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2025年9月

2025年9月24日 (水)

バッハ コーヒー・カンタータ コレギウム・アウレウム

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ベタですが、コーヒー☕
しかもお馴染みのコメダです。

名古屋発祥のコメダ珈琲店は、かつては愛知県を中心とするローカルチェーン店だった。
私は名古屋に単身赴任歴があり、その頃は東海3県ぐらいの出店で、ともかく外で打ち合わせなどをする場合は必ずコメダだった。
喫茶店&モーニング文化の成熟した名古屋圏ならではのスタイルが、いまは全国に浸透し、日本のすべての都道府県でコメダのコーヒーと美味しい軽食が楽しめるようになりました。

Bach-kaffee

バッハ カンタータ第211番「お静かに、おしゃべりせずに」

    「コーヒー・カンタータ」

   S:エリー・アメリンク
   Br:ジークムント・ニムスゲルン
   T:ジェラルド・イングリッシュ

   指揮:ラインハルト・ペータース   

    コレギウム・アウレウム合奏団

          (1966 @キルハイム)

教会カンタータと対局にあるバッハの世俗カンタータ。
教会の礼拝や暦に則した教会カンタータに対し、お祝い事などで依頼を受けて書かれたのが世俗カンタータで、いつものバッハの厳しさとは違って、物語り性のある楽しい音楽だったりもします。

文化としてのコーヒーは、ヨーロッパでは1600年代半ばにロンドンを中心にして広まり、フランス、オーストリア、ドイツと広まっていった。
アフリカ、中東からの流れであり、それはイスラムとの関連もあるが、ヨーロッパではまさに列強の植民地からの流れだろう。
バッハのいたライプチヒでもコーヒーは女性を中心に大流行。

すぐれた台本作者であったピカンダーというペンネームを持つクリスティアン・フリードリヒ・ヘンリツィの台本。
このコンビは、「マタイ受難曲」という人類の宝ともいうべき作品を残してます。

ユーモアに富んだ、楽しくもペーソスあふれる内容。
テノールは語りで、コーヒーに夢中の娘とそれ止めさせたい父親のちょっとした物語。
「静かにおしゃべりをしないで聴いて」とテノールの語りから始まる。
父親は娘が言うことをきかないとこぼし、娘はコーヒーを飲まないとおかしくなる、コーヒーはキスよりも葡萄酒よりもおいしいわ、と歌う。
父は、旦那さんが見つからないぞ、と脅しをかけるが、それならすぐに見つけてきて、それならコーヒーは止めるわよ、とうそぶく。
父は急いで婿探しに出かけるが、実は、娘はコーヒーを飲ませてくれない夫はお断り、と言ってまわっているそうな・・・

可愛いアリアが聴きものの素敵なカンタータ。
コーヒーのかぐわしい香りの似合うバッハの音楽であります。

私のようなちょっと古めの70年代男には、極めて懐かしいコレギウム・アウレウム合奏団。
ハルモニアムンディレーベルは、日本ではBASFレーベルとして、テイチクが販売を請け負っていた。
当時としては斬新だった古楽器を使用しての合奏団で、指揮者は置かず、キルハイムの古城のひと間を録音会場としていた。

ここでは指揮者の名前にラインハルト・ペータースがあり、まとめ役みたいな存在だったのだろうか。
このペータースも日本人には馴染みのある、懐かしい名前です。
N響によく来ていて、いわゆるドイツのオペラハウスの中堅的な存在で手堅い指揮ぶりで、テレビとFMでよく聴いてましたね。
いまこの合奏団の音を聴くと、どこが古楽だろうか、古楽器だろうかと思われるでしょう。
ピッチはやや低めで、ヴィブラートも普通にかけられている。
でもその音には落ち着きがあり、いぶし銀のような渋みもあり、心地よくも懐かしいのです。

