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2025年8月 6日 (水)

ワーグナー 「ニュルンベルクのマイスタージンガー」 ガッティ指揮 バイロイト2026

Bayreuth-2025

今年もバイロイト音楽祭が始まりました。

7月24日~8月26日まで、新演出の「マイスタージンガー」、「指環」、「パルジファル」、「トリスタンとイゾルデ」、「ローエングリン」の演目。

日本と同様に猛暑のヨーロッパですが、音楽祭が始まると気温が低下、冷夏のバイエルン地方になっているようで、野外コンサートが楽器への影響などから中止になったりしてます。

バイエルン放送から例年通りライブ配信され、その演奏はさっそくに聴くことができたし、映像作品もすぐさまにDGから公開。

ネット社会の進化は、こういう場面では大いに結構、大いに享受させていただいてます。

Meistersinger-02


 ワーグナー 楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」

    ザックス:ゲオルク・ツェッペンフェルト         
    ポーグナー:パク・ジョンミン

    フォゲルゲザンク:マルティン・コッホ 
    ナハティガル:ヴェルナー・ファン・メッフェレン

    ベックメッサー:ミヒャエル・ナジ
    コートナー:ヨルダン・シャハナン
 
    ツォルン:ダニエル・イェンツ  
    アイスリンガー:マシュー・ニューリン

    モーザー:ギデオン・ポッペ
    オルテル:アレクサンダー・グラッサウアー

    シュヴァルツ:ティル・ファヴェイツ
    フォルツ:パトリック・ツィールケ
    ヴァルター:マイケル・スパイアーズ  
    ダーヴィット:マティアス・スタイアー

    エヴァ:クリスティーナ・ニルソン   
     マグダレーネ:クリスタ・マイヤー

     夜警:トビアス・ケーラー

   ダニエレ・ガッティ指揮 バイロイト祝祭管弦楽団
               バイロイト祝祭合唱団
                   
                     合唱指揮:
トーマス・アイトラー・デ・リント

        演出:マティアス・ダーヴィッツ

        (2025.7.25 @バイロイト祝祭劇場)

まずもって面白かった演出、それは舞台装置、衣装、照明など一貫して言えたことだ。
ドイツの一劇場と同じ存在と化してしまった昨今のバイロイトという存在。
場合によっては陳腐と評したくなる舞台のいくつか。
安全運転かもしれないけれど、行きすぎた解釈や原作を踏みにじるような読み替えなどがほとんどなかった点で、ここ数年では保守的な聴衆にも安心できる上演ではなかったろうか。

ドイツ人の演出家ダーヴィッツは、音楽の造形も深く、自身も俳優を演じたほか、ミュージカルシーンなどでの活動が多かった。
フォルクスオーパーやリンツでの活動から、いまはリンツのミュージカル部門の監督を務め、オペラ演出の分野にも進出しつつある今、とのこと。
カタリーナ・ワーグナーからは、「作品(マイスタージンガー)の軽妙さを際立たせて欲しい」という依頼のもとに受諾。

時代設定は中世でもなく、ワーグナーの時代でもなく、まさに少しまえの現代。
同じ現代の設定でも、アメリカナイズしてしまったシュヴァルツの悪夢のリングと比べると、ずっと穏健で、そのリングでも際立ち、さらに昨今のオペラ演出で多用される登場人物たちの「スマホ」操作はいっさいなく、スマホ登場前の年代かもしれないが、そうしたナンセンスなところがないのがよかった。

カラフルで、中世の落ち着いた色合いからしたらキッチュすれすれ。
そんな明るく楽しい舞台のマイスタージンガーだった。

以下、ネタバレありますので、まだご覧になっていない方、きっとやるNHK放送を楽しみにされる方はスルー推奨。

1幕
・昨今の前奏曲や序曲から演技がはじまるのと異なり、今回は幕が閉じたままであのハ長の前奏曲が鳴り渡った。
開幕初日だったので、セレブたちの入場の見学や、場内誘導のゴタゴタから、生配信のため時間通りに始まった前奏曲に間に合わない人がいたらしく、暗闇で席を探す至難さに不平をこぼす聴衆もいたとか・・・

