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2025年12月

2025年12月31日 (水)

東京交響楽団 特別演奏会「第九」2025 ノット指揮

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クリスマスシーズン後のサントリーホールは、新年を迎える華やかな装いになっていました。

東京交響楽団の第9の演奏会に行ってきました。

音楽監督就任12年の今年で、その契約もついに満了するジョナサン・ノット。
息のあったこの名コンビもいよいよ終了、そして秋山さん死去のあとを受けたジルヴェスターコンサートをのぞけば、この第9が最後の本格演奏会だし、最後の満員御礼のサントリーホールでした。

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  ベートーヴェン 交響曲第9番 ニ短調 op..125 「合唱付き」

       S :森田 麻央
       Ms:杉山 由紀
       T :村上 公太
       Br:河野 鉄平
     
     ジョナサン・ノット指揮 東京交響楽団
                 東響コーラス
           合唱指揮:三澤 洋史
           コンサートマスター:景山 昌太朗

       (2025.12.29 @サントリーホール)

第9を年末に聴かない自分ですので、実は10年ぶりぐらいの第9です。
若い頃は、N響でスウィトナーやシュタイン、新日の小澤の第9を聴いてましたが、いつしか年末はどこもかしこも・・という風になるので辟易としてしまい聴かなくなったのです。

しかし、この日こそ悔やんだことはありません。
ノットと東響の第9を初めて聴いて、これが毎年演奏されていたとは、との思いだったからです。
そして常にチャレンジングなノット監督だから、毎年のようにその解釈が違ったというのです。
さらには、これもノットの常で、2回ある演奏会はそのどちらもが違う演奏になるのですから。
このコンビの第9を毎年聴いていたら、毎年聴かなくては気が済まなくなるだろうし、それこそ1年を締めくくれない、そんな風になるんだろうな、と満場のホールのお客さんを見渡しながら思いました。
 そして多くがノット監督のことが好きで、別れを惜しむ思いもホールの雰囲気でひしひしと感じました。

今年のノットの第9は、オーケストラの人数を大幅に刈り込み室内オーケストラサイズにしました。
指折り数えたらオーケストラは53名、ソロ4名、合唱約80名の総勢137名。
木管・ホルンの幾多のソロや絡み合い、当時とすれば技巧の限りに書かれていて、それらが浮かび上がるようによく聴こえた。
人数少なめの弦楽器は透明感にあふれ、各奏者の音が突出してしまわないように、むしろ普段にもましてお互いよく聴き合い、切れ味抜群の集中力あふれる類まれなアンサンブルを聴かせてくれたようにも思う。
 オーケストラと合唱がほぼ対等に響き合い、お互いの音や声がとてもよく聴こえたその様子は会場で実際に聴かないとわからないものだ。
だから勢いで一気に爆発的なフィナーレに混然となってしまうことなく、音楽はむしろスコアに書いてある通りに着実に音楽的に快速クライマックスが築かれた。
ノットの指揮はたしかに慣れないとわかりにくいかもすいれないが、左手の表情付けが実にたくみで、指が少し動くとオーケストラの音が微妙に変わります。
それが実感できた演奏でもありました。

1楽章から早めのテンポでヴィブラートもほぼなしで、すいすいと曲は進行するが、ときに思わず歌わせたり、思わぬ表情をみせたりと以降の楽章も通じていろんな発見もあったりしてひとときたりとして気が抜けない。
こうした連続こそがいつものノットの音楽で、ライブ感ある自在さに東響もすっかりなじんでいるので、完璧についてゆく。

2楽章も基調は速めだけれど、中間部は少しテンポを落としてよく歌わせてみせた。
またティンパニの活躍する場面では、ティンパニの表情付けが巧みで、それがほかの楽器に流れて移っていくところが、指揮と楽員さん双方をよく見える席だったので、とても面白かった。
若き小澤さんは、この場面にとてもこだわり、ともかく細かく指示して指揮をしていたのをよく覚えている。

ヴィブラート少なめがいちばん功を奏したと思われたのが3楽章。
なんとピュアで透明感あふれる演奏なんだろうと何度も思いました。
テンポは速いけど、そんな風に感じさせないほどに流れがよく、かつよく歌う演奏。
ホルンの難所も見事に決ましたし、まったく素晴らしいホルンでした。
第9のなかで、歳を経ていちばん好きになってる第3楽章のこの快速で美しい演奏はアバドと並んでもっとも好きな演奏となりそうです。
レコーディングもされていたようなので、CD化も楽しみだ。

間髪入れず終楽章になだれ込むのも、まいどのノットスタイル。
テキパキとことは運んで、低弦による歓喜の歌ももったいぶらず、淡々と奏されながらもひとりひとるいがよく歌っている。
まるで聴衆に語り掛けるように仕草をしながら歌うバリトンの河野さん。
そして入ってきた合唱がこの日は素晴らしかった。
前回のマタイではやや混濁や言葉に疑問符があったが、この日の第九はすべてが完璧だし、言葉がすべて聴きとれるくらいに明瞭。
バスの力強さと、ソプラノの清澄さがとくに光りましたね。
三澤さんの指導のもと、さらにはやはり、ノット監督との別れと、この一瞬にかける思いが詰まった合唱でした。
 ずっと待っていたピッコロ女子がいつにも増して輝いていた行進曲と、爽快な声のお馴染みの村上さんがよかった。
女声のおふたりもオケと合唱に負けずとすばらしくよく通るお声でした。
そこから先は、もうノットの作りだす音楽の流れに完全に飲み込まれてしまい、あれよあれよという間に先のフィナーレを迎えた。

熱い拍手と歓声がすぐさま巻き起こりましたが、わたしはしばらく拍手ができず、あ、ついに終わってしまった、という思いで動きが止まってしまいました。

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いつものように少し撮影もさせていただき、拍手に応えて恒例だという「蛍の光」が始まりました。左右から合唱の一部が1階席に降りていって、そこからも歌います。
各々がブルー系のLEDランプを持ち、ステージは徐々に暗くなりました。
合唱はハミングにもなり、指揮するノットを見ていて、もう涙腺決壊。
「さようなら」は、「始まり」なのだ。

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ありがとうノットさん。

これだけ長く日本のオーケストラのポストを維持した外国人指揮者はなかった。
日本を愛し、日本のわれわれもノットさんを愛しましたね。

来年は都響や大フィルにも客演するようですが、名誉称号を得てまた東響の指揮台に帰ってきてください。

Shinbashi

アフターコンサートは、気の置けない音楽仲間と楽しく語らいました。

やっぱりみんな、「蛍の光」ではやられちゃったみたい。

よいお年を。

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2025年12月29日 (月)

