ヴェルディ 「オテロ」 神奈川県民ホール・オペラシリーズ2015
久しぶりのオペラ観劇。
やっぱり、オペラはいい。
ドラマの展開と、音楽の進行に、どんどん自分が引き込まれてゆくのがわかる。
幕間に、ロビーに出て、同じ思いを多くの観客と共有できていることもわかる。
そして、上出来のほぼ完璧な舞台に、歌唱に、演奏だった。
ヴェルディの「オテロ」、3度目の観劇体験でした。
1度目は、はるか昔、今回と同じ二期会のプロデュース。
若杉弘さんの指揮で、日本人キャストに、日本語上演というものでした。
千両役者オテロの登場は、「よろこーーべ・・・・」でしたね。
2度目は、新国。ヴェネツィアの水辺を、リアルに水をはった鏡面的な美しい舞台で展開される悲劇は、タイトル・ロールのステファン・グールドの劇演でもってすさまじい体験でした。
そして、3度目は、今回。
なんといっても、絶賛応援、神奈川フィルがピットに入ることが、わたくしにとっての最大のアドバンテージ。
その神奈川フィルの、オペラにおける実力はこれまで、なんども体験してきて既知のものでしたが、さらに、今回は、実力派の日本人歌手たちの素晴らしい歌唱も加わり、身も震えるほどの感銘を受けました。
ヴェルディ 歌劇「オテロ」
オテロ:福井 敬 デスデモーナ:砂川 涼子
イヤーゴ:黒田 博 エミリーア:小林 由桂
カッシオ:清水 徹太郎 ロデリーゴ:二塚 直紀
ロドヴィーコ:斉木 健詞 モンターノ:松森 治
伝令 :的場 正剛
沼尻 竜典 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団
びわ湖ホール声楽アンサンブル
二期会合唱団
赤い靴スタジオ
合唱指揮:佐藤 宏
演出:粟國 淳
(2015.3.21@神奈川県民ホール)
シェイクスピアの原作も、ヴェルディのオペラも、とことん突き詰められた心理描写の人間ドラマを内包しているものだから、その演出にあたっては、無駄な解釈は不要。
演出: 粟國さんの演出は、新たな解釈はしていないけれど、そうした意味では、余計なことはまったくせずに、ともかく、オテロという男が、ひとりの女性を愛するあまりに、突き進んでゆく悲劇をまっすぐに捉えたシンプルなものでした。
それは、誰が観てもわかりやすく、幕の進行とともに、緊張感の増してゆくもので、最後には、幸福の絶頂の1幕の2重唱が、懐かしく思い起こされるという按配。
オテロが、息も絶え絶えに、デスデモーナに最後の口づけをしようとする場面。
口づけの主題が、オーケストラにあらわれるとき、わたくしは、儚くなって、涙が滲んできてしまった。
副官イヤーゴに翻弄され、すべてを失ってしまったオテロの孤独が、最後の最後に、愛を取り戻した瞬間が、自分の死であり、死でもって成就した愛は、まるで、トリスタン的なものを感じてしまいました。
ベットに横たわる二人だけに、スポットライトがあたり、まるで、レクイエムのように、浄化されたエンディングでした。
15世紀半ばのヴェネツィアの時代に忠実な衣装デザイン。
ちょっと殺伐とした荒々しい舞台装置は、島と海も感じました。
あと、舞台の中心には、8角形のステージがつねに据えられていたけど、ここで繰り広げられる愛憎のやりとりのうえで、とても効果的だと思いました。
こうした段差があったり、急階段を上り下りしたりと、昨今のオペラ歌手たちは、たいへんだな、とも感じたり。
歌手: 主役3人に人を得ました。
あんまり期待してなかったと言ったら怒られちゃいますが、福井さんのオテロが、実に素晴らしかった。
最初から最後まで、出ずっぱり、つねに強い声をはり出さなくてはならない難役を、スタミナ配分もしっかりとって、完璧な歌唱でした。
冒頭の「Esultate!」の力強い一声で、今日は、決まったな、と確信しました。
そして、疑心にとらわれ、最後の悲劇にむかって、徐々に正気を失っていくさまも、見事で、エキセントリックな一本調子にならずに、必然性があるかのような、ある意味冷静なる歌唱に思いました。日本人歌手ならではの、、丁寧なきめの細やかさともいえるかも。
さらに、すばらしかったのが砂川さんのデスデモーナ。
オテロに倒され、真横になって歌っても、その、まっすぐな声は、しっかり届く。
最後の、「柳の歌~アヴェ・マリア」では、その凛とした歌声が、まったくの不純物なく、こちらの耳に届きました。
堅実かつ、感動的な彼女の歌唱に、わたくしは、フレーニの歌声を思い起こしてしまった。
透明感ある、彼女のベルカント歌唱をわたくしは、初聴きでしたが、これから注目して聴きたいと存じます。
イヤーゴの黒田さん。声の威力は少し物足りませんが、邪悪さよりは、スタイリッシュで、頭脳犯的なクールなイヤーゴを歌いだしていたように思います。
オペラグラスで、ときおり拝見してましたが、その眼光や顔の表情ひとつに、細やかな演技が伴っていて、さすがと思わせました!
