イベール 「寄港地」 バレンボイム指揮
芝浦の運河の一部。
この先は行き止まりで、右は大企業さまが入るシーバンス。
左手は、ヤナセの本社。
明治初頭、このあたりは風光明美な海岸で、日本初の行政の手続きを経た海水浴場なそうな。
まったくもって、オフィス街とマンション、首都高、湾岸道路がごちゃごちゃと混在する今からしたら、信じられないことにございます。
そんな観光地的な場所だった芝浦には、かつて江戸の昔より旅館や料理屋、置屋などの色街もあったわけで、その名残はいまでも残ってますよ。
前にも書きましたが、ちょっとしたお散歩エリアなので、これからもいろいろ散策したいと思います。
イベール 組曲「寄港地」
ダニエル・バレンボイム指揮 パリ管弦楽団
(1974 @パリ)
若き日のバレンボイム。
オリジナルジャケットをネット上から拝借してます。
このジャケットでは発売されず、バレンボイムの横顔によるCBSソニーの日本盤でした。
「ダフニスとクロエ」「シャブリエのスペイン」「牧神の午後」「寄港地」といったフランスプログラムで、発売時、バレンボイム好きだったU先生も準推薦をいただいでました。
ほかの曲は再録してますが、イベールはバレンボイム唯一の録音ではないでしょうか。
ピアニストからスタートして、もともとフルトヴェングラーに私淑していたこともあり、さらにメータ、アバド、ズッカーマンなどとともに学びあった間柄で、指揮者志向は若い時からあったバレンボイム。
モーツァルトの弾き振りでイギリス室内管(ECO)を指揮し始め、同オケとの共演でレパートリーを広げていったが、フル・オーケストラを指揮し始めたごく初期に、日本にもECOとともにやってきて、同時にN響にも客演したのが、たしか1972年頃だったか・・・・。
力みかえり、ふんぞり返るような指揮ぶりでのチャイコフスキーの4番は、いまでもよく覚えてます。
そのバレンボイムが、シカゴの常連指揮者を努めつつ、ショルティの後任としてパリ管弦楽団の音楽監督になったのには当時、驚きで、CBSを皮切りに、EMI、DGと3つの楽団に、ピアニストの余芸だと思っていた駆け出し指揮者にとっての、驚きのレパートリーを次々に録音していったものです。
いまの超大家となった、髪の毛も退化したバレンボイムのことは、最近ではもうあまり聴かなくなってしまった(まして、スカラ座とは、なんてこった)。
わたしにとってのバレンボイムは、デビュー時からシカゴの初期まで。
あとは、ベルリンでの一連のワーグナーものだけ。
そんな古めかしい聴き手にとって、EMIとCBSはけしからんぐらいに難敵で、大量の廃盤攻勢。タワレコも、DGやPh、デッカのものばかり復刻してないで、あちらのお宝音源に手を付けて欲しいものだ。
ことにEMIは、まったくケシカラン。
それはともかく、イベールの「寄港地」。
こちらは、まさに地中海リゾート・ミュージック。
ジャック・イベール(1890~1962)は生粋のパリジャンで、当初は俳優志望でパリ音楽院に学んだが、中途から音楽へと転向し、そこから本格的な勉強を始めたという変わり種。というか、いかにもおフランスっぽい。
しかし、第1次大戦の勃発で、自身も陸軍士官として配属され、その時の地中海をめぐる戦旅などが、忘れがたい経験と思い出になって、帰国後、作曲家としてローマ大賞を得てのローマ留学時に、この組曲を作曲することとなった。
1.ローマ~パレルモ
2.チュニス~ネフタ
3.バレンシア
3つの地中海を巡る街と風物を、港を巡るように(寄港地)して標題音楽にしたもの。
①ローマを出発して、シチリア島のパレルモへ。
ヴェルディが、「シチリアの晩鐘」の中で、「おおパレルモ!」とその街を賛美するアリアを挿入した。
眩しい陽光が、旅の始まりに相応しく、ローマの朝の旅立ちからすでにエキゾティックムードを先取りし、やがて音楽はシチリア舞曲であるタラントゥラも奏で、金管のリズミカルなサウンドが心地よい。
物憂い夜は更けて行きます。
②船は、イタリアのシチリアの対岸、北アフリカはチュニジアのチュニスに到着。
青い海、青い空は同じなれど、一挙にイスラムムードに包まれ、アラビア~ン。
打楽器とオーボエの悩ましいメロディに、けだるく濃厚なベリーダンスを感じるのはいけませんか?
