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2021年5月 1日 (土)

チャイコフスキー 後期交響曲 カラヤン指揮

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今年の春は、桜も早かったけど、追いかけるようにツツジも早くて、双方同時に楽しめました。

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4月最初の頃の吾妻山。

色彩鮮やかな一番いい季節です。

思い切った企画で、いくつも録音のあるカラヤンのチャイコフスキーの交響曲をベルリン・フィルに絞って聴いてみましたの巻。

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  チャイコフスキー 交響曲第4番 へ短調 op.36

      (1966.10 @イエス・キリスト教会)

           交響曲第5番 ホ短調 op.64

                  (1965.9.22,11.8 @イエス・キリスト教会)

           交響曲第6番 ロ短調 「悲愴」 op.74

      (1964.2.11~12  @イエス・キリスト教会)

だいたい5年ぐらいの間隔で、カラヤンはチャイコフスキーの後期3つの交響曲を録音し続けました。
最後は、8年ぐらいの間をあけて、ウィーンフィルと。
晩年はベルリンフィルとの関係に隙間風も吹き、ウィーンとのつながりの方を求めるようになったカラヤン。
ほんとなら、いっそ、最後もベルリンフィルでやって欲しかった。
ウィーン盤は聴いたことがないので、ほかの録音もありますが、3回のベルリンフィルとの演奏を全部聴いてみました。

カラヤン56~58歳の気力充実期の録音。
DG専属として、次々と精力的にそのレパートリーの録音を本格化していた60年代。
データを見ると1年置きに録音。
次のEMI録音は一気に、3度目は1年ぐらいの間で。
当然に、演奏会でも取り上げて練り上げての録音なので、こちらのDG1回目では、チャイコフスキーのオーケストラ作品も同時期に隣接するようにして色々取り上げてます。

もう何度も何度も書いてますが、こちらの5番は、わたくしのチャイコフスキーの5番のすりこみかつ、いちばん好きな演奏のひとつ。
今回、3曲を連続して聴いてみて、やはりこの5番が一番耳になじむ。
しかも久しぶりの5番、カラヤンの若々しさと、流麗さを伴った語り口のうまさに感嘆した。
3つの中では一番古い6番は、このとき、カラヤンとしては4度目の録音だった。
完璧な仕上がりで、細部まで実によく練り上げられているし、ここでも惚れ惚れとするくらいの歌い口でニクイほど。
4番は、力感あふれるダイナミックな印象。
これでもか、とばかりにベルリンフィルの威力を示すが、ちょっとハズしたりしたとこも感じたけどいかに。
この4番の録音は、67年のザルツブルクでの「リング」が「ワルキューレ」で開始される前年で、音楽祭でちょうど発売が間に合うようにその録音がなされていた時期と重なる。
ベルリンフィルがオペラのオーケストラとしても活動開始したときなので、そんなことも思いながら聴いた4番でありました。
 イエス・キリスト教会の響きもDGらしい、豊かな響きをとらえた美しい録音ですが、ちょっと古さも感じたのも事実。
プロデューサー陣に、オットー・ゲルデスやギュンター・ヘルマンスの名前も確認できるのもこの時期ならでは。

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  チャイコフスキー 交響曲第4番 へ短調 op.36

           交響曲第5番 ホ短調 op.64

           交響曲第6番 ロ短調 「悲愴」 op.74

      (1971.9.16~21  @イエス・キリスト教会)

