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2010年12月29日 (水)

ワーグナー 「トリスタンとイゾルデ」 新国立劇場公演①

Operapalace201012_2

幻想的な美しい舞台、過剰すぎない明快な演出、世界一流メンバーの名に恥じない最高の歌唱、全体を司る的確な指揮。

ああ、もう大満足の一夜。

新国立劇場公演、ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」を観劇。
年をまたがっての新プロダクションの
年内最終公演でした。
今年もっとも楽しみにしていた上演。
5時開演、45分休憩を2回はさんで、終演は10時45分。

休憩はお一人様には退屈だったけど、その間も含めて緊張感の持続した極めてハイレベルの上演で、おまけに今回は席が最上級で、こんな贅沢いいのかな、と至福の思いに最初から震えどうし。(お一人様でセット券を取ると、驚くほどいい席が配分されます)
幕が降りても拍手できない。
幕が降りても感動の涙があふれ出してくる。
このままずっとじっとしていたかった。
それでも盛大なカーテンコールに参加し、ブラボーもかけまくり。

しかし、終わってしまった。
ずっと、ずっと、この素晴らしいトリスタンに浸っていたかった。
劇場を去ることに、悲しいくらいに切ない思いを、今日ほどに味わったことはない。
いや、かつて一度、アバドのトリスタンを観たときもそう。
トリスタン観劇、今回で通算9度目。
アバドと並んで、それだけ素晴らしかった。

のっけから熱くなってすいません。

この公演は、1月にあと3回。年内も来月も、ぜんぶソールドアウト。
願わくば、もう一度行きたい。
ここに、2回に分けて、演奏の印象と、舞台の様子とを書きあげます。

これから観劇の方は、観劇後にご覧いただき、ご意見をお伺いできればと存じます。

Operapalace201012

 トリスタン:ステファン・グールド イゾルデ:イレーネ・テオリン
 マルケ王:グィド・イェンキンス  クルヴェナール:ユッカ・ラシライネン
 ブランゲーネ:エレナ・ツィトコーワ    メロート:星野 淳 
 牧童 :望月 哲也         舵取り:成田 博之
 若い水夫:吉田 浩之

   大野 和士 指揮 東京フィルハーモニー交響楽団
               新国立劇場合唱団
   演出:デイヴィッド・マクヴィカー
   美術・衣裳:ロバート・ジョーンズ
   照明:ポール・コンスタブル
   振付:アンドリュー・ジョージ
   指揮補:ペーター・トメック
   合唱指揮:三浦 洋史
   音楽ヘッドコーチ:石井 宏
   舞台監督:大澤 裕

   芸術監督:尾高 忠明

            (2010.12.28@新国立劇場)


今回は、プログラムに出てるスタッフも全員記載しました。
こんなスゴイメンバーに、それぞれの役の和製カヴァーキャストもしっかりしたものなんです。
成田勝美さんに、並河寿美さん、池田香織さん、などなど。
新国の総力あげてのドイツものです。

Tristan2010

新国デビューのマルケ王・イェンティンス以外は、すっかりおなじみの常連歌手ばかり。
主役ふたりの声が圧倒的なのは、聴く前からわかっていたこと。
でも、まずワタクシは、彼女。
Ezhidkova

Tristan_2010_6

そう、ツィトコーワ
エレナちゃんの可愛いブランゲーネにすっかり入れあげちゃってるんです。
ちっちゃくって、その仕草がカワユク、あの体で驚くほどしっかりした声を届けてくれる。
今回は、テオリンさまが、おっかなくて感情的な女主人、そんなキャラに見えてしまう。
そのご主人さまに、ちょっとおどおどしながら、いじらいいくらいのご奉公ぶり。
まるで、姉と妹。お姉さんに、まったく頭が上がらない。
そしてお姉さんから、優しく抱きしめられる。
体育座りも可愛いし、怒られて指先でウジウジしちゃってるし。
鼻の下をこすっちゃうし、後ろに垂らしたお下げ髪を不安そうにいじくりまわすし、クルヴェナールや手下たちに好奇の目で見られモジモジしてるし。
もうもう、あたくし、ぞっこんになってしまいましたよ。
エレナたんの描きだした守ってあげたくなるブランゲーネ。
演出意図がどこまでか、彼女の造り出す雰囲気なのか、どっちかわからない。
これまで、オクタヴィアンとフリッカを観てきて、これはやはり彼女も持てる個性と演技力なのではないかと思っている。