今年亡くなった音楽家を偲んで 2026

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今年は短い秋だったけれど、木々の色づきはとても奇麗だった。

多くの音楽家が物故し、その訃報のたびに悲しみを覚え、同時に自分も歳を確実に重ねていることを実感もしている。

今年亡くなった主だった音楽家の皆さんを振り返り、ここに彼ら・彼女たちを偲んでみたい。

【指揮者】

「秋山 和慶」(1941~2025.1.26  84歳)

療養のための引退の発表からのほどなくの逝去に、日本の多くの愛好家が驚き、悲しみました。
海外でのポストも複数経験したあと、日本の各地のオーケストラをあまねく指揮した、日本のオーケストラのために尽力した指揮者が秋山さん。 
秋山和慶さんを偲んで 過去記事

「ヴラディーミル・ヴァーレク」(1935~2025.2.16 89歳)

渋いところですが、チェコの名匠。プラハ響とプラハ放送響と長く率いて、日本のオケにも客演していた。

「エンリケ・バティス」(1942~2025.3.30 82歳)

メキシコの指揮者で爆炎系とされながらも、実際にいくつか聴いてみたけどそうでもない。
かつてアルゼンチンのカルロス・パイタも爆演指揮者と呼ばれたが、そうでもなかった。
中南米というだけで、少し気の毒なレッテルだろう。
しかし82歳はまだ若い。

「ジョン・ネルソン」(1941~2025.3.31  83歳)

アメリカの指揮者で、オペラ指揮者でもあった。
ベルリオーズのスペシャリストであり、バッハやヘンデルも得意にしたユニークな立ち位置の存在だった。
「トロイ人」や「ファウストの劫罰」などは素晴らしいと思った。

「ロジャー・ノリントン」(1934~2025.7.18 91歳)

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ノリントンの訃報に驚いたが、91歳という年齢と数年まえの引退コンサートをネットで聴いていたので、来るものが来た、と言う印象だった。
古楽系からの人と思われがちだが、ボールトに学んだことからわかるように、生粋のイギリス人指揮者として古楽の領域までをオールジャンルで手掛けるマルチな指揮者だった。
手兵のロンドン・クラシカル・プレイヤーズとロマン派までを網羅するレコーディングをなした後、通常のオーケストラも指揮するようになり、シュトゥットガルト放送響の指揮者になってから古楽奏法スタイルを導入して、ここからノリントンの名前がさらに世界的になっていったと思う。
わたしはアーノンクールより、ノリントンの方が教条的でなく柔和な音楽造りだったので好んで聴きました。
シュトゥットガルトと来日したときには、エルガーの1番を2001年に、マーラー1番を2005年に聴いているほか、N響への客演でもRVWを聴いたりしている。
ウィットにとんだ指揮ぶりはユーモラスでもあったが。でも学究肌でもあり、確かな考察のもと考え抜かれた音楽造りをする指揮者だった。

「クリストフ・フォン・ドホナーニ」(1929~2025.9.6 95歳)

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ブロムシュテットと並ぶ長老指揮者だったが、ついに。。。という思いでした。
ハンガリー系ドイツ人として、オペラとコンサートの名指揮者として、欧米にて有力ポストを歴任。
作曲家エルンスト・フォン・ドホナーニも近時よく演奏されるようになったが、孫氏は祖父作品に対しどうだったろうか?
ライナー、セル、オーマンディ、ショルティらのようにアメリカのメジャーオケのポストを長く務め、そのオーケストラの黄金期をつくるあげた点でも同じくでした。
クリーヴランド管とは20年のコンビだったが、デッカに残されたその録音の数々はいずれも明晰で、録音のよさもあるが音楽のすべてがよく見えるような演奏ばかりだった。
それがややデジタルにすぎると思われるときがあったが、でも余計なことはせず、過剰な解釈もない音楽の本質に迫る真摯な演奏は、その曲のスタンダートとして今でもコレクションに値するものばかりです。
同コンビは何度か来演しているが、一度も行けなかったことが悔やまれます。
ヨーロッパではウィーンでの活動も長く、そしてハンブルクでは州立歌劇場と北ドイツ放送響との長い活動も注目に値します。
イギリスではフィルハーモニア管、フランスではパリ管など、それぞれにポストを持っていたこともあり、オーケストラビルダーとしての才能もいかに高く評価されていたかがわかります。
ウィーンフィルとは77年にベームとともにやってきて、当時夫妻であったアニア・シリアと共演したりもしました。
黒縁メガネの真面目そうな指揮者というイメージでしたが、84年にハンブルクオペラを率いてやってきたときは、メガネではなかった。
3つの演目があったが、そのいずれも観劇することができて、なかでも「影のない女」は日本初演で、その舞台は豪華な歌手陣もあり生涯忘れえぬものとなりました。
ドホナーニの統率力の見事さ、ピットでの詳細なまでのキュー出しなど、いまでもよく覚えている上演です。
ドホナーニの追悼記事は、またいつか書いてみたいと思います。

「ベルンハルト・クレー」(1936~2025.10.10 89歳)

エデット・マティスの夫で指揮者、ピアニストとして夫妻での録音も多かったクレーもマティスに続いて今年亡くなってしまった。
私のような昭和のリスナーからすると、クレーはN響への来演で親しく馴染んだ存在です。
夫妻でのシュトラウスの「最後の4つの歌」は、その曲の美しさに開眼もした名演でしたね。
モーツァルト指揮者として初期のオペラ作品の録音や、ベートーヴェン生誕200年のときのDG全集録音で地味な作品をあてがわれたりと、なかなかメジャーな活躍はできませんでしたが、ドイツのカペルマイスター的な存在として、オペラでの実力は並々ならぬものがあったはず。
なんといってもサヴァリッシュの弟子筋にあたる名匠だったのですから。
ニコライのオペラなど、曲の良さもあり、思わぬ名演だと思います。
2010年に都響に来演したときに、ブルックナーの4番を聴いたが、素晴らしい名演でした。

【器楽奏者】

「アルフレート・ブレンデル」(1931~2025.6.17 94歳)

