R・シュトラウス 「ナクソス島のアリアドネ」静岡音楽館AOI
久しぶりの静岡。
ホールロビーからの富士。
シュトラウスのオペラを演るとあっては行かなくてはなるまい。
都心を離れ、神奈川にいるので、思えば静岡は近い。
新幹線を使わずとも手軽に行けてしまうので、行きは在来線でのんびり、帰りは心地よき疲れに浸りながら新幹線。
駅前にある音楽ホール、静岡音楽館AOIの30周年記念公演、「ナクソスのアリアドネ」演奏会形式上演。
この公演に気が付いたのはそんな前でなく、ホールに電話をしたときは残りわずかで、早々にチケットは完売。
R・シュトラウス 歌劇「ナクソス島のアリアドネ」op.60
アリアドネ:田崎 尚美 バッカス:宮里 直樹
ツェルビネッタ:森野 美咲 執事長:小森 輝彦
作曲家:山下 裕賀 音楽教師:池内 響
舞踏教師:澤武 紀行 従僕:岸本 大
ナイヤーデ:守谷 由香 ドリヤーデ:山際 きみ佳
エコー:隠岐 彩夏 ハルレキン:黒田 祐貴
ブリゲッラ:小堀 勇介 士官、スカラムッチョ:伊藤 達人
かつら師、トゥルファルディン:志村 文彦
沼尻 竜典 指揮 静岡祝祭管弦楽団
演出:彌六
(2025.5.11 @静岡音楽館AOI)
通算4度目のアリアドネの実演観劇。
初めて訪れた静岡音楽館、シューボックス型の館内装飾もそれはステキなホールで、客素618人というところもほどよい規模。
そしてその音響の良さも定評あるところで、今回のこのホールにしては最大規模の作品を上演するにあたり、聴き手からするとすべてがちょうどよろしく、シュトラウスの精妙に張り巡らされた緻密な音楽が、まさに手に取るように見え、聴こえたのです。
序幕のドタバタ風喜劇、劇中劇たるオペラと性格の異なる2部を簡単な演技でコンサート形式で行うことは、ややこしさを回避しシンプルさが増すことで、これまたシュトラウスの音楽の良さが引立つというもの。
都合2時間30分、満員御礼の客席は集中力高く、歌と演技、オーケストラの妙技に聴き入った。
ユーモアを交えた簡潔な演出は、誰にでもわかりやすく、左右の袖から出入りする動きばかりでなく、ときに2階からの動きもあり、空間利用も巧みであり、限られた制約のなかで最適なものでした。
初めて買ったアリアドネの音盤は、ケンペとドレスデンのレコードアカデミー賞受賞の名盤で、当時のそれは豪華極まりない歌手を集めた贅沢なものだった。
今回の静岡キャストは、いま日本でアリアドネをやるならこの歌手たち、という最適かつ隅から隅まで豪華なメンバーを選りすぐったもの。
その歌手たちが予想以上に素晴らしかった。
声の威力と幅広い表現力で圧倒的な存在感を示したのが田崎さんのタイトルロール。
沼尻さんとのサロメ、ヴェルレク、そのほか多く聴いてきたけれど、コンパクトなホールとうこともあり、その強さと繊細さを兼ね備えた声が耳にストレートに響きました。
古くは12年前に同じ沼尻指揮では、ワルキューレたちのひとりだった。
相方のバッカスの宮里さんも驚きの力強さとよく通る声。
この方も昨秋のヴェルレクで輝かしいテノールで聴いたばかり、エリックも田崎さんとオランダ人で予定されていて、明るめの声でのワーグナーも次は聴いてみたい。
元気いっぱいのツェルビネッタを歌った森野さん。
小柄で才気煥発といった、この役柄にぴったりのルックスと軽やかで透明感あふれるお声はチャーミングそのもの。
意欲が空転してしまうスレスレのところも、実にライブ感あってよろしく、見事な声の技巧に感心しながらも、微笑ましかった。
ウィーン在住中とのこと、これからの日本のモーツァルトやシュトラウスの舞台になくてはならない存在となるでしょう。
序幕でキリリとした作曲家を歌った山下さん、この方が実に素晴らしく、生真面目なこの役を強い声で歌いあげたほか、ツェルビネッタの登場で惑わされるシュトラウスならではズボン役としても最高の歌い手かと思いましたね。
会場で大喝采を受けてましたから、みなさん同じ思いで聴いていたことでしょう。
すでに実績をあげてる方ですが、きっとステキなオクタヴィアンに!
