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2025年8月31日 (日)

バイロイト2025 勝手に総括

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夏のワーグナーの祭典、バイロイト音楽祭も終わり、夏も終わりか・・・と思う時分になりました。

現地に行ったわけじゃない、行ったこともない、きっとこの先も行くことはないだろうバイロイト。

でも71年頃から年末の放送をずっと聴いてきたし、ちょっとしたワーグナー好きであります。

夏のバイロイトでの出来事は、一喜一憂してしまうのですから、今年もやります、勝手に総括、お許しください。

祝祭劇場の写真をちょいと編集してしまいました。

2025年の演目は、新演出の「ニュルンベルクのマイスタージンガー」、「ニーベルングの指環」(2022年)、「パルジファル」(2023年) 、「ローエングリン」(2018年)、「トリスタンとイゾルデ」(2024年)の5つ。

トリスタンは今年は放送されず、それ以外の作品をBR放送で全部聴きました。

画像はそれぞれ、バイエルン放送協会、バイロイト祝祭劇場のサイトなどからお借りしてます、ありがとうございます。

Meister-1

「ニュルンベルクのマイスタージンガー」 ダニエーレ・ガッティ指揮

すでにレビュー済み。
ザックスを特別扱いせず、むしろ軽い存在とすることで、ドイツ最上、神聖ローマ帝国万歳を薄めてしまい、前任のB・コスキーがえぐりだしたようなユダヤ問題をオブラートに包んでしまった。
踏込みが甘いという見方もあろうが、あれこれ考えずに楽しめたし、巻切れも愉快だったし、色彩の豊かさもよかった。

芸達者なツェッペンフェルトのザックスが期待通りに素晴らしく、深い美声で歌うバスでのザックスはかつてのリッダーブッシュ以来かもしれない。
この1か月で他の役でも多く舞台に立ったわけだが、体調を壊し、終盤ではミヒャエル・フォレとドンナーを歌っていたニコラス・ブラウンリーが代役で歌った。
さらに、好評のダ―ヴィット役のスタイアーも体調不良で降板し、ミーメを歌っていたチュン・ファンが代役に。
おまけに、指揮のガッテイもおかしくなり、1日だけ、お馴染みのアクセル・コバーが急遽指揮台にたった。
猛暑でありながらも、寒くなったりと、天候不順だったバイロイトだったようです。

 「マイスタージンガー2025 記事リンク」

Siegfried

 「ニーベルングの指環」  シモーネ・ヤング指揮

なんだかんだで、最終年度となったシュヴァルツ演出の「リング」。
コロナでお休みがあり、都合4年間、上演されたが毎回激しいブーイングが起きて、ある意味それも楽しみになっていた。
でもしかし、今年は、聴けた放送に限っていえば「ブー」はなし。
もしかしたら、カーテンコールに演出グループが出てきたときに、浴びたのかもしれないが・・・

観客はなにが起こるか認識して観劇していたので耐性がついていたのだろうし、いろいろと手を加えて調整もされていたとも言われている。
マイスター、インキネンから引き継いだヤングの指揮が、昨年以上に素晴らしかった。
あんなヘンテコな演出舞台なのに、音楽だけはやたらと素晴らしい。
それもこれもすべてに堂に入った的確かつ文句なく雰囲気豊かなワーグナーを聴かせるシモーネ・ヤングの指揮によるところだ。
聴いていて思わず膝を打つような場面も続出し、「神々の黄昏」の終盤、葬送行進曲から自己犠牲までの素晴らしい音楽が、こんなに感動的に演奏されるのを久々に聴いた。
ラストは思わず涙が出てきた。