ブレンデルの安らかな逝去も、ポリーニのそれと並んで、私にはひとつの時代の終わりを実感させる大きなことでした。
6月に「ブレンデルを偲んで」の追悼記事を書きました。

【歌手】

「エディト・マティス」(1938~2025.2.9 86歳)

歌手の訃報は堪えると、いつも書いてますが、マティスの死も悲しかった。
前述のとおり、クレーも亡くなってしまった。
2月の「マティスを偲んで」の記事。

「ペーター・ザイフェルト」(1954~2025.4.14 71歳)

まだ若いテノール歌手の訃報。
ルチア・ポップの元旦那さんで、最初はリリックテノールだったが、徐々にレパートリーを広げワーグナーやシュトラウスを歌うヘルデンの声になっていった。
ミュンヘンでの活動がメインだったので、バイエルン州立歌劇場の来演では何度か接してます。
背の高い大柄でルックスもいい見栄えする歌手で、その幅広い音域をこなせる柔らかなの声は、スマートなワーグナー演奏の昨今にはうってつけのものだった。

「ルイジ・アルヴァ」(1927~2025.5.15 98歳)

98歳での大往生。
まだ健在だった、と逆に驚いたロッシーニテノールとも呼ぶべきルイジ・アルヴァの逝去。
アバドのロッシーニには初期の頃にはなくてはならないテノールだし、50~60年代のベルカントオペラはアルヴァなしには語れないだろう。
ペルーの生んだ伝説級の歌手でした。

「ステュワート・バロウズ」(1933~2025.6.29 92歳)

イギリスの国民的存在のテノールで、モーツァルト歌いだった。
ショルティの魔笛でのタミーノがメジャーで初登場したときの録音と記憶します。
凛々しさと親しみ感じる声で、小澤さんのベルリオーズにも参加していた。
来年は久々に「魔笛」を聴いて記事にしてみようと思ってる。

「デイヴィッド・レンドール」(1948~2025.7.21 76歳)

あまり知られていないが、私は何気に好きだったイギリスのテノール。
やや甘口の声質で、人によっては好悪わかれるかもしれないが、私は好きな歌手だった。
好きになったのは、コルンゴルトのオペラ「カトリーン」での優しくも美しい声だった。
デイヴィスのゲロンティアスでの歌唱も素晴らしい。

「ジークムント・ニムスゲルン」(1940~2025.9/14 85歳)

バッハ歌いでもあり、バスバリトンとしてワーグナー歌いでもあったニムスゲルンは、レパートリー的にはテオ・アダムに匹敵します。
ウォータンとしては、やや軽めではありましたが、その美声と表現力の巧みさは。バイロイトの歴代のウォータンの中でも第1級の存在だったと思う。
9月に追悼記事を少し起こしてます。

「フランツ・グルントハーバー」(1937~2025.9.27 88歳)

ドイツの名バリトン、性格バリトンとも言ってもいいかもしれない。
ヴォツェックといえばグルントハーバーと言われるくらいに当たり役だったし、近現代ものでは圧倒的な存在感を示しました。
ワーグナーではオランダ人、アンフォルタスなどが当たり役で、シュトラウス作品もほとんどレパートリーに入っていた。
存外に器用で演技も迫真をついていたので、ともかくマルチな名歌手でありました。
日本での2度のヴォツェックを逃してしまったので、私のグルントハーバーはアンフォルタスのみとなりました。

「ドナルド・マッキンタイア」(1934~2025.11.13 91歳)

ニュージーランド出身でイギリスでの長い活動歴から、英国歌手とも言ってもよいバス・バリトン歌手。
オラトリオや宗教曲のバスとして、そしてややアクの強い声も活かした敵役バリトンとして活動し、ロンドンやミュンヘンでワーグナアー諸役を歌い、76年にはシェロー&ブーレーズのリングでのウォータンとして大活躍をしたことが、マッキンタイアの最良の成果でしょう。
考え抜かれた微細にいたるまで緻密な歌唱でウォータンの多面的な心情を見事に歌い込んだ。
新国のキース・ウォーナーのリングで、フンディングを歌うマッキンタイアに接したのが唯一の経験。
そこにいるだけで圧倒的な存在感であったし、深々としたバスの声も健在だった。

「トーマス・ヨハンネス・マイヤー」(1969~2025.12.15 56歳)

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この年末に日本のオペラ界では突然の訃報に悲しみが走った。
日本の数々の舞台に立ち、新演出のヴォツェックでも来日し歌っていた矢先。
体調不良で途中から降板し、帰国してすぐの死去。
ともかくクレヴァーな歌手で、性格表現にたけ、加えて声量も豊かで劇場を声で満たすことのできる強さがあった。
わたしは、1回目の方のヴォツェックと、アラベラのマンドリーカに接することができた。
ほんとに惜しい歌手を失った、バイロイトのウォータンとしても期待していたのに・・・

【その他】

作曲家「ソフィア・グバイドリーナ(93歳)」
作曲家「ロディオン・シチェリドン(92歳)」
演出家「オットー・シェンク(94歳)」
 シェンクの演出はいまや古き良き・・という舞台に分類されてしまうかもしれないが、新しい演出に置き換えず、永遠に残して欲しい演出もいくつかある。「ばらの騎士」がそれです。
ピアニスト「ゲーリー・グラフマン(97歳)」
   12月27日の死去の報。アメリカのピアニストとして、CBSレーベルの看板ピアニストだった。
セルの1970年の来日に帯同したピアニストだった。

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多くの芸儒家の訃報を受け、一方で新しい演奏家も次々に、しかも以前ではかんがえられなかった国籍を有する若者たちが大活躍をする世界となった。
思い出を残していただいた音楽家に感謝とともに、その魂の永遠なることをお祈りいたします。

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2025年12月25日 (木)

バッハ クリスマス・オラトリオ リヒター指揮

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11月から12月、そして12月に入ってからの日々の経つことの早さよ。

歳をとると月日が経過するのがやたらと早いとよく言われるが、それは予想以上だった。

この歳になって、毎日がこんなに忙しいなんて思いもしなかった。

ありがたいことにお仕事を頂けてるのが幸いなのだけれども、同時にワンオペ介護、時おり孫、、家事、その間を縫って音楽会に上京 etc・・・
ストレス解消にと音楽会に積極的に行くようになったが、外出中も気が気でないときもあり、それがまたストレスになってしまったり・・・
昨年は多飲と不摂生がたたり入院もしてしまい、お酒を飲まなくても大丈夫な自分になったが、それもまたストレスでもあるし、身体の不安もまたストレスでもあるという悩み多き初老・・・・

