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2025年11月 7日 (金)

ブログ20周年 ベートーヴェン ピアノ協奏曲 ポリーニ&アバド

Seaside-01

ある日の平塚の虹ケ浜海岸。

かつて市営プールがあったところが開発されて、ひらつかシーテラスという施設ができました。

この先の茅ヶ崎の道の駅が予想されたとおり渋滞で週末はたいへんなことになっていて、さらにこちらも・・・

なんかもう、人を寄せるこうしたものはいらないね、と思う。

Seaside-04

空が焼けるまえ、富士の上に虹らしきもの、調べたら「彩雲」というらしい。

ちょっとレアな感じでうれしくなりました。

そんなわけで、このブログが2025年11月で開設20年になるのです。

自分で驚いてます。

最初の記事は、2005年11月7日で、二期会の「さまよえるオランダ人」を観劇したものです。
引退してしまったエド・デ・ワールトが指揮をした上演でした。
以来、ずいぶんと記事を起こしたもので、多い時は毎日のように音楽を聴いては書いてました。
2016年にいろんなことが重なり、ブログの継続が怪しくなり、書く気も失せてしまったことがあり、休止期間がありました。
しばしのちに立ち直り、更新のペースを緩やかにして今に至っております。

思えば、この20年でネット環境が著しく向上し、その頃は有線でつながらなければならなかったものが、いまやWifiもあり、スマホもあり、どこにいても情報発信ができ、あらゆる情報を得ることができるようになりました。
加えて、数々のツールがあり、媒体も多岐にわたり、われわれは情報の洪水のなかにあり、自己責任でもってそれらを選択して取りにいくようなったのです。
こうしてわれわれは情報に追われるようになり、知らないと不安に陥るようになったのかもしれない。
ときおり思う、携帯とかパソコンなんかない時代は何してたんだろ?
こんな便利なもの、なくても幸せだったな・・・とね。

動画も文章も、短いものが好まれ、ともがくショート化され、どんどん消化される時代。
かくいう時代に一般的でない音楽ジャンルのブログで長文を残すという、時代に逆行した行為。
どこまでやれるかわからないが、老いて指が動かなくなるまで続けようじゃないか、と思ってる。
自分がいちばんの読者で、かつての自分の記事に感心したり、驚いたりもしてる。

Pollin-abbadoBeethoven-pollin-abbado

   ベートーヴェン ピアノ協奏曲全曲

     ピアノ:マウリツィオ・ポリーニ

  クラウディオ・アバド指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

     (1992.12 1~4番、1993.1 5番 @ベルリン・フィルハーモニー)

2014年1月にアバドが亡くなり、その10年後の2024年3月にポリーニが亡くなった。
ともにミラノ生まれ、年齢こそ9歳の差はあったが、ともに切ってもきれない朋友でした。
多くの共演歴があり、録音も多数。
73年のノーノに始まり、ブラームス、バルトーク、シューマン、シェーンベルク、ベートーヴェン、そして最後がブラームスの2曲。
もっと多くの作品で共演して欲しかったし、晩年のベームよりは、ポリーニがより強靭で明晰なピアノを聴かせていた70年代にはアバドとやって欲しかった・・・と思う。
あとできれば、プロコフィエフをこのコンビで、シカゴで録音して欲しかった。

92年の年末から翌1月にかけて、ポリーニをソリストにしたベートーヴェンのピアノ協奏曲チクルスが演奏され、それがライブ録音された。
このときの演奏記録をいつもお世話になってるアバド資料館で調べてみたところ、協奏曲は1曲ずつ演奏され、そこでほかに組み合わされた演目は、ルトスワフスキ、リゲティ、ノーノ、リームなどの作品で、いかにもアバドらしい一筋縄ではいかない角度をつけた演奏会になっていた。
新年の5番のみ、田園とのプログラム。

各曲の終わりには、盛大な拍手もそのまま収録されていて、ライブの雰囲気は抜群だし、音質もベルリンのフィルハーモニーザールの響きそのままで、録音も申し分なし。
ポリーニのうなり声も盛大に聴きとれます。
ふたつのジャケット、双方を購入したのですが、あとになってトリプルコンチェルトと組み合わされて出たので、そちらも入手した。