歌手たちも比類ない出来栄えの素晴らしさ。
ジークフリートがすっかり板についてきたフォークトは、声に力と輝きも増してきて、スタミナ配分も充分で、最初から最後まで変わらぬ輝かしさだった。
ブリュンヒルデのフォスター、もしかしたらブリュンヒルデとしてバイロイトはこれが最後かもしれないが、以前のカストルフのプロダクションのときと比べるとはるかに練れてきて、声のハリと言葉の明瞭さ、そして歌に乗せる音楽の意味合いなど、ほんと素晴らしいと思った。
 コニチュニーのウォータンにベテランの味わい、悲劇臭強いスパイアーズのジークムントはヴァルターを歌った同じ人とは思えないほどのなりきりぶり。
ジェニファー・ホロウェイのデビューがあり、素敵なジークリンデだった。
チュン・ファンのミーメの害達者ぶり、ラデッキーのグンターの存外なかっこよさ、見た目グラマーにされたグートルーネのシェラーは、来年のリエンツィにも登場で楽しみ。
ほかの歌手たちも高水準で、長く続いたプロダクションの最後らしい、充実ぶりだった。

初年度だけを映像や音源にするのでなく、2025年度を製品化して欲しいものであります。

Parsifal_20250830225001

  「パルジファル」 パブロ・ヘラス=カサド指揮

こちらは3年目のプロダクションで、昨年は放送がなかったので、一昨年にも増してカサドのテンポが速くなり、凝縮もされて感じられた。
かつてのブーレーズもかくやと思わせるような、透明感と明るい輝きにあふれたラテン的な演奏で、一方で中身の濃さも。
自分的には、あっけなさも感じたのも事実で、こんな私が「パルジファル」という舞台神聖祭典劇の既成概念にとらわれていることの証なんだろう。
「神聖」という文言を排除してしまったジェイ・シャイブの演出は、初年度の映像を見る限り、私は好きではない。
レアアースの採掘と枯渇、グルネマンツの恋など、環境問題とともに盛り込み、さらには映像の多用と、一部の人しか享受できないARグラス鑑賞など、まことに面白くなく感じてる。
 だが歌手たちは、ここでも素晴らしく、ツェッペンフェルトの美声のグルネマンツは安心して身を委ねることができる。
体調不良の代役は、グロイスベルクで、こちらも好評だったようだ。
シャガーのタフなパルジファルは相変わらずで、いい意味で一本調子なところがこの役にぴったり。
クンドリーはグバノヴァで、美しい低音から叫びまで、彼女ならではの輝く美声を聴かせてくれた。
Wキャストでガランチャも半分受け持って、こちらも絶賛されていた様子。
あとはフォレのアンフォルタスの神々しさも特筆もの。
 合唱団が再編成され、指揮者も変わったが、かつての地鳴りするような腹に響く力強い合唱と比べると弱く感じたがいかに。
まあ、こんな演出なら多少薄い方がいいか・・・・
そして、1幕終了時にはすかさず拍手が、3幕も音が終わってすぐさま拍手が・・・

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  「ローエングリン」 クリスティアン・ティーレマン指揮

3年ぶりのローエングリンというよりも、3年ぶりにティーレマンは帰ってきた、ということで話題になった。
やっぱり、すごい、ティーレマンがいなくては、と多くの方が思い、私も放送で聴いててその段違いのすごさに感嘆したのです。
音の厚み、自然さを増したタメの絶妙さ、全体にみなぎる緊張感など、ガッティやカサドとはけた違い、というか目指す音楽が違う次元で凄いという認識を持った。
これも久々登場のベチャワのローエングリンは、予想外によくて、自分的に気になっていたクセのある甘い歌い口が影をひそめて高貴さと力感のある歌唱となっていたように思う。
しかし、その彼も体調を壊し降板し、フォークトが急場を救う。
シュトラウスやドニゼッティなど、広範なレパートリーを持つファン・デン・フィーファがついにエルザでバイロイトデビュー。
彼女ならではの真摯でひたむきな歌いぶりが聴いてとれた。
来年はジークリンデで再登場予定。
驚きは、これもデビューのフィンランド出身のリサ・ヴァレラのオルトルートの憎々しいほどの巧みな歌い口と力強さ。
この歌手は今後ますます活躍しそうで、来年はクンドリーが予定されている。
合唱に関してのドイツのリスナーレビューは手厳しいが、そんなに悪くないと思ったけど。