でもまあ、これもまた生きていることの証でありましょう。
ちょっとしたことに楽しみや喜びを見出したりするのも幸せなことのでしょう。

音楽がなかったらちょっとダメだったかも。

バッハを聴こう。

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       バッハ クリスマス・オラトリオ BWV248

      S:グンドゥラ・ヤノヴィッツ
      Ms:クリスタ・ルートヴィッヒ
      T:フリッツ・ヴンダーリヒ
          Bs:フランツ・クラス

   カール・リヒター指揮 ミュンヘン・バッハ管弦楽団
              ミュンヘン・バッハ合唱団

         (1965.2~6 @ヘラクレス・ザール、ミュンヘン)

来年2026年に生誕100年を迎えるカール・リヒター。
1981年に54歳にして早逝してしまってから、もう45年になる。
心臓麻痺で亡くなった報を聞いたとき、これから社会人となる矢先のときだったが、かなりのショックだった。
バッハといえばリヒター。
そのように若いながら信じ込んでいた自分でした。
その思いは、古楽的な奏法が主流となり、バッハ演奏も多様化したいまも変わりません。

メサイアとともに、クリスマスに聴くにもっとも相応しいバッハのオラトリオ。
メサイアは降誕から死と栄光までを描いたのに対し、バッハの方は暦のうえでのクリスマスの6日間をカンタータ形式で描いた作品。
ともに、シンフォニア・田園曲が牧歌的かつ平安とともに挿入されていて、クリスマスの夜に和みます。

過去に書いたものを以下また再掲

  ①降誕節第1祝日 24日
  ②降誕節第2祝日 25日

  ③降誕節第3祝日 26日
  ④新年        1日
  ⑤新年最初の祝日  2日 
  ⑥主顕節       6日
      

主顕節というのは、イエスが初めて公に姿を現わされた日のことで、東方からの3博士が星に導かれて生後12日目のイエスを訪ねた日をいう。
 1734年、バッハ壮年期に完成し、その年のクリスマスに暦どおりに1曲ずつ演奏し、翌新年にもまたがって演奏されている。

バッハの常として、この作品はそれまでの自作のカンタータなどからの転用で出来上がっているが、旋律は同じでも、当然に歌詞が違うから、その雰囲気に合わせて歌手や楽器の取り合わせなども全く変えていて、それらがまた元の作品と全然違う雰囲気に仕上がっている。
バッハのカンタータは総じて、パロディの集積とよく云われるが、それは自作のいい意味での使い回し、なおかつ最良のあるべき姿を求めての作曲家自身の信仰と音楽の融合の証しでもありましょう。

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リヒターのことを書くたびに再三触れることだが、中学生のときに買った1枚のリヒターのレコード。
750円だったかと記憶するが、リヒターの演奏のサンプラー盤で同様の企画が、カラヤンとアルヒーフレーベルにもあった。
1曲目がクリスマスオラトリオの第1曲めで、私は一発でこの晴れやかな音楽が好きになってしまった。
そしてリヒターという音楽家とバッハの音楽の切り離すことのできないイメージが植え付けられ、指揮、鍵盤楽器奏者としてのマルチぶりも印象付けることとなりました。
そう、このレコードには、ほかにマタイの最終合唱曲と「トッカータとフーガ」「イタリア協奏曲」が収められていたほか、ハイドンの時計の2楽章も収録されていました。
まさにすり減るほどに聴いた1枚なのです。

この演奏で、輝かしいトランペットを一部担当しているのは、モーリス・アンドレです。
しかし、それが突出しないのは、リヒターの厳しい目線と音楽造りがあるから。
カッチリした構成のもと6つのカンタータの集積であることもよくわかるし、それぞれの祝日の意味合いもクリスマスという喜ばしい、キリスト教徒最大の祭日の日々に相応しいワクワク感も感じさせます。
6つのカンタータのそれぞれの祝日に合わせたカンタータの特徴と、それらをひとつにまとめ込む構成力の豊かさ。
そしてそこにあるのは、敬虔な祈りとバッハの音楽への演奏家たちの熱い情熱と貫かれた緊張感。
リヒターの一連のバッハ演奏に共通するものです。
迎えることのなかった60代のリヒター、さらに円熟を重ねるはずだったそのあとのリヒター、その演奏を永遠に確かめることが出来なくなったのは、人類の痛恨事だと思う。

まさに天使のようなヤノヴィッツの無垢なる美声、いま聴くとヴィブラートがやや気になるが、やはりその声の存在感と馴染みある声が魅力のルートヴィッヒ。
なによりもこの録音の翌年に亡くなってしまうヴンダーリヒの素晴らしいエヴァンゲリストとテノール。
このテノールの早逝もリヒターと同じく、音楽界の痛手であり、最高の福音士家とシューベルトとモーツァルト歌いを失ったことになる。
早くに引退したバスのフランツ・クラスも私にはワーグナー歌手としてありがたい存在で、美声の深い声は素晴らしいです。

指揮者、歌手、このメンバーのなかで唯一存命なのは、ヤノヴィッツさん。
1937年生れで、母国オーストリアにてまだお元気のご様子。
ルートヴィッヒは4年前に93歳で亡くなっているが、ともにベームやカラヤンのもとで歌ってきた大歌手。
お元気でお過ごしいただきたいです。

リヒターの記念年、あらたなマスタリングで名盤が再発される様子です。
刷新された音で、新鮮な発見もあるかもです。

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東京は相変わらず華やかでして、電車に乗って1時間でいま住む町に帰ってくると、真っ暗で唖然とします。

キレイだけれど、毎日見てるとどうだろうかと思うし、毎日見るなら海や山の方がいいと思うようになった。

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丸の内の仲通りも、人でごった返してましたよ。

次のブログでは、今年お別れをした演奏家を振り返ってみたいと思います。

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2025年12月21日 (日)

エイミー・ビーチ 交響曲とピアノ協奏曲

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麻布台ヒルズのクリスマスマーケット。

平日の日中ですが、多くの人々がいて、実はこれ人を消してみたんです。

自分で楽しむならこうした編集はいいものですが、FAKEとしてのダマシはイカンです。

先日のコンサートでアメリカの作品を聴きました。
その流れでアメリカの女性作曲家ふたりを続けて聴いてみよう。

最初は、エイミー・ビーチ(1867~1944).

