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2026年2月

2026年2月23日 (月)

神奈川フィルハーモニー 定期演奏会 沼尻竜典 指揮

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世間の連休初日の横浜は、陽気にもめぐまれ、多くの人で賑わってました。

神奈川フィルの定期演奏会へ、ローマ体験に行ってきた4276

1か月間続けた当ブログでの「イタリア」シリーズ。
アバドのメンデルスゾーン→ルスティオーニのローマの祭り→アバドのチェネレントラ→ルスティオーニのヴェルディ→レスピーギのオペラ。
そして仕上げは「ローマ」新説4部作。

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 神奈川フィルハーモニー みなとみらいシリーズ定期第411回

  ベルリオーズ 序曲「ローマの謝肉祭」op.9

  レスピーギ  交響詩「ローマの松」

         交響詩「ローマの噴水」

         交響詩「ローマの祭り」

   沼尻竜典 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

      コンサートマスター:石田 泰尚

        (2026.2.21 @みなとみらいホール)

ローマにまつわる4部作。
レスピーギの三部作を一度にやるのはよくあることですが、ベルリオーズを加えたところが、今回のプログラムの肝です。
ベルリオーズを一緒にやるのは、ploms2014で、デュトワがロイヤルフィルを指揮したものを録音済みですが、そのときはさらにウォルトンのイタリアにまつわる協奏交響曲も加えたという強烈さ。
打楽器、鍵盤楽器多数のフルスペックのオーケストラを要するので、やるならすべてやってしまうのがよろしいようで。

陽気なオペラ「ベンヴェヌート・チェッリーニ」の素材を使った「ローマの謝肉祭」はともかく楽しい演奏。
なにも考えずに受け入れるのがいちばんで、ダブルのタンバリンの妙技も実演では引立ちます。
鈴木さんのコールアングレもほのぼのしててよかった。
この曲は、短いながらベルリオーズならではの歌謡性とハチャムチャ具合をいかに両立させるかが聴きものですが、そこは沼尻マエストロ、神奈フィルの明るいサウンドを得て万全でした。

ベルリオーズから80年の時を隔てた「ローマの松」、その第1音から感じる年月の経過。
音の煌びやかさや、手に取るようにわかるリアルな音楽描写、このあたりは多様な楽器やオーケストラ能力の進化などによるものでしょう。
まばゆさでいけば、神奈川フィルの持ち味だし、みなとみらいホールの明るい響きもおおいにプラスされるので、最高の「松」の演奏が展開されました。
舞台外から聴こえるグレゴリオ聖歌を奏でるトランペットも神々しく見事に決まり、その後の分厚いサウンドも決して威圧的でないまでも目覚ましいものがありました。
そして静まるなか奏でられる斉藤さんのクラリネット、この幻想的なシーンの展開が極めて美しく、いつまでもどこまでも浸っていたいと思いました。
レスピーギの抒情性に着目すると他の作品への視野も広がり、併せて古代の旋法なども絡めて、私の興味はその歌曲やオペラへの興味へと向かったのでした。
そんなきっかけは「ジャニコロの松」なんです。
ナイチンゲールのさえずりも、ホール内のどこからともない方向から聴こえてきて至福のひと時でございました。
そしてひたひたと迫る行進と高まりゆくクレッシェンド、もうあとは眼前の素晴らしき展開に身も心も任すのみ。
決して濁ることのないクリア―な神奈フィルサウンドのシャワーを浴びつくしたのでございました。
あーー、気持ちええーー
コールで出てきた、鳥さんの担当、お魚にみえたけど可愛い鳥のイラストと鳥笛を掲げて4人。
録音だとばっか思ってた、リアル鳥さんでしたよ。

「ローマの噴水」は3部作のなかではいちばん渋いところ。
しかし、幻想味と抒情感では、この曲が随一なので、これもまたかなフィル向き。
朝のまったりとした雰囲気が室内楽的に表現され、各ソロの瞬きも素敵です。
それを打ち破るホルンも見事に決まり、ピアノの活躍も心地よく聴こえるトリトン噴水。
ここから始まるレスピーギの音楽の巧みさを沼尻さんは着実な盛り上げで表現。
音がだんだんと眩しくなってゆくのが丸わかりなのがライブのいいところで、まさに音のシャワーで水しぶきを感じることができるという贅沢。
真昼のトレヴィの高揚感は半端なかった!
オルガンの低音、弦楽器のものすごいパッセージの連続を各奏者さん、とくに石田コンマスの激しい動きを見てるだけで興奮してしまう自分。
その後の急速な静まりと、そこに伴うどこか寂しい雰囲気と安らぎ、この落差の表現も見事。
暗くなってきたので、このままお家に静かに帰りましょう・・ということにはならないよお客さん、祭りだよ!

