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2021年11月23日 (火)

ハイテインクを偲んで ⑥ オペラ

Gryndebourne-2

グラインドボーン音楽祭のTOPは、このように美しい追悼ページになりました。

ハイティンクは、ロンドンフィルの首席指揮者だったので、おのずとグライドボーンのピットにも入るようになりました。
初登場は、1972年で、「後宮からの誘拐」で、以来毎年指揮するようになり、1978年には音楽監督となり88年までの任期をつとめました。
アーカイブを調べてみたら、1972年から1994年まで、20のオペラを指揮してます。
古い順に、「後宮、魔笛、レイクス・プログレス、ペレアスとメリザンド、ドン・ジョヴァンニ、コジ・ファン・トウッテ、フィデリオ、ばらの騎士、真夏の夜の夢、3つのオレンジの恋、イドメネオ、フィガロの結婚、アラベラ、カルメン、アルバート・ヘリング、シモン・ボッカネグラ、椿姫、カプリッチョ、ファルスタッフ」
これらのなかで、録音や映像作品で残されたものの多数あります。

グラインドボーンで上演し、同じ夏にPlomsでもコンサート形式で取り上げる。
このようにして、コンサートばかり指揮していたハイティンクは、一気にオペラのレパートリーを拡充することとなりました。
実績を積みつつあったハイティンクは、1977年には、コヴェントガーデン・ロイヤルオペラハウスにも登場します。

この1977年には、KBEを拝命しました。

Haitink-roh-1

コヴェントガーデン、ロイヤル・オペラ・ハウスの追悼SNS。

1987年まで、コリン・デイヴィスが16年の長きにわたり音楽監督を務めたロイヤル・オペラは、後任探しに躍起になっていた頃、待てよ、近くにいるじゃないか、マエストロが!、ということでハイティンクに白羽の矢が立って即就任。
1987~2002年の15年間の音楽監督としての任期。
その前も1977年から通算で27のオペラを指揮しました。
2002年、退任時にはCH勲章(コンパニオン・オブ・オーナー)を受勲。

ROHのアーカイブを調べてみたら、ちょっと驚きの演目もあるし、バレエも指揮してました。
77年の「ドン・ジョヴァンニ、ローエングリン、仮面舞踏会、ドン・カルロ、ピーター・グライムズ、アラベラ、ばらの騎士、フィガロの結婚、パルジファル、ラインの黄金、トロヴァトーレ、ワルキューレ、イーゴリ公、ジークフリート、神々の黄昏、影のない女、利口な女狐の物語、ニュルンベルクのマイスタージンガー、カーチャカヴァノヴァ、シモン・ボッカネグラ、真夏の結婚(ティペット)、修道院での婚約(プロコフィエフ)、ファルスタッフ、トリスタンとイゾルデ、スペードの女王、イエヌーファ」
バレエとしては、ストラヴィンスキー3大バレエ、ロミオとジュリエット
あと、ヴェルディのレクイエム、戦争レクイエム

モーツァルトが主体だったグライドボーンから、ROHに移ってからは、ワーグナーやシュトラウス、ヴェルディを広く取り上げるようになり、重要なレパートリーとしていきました。
リングは個別に、年度ごとにとりあげ、その後、リングサイクルを3度やってます。
ワーグナーでは、タンホイザーを指揮してないのが面白いところ。

ハイティンクは、ロイヤル・オペラでの活動で、「オペラもコンサートもこなせる指揮者という、私の理想としてきた音楽家の姿にやっと到達できたと思います。」と発言してます。

①モーツァルト

Mozart-haitink

伝統あるグライドボーンのブリテッシュモーツァルトを引き継いだハイティンク。
ドン・ジョヴァンニ(1984)、フィガロとコジ(1987)、魔笛(1981)の4作のほかに、イドメネオも映像ではありますが、正規録音はされませんでした。
魔笛はバイエルンで、ダ・ポンテ三部作はロンドン・フィル。
グライドボーンでは、魔笛を3年ほど取り上げてますが、コヴェントガーデンでは指揮してません。
魔笛は録音の前後に集中して上演してます。
オケの魅力、ドリームキャストということも手伝って、ハイティンクのモーツァルトといえば、魔笛ということになってます。
ふくよか音楽造りが、ここではよくマッチしてるし、清潔感あふれる魔笛です。