シャロンのこのブルーに染まった演出は、最初から好きじゃなかった。
ディズニーの世界かよ、電気技師のローエングリンかよ、電源喪失のあとはお決まりのグリーンで持続可能のエネルギーにしましょう・・
めんどくせーな、よけいなこと盛り込むんじゃねぇよ。
社会問題を持ち込むと、すぐにオワコンになるよ。
このシャロン氏は、2028年には、メットでリングを演出するらしい。

「トリスタンとイゾルデ」が聴けなかったのは残念だけど、ニールントのイゾルデが彼女ならではの細やかな歌で絶賛されている。
あの演出も、小道具が多すぎて、あと暗くてあまり好きじゃないけど。。。

Walkure_20250831000901

最後の思い出に、あのヘンテコ演出の極みのワンシーン。

往年のワーグナー好きが観たら、まさかこれがワルキューレ3幕と言われたら卒倒しますぜ。

顔整形中のキャバクラ衣装のワルキューレたち、ちゃんと8人いるけど、わけわからないスーツ姿の男はまさか戦士たち?
監視カメラもあるし、セレブ風のウォータン。
ネトフリでやっているようなアメリカンホームドラマを意識したものだろう。

ともかく、この「リング」で明らかだったのは、リングに必須のモティーフが、肝心の「指環」でさえも、剣、槍、黄金、兜…等々は一切出て来ないし、必須の炎は蝋燭のちょろ火だったりで、ともかくすべてを消し去ることで、演出家が思い込んだドラマに作り変えたことだろう。
彼の意図などもうどうでもいい。
前にも書いたが、ワーグナーが微に入り細に入りモザイクのように造り上げたライトモティーフが完全に無視されたことに怒りを感じる。

毎年の新演出で、こうした傾向は拍車がかかっていて、原作の本質までも捻じ曲げることが多くなっているし、役柄の存在の概念も書き換えることも増えた。
さらにそこに社会問題までも盛り込む。

もうこうしなくてはならないという強迫概念すら感じますよ。

そんななかで、来年2026年の新演出(?)に予定されている「ニーベルングの指環」は人工知能=AIを活用したパフォーマンスになるという。
演出家の名前はクレジットされていらず、かわりに、クリエーターというカテゴリーでの名前になっている。
150年間のワーグナー「受容史に焦点を当てたプロダクション」という風に紹介されている。
想像するにオラトリオ風なのか、AIの造り上げた映像や画像を前にそれと競演するかのようにして歌うのか?
そんなようなことはバイロイト劇場の紹介ページから想像できる。
150年間のバイロイトでの上演履歴をすべて読み込んだうえで、AIが考えるパフォーマンスとなるのか?

このリングを指揮するのはティーレマンで、フォークトがローゲ、ジークムント、ジークフリートの3役をすべて歌う。
フォレのウォータン。ニールントのブリュンヒルデという歌手たち。
記念の年に相応しく、ティーレマンの「第9」で開幕し、バイロイト初めての初期オペラで「リエンツィ」が画期的な上演となる。
指揮はシュトッツマンで、タイトルロールはシャガー。
リエンツィの次作「オランダ人」の再演は、リニフの指揮、グリコリアンが帰ってくる。
あとは、「パルジファル」というラインナップです。

なんだかんだ、観劇に行きもしないで文句ばっかり言いつつ、毎年心待ちにしているバイロイト。
ワーグナー好きのサガといえましょう。

人事的に変化もあり、1月からはベルリン・ドイツ・オペラからマティアス・レーデルというゼネラルマネージャーが就任し、カタリーナ・ワーグナーは芸術監督として2030年まで留任する。
こうして、ワーグナー家の血脈も人材不足ということはあるが、徐々に薄まっていくのも寂しいものではあります。

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