スタンフォード レクイエム ブラビンス指揮

日没直後の壮絶な夕焼けが好き
これから秋にかけて、美しい夕焼けがのぞめるシーズンとなります。
今日は英国圏からのレクイエム。
英国系の作曲家のレクイエムといえば、ブリテンの「戦争レクイエム」がその代表ですが、そちらはラテンの典礼文とオーウェンの詩に基づく独創的な反戦レクイエム。
ラテン典礼文ということで、ミサやレクイエムは宗教上はカトリックを信仰する国や人々の作品であることが多い。
スタンフォード レクイエム op.63
S:キャロリン・サンプソン
Ms:マルタ・フォンタナルス=シモンズ
T:ジェイムズ・ウェイ
Br:ロス・ラムゴビン
マーティン。ブラビンズ指揮 バーミンガム市交響楽団
バーミンガム市大学合唱団
(2022.7.2,3 @シンフォニーホール、バーミンガム)
過去記事から、スタンフォードの概要を。
チャールズ・スタンフォード(1852~1924)はアイルランド生まれで、ケンブリッジに学び、そのあとドイツ本流のライピチヒとベルリンでもしっかり勉強し、生涯はイングランドで過ごした英国系作曲家。
時代的には、ディーリアス、エルガーやV・ウィリアムズ、ホルストよりも、少し先んじた作曲家で、同じような時期の英系作曲家としてはパリーとマッケンジーがいる。
彼らとともに先人として、英国音楽の礎を築いた作曲家でもあり、エルガー前の作曲家としては大物で、7つの交響曲、アイルランド狂詩曲を始めとする管弦楽曲、オペラも数作、協奏曲も器楽作品も、多用なジャンルにその作品を残している。
作品数の割に、録音はまだまだ少なめで、とくにオペラは今後に期待したいものです。
作曲家として、指揮者として、指導者として多くの作曲家を導き、イギリス音楽界の重鎮とはなったが、時代に逆らうような古風な作風にとどまったともされ、晩年や没後も後世の後輩作曲家の影に隠れてしまうこととなりました。
シャンドスやハイペリオン、ナクソスなどのレーベルのおかげで、スタンフォードの作品も聴けるようになり、古風だったり、ブラームス風だったりするとよく指摘されたことが、案外に違うのではないかとイメージが刷新されつつあるとも思います。
7つの交響曲を聴けば、たしかにブラームスやドヴォルザークを感じさせもするが、そこには田園情緒とアイルランド民謡なども意識させる穏健な懐かしさなどこそがスタンフォードの特徴ではないかと思うようになります。
一方でたくさんの作品のある声楽作品は、英国国教会のために残した讃美歌、聖歌、礼拝曲、オルガン曲など、現在でも教会で演奏されるスタンフォードの手によるものがたくさんあるそうだ。
田園情緒や民族音楽、そして厳粛ながらも健やかな教会音楽、スタンフォードの音楽はこんな感じにまとめてよいでしょうか。
このレクイエムは、1897年のスタンフォードの後期に当たる頃の作品。
アイルランド生まれのスタンフォードがはじめてイギリスを訪れたのは10歳のとき。
そこで観た新古典主義の画家フレデリック・レイトンの絵画に出会う。
その絵画に感化されたスタンフォードは、音楽愛好家で音楽の素養も豊かだった22歳先輩のレイトンと知己を得て、親しい友人となってゆく。
そのレイトン卿が1896年に66歳で亡くなると、悲しんだスタンフォードは「レクイエム」を書く決意をした。
親しい人を悼んで書かれたレクイエムは、怒りや天罰、恐怖などの激しいエネルギーの爆発はなく、ブラームスやフォーレのように、静かに慎ましく死者を偲ぶ作風につらぬかれてます。
1784年から始まったバーミンガムの芸術の祭典、バーミンガム・トリエンナーレで1897年に初演。
3年ごとに開催されるこのトリエンナーレでヴェルディもスタンフォードの楽譜を見て称賛を与えたらしい。
ちなみに、ドヴォルザークのレクイエムもこの芸術祭からの委嘱を受けて書かれたもので、スタンフォードの数年後に初演されています。
7つの章からなる74分の大曲。
①イントロイトゥス(入祭唱)
②キリエ
③グラドゥアーレ