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      エイミー・ビーチ 交響曲 ホ短調 op.32 「ゲール風」

           ピアノ協奏曲 嬰ハ短調 op.45

                 Pf:アラン・フェインバーグ

  ケネス・シャーマーホーン指揮 ナッシュヴィル交響楽団

      (2002.4.13-15 @アンドリュー・ジャクソンホール)

アメリカといういわば新しい国において、クラシック音楽はそのままヨーロッパから右から左に持ってきたものであり、アメリカに生まれ、アメリカというお国柄をその音楽ににじませた作曲家は、ゴットシャルク(1829~1869)あたりからだろうと思う。
アメリカの独立宣言は、1776年でベートーヴェンが6歳の頃だ。
この建国から90年後に生まれたのが、女性作曲家エイミー・ビーチで、スコット・ジョプリンと同じ年の生まれ。
ヨーロッパではドビュッシー、シベリウス、スクリャービンあたりと同じ世代。

こんな風に時間軸で見て聴いて考えることも、音楽の楽しみだろう。

アメリカ初の成功した女性作曲家という触れ込みがまず先に立つビーチさん。
作品数は300曲以上あり、交響曲を作曲した初のアメリカ人女性となる。
ニューハンプシャー州のヘニカーという街の出身で、場所的にはボストンの北、さらに北はカナダ国境、そしてモントリオール。
イングランドのピューリタンに遡ることのできる家系で、豊かな家柄でもあり、アマチュアピアニストだった母親の影響下幼少期から神童ぶりを発揮したものの、厳格なプロテスタント信者であった母は娘が公の場でピアノの才能を発揮し演奏することを快く思わなかった。
リストの弟子やボストンの有力な教師からさらに学び、やがて母親もその演奏を許したことから16歳でボストンで正式デビューした。

ピアニストとして、そして作曲家としてもアメリカとヨーロッパでも活躍する。
当初は距離的に近い大都市ボストンでの活動が多く、同地で外科医と結婚してビーチ夫人となる。
しかし、母親は医師の妻として振る舞うことを最優先にさせ、演奏会も限定的にさせたため、ピアニストとしての活動はまた少なくなる。
女性の活躍を阻むものは、やはり旧来の観念とそれに盲従する女性だったりするのか・・・
夫さんは、妻エイミーの才能を信じ応援し、そのことで今度は作曲に専念することができるようになり、数々の作品を産み出すようになったわけです。

ドヴォルザークがニューヨークで活動していた時期と重なるが、それは1892~95年のことだ。
ボヘミアから来た大作曲家の影響を受けたことは当然として、ブラームスの作風の影響も見られるのも確かだ。
新世界交響曲は1893年の作品だが、ドヴォルザークはアメリカルーツの音楽や素材にその精神性を求めて書いたわけだが、ビーチ夫人の1894~96年に作曲された交響曲は、彼女自身が否定しているとおり、自分自身のルーツや故郷に根ざした音楽としたし、そうすべきだと、ややドヴォルザークをディスる発言も残している。
「ゲール風」というのは、アイルランド、スコットランド、その周辺諸島の人々や言語をいい、実際にアイルランド風のメロディを用いているところからこのタイトルとなっている。
しかし、アメリカとボヘミアを巧みに融合させたドヴォルザーク、同じくアメリカとアイルランドをそのように音楽で結び付けたビーチ、ともにアメリカ軸の素晴らしい成果だと思いますね。
アイルランド風の旋律や民謡は3つ用いられていて、それぞれがなかなかに印象的だ。
1896年にボストン響で初演され、人気を博した。

1楽章は弦のトレモロから湧き上がる親しみやすい活気ある旋律から始まるが、これは自身の3つ歌曲集のなかの「Dark is the night」という曲から引用されたもので、それは荒波での航海というシビアな内容の詩である。
素朴な第2主題と併せ劇的な展開となるが、完全にロマン派風交響曲の開始楽章となっている。
2楽章はとてもロマンテックで、優しい旋律アイルランド歌がホルンを伴ってオーボエで奏される。
そして変奏曲ともなりスケルツォ風の中間部ではリズミカルで楽しい雰囲気に、、可愛い楽章です

3つめのレント楽章は、アイルランドの哀歌ともいえるアイルランドの人々の心にある悲しみ、夢想する感情を描いたもの。
泣きのヴァイオリンソロ、途中で加わるチェロソロも実に素晴らしく美しい。
終楽章は交響曲の常套でもある勝利の宣言のような高らかなフィナーレを持つ。
情熱と闘争、たくましく堅実な日々を過ごすアイルランドの人々を思い書いたという。
2つ目の主題が実に魅力的で、それはまさにアメリカのミュージカルや映画音楽にも通じていくうような雰囲気で、後年のハンスンの音楽をも思わせるもので、わたくしはとても気に入りましたね。
 そして音楽としては、パリーやスタンフォードをも連想させるものでした。

シャーマーホーン指揮するナッシュヴィル響の演奏は、この作品を知ると言う意味でまったく問題なく、録音も含めて過不足ありません。
父ヤルヴィやファレッタ女史の録音もあるようなので聴いてみたい。
そしてなにより、ボストン響のバリっとしたサウンドで聴いてみたい。

ダウスゴーとコペンハーゲン・フィルの2024年の演奏。
こうした知られていない作品を情熱的に演奏するダウスゴーは、あいかわらスピード感と情熱とで一気に聴かせてくれますよ。

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ピアノ協奏曲は1899年の作品。
ピアノ演奏を禁じるような母と優しい夫との家庭生活の葛藤のなか、ビーチさんは、自叙伝をしたためるような思いでこの協奏曲を書いた。
4つの楽章は、さながらブラームスのようだ。
しかし、その音楽は交響曲からさらに進化し、ロマンティックの極みに感じる。
自身の歌曲集からの引用があり、その歌曲の詩は夫が書いたもので母に捧げたものだったりする。

