ベルリオーズ 幻想交響曲 プレヴィン指揮
街は早くも冬のイルミネーションをまといつつあります。
こちらが、銀座。
松屋はビルごとゴージャスにリボンが掛けられておりました。
不況なのに、個々には活況なのか。
月一、ベルリオーズの幻想交響曲を聴くシリーズ。
今月は、アンドレ・プレヴィンとロンドン交響楽団の演奏で。
1976年、ロンドン交響楽団首席時代の録音で、プレヴィンには、このあとロイヤル・フィルとも自主レーベルへの再録がある。
ウィーンフィルやアメリカのオケとも録音して欲しかった幻想。
EMIの手にかかると、なんでもかんでも無粋な2CDセットにしてしまって、私が持っているのは、レクイエムとのカップリングで、曲にそぐわないジャケットの仕儀となっております。
オリジナルのジャケットは、オケを指揮するベルリオーズのサイケなカリカチュアだったと記憶します。
ご多分にもれず、発売当時、レコ芸さまの月評では散々の評価をいただき、ラフマニノフ以外、まだプレヴィンに開眼してなかった自分も、あぁそうなのか、と思っていた。
しかし、90年頃からプレヴィンをあれこれ聴きだし、その芸風の幅広さと、何よりも音楽造りのスマートさに大いに共感したわけでして、長じて聴いたその「幻想」も、なんであんなに酷評されなくてはならなかったのか怒りを覚えてしまうくらいだった。
この幻想。一部繰り返しを行っていることもあるにしても、演奏時間が55分33秒と長い。
ゆったりめのテンポによる克明な解釈・・・と聴こえるが、確かにテンポはじっくりで、断頭台の行進などは、一歩一歩、踏みしめるような解釈でユニークだが、オケが爽快に鳴りきった感があって、おどろおどろしさは皆無。
続く、終楽章のヴァルプルギスの場面でも、威圧感はゼロで、じっくり感はそのままに、音楽の隅々まで見通しよく、クリアー。
第1楽章から目立っているが、楽器の鳴らし方は、かなりデフォルメチックで音の出し入れもユニークなんだけれど、濃厚さやいやらしさと皆無なのはプレヴィンの人徳とオーケストラのニュートラルな響きによるところか。
コル・レーニョ奏法がこんなに克明で、よく聴こえるのも珍しい。
1楽章から3楽章までは、流れるような流麗な雰囲気で、恋人の動機はとても美しく奏でられ、ワルツも優美。とりわけ3楽章の野の風景は英国絵画的でわたしには淡く素晴らしく感じられた。
前半と後半、どうも印象が異なるように仕掛けているように思います。
夢と実はリアルだった悪夢。
この違いを鮮やかに、そしていつもの洗練された手法で描いたユニークな「幻想」ではないでしょうか!
いくつもプレヴィンを聴いてきて、こんなうまさがあることを認識した「幻想交響曲」でございました。
もう少しだけ、プレヴィンいきますね。
| 固定リンク
コメント
こんにちは。
この2CD、『レクイエム』がLPOとの数少ない録音という事で(RPO音楽監督になるまでの繋ぎ?)....こちらはあまり(というか殆ど)聴いた記憶が無かったりします....ううむ、頑張らねば^_^;。
(今日あたり、バーンスタイン60CDが来ている筈....)
投稿: ぽち | 2010年11月18日 (木) 15時22分
ぽちさん、こんばんは。
わたしも、実はロンドンフィルとの希少か組み合わせと、好きなレクイエムにひかれて購入したのですか、久しぶりに聴いた幻想がかなりよかったもので、めっけもん的な気分になりました。
あのバーンスタイン大全を購入されましたか!
わたしも、魅せられたのですが、置き場所で家庭から閉めだされそうなので断念してます。
投稿: yokochan | 2010年11月18日 (木) 22時27分
当時の『レコ芸』交響曲月評担当者のM-O氏が、プレヴィンをその経歴からか酷評しまくりで、あれは一般のファンにも多大な受難の時でした。ハイドンの『V字&奇蹟』を、なにやら怪しげな手つきで音楽を撫で揉んで居るよう‥等とお書きになっていましたから。西ドイツプレスの輸入盤を買って聴いてみたら、正攻法の佳演でビックリしました(笑)。まぁ、教訓も得ました。『他人の言を軽々しく鵜呑みにしたり、信じ過ぎるな。』
投稿: 覆面吾郎 | 2019年9月11日 (水) 09時11分
こちらにもありがとうございます。
音楽評論家は、いまや、素人が情報発信できるようになって、さぞや大変だろうなと思ったりもしますが、かつては、わたくしも、レコ芸をバイブルのように扱ってまして、好きな演奏家が褒められたりすると、一喜一憂してました。
件の先生も、なかなかに厳しく、でも、ある1枚で、評価が激変したりするターニングポイントがありまして、そこから、過去の再発などの評価も変わったりもしてました。
そうです、自分の耳を信じること、それが一番ですね!
投稿: yokochan | 2019年9月12日 (木) 08時42分