バッハ クリスマス・オラトリオ リヒター指揮

11月から12月、そして12月に入ってからの日々の経つことの早さよ。
歳をとると月日が経過するのがやたらと早いとよく言われるが、それは予想以上だった。
この歳になって、毎日がこんなに忙しいなんて思いもしなかった。
ありがたいことにお仕事を頂けてるのが幸いなのだけれども、同時にワンオペ介護、時おり孫、、家事、その間を縫って音楽会に上京 etc・・・
ストレス解消にと音楽会に積極的に行くようになったが、外出中も気が気でないときもあり、それがまたストレスになってしまったり・・・
昨年は多飲と不摂生がたたり入院もしてしまい、お酒を飲まなくても大丈夫な自分になったが、それもまたストレスでもあるし、身体の不安もまたストレスでもあるという悩み多き初老・・・・
でもまあ、これもまた生きていることの証でありましょう。
ちょっとしたことに楽しみや喜びを見出したりするのも幸せなことのでしょう。
音楽がなかったらちょっとダメだったかも。
バッハを聴こう。
バッハ クリスマス・オラトリオ BWV248
S:グンドゥラ・ヤノヴィッツ
Ms:クリスタ・ルートヴィッヒ
T:フリッツ・ヴンダーリヒ
Bs:フランツ・クラス
カール・リヒター指揮 ミュンヘン・バッハ管弦楽団
ミュンヘン・バッハ合唱団
(1965.2~6 @ヘラクレス・ザール、ミュンヘン)
来年2026年に生誕100年を迎えるカール・リヒター。
1981年に54歳にして早逝してしまってから、もう45年になる。
心臓麻痺で亡くなった報を聞いたとき、これから社会人となる矢先のときだったが、かなりのショックだった。
バッハといえばリヒター。
そのように若いながら信じ込んでいた自分でした。
その思いは、古楽的な奏法が主流となり、バッハ演奏も多様化したいまも変わりません。
メサイアとともに、クリスマスに聴くにもっとも相応しいバッハのオラトリオ。
メサイアは降誕から死と栄光までを描いたのに対し、バッハの方は暦のうえでのクリスマスの6日間をカンタータ形式で描いた作品。
ともに、シンフォニア・田園曲が牧歌的かつ平安とともに挿入されていて、クリスマスの夜に和みます。
過去に書いたものを以下また再掲
①降誕節第1祝日 24日
②降誕節第2祝日 25日
③降誕節第3祝日 26日
④新年 1日
⑤新年最初の祝日 2日
⑥主顕節 6日
主顕節というのは、イエスが初めて公に姿を現わされた日のことで、東方からの3博士が星に導かれて生後12日目のイエスを訪ねた日をいう。
1734年、バッハ壮年期に完成し、その年のクリスマスに暦どおりに1曲ずつ演奏し、翌新年にもまたがって演奏されている。
バッハの常として、この作品はそれまでの自作のカンタータなどからの転用で出来上がっているが、旋律は同じでも、当然に歌詞が違うから、その雰囲気に合わせて歌手や楽器の取り合わせなども全く変えていて、それらがまた元の作品と全然違う雰囲気に仕上がっている。
バッハのカンタータは総じて、パロディの集積とよく云われるが、それは自作のいい意味での使い回し、なおかつ最良のあるべき姿を求めての作曲家自身の信仰と音楽の融合の証しでもありましょう。
リヒターのことを書くたびに再三触れることだが、中学生のときに買った1枚のリヒターのレコード。
750円だったかと記憶するが、リヒターの演奏のサンプラー盤で同様の企画が、カラヤンとアルヒーフレーベルにもあった。
1曲目がクリスマスオラトリオの第1曲めで、私は一発でこの晴れやかな音楽が好きになってしまった。
そしてリヒターという音楽家とバッハの音楽の切り離すことのできないイメージが植え付けられ、指揮、鍵盤楽器奏者としてのマルチぶりも印象付けることとなりました。
そう、このレコードには、ほかにマタイの最終合唱曲と「トッカータとフーガ」「イタリア協奏曲」が収められていたほか、ハイドンの時計の2楽章も収録されていました。
まさにすり減るほどに聴いた1枚なのです。
この演奏で、輝かしいトランペットを一部担当しているのは、モーリス・アンドレです。
しかし、それが突出しないのは、リヒターの厳しい目線と音楽造りがあるから。
カッチリした構成のもと6つのカンタータの集積であることもよくわかるし、それぞれの祝日の意味合いもクリスマスという喜ばしい、キリスト教徒最大の祭日の日々に相応しいワクワク感も感じさせます。
6つのカンタータのそれぞれの祝日に合わせたカンタータの特徴と、それらをひとつにまとめ込む構成力の豊かさ。
そしてそこにあるのは、敬虔な祈りとバッハの音楽への演奏家たちの熱い情熱と貫かれた緊張感。
リヒターの一連のバッハ演奏に共通するものです。
迎えることのなかった60代のリヒター、さらに円熟を重ねるはずだったそのあとのリヒター、その演奏を永遠に確かめることが出来なくなったのは、人類の痛恨事だと思う。
まさに天使のようなヤノヴィッツの無垢なる美声、いま聴くとヴィブラートがやや気になるが、やはりその声の存在感と馴染みある声が魅力のルートヴィッヒ。
なによりもこの録音の翌年に亡くなってしまうヴンダーリヒの素晴らしいエヴァンゲリストとテノール。
このテノールの早逝もリヒターと同じく、音楽界の痛手であり、最高の福音士家とシューベルトとモーツァルト歌いを失ったことになる。
早くに引退したバスのフランツ・クラスも私にはワーグナー歌手としてありがたい存在で、美声の深い声は素晴らしいです。
指揮者、歌手、このメンバーのなかで唯一存命なのは、ヤノヴィッツさん。
1937年生れで、母国オーストリアにてまだお元気のご様子。
ルートヴィッヒは4年前に93歳で亡くなっているが、ともにベームやカラヤンのもとで歌ってきた大歌手。
お元気でお過ごしいただきたいです。
リヒターの記念年、あらたなマスタリングで名盤が再発される様子です。
刷新された音で、新鮮な発見もあるかもです。
東京は相変わらず華やかでして、電車に乗って1時間でいま住む町に帰ってくると、真っ暗で唖然とします。
キレイだけれど、毎日見てるとどうだろうかと思うし、毎日見るなら海や山の方がいいと思うようになった。
丸の内の仲通りも、人でごった返してましたよ。
次のブログでは、今年お別れをした演奏家を振り返ってみたいと思います。
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