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2017年10月25日 (水)

ブルックナー 交響曲第9番 バレンボイム指揮

Shibaura_1jpg

竹芝桟橋からの月島方面の眺望。

日の出の時間帯です。

東京の都心はビルだらけで、空が狭い。

けれども、海方面に行けば、こんなに素晴らしい空も眺めることができる。

東京は、日本各地の美しさにも劣らず、このように美しい街です。

Burckner_sym9_barenboim

  ブルックナー  交響曲第9番 ニ短調

    ダニエル・バレンボイム指揮 シカゴ交響楽団

         (1975.5 オーケストラ・ホール シカゴ)


かつては想像もつかないくらいに、ブルックナーとマーラー、それに続いてショスタコーヴィチの交響曲全集が録音されるようになった。
いったいいくつあるんだろう、的なレベルだ。

レコード時代だと何十枚もの組み物になって、何万円もしたものが、いまや数枚、数千円のCD時代の恩恵もあるが、なんといっても、これらのシンフォニーたちが、ベートーヴェンやブラームス並の人気曲になった証であろう。

そんなわけで、自分もそこそこ全集そろえてしまいます。

3回もブルックナーの全集を録音している指揮者は、これまで、バレンボイムをおいて、ほかにいない。
入手して数ヶ月、ようやく聴こうと思ってるベルリン・シュターツカペレとの全集のまえに、最初のシカゴ響とのものをあらためて全部そろえてみて聴いてみた。
ゼロ番から順番に。

何度も聴いてきたもの、今回、初聴きのものも含めて、このシカゴとの全集は、室内オーケストラから、フル・オーケストラを指揮するようになって、まだ間もなかった30代のバレンボイムが、アメリカの超ド級のオーケストラを前にして、少しも臆することなく、堂々と渡り合う姿が、ときに頼もしく、ときに青臭くも感じる、そんな演奏となっている。

ショルティのもと、黄金時代を築いていたシカゴ響は、DGとは、メディナテンプルを録音会場としたデッカより先に、本拠地のオーケストラ・ホールでの録音をバレンボイムとのブルックナーシリーズで開始した。
DG初レコーディングは、72年の「4番」ではなかったのではないかと記憶します。
その次が、75年の「9番」。
このあと、シカゴ響は、アバドやジュリーニとも、76年からマーラーを中心に、怒涛の名録音を残していくことになります。
ちなみに、ジュリーニのこれまた名盤、シカゴとのブルックナー9番は、76年12月の録音であります。

 さて、通して聴いた、バレンボイム&シカゴのブルックナー。
特に、気に入った演奏は、レコード時代から聴きなじんだ4番、それと剛毅な5番、美しい6番、最近食傷気味だったのに、とても新鮮だった7番、若気の至り的に思ったけど、大胆な8番、そして堂々たる9番でありました。

そんななかから「9番」を記事にしてみました。

演奏時間61分、前のめりになることなく、いや、むしろ老成感すら漂わせる風格。
ときおり、若い頃のバレンボイムの力こぶの入った指揮ぶりを思い起こさせるところもある。(初めてバレンボイムの指揮をテレビで見たのが73年の、N響への客演で、実際に拳を握りしめて突き出すような指揮ぶりだった)
 しかし、そんな力の入れ具合が、完璧なアンサンブルと、絶叫感のないシカゴ響が見事に吸収して、堂々たる風格へと全体の雰囲気を作り上げているように思える。
テンポのとり方、間合いも泰然としたものに感じる。

孤高な感じと、スタイリッシュなカッコよさすら感じる1楽章には痺れました。
スケルツォ楽章では、シカゴのパワー全開な一方、デモーニッシュな吃驚感も導き出し、恐ろしい30代と思わせる。
諦念と、抒情、崇高さの相まみえる難しいアダージョ楽章も、若さの片鱗すら感じさせない熟した響きだ。
しかし、全編、ともかくシカゴはうまい。
特にブラスの輝きとパワー。

このレコードが出たとき、レコ芸の批評で、大木正興さんが、「端倪すべからざる演奏」としていたことが、今もって記憶される。
この言葉自体が、その後もバレンボイムの推し量ることのできない才能をあらわすものとして、自分の中には刻まれることとなったが、演奏のムラも一方で多い、この複雑な才人に対する言葉としても、言い得ているようにも思う。