ファンのなかでは、この一挙に録音されたEMI盤の評価が高い。
たしかに、3曲に通じる燃焼度の高さと、勢いは、尋常でなく感じます。
70年代になって、EMIへの録音も復活させたカラヤン。
EMIにはオペラとか本格的な音楽を、DGには少しポピュラーな音楽を、それぞれに振り分けながら録音していく方向のなかのひとつ、3枚組のこの演奏のレコードだった。
レコードアカデミー賞も取ったはずだ。
 しかし、よく言われるように録音が悪い。
DG1回目の方がずっといい。
音が遠くと近くとでで鳴っているように感じ、なんたって強音で混濁するのには閉口だ。
カラヤンのEMI録音が、レコード時代に2枚組3000円で廉価化されたとき、確か大学の生協で買ったと思うが、私は、ワーグナー管弦楽曲集のものと、英雄の生涯とドン・キホーテの2組を購入した。
そのとき、友人は、このチャイコフスキーとブルックナーを買い求めたと記憶するが、お前の選択の方が正しかったというようなことを言ってたと記憶します。
それは、この音のことだったのかもしらん。
5番だけはFM放送のエアチェックを持っていたけど、とりわけ4番がよろしくない。
なんでも、当時流行ったSQ4チャンネルシステムでの録音だったとかで、さらには4番のマスターが損傷しているとか。
 しかし、そんな悪条件を乗り越えてここに聴くカラヤンとベルリンフィルの気迫の演奏はライブ感すら感じるエネルギッシュなもの。
CDとして、ディスキーから発売された5、6番、国内盤で単独に4番を購入。
4番の1楽章と4楽章のラストは、馬鹿らしくなるほどに、あっけらかんとした壮大無比ぶりで、なにもそこまで・・・と思うくらい。
でも正直、ここまで真剣にやっちゃうカラヤンとベルリンフィルに清々しささえ感じちゃう。
 お得意のテヌートがけが引き立つ5番は、DG盤よりも堂々としていて、いくぶん即興性も感じるし、2楽章なんて恥ずかしくなるくらいに連綿として甘い。
記憶にあるエアチェックテープの方が晴れやかで、音もよかったと感じるのは不思議で、CDになって音が悪くなった稀な例なのかもしらん。
威圧的なまでに鳴るティンパニとギラギラのトランペットが妙に分離よく聴こえるフィナーレは、これはこれで面白いが、ちょっと疲れる。
 疲れるというか、あきれるというか、唖然としてしまうのは、6番の3楽章。
ともかく速い、一糸乱れぬ鉄壁のアンサンブルを、見てみろと言わんばかり。
その強烈な対比が、強弱のレンジを極端に幅広くとった終楽章で見せてくれるところが、これまたニクイ。
 ということで、EMI盤は、カラヤンの個性を恥も外聞もなく堪能できる演奏なのでありました。
これより前のブルックナーとか、数か月後のトリスタンとか、こんなに音は悪くないのに。

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  チャイコフスキー 交響曲第4番 へ短調 op.36

      (1976.12.9~10 @フィルハーモニー、ベルリン)

           交響曲第5番 ホ短調 op.64

                  (1975.10.22 @フィルハーモニー、ベルリン)

           交響曲第6番 ロ短調 「悲愴」 op.74

      (1976.5.5~7  @フィルハーモニー、ベルリン)

カラヤンとベルリンフィルは、録音会場をイエス・キリスト教会から本拠地のフィルハーモニーザールに移したのは、1973年からで、確かEMIでの「オテロ」であったはず。
DGもフィルハーモニーに移し、ロ短調ミサあたりから。
そこで、かつての録音を次々と再録音を開始する。
チャイコフスキーは、75年と76年の短期間で録音するが、それより前、73年にはカラヤンが主役の演奏映画を残していて、そちらにも通じる演奏かもしれない。(NHKで放送されたものを観てます)
 なんたって、バリっとした録音がこちらはよろしい。ようやく安心できる。
気力充実、よく歌い、テンポも堂々と歩む4番、でも最後はやっぱかっこよすぎる終楽章に唖然。
フィルハーモニーの響きは明るく、ベルリンフィルの音が燦然と輝かしいので、この4番には陰りは少なめだけど、オーケストラを聴く楽しみを充分に与えてくれる。
5番は、おなじみの若々しかった65年盤とは違った意味で、新鮮で、それはホールの音色にもあると思うが、この時期には、カラヤンはベルリンフィルとほぼ一体化していたのではないかと思っている。
映像で見ても、カラヤンの指揮の意のままに、屈強のベルリンフィルがまるで高性能軍団として、ひとつの楽器のようになって見えたものだ。
それと同じ感覚で、カラヤンの奏でる大きな楽器によるチャイコフスキーと感じた5番。
蠱惑的な旋律の歌わせ方で、6番は悲愴なんだ、チャイコフスキーは胸かきむしって浪漫の限りを尽くしたメロディーを書いたんだ、と実感できる1楽章からして、ともかくウマいもんだ。
pが6つの最弱音からのフォルティシモ、カラヤンとベルリンフィルの面目躍如のシーンでありました。
終楽章では、ティンパニを強調し大仰すぎるくらいに悲劇性を醸し出すが、これもまた「悲愴」なのであることを思い起こさせる。

ベートーヴェンの再録音や、ブルックナー、ローエングリンなどを続々と録音していた時期です。
アナログ期のカラヤンのピークの時代かもしれません。

こうして3曲×3を聴いてみて、カラヤンはほんと正直で、自分のやりたいことに真っ直ぐだったことがいまさらながらわかりました。
そして、ベルリンフィルを自分と一体化してしまう経過を10年間の録音のなかにまざまざと感じた。
根っからのオペラ指揮者だからこそできた、思い切りチャイコフスキーに耽溺してしまわせる手口。
ほんと、まいりました。

でもね、ちょっと疲れました。
2日間で、聴きまくった3曲×3=カラヤン
しばらくいいです。
しかしきっと、65年ものの5番は、またすぐに聴くことでしょう。
3曲のなかで、音楽としても、演奏としても、あらためていちばん好きになりました、5番の2楽章。
いい音楽だ。

Azumayama-020

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