ワーグナー 「ラインの黄金」 神奈川フィルハーモニー
みなとみらいエリアの20時2分。
17時に低弦5度の音から開始し、19時30分には輝かしい虹の橋への歩みで終結。
呪縛にかかったように聴きとおした2時間半とその後のブラボーの嵐。
終演後の散策、海を渡る風が心地よかったのでした。
神奈川フィルハーモニー ドラマテックシリーズⅢ
ワーグナー 楽劇「ラインの黄金」
ウォータン :青山 貴 ドンナー:黒田 祐貴
フロー :チャールズ・キム ローゲ:澤武 紀行
ファゾルト :妻屋 秀和 ファフナー:斉木 建詞
アルベリヒ :志村 文彦 ミーメ:高橋 淳
フライア :谷口 睦美 フライア:船越 亜弥
エルダ :八木 寿子 ウォークリンデ:九嶋 香奈枝
ウェルグンデ:秋本 悠希 フロースヒルデ:藤井 麻美
沼尻 竜典 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団
ゲストコンサートマスター:荻谷 泰朋
(2025.6.21 @みなとみらいホール)
二期会でワーグナーやシュトラウスを上演する際に目にする皆様方や琵琶湖オペラで活動する方々で構成された最強メンバーによる「ラインゴールド」
「サロメ」「夕鶴」と続いた沼尻&神奈川フィルのオペラコンサート上演のドラマテックシリーズの3作目。
こうなると、リング4部作を続行して、「ハマのワーグナー」の金字塔を打ち立てて欲しいけれども、なかなかそうはいかないでしょう。
でも、多くの聴衆がそう思ったことと思います。
それだけ素晴らしくも完成度の高い演奏だった。
ワーグナーの諸作のなかで、もっとも大編成のオーケストラを要する作品で、4管編成、ホルン8、ハープ6台、ティンパニ2対、打楽器複数、ハンマー、金床×9人・・・ほぼワーグナーの指定通りの楽員さんが、びっしりとステージに並び、壮観なことこのうえない。
ギッシリ観では、マーラーの7番あたりを思い起こします。
ハープ1台は、ステージ後方の席に、金床は同じくで、パイプオルガンの前に9人しっかり陣取りました。
楽団の巧みな広報で、この金床は、地元企業「京浜急行」の提供による実際の鉄道レールを使用したとのことが前々から告知されていたので、多くの聴き手がニーベルハイムへの移動シーンでこれが鳴らされたときに度肝を抜かれたことでしょう。
歌手たちは演技をともないつつ、オーケストラの前で歌い、女声は役柄をイメージしたドレス、男声はいずれもタキシードだったが、ローゲの澤武さんのみ、赤いネクタイとチーフ、さらには髪も一部赤くして「火の神」を表現していた。
今回上演の主役のひとつはオーケストラ。
演奏会形式の「ラインの黄金」の日本上演は、4回目か5回目になると思うが、私が聴いたのは40年前の朝比奈隆のもので、歌手はオーケストラの後方にひな壇を儲けて歌った。
私が行かなかったティーレマンとドレスデンはサントリーホールでP席にて、ヤノフスキの東京の春はオーケストラの手前で、といった歌手配置。
今回の神奈川フィルは、歌手はオーケストラの前、最後のラインの乙女たちだけP席から名残惜しそうに歌った。
オペラの手練れの沼尻マエストロの全体を見通し、的確な指示を与えつつ、巧みに山場を築き上げる手腕は、ここでも安心安全そのもの。
自慢じゃないけれど、ワタクシのように、ワーグナー漬けですべてのシーンと音が脳裏に刻まれている聴き手にとっても、すべてが納得できる普遍的なワーグナー演奏であったこと。
どこにも首を傾げたくなるかしょはなく、すべてOK、ここでがーーっときて、ここで引いて、そこでこういう感じで響かせて、あそこはこうだよね、こう来るよね、ってとこがちゃんと来る。
原初の開始でもある冒頭は極めてクリアにはじまり、曖昧さはなし、さざ波のように弦楽器が加わって徐々に音が広がってゆく。
