ヤナーチェク 「死者の家から」 アバド指揮
アバド特集ラスト。
オペラ指揮者としてのアバド。
そしてその取りあげる演目への眼力。
アバドのすごさが一番わかる分野。
アバドの得意とするオペラ。
①クリティカル・エディションや原典・初稿による有名作品
②埋もれてしまった作品の甦演
③人間心理に食い込んだ深いドラマ性を持つ作品
④強い愛着をもって新解釈を施す作品
⑤その他
いろいろ跨るかもしれないが、こんな分類が出来るかもしれない。
①ロッシーニの諸作、ドン・カルロ、カルメン
②ランスの旅、フィエラブラス、シモン・ボッカネグラ、3つのオレンジの恋
③シモン・ボッカネグラ、ファルスタッフ、フィガロの結婚、ボリス・ゴドゥノフ
死者の家から、仮面舞踏会、マクベス、アイーダ、オテロ、ヴォツェック
④トリスタンとイゾルデ、パルシファル、ローエングリン、ヴォツェック
ペレアスとメリザンド、ボリス・ゴドゥノフ、エレクトラ
⑥ドン・ジョヴァンニ、コシ・ファン・トゥッテ、魔笛、フィデリオ、ルチア、ナブッコ
これらの類型から伺えるアバドの渋好み。。。
イタリア人指揮者なら期待されるヴェルディの有名作品や、プッチーニのすべてが欠落している。当然、ヴェリスモ系のすべても。
マーラーがあれだけ大好きなのに、豊穣な世紀末サウンドともいえるプッチーニを避けているところが面白く、シュトラウスもエレクトラのみ。
これらについては、わたくしもなんともわかりません。
アバドに聞いてみたいところ。
あと、とりあげようとする意向を持っていた作品に、モンテヴェルディ、タンホイザー、マイスタージンガー、モーゼとアロン、ルルなどがあったはず。これは残念。。。
アッバードなんて風にNHKさまは呼んでましたぞ。
リベラルな思想の持ち主でもあったアバドが偏愛したのがムソルグスキー。
良家に生まれながら没落し、自ら社会的弱者となってしまったムソルグスキーの音楽やドラマには、弱者への優しい眼差しと、矛盾への怒りがある。
そんなところに共感し続けるアバドが、素材的に類似したヤナーチェクの「死者の家から」を取り上げたのも大いにうなずける。
シベリアの収容所を舞台にしたドストエフスキーの小説を原作にしたオペラ。
ヤナーチェク(1854~1928)の9作あるオペラの最後の作品で、文字通り死の年に書かれた。
ヤナーチェクらしい民族風な旋律や、短いパッセージがぎくしゃくと散りばめられたモザイクのような構成は、一度や二度、音源で聴いただけではよくわからない。
ただ、シンフォニエッタの旋律で構成された前奏曲は聴きやすい。
最晩年のものだけになおさらの感はあるが、こうして舞台上演を映像を伴って観てみると、ヤナーチェクの音楽の緻密さと、優しい眼差しが実によくわかるようになる。
1992年のザルツブルク音楽祭での上演。
暗譜で共感のこもった指揮をするアバド。
アレクサンドル・ゴリャンチコフ:ニコライ・ギャウロウ
マリエイヤ:エルズビエタ・シュミトカ シシュコフ:モンテ・ペテルソン
ルカ(フィルカ):バリー・マッコーリー スクラトフ:フィリップ・ラングリッジ
シャプキン:ハインツ・ツェドニク 大男の囚人:ボイダル・ニコロフ
小男の囚人:リヒャルト・ノヴァク
クライディオ・アバド指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
ウィーン国立歌劇場合唱団
演出:クラウス・ミヒャエル・グリューバー
(1992.8.4@ザルツブルク)
出演者は全員男性。少年役のマリエイヤのみがズボン役で女声。
劇の内容も動きが少なく、渋く、陰惨。