しかし、ほんとうはダ・ポンテ三部作の方が素晴らしいと思ったりもしてます。
端正にすぎる音楽づくりが、面白みに欠け、愉悦感がないとの指摘もたしかにありますが、そこにこそ、ハイティンクの生真面目さがあっていいんだと思うのです。
モーツァルトの描いた人間ドラマがこうした静かな、あまり多くを語らない演奏から浮かび上がって来る。
歌手も含めてドン・ジョヴァンニが一番優れている。
ザルツブルクでは、ベルリンフィルやウィーンフィルとも、モーツァルトのオペラを指揮しているので、それらの音源化も期待したいところ。

②ワーグナー

Ring-haitink

ハイティンクの初ワーグナー指揮は、1977年のコヴェントガーデンにおける「ローエングリン」で、タイトルロールはルネ・コロです。
そして、パルジファル、リング、マイスタージンガー、トリスタンと順次取り上げましたが、オランダ人とタンホイザーは、そのアーカイブには見つかりませんでした。
タンホイザーは、バイエルンで録音しているので、オランダ人以外はすべて指揮していたことになります。
コンセルトヘボウのアーカイブで調べてもオランダ人は序曲のみ。
オランダ人であるハイティンクが、世界を股にかけて活躍していながら、さまよえるオランダ人を指揮しなかった、というのもなんやら意味深ではあります。

録音として残された最大の成果は、バイエルン放送響とのリングでしょう。
先の、オーケストラもオペラもこなせる指揮者、という発言は、コヴェントガーデンでもリングを通し上演し、ミュンヘンでも黄昏の録音を終えた頃のものですので、やはりリングの演奏を成し遂げたということは、大きな最後の一歩だったということがわかります。

ハイティンクは、こうも言ってます。
録音したリングは、全部通して聴いて欲しいと。
そう、4作のうち、どれが優れているか、あそこがいまいちとかでなく、4部作通して、ひとつの巨大な作品として聴くことにハイティンクのリングの意義があると思います。
ストーリーテーラ的なドラマ重視の演奏ではありません。
レヴァインのようにライトモティーフをそれらしくシネマチックの引き立てる演奏でもない、ベームのような劇場の熱気を感じさせるような演奏でもない、大歌手時代の巨大な録音芸術であるショルテイの壮大な演奏でもありませんし、ましてブーレーズの知的で青白いけど熱い演奏でもない・・・
緻密で室内楽的なカラヤンともちょっと違うが、でもカラヤンの目指したものにも近いかもしれない。
 ハイティンクのリングは、4部作をひとつの作品として大づかみにして、4作を個々の関連性をもとに解釈し、ワーグナーの音楽を徹底的に忠実に、完璧に磨き上げ再現することを目指したものと思う。
その完璧さは、面白くなさもはらんでますが、ドラマテックな演奏なら他にもたくさんある。

ワーグナーの刺激的でない演奏の仕方で、全体音色の暖かさあり、こうして磨きあげられた音はともかく美しい。
高性能だが常に有機的な響きを失わないオーケストラがあってこそ引き出せたものだと思う。
変な言い方だが、ブルックナーやマーラーの長大な作品を念入りに演奏するのと同じようにリングを指揮した感じだ。
 デッカの向こうをはって、レーベルとしての威信をかけたEMIのプロジェクト。
ミュンヘンの録音スタッフを使ったことが功を奏し、録音も素晴らしいが、効果音までデッカの真似をすべきでなかったとも思う。
黄昏の録音の様子をハイティンクがインタビューで語るのを読んだことがあるが、まるまる3週間、ミュンヘンにとどまりオケ、歌手ともども、ほかの用事に駆り出されることもなく集中できたらしい。
同じオケ、歌手、スタッフでやることができて、4作品のお互いの連鎖がしっかり伝えることができた、とも語ってました。

久方ぶりに、通しで聴きましたが、流れのなかで歌手の凸凹も目だってしまうことも。
以前は気にならなかったけど、エヴァ・マルトンのブリュンヒルデをずっと聴くことが辛かった・・・・

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ハイティンクのワーグナーの正規盤は、タンホイザー@BRSO(85)、マイスタージンガー@ROH(97)、パルジファル@チューリヒ(07)の3作。
それこそシンフォニックなスタジオ録音のタンホイザーは、リングと同質の演奏だと思うけど、上演のライブであるマイスタージンガーとパルジファルは、劇場空間において、ハイティンクが感興にあふれた自在な指揮を行うこともわかる秀逸な演奏。
マイスタージンガーでは、後半に向かうにつれ、音楽が熱くなり、聴衆の興奮も極度に高まってます。
パルジファルでは、淡々としたなかにも、誠実な音楽造りが深遠な音楽へと結びついていて感動的。
両作品とも、コヴェントガーデンで何度も取り上げてます。
さらにロイヤルオペラを2002年のトリスタンを最期に、退任後はオペラはもう指揮しないかも・・・とされながら、2007年に、再登場してパルジファルを指揮して、さらに同年のチューリヒでの同作の上演となりました。
さらに、同年には、パリでペレアスも上演してます。
パルジファルとペレアスを2007年に取り上げたハイティンク、作品の本質をも見抜いていたと思います。