昨年はバーミンガムでヤマカズの蝶々さんに出演、チェネレントラ、今年は群響でカルメンなど、楽しみな歌手をまた発見。
語り役の執事長に小森さんという贅沢な布陣。
氏の舞台は数々観てきましたが、ウォータンを歌うバスバリトンが執事長とはまた妙なる配役の妙。
完璧で美しいドイツ語の語感、かたくなさを尊厳な雰囲気でかもし出すベテランの味。さすがでした
このシュトラウスの作品は、とてもよく書かれていて、古典帰りをした明朗な音楽造りは、その構成にもよく出てます。
喝采を受けるアリアが配されているほか、愉快な重唱や、美しいハーモニーにあふれた重唱など、ともかくどこもかしこも歌の聴きどころあふれている。
3人の精たちの透明感あふれる歌声は、それぞれも素敵な声でしたが3人の得も言われぬ声の重なり合いは、さながら夢心地になる気分でした。
守谷、山際、隠岐といった3人の実力派、それぞれにまた聴いてみたいお声でしたね。
あと男声の方もチームワーク抜群の愉快な仲間を楽しく歌い、演じてました。
いちばん聴きどころの多いハルレキンを歌った黒田さんのマイルドで柔らかなバリトンが心地よく、シュトラウスが付けたステキなメロディを堪能しましたし、お隣の女性のお客さんも体を揺らすようにして気持ちよさそうに聴いてましたよ。
ベルカントに秀でた小堀さんの発声の明るいブリゲッラ、影のない女で嫌なヤツに成り下がってしまっていた皇帝役で記憶に新しい伊藤さんのもったいないくらいのスカラムッチョ、そしてもう10年以上前からいろんな役柄でいつも聴いてきた志村さん、失礼ながら役柄にぴったりフィットのかつら師とトゥルファルディンでした。
池内さんの音楽教師、序幕での執事長のむちゃぶりを最初に受けとめ悩む役柄ではありますが、役回りとしては案外に難しい存在を存外の美声バリトンで聴かせてくれました。
キンキラの衣装をまとった舞踏教師の澤武さん、音楽教師と作曲家と相対する役柄ですが、まさに軽やかに、町人貴族による短い歌も楽しく軽やかに歌いました。
思えば昨年のばらの騎士で、軽妙なヴァルツァツキを聴いたんだ。
作曲家と絡む役の従僕の岸本さん、どこかで聞いた名前と思ったら、神奈川フィルの合唱のまとめ役の方でした。
ともかく、みんながすばらしく完璧だった歌手のみなさん、もっと何回もやって、実際の舞台上演も期待したくなるチームです。
その歌手たちを束ねる沼尻さんの指揮。
このマエストロの元で、今回の歌手のみなさんは何度も歌っていて気心も知れているはずで、まさにオペラ職人のような巧みな指揮できっと歌いやすかったことでしょう。
序幕とオペラ部分との性格と音楽の違いも明確にさせていたし、オペラでのシュトラウスが描きだした地中海的な明快・晴朗な世界を引き出すことに成功していたと思う。
ともかく、すべてが的確なオーケストラ。
なんといっても水谷&小林という新旧の東響のコンマスを据えた38名の名人級の室内オーケストラは、各オーケストラからはせ参じたつわものばかりのメンバーで、見たことあるお姿ばかり。
ピットに入った上演しか経験がなかったので、もちろんスコアなんか見たことないので、弦楽セクションがおのおのに、ソロがちょこちょこあったり、ハープが2台もあってやたらと存在感があったり、ピアノやチェレスタがシュトラウスならではの透明感をそのサウンドに特長を与えているところだったり、ともかくオーケストラを見物するというコンサート形式ならではの楽しみも味わい尽くしましたよ。
こうした果敢な上演を企画してくれた静岡音楽館さんに感謝。
素晴らしいホールを見出した喜びも。
こうした室内規模のオペラの公演を今後も期待したいです。
バロックオペラや、ブリテンなどの近代もの、ほかにはない上演を是非。
開演のまえに、食事を兼ねて市内散策。
静岡市は大道芸の街、ちょうど「あおばフェス」をやってまして、あちこちで出店やパフォーマンスが繰り広げられてましたよ。
静岡市に降り立ったのは実は15年ぶりぐらいで、その前まではともかく毎月のように仕事で行って、飲んで、食べて、泊まってました。