37分ほどの演奏時間のなかで、17分を占める長大な1楽章は華麗で、アディンセルのようなネオロマンをも感じさせ、ピアノのかなりのヴィルトゥオーゾ的な要素を要求され、情熱的なカデンツァは聴きごたえある。
亡き父への哀歌でもあった次作の歌曲から引用のある2つ目の主題がすてきだ。
 スケルツォの2楽章が、自分にはこれまたステキだった。
サン=サーンスっぽい洒落て小粋なムードがあり、夫の詩につけた歌曲の旋律がでてくる。
 ほの暗いムードの緩徐楽章は、やはり旦那の詩に付けた「Twilight」という歌曲からの旋律が引用されているが、彼女をとりまく重苦しくやるせない雰囲気をあらわしているのだろう。
あんまり長く続かないのが幸いで、アタッカで終楽章に入る。
ここでは、まるで交響曲のような勝利の活気ある宣言と感じるムードがあり、前の楽章の嘆きの歌も回顧されるものの、軽快なパッセージがとても気に入ってる。

1900年にボストンで作曲者自身のピアノで初演。
曲はベネズエラ出身でピアノのワルキューレ(女神)とも呼ばれたテレサ・カレーニョに捧げらた。
カレーニョさんは、これをベルリンフィルで演奏しようと試みたがうまくいかなかったらしい。
曲はビーチ夫人が自ら弾いて、欧米に広めていった。

しかし、ビーチさん、その作品は一部のヴァイオリン作品をのぞいて完全マイナー化してしまっている。
1楽章が壮大すぎてバランスは悪いかもしれないが、3,4楽章は一体化しており、お洒落なスケルツォ楽章を挟んでの対比でいえば、よく練られた協奏曲ではないかと思う。
ピアノも華麗でありつつも抒情的で瑞々しく、オーケストラにもソロがあったり、見逃せない瞬きもあり、演奏機会の増えてもいい佳品だと思います。



ダラス交響楽団の演奏会。
アン=マリー・マクデモットのピアノとアンヌ・タリの指揮。
実はCDのファインベルクのピアノより、こちらのアメリカピアニストさんの方がしなやかかつ繊細。
ビーチさんの思いがよく伝わる演奏だし、アンヌ・タリさんの指揮姿も凛々しいです。

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マーラーやショスタコーヴィチにあふれかえる演奏会。

そろそろ、ポスト、次の作曲家・作品が模索されるだろうか。
先だってのコープランドの交響曲でも感じたし、その3番の交響曲は演奏頻度があがり、来年は日本でもいくつか演奏される。
マーラー以降の交響曲作品はまだまだ多数あり、協奏曲やオペラもしかり。
クラシック音楽の受容の減退や聴き手の高齢化などの諸問題は世界共通だが、一方で新たなレパートリーの開拓などもなされていることも現実。
ワタクシのように、音楽を聴くことを止められないヒトを増やすことを業界全体で取り組んで欲しいものです。

ふたりめのアメリカ女流作曲家、次はフローレンス・プライス。
年明けになりますが取り上げますと同時に、女性作曲家を順次聴いてまいります予定です。

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2025年12月15日 (月)

東京交響楽団定期演奏会 コリンズ指揮

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クリスマスも近づき、ますます雰囲気豊かなサントリーホール前、カラヤン広場。

この日はともかく気温も下がり寒かった。

でも熱気と若さあふれる演奏で、帰り道は頬が火照りましたよ。

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    東京交響楽団第737回 定期演奏会

  マルサリス  ヴァイオリン協奏曲 ニ長調

  アルベニス  アストゥリアス(伝説)~アンコール

       Vn: 大谷 康子

  コープランド  交響曲第3番 

       ロス・ジェイミー・コリンズ指揮 東京交響楽団

       コンサートマスター:景山 昌太郎

          (2025.12.13 @サントリーホール)

大谷康子デビュー50周年記念の定期演奏会。
そして本来なら秋山和慶さんが指揮する予定だったが、年明けの驚きの訃報・・

長く東響のコンサートマスターを務めた大谷さんが、今年各オケでいろんな協奏曲を弾いてきたなか、もっともチャンレンジングな作品がマルサリスでありましょう。
親愛を込めて大谷姐さんと呼びたくなるくらいに明るくチャーミングな彼女、コンマス席以外では、だいぶ以前にメンデルスゾーンを聴いて以来だし、新潟の遠征で地元のCDショップで偶然にお会いし、ちょっとだけ会話したことがあります。
あと大谷さんは柴犬が大好きとのことで、いつも見ていたyoutubeの「柴犬小春」というネット番組に突然登場して超絶驚いたものです!

そんな親しみあふれる大谷さんのマルサリス作品。
ジャズのイディオムと正当クラシック様式との融合。
大好きなニコラ・ベネデッティ(ニッキー)のために書かれ、そのCDは昨年に何度も繰り返し聴きブログ記事にも残しました。
本日のプログラムを演奏開始前直前にさらりと読んだら目が点に。
そのニッキーがマルサリスと結婚していて、子供まで授かったとのことが書かれていた。
ファンのワタクシとしては、そのことに驚き、真っ赤なドレスの大谷さんが登場して静かに曲を弾き始めても、ちょっと上の空だったのです・・・
でも、安心してください。
こんなナイスな音楽を作るミュージシャンと、さらなるコラボレーションが期待できるじゃないか、と思いを新たに眼前の演奏に聴き入るのでした。

1楽章の平安感じるおおらかなメロディを麗しく聴かせてくれた大谷さん、ほんといいメロディだなぁと思いましたね。
この楽章の終わりに、終楽章の前触れがあり、期待が高まる。
2楽章でオケがかもし出す多様な世界、東響の打楽器陣の切れ味のよさ、喧騒がヴァイオリンソロの音を打ち消すことなくコリンズ君も巧みにコントロール。
長い超絶的なカデンツァも聴きごたえあり、相伴したドラムも実に素晴らしかった。
前章から流れるように続く3楽章ではさらにブルーな雰囲気のジャズっぽくなるし、木管などの合いの手の巧みなもので感心することしきり。
静かに憂いを含んで3章が終わると一転して誰しもウキウキしちゃう4楽章。
楽員さんの多くが足を踏み鳴らし、手の空いた方は手拍子もしつつ、大谷姐さんは楽員さんたちとの競演を楽しそうに、しかも超絶パッセージをものともせず弾きまくる。
フィドル奏法もここでは極まれり、憂愁もそこにはさしはさんで多様な奏法、さまざまな音色に表情が続出。
あー、楽し~い、と思いつつヴァイオリンソロといろんなことやってるオーケストラの皆さん、ノリノリのコリンズ君などを見比べておりましたよ。
そしてラストのフェイドアウトシーンは、舞台袖に去っていくかと思っていたら、なんと弾きながら音も弱めつつステージを降りてこっちへ向かってくるじゃありませんか!
ワタクシのほぼ3列前ぐらいまでいらして、ヴァイオリンの音は再弱音となり静かに曲を閉じました。

