エイミー・ビーチ 交響曲とピアノ協奏曲
麻布台ヒルズのクリスマスマーケット。
平日の日中ですが、多くの人々がいて、実はこれ人を消してみたんです。
自分で楽しむならこうした編集はいいものですが、FAKEとしてのダマシはイカンです。
先日のコンサートでアメリカの作品を聴きました。
その流れでアメリカの女性作曲家ふたりを続けて聴いてみよう。
最初は、エイミー・ビーチ(1867~1944).

エイミー・ビーチ 交響曲 ホ短調 op.32 「ゲール風」
ピアノ協奏曲 嬰ハ短調 op.45
Pf:アラン・フェインバーグ
ケネス・シャーマーホーン指揮 ナッシュヴィル交響楽団
(2002.4.13-15 @アンドリュー・ジャクソンホール)
アメリカといういわば新しい国において、クラシック音楽はそのままヨーロッパから右から左に持ってきたものであり、アメリカに生まれ、アメリカというお国柄をその音楽ににじませた作曲家は、ゴットシャルク(1829~1869)あたりからだろうと思う。
アメリカの独立宣言は、1776年でベートーヴェンが6歳の頃だ。
この建国から90年後に生まれたのが、女性作曲家エイミー・ビーチで、スコット・ジョプリンと同じ年の生まれ。
ヨーロッパではドビュッシー、シベリウス、スクリャービンあたりと同じ世代。
こんな風に時間軸で見て聴いて考えることも、音楽の楽しみだろう。
アメリカ初の成功した女性作曲家という触れ込みがまず先に立つビーチさん。
作品数は300曲以上あり、交響曲を作曲した初のアメリカ人女性となる。
ニューハンプシャー州のヘニカーという街の出身で、場所的にはボストンの北、さらに北はカナダ国境、そしてモントリオール。
イングランドのピューリタンに遡ることのできる家系で、豊かな家柄でもあり、アマチュアピアニストだった母親の影響下幼少期から神童ぶりを発揮したものの、厳格なプロテスタント信者であった母は娘が公の場でピアノの才能を発揮し演奏することを快く思わなかった。
リストの弟子やボストンの有力な教師からさらに学び、やがて母親もその演奏を許したことから16歳でボストンで正式デビューした。
ピアニストとして、そして作曲家としてもアメリカとヨーロッパでも活躍する。
当初は距離的に近い大都市ボストンでの活動が多く、同地で外科医と結婚してビーチ夫人となる。
しかし、母親は医師の妻として振る舞うことを最優先にさせ、演奏会も限定的にさせたため、ピアニストとしての活動はまた少なくなる。
女性の活躍を阻むものは、やはり旧来の観念とそれに盲従する女性だったりするのか・・・
夫さんは、妻エイミーの才能を信じ応援し、そのことで今度は作曲に専念することができるようになり、数々の作品を産み出すようになったわけです。
ドヴォルザークがニューヨークで活動していた時期と重なるが、それは1892~95年のことだ。
ボヘミアから来た大作曲家の影響を受けたことは当然として、ブラームスの作風の影響も見られるのも確かだ。
新世界交響曲は1893年の作品だが、ドヴォルザークはアメリカルーツの音楽や素材にその精神性を求めて書いたわけだが、ビーチ夫人の1894~96年に作曲された交響曲は、彼女自身が否定しているとおり、自分自身のルーツや故郷に根ざした音楽としたし、そうすべきだと、ややドヴォルザークをディスる発言も残している。
「ゲール風」というのは、アイルランド、スコットランド、その周辺諸島の人々や言語をいい、実際にアイルランド風のメロディを用いているところからこのタイトルとなっている。
しかし、アメリカとボヘミアを巧みに融合させたドヴォルザーク、同じくアメリカとアイルランドをそのように音楽で結び付けたビーチ、ともにアメリカ軸の素晴らしい成果だと思いますね。
アイルランド風の旋律や民謡は3つ用いられていて、それぞれがなかなかに印象的だ。
1896年にボストン響で初演され、人気を博した。
1楽章は弦のトレモロから湧き上がる親しみやすい活気ある旋律から始まるが、これは自身の3つ歌曲集のなかの「Dark is the night」という曲から引用されたもので、それは荒波での航海というシビアな内容の詩である。
素朴な第2主題と併せ劇的な展開となるが、完全にロマン派風交響曲の開始楽章となっている。
2楽章はとてもロマンテックで、優しい旋律アイルランド歌がホルンを伴ってオーボエで奏される。
そして変奏曲ともなりスケルツォ風の中間部ではリズミカルで楽しい雰囲気に、、可愛い楽章です
3つめのレント楽章は、アイルランドの哀歌ともいえるアイルランドの人々の心にある悲しみ、夢想する感情を描いたもの。