美味しいものだらけ、夜も賑やかだし、みんな明るい人々ばかり、そんな「しぞーか」が好きです。
なんといっても、ワタクシも父の仕事の関係ではあったけれど、静岡県生まれなんですし。
こちらもホールからの遠景。
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コメント
小生も、田崎、宮里、池内という、今、もっとも凄い声を聴かせてくれる(と小生が評価している)実力派および森野、山下という、今、売り出し中の女声歌手の熱唱を楽しみに、静岡まで遠征いたしました。
当日、三河安城駅での安全確認の影響でくだりの新幹線が一時運転を見合わせ、最大30分ほど遅れたので、在来線を利用されたのは正解だったかもしれません。
終演後、静岡おでんで一杯やって帰ろうかと思ったのですが、なにぶん地理に不案内なため、「安倍川もち」と「こっこ」を購入してまっすぐ帰宅し、自宅近くで静岡県出身ご夫妻が営んでいる居酒屋に顔を出しました(定番静岡土産を贈呈し、とても喜んでいただきました)。
ところで、小生は2階席だったのですが、前半(序幕)の上演中、派手に携帯をならした男性がいましたね。あれだけ注意喚起のアナウンスがされているのにどうしてあんなことになるのか。インターミッションでホールスタッフに注意されていたようですが、ちょっと興ざめでした。
投稿: KEN | 2025年5月15日 (木) 06時01分
KENさん、当日いらしてたのですね!
600人という限定された聴き手で、わたしもいま思えばよくチケットが確保できたものだと思います。
ともかく素晴らしい、日本のシュトラウス演奏の金字塔でもあったと評価してもいいと思いますね。
アリアドネこそ、日本人歌手・奏者向きの作品ですから。
日曜でしたので、夜の部はお店がほとんどお休みだったし、地元フェスのため、どこも混雑してましたから、わたしも、定番の「こっこ」と「安倍川もち」さらに「田子の月もなか」、ついでに美味しいお刺身などを購入して帰りました。
お近くに、よき居酒屋があり、うらやましいです!
携帯鳴らしの件、1階にいましたが気が付きませんでした。
小ぶりなホールでやられちゃうとほんと困りますね。
都内でもいまだにありますが、客席では電波が通じない仕組みをなんとか取れないものかと思いますね。
投稿: yokochan | 2025年5月17日 (土) 10時33分
yokochanさま
本公演のチケット、小生は、発売初日にネットで購入しましたが、アクセス集中のためなかなか繋がらず、やっと購入できたときは残席僅少となっていました。
某評論家が「日本でのナクソス島のアリアドネ上演史に残る」とコメントされていますが、1日だけの公演というのは(ホールの収容人員の少なさからも)実にもったいなかったですね。予算の都合などがあるのでしょうが、最低2回は公演していただきたかったところです。
最近、演奏会形式やセミステージ形式のオペラ公演が増えており、変な読み替え演出に戸惑うことなく音楽に集中できるので大歓迎なのですが、チケット代が廉価なのも有り難いですね。今後、神奈川フィルの「ラインの黄金」に加え、読響が横浜マチネーで「夕鶴」を取り上げるのも楽しみです。
今日はミューザ川崎まで神奈川フィルを聴きに行ってまいります。yokochanさまのコンサートライフが充実したものとなりますように。
PS
岸本大さんは、ご指摘のとおり、最近、プロ歌手による合唱団を率いて首都圏オケと共演されていますが、お父上がロシア歌曲の権威の岸本力さん、お母上はやはり二期会で活躍された大倉由紀枝さんです。父親ゆずりのバスの美声を聴かせてくれました。
投稿: KEN | 2025年5月18日 (日) 07時13分
某評論家氏の記事、ワタクシも読みましたし、その方、会場でもお見掛けしました。
的確な評価であり、わたしも同様に2度やってもよかったと思っています。
限られた人数のうちに入ることができて、あの素晴らしい演奏に接することができてともかくよかった!