5曲ともに、このふたりの演奏家らしく、一点の曇りもなく、明晰・明快に尽きる演奏。
表情はいずれも若々しく、重厚感など感じさせず、ベルリンフィルの音色も明るく軽やか。
バックハウスとイッセルシュテット、グルダとシュタインなどで馴染んできたベートーヴェンの協奏曲が別物に感じるくらいに鮮明で、音がクリアなのだ。
今回、ほぼ20年ぶりに聴いてみてそのように感じた。
この時期のアバドのベートーヴェンは、エアチェックでもいくつか残しているが、ブライトコプフ版による従来スタイルで、90年代末期からベーレンライター版による演奏に交響曲では切替えました。
同時に古楽的な奏法も取り入れるようになり、ポリーニとのベートーヴェンもあと数年あとだったらまた違った内容になっていたかもしれません。

今回の連続視聴でとても気に入ったのが、1~3番で、4番は聴き慣れすぎの感もあったかもしれないが、前半3曲が、いかにもベートーヴェンの若さを感じさせる瑞々しさにあふれていたのです。
ベルリンフィルから軽やかな響きを引き出すアバドの若々しい感性に、ポリーニのアドリア海の煌めきのようなブルー系の透明感あるピアノが、若い1~3番にはぴったりだった。
ことに、いずれの番号の緩徐楽章のたおやかで抒情的な美しさ、清々しい歌、とんでもなく感動してしまった。
そして、1~5番までの緩徐楽章だけを連続聴きしてみた。
歳とともに、ベートーヴェンは器楽も室内楽も静かな楽章の方が、心にふれる音楽となってきた。
そんな自分にポリーニとアバドの明るめの演奏はとてもぴったりと来るものだった。
皇帝という名前らしくない5番は清々しく端正きわまりない演奏、4番は透明感あふれる神妙極まりないものだった。

丹精で美しい造形の彫刻を思わせるようなふたりの演奏。
まとまりが良すぎて、不満を持つ向きもあろうかと思いますが、この若々しく明るい演奏はいまの初老の自分にはありがたく、豊かな気持ちにさせてくれるもので、まだがんばるぞーと思わせてくれました。

Seaside-03

ブログ20周年でした。

いつまで継続できるかな、目指せ30年。

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コメント

まずは20周年、おめでとうございます。
つくづくyokochan様の文章力に感服いたします。そして演奏会の感想に基づく音楽愛と洞察力。私の音楽への接し方が深まったのは貴君のお陰でございます。
ゆっくりとしたペースで結構、これからもブログをつづけていってください。

投稿: IANIS | 2025年11月 9日 (日) 16時26分

IANISさん、まいどです。
だらだらと続くこと、でも気が付いたら20年でした。
音楽好きの皆様との交流もゼロからスタートし、よき思い出を積み重ねることもできました。
過分なるお言葉ありがとうございます。
今後とも、よき音楽を聴いてまいりましょう!

投稿: yokochan | 2025年11月11日 (火) 09時48分

ブログ主様。
ご無沙汰しております。
20周年おめでとうございます。
何時も素晴らしい文章を有難うございます。
お陰様を持ちまして、
私も音楽の視野を広げることが出来、感謝に堪えません

私事ですが、通信制大学で、私にとって神様である
辻邦生先生に関する卒論を書き終え、合格を
頂きました。
辻先生を師と仰ぐ同じく盟友Shushiさんも大層喜んでくださいました。

これからもお体を大切にして素晴らしいブログを
続けて下さいね。
マエストロ・アバドは、ブログ主様を何時も見守って
いて下さいますから。

投稿: 越後のオックス | 2025年11月13日 (木) 11時34分

越後のオックスさん、こんにちは、コメントならびに周年のお言葉ありがとうございます。

卒論の完成と合格とのご近況、まことにおめでとうございます。
努力の賜物と思いますし、なんの取り柄もないワタクシのような人間からしますと尊敬の限りです。

アバド好き、ワーグナー好きから始まった幣ブログですが、その守備範囲もどんどん拡張し、聴きたい音楽が盛りだくさんで、時間不足で聴けないというストレスにさいなまれております。

