神奈川フィルハーモニー定期演奏会 金聖響 指揮
雨の土曜日。
大岡川から、雨にけむる「みなとみらい地区」を望む。
こういう天気の日は、楽器のコンディションを本番に向けて保つのがたいへんでしょうね。
まして、長大で全曲にわたって緊張感が満ちている大作を演奏するのだから。
マーラー 交響曲第9番 ニ長調
金 聖響 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団
(2011.5.28@みなとみらいホール)
ついに「第9」にたどりつきました。
聖響&神奈川フィルのマーラー・チクルスは、昨シーズンからこれで、2番から8番を除いて、9番まで、7曲を聴いてきたわけです。
マーラーのなかでも、「第9」は、次の第10があるにしても、行き着いたひとつの道標みたいなところがあって、演奏する側も、聴く側も、思いきり入れ込んで、特別な思いで迎える曲だと思う。
今回のチクルスで、聖響&神奈フィルは、その絆を深めるとともに、マーラーを通じて、お互いの共同作業たる音楽創造にひとつの成果をあげることに成功したのではないでしょうか。
指揮者は、オーケストラの美点を引きだし、オーケストラは指揮者の率直さをそのまま音にするといったシンプルだけど、もっとも大事な図式。
それは、われわれ聴衆も同じで、ずっと聴いてきて、無理をしてるとしか思えなかったピリオド奏法に困ったこともあったけれど、マーラーを聴き続けたいま、またこのコンビの古典やロマン派を確認してみたいと思っていたりする。
そんなひとつの到達点が見えたような「第9」でした。
そして、わたしは毎度ながら、感動で涙を止めようがなかった。
マーラーの第9の存在を知ったのは、古いもので、バーンスタインとニューヨークフィルが万博の年の真夏に、この見知らぬ曲を演奏してから。
小学生だったから、その演奏会を聴けるわけはなかったけれど、レコ芸で白の夏用スーツで演奏するこのコンビの写真をみたり、吉田秀和氏のブルックナーと対比した記事などを読むなどしていったいどんな音楽かと想像を巡らせていたものです。
以来、この曲はバーンスタインとは切ってもきれない存在になってしまい、後年、イスラエル・フィルとの演奏会でついにバーンスタインのマーラー第9に接し、とてつもない感銘を与えられることとなった。
それは、まるで、峻厳なユダヤ教の儀式に参列しているかのような呪縛感の強いものだった・・・・・。
それ以前もあとも、この曲は何度も聴いてきているが、聖響&神奈フィルの第9は、それらの中にあって、もっとも自分にとって身近に、そして優しくフレンドリーに微笑みかけてくれるような演奏だったのです。
みなさん、厳しい表情や熱のこもった表情で演奏していらっしゃるけれど、そこから立ち昇る音は、慣れ親しんだ神奈フィルのスリムで洗練された美音。
ここには情念や、死への観念などは弱めで、マーラーの書いた音符が次々に美音によって惜しげもなくホールを埋め尽くし、滔々と流れるのでありました。
踏み込みが足りない、表層的だなどというご意見はありましょうが、わたしは、こんな感覚のマーラーがあってもいいと思うし、音色の美しさにおいて、これはもう充分に個性的だと思うのだ。
だから、うなりむせぶような弦に身も心も投じたくなる終楽章は、明朗で透明感がまさり、波状的にむかえるクライマックスも冷静に音の美しさ、音楽の美しさのみに耳を澄ますことができた。
この終楽章は、ほんとうに素晴らしくって、石田コンマスのリードする神奈フィルの弦の能動的な存在感ある響きが全開で、感動で胸を熱くしながらの25分間でした。
ヴァイオリン群の変ハ音の引き延ばしの場面は、いつも夢中になって息を詰めてしまうのだけれど、ここではごく自然に、そのシーンをむかえ、淡々と美音が引き延ばされるのを見守ることができた。
何度も書きますが、ともかく美しい。
ホール入りしたときから、ははぁ、あれをやるなと思った、アバドの二番煎じの照明落とし。
ライブ録音が入っているので、拍手封じにも効果的だし、集中力がいやでも高まる仕掛け。