面白かった!
いつまでもチャレンジ精神を失わない若さと、持ち前のあかるさが、マルサリスのナイスな作品にピッタリとはまりました。
オーケストラとも顔を見合わせながら旧知の仲良しぶりがわかり、ステージに戻るときにベテランの田尻さんが、さりげなく手を差し出していたのも微笑ましかった(コリンズ君も手をのばしたが、大谷さんは田尻さんに手を添えました)。
アンコールのアルベニス作品をヴァイオリンで聴くの始めてかもですが、スペイン臭満載の異国情緒味わえる、これまた超絶技巧の作品であり、すてきな演奏でした。

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イギリス生まれ、フィンランド育ちというコリンズは2001年生れの24歳の新鋭。
NDRフィルの副指揮者の任にありレパートリー拡充中で、すでにおおくの欧米オケを指揮しているし、ピアノにも長け、バリトンの声も持っているとういう多彩な才人だし、さりげないピアスもお洒落なイケメン君です。
 コープランドの大作第3交響曲は、シリアスであると同時に、やはり交響曲の常套を踏んだ勝利宣言を最後に持つ本格交響曲だと思う。
打楽器多数、ハープも2台に、ピアノも加わるフルスペックの大編成。
懐かしさ漂う曲の出だしから、前のマルサリス作品とはまったく違うアメリカの草原や広大な自然の景色が見えてきた。
コリンズ氏、なかなかスッキリと雑味なくオケを鳴らすし、耳のいい指揮者だなと曲が盛り上がりをみせつつ進行するなか思いました。
2楽章の無窮動的なスケルツォは、大編成のオケがいろんなことをやっていて楽しかった。
ピッコロ2本というのも初めて見たし、打楽器も大活躍だ。
コリンズ君もリズム感いいし、中間部の牧歌的な運びもうまく対比が出てたし。
一転、深刻なムードに包まれる3楽章、とりとめない曲の運びに、いつあのファンファーレの兆しが出てくるのかと心待ちにしていた自分。
しかしそこに至るまでが案外と長いし、コープランドらしい弾むような中間部も楽しめた自分。
この楽章がもう少しアパラチアの春的な抒情味にあふれていたら、作品としてもっとわかりやすく有名になっていたかも・・・なんて思った。
そしてあのファンファーレが始まり、ブラスが輝かしく鳴り響き、ティンパニがかっこよく決め、ドラが響き渡る。
この解放感は気持ちがいいし、キターって感じだったし、東響は冴えまくってた。
テンポを上げて弦楽器が駆け巡り、さらに目まぐるしい展開が続き、コリンズ君も右に左にと忙しくしてる。
ピッコロの爽快なる活躍を経て、徐々にあのファンファーレ主題を用いて盛り上がってゆくさまは壮観であり、興奮と快感を呼び覚ますものであった。
もう、コリンズ君も東響のみんなも、カッチョええーぞ、と思いつつ大エンディングとなりましたよ。

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大きなブラボーに包まれました。
もちろん、曲が終結して、しばしの間ののちに。
わたくしも、一声、参加いたしました。

またどこかで聴いてみたいと思わせるコリンズ氏。
世界のどこかのポストに就くかもしれず、楽しみです。

Collins

しかし、プログラムのせいなのか、代役が無名だったからなのか、年末の土曜のせいか、お客さんは少なめでした。
定期としては1度限りのものだったし、なんといっても大谷康子さんのマルサリスが聴けるという貴重なコンサートだったのに。
私は、超絶、楽しみましたよ!

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過去記事「マルサリス ヴァイオリン協奏曲」

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2025年12月 4日 (木)

群馬交響楽団創立80周年 マーラー 千人の交響曲

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前から訪問してみたかった高崎芸術劇場。
駅からベストリアンデッキでつながり5分の好立地。
木質の響きのする音の溶け合いの実によいホールだと思いました。

群馬交響楽団の創立80周年を記念する演奏会。

8つながりはあるにしても、祝祭的な演目としては、いまやダントツの人気曲「千人の交響曲」。
近年、演奏機会が増えてますが、私はこれが5度目です。
初回は1985年のコシュラーと都響の創立20周年記念演奏会で、いまだに鮮明に覚えてますが、まさに1000人が文化会館のステージにギッシリ立ち並びました。

あれから40年。
自分も歳をとったし、その間のマーラーの音楽の受容は完全浸透し、日本のどこかで日々演奏されるようになりました。
ノット&東響の第9の残影がまだ耳に残るなか、高崎に向かいました。

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        群馬交響楽団 80周年記念特別演奏会

 菅野 祐悟 「祝祭」 (群響委嘱 世界初演)

 マーラー 交響曲第8番 変ホ長調 「千人の交響曲」

 S、罪深き女:小林 沙羅      S、贖罪の女:森谷 真理
 S、栄光の聖母:森野 美咲     Ms、サマリアの女:富岡 明子
 Ms、エジプトのマリア:十合 翔子   T、マリア崇拝の博士:宮里 直樹
 Br、法悦の神父:青山 貴       Bs、瞑想の神父:久保 和範

          飯森 範親 指揮 群馬交響楽団
             オーケストラ・アンサンブル金沢(共演)
              群馬交響楽団合唱団
              藤岡市立小野小学校 児童合唱団
        合唱指揮:阿部 純

        コンサートマスター:伊藤 文乃
            
            (2025.11.30 @高崎芸術劇場)

ガラス張りのロビーの遠景には赤城山(たぶん)などの山々が見渡せる、雰囲気豊かなホールに着いたときは、たくさんの花籠と多くの市民・県民の皆様で賑わってました。

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最初に演奏されたのは10分ほどの実に美しく、雰囲気豊かな作品。
作者の菅野氏は、アニメ、大河、シネマ、CM、さらには交響曲や協奏曲なども作曲しているマルチな方で、恥ずかしながら初めて聴くお名前とその作品ということになりました。
 プログラムにはご本人の思いと解説が綴られておりましたが、私の受けた印象はご本人の意図の通りに、祝祭という言葉の持つ晴れやかさはなく、何かが生まれさざめきにつながる様子や、森のささやき、遠くに響く祭りの様子など、どこかわれわれ日本人の心にある懐かしい心象風景のように感じました。
ステキな音楽、もう一度聴いてみたいな。

