ベルナルト・ハイティンクを偲んで ③ LPO
ハイティンクは、コンセルトヘボウと兼務して、1967年から1979年まで、ロンドン・フィルハーモニーの首席指揮者をつとめました。
ロンドンのオケのなかで、一番オペラを演奏していたロンドンフィルが、オケピットにはいるグライドボーン音楽祭の音楽監督を、それと並行するように、1977年から1988年まで掛け持ちましたので、ロンドンフィルとの蜜月は1988年までと言えるでしょう。
ビーチャムが創設し、ボールト、スタインバーグ、プリッチャードと経てきた、この英国的なノーブルなオーケストラを、オランダ出身のハイティンクが受け継ぎ、フィリップスレーベルへの録音も本格化した。
コンセルトヘボウでのレパートリーをそのままロンドンフィルでも演奏し、レコーディングでは、本格交響曲をコンセルトヘボウで、管弦楽曲をロンドンフィルで、というような振り分けだった。
しかし、ロンドンフィルとの関係も密になるにつけ、コンサートと並行して、交響曲、そしてグライドボーンでのオペラを録音するようになり、そのレパートリーも格段に広くなった。
アムステルダムとロンドンを往復するハイティンク、たしかレコ芸の記事だったか、ハイティンクの二都物語とされるようになりました。
ロンドンのオーケストラは、英国音楽ファンでもあるので、いずれも好きですが、ロンドンフィルはハイティンクのおかげもあって、一時、一番好きなロンドンオケでありました。
実際、ハイティンク時代がこのオーケストラの黄金期かと思います。
70年代後半、このオーケストラは、各レーベルでひっぱりだこで、ヨッフム、のちに首席となるショルティとテンシュテット、ジュリーニ、ロストロポーヴィチ、サヴァリッシュらとたくさんの録音を残してます。
コンセルトヘボウと同じくらいにロンドンフィルを愛したハイティンクの思い出の音源を以下羅列します。
リスト 交響詩 全集
(1969~71年 @ロンドン)
レコード時代に「前奏曲」の入った1枚を、CD時代にはWシリーズの2巻、すなわち4枚のCDにわたるリストの交響詩全曲の初録音です。
ブルックナーやマーラーの全曲録音をしつつ、リストの全集なんて、誰も手掛けなかったことをなしたハイティンク、そしてフィリップスレーベルのすごさ。
コンセルトヘボウでも聴いてみたかった感はありますが、ロンドンフィルのいくぶん、くすんだ響きが実に効果的に機能している。
有名な交響詩以外も、この演奏で聴くと、どこかで聴いたような懐かしさを覚える。
リストの曲って、ワーグナーとブルックナーの要素が満載なので、そんな気分になるのだろうか。
シンフォニックな硬いくらいの演奏で、しかも曲も演奏も渋いこと極まりないが、これがハイティンクとロンドンフィルの最初の頃の個性だったのかも。
大向こうをうならせるような仕掛けや、演出は一切なしで、楽譜の再現のみをそっけないくらいに高水準の演奏でもってやってみた感じ。
しかし、何度聴いても、覚えきれないリストの交響詩であります。
ブレンデルとのピアノ協奏曲も、交響詩の余勢をかって録音されました。これも名演。
フィリップスレーベルのロンドンでの録音も重厚かつ明晰でよい。

ホルスト 組曲「惑星」
(1970.3 @ウェンブリー、タウンホール ロンドン)
R・コルサコフ 交響組曲「シェヘラザード」
Vn:ロドニー・フレンド
(1972.1 @ウォルサムストウ、ロンドン)
管弦楽曲の名曲ふたつ。
ロンドンフィルの十八番に乗ったかたちで、ハイティンクの惑星。
オーケストラピースとしての面白さゼロ、惑星ブームは、こののちにメータの録音でやってくるが、その前のハイティンクは重厚な造りで、格調高く、紳士的な英国音楽としての尊厳を持って指揮しているようだ。
惑星ごとの標題的な演奏ぶりでないので、木星のあの有名になったフレーズもいがいにあっさり。
火星の攻撃性も少なめだけど、オルガンがどっしりとなるのは、このハイティンク盤が随一かも。
そして、歳を経て、金星の抒情の煌めき、土星の憂鬱さと暗澹さのなかにある深刻さ、このあたりがハイテインク盤は実にいいと思うようになった。
シェエラザード、こちらもストーリーテラー的な面白い、絢爛豪華な演奏じゃない。(過去blogより転載)
誠実に譜面どおりに音楽を再現してみせた結果が、落ち着いたたたずまいの、ノーブルかつ渋めの「シェエラザード」となりました。
ことに、第3曲「若い王子と王女」は、ロンドンフィルの弦の美しい響きをあらためて体感できる。
このときのコンサートマスター、ロドニー・フレンドのソロが、しとやかかつ繊細で美しいヴァイオリンを聴かせます。
フレンドさんは、のちにニューヨークフィルのコンサートマスターに引き抜かれますが、ロンドンフィルの黄金時代は、このフレンドがいたハイティンクの頃だと確信してます。
コンセルトヘボウでも聴きたかった「惑星」と「シェエラザード」


