし、ぼろぼろだけど、シャンとした身のこなしが大胆に見える(笑)
「お金は?」、 「22ポンド持ってるよ。」、 「じゃあ、あと3ポンドはどうしたんだ?」
「そう、街を出てパブで酒を飲んだんだ、ビールにジンにウィスキー・・・。」
「あとみんなで大議論になって、喧嘩になって、頭突きかまして、追い出されて、もうぐちゃぐちゃ・・」
「それからねっ・・」と、ポケットから女もの下着なんぞを取り出してしまうのであった(笑~うふふ)
これには、街のお偉方、母ちゃんも呆れかえり激怒。
「あのお金でそんなこと、あんなこと、なんてことでしょう」と気位の高い夫人はプンプン。
でも、シドとナンシーは「ヒャッヒャ~、ナイス・アルバート!」と笑ってる。
可笑しくってしょうがないんだ。
母は怒りつつも、息子が離れていく不安の表情。
シドとナンシーを残して、皆が去り、悪ガキどもは、「のろまのアルバート、や~い」。
いつものようにアルバートをはやし立てたるけど、今日のアルバートはちょっと違うぞ。
無言でガキたちの前に立つ。子供たちは「あの、その・・・」と大人しくなってしまう。
「こっへ、来い!」
おどおどする子供たちに、そっと後ろ手に隠し持った、甘~い高価な桃を取り出し、「さぁ、食べろよ!」
メイ・キングの花の冠を外へ放り出し、青年たちは、思いきり「Sweet Peach」を頬張るのでありました。わはははぁ
オシマイ。
スノッブな、英国社会への巧みな風刺。
ちょっと外れてた青年が、社会体験を経ることによって、仲間や街に溶け込み、大人になってゆく。
クンドリーの接吻を得て、痛みを知る賢き人に高まったパルシファルのようでもある。
これを見せられた当時のグラインドボーンに集まった高尚クラスの方々は、内心、眉をひそめたことでありましょう。
ブリテンとお友達、ピアーズは、それこそ、「してやったり」であったでしょうよ!
アルバート・ヘリング:ジョン・グラハム=ホール シド:アラン・オウピ
ナンシー:ジーン・リグビー 母ヘリング:パトリシア・キーン
ビロウズ夫人:パトリシア・ジョンソン フローレンス:フェリシティ・パーマー
ワーズワース:エリザベス・ゲイル ゲッジ牧師:ドレーク・H・ストロウド
アプフォード市長:アレクサンダー・オリヴァー
バッド署長:リチャード・ヴァン・アラン エミリー:マリア・ボヴィーノ
シス:ベルナデッテ・ロード ハリー:リチャード・パーシー
ベルナルト・ハイティンク指揮 ロンドン・フィルハーモニック
演出:サー・ピーター・ホール
(1985@グラインドボーン)
芸達者たちによる歌に演技は、とても見ごたえがあった。
グラハム=ホールは、音源だけだと魅力が薄いかもしれないが、その豊かな表情と憎めない雰囲気がとてもいいテノール。この役を初演時は、当然にピアーズが歌ったのだから面白い。
シドのオウピは、バイロイトでベックメッサーを歌ってた豊かなバリトン。
高尚な方々、母親もそのなりきりぶりがすごい。
子役もうまいもんだし。
ハイティンクの巧妙なリードは、ブリテンのユニークな音楽にふくよかな奥行きを与えているようで、ブリテンとの相性のよさが感じ取れる。
こうしてグランドボーンで、いろんなオペラ経験を積み重ねて、今の超巨匠ハイティンクがあるのであります。 このオペラ、日本での上演機会は意外と多く、2007年新国上演は何かと重なり行けなかったのが残念だったが、調べたら二期会・横浜シティオペラなどでもやってました。
お薦めの面白オペラです。
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コメント
ブリテンのオペラ、自分は「ねじの回転」と「ピーター・グライムズ」しか聴いたことないです
個人的には「カーリュー・リヴァー」が観てみたいのですが、それは今回の話題には関係ないですね(^^;
アルバート・ヘリング、タイトルしか知りませんでしたがそういう筋なんですね。
コレはEMIのコレクターズエディションに入っていただろうか~
帰ったら確認しなくては。
まぁ、入っていたとしてもこれは映像で見た方が面白そうな感じですけど。
投稿: ライト | 2010年2月14日 (日) 21時46分
ライトさん、こんばんは。