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・あまりにも急な階段が据えられていて、その上に教会。
・急階段注意!と書いた看板が立っていて、東京五輪で流行ったようなピクトグラムが描かれている。
・礼拝を終えたエヴァとマグダレーネは階段を降りてくる。ヴァルター紙ヒコーキをハートにしてる。
・階段が右に移動し開いていくとちょっとしたホールになる。
・よく観察するとバイロイト祝祭劇場かもしらん。
・ここでダーヴィッドは歌のルール説明をし、ヴァルターはお試し試験を受けることになる
・マイスターたちは、ヘンテコな帽子をかぶった結社のような存在(後述)
・試験に落ち、ふてくされたヴァルター、憮然とするザックスとほくそ笑むベックメッサー
 幕切れには階段の上にあった教会が火花とともに、ぶっ壊れる

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 今回の親方たち~海外メディアを参照してwikで調べた「シュララフィア」という男性のみの組織
1859年プラハで結成された芸術愛好家団体で、友愛とユーモアがモットー。
メンバーになるには、シュララフェ(名付け親)によって紹介され、一般投票が行われる前に試用期間を終え、従者からそして騎士(ナイト)へとキャリアを進めなくてはならない。
いまでもドイツを中心に世界のあちこちにある様子
協会のマスコットは、「ふくろう」
なるほど、そんなような騎士とフクロウのあいの子のような帽子だったわけだ。
メンバーには作曲家のレハールとか、ヘルデンテノール兼作曲家のブルーノ・ハイドリヒなどのほか、高名な芸術家多数
ハイドリヒの息子はラインハルト・トリスタン・ハイドリヒで、ナチスの高官、ゲシュタポ長官などを務めた人物
演出のダーヴィッツが、「シュララフィア」をよく調べてマイスターたちとリンクさせたのだろう。

2幕

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・ザックスの家、ポーグナー家がある街角で、黄色い電話ボックスの中は本などのアーカイブたっぷり
・街のつくりは洒落ていて雰囲気抜群
・標識もすてきだし、カラフルな樹木もよろしいのだ

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・ベックメッサーはロック歌手のいでたちで、グラサンかけてエレクトリック・リュートをかき鳴らす
・恋人たちの所作も楽しそうで笑いをこらえきれない
・ザックスは靴ばかりか、あらゆるものを叩いて論評
・家々に徐々に明かりがともり、パジャマ姿のおばさんや親方たち、市民たちがぞろぞろ。
・恋人マグダレーネにちょっかい出したと勘違いしたダーヴィッドはベックメッサーと取っ組み合いのけんか
・ダーヴィッド、ベックメッサー、ともにスタントが出てくるがやがて、本物とあわせ4人で特設リングで拳闘騒ぎ

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・夜警の登場で蜘蛛の子を散らすように人々が消え、負傷したベックメッサーは電話ボックスからよたよた出てくる
・家の間の路地を失念のうちに去るベックメッサーの姿が寂しい

3幕
・ザックスの仕事場、楕円の形状で靴型の山など数々の小道具がリアルで細かい
・母親と少女のセピアカラーの写真があり、ザックスはしばし眺めて嘆息

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・ザックスの神妙なるモノローグ、自分のなすべきことを悟り、はたと顔色がかわり仕草もアクティブに、やや軽い
・傷だらけのベックメッサーとザックスの会話も楽しい
・飽きさせやすい寝起きスッキリのヴァルターとの新曲の組成のシーン、ここでもザックスは軽快すぎる
・エヴァとザックスの仲良しシーンは和む
・ワーグナーの書いたもっとも美しい音楽のひとつ、5重唱は、楕円の仕事場でのシンメトリーが美しく、浮かび上がる効果がすばらしい

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・さあ始まったみんな大好き、まるでカーニヴァルのシーン
・チープな放射状のネオン、これ、某国の人がみたら発狂するんじゃね?