そして、マーラーの常套句「死に絶えるように」と記された最終場面は、文字通り消え入るように、後ろ髪引かれるように、静かになってゆく。
私は、これまでの自分のこと、そんなこんな、いろんなことが脳裏に浮かび、切なくなってきて、終わって欲しくない思いも抱きながら、涙があふれるにまかせ、音が消え入るのに集中した。
指揮者も奏者も動きを止め、永遠とも思える沈黙がそこに訪れたのです。
そこには、まだ次がある、この先も違う世界がある、とのマーラーの、そして演奏者たちの優しいメッセージがあるかのようでした・・・・・。
辛い毎日ですが、そんな希望の光をもらいました。
優しい歌に満ちた第1楽章。
その最終部分、コーダに至るまで、音楽の様相は、彼岸のあっちの世界に漂うようで、ソロの皆さんの精妙さに聴き入り、そこにウェーベルンの顔を思い浮かべることもできた。
聖響さんのリズム感の豊かさが光ったレントラー風の第2楽章。
ビオラソロも華奢だけど、全曲にわたっていい音色でした。
そして疾走感あふれるロンド・ブルレスケでは、どんな強奏でも音が混濁せず、見通しがよい。
マーラーシリーズで、大活躍のトランペット氏の柔らかな音色による中間部は、まるで一条の光が差し込むかのようでした。
今回の第9は、奏者個々云々というより、オーケストラ全体のまとまりのよさを強く感じた聴き方となりました。
1番を残しますが、聖響さんの適正もあり、このマーラー・チクルスは大成功ではなかったでしょうか。
10番と「大地の歌」、そして「千人」もいずれ取り上げて欲しい。
そして、またいずれ機会を得て、聖響&神奈フィルのマーラー特集を希望します。
在京では味わえない、神奈川発のユニークなマーラーなのですから。
コンサートのあと、「会員の集い」が行われました。
デュカのペリのファンファーレが奏され、会は始まりましたが、深遠なマーラーのあとでは、ちょっとぶち壊しの輝かしさ。
無音でよかったのでは・・・。
黒岩知事も登場され、応援メッセージを披露されました。
マーラーを聴くと、お腹が空いて、聴いてる間にお腹がなってしまう。
(ところで、わたしの後ろの席から、静かな場面で、ゴワッーーッという安からかオヤスミのお声が発せられましたが、ライブ録音大丈夫ですかねぇ(笑))
空腹で、発泡酒を2本もいただいちゃったものだから、ほろ酔いになりましたよ。
理事方からの話、聖響さんの話、副指揮者伊藤氏のポーランドのコンクール2位入賞の話、TVKの大盤振るまい、管楽アンサンブルなど、ほゎ~と聴いてすごしてしまいました。
それほどに、マーラーが忘れがたかったわけ。
本格アフターコンサートは、「驛の食卓」にご案内いただき、新作のおいしいビールなどを飲みまくり。
いつもお世話になってます、IANISさん にも参加いただき、楽しいひと時にございました。
ところで、ニューヨークフィルのサイトで、同団のアーカイブのひとつとして、バーンスタインの書きこみのある、マーラーの第9のスコアが全曲閲覧できます。(→こちら)
65年のライブ音源も併せて聴けます。
すごいもんです。
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コメント
親密な神奈川フィル・ファンの集いにお招きいただき、ありがとうございました。
いつもながらの神奈川フィルへの“熱い”思い、地元にオーケストラを持たない新潟のものとしては羨ましい限りですが(その分、TSOを贔屓にするのですけど)、金氏と神奈川フィルの今後の演奏成果を見守っていきたいと思います。
今後とも機会をとらえて神奈川フィルを聴きに参上しますので、これからもよろしくお願いします。
投稿: IANIS | 2011年5月29日 (日) 20時35分
おお、マーラー第九のライヴ!羨ましい~。。。
ワタシも最近ようやくこの曲に親しみ始め、毎晩聴いているところでして。早く実演に接したいな~と思っておるところです。
金さんとマーラーは相性いいですよね(ワタシが聴いたのは東響との2番だけですが)。すでに何枚かCD出てるようですが、全集としての発売も期待ですね(できればお安めに。。。^^;)。