コメントありがとうございます。
ちょっと気合いが入りすぎて、長文・大作になってしまいました。読み辛くてすいません。
「カーリュー・リヴァー」は、注意してると結構上演されてますね。私も機会を窺っているのですが、なかなかタイミングが合いません。
対訳があれば、このオペラは音だけでも全然楽しいですよ。
作曲者自演盤がお薦めです。ナクソス盤も豪華キャストが気になりますが、対訳なしが厳しいところ。
こちらのDVDも廃盤かもしれません。
困ったもんです。
ブリテンのオペラはハマるとファンタステックで辞められません(笑)
投稿: yokochan | 2010年2月14日 (日) 23時42分
こんばんは。
ブリテンボックス、半分に到達せず挫折中。ブリテンのオペラは、はまると怖い世界のようです。ねじの回転のDVDもいまだ未聴。ジークフリート今日行ってきました、新幹線で帰ったきたばかりです。オペラシティーお休みで、休憩時間長く大変でした。疲れた。ジークフリート、さすらい、ミーメ、みんな良い声でした。席は当方の好みの最前列左端です。当初、音楽変と思いましたが、ピット見ますと左に低弦、右がヴァイオリン、金管でした。音楽、ブリュンヒルデ、??。
投稿: Mie | 2010年2月15日 (月) 00時13分
Mieさん、こんばんは。
ブリテンは聴くほどに味わい方を覚えてゆく自分です。
たくさんありますので、聴き甲斐もひとしおですが、慣れるまで辛いですよね。
そして、ジークフリート観劇お疲れさまでした。
私は、来週に予定しております。
前回のチクルスは、この楽劇からオケがN響に変わり、音の厚みが激変してしまったのを覚えてますし、ウォーナーのポップ感覚が炸裂していたのも印象深いです。
ワーグナーは休憩時間が辛いですよね。
以前は、亡き若杉さんと、飯守さんが談笑していて、それを盗み聴きしていたワタクシです(笑)
オケピットは、バイロイト配置なんでしょうか!
投稿: yokochan | 2010年2月15日 (月) 00時25分
こんばんは。
コントラバス、チェロすべて左、ハープ真ん中、バイオリン、管楽器右でした。フランツ最期まで、がんばり通しました。感銘。ラジライネンも声上ずらず、素敵でした。シュミット、声立派すぎでキャラクターには似合わず。小鳥、以前より声が重くなったような。テオリンはビブラートがきつく、好みではありませんでした。トータルでは、大変レベル高いと感じました。20年前のベルリンより良い様に思います。でも、オケはやはり、ホルンは特に??。
投稿: Mie | 2010年2月15日 (月) 00時48分
ブリテンのオペラ、「ねじの回転」にはハマりましたね~。
というか、今のハマりですけど
しかし、ボックスの中のヤツなので歌詞が解らず…。
(原作ではセリフがないはずの)クウィントとジェスルは一体何を言っているのやらです…

最初にCDのキャスティングを見たときに「この二人喋るの??」って思いました(^^;
まぁ、ピアーズに歌わせるためならそのくらいはやりますわな、ブリテンさんは(笑)
あと、オペラじゃないですが「春の交響曲」も大好きです。
単にブリテンの声楽曲が好きなんでしょうね。
投稿: ライト | 2010年2月15日 (月) 08時49分
Mieさん、こんばんは。
なるほど、ピットの中にも注目ですね。
しかし、この楽劇にそのホルンはキツイですね・・。
歌手も総じてよさそうですので、大いに楽しみです。
トゥーランドットのテオルンは、バカでかい声で圧倒されましたから、目覚めもすごいんでょうね(笑)
投稿: yokochan | 2010年2月15日 (月) 23時04分
ライトさん、こんばんは。
「ねじの回転」は原作知らずの私です(笑)
オペラですし、子役も結構活躍するから、幽霊たちがダンマリだと、オペラにならないと考えたのでしょう。
クィントが迫りくる怪しさはかなりのもので、少年を応援したくなっちゃいます(笑)
私の脚色入りですが、過去記事をご覧いただければ幸いです。
ブリテンのカテゴリーに入ってます。
毎年、春の陽気には、あの交響曲を聴きたくなりますね。
爆発的でよい曲です!
投稿: yokochan | 2010年2月15日 (月) 23時09分