④セクエンツィア
⑤オッフェルトリウム
⑥サンクトゥス
⑦アニュス・デイ、ルクス・エテルナ
まったく静かに語りかけるようにして始まる①。懐かしくも茫洋とした景色が見えるようで心地が良く、ソロたちはときにオペラのようによく感じ、よく歌う。
テンポをあげた②キリエでは合唱と独唱たちの絡み合いがそれぞれに対照的で面白く聴きごたえがある。
③グラドゥアーレでは、①の冒頭の印象的なモティーフに絡み合うようにソロが歌うが、なかでもソプラノの清らかな歌が素敵なもの。
フルートと独奏ヴァイオリンもそこに追奏するようにして出てきて雰囲気もよろしい。
④セクエンツィアではその冒頭にディエスイレがやってくるが、そこに怒りの噴出はなく、シンバルやブラスは高鳴るもののそれは怒りそのものでなく予兆にすぎない感じだ。
30分近くを要するこのセクエンツィアはなかなか長大で、いくつもの章に分かれていて、さまざまに曲の様相が変転するが、その基調はあくまで穏健。
この長い章では4人のソロが活躍するが、なかでもソプラノとメゾにあたえられた役割がとても印象的。
またロッシーニ的な切ないテノールソロも実によい。(ただここで歌うテノール歌手はやや弱いと思う)
ラクリモーサは、葬送のようにティンパニも轟くが、さほどに切実でなく、そこが穏健派たるスタンフォードのゆえか。
この章の最後は、心安らぎピエ・イエズスがくるが、ここほんとに美しく、ブラームスの音楽にもさも似たり
⑤オッフェルトリウムは緩やかに進行する行進曲調の音楽で健康的ですらある明朗なもの。
合唱のフーガ調の掛け合いも聴きごたえあり、それを支えるオーケストラも見事なもので、このあたりの扱いがスタンフォードは実にうまい。
⑥清らかなサンクトゥス。
書評のなかには、追随するハープの音型が「ラインの黄金」を思わせると書かれているが、徐々に盛り上がって高らかな雰囲気になってゆくところはさもあらんと思わせる。
続く4人のソロによるベネディクトゥスは、これまたオペラシーンでの4重唱を感じさせる。
ヴェルディが高く評価したのは、こうしたオペラティックな場面が続出するところだろう。
そういえば、より劇的なヴェルディのレクイエムも特定の芸術家の追悼で書かれたものだった。
短いホザンナは天国的。
⑦葬送行進曲のような重々しいけれども、どこか清涼なオーケストラ長いオーケストラ前奏を持つアニュス・デイ。
ここは友レイトンのセント・ポール大聖堂での葬儀を思い書かれたものともされる。
荘重な雰囲気からテノールソロのルクス・エテルナで、曲調は一変し、一筋の光が差し込んだようになる。
オーケストラは流れゆく川のようにさざめき、そして安心感を与えるような力も与えてくれるムードになる。
ハープにのって合唱が清らかに歌い、オーケストラはレクイエム冒頭の旋律を奏で、どこまでも穏やかに、すこしづつ弱くなっていって、静かに終わる。
極めて感動的なラストにしばし外の夏空を眺めてました。
長くて難解な作品、これまで20回ぐらい聴き続けました。
だんだんといろんな発見も見出すようになりました。
こうした作品は、静かにひとりで楽しむに限ります。
合唱の国、英国が生んだノーブルな作品です。
スタンフォードは、エルガーの一連の声楽作品の登場で、英国におけるその存在が薄くなっていっていまうのでした。
お馴染みのブラビンスの指揮は、誠意にあふれ共感もゆたかで、いつも演奏しているかのように堂に入ったものです。
由縁あるバーミンガムでの演奏も嬉しいところだし、先ごろ日本に凱旋した山田和樹の活躍も同朋としてはうれしいところです。
4人のソロでは、女声ふたりがとりわけ素敵でしたね。
【スタンフォード 過去記事】
「スタバト・マーテル ヒコックス指揮」
「交響曲第3番 アイリッシュ 大友直人&東響」
「クラリネットソナタ エマ・ジョンソン」
暑い夏、明日の21日は「戦争レクイエム」を聴く。
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