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・牛さんの巨大バルーン
・入場のセレブたちは、みんなニコイチで同じ人間の二人組
 バイロイトの常連メルケル、名前知らないけどスター歌手、われらがヤパンのカワイイ・コギャル、ぬいぐるみに愛を注ぐクイアー、わからんがレズっぽいカップル、各地から選ばれたミスコン美女

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・文句なしに楽しかったのが徒弟ダンスで、全員が等しくセレブもいろんな組み合わせで対を組んだりして、さながらtiktokの流行りのようにして踊る。このセンスのよさは抜群だった
・親方たちの入場は喝采だが、ベックメッサーだけはブーイングされちゃう
・エヴァちゃんは、花束のように花に埋もれて運ばれてくる
・いよいよの人気者ザックスの登場は・・・・まるで遅刻してきた落ちこぼれみたいに、小走りにおろおろと駆け込んでくる。
・ザックスを讃える人々もどこか他人行儀

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・干し草のステージに立つベックメッサー、エレキリュートをハート型のネオンで光らせ、聴衆からも笑いが起こる
・そんなにみすぼらしい結果にはならないベックメッサー
・ヴァルターの歌に、全員が聴き惚れるし、ザックスもめちゃ感心してる。感心しすぎで感情出し過ぎ、朝から夕べ、背景も夜になる

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・花から出てきたエヴァちゃんはカジュアルそのもののいでたち
・マイスターの印である首飾りを拒絶するヴァルターに、ザックスの最高の聴かせどころが続く
・歌に熱が入るザックス、人々はあまり聴いてない雰囲気で、ベックメッサーがちょろちょろと舞台前面に出てきて不自然に置いてあったコンセントプラグを引っこ抜いてしまう。
・すると頭上にあった巨大なウシさんがしぼんできて垂れ下がってきて、照明も暗くなっていく

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・熱唱するザックスをよそに、人々はこれが気になってしょうがない。
・最後のドイツの芸術!と揚々と歌いあげたザックスは、ようやく消失しつつある電源に気が付き、慌ててプラグをつなぎ合わせる
・そんななかで人々はドイツ芸術と、そしてザックスを讃え上げ、ザックスはヴァルターに首飾りを渡すものの、それをエヴァは奪い取る
・エヴァはザックスに掛けることなく、父親につき返す
・呆然とする父とザックスをよそ眼に若いふたりは、ひとびとの暖かい目線のなか手をふりながら去ってしまう
・合唱の間から寝起きの夜警が出てきて、うるさい歌声に耳をふさぐ
・舞台奥ではザックスとベックメッサーが何してくれんだよ、という感じでもめてる
・人々は聴衆に向かい、「さあこんな感じ」、はたまた「なんでやねん」と両手を広げて終了

           幕

長々と書いてしまいましたが、この新プロダクションは聴衆からは一定の評価を得て、評論家先生からは批判を受けてるそうな。
聴衆の反応も幕が降りてもブラボーが優ってましたが、演出家ご一行が出てきたときは、いまやお決まりのようなブーイングが浴びせられた。
でも、ここ数年の、とくにあのシュヴァルツ君の「リング」のような凄まじいブーとは比較にならないくらいにおとなしい。

マイスタージンガーで避けては通れない「ドイツ至上」「ユダヤ問題」このふたつはあえて避けたかのような内容は、前回のバリー・コスキーが果敢に問題提起したのと大違い。
そのあたりの切り込みを期待した向きもあるかもしれないが、ユーモアや笑い、理想などにこだわったところが逆にまた新鮮だったと思う。
 でもここでは「ドイツ的」なるものを避け、みんな等しく芸術を堪能しようという意向も見て取れた。
親方たちを、実在の芸術愛好家組織のメンバーにしたこと、ザックスはそこではちょっと浮いた存在にしたこと。
さらにそのザックスがやたらと感情優先で動くところもまた、人格者というよりは、みんなとおんなじ、そんなザックスにしたかったんだろう。