泣きのヴァイオリンソロ、途中で加わるチェロソロも実に素晴らしく美しい。
終楽章は交響曲の常套でもある勝利の宣言のような高らかなフィナーレを持つ。
情熱と闘争、たくましく堅実な日々を過ごすアイルランドの人々を思い書いたという。
2つ目の主題が実に魅力的で、それはまさにアメリカのミュージカルや映画音楽にも通じていくうような雰囲気で、後年のハンスンの音楽をも思わせるもので、わたくしはとても気に入りましたね。
そして音楽としては、パリーやスタンフォードをも連想させるものでした。
シャーマーホーン指揮するナッシュヴィル響の演奏は、この作品を知ると言う意味でまったく問題なく、録音も含めて過不足ありません。
父ヤルヴィやファレッタ女史の録音もあるようなので聴いてみたい。
そしてなにより、ボストン響のバリっとしたサウンドで聴いてみたい。
ダウスゴーとコペンハーゲン・フィルの2024年の演奏。
こうした知られていない作品を情熱的に演奏するダウスゴーは、あいかわらスピード感と情熱とで一気に聴かせてくれますよ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ピアノ協奏曲は1899年の作品。
ピアノ演奏を禁じるような母と優しい夫との家庭生活の葛藤のなか、ビーチさんは、自叙伝をしたためるような思いでこの協奏曲を書いた。
4つの楽章は、さながらブラームスのようだ。
しかし、その音楽は交響曲からさらに進化し、ロマンティックの極みに感じる。
自身の歌曲集からの引用があり、その歌曲の詩は夫が書いたもので母に捧げたものだったりする。
37分ほどの演奏時間のなかで、17分を占める長大な1楽章は華麗で、アディンセルのようなネオロマンをも感じさせ、ピアノのかなりのヴィルトゥオーゾ的な要素を要求され、情熱的なカデンツァは聴きごたえある。
亡き父への哀歌でもあった次作の歌曲から引用のある2つ目の主題がすてきだ。
スケルツォの2楽章が、自分にはこれまたステキだった。
サン=サーンスっぽい洒落て小粋なムードがあり、夫の詩につけた歌曲の旋律がでてくる。
ほの暗いムードの緩徐楽章は、やはり旦那の詩に付けた「Twilight」という歌曲からの旋律が引用されているが、彼女をとりまく重苦しくやるせない雰囲気をあらわしているのだろう。
あんまり長く続かないのが幸いで、アタッカで終楽章に入る。
ここでは、まるで交響曲のような勝利の活気ある宣言と感じるムードがあり、前の楽章の嘆きの歌も回顧されるものの、軽快なパッセージがとても気に入ってる。
1900年にボストンで作曲者自身のピアノで初演。
曲はベネズエラ出身でピアノのワルキューレ(女神)とも呼ばれたテレサ・カレーニョに捧げらた。
カレーニョさんは、これをベルリンフィルで演奏しようと試みたがうまくいかなかったらしい。
曲はビーチ夫人が自ら弾いて、欧米に広めていった。
しかし、ビーチさん、その作品は一部のヴァイオリン作品をのぞいて完全マイナー化してしまっている。
1楽章が壮大すぎてバランスは悪いかもしれないが、3,4楽章は一体化しており、お洒落なスケルツォ楽章を挟んでの対比でいえば、よく練られた協奏曲ではないかと思う。
ピアノも華麗でありつつも抒情的で瑞々しく、オーケストラにもソロがあったり、見逃せない瞬きもあり、演奏機会の増えてもいい佳品だと思います。
ダラス交響楽団の演奏会。
アン=マリー・マクデモットのピアノとアンヌ・タリの指揮。
実はCDのファインベルクのピアノより、こちらのアメリカピアニストさんの方がしなやかかつ繊細。
ビーチさんの思いがよく伝わる演奏だし、アンヌ・タリさんの指揮姿も凛々しいです。
マーラーやショスタコーヴィチにあふれかえる演奏会。
そろそろ、ポスト、次の作曲家・作品が模索されるだろうか。
先だってのコープランドの交響曲でも感じたし、その3番の交響曲は演奏頻度があがり、来年は日本でもいくつか演奏される。
マーラー以降の交響曲作品はまだまだ多数あり、協奏曲やオペラもしかり。
クラシック音楽の受容の減退や聴き手の高齢化などの諸問題は世界共通だが、一方で新たなレパートリーの開拓などもなされていることも現実。
ワタクシのように、音楽を聴くことを止められないヒトを増やすことを業界全体で取り組んで欲しいものです。
ふたりめのアメリカ女流作曲家、次はフローレンス・プライス。
年明けになりますが取り上げますと同時に、女性作曲家を順次聴いてまいります予定です。
| 固定リンク

コメント