コヴェントガーデンのアーカイブには、ローエングリンとかトリスタンはないものだろうか・・・・

③R・シュトラウス

Strauss-haitink

R・シュトラウスのオペラは、正規では、ダフネ@BRSO(82)、アラベラ@グラインドボーン(84)、ばらの騎士@SKD(90)の3作。
シュトラウスのオーケストラ作品の指揮を極めたハイティンクは、オペラでもシュトラウスを取り上げました。

ハイティンクの指揮したシュトラウスは、これら3作のほか、「影のない女」と「カプリッチョ」があります。
こうしてみてみると、サロメとエレクトラは指揮しておりませんで、刺激的な作品でなく、品格あふれる作品を好んで取り上げたことがわかります。
透明感あふれる地中海サウンドには、ちょっと重心の低い演奏のダフネだけれど、明るい機能的なオーケストラをえて、充実しきったシュトラウスの緻密な筆致と美しさをしっかり確認させてくれる演奏。

カプリッチョも聴いてみたい。
「影のない女」ROH(92)は、海外ネット配信を録音することができた。
歌手も粒そろいで、ハイティンク向きの魔笛のような御伽噺的なオペラだけに、スケール豊かに、そして愛情たっぷりに聴かせてくれる。
ここでもライブゆえに、後半に向かうほど、音楽は熱くなり、最期の皇后のシーンは極めて感動的。

④ブリテン

Brittenhaitink

グラインドボーンの指揮者を務めると、ブリテンのオペラもおのずと指揮することになります。
ハイティンクのブリテンもいずれも素晴らしかったし、清潔な音楽の作り方がブリテンの知的な作品にもぴったりだった。

真夏の夜の夢@グラインドボーン(81)、アルバート・ヘリング@グラインドボーン(85)、ピーター・グライムズ@ROH(92)の3作。
ほかのオペラは指揮していないようです。
3つとも作品ともに大好きなのですが、なかでも真夏の夜は、ピーター・ホールの描いたシェイクスピア的な世界に、ハイティンクの生真面目な音楽造りがとてもマッチしていて、ユーモアよりも幽玄さを感じさせる点でも、作品の幻想的な側面をよく捉えていて秀逸だと思います。
上質な笑いと皮肉の世界を描いたアルバート・ヘリング、シリアスな内容をシンフォニックに捉え、充実の間奏曲でもってつむいだピーター・グライムズ。

ブリテン以外にも、ハイティンクは近代オペラをかなり指揮してます。
ヤナーチェク、ストラヴィンスキー、プロコフィエフ、ティペットなどなど。
もっと聴いてみたいですね。

⑤ヴェルディ

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ヴェルディも生真面目なハイティンク向きのオペラだったと思います。
ただ、正規には、ファルスタッフ‘@グラインドボーン、ROH(88,99)、ドン・カルロ@ROH(85、96)の2作品のみ。
わたしは、ファルスタッフは未視聴で、ドン・カルロのCDのみ。
85年の映像作品は、何故か偶然、ジュネーヴのホテルのテレビで見ました。
ふたつのドン・カルロは、いずれも5幕版によるもので、情熱的な歌は少なめなれど、気品あふれる上質な音楽造りは安心して聴けるもの。
でも、ワーグナーとヴェルディは違う。
ここで、こうもっと・・・と思うシーンもある。
しかし、そこがまたハイティンクらしいところ、弦を中心に、低音をベースにした音たちの重なり合うオーケストラの充実ぶりがヴェルディにおいて味わえるのも楽しいものです。
歌手たちにイタリア系の人がいないのも、このドン・カルロをユニークなものにしてます。

まだ聴いてない、ファルスタッフを今後視聴する楽しみがある。
ハイティンクの指揮したヴェルディは、レクイエム、トロヴァトーレ、椿姫、シモン・ボッカネグラ、仮面舞踏会。
なかでも、シモンは録音したがっていたようです。

ハイティンクのイタリア・オペラ、ロッシーニは自分には合わないとしてましたし、ほかのベルカント系は取りあげなかぅた。
プッチーニも指揮することのなかったハイティンクですが、とても好きな作曲家だし、蝶々夫人だけは取り上げてみたいと発言しておりました。