 そして、テオリングールドのトリスタンイゾルデの歌唱には、言葉もありません。
まさに「と」=「und」で並べて呼ぶに等しくふさわしい素晴らしさ。
大オーケストラの咆哮をもろともせずに、こちらの耳に、心にビンビンと響いてくる。

イレーネ・テオリンは、トゥーランドット姫のときは、デカイ声の圧倒感が先行し、固めの声とヴィブラートがやや気になったが、今年のブリュンヒルデではその声に情感の豊かさが加わり、威力ばかりでない歌の豊かさが全面に出るようになった。声の揺れも気にならなくなった。
そして、今回のイゾルデは、怜凛さと温もりを併せ持った鉄壁の声で、しかも強靱なフォルテと繊細なピアニシモ、そのどちらをもしっかりと劇場に響かせることができるのが脅威的。
バイロイトの録音ともまた印象が違う、進化し続けるテオリンさま。
怒れる1幕に、愛に溺れる2幕、神々しい3幕。それぞれのイゾルデを完璧に歌いこんでました。
Tristan_2010_5

「愛と死」は、諦念と愛情の果て、普通の
ひとりの女性がそこにあるのを感じるような暖かな名唱で、わたしは涙がこぼれてくるのを止めようがなかった。
沈みつつある赤い月、その場を去りゆく赤いドレスのイゾルデの背中が遠くなってゆき闇に消えてゆく。オーケストラの浄化された最美の和音が静かに鳴りやんだ時、感動で震えるわたしの視界も滲んでしまった。。。。。

Tristan_2010_4
グールドも、バイロイトのジークフリートやタンホイザーの音源で親しんできたヘルデンテノール。
フロレスタンとオテロを新国で観ているが、いずれもジークフリートのイメージを自分の中で払拭しきれなかった。
が、今回のトリスタンは全然違う。もともとに巨漢がさらに大きく見えるくらいに立派な声に、トリスタンならではの悲劇性の色合いもその声に滲ませることに成功していて、これはもう天衣無為のジークフリートではなかった。
以前は空虚に感じた声も、実に内容が豊かで、髭で覆われた哲学者(ザックスみたい)のような風貌も切実に思えた。

イェンティンスのメルケ王は、こちらは見た目まるでグルネマンツのような老人。
でもその声は若くハリがあってよい。バイロイトで領主ヘルマンを歌っていたこの人、深みや味わいからは遠いが、滑らかなバスは美しい。
そして、おなじみのラシライネン
わたし達には、この人はトーキョーリングのウォータンで、メガネを外してクルヴェナールになって出てくると、初めは誰だかわからなかったくらい。
情味ゆたかな、親愛あふれるクルヴェナールを好演してましたよ。

メロートの星野さん、存在感ある敵役ながら、演出のつくり方もあって、最後はいいヤツ風に倒れてしまってました。
牧童がリリカルだし、やたらと声が素敵なものだから、あとでキャストを見たら望月さんじゃないですか。最初から気がつかなかった自分が情けない。
いつも新国でしっかり脇をかためている吉田さんの水夫も、幕開き第一声に相応しい美声。そして、去年のカプリッチョでやわらかなバリトンを聴かせてくれた成田さんが、贅沢にも二言三言の舵手役。

アメリカ、デンマーク、フィンランド、ロシア、ドイツ人は唯一ひとり、そして日本人。
こんな国際色豊かな配分は、いまの世界のオペラハウスの潮流。
新国もその一角を担うようになったんですね。