あと、わたくしのお気に入りのメゾ、小林さんのエミリーリア。
以前に、「ナクソスのアリアドネ」の作曲家を聴いて、その誠実な歌が好きになりました。
今回も献身的な歌と演技で、最後には、ついに、イヤーゴに抑えつけられていた思いを爆発させる強さも見せてくれました。
カッシオの清水さんの明るい声もよかったです。
オーケストラ:的確なる沼尻さんの指揮に、有機的なオーケストラ
ドイツのリューベック歌劇場での活動も評判のオペラ指揮者としての沼尻さん。
オーケストラをあおったりすることもなく、舞台の歌手たちが歌いやすいように、ある意味、穏健な棒さばきで、全体の流れを作り、その中にドラマを構築してゆくという感じ。
職人的なさばき方や、棒のテクニックがドイツで受けるのは、若杉さんを思わせるからかな。
不満はないけれど、もっと、音楽が熱くなってもよかった。
乗りきらないところや、聴衆が温まってなかったからか、最初の方は、ちょっと温度不足。
激する、オテロとイヤーゴの二重唱と、そのあとの激情的な後奏は、それこそ、もっと激しくやって欲しかった。
でも、3幕、4幕は、そんな自分の思いこみの不満も、まったくなくって、緊張感ある音楽造りに、魅せられるようになりました。
そんな指揮に、われらが神奈川フィルは、機敏に応えつつ、このところ痛感するようになった、オケ全体の有機的な存在としての響きを醸し出しています。
今回は、ピットのなかの、オペラのオーケストラとして、舞台の出来事、歌手たちの発する声とその背景に、たくみに反応して、ヴェルディの円熟の筆致を聴き手に味わわせてくれたように思います。
上からのぞいてましたから、その演奏ぶりも確認できましたよ。
1幕の愛の二重唱の前奏、門脇さんの素敵なソロを中心とする4人のチェロ、美音でした。
うごめく低弦のクリアーさ、炸裂する打楽器、そして歌心を持った、木管に、弦楽。
ヴェルディならではの、バンダもともなった金管のスリムな輝き。
ステージの神奈フィルも好きですが、オケピットのなかの神奈フィルも大好きであります。
好きなオペラのことだから、ついつい、長文になってしまいました。
来年のこのシリーズは、「さまよえるオランダ人」です。
そして、今年は、9月に「トゥーランドット」、12月に「金閣寺」があります。
楽しみ~
「オテロ」過去記事
「ヴィントガッセン&F=ディースカウ」
「メータ&メトロポリタン」
「フリッツァ、石井 @新国」
「クライバー&スカラ座」
ホールから見えた、大桟橋に停泊中の旅客船「飛鳥」。
3幕の途中あたりで、出港したようです。
あと、4幕、各幕終了ごとの20分の休憩は、ちょっと、流れが阻害されたかも・・・。
もちろん、舞台変換と、歌手の負担を考えたら、そうなのですが。
素晴らしいロケーションの県民ホール。
デッドな響きがふだんは辛いところですが、ピットに入ると、とても音がよく響きます。
今回は、3階のライト前方で、ここは上にひさしもなく、音が溶け合って上に届くから、とてもよいのです。
あとは、1階の出来るだけ前方かな。
ご参考まで・・・・
| 固定リンク
コメント
いきたかってんですが、なにぶん3月は2度も上京してしまいまして・・・。
砂川デスデモーナが観たかったんですよ、ファンなもんで。まあ、「トゥーランドット」はパスするとして-、えっ!「金閣寺」やるんですか!詳細な情報求む、です。
投稿: IANIS | 2015年3月23日 (月) 20時16分
IANISさん、まいど、こんちは。
そうでしたね、充実の観劇旅ですね。
そう、砂川さん、極めてステキでした。
声に後光がかかってました!
そして、もうチェック済みかもしれませんが、12月5,6に県民ホールですよ!
これは、必聴ですね。
投稿: yokochan | 2015年3月24日 (火) 21時01分
こんばんは。
私も砂川さんのファンなもんで行こうか
迷ったんですけど、実はヴェルディがあんまり
・・・なので今回はパスしてしまいました。
砂川さんってフレーニみたいですよね。
(砂川さんのほうが美人だけど)
どちらの方も生で聴いたのでホントにそう思います。
投稿: naoping | 2015年4月 4日 (土) 23時50分
naopingさん、こんにちは。
やっぱ、ヴェルディは、アレなんすね(笑)
しかし、ご推薦の砂川さん、とてもとても素晴らしかったです。
びわ湖で、マリエッタ歌ったんですね。
あの声で、マリエッタと思うと、ゾクゾクします。
羨ましいですね。
砂川さんの、今後のスケジュールは、次はロッシーニだそうですから、こちらも、わたくには厳しいです。
プッチーニやって欲しいですね。
投稿: yokochan | 2015年4月 6日 (月) 23時05分