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オペラのハイティンク、高評価を得ることが少なかったですが、残された音源たちは、丁寧に作られた音楽優先の聞き飽きない演奏ばかり。
まだ聴いてないものもありますが、今後も折りに触れ聴いていきたいものです。

1ヶ月も続けたハイティンクの追悼特集。
このへんで終わりにしたいと思います。

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コンセルトヘボウには半旗とハイティンク追悼の幕。

わたしには、やはりハイティンクはコンセルトヘボウ。
コンセルトヘボウは、ハイティンクであります。

真摯な音楽家だったハイティンク、どんなに巨匠として尊敬されても、最期まで謙虚な音楽づくりに徹した芸術家でした。

あらためまして、ありがとうハイティンクさん。
その魂が永遠に安らかならんこと、お祈りいたします。

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コメント

ハイティンクの業績を振り返ったyokochanさんのblog記事も最後になりましたね。
ハイティンクのオペラ、ほぼ全部持ってました。持ってなかったのは「マイスタージンガー」のみ。現在、入手できない状況。yokochanさんが以前upしていた時購入していたならと悔やまれます。
確かに、オペラ的…というよりカラヤンの如くシンフォニックな風情があり(同じ頃に録音され始めていたムーティのダ・ポンテ三部作の録音と聴き比べすると一目瞭然)、でもカラヤン程に壮大で豪奢なものになっていない、そのオペラの音楽の純粋な美質が自然と理解できる-その点がとても好ましいものと思えます。
そのうえで、初期オペラ録音より、後年になればなるほど、「オペラ」としか言いようのない流動性と劇性が増してくるのです。
やはりハイティンクは名匠であった。
交響曲や管弦楽曲、協奏曲、そしてオペラの録音すべてにわたって彼ほどレベルの高い仕事をなした人は、カラヤンを除いて他にはいない、そう考えます。

PS それにしても、yokochanさんの追悼記事のおかげで、一カ月の間、ハイティンクのまだまだ持っていなかったCDを買い漁りましたよ。

投稿: ianis | 2021年11月24日 (水) 22時50分

ianisさん、まいどです。
亡くなってからでないと、こうしてひとりの芸術家を俯瞰して、その足跡を振り返ることができない自分に、なんやら哀しみも感じますが、ともかく1か月かかるほどに、ハイテインクのその業績は偉大でした。
ご指摘のとおり、ロンドン時代から、コヴェントガーデンへと、オペラの指揮も長足の進歩を遂げました。

コヴェントガーデンの音源アーカイブ、再発が望まれますね。
あとは、あれば、ローエングリンとトリスタン、プロコフィエフなども!
わたしも、まだ未取得のロンドン響とのCDをぼちぼちと手にいれようかと計画しております。

投稿: yokochan | 2021年11月26日 (金) 09時01分

ハイティンクのオペラ録音の代表盤は、やはりリングでしょうか。同じ頃に同じヴォータンで録音されたレヴァインと並べて聴きましたが、ワタシにはどちらもジークフリートが?でした。ハイティンク盤のジークリンデは当初ベーレンスの起用が予定されていたそうで、実現していたらEMIの兄妹がDGでは甥伯母というヤヤこしい具合になっていたかも。
R・シュトラウスではサロメ、エレクトラ、それに何といっても影のない女が録音されなかったのはザンネンです。
マイ・フェイバリットは、BPOとの記事で取り上げられた青髭の城でしょうか。改めて手にとってライブ録音だったのにはビックリ!

投稿: アキロンの大王 | 2021年11月28日 (日) 19時25分

アキロンの大王さん、こんにちは。
わたしも、リングが代表盤だと思います。
当時のブリュンヒルデ・ナンバーワンだったベーレンスが起用できなかったのは残念でしたが、そうでしたか、ジークリンデに予定されていたのですね。
それはそれで、ややこしいですが、聴いてみたかったですね。
今回、4作通し聴きをして、ステューダーが、この時期まだ安定してなかったと思ったのと、マルトン、ゴールドベルクもやや古風な感じに思いました。
青ひげでも、トムリンドンは素晴らしく、リングでのハーゲンもいいですね。
ウォータンを歌うよりずっといいです。

ハイテインクの取り上げたオペラに共通しているのは、血なまぐさい生死がドラマになっている作品がないことです。
そういう意味で、サロメもエレクトラも好まなかったかもしれません。
「影のない女」は、コヴェントガーデンのアーカイブが音源化されることを期待します。
幸いに、そこそこの音質で所蔵してますが、それは素晴らしい演奏です!

投稿: yokochan | 2021年12月 1日 (水) 08時43分

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