ここに投獄されているのは、みんな殺人犯で、それぞれが劇中で、どうして自分が殺しに至ったかを語り、殺しのいわれを競い合うという犯罪者の黙示録みたいなもの。
新参者は、政治犯のゴリャンチコフで、ひとり毛色が違う。
それぞれが持ついわれなき過去。
それぞれがやむにやまれぬ事情があり、ドストエフスキーとヤナーチェクが深く切り込んでみせた人間の深層心理と、そこへの同情、そして最後は優しさの中に解放してゆく筋書き。
なかなかに深いのであります・・・・・。
ところは、シベリアのイルテシュ河畔にある獄中
第1幕
囚人たちのなか、大男と小男がいがみあっていっていて、囚人たちの傍らには、翼折れ傷ついた鷲がいる。(グリューバー演出では、着ぐるみの巨大なトリが座っている)
そこに連行されてきたのが、立派ななりをしたアレクサンドルで、監獄署長はプライド高いその態度が気に食わず、衣服の没収と鞭打ち100回の刑を命じる。
囚人たちは、仕事(靴の縫製作業)に取り掛かるなか、舞台裏からはゴリャンチコフのうめき声が聞こえてくる。
犯した罪の告白1人目は、ルカ。
軍隊生活を送っていたウクライナで、獄舎に入れられ、そこで所長の少佐に反感を抱いていた彼は、少佐が自分を神であり皇帝と威張るのに反抗して、ナイフで刺殺してしまう。
ウクライナ人よりナイフを得たのに、彼らに裏切られ、こうしてシベリア送りになったと。
第2幕
1年後。
アレクサンドルは、少年囚のアリエイアを可愛がり読み書きを教えている。
今日は復活祭なので、囚人たちも休日。
司祭の祝福を受け、食事も楽しい。
そこで、告白2人目。
1幕では頭の弱いスクラトフが、正気に立ち返ったかのように語りだす。
かつて身持ちの固いドイツ人女性と付き合っていたが、だんだんと疎遠になってしまい確かめると、家族の強い願いを聞いて金持ちと結婚することになったという。
どんな相手か、家まで確かめに行き、窓から覗くと、それは醜い老人だった。
激したスクラトフは彼を殺してしまう。
ここで、イースターの楽しい演芸コーナーがはじまる。
①ケドリルとドンファン~ドン・ジョヴァンニの地獄落ちの場面のような感じ
②美しき粉屋の女房~三角帽子とドンファンの物語みたいなもの
(囚人たちが演じる劇中劇は、ドタバタ喜劇だけど、皮肉に満ちていて、殺しではなく色恋沙汰の罪の告白といえるかも・・・・。)
劇がおわると、くつろいでいたアレクサンドルに小うるさい小男の囚人が因縁をつけ、大きな湯沸かしポットを倒し、そこにいたアリエイアに大怪我を負わせてしまう。
少年を抱くアレクサンドル。
第3幕
所内の病院。
少年を看病するアレクサンドル。まわりには、ほかの囚人もたくさん。
告白3人目は、シャプキン。浮浪者だった彼は仲間と押し込み強盗を働き捕まったが、担当裁判官が、かつて耳の突き出た書記官に金を持ち逃げされ恨みがあった。
シャプキンの耳は大きく突き出ていたため、彼一人が恨みを晴らす対象とされ、ここまで送られるしまうこととなったという・・・・。
告白4人目は、シシュコフ。
一番長い告白であるし、このオペラの一番の歌の聴かせどころ。
かつて地主の娘がいて、村一番の悪党フィルカと付き合っていた。
フィルカは地主に持参金を寄こせと迫り、断られると娘との情事を村に言いふらした。
彼女は蔑まれ、父親からもぶたれたりしたが、シシュコフの母の強い説得で、彼は娘と結婚することにした。宴会のあとの初夜の晩、生娘とわかったシシュコフは、頭にきてフィルカのもとに仕返しにゆくが、逆に酔っぱらって騙されていて、お前はバカだなぁ、と笑われる・・・。帰って娘を打ってしまうシシュコフ。
フィルカは兵隊に行くことになり、娘にずっと愛していたと告白。これに娘もほだされ、娘もフィルカを愛していたとこれまた告白。
