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2025年6月19日 (木)

アルフレート・ブレンデルを偲んで

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偉大なピアニストのひとり、アルフレート・ブレンデル(1931~2025)が亡くなりました。

享年94歳、ロンドンの自宅で愛する家族に見守られながらの安らかな最期だったそうです。

現在のチェコ、モラヴィアの北部のヴィーセンベルクに生まれ、幼少期にユーゴスラビアのザグレブに移りそこでピアノを習い、さらにはグラーツに移住。
オーストリアでの活動が中心となり、レコードデビューも遅かったりしたものだから、オーストリアないしはウィーンのピアニストというイメージで紹介されたように記憶します。
70年代からはロンドンに住むようになり、ブレンデルはまさにヨーロッパ人として活動し、生きた人でした。

チャンスはいくつかありましたが、実演に接することは残念ながらありませんでした。

多くの残された録音を聴いて、今宵はブレンデルの暖かい人柄のにじみ出た演奏で偲びたいと思います。

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     ベートーヴェン ピアノ協奏曲第1番

      ヴィルフレット・ベッチャー指揮
        シュトゥットガルト・フィルハーモニー


                        (1961)
   
私の初ブレンデルはおろか、ベートーヴェンのピアノ協奏曲の初聴きは、第1番でこの1枚だった。
1970年、まだ小学生だったこの年は、大阪万博があり、世界中から目もくらむような演奏家たちが日本にやってきた。
同時に、この年はベートーヴェンの生誕200年のアニバーサリーで、さらにはクラシックレコード界に旋風を巻き起こした1000円の廉価盤、ダイアモンドシリーズのLPがたくさん発売された
当然に、ベートーヴェンもたくさん出て、ピアノ協奏曲やピアノソナタはブレンデルという初めて聴く名前のピアニストのものだったのです。

1番の初々しさと、豊富なメロディが好きだったので、皇帝よりも先にこの曲だった。
いま聴いてもブレンデルの若やいだピアノが魅力的で、この曲にぴったり。
子供時代の自分を思い起こしてしまうほどに、懐かしい演奏なんです。

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   ベートーヴェン  ピアノ協奏曲全曲

 ベルナルト・ハイティンク指揮 ロンドン・フィルハーモニック管弦楽団

                (1975~77)


70年代のロンドンでの新しい全集。
このあと、レヴァインとシカゴ、ラトルとウィーンフィルでも再録音を重ねたが、わたしはそれらは聴いたことがありませんので、いずれは、との思いはあります。
でも、ハイティンクとその音楽性がぴたりと一致していて、録音もスケールが大きく、深みがあるこのロンドンフィル盤があれば、もういいかな、とも考えてました。
中庸の美という言葉が、いかにも似つかわしいブレンデルとハイティンクのベートーヴェンは、そいれだけで立派で美しいのでした。

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      モーツァルト ピアノ協奏曲全集

 サー・ネヴィル・マリナー指揮 アカデミー室内管弦楽団

                       (1971~1984)

72年頃から1枚1枚発売され、全集として実ったブレンデルのモーツァルト。
レコードでは2~3枚しか購入しなかったけれど、CD時代に全集を揃え、いずれの番号もその清潔で端正な演奏で毎日でも聴きたい喜びにあふれていて、大切にしている全集です。
フィリップスレーベルの専属同士で共演するという、いまではあまり考えにくいレーベルの強さやシバリのあった時代。
モーツァルトならマリナーとアカデミーで決り、そんなシリーズでしたね。

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   バッハ 半音階幻想曲とフーガ

               (1976,5)

生真面目で明確、詩的でもあるブレンデルのバッハ。
ピアノによる演奏では、抜群の完成度とよけいなニュアンスを排したシンプルな表現。
平均率やゴールドベルクも残して欲しかった。
この時期のフィリップスの録音の素晴らしさも特筆ものだといまも思う。

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  シューベルト ピアノ作品全集

          (1982~88)

ソナタのほぼ全曲と即興曲、楽興の時などを集大成したセット。
シューベルトがウィーンの人であったことを感じさせる優美さもありつつ、陰影の深み、抒情と情熱など、それらのバランスが実に見事な理想的なシューベルトだと思う。
2度目の録音が多く含まれた全集だけど、70年代のものもいつか聴いてみたいもの。

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   シューマン ピアノ協奏曲 イ短調

 クラウディオ・アバド指揮 ロンドン交響楽団

                     (1979.6)

なんどかこのブログでも取り上げている大好きな演奏で、学生時代の思い出も詰まっている。
以前の記事のままに残します。
折り目正しい弾きぶりのなかに、シューマンのロマンティシズムの抽出が見事で、柔和ななかに輝く詩的な演奏。
アバドとロンドン響も、ともかくロマン派の音楽然としていて、溢れいづる音楽の泉にとともに、早春賦のような若々しい表情もある。
芯のある録音の素晴らしさは極めて音楽的で、ピアノの暖かな響きと、オーケストラのウォーム・トーンがしっかりと溶け合って美しい。
 渋谷を闊歩する若かった自分・・・、いまはもうブレンデルもアバドもいない・・・・

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  シューマン 幻想小曲集

                 (1982)