そして清廉なるアメリングの歌声は、もはや癒しの境地にすらあり、ほんとに素晴らしい。
ワガママ娘というよりは、父親もコーヒーも大好きな優しい娘に感じます。

父親はニムスゲルン。

Nimsgern

実は、ニムスゲルンはこの9月14日に85歳で亡くなりました。
歌曲も宗教作品も、オペラにも、いずれも第1級のバリトンで、声域はバス・バリトン。
ここで聴く父親としての歌いぶりは、とても若く軽やかです。
のちにリリングのもとでバッハ作品をたくさん録音、カンタータや「マタイ」のイエスも懐かしいです。
さらにアイーダのアムナズロも得意役だったし、なんたってワーグナーですよ。
シェローのあとのバイロイトのリングで、ショルテイに抜擢されウォータンを歌った。
このときの録音は、エアチェックして愛聴しているがとくに指揮がシュナイダーに変わったときのものは、最高の美声のウォータンとして、私は大いに気にいってます。
ここにジークムント・ニムスゲルンへの追悼としても、この記事を起こしました。

アメリングはまだお元気の様子で、1933年生れで92歳。
ずっとお元気でいらして欲しい歌手のひとりです。

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前にハイドンの四季で出した画像ですが、わたくしもコーヒーは欠かせません。

毎朝、食事のともに、2杯は飲みます。
かならずそのまま、なにかを入れると飲めません。

ようやく秋の気配が感じられる頃、今週末はノット&東響の「マタイ受難曲」です。
ここでのイエスは、今年のバイロイトでナイスなベックメッサーを歌ったミヒャエル・ナジです。
もう平常心で聴くことができない予感、聴く前から感動してる自分って・・・
コーヒー飲んで落ち着こう☕

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2025年9月15日 (月)

神奈川フィルハーモニー定期演奏会 シュルト指揮

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桜木町駅周辺からのぞむ「みなとみらいエリア」

あいかわらず、夜景の映える場所です。

少し前まで、あちらの方で神奈川フィルを聴いてまして、一杯きこしめしたあとの、すっかり暗くなった街並みです。

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    神奈川フィルハーモニー管弦楽団 第407回 定期演奏会

   アルチュニアン トランペット協奏曲 変イ長調

   サンドヴァル  「ミスター バラタン」

      トランペット:ステバン・バタラン

   リスト  ファウスト交響曲 S.108

      テノール:村上 公太

   クレメンス・シュルト指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

               神奈川フィルハーモニック・クワイア
               クワイアマスター:岸本 大

                  ゲストコンサートマスター:戸原 直

         (2025.9.13 @みなとみらいホール)

スペイン生まれのバタランさん、よくぞ神奈川フィルが呼んでくれたものです。
シカゴ響の首席に加え、フィラデルフィア管も兼ねるという超凄腕、これまでスカラ座、グラナダ市管、スペイン放送、香港フィルなどの奏者を歴任している。
ブラスをやっている方なら必ず知っているだろうアレクサンドル・アルチュニアンの協奏曲、私は恥ずかしながらその名も知らず、でした。
アルメニアの作曲家でピアノ作品や交響曲などの大きな作品もある様子。
オーケストラのトレモロにのっていきなり吹きだすバタラン氏のトランペットを一聴して即座に驚き。
なんという真っ直ぐに届く輝かしい音色か。
すぐに始まるヴィルトゥオーゾ風の曲調も軽々と鮮やかにこなしてゆく。
いかにもアルメリアらしい、中近東風なオリエンタルなムードを感じるオツな音楽。
エキゾティックな雰囲気に酔いつつも、それ以上にバタランの人間味さえ感じる暖かな音色がすばらしく、どこまでも柔らかま響きが耳に心地よい。
ほんと素晴らしい、素晴らしいとしかいいようがない。
シカゴ響のHPの楽員紹介ページで、バタラン氏のマーラー5番の冒頭が聴けるが、これはたまりませんね!

アンコールは引き続きオーケストラも交えての作品。
あとで調べたらキューバ出身のジャズトランペット奏者アルトゥーロ・サンドヴァルが2021年にバタランのために書いた作品で、ボブ・バレットという方がオーケストレーションをしたもの。
ちょっと検索するとネットでも配信されてます。
とても美しい音楽で、作者もそうですが、やはりバタランさんの心にあるラテン系の明快さ、透明感といったものが、その音色に出てくるんだろうと思いました。

休憩時のロビーには若い方、きっと音楽を学ぶ学生さんでしょうか、たくさん見受けられましたが、みなさん明るい笑顔で凄いもの聴いたという表情が見てとれましたね。

後半は長大な難敵、リストのファウスト。
指揮はドイツのブレーメン生まれの43歳の中堅指揮者クレメンス・シュルト。
リストゆかりのワイマールでの実績もあり、各地のオペラ劇場に客演しつつ、ミュンヘン室内管とカナダのケベック響の音楽監督も務めている。