そしてなによりも心強く、嬉しいのが、この上演のキーになっているのが、指揮の大野和士。
世界的なオペラ指揮者となって新国に戻ってきた大野さんのワーグナーを、わたしはかつて二期会の「ワルキューレ」で聴いている。リングチクルスは、続かなかった。
音楽の記憶は薄れているが、正攻法の
ワーグナーではなかったかと。
今回、大野さんは、ピットを深めに落とし、歌をオーケストラの大音響が覆ってしまわないようにしていて、当然にオーケストラも巧みにコントロールして舞台を配慮していた。
そしてその繊細なタッチは驚くべきで、前奏曲の出だしのあの和音が劇場で聴いて、こんなに美しく響くのは驚きだった。
惜しむらくは、オーケストラの出足がいまひとつ不調で、1幕後半からピッチがかかり、2幕、3幕は、東フィルであることを忘れさせてしまう出来栄え。
これもひとえに大野さんの、音楽にのめり込んだような巧みな指揮に牽引されてのこと。
ダン・エッティンガーが音楽に空白を感じさせることがあったのにくらべ、大野さんの指揮にはブレが一切なく、ピシッと筋が一本通っていて、オケと歌手たち、そして舞台の様子を完全に掌握していたところがスゴイと思う。
繊細さとともに、ワーグナーの書いた濃密で麻薬的な情熱の響きも巧まずして掴んでいたのでは。ピットの中から、大きく振りかぶった両手が何度も上がるところが見えました。
その時の全力をこめた音の気迫は、これまたあのオケとは思えない。

やたらとまた誉めてしまってますが、今回の演奏で、歌にもオケにも欠けていたのは、情念というか、きれいごとでないドロドロとした世界。
これもまたワーグナーの持つ響きなのでしょうが、昨今はあまり流行りませんねぇ。
同じようなことを感じた演出と舞台の様子は第二部にて。

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コメント

エレナ・ツィトコーワ、美しくて、可愛かったですね。でも、主従が逆って感じなのは、演出意図なんでしょうか? これが理解不能、納得できませんでした。

投稿: edc | 2010年12月29日 (水) 22時31分

私は、グールドのトリスタンに圧倒的に参ったのですが、次にツィトコーワを上げます。体育座り、マルケ王ご一行の乱入のところですよね。見ました見ました。良かったです。

投稿: ガーター亭亭主 | 2010年12月30日 (木) 12時04分

euridiceさん、こんにちは。
ツィトコーワとテオリン、見た目にも大人と子供みたいでした。
老練なブランゲーネというには程遠いイメージ。
あえての演出と彼女のキャラクターではないでしょうか。
その意図はわたしにも不明です・・・・。

投稿: yokochan | 2010年12月30日 (木) 15時22分

ガーター亭亭主さん、こんにちは。
グールドがあそこまで素晴らしいとは、これまでの体験では想像できませんでした!

彼女の体育座り見たさに、もう一度行きたいです(笑)
ほんと、可愛いキャラだと思います。

投稿: yokochan | 2010年12月30日 (木) 15時25分

そうそう、海賊みたいな人たちの動きは、ちょっとねぇ、これを言い忘れましたが。

投稿: ガーター亭亭主 | 2010年12月30日 (木) 17時47分

ガーター亭亭主さん、そうなんですよね。
あれはいらなかったかと・・・。

投稿: yokochan | 2010年12月30日 (木) 23時54分

はじめまして、
うれしくて、トリスタンとイゾルデのブログを彷徨
28日 美しく、すばらしかった(除くオケ)
満足のいくワグナーを国内で聴けたことに感謝です。
苦手なトリスタントとイゾルデが 気持ちよく身体に入ってきました。

投稿: heibay | 2011年1月 2日 (日) 11時07分

heibayさん、こんにちは、そしてはじめまして。
素晴らしい上演でしたね。
オケがやや弱いのはやむなしとしても、大野氏の指揮はさすが世界一流を想わせるものでした。
わたしの場合、偏愛オペラのひとつですので、夢に出てくるくらいにまだ感動が持続しております(笑)
もう一度観たいです!

投稿: yokochan | 2011年1月 3日 (月) 11時01分

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受信: 2010年12月30日 (木) 12時04分

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