このシーンだけでもずっと聴いてきた神奈川フィルの音色のスリムな美しさを感じ、オペラを聴く喜びやワクワク感を味わえるのだった。
そして、そこにラインの乙女たちの登場でホールの雰囲気は最高に高まった。
以降、2時間30分にわたって、緊張の糸のとぎれることのない、でもしなやかで重くないスマートなワーグナー演奏が展開されるのでした。
CDではスピーカーのビリ付きなど、ヒヤヒヤしながら聴くダイナミックなか所も、ホールで聴くので心配無用。
そうした一撃音や件の金床などに、注目しがちだが、ワーグナーがローエングリンの完成から5年を経て到達したライトモティーフを網の目のように張り巡らせた緻密な作曲技法により表現された登場人物たちの内面の音楽表現。
このあたりを完全に知悉しつくした指揮者が、歌手とオーケストラを統率しつつピュアな音楽造りを目指したものと感じた。
巨人たちの登場もものものしさは皆無で、雷鳴から虹、城への入場と続く壮麗な幕切れのシーンも極めて音楽的でもっともっと盛り上げることは可能だったかと思うが、爽やかさすら感じる爽快明快な終結部に沼尻&神奈川フィルのらしさを感じた。
大音量よりも、ちょっとした音の変化や、事象に関しても極めて鋭敏に反応し対応していたと思う。
ローゲが語る神々の不死の秘訣や永遠の青春の場面での室内楽的な表現やただようロマンティシズム、ファゾルトの優しい心根をうかがわせるようなモノローグは、わたしも発見が多かったし、アルベリヒの呪いの場面なども指環4部作に通底する本質を確信的に表現。
自分にとって聴き慣れた「リング」の序夜、こうして聴いていていろんな発見がいまだにあったことが新鮮だったのだ。
このまま4部作にあらたな目線で切りこんで欲しい。
2階席にあがってパシャリ。こんな風なオーケストラの配置とポツンとハープ。
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邪知にたけた抜け目ないローゲを歌った澤武さんの素晴らしさには驚きでした。
立派なヘルデンで歌われるローゲもあるが、知的で軽やかなこのローゲは狂言回し以上の存在感があり、ウォータンを操り、神々の終焉を予見するようなニヒルな存在であることをしかと示してくれた。
柔らかな声とよく響く高域、明確なドイツ語など感心しまくり。
昨冬のばらの騎士のヴァルツァッキ、この前のアリアドネでもいい味だしてたし、また聴いてみたい歌手となりました。
ファンであります谷口さんのフリッカ。
期待通りの存在感あるお声に立ち居振る舞いは、居丈高でありながら、ラインの黄金ではまだ妻としての夫を思うしおらしさなども巧みに表現。
そのよく通る強い声はいつも魅力的です。
お馴染みの妻屋さんのファフナー。
新国のトーキョー・リングではファフナー、この日のミーメの高橋さんも出ていたが、あれからもう16年。
含蓄のあるファゾルトとなっていて、愛に生きようとしたファゾルトをオーケストラの巧みな背景とともに歌い演じた。
その安定感は舞台が引き締まります。
フライアに秋波を送る仕草はユーモアもたっぷりで、それを露骨に嫌がるフライアのシーンも愉快でしたな。
巨人兄弟のもう一方は朗々とした深いバスの斉木さん。
神奈フィルのワルキューレではフンディング、あとずっと前にオネーギンのグレーミン公を聴いてます。
声の充実ぶりが半端なかったです。
同じ沼尻&神奈川フィルのワルキューレでのウォータンは、青山さんだった。
そのときの若々しいウォータンは、今回は狡猾さもあり、陰影も感じさせる神々の長となっており、矛盾とあふれる行動力という背反する役柄を持ち前の美声で巧みに歌い演じてました。
ベテランの志村さんのアルベリヒ。
いろんな諸役でずいぶんと長く聴いてきたバリトンのひとりですが、今回はおひとりだけ譜面台を用意しての歌唱。