ということでいちばん大好きな「ローマの祭り」が、楽員さんが補充され準備万端。
指揮台にあがるや、すぐさま開始されるローマ時代への異次元パラレルワールド。
この切迫感ある「いきなりローマ祭り」の始め方は気にいったぞ。
暴力的なチルチェンセスはうるさくならず、弦主体の祈りの歌にかぶる金管や打楽器の咆哮、音が重なってもぜんぶクリアーなところが実によく、沼尻さんの耳の良さと分厚くならいオーケストラの持ち味ゆえか。
寂し気な五十年祭は、ここでも各ソロの巧みさ、独特のレスピーギのエキゾシズムなどなど、見て聴いて楽しむのでした。
徐々に増し行く喜びと祭りへの予感、このあたりのいろんな要素が同時進行しつつ歓喜への方向に持ってゆくレスピーギの筆の冴え。
実演だとほんと楽しく、音楽のすぐれた出来栄えが丸わかりなのです。
夕暮だけど、音楽は酒気を帯びてウキウキしてきたぜ、十月祭。
そして始まりましたよ神奈フィルのウィンドアンサンブルによるセレナーデの蕩けるような美しさと豊かな歌心。
マンドリンの第一人者、父・青山忠さん、先だっての都響の祭りでも登場。
マーラーの7、8、大地の歌でも必ず青山さん。
この方、この親子なくして「祭り」と「千人」「夜の歌」は日本では成り立ちません。
ありがたくイタリアのそよ風をマンドリンで味わい、そのあとは石田コンマスと上森チェロの素敵すぎるソロ。
徐々に漂うカーニヴァル臭、主顕祭。
素っとん狂な音楽に転じるこの鮮やかさも素晴らしく、いやもうワクワクしてきた。
やべえ、手回しオルガン風なところで、身体が泳いじまった。
ユニゾンによる大アリアに酔い、狂乱の一途をたどるどんちゃん騒ぎに色を添える、日本人の心くすぐる多彩な打楽器の大活躍のお囃子に目をみはりつつ、私はもう興奮の坩堝でして、案外冷静に指揮するマエストロよりも、久しぶりに眼前にした石田コンマスの立ち弾きや、オーケストラの皆さんを見回しつつ祭りに参加、堪能したのでござる。
思わず「ブラボー」!
先月のルスティオーニの「祭り」もすさまじかったが、今回は、ローマの旅の終結という完結感もあり、極めて満足感も高く、ホールが一体となった高揚感に満たされたのでした。

あー、おもしろかった!

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アフターコンサートは、久々の神奈フィル応援メンバーに、遠来の音楽仲間も交え、横浜地ビールで乾杯🍺

あんな興奮のあとは、ウマすぎるだろ。

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街はもう夜となってました。

楽しかった「ローマ物語」

過去記事

「ルスティオーニ&都響 ローマの祭り」

「ローマの祭り 聴きまくる」

「川瀬健太郎 ローマ三部作」

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2026年2月20日 (金)

大阪フィルハーモニー東京定期演奏会 尾高忠明 指揮

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ホール前の花壇も春を先取りする色どりになってきました。

大阪フィルの東響定期オール・エルガー・プログラムを聴いてきました。

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  大阪フィルハーモニー 第58回 東京定期演奏会

    エルガー 弦楽のためのセレナード ホ短調 op.20

      「海の絵」 op.37

     Ms:林 眞瑛

       交響曲第3番 ハ短調 op.88
                          (A・ペイン補筆完成版)

  尾高 忠明 指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団

        コンサートマスター:崔 文洙

                             (2026.2.17 @サントリーホール)

エルガーの世界的権威、尾高さんらしいプログラム。
札響時代の東京演奏会でもエルガーは何度か取り上げてましたが、2008年の演奏会では、RVWとディーリアス、そして3番という組み合わせでした。
この日は、3回にわたって満場の聴衆を集めたインバルの千人と被ることになりましたが、平日という同じ日にともにクオリティーの高い演奏会が行われている東京という都市に驚きも禁じえません。

エルガー35歳の愛すべき佳曲、弦楽セレナード愛する妻アリスに捧げられた。
エルガーらしい気品と優しさがたっぷり詰まった名作、そのメロディアスで抒情的な曲想を尾高さんは、まさに優しい目線でもって指揮をしてました。
大フィルストリングスの柔らかな響きもとても素敵でして、どこか間もない春を予見させる、そんな演奏でした。