このブル9あたり以降、バレンボイムはトリスタンを手始めに、ワーグナーに傾倒していくことになりますが、そんな気配もこの演奏には感じ取れることができます。
いいときのバレンボイムは、ほんとうに凄い。
2007年のベルリンとの来演のトリスタンがそうです。

さて、シュターツカペレ・ベルリンとの全集の前に、ベルリンフィルとの全集を手当てしようかな・・・悩み中

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コメント

トーキョー うつくしいねぇ
こちらのおんぼろ事務所
あれよあれよと勃起ビル周りにおったちやがって
ナンジャラホイだわなで
音楽堂の真ん前の勃起したランドマーク周辺勃起コンクリ
ありゃねぇ バルタン星人に見えるわな
お世話になった品川のちっちぇ会社 やっと自社ビル建てたかと思うとドタマのいい野郎共が再開発やりやがってつぶされて移転されてのふ いつまで勃起コンクリ建てるんだのふ
規制緩和 昭和の末あたりから劇的にユルフンになったのふ ビックラしておるまする 国会議事堂の写真みると左どなりに最近は勃起ビルがコンニチワしとるのみますがのふ

投稿: 辛抱 | 2017年10月26日 (木) 21時58分

まー、朝はあちらから太陽でまんな
しかし、あちらは海側だから勃起ビルぶったてて、それもおジャンかもな 海側でない方は勃起マンションで昼の日当たりが影響ありまんな 冬は困るねぇ
勃起するまえは下町ふうだったがのふ 
ま、下町庶民は貧しいからのふ 渡りに船なんでしょうな
国民年金ボロ安でありますしな・・・・

投稿: 真坊 | 2017年10月26日 (木) 22時07分

というわけで、海側からくる朝日
日の出前後にブラインド明けて
晴れた日は、その朝日で読書しますな
雨の日は少しお寝坊でごさいます

投稿: 真坊 | 2017年10月26日 (木) 22時13分

真坊さん、こんにちは。
どのようにご返信していいものやら悩みますが、わたくしめも、日々葛藤の苦日の数々ですよ。
音楽を楽しめている自分が申し訳なくも思いますが、古めの音源なんかも、掘り出したいと思っておりますので。

投稿: yokochan | 2017年10月29日 (日) 13時20分

古めの音源
うーん、もうお耳だめかのふといふときに
ネットで戦前のビーチャムのモーツァルト交響曲ききましたが ビックリしましたな グッドグッドの2重丸

AIはかなり胡散臭い代物なんだが
お遊びの方面はかなり魅力的ですな
サーカスとパン というわけですのふ
ハアア 困ったモンだ

投稿: 真坊 | 2017年11月17日 (金) 21時33分

真坊 さん、こんにちは。
ビーチャムのモーツァルトですか!
まったく眼中になかったのですが、ハイドンとともにアーカイブ化されてますね。そして、上々の評価です。
英国系のモーツァルトはいずれも好きなので、試してみます。

投稿: yokochan | 2017年11月18日 (土) 16時24分

確かにバレンボイム、民族の血を同じくするマーラーの交響曲には、CSOとの『大地の歌』くらいで、及び腰ですね。歌曲はF-D様へのピアノ伴奏での録音で、殆どやり尽くしておられましたが‥。DG原盤の最初のブルックナー交響曲全集、何とか時間都合つけて、聴き切ってみたいです。

投稿: 覆面吾郎 | 2019年10月 8日 (火) 10時40分

バレンボイムのマーラーは、大地の歌と、第5,7,9番がありますが、大地以外は聴いたことがありませんし、今後も聴かないかもしれません。
どこかマーラーとか、後期ロマン派とは遠い存在のような気がします。
心にあるのは、フルトヴェングラーですかね。
シカゴとのブルックナーは、ベルリンフィルとのものよりよくて、曲によっては、シュターツカペレよりもいいです!

投稿: yokochan | 2019年10月 9日 (水) 08時52分

あっ、とんだ事実誤認でありました。CSOとの『第5』とベルリン-シュターツカペレとの『第7』&『第9』が、ございましたね。歌曲伴奏者として立派なマーラー解釈者であらせられるのに、メインのシンフォニーには何処か及び腰‥との先入観からの粗忽な過ちと、笑い飛ばして下さいね。

投稿: 覆面吾郎 | 2019年10月10日 (木) 15時26分

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