シシュコフは、娘の首を森の中で掻き切ってしまう・・・・・。
ここまで話したところで、病いで苦しんで呻いていたルカが息を引き取る。
ところがこの男こそ、フィルカであったのだ。茫然とするシシュコフ。
ここで舞台は急転直下。
アレクサンドルの名前が呼ばれ、彼が釈放されることとなったのだ。
署長はこれまでの非礼を詫び、囚人たちも喜び、舞台は明るい雰囲気につつまれる。
その時、翼の癒えた鷲が飛び立ち、アレクサンドルは死者が復活したぞと歌う。
囚人たちは「愛する自由」を歌い、憧れと希望を見出す。
アレクサンドルが、ぼくのお父さんと慕う少年を抱きしめ、囚人たちはまた日常に戻るところで幕となる。
最後がややあっけないが、陰惨な中にも明日の希望を感じさせるエンディングに、ヤナーチェクのオペラの素晴らしさを体感できる。
アバドは映画監督でもある演出のグリューバーとの共演が多い。
映像だと横広のザルツブルクの舞台のスケール感がわからないが、動きは少なめで淡々とした演出で、濃いめのブルーの背景に囚人服の黄色が妙に非現実的な雰囲気を高めているし、囚人たちの半分剃り上げた頭髪も不可思議。なんとも評価できません。
数年あとの、ブーレーズ&シェローの映像も観てみたいもの。
歌の内容でいくと、ギャウロウのアレクサンドルはさほどのものがあるわけではないが、そこはギャウロウ。彼がいるだけど、舞台が締まり存在感抜群。
長丁場を美しいバスで歌うペテルソンが素晴らしく、惜しくも亡くなってしまったラングリッジや、ツェドニクらの芸達者で性格テノールぶりが実によろしい。
オケもウィーンフィルだけに、アバドの誠意ある指揮のもと、柔らくもリズミカルな音楽を万全にとらえている。
ヤナーチェクはこの時が初めてだったが、こんな渋いオペラを、スカラ座時代から一貫して取りあげてきたアバド。
オペラの運営サイドからしたら不安になってしまう、そんなアバドのオペラ気質でありました。
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コメント
こんばんは。アバド特集。締めくくりは恐ろしや~。な~んて言ってますが、私はアバドのヤナーチェク作品はベルリン・フィルによる「シンフォニエッタ」しか聴いたことがない・・・。(ロンドン響もあるそうですが未聴)ロンドン響によるバルトーク作品とカップリングされたものです。いかにも怖いもの見たさの作品。先に購入したクーベリックでは「タラス・ブーリバ」や他の管弦楽曲も併録されてます。
夏になると怖いものに行ってしまうかな。
中古店でアバドの「シンフォニエッタ」を購入したのが縁だったのか、「1Q84」に取り上げられて話題になった。TV、映画だけではなく、小説にクラシックが登場する時代になる。村上春樹の小説には結構あるようですね。
投稿: eyes_1975 | 2010年7月 4日 (日) 20時28分
eyes_1975さん、こんにちは。
アバドは、ヤナーチェクといえは、シンフォニエッタを若い頃から得意にしていて、ロンドン、ベルリンと正規に2度、ほかに、ウィーン時代のライブももってます。
ベルリンでのカップリングが、『消えた男の日記』であるところが、アバドらしいひねりの部分です!
そう話題の小説、いまだに読んでないのですが、いろいろと出てくるみたいですね。
啓蒙につながれば、とてもいいことだと思います。
まえにイギリスの探偵小説で、ワーグナーがすきで、酒びたりの主人公のものを読んだことがあります。人事じゃなかったです(笑)
投稿: yokochan | 2010年7月 5日 (月) 20時05分