コンサートでは初めて聴く「海の絵」
ふだん音源で聴いてるとあまり意識しない打楽器を目にすると案外と大きなオーケストラ編成であることに驚き。
予定された昨年にマタイで素晴らしい歌唱を聴いたアンナ・ルチア・リヒターが健康上の理由で来日不可となり、林眞瑛さんが引き継いだ。
初めてのお名前だったのですが、初「海の絵」だったという彼女の歌に大いに惹かれ、とても感心をしました。
「海」をめぐる5つの連作歌曲ですが、歌詞の内容自体は小難しいものではないが、そこに付けたエルガーの瀟洒ともとれる音楽がすばらしい。
短いけれど、これもまた愛らしいアリスの詩につけた2曲が可愛くて、そして素直な林さんの歌が微笑ましくほっこり、オーケストラも泣きたくなるほどに優しい。
戻っての1曲目、精妙なるオーケストラ、尾高さんは抑制された響きを低弦のうごめきでも巧みに引き出し、林さんのスタートを支えた。
3曲目は神々しいオーケストラにのって、林さんの明瞭な発声で聴く英語の語感の素晴らしさも堪能。
いろんなモティーフがさまざまに出てくるエルガーの慎ましいなかに、豊かなオーケストラの展開に感動。
4曲目も2曲目に通じる可愛さがあって、短いかれど、そのいいリズム感に体が反応しそうになってしまう。
一転、エルガーの書く終章の素晴らしさをここでも味わえる5曲目。
決然とした歌唱、ストレートな声がよく響く林さん、いちばんの高域をいくつか通過しなければいけないけれど、いずれもよく決まり、それを支えるキリリとしたオーケストラ。
高揚感も味わえ、わたしは、この歌曲集がこんなにいい曲だったんだと改めて思い、併せて林さんの大健闘にブラボー一声。
多くのブラボーもかかりましたよ!

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世界一の「3番」の指揮者といってもいい尾高さん。
大阪フィルとのエルガーシリーズの一環でもあり、ライブレコーディングも本拠地での演奏ととも行われた様子。
この演奏を聴いて確信した。
この交響曲は、エルガーテイストの作品ではなく、完全に「エルガーの3番の交響曲」なのだと。
尾高さんの自信にみなぎる的確な指揮、大フィルの全霊をかけた熱意あふれる演奏、これを目の当たりにして。

1楽章冒頭のあのひきづるような特徴的な旋律からして尾高&大フィルにはノーブルな慎ましさと抑制された美しさとがある。
いくつもの海外ライブやCDを聴いているが、この冒頭部を結構激しくやる演奏があり、その結果において次の柔和な第2主題との対比が鮮やかになるというものだが、札響との演奏に比してもなお、尾高さんの第1主題と第2主題の扱い、その対比はなだらかで劇的になることを拒絶しているみたいだった。
このふたつの主題が交錯する長い1楽章、曲を完全に理解し愛情を持って指揮している尾高さんの動きは少なく、まるで音楽のなかのエルガーと見つめ合っているのかと思うくらいで、その思いを大フィルも受けとめて夢中になって演奏しているのが奏者の皆さんをみていてよくわかった。
上昇する音型で終わるこの楽章の最後の飛翔感は見事に決まり素敵だった。

可愛らしい2楽章、打楽器の活躍も目視できて楽しいし、中間部との対比もさわやか。
そして、私がこの作品の白眉と思っている3楽章。
曇り空の沈鬱ななか、見え隠れする抒情、それが瞬きするように現れては消えてゆくその明滅感。
そしてクラリネットに導かれでてくる愛おしくなる旋律、その後に橋渡しされてゆく美しいシーン。
ともかくどこも美しい瞬間が連続し、また沈滞ムードに陥り、シリアス度を増してゆくし、はたまた幻想味・ファンタジー度合いも深める。
こうした流れを尾高さんの指揮は、淡々と振りつつも指揮棒、指先、すべてのタッチに優しさと共感がにじみ出ている。
聴いていて、これは枯淡の域にある、そう枯山水のような渋い水墨画の世界だと思った。
欧米人には描けない日本人ならではのエルガーなのだ。

深淵な3楽章とのギャップがでかい終楽章。
金管のファンファーレで曇り空が晴れてしまうような鮮やかさを感じる。
大フィル歯切れのよさ、スカッとした切れ味をここでは堪能。
一方でエルガーらしいユニゾンの豪放な心地よさと、慈しむような旋律の歌いまわしなど、次々に堪能。
エルガーのスケッチが少なく、諸作を参考にしたやや張り合わせ的なイメージを受けることの多い4楽章ですが、この日の演奏にはそんな雰囲気はまったく感じさせないほどに、スムースであり毅然とした演奏からは隅々までエルガーを演奏しているという自信と気概が感じられた。
なによりも奏者のみなさんの表情がとてもよくて、音楽を楽しんでいるのがわかるし、尾高さんに全幅の信頼を寄せて、「尾高のエルガー」をともに打ち立てようという姿勢が眩しかったのです。
1楽章の冒頭主題と、ドラの一音。
長い静寂がありがたく、感動もひとしおだった。