20分の休憩後、合唱の皆さんが続々と入場し、ホールの空気感も期待とワクワク感が高まります。
そして飯森さんの指揮棒が振り下ろされ、やや控えめなオルガンに続いて合唱が「Ve-ni」と第一声を上げる!
雑味のない大音響が見事に決まった。
定評ある7人のソロ歌手たちは、指揮者の前で歌い、合唱とオーケストラに埋もれることなく、見事な歌唱。
しかし、聴き進むうちに、合唱の声が団子状態に感じられ言葉も明瞭度不足。
でも、そのようなことはもういいや、と思い、この晴れやかな千人交響曲の1部を気持ちよく聴いた。
ひとつ言いえば、合唱は人数をもう少し刈り込んでしまってもよかったのかと。
賑々しさが近時やや苦手となってきた1部ですが、でも実演での大音響を心置きなく楽しめるのはよいこと。

この記念碑的な膨大な作品に果敢に挑み、加えて楽団の創立の周年記念を祝うと言うモニュメンタルな場に対し、このステージに立つすべての人、とくに合唱と少年少女たちは練習と努力を重ねてきたであろう。
こうした場に立てることへのうらやましさ、そして音楽行為への思いの清さ、私は最大限に評価したいと思います。
なんたって、ぐうたらな自分には絶対に出来ないんですから。

千人交響曲の核心はファウストに素材を求めた3つの部に細分される第2部にあり、いつも感動しっぱなしとなる。
緩徐楽章的なアダージョの精妙で神秘的な音楽は多くの人がステージに乗っているにもかかわらず、低弦にピチカート、荒涼とした雰囲気の木管など、実によく分離して耳に届いた。
このあたりがこのホールの音の良さ。
静けさの中でささやくように歌う合唱もここでは格段によかった。
そのあとホルンに導かれ、(そのホルンは、この日はすべてにわたって素晴らしくブリリアントだった)、感極まったバリトン独唱が入ってくるが、ここでも私は鳥肌。
この法悦の神父と深奥なる神父のふたりの歌が大好きなんです。
いつも聴いてる青山さんの気合の入った歌は素晴らしかったが、ベテランの久保さんはちょっと厳しかった。
これまでのライブ経験でも、この歌は激するオケに埋没してしまうケースが高かった。
飯森さんは、オケを抑える指揮ぶりをしたものの、難しいものである。
久保さんは、若杉弘の指揮した「ダナエの愛」でのユピテル役を聴いて以来、幾度となく接してきたバスバリトンですし、藤沢の千人では、法悦の神父の方を歌っていましたことも懐かしい思い出です。

第2の場面、天上から舞い降りるような無垢の児童合唱、女声合唱も素敵だった。
富岡さんの深みのあるメゾに次いで、
主役ともいうべきテノールの宮里さんがすくっと立ち上がり歌い始めると、恍惚としつつもハリのある声による高域も見事に決まり引き締まった。
さらに進んで、オルガンとハープにのったヴァイオリンの極めて美しい旋律が、とても繊細に優しく演奏され、ここで私は涙ぐんだ。
泣けた!
マーラーの8番のいいところはこうしたところにあり、巨大なサウンドばかりじゃないんだ。
飯森&群響は、こうした静かな場所やちょっとしたチェレスタやピアノを含んだ近未来的な音のシーンを丁寧に優しく演奏していて際立っていたと思う。

小林さん、富岡さん、十合さんと、S→MS→MSと続いてゆくそれぞれの歌唱、声の違いを聴き分け楽しめたのも目視できるライブならでは。
罪を重ねた聖書上の女性たち3人の重唱では、その抜群のハーモニー、声の溶け合いも堪能、木管も愉悦に満ちてました。
そこにヒロインともいえるグレートヒェンの森谷さんが歌い継ぎ、児童合唱を交え透明感を増しながら音楽は進んでゆくし、マンドリンも晴朗な雰囲気。
マンドリンはマーラーでは欠かせない青山さんのお姿をしっかり確認してます。
そして左手奥に聖母の清らかな歌、森野さん、最高にステキだった!

テノールのマリアを讃える学者が「Blicket auf」と入ってくるが、ほかにも記したが、ここはワーグナーのオペラのヘルデン役のソロにも匹敵するくらいに好きだし夢中になってしまう歌で、宮里さんヒロイックになりすぎずに抒情味も出しつつ素晴らしかった。
ジワジワと来るその後の展開。
今回、超集中して聴いていたが、のちのシュレーカーやツェムリンスキー、コルンゴルトにも通じる美的かつヒンヤリしたものを感じ取り、鳥肌物で感動し、そして「神秘の合唱」を迎えた。
もうワナワナしてきて、目頭が熱くなる。
ふたりのソプラノがお互いに聴き合いながら、高まりゆく雰囲気に花を添えるような歌声を聴かせ、ついに全ソロ、全合唱による渾身のフィナーレとなり、バンダも加わり輝かしく、眩しい、壮麗なるラストとなったのでした。

もちろんブラボー一声献上!

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わかっちゃいたけど、めちゃくちゃ感動したし、気分の高揚することいちじるしい。
マーラーのこの壮大な音楽は、7番までの作品と違った、ある意味客観性のある音楽なのではないかと思った。
没頭感でなく、曲と必死に格闘しながらも、存外に冷静にコントロールできていた演奏ではなかったかと。
その意味で、熱量と鋭い切り込み具合はやや弱めだったかもしれない。

しかし、なによりも群響の記念碑的な演奏会にこのオーケストラを愛する地元のみなさまとともに立ち会えたことが、なによりも嬉しくありがたかった。

Gunkyo-202511-a

群響のプログラムは興味深いものばかりで、また聴きに行きたいものです。

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高崎は江戸っ子だった伯父が、仕事のために家族とともに移住し、長く住んだ町。
わたしも何度も訪問しましたが、無類の猫好きだったので、家にはたくさんの猫がいました。
仕事を手伝っていた従姉が急逝し、そのあとすぐに伯父も亡くなり、伯母も数年前に去ってしまいました。
いまでは観音様の麓にあるお墓にお詣りをすることでしか高崎には来なくなりました。

Takasaki-02


劇場とは反対側の駅前ではステキなイルミネーション。

若い人たちがたくさん、活気ある町ですね。

ほんとは食事でもして帰りたかったけれど、そうもいかず、取り急ぎ登利平の鳥めし弁当を買って帰りました。

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