投稿: 左党 | 2011年5月29日 (日) 22時04分
IANISさん、昨日はどうもお世話になりました。
神奈川フィルの自慢のマーラーを2度までもお聴きいただき、ありがとうございます。
郷里のオケという贔屓目もございますが、彼らのマーラーが今後ますます熟してゆくものと思うと、もっともっと取りあげて欲しいと思いますし、今後ともに、お聴きいただければと思います。
今後、ベートーヴェンとかも控えておりますが、期待と不安、相半ばで待ち受けたいと思います。
是非またお越しください。
投稿: yokochan | 2011年5月29日 (日) 22時53分
左党さん、こんばんは。
マーラー、ことに第9は、実演で聴くと、その素晴らしさもひとしおです。
もう何十回も体験しておりますが、金さんと神奈フィルの演奏は格別のものでした。
音源は、いまのところ2番のみです。
この第9もライブレコーディングされ、おそらく年内にはリリースされるものと思います。
神奈フィル会員は、マーラーチクルスのスタンプラリーで、すでに復活を手にいれましたし、第9もプレゼントされる見込みですよ(笑)。
いずれも、実に良き演奏でしたから、本当はライブ音源化して欲しいところです!
投稿: yokochan | 2011年5月29日 (日) 23時00分
yokochan様、こんにちは。
初めまして。
偶然検索でひっかかり、このブログを拝見しました。
私は音楽鑑賞初心者で、好きな曲や指揮者ばかりを追いかけているため、もっと視野を広げようと、最近知らないオケや曲も聴きに行くようになったばかりです。
金聖響氏を先日のラフォルジュルネで聴き、スマートな指揮にとても興味を持ちましたので、この9番の記事がとても参考になり、感謝しましたので、御礼を申し上げたく、コメントさせていただいております。
神奈川フィルも聴いたことが無いので、行ってみたいと思います。
私は30代女性ですが、周囲にクラシック音楽に詳しい友人が全く居ないため、行くべきコンサートが判別できず、いつも困っています。
港区在住のため、なかなか神奈川へ足を運ぶことはありませんが、パーヴォ・ヤルヴィとカンマーフィルが大好きで、みなとみらいホールの会員になっています。
今からyokochanさんのこのブログを一生懸命拝読し、少しずつ理解して参りたいです。アドバイスなど頂戴できたら、とても光栄です。
突然の長文コメント失礼いたしました。
素人鑑賞者の御礼をお読みいただき、ありがとうございました。
投稿: harp | 2011年5月31日 (火) 13時41分
harpさま、こんにちは。
コメントどうもありがとうございます。
拙い、ダラダラ記事の連続ですが、お読みいただき恐縮しております。
フォルジュネで、聖響さんが、ブルックナーを指揮したのは気になってました。
マーラーとともに、いまの指揮者は、人気作曲家ですから、その両方をレパートリーにしないといけないのですね。
わたしは、神奈川育ちですが、いまは千葉在、仕事は港区でして、旅するように横浜へ通っております。
昨日もそうでした。
神奈川フィルの次回定期(24日)は、前常任の現田さん指揮する、ラフマニノフとチャイコフスキーの5番です。きっと美演になるものと存じます。
平日の晩ですが、これはお勧めですよ!
ちなみに、いまでこそ、わたしは、名曲に飽き足らず、いろんな未知曲を聴くようになってますが、最初は同じようにお気に入りを徹底的に聴き、そこから、その演奏家の他の曲、その作曲家のほかの曲、という具合に深めてまいりました。
そして、同じ曲をいろんな演奏家で味わいたくなって、どんどん深みにはまっていったのでございました。
音楽のない生活はもはや考えにくく、厳しい毎日の癒しになっておりますね。
無理をなさらぬ範囲内で、ゆっくりと、その深みにハマっていかれることをお勧めいたします(笑)
どうぞ、よろしくお願いいたします。
投稿: yokochan | 2011年6月 1日 (水) 09時32分