そして旅は、上陸後内陸部を目指し、砂漠を抜ける。
そのあと、急にスペインの地へワープ。
③旅は、スペインへ渡り、ヴァレンシアへ。
一挙に能天気な明るさと、憂いを含んだスパニッシュムードに。
高鳴るカスタネットと高まりゆ各楽器が、いやがうえでもスペインの街のお祭りムードを盛り上げてゆく。
行ってみたいぞ、地中海の旅。
ギリシアがないのが玉にキズ。
ラヴェルの筆致に近い、巧みなオーケストレーション。
しかし、いまひとつラヴェルのような華と精緻さに欠けるところが、ラヴェルになりきれなかったところ。
そして、もし、これがレスピーギだったら・・・・・、あらぬ妄想は止めようもありません。
バレンボイム君・30歳の髪の毛もじゃもじゃ時代の演奏は、早くも彼ならではの重心低め、重厚濃厚な解釈で、それをパリ管のなみいる名手たちがソロの場面で軽やかかつ味わい深く対応して、全体像を明るくしている感があります。
バレンボイムー&パリ管の面白さは、こんなところにあって、複雑な化学作用を音楽に及ぼして、単なるおフランス臭だけの浅い音楽と違うものを作り上げていたように思います。
ほかのラヴェルやドビュッシーも面白いです。
※旅の画像は、ネット上から拝借しております。
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コメント
イベールの寄港地、ステキです。バレンボイムにパリ管とか。ステキです。悲しいことに、この曲も最初に聴いたのは秋田県立花輪高校吹奏楽部の演奏だったりするんです。。。なんて不幸な私!
イベール、天才です。管弦楽法を学んでみるとイベールのような管楽器の使い方、打楽器の効果、弦楽器の色彩はどうしてもアイディアとして浮かばない。仮にマネをしてみても聞いている人の失笑をさそうだけの効果になります。イベールの寄港地。もうすこし管楽器を増やすとバランスが崩れる、そこにトライアングルを足すだけでもブチ壊しになってしまうデリケートでありながら完成度の高い管弦楽法なのです。実際に作曲や編曲をした経験のある人ならこの意味を理解してくれると思います。
ご紹介の演奏、聞いてみます。
さまよえる様のおっしゃる通り、シカゴ時代のバレンボイム!好きだったな-^^血湧き肉躍る演奏の数々!今でも元気がなくなったときにLPレコードで聞いています。
投稿: モナコ命 | 2013年7月20日 (土) 22時17分
モナコ命さん、こんばんは。
お返し遅くなりました。
イベールのこの曲は、どちらかといえば、かつて流行った曲で、いまは寂しい境遇かもですね。
そして、いつものように吹奏楽での演奏とのお話。
こんな曲を吹奏楽でやれるってとこが信じられません。
秋田は吹奏楽王国ですね。
花輪は、何度も行ったことがあります。
町の中心に道路にそって河が流れてますね。
きりたんぽや、がっこが食べたくなります。
今回、じっくりイベールを聴きましたが、おっしゃるようにこの人の管弦楽法はなかなか斬新でした。
その微妙さがまたラヴェルのような万人向きになりきれなかったところなのでしょうが、音楽に携わる方々には高次元と映るんですね。
わたしも、ミュンシュや佐渡っちの演奏なども確認しつつあらためて聴いてみたいです。
バレンボイム君は、この時代が一番好きです。
投稿: yokochan | 2013年7月22日 (月) 21時52分
yokochan様の仰せの通り、1970年代のダニー殿本当にイカしてました。レコーディング-アーティストとしては、お若いうちに最良の結晶を果たしてしまったと、言う事なのでしょうか。尤も後年のErato,Teldec,再びDGへの物でも、膨大な点数のアルバム中、未聴のディスクが膨大なので素晴らしい物も、在るかも知れませんが。
投稿: 覆面吾郎 | 2019年9月13日 (金) 10時49分
バレンボイムの膨大なレコーディング、いまEMI時代のものを聴くと、ほぼ完成の域に達してますよね。
出来不出来の幅は、今の方があるような気がしますので要注意です(笑)。
投稿: yokochan | 2019年9月16日 (月) 08時24分