そのせいかどうかわかりませんが、アルベリヒに必要な声の威力が不足していてこもりがち、歌い口の巧さなどはさすがと思わせるところはあったけれども、黄金を奪う場面、聴かせどころの呪いのモノローグなどはややオーケストラやラインの元気な乙女たちに押され気味。
同じくベテランの域に達した高橋さんのミーメは、先に触れた通り新国でもおなじみだし、性格テノールとして数々の舞台に接してきました。
ひぃーひぃー声も、伸びのある特徴的な高域も健在ぶりを確認できて嬉しかったです。
つい先だって、静岡アリアドネでステキなハルレキンを聴いたばかりの黒田さんのドンナー、かっこよかった。
すらりとした姿も神々のひとりとしてふさわしいし、その若々しい伸びのある声はドンナーにしては優しすぎる感もありましたが、ハンマードッカンに負けず渾身の歌唱でした。
カヴァリエバリトンとしての黒田さん、琵琶湖でのコルンゴルトも聴きたかったものです。
代役として登場のチャールズ・キムさん、バイロイトで1年だけパルジファルの小姓を歌っているそうで、ワーグナーを得意にする韓国人テノール。
威勢のいいところを表出しなくてはならないちょい役の神様だけれど、やや精彩に欠いた気がする。
声の力や美声はありと感じましたので、また違う役柄でしっかり登場して欲しいものです。
フライア役は、ジークリンデやエルザなどの登竜門みたいな役柄ですが、船越さんのそれを予見させるような立派だけれど可愛いフライア。
調べたら彼女も琵琶湖でやった最愛のオペラ「死の都」にも出てたんですね。
あの上演、ほんと行きたかった・・・・
そして同じく琵琶湖の死の都はおろか、おおくのオペラで歌っている八木さんのエルダ。
初めて聴いた彼女のメゾの明晰な声に驚きでした。
船越さんもそうですが、関西圏で活躍する歌手は、首都圏ではあまり接する機会がないものですから、沼尻さんの力でしょうが、こうして初めて耳にできる声に新鮮さを覚えることもまた実にいいものです。
ラインの乙女たち、3者三様でワーグナーが与えた3役の特徴をそれぞれがよく表現できてました。
なによりも可愛い、というオジサン目線ですいません。
軽やかで涼やかな九嶋さんのウォークリンデ、リングの最初の発声を飾るにふさわしい晴れやかさもありました。
透明感ある魅力的なメゾの声は秋本さんのヴェルグンデ、歌曲も多く歌われているご様子で素敵なyoutubeチャンネル見つけちゃいましたよ。
そして、昨秋の「影のない女」でとても人間味ある乳母を歌っていた藤井さんのフロースヒルデは、お茶目で明るい末っ子みたいな感じ。
この3人のハーモニーが美しく、息もばっちり整ってましたし、エンディングのP席での「指環を返してよ~」という恨み節もばっちりで、その後に続く壮麗なエンディングを導く素敵な一節となりました。
40年前の朝比奈リングをすべて聴いた自分は若かった。
その後、二期会の個別日本人初演、ベルリン・ドイツ・オペラの全作、2度の新国での上演などを観劇してきました。
自分もすっかり歳を経ることとなりましたが、日本人だけで、しかも身近な横浜の地、応援する神奈川フィルでかくも素晴らしい「ラインの黄金」が演奏されたという喜び。
このまま4部作の続編にいどんで欲しいと願うものですが、そうはなかなか行かないでしょう。
でも至難のマーラーチクルスもやれちゃった神奈川フィル。
「ハマのワーグナー」を東京春が終わったいま、沼尻&神奈川フィルにより確立して欲しいな。
画家の真田将太朗氏による今回の公演にむけたオリジナル作品。
錯綜する色彩は愛と葛藤、憎しみや権力欲など多彩な意味合いや人物たちの関係性も交えてここに表現したとのこと。
神奈川フィルのドラマテックシリーズは、こうした「メインビジュアル」が作成され、オペラのイメージアップの一助ともなっていることもよき試みと思います。
しつこいようだけれど、4部作をこうしたビジュアルでも揃えて欲しいなぁ
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