ヨーロッパの秋を思わせるロマンティシズム、知的で明快、やわらかでふくよかな音色。
ブレンデルのシューマンは秋なのでした。
ブレンデルの写真には、アフリカの偶像とか、少し変わったものが音楽のイメージと関係なく写っていることが多いが、こうしたものを収集する嗜好もあったのだそうな。
文筆家としての一面もあり、多彩な芸術的才能を大器晩成的に開かせていったブレンデル。
晩年は耳が不自由になっていったそうだ。

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  リスト 「巡礼の年」第2年「イタリア」

             (1972)

リストもブレンデルにとって重要な作曲家。
ギーレンとハイティンクとで残した協奏曲もいいが、より内省的な作品の方がブレンデル向き。
レコード時代にすり減るほどに聴いたのが「巡礼の年」。
リストの音楽はソナタや協奏曲、超絶技巧作品ばかりでなく、本来こうした内向的な音楽に良さがあると思いおこさせてくれた1枚。
まさに静的な彫刻作品を鑑賞するがごとき内面、内面へと堀りすすめられる演奏で、音楽がおのずと静かに語り始めるのを聴くのだ。

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    ブラームス ピアノ協奏曲

    クラウディオ・アバド指揮 ベルリンフィルハーモニー管弦楽団

       (1986、91)

ブラームスはかくあるべし、お手本のようなブレンデルのブラームス。
70年代はコンセルトヘボウで、90年代はベルリンで。
若くフレッシュな表情にあふれた70年代ものは、ハイティンクとともに木質の響きと音色が心地よく、コンセルトヘボウとのマッチングも実によい。
1番を録音したイッセルシュテットの急逝で、2番はハイティンクとの録音となったが、この曲の場合はそれが成功したのだと思う。
ちなみに、1番の方は発売されたときにFM録音したのみで、現在はコレクションできてません。

一方、馥郁たる熟成した葡萄酒のような90年代ものは円熟の極みを感じさせますが、2番よりは1番の方がブラームスの若やぎと渋さが両立されて巧みに聴かせるし、アバドとベルリンフィルの明るさとともに重厚な響きもそれにふさわしく感じる。
2番はブレンデル自身があまり好まないと発言したことを知り、なんでだろうといつも思いながら聴くので、勝手に自分的にブレンデルは1番、と思い込みが出来ていた。
でも久しぶりに2番も聴いてみて、とくに緩徐楽章に涙しました。
なんて美しいピアノなんだろうと。

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  ベートーヴェン ピアノソナタ全集

       (1992~95)

3度録音したベートーヴェン全集の最後のもの。
音源としてはこれしか保有してませんが、1番から順番に聴いて過ごすことを何度かやりました。
ともかく誠実で格調高いベートーヴェンで、初期の作品の新鮮さ、中期の冷静さと熱っぽさとのバランスのよさ、そして後期作品の造形美としなやかな抒情、どの曲も適切でありながら考え抜かれたピアノ演奏になってました。

最期に、澄み切った達観した境地の30番を聴きながらブレンデル追悼記事を閉じたいと思います。

Alfredbrendel

アルフレート・ブレンデルさん、半世紀あまりにわたり、素晴らしいピアノを私は聴かせていただきました。
その魂が安らかでありますことお祈りいたします。

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コメント

yokochanさま

大変延引したコメントをお許しください。

ブレンデル、小生も実演に接する機会はありませんでしたが、少し地味だけどストイックな正統派で玄人受けするピアニストでしたね。40年ほど前、ロンドンに赴任していたクラシック音楽好きの知人が一時帰国した際、当時、ロンドンでもっとも高い評価と尊敬を集めているピアニストとして、真っ先にブレンデルの名前をあげていた記憶があります。

そういうブレンデルの意外な一面を見ることができたのは、あるテレビ番組で放映されたリハーサル風景でした。その番組とは、芥川也寸志、なかにし礼、木村尚三郎の三氏がMCを務めていたN響アワー「ブレンデルさんの皇帝」ですが、ご覧になったでしょうか。

まだ若手だったヤノフスキとの共演で皇帝を弾いたのですが、ピアノの前で指揮者そっちのけで振り始めたり、まさに抱腹絶倒ものでした(芥川さんが「なんで一人で弾き振りしないのだろう」とコメントしていたかと)。あるパートに差しかかったところでは、「グレン・グールドがこの部分をベートーヴェンが作曲した最悪のメロディだと言っていてね」と笑いながら述べていました。それがどこだったかは忘れましたが。

彼の弾いたベートーヴェンのピアノ協奏曲集、小生が所有しているのはレヴァイン&シカゴ響とのライブですが、亡父がハイティンク(&コンセルトヘボウ)大好き男だったため、実家にはハイティンク&ロンドンフィルとのLPが揃っています。初めてその皇帝のレコードに針を下したとき、オケのトゥッティに続くピアノのカデンツァ、その珠を転がすような響き、透明感のある美しい音色にうっとりと聴き惚れたことを思い出します。珠を転がすような響きといえば、1番も素晴らしかったですね。

こうして振り返ると、ブレンデルは、その晩年において日本の音楽ファンとは少し疎遠な存在になったように思うものの、小生の音楽遍歴に少なからず影響を与えた、とても大きな存在でした。あらためて彼の業績を称え、ご冥福をお祈りいたします。合掌。


投稿: KEN | 2025年7月12日 (土) 06時22分

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