コンサート形式といえば、沼尻指揮、山下さんが歌うカルメンが群響でありますし、あとワルキューレ1幕も。
新国が守りの姿勢に固まるなか、各オケの頑張りがありが痛いものです。
神奈フィルミューザ定期も行かれた由、みなとみらいとは違う神奈フィルの音を楽しまれたのではと思料いたします。
岸本さんの情報、よくご存知ですね。
ご両親ともに、いろんなところで聴いております。
ご子息の活動もこれから注目していきたいと存じます。
コメントならびに情報ありがとうございます。
投稿: yokochan | 2025年5月21日 (水) 10時50分
この群響の「カルメン」は、山下さんに加え、中村恵理さん、大西宇宙さんなど、とても魅力的な顔ぶれですね(「千人の交響曲」も凄いけど)。小田原から新幹線を乗り継いで高崎まで遠征するのも悪くなさそうです(笑)。
山響がやはり魅力的な顔ぶれで「蝶々夫人」をやるのは知っていたのですが、こちらは知りませんでした。今年2月には大阪響が「運命の力」を取り上げていますが、まさに地方オケの演奏会形式オペラおそるべし。
https://www.yamakyo.or.jp/concert/special/20260118.html
まだ清水徹太郎さんの代役が決まっていないようですが、清水さんといえば、神奈川県民ホールで聴いた舵手、びわ湖ホールで聴いたエヴァンゲリストなどが印象に残っています。病気療養に入られたとのことですが、早期の恢復をお祈りしています。
投稿: KEN | 2025年5月23日 (金) 13時07分
ひとつ言い忘れました。
>神奈フィルミューザ定期も行かれた由、みなとみらいとは違う神奈フィルの音を楽しまれたのではと思料いたします。
当日、沼尻マエストロと榊原音楽主幹によるプレトークがあったのですが、榊原さんによると、ミューザで定期をやるというのは神奈フィル長年の悲願だったのだそうです。小生は、県民ホールが休館になったので移ってきただけと思っていたのですが(笑)、そうではなかった由。
そのせいもあってか、非常に気合の入った素晴らしい演奏を聴かせてくれました。チケットの売れ行きも好調でほぼ満席(通常のみなとみらい定期より明らかに空席が少ないように見えました)。このような集客が次回以降も続くなら、来年度はミューザ定期の回数をもう少し増やしてほしいところです。
投稿: | 2025年5月24日 (土) 07時46分
山響の蝶々さんも未了的ですね。
プッチーニのオーケストレーションは見る楽しみもありますので、演奏会形式にはピッタリですが、自分は泣いてしまうのが難点であります。
清水さんのご病気の件も心配なところでした。
ラインゴールド、ファウストといい感じに予定が入ってましたから。
あとミューザでの神奈川フィルの件。
県民オーケストラとして、世界に誇れるミューザでの公演が増えるのは願ってもないことで、都内からもリスナーを呼びやすい立地ですからオーケストラにとっても非常によろしいことかと。
みなとみらいホールで培われた音を、また響きの異なるミューザで整えるのもまたいいことです。
だんだんと規模も大きい音楽もやるようになってほしいものです。
楽しみが増えましたね。
投稿: yokochan | 2025年5月24日 (土) 13時17分
yokochanさま
こんなレビューを見つけました。九響も「トスカ」を演奏したとのこと。各地のオケが定期で演奏会形式オペラを取り上げることが定番となりつつあるようです。
https://classicnavi.jp/newsflash/post-31275/
宮里さんが歌いすぎとの指摘は小生も同感です。静岡でも彼の第一声を聴いて、今日は絶好調ではないのでは、と感じました。そのあと徐々に本調子となりましたが、少しお疲れが出ているのではないかと。
今日は神奈フィル音楽堂シリーズでした。みなとみらいシリーズ第406回定期が東響の「戦争レクイエム」にぶつかったので振り替えてもらったのですが、初めて県立音楽堂で聴く神奈フィルの響きはとても素晴らしかったです。
ただ、気になったのはとにかく座席が狭いこと。あの座席(特に前席との間の余裕のなさ)は、現在のコンサートホールとして及第点はあげられないのではないかと思いました。BMIが25超の小生には殆んど拷問の2時間でした(笑)。
お忙しい中、さらなるコメントはご放念を。
投稿: KEN | 2025年5月24日 (土) 19時15分