投稿: yokochan | 2025年11月16日 (日) 23時31分

20周年おめでとうございます♪⁠ヽ⁠(⁠・⁠ˇ⁠∀⁠ˇ⁠・⁠ゞ⁠
)
20年‼凄いですねー(⁠ノ⁠◕⁠ヮ⁠◕⁠)⁠ノ⁠*⁠.⁠✧
皆様もおっしゃっていますが、
yokochanさんの文章力に
ただただ感服するばかりでございます。
つかみはオッケー!
素敵なお写真♡
どんどん引き込まれて、いろいろな気付き、発見もさせて頂き、勉強させてもらっております。
そしてアバド愛焚き付け効果も抜群でございます。目覚めた頃は、なんの指針もないままむやみやたらに聞いておりましたが、yokochanさんのブログを発見してからは、目的を明確にして聴けるようになりましたから、より理解することができるようになり、私にとっては神様です。
これからも、ゆるゆると更新していただければ嬉しい限りです。
楽しみにしております。

投稿: にょろふきん | 2025年11月17日 (月) 22時39分

にょろふきんさん、こんにちは。
コメントならびに、過分なるお言葉ありがとうございます。

だらだらと20年、20年前の自分が懐かしく、若かったと思うばかり、その間、子供らも大人になり、ワタクシはお爺ちゃんになってしまいました。

なんといってもその間の巨大な出来事は、アバドがいなくなってしまったことでした。。。
アバド愛、ワーグナー狂から始まった、ブログをやってみようという気持ち。
いまでもその思いは変わらず・・・な、ところが自分でもうれしく、気持ちを保ててることがありがたいです。

それもこれも、同じ思いや共感をいだたく皆様がいらぅしゃるからです。
アバド好きの仲間や集いもできましたし、いまでも親しくさせていただいている方々もいて、これぞブログの効能でもありました。

にょろふきんさんの、アバドへの新鮮な思いを吐露されたコメントは、いつも楽しみですし、自分にも刺激になります。
よし、アバドのあれ聴いて、これ聴いて、、という視聴行動にもつながってますので、とてもありがたいです!

今後とも、アバド愛を高め合いましょう!
あらためまして、ありがとうございます。

投稿: yokochan | 2025年11月20日 (木) 09時57分

 20周年、誠におめでとうございます。いつも丁寧で誠実な文章に心打たれています。
 このアバドとポリーニのベートーヴェンのピアノ協奏曲はベルリンフィルの演奏力もあって予想以上に剛毅で気品ある演奏だと聞き入っています。
  
 アバドとポリーニを語る人も周りには全くいない街で暮らしていますが、こうしてブログを読ませていただくと心が安らぎます。ちなみに11月に上京して、ペトレンコとベルリン・フィxルの演奏でペトリューシカを聞く機会を得ました。もちろん、超名演でしたが、アバドの時代を思い出しながら聞いていました。 どうぞますますご活躍ください。本当にありがとうございます。
  

投稿: beaver | 2025年12月 2日 (火) 19時40分

beaverさん、あたたかきお言葉ありがとうございます。

アバドもポリーニも、もういないなか、こうして同じ思いをする愛好家の皆様と交流ができますのもブログの効能のひとつかと思います。
アバドは、まだ元気に、どこかでニコニコしながら指揮をしているような気がしてなりません。

最新のベルリンフィルをお聴きになられたとのこと。
私もいつかは、いまのベルリンフィルを聴いてみたいと思ってますが、ラトルは聴いてますものの、でも最後というか最新がアバドのトリスタンでもういいや・・・とも思ったりもしてます。

引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

投稿: yokochan | 2025年12月 5日 (金) 00時04分

yokochan様
何はともあれ、ブログ開設20周年おめでとうございます。
広範な時代と国籍の音楽、多彩な作曲家と演奏家に接しておいでですね。私など、ただただ驚嘆し圧倒されるのみで、ございます。この20年間に、御元気でした演奏家も亡くなり、新しい世代の芸術家も次々と登場する、目まぐるしい世代交代の波が、押し寄せて来るのはやむを得ないですけれども、しっかりと現実を受け止めて、目と耳を研ぎ澄ませて参りましょう。

投稿: 覆面吾郎 | 2025年12月 6日 (土) 20時38分

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