ファウストをコンサートで聴くのは初めてでありました。
ベートーヴェンの第9が1824年、ベルリオーズ幻想が1930年、交響曲の名を持つ「ロメオ」が1939年、「ファウストの劫罰」は1846年でリストに献呈。
そしてリストのこの「ファウスト」は1854~57年、その間でシューマンの「ファウスト」が1844~54年にかけて作曲されている。
ベートーヴェンが交響曲に歌を加えた、ベルリオーズが巨大なオーケストラ作品を書き、交響曲の概念を拡張した。
そしてゲーテのファウスト(1833年)が、多くの芸術家の創作に影響を及ぼした。

いずれの作品も影響を受け合っているけれど、ベートーヴェンからのベルリオーズの革新性が目覚ましいと思う。
そんな風に思いつつ聴き始めたけれど、沈鬱な1楽章の冒頭主題を聴いたときに、私はワーグナーの「ワルキューレ」を思い起こした。
2幕の終わりの方、ジークムントが戦いにいどみ去り、ジークリンデが不安に取り残されたところで流れるモティーフにそっくり。
以降、一進一退を繰り返すように長々と続くいろんな主題の繰り返し、それが25分も続くので、こうした捉えどころのないリストの交響詩を倍にしたような規模の1楽章。
この晦渋な楽章は、ファウストの悩みや面倒な性格をそのまま表していると思うが、シュルト氏は奇をてらわず、ストレートな音楽運びで楽譜そのままを聴かせた感じだ。
もっと面白く、もっとダイナミックにもできたかもしれないが、リストのまわりくどい音楽には何もしない方がいいとも思ったものだ。
それでも神奈川フィルの優秀なアンサンブルは聴きごたえあり、弦のしなやかさも特筆。

グレートヒェンを描いた2楽章は、神奈川フィルの美質がよりよく出た演奏で、柔和な木管、スリムだけれど美しい弦のアンサンブルなど、聴き惚れてしまうシーンも続出。
めんどくさい男ファウストと、野望に満ちたメフィストフェレス、それぞれの楽章との対比で、かわいらしい無垢なるグレートヒェンの見事な表出であったかと。

同じモティーフが繰り返されたり、打楽器がジャンスカ鳴ったり、ともかく特徴的で、禍々しさもある3楽章は、シュルトの指揮も相当に力が入り、その熱血ぶりも後ろからみていてよくわかり、ときにジャンプも試みていた。
その意欲が空転しないところはよかったし、神奈川フィルの冷静さに徹したプロ根性もよろしい。
ソロと合唱が、いつどうやってステージに登場するかと、心待ちにしていたら、オルガンは少し前、合唱は文字通り3楽章のその直前にスルスルっとあたわれた。
ここで空気感が一挙に変わるのが、この作品の肝であり、いちばんの聴かせどころだろう。
その清涼感とここまで聴いてきたという達成感は、CDなどでは絶対に味わえないものだ。
20人の神奈フィルクワイアの精鋭による合唱も美しく、明晰であり、加えて清水さんに替わって歌った村上さんのリリックな歌声も心に響いた。
村上さんの歌は、かつてカプリッチョやばらの騎士のいずれもテノール歌手役を聴いているが、のびやかで気持ちのいい声です。
 ちゃんと最後の6~7分に、こんな美しい完結感のあるエンディングを持ってくるなんて、リストさん、ほんと憎いです。
上昇し、浄化するかのようなオーケストラ、ティンパニの一撃も見事に決まり、感動のラストでした。
わたくし、ほどよく一声ブラボーしました。

バラエティあふれる、実によきコンサートでした。
楽員さんがステージを去るなか、消えそうな拍手が徐々に持ち直し、最後にシュルトさんにこやかに登場しました。
また神奈川フィルに来てほしい。
今度はシュトラウスとか、シェーンベルクとかのキラキラ系を聴かせて欲しい。

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会場で先行販売された出来立てほやほやの、かなフィル読書部のみなさまのエッセイ集。

