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2025年1月23日 (木)

ラヴェル 亡き王女のためのパヴァーヌ アバド指揮

Megumi-1

家を出て南に歩くと10分ちょっとで相模湾です。

満月も近かったこの日、東の空にはきれいなお月様。

冬の海は寒いけれど、澄んだ空気と波の音で脳裏も冴えわたります。

ちょっと忙しくて、数日遅れとなってしまいましたが、1月20日は、クラウディオ・アバドの命日でした。

2014年1月20日、あの日から11年となりました。

「アバドの誕生日」の6月には、毎年いろんな聴き方でアバドを聴くのが常でしたが、そこにまさかの「アバドの命日」というまた特別な日ができてしまった。
それは悲しみの日ではありますが、たくさんの音楽を聴かせていただき、ありがとう=感謝の日でもあるんです。

今年は短めの曲で、しかもこれまで取り上げてなかった曲で。

Abbado-bso

     ラヴェル 亡き王女のためのパヴァーヌ

   クラウディオ・アバド指揮 ボストン交響楽団

                (1970.2.2 @シンフォニーホール、ボストン)

Ravel-bolero-abbado-1_20250123221101

  ラヴェル 亡き王女のためのパヴァーヌ

   クラウディオ・アバド指揮 ロンドン交響楽団

              (1985.6.10 @ワトフォード・タウンホール、ロンドン)

ラヴェルの感傷的で瀟洒な作品、アバドは録音初期の70年と世界的な指揮者となった80年代のラヴェル全集の一環とで、2度の録音があります。
短い作品なので、演奏時間などに差異はないですが、強いて比較すると、ロンドンでの方がやや短め。

1958年にクーセヴィツキ指揮者コンクールで優勝したことで、同年にボストン響をタングルウッドで指揮。
7月公演の演目は、「未完成」で他の指揮者と振り分けたお披露目コンサートだった様子。
さらにその夏には、アバドの単独の指揮で、プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲、モーツァルトのクラリネット協奏曲、チャイコフスキーのロメオというプログラムを指揮している。
ボストン響のアーカイブ情報は充実していて、詳細にタイプ文章が残され公開されているのです。

Abbado-bso-1958

ちなみに、ボストン響への定期への正規登場は1970年の1月で、このときに、ラヴェルとドビュッシーが演奏され、DG録音も行われている。
このときの他の曲目では、シューマンの4番という録音されなかった曲が目を引くし、プロコフィエフ3番や、ドホナーニ作品、バルトークのピアノ協奏曲など、いかにもアバドらしい作品ばかりで、それらの録音が残っていないか気になるところです。

ボストン響への客演は、その後もさほど多くはなかったですが、残された2枚分の録音を聴くに、いまもってシカゴと同様、オーケストラとの相性は非常によかったと思います。
ボストンで指揮をした曲目は、ほかではやはりマーラーです。
2番、3番と7番もあり、小澤さんの在籍時だったので、録音は望めなかったのですが、まじに聴いてみたかった。

ロンドン響との演奏は、リアルなラヴェルで、ボストンとのものは、オーケストラの伝統に則したヨーロピアンでエレガントなラヴェル。
そんな風に思いながら聴きました。
ホールトーンの美しさを活かした録音も、ボストンのものは特筆すべきで、アナログ時代のもっとも良き調べを感じる。
ほんとうに優しく、歌うように演奏する当時36歳の若さあふれる指揮。

より緻密に正確に響きを捉えた端正な演奏がロンドン盤で、アバドは52歳になる直前。
ロンドンを中心に、ウィーン、ミラノ、シカゴで活躍し、指揮界の頂点を極めつつあった時期。
ニュートラルなロンドン響の音色は、ボストンのものに比べると薄味ですが、精緻さにおいては比類ない。
ピアニッシモも美しさ、そこでの歌い口もアバドならではで、ロンドンのオケはアバドの思いに自在に付いて行ってる。

どちらのラヴェルも好きですが、自分的にノスタルジーを感じるのはボストンの方かな。

Abbado-boston-dg
1970年に発売されたレコードのレコ芸広告。

RCAからDGに専属を移したボストン響、その録音もRCA時代とはまったく一新されたものでした。

小学生だった自分、この広告を見て、おりからのクリスマス時期だったので、この2つのレコードが欲しくてたまらなかったのを覚えてます。
キャッチコピーもなかなか素晴らしいのです。

Megumi

海の近くの私が通った幼稚園がまだ健在です。
もちろん建て替えされてますが、場所も建物の配置も同じです。
むかしむかし、はるかに昔のことでしたが、不思議といろんなこと覚えているんです。

アバドの命日の記事

2024年「ヴェルディ  シモン・ボッカネグラ」

2023年「チャイコフスキー 悲愴」

2022年「マーラー 交響曲第9番」

2021年「シューベルト ミサ曲第6番」

2020年「ベートーヴェン フィデリオ」

2019年「アバドのプロコフィエフ」

2018年「ロッシーニ セビリアの理髪師」

2017年「ブラームス ドイツ・レクイエム」

2016年「マーラー 千人の交響曲」

2015年「モーツァルト レクイエム」
  
2014年「さようなら、アバド」

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コメント

yokochan様
この頃のアメリカ・レコード業界はやや斜陽への道をたどり、RCAはボストン、シカゴの両交響楽団との契約を解除して、前者はDGへ、後者はショルテイが専属のDeccaと契約、アメリカのビッグ・オーケストラが、ヨーロッパのレコード会社の草刈り場の様相を呈していた感が、ございました。
1980年代の『音楽現代』で、RCAが当時の西ドイツの大手電機メーカー、ベデルスマンに買収されたとの記事を読んだ覚えがありますが、その後CBSも大賀典雄さんがボスのSonyに買い取られ、ラッパ吹き込みの時代からアメリカのレコード・ビジネス界を二分していた大レーベルも、もはやアメリカには存在しない状態に、なってしまいました。栄枯盛衰は世のならい‥と申しますが、その後RCAもSonyに吸収され、多くの魅力あるアルバムが入手不可と、なってしまいました。寂しい限りです。

投稿: 覆面吾郎 | 2025年3月 7日 (金) 09時43分

そうですね、たしかに70年代に入ってからアメリカのメジャーレーベルは失速してしまいました。
DGが人気演奏家を要し圧倒しはじめた頃ですし、デッカ、フィリップスなどがアメリカでも直接録音をするようになりました。
アメリカの家電や電気メーカーが重厚長大なばかりで、日本やドイツ、オランダのメーカーに太刀打ちできなくなったのと時を同じくします。
CBSもRCAも、旧レーベルのロゴでないと、味気なく感じますし、それらでの復刻や消えた音源の開発などに期待したいですね。

投稿: yokochan | 2025年3月13日 (木) 10時42分

yokochan様
打てば響く、絶妙の御返信に感謝です。
RCAレーベルには、ジョージ・マレックとおっしゃる優秀なプロデューサー、後の重役におなりのお方がいらっしゃったお蔭で、DeccaやEMIに勝るとも劣らぬ、魅力的で貴重なオペラ全曲録音が存在しております。それらが悉く入手困難なのは、あまりにも惜しいです。

投稿: 覆面吾郎 | 2025年3月24日 (月) 11時05分

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