ストラヴィンスキー 三大バレエ
(1973 @ウォルサムストウ、ロンドン)
ハイティンクとロンドン・フィルの評価を確定付けた録音が、ストラヴィンスキーの3大バレエ。
ハイティンクの「ストラヴィンスキー三大バレエ」は、90年頃の、ベルリンフィルとのものは実は未聴。
レパートリーが広く、どんな曲でも器用にこなすことができるハイティンクにとって、ストラヴィンスキーは、若い時から、お手の物で、コンセルトヘボウでも、30代の若き「火の鳥」の組曲版が残されてます。
当時の手兵のひとつロンドンフィルとも絆が深くなり、こちらの演奏は、思わぬほどの若々しさと俊敏さにあふれ、ダイナミックで、表現力の幅が大きく、それでいて仕上がりの美しい、完璧な演奏になってます。
LPOのノーブルなサウンドは、コンセルトヘボウと同質な厚みと暖かさを持っていて、ハイティンクとの幸せなコンビの絶頂期と思わせます。
全体の色調は、渋色の暖色系。
品がよすぎると言われるかもしれないが、ハルサイなんて、暴れるとこは適度に荒れていて、リズム感も抜群であります。
英国・蘭国紳士がじっくりと誠実にハルサイに取組み、一筆書きのように見事な書体で聴くものをうならせてくれる演奏。
この演奏はマジで素晴らしいと思う!(過去記事より)

エルガー エニグマ変奏曲
(1973.5 @ロンドンたぶんウォルサムストウ)
(1986.8 @ロイヤル・アルバートホール)
こちらも、オケの十八番の作品。
44歳のハイティンクと57歳のハイティンク。
演奏時間も、30分と32分で、この差は恰幅のよさと、丁寧な歌いまわしの差に出ています。
旧盤は、コンセルトヘボウでとの「ドン・ファン」とのカップリングで、これが出た時、レコ芸では、ふたつのオケを振り分けた、ハイティンクの頭の良さが云々というような妙な評論でした。
むろん、推薦盤にはならず、準推薦で、手放しの評価でなかったです。
CD化されたときは、「英雄の生涯」との組み合わせで、こちらの方が曲のイメージにあった選曲だし、CDならではできたことですね。
ふたつのエニグマ、どちらも好きです。
より渋いのは旧盤のほうで、各変奏曲を特徴づけたり、イメージを際立たせることなく淡々としてますが、全体感で見て味わうと、一陣の風が爽やかに吹き抜けるような爽快な演奏に感じます。
新盤は、冒頭のテーマからして、よく歌わせていて、そっけない旧盤との違いは歴然で、ニムロッドのじわじわ感も新盤の方に軍配があがります。
でもホールの違いか、新盤の方が音が明るく、くすんだ雰囲気の旧盤の方も捨てがたい魅力を感じます。