お馴染みの楽員さんたちの、演奏を思いうかべつつ拝読させていただきました。

神奈川に住んでるエルフ、というコミックの作者によるカバーも素敵であります。

Yokohama-beer

コンサートの仕上げは、久々のメンバーと横浜地ビールで一献。

こちらもまたよろしくです。

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2025年9月10日 (水)

ワーグナー 「トリスタンとイゾルデ」 ネゼ=セガン指揮

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台風が来る前の壮絶な夕焼けシーン。

中学生・高校時代は、ここに富士の頭が見えて、こんな夕焼けを見ながら「ワルキューレ」のウォータンの告別を聴いて痺れていたものです。

わが血肉にもなっているワーグナーの音楽。

また新たな音源を発見し悦に浸っておりますところです。

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   ワーグナー 楽劇「トリスタンとイゾルデ」

   トリスタン:ステュワート・スケルトン
   イゾルデ:ニーナ・シュティンメ
   マルケ王:タレク・ナズミ
   ブランゲーネ:カレン・カーギル
   クルヴェナール:ブライアン・マリガン
   メロート:フレデリック・バレンティン
    水夫、牧童:パク・ジョンヒョン
    舵取り:ネイサン・シュルデッカー

 ヤニク・ネゼ=セガン指揮 フィラデルフィア管弦楽団
              フィラデルフィアシンフォニック合唱団

    (2025.6.1 @マリアン・アンダーソン・ホール、フィラデルフィア)
   
セガンが手兵のフィラ管でトリスタンを全曲やるという情報は前からつかんでいて、それがついに全3幕をネットストリーミングで聴くことができました。
50歳のモントリオール生まれのセガンは、相変わらず積極的な活動をしていて、フィラデルフィアは2012年から、メトロポリタンオペラは2018年から、それぞれ音楽監督をつとめていて、ヨーロッパでも各地のオーケストラに客演していて、レコーディングの数も極めて多い指揮者となっている。
メットでの指揮をべースにオペラも急速にそのレパートリーを拡張しつつあり、モーツァルトの主要オペラはすべて録音したし、ヴェルディ、プッチーニ、主要フランスオペラ、R・シュトラウスなど多く指揮していて、その多くをネットで聴くことができている。
ワーグナーへの取組みもついに開始し、バーデンバーデンでラインの黄金を指揮したが、ついにトリスタンを手掛けたわけだ。
メットでは、新演出のリングが2028年にスタート予定である。

コンサートでの定評ある指揮にくわえ、オペラでの実績と経験をすごい勢いで積み重ねている才人セガン。
ここで書くべきことでもないが、セガンは堂々とそっち系であることをカミングアウトした小柄だけどマッチョな指揮者だ。
多様性とかいう言葉は全く好きではないいが、かつてのバーンスタインのようなあらゆるものを飲み込み包括できてしまう、そんな心の豊かな音楽家なのではないかと思っている。

そんな彼の「トリスタン」は、フィラデルフィアの「トリスタン」としても大いに注目して聴きました。

・セガンの持ち味である生き生きとして、つねにビビッドな音が全編にあふれている。
・ライトモティーフのもつ説得力がいやでも増す音楽造り。
・ふたりの主役たちの、ワクワク感や焦燥、そうした気持ちがいろんなモティーフや、ちょっとした音の刻みにも表現されていて、聴いていて驚いた場面が多々あり。
・劇的なか所では、もさに興奮さそう盛り上げの巧さがある
・音が新鮮で、鮮度高い
・シンフォニックなアプローチでありつつ、オペラティックな感興にあふれている。
・しかし、陰りや絶望感は薄めで、ワーグナーのねっとり感やネクラ感はなし

豪華な歌手たちを揃えることができるのもアメリカの超メジャーのフィラ管、そしてメットの指揮者であることのゆえん
・ベテランとなったシュティンメは、この公演がイゾルデを歌う最後だという
 イゾルデの卒業となったシュティンメのさすがの貫禄と存在感
 しかし、高域がちょっとキツく感じ、低域が重すぎるようになった
・いまが絶頂期のスケルトン、重量級の声に拍車がかかり3幕のやぶれかぶれぶりは見事
 逆に2幕は抑え気味
・カーギルのブランゲーネは実にいいが、マリガンのアメリカ~ンすぎるクルヴェナールは軽薄だった
・若々しいナズミのマルケは新鮮だった。
・ほかの歌手たちもみ~んなアメリカン

