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2025年9月15日 (月)

神奈川フィルハーモニー定期演奏会 シュルト指揮

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桜木町駅周辺からのぞむ「みなとみらいエリア」

あいかわらず、夜景の映える場所です。

少し前まで、あちらの方で神奈川フィルを聴いてまして、一杯きこしめしたあとの、すっかり暗くなった街並みです。

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    神奈川フィルハーモニー管弦楽団 第407回 定期演奏会

   アルチュニアン トランペット協奏曲 変イ長調

   サンドヴァル  「ミスター バラタン」

      トランペット:ステバン・バタラン

   リスト  ファウスト交響曲 S.108

      テノール:村上 公太

   クレメンス・シュルト指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

               神奈川フィルハーモニック・クワイア
               クワイアマスター:岸本 大

                  ゲストコンサートマスター:戸原 直

         (2025.9.13 @みなとみらいホール)

スペイン生まれのバタランさん、よくぞ神奈川フィルが呼んでくれたものです。
シカゴ響の首席に加え、フィラデルフィア管も兼ねるという超凄腕、これまでスカラ座、グラナダ市管、スペイン放送、香港フィルなどの奏者を歴任している。
ブラスをやっている方なら必ず知っているだろうアレクサンドル・アルチュニアンの協奏曲、私は恥ずかしながらその名も知らず、でした。
アルメニアの作曲家でピアノ作品や交響曲などの大きな作品もある様子。
オーケストラのトレモロにのっていきなり吹きだすバタラン氏のトランペットを一聴して即座に驚き。
なんという真っ直ぐに届く輝かしい音色か。
すぐに始まるヴィルトゥオーゾ風の曲調も軽々と鮮やかにこなしてゆく。
いかにもアルメリアらしい、中近東風なオリエンタルなムードを感じるオツな音楽。
エキゾティックな雰囲気に酔いつつも、それ以上にバタランの人間味さえ感じる暖かな音色がすばらしく、どこまでも柔らかま響きが耳に心地よい。
ほんと素晴らしい、素晴らしいとしかいいようがない。
シカゴ響のHPの楽員紹介ページで、バタラン氏のマーラー5番の冒頭が聴けるが、これはたまりませんね!

アンコールは引き続きオーケストラも交えての作品。
あとで調べたらキューバ出身のジャズトランペット奏者アルトゥーロ・サンドヴァルが2021年にバタランのために書いた作品で、ボブ・バレットという方がオーケストレーションをしたもの。
ちょっと検索するとネットでも配信されてます。
とても美しい音楽で、作者もそうですが、やはりバタランさんの心にあるラテン系の明快さ、透明感といったものが、その音色に出てくるんだろうと思いました。

休憩時のロビーには若い方、きっと音楽を学ぶ学生さんでしょうか、たくさん見受けられましたが、みなさん明るい笑顔で凄いもの聴いたという表情が見てとれましたね。

後半は長大な難敵、リストのファウスト。
指揮はドイツのブレーメン生まれの43歳の中堅指揮者クレメンス・シュルト。
リストゆかりのワイマールでの実績もあり、各地のオペラ劇場に客演しつつ、ミュンヘン室内管とカナダのケベック響の音楽監督も務めている。

ファウストをコンサートで聴くのは初めてでありました。
ベートーヴェンの第9が1824年、ベルリオーズ幻想が1930年、交響曲の名を持つ「ロメオ」が1939年、「ファウストの劫罰」は1846年でリストに献呈。
そしてリストのこの「ファウスト」は1854~57年、その間でシューマンの「ファウスト」が1844~54年にかけて作曲されている。
ベートーヴェンが交響曲に歌を加えた、ベルリオーズが巨大なオーケストラ作品を書き、交響曲の概念を拡張した。
そしてゲーテのファウスト(1833年)が、多くの芸術家の創作に影響を及ぼした。

いずれの作品も影響を受け合っているけれど、ベートーヴェンからのベルリオーズの革新性が目覚ましいと思う。
そんな風に思いつつ聴き始めたけれど、沈鬱な1楽章の冒頭主題を聴いたときに、私はワーグナーの「ワルキューレ」を思い起こした。
2幕の終わりの方、ジークムントが戦いにいどみ去り、ジークリンデが不安に取り残されたところで流れるモティーフにそっくり。
以降、一進一退を繰り返すように長々と続くいろんな主題の繰り返し、それが25分も続くので、こうした捉えどころのないリストの交響詩を倍にしたような規模の1楽章。
この晦渋な楽章は、ファウストの悩みや面倒な性格をそのまま表していると思うが、シュルト氏は奇をてらわず、ストレートな音楽運びで楽譜そのままを聴かせた感じだ。
もっと面白く、もっとダイナミックにもできたかもしれないが、リストのまわりくどい音楽には何もしない方がいいとも思ったものだ。
それでも神奈川フィルの優秀なアンサンブルは聴きごたえあり、弦のしなやかさも特筆。

グレートヒェンを描いた2楽章は、神奈川フィルの美質がよりよく出た演奏で、柔和な木管、スリムだけれど美しい弦のアンサンブルなど、聴き惚れてしまうシーンも続出。
めんどくさい男ファウストと、野望に満ちたメフィストフェレス、それぞれの楽章との対比で、かわいらしい無垢なるグレートヒェンの見事な表出であったかと。

同じモティーフが繰り返されたり、打楽器がジャンスカ鳴ったり、ともかく特徴的で、禍々しさもある3楽章は、シュルトの指揮も相当に力が入り、その熱血ぶりも後ろからみていてよくわかり、ときにジャンプも試みていた。
その意欲が空転しないところはよかったし、神奈川フィルの冷静さに徹したプロ根性もよろしい。
ソロと合唱が、いつどうやってステージに登場するかと、心待ちにしていたら、オルガンは少し前、合唱は文字通り3楽章のその直前にスルスルっとあたわれた。
ここで空気感が一挙に変わるのが、この作品の肝であり、いちばんの聴かせどころだろう。
その清涼感とここまで聴いてきたという達成感は、CDなどでは絶対に味わえないものだ。
20人の神奈フィルクワイアの精鋭による合唱も美しく、明晰であり、加えて清水さんに替わって歌った村上さんのリリックな歌声も心に響いた。
村上さんの歌は、かつてカプリッチョやばらの騎士のいずれもテノール歌手役を聴いているが、のびやかで気持ちのいい声です。
 ちゃんと最後の6~7分に、こんな美しい完結感のあるエンディングを持ってくるなんて、リストさん、ほんと憎いです。
上昇し、浄化するかのようなオーケストラ、ティンパニの一撃も見事に決まり、感動のラストでした。
わたくし、ほどよく一声ブラボーしました。

バラエティあふれる、実によきコンサートでした。
楽員さんがステージを去るなか、消えそうな拍手が徐々に持ち直し、最後にシュルトさんにこやかに登場しました。
また神奈川フィルに来てほしい。
今度はシュトラウスとか、シェーンベルクとかのキラキラ系を聴かせて欲しい。

Kanaphil-book

会場で先行販売された出来立てほやほやの、かなフィル読書部のみなさまのエッセイ集。

お馴染みの楽員さんたちの、演奏を思いうかべつつ拝読させていただきました。

神奈川に住んでるエルフ、というコミックの作者によるカバーも素敵であります。

Yokohama-beer

コンサートの仕上げは、久々のメンバーと横浜地ビールで一献。

こちらもまたよろしくです。

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