ベートーヴェン 交響曲全集
(1974~76 @ワトフォード、タウンホール)
ピアノ協奏曲全集
Pf:アルフレート・ブレンデル
(1975~77 @ウォルサムストウ)
そして出ました、ハイティンクとロンドン・フィルのひとつの完成形ともいえるベートーヴェン。
協奏曲も含めたベートーヴェンチクルスを演奏会で取り上げつつ録音。
ブレンデルのピアノともどもに、同質化した、いぶし銀的なベートーヴェン。
たっぷりとしたオーケストラの鳴らし方、コンセルトヘボウにも負けていない豊かさが、ロンドン・フィルにもあり、隅々までよく響いているし、音の立派さに圧倒される。
中庸の美も、ここに極まれりの感あり。
奇数番号も偶数も、どちらも自然で、ベートーヴェン演奏の理想的なものではないかと思うし、なによりも安心して聴ける。
コンセルトハボウとの再録とともに、大切なロンドン・フィル盤。
アラウ、ブレンデル、ペライア、シフと4人のピアニストたちとベートーヴェンを録音したハイティンク。
ほかのピアニストとの演奏、全部は聴いてませんが、交響曲の演奏と同じように堂々としつつ、リリシズムにもあふれたブレンデル盤が一番好き。
メンデルスゾーン 交響曲第1、3、4、5番
(1978~79 @ロンドン)
シャイーの2番「賛歌」以外のメンデルスゾーンを担当することとなったハイティンク。
これら4曲が、シャイーの勢いと早春賦が青臭く感じられてしまうほどだった大人の落ち着きあるメンデルスゾーンとなったハイティンク盤。
これらのメンデルスゾーンは、コンセルトヘボウじゃなくて、ロンドン・フィルであったことが、当時あたりまえに感じられたし、聴く側もロンドン・フィルであることを納得して聴いたものだった。
若々しい情熱ある1番、まさに、スコッチのいぶし銀3番、すこしもイタリアンじゃない堂々とした4番、ロマンとゴシック感あふれる正統派的、清らかな5番。
サヴァリッシュ、アバド、ともにメンデルスゾーンはイギリスのオーケストラだった。



ショスタコーヴィチ 交響曲第1~4番、7、9、10、15番
そして、ショスタコーヴィチの交響曲全集を目指して最初の相手はロンドン・フィル。
LPOとは、1977年から1981年まで、その81年からはコンセルトヘボウにシフト。
シンフォニストとしてのショスタコーヴィチ、最初はマーラーの延長のようにして、ハイティンクの10番や4番、15番を聴いたものだ。
譜面の忠実な再現にこだわるという点で、最初はロンドン・フィルのニュートラルな音色がハイティンクのショスタコーヴィチには、結果的には必要だったのかも。
79年録音の7番「レニングラード」あたりからアクセルがかかり、あの1楽章の行進曲のような繰り返しが、ちっともこけおどし風にならず、堂々たる音楽となっていて、聴いた当時、しびれるような快感を覚えたものだ。
デジタル期に入っての1番と9番の、ふたつの小型シンフォニーでも、構えの大きな隙のない完璧な音楽づくりに、ショスタコーヴィチの若書きの作品が大人の作品に、諧謔の第9が8番と10番の間にある作品であって、強い意志を持った音楽であることを、それぞれに感じさせる演奏になった。
コンセルトハボウにチェンジしてからのハイティンクのショスタコーヴィチは、シリアスな作品が残されただけあって、オケの重厚さと濃密さが生かされた演奏になることとなった。
あと、デッカでの録音はキングスウェイホールとなり、フィリップスレーベルの渋いサウンドから、ちょっと明るめのサウンドに変わった。
ヴォーン・ウィリアムズ 交響曲全集
(1984~2000 @アビーロードスタジオほか)
円熟のハイティンクにうってつけと思ってたV・ウィリアムズ。
今度はEMIレーベルに16年の年月をかけて録音してくれました。
もちろん、オーケストラはロンドン・フィル。
録音順は、最初は「南極」や「ロンドン」「海」など、標題的な交響曲から始まり、やがてRVWならではの、抒情と幽玄さあふれる作品や、不協和音の横溢する戦時を意識した作品、そしてペンタトニックなムードあふれる曲をとりあげ、ついに多彩な交響曲9曲を完成させました。
弦主体に重厚な音の重なり合い、そこにふくよかな響きと、指揮者とオケの持ち味である渋い色調をのせた理想的なRVW。
今回、抒情的な3番(パストラル)と5番を聴いて、じんわりと感動が高まり、ハイティンクがもうこの世にいないと思ったら泣けてきた。
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モーツァルト ダ・ポンテ三部作(1984~87録音)
グライドボーン音楽祭の音楽監督に並行して就任したハイティンクは、これまでのオペラ経験の不足を一気に解消すべく、ここで幅広いレパートリーをこなして、急速にオペラ指揮者としても大きな存在となりました。
その中核はモーツァルトで、3部作と魔笛は繰り返し取り上げ、同時にPromsでも何度もコンサート形式で上演。
EMIに録音したこれらの演奏は、伝統あるブリティッシュ・モーツァルトの典型で、品格と劇性と笑いのバランスのとれた安定感あるものです。
未CD化のモーツァルト序曲集、映像でも多くあるロンドンフィルとのオペラ。
ハイティンク追悼特集の最後、オペラのハイティンクで取り上げたいと思います。
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