そして、フィラデルフィア管弦楽団はうまかった!
音が明るい、輝かしい、そして重量級だった。

この音源がDGから出るかどうかわかりないが、劇場でもう少し振って、解釈を一貫させ深めてからでもいいかも。
セガンとネルソンスはなんでも録音が早すぎるし多すぎると思うものですからね。

Tristan-phiradelphia

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2025年9月 4日 (木)

R・シュトラウス 家庭交響曲 デ・ワールト指揮

Tahara

日本人の命、ともいうべき「お米」。

今年ほど、お米が大切と思った年はないです。

いま住む場所の近くの市の郊外は豊かな実りの季節を前に、穂は生き生きとしてました。
水に恵まれた場所です。

ちょっとした試み、記事をもっと書いてみようと思った。
最盛期は毎日のようにブログを書いてた。
いっとき休止もしたし、blogはもう終わったコンテンツとも言われるようになった。

誰でもが発信できる世の中、そしてそれらを含め、情報やコンテンツは短いものが好まれる。
ありあまる情報の洪水、すべての情報が次々に流れ、それらは消費され、すぐに消えて新しいものに多くが飛びつき、また流れてゆく。
そんな時代になっている。

逆行してやろうとも思った。
自慢じゃないけど、忙しいから長いものは書けない。
なによりもありあまる音源の山、未聴の山、それでもまだ入手しなくては気が済まないサガ。
聴いたものを記録に残さないと、死んでも死にきれない

Symphony-domestica-waart

  R・シュトラウス 家庭交響曲 op.53

    エド・デ・ワールト指揮 ミネソタ管弦楽団

                     (1990 @ミネアポリス)

ジャケット画像はネットで拝借のヴァージンレーベルのオリジナル。
手持ちは、同じコンビでのアルプス交響曲やティルとの組み合わせの2枚組のお得盤。

現在84歳の最円熟期にあるエド・デ・ワールトは、2024年に突然に引退表明。
N響でその指揮ぶりに接したことも懐かしく、欧米豪亜の文字通り世界中のオーケストラを指揮し、指導してきた名匠の引退の報はとても寂しい思いをいだくのでした。
若い音楽家の台頭とともに、静かに去るベテラン。

オーケストラビルダーとも呼ばれたデ・ワールトは最高のオペラ指揮者でもあります。
明快な音楽造りとともに、構成力確かに劇的な流れも失わないワールトは、シュトラウスとワーグナーの名手でもあった。

マリナーのあとミネソタ管の指揮者を86~95年まで務めたその間の録音。
ミネソタ管のブラスセクションが実に見事で鮮やか。
アメリカのオーケストラの明るさとはまた一線を画した落ち着きあるサウンドは、ワールトの指揮のゆえか。
シュトラウスの描き分けた細やかな人物描写や家庭の悲喜こもごもの事象など、思わずニンマリしてしまう巧さもある。
全体に爽やかさが一貫しているのもワールトの音楽性。
これがコンセルトヘボウだったら・・・という叶わぬ思いは抱かぬとしよう。
最後の愛情あふれる大団円では、心からの解放感と感動を味わうことになる。

ずっとあとに、シュトラウスが夫婦、子供、家族、家庭、女性にまつわるオペラを書くことになる。
自身かわらぬテーマであったことが微笑ましくもある。
そのオペラは、「影のない女」「インテルメッツォ」「無口な女」。

ほんとによく書けてる。
過去記事から

第1楽章:快活な主人の旋律ではじまり、家庭の人物がまず紹介される。
第2楽章:子供と両親、子供は母親の子守歌で寝てしまう。幸せな優しい様子。
第3楽章:夫婦の愛情、夜であります。熱く甘味なり~
第4楽章:子供が元気に起きてくる。夫婦喧嘩は激しいフーガ。子はかすがい、仲直り。

この曲の愛聴盤は、カラヤン、プレヴィン、マゼール(旧)、メータ(旧)、サヴァリッシュであります。
演奏会ではプレヴィンでしか聴いたことないので、神奈川フィルで是非やって欲しい。

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