ザックスを普通の人に仕立て、ベックメッサーも同格の立場に。
ベックメッサーは滑稽な存在が先立つのでなく、どこにでもいる、ちょっとズルい人間として、そしてみんなに仕返しをしちゃうような抜け目ない存在だった。
若いカップルのふたりは、こんな社会から飛び出したかったし、それを見送った市井の人々も多彩な立場の背景のある方々で、まさに多様性と共存をちゃっかりと入れ込んでいる演出。
ここはね、やっぱりそこかい、という思いだが、このあたりがEUのドイツという国なんだろう。

この色彩豊かな舞台は、わたしはほんとうに楽しめた。
サイケデリックな雰囲気は、外電にも書いてあったがモンティパイソンを思わせるものだったし、日本でいえば昭和臭ただようものだ。
マイスタージンガーを演出するさい、つきまとうナチスの影やドイツ至上主義とワーグナーという問題から、うまく距離をとり、巧みにみんな等しく平等という思惑を入れ込んだ、そんなマイスタージンガーだったと思います。

   ーーーーーーーーーーーーーーーーー

バス歌手として、バイロイトでバスのすべての役柄を歌ってきたツェッペンフェルト。
バスバリトンの役柄であるザックスは、荷が重いと慎重だったそうだが、持ち前の美声と豊かな低音を背景にしたゆとりある歌唱は、思った以上に素晴らしく、オールマイティなバス歌手としての存在のありがたみを強く感じましたね。
演技の巧さと、持ち前の眼力の強さをともなう表情による演技も見事に決まっていて、普通の人ザックスを描いてやみませんでした。

あと素晴らしいのがヴァルターのスパイアーズで、バリトンからリリックテノールまでの広い音域をもち、ヘンデルやロッシーニも歌う、まさにバリテノールによるワーグナー歌唱は、ジークムントではほの暗さの悲劇臭を出し、ヴァルターでは軽やかなイタリアカラーの歌声でもって驚きの歌唱だった。

見た目も可愛いスゥエーデンのニルソンは、アイーダのようなドラマティコロールも歌うソプラノで、エヴァではよく声を抑制して、透明感ある声で素敵なものだった。
この先、エルザやジークリンデなども期待。

ユニークなベックメッサーを歌ったナジは、生真面目な雰囲気が気の毒なムードをかもし出すが、そのバリトンの声は立派でよく通り、この先、ウォータンでも行けちゃうと思わせるものだった。

それと絶賛に値するのがダーヴィッドのスタイアーで、歌に演技に水際立った軽やかさを表現。
ちょっと腹が出てるけど見た目と裏腹の軽快なテノール。
相方のお馴染みのクリスタ・マイヤーのマグダレーネは、安心の存在だが、見た目がやや・・・、ブーも浴びてた
ブーといえば、ポーグナーの韓国人バスのジョンミンも浴びていて、わたしも最初から最後まで美声は認めるものの言語不明瞭、スムースな耳あたりのいい歌唱に終始し、父親としての存在感は感じず深みも欲しい。

シャハナンのコートナーを始めとする親方たちご一行の充実ぶり、際立つキャラクターづくりでもって、安定感あるのもバイロイト。

予算削減で見直しのなされた合唱団は、新しい指導者にかわったものの、かわりなく揺るがぬ存在であり安心した。

さて最後はガッティの指揮だが、ヴィヴィットで弾むような音楽づくりの前任のジョルダンに比べ、イタリア人ながら重厚な音楽造りに根差したマイスタージンガーにしようとしたかのように感じた。
でも音は美しく磨かれ細部へのこだわりも感じられ、今後もっと演出に則した開放的なハ長の楽劇へと進化させてゆくことでしょう。

ともあれ、面白かった、楽しいマイスタージンガーでありました。

Bayreuth-20252

ほかの演目は音で全部聴き始めました。
夏の終わりにまた勝手なる総括をしようとも思いますよ。

来年はバイロイト音楽祭始まって150年の記念の年。
「リエンツィ」が初めて上演されます。

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