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エルガー・ナイト、実にいい演奏会でした。

以前のように大阪・関西に行かなくなってしまったので、早くも来年の東京定期が楽しみだ。

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2026年2月 6日 (金)

レスピーギ 「ラ・フィアンマ」(炎)

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ある日の壮絶な夕焼け空の太陽。

妖しくも、なにか起こるんじゃないかと心配してしまったのですが、なにごともなくその夜も次の朝も平準でした。

2026年はレスピーギ(1879~1936)の没後90年。
そんなにエポックな節目でもありませんが、演奏会ではそこそこに取り上げられます。

もちろんローマ三部作ばかりが有名で、だれしもが好きな作品でありますし、私も例外ではありません。
しかし、レスピーギはイタリアの作曲家であり、オペラ作曲家でもありました。
そこに着目して、以前より何度も記載してますが、プッチーニだけじゃないヴェルディ以降のイタリアのオペラ作曲家たちを務めて聴くようにしてました。

そんななかで、レスピーギの存在はかなり後期にあり、同時代のイタリアオペラ作曲家としては、マリピエロやピッツェッティらがいて、さらに後輩としてはメノッッティあたりとなります。

56歳という短い生涯にあって、オペラ的な作品は9作残したレスピーギ。
なかなか音源を集めずらいのですが、最近は映像で登場するようにもなり、徐々にコレクションできてます。
今回は完成された最後のオペラ、「ラ・フィアンマ」を取り上げました。

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  レスピーギ 歌劇「ラ・フィアンマ」 ≪炎≫

    シルヴァーナ:ネリー・ミリチオウ
    ドネッロ:ガブリエル・シャーデ
    エウドシア:マリアーナ・ペンチェーヴァ
            バジーリオ:デイヴィッド・ピットマン=ジェニングス
    アグネーゼ:チンツィア・デ・モーラ
    モニカ:オルガ・ロマンコ
    ヴェスコーヴォ:パータ・ブルチュラーゼ ほか

  ジャンルイジ・ジェルメッティ指揮 ローマ歌劇場管弦楽団
                   ローマ歌劇場合唱団

        (1997.12  @ローマ歌劇場)

イタリア人として祖国の風土、歴史、街々を愛したレスピーギ。
ローマ三部作でローマを謳歌した名作を残したが、レスピーギの後半生の心のなかにあった都市はラヴェンナでしょう。
ローマとは半島の反対側、アドリア海に近いエリアでボローニャの東側に立地するのがラヴェンナ。
「ラ・フィアンマ」の舞台はそのラヴェンナです。

1934年、レスピーギの心臓麻痺による56歳の早過ぎる死の2年前にローマで初演。
妻エルザとこのオペラの台本作者グワスタッラと3人でラヴェンナに長期滞在し、この歴史ある街に魅せられたレスピーギ。
オペラの時代設定は7世紀で、その頃はビザンチン帝国=東ローマ帝国と西ローマが対決していた頃。
ラヴェンナはコンスタンティノープルを首都とする東ローマ帝国の総督府があった都市で、帝国は完全支配下になっていなかったイタリア半島をなんとか統治するためにラヴェンナにその機関を置いた。

そんなラヴェンナだから、ビザンチン様式の史跡やモザイク画など、初期キリスト教の東方の文化をにじませた中世前期の色合い残るステキな街とのことで、世界遺産の都市ともなっている。
この機にいろいろ調べてみたけど、メジャーなイタリアの都市を外して、ラヴェンナとか近くのフェラーラを観光するのは実に魅力的だと思った。

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「ラ・フィアンマ」の物語の内容は、ラヴェンナを舞台に、総統一家の悲劇と外部が攻め入る民族との抗争、さらにいちばん大きな軸は、魔女狩りをドラマの核心として描いている。
7世紀の頃は、もしかしたら12~13世紀の中世時代の本格的な魔女狩り・魔女裁判・異端審問などとは違ったかもしれず、多分に台本のフィクション性が高いものとも思われる。
その原作は、ノルウェーの作家ハンス・ヴィアーズ=イエンセンが1908年に書いた「アンヌ・ベダースドッター」という小説で、英訳されてからは「魔女」というタイトルになったもの。
1590年にベルゲンで起きた史実をもとにしたもので、継母が義息子と関係を持ち、そこに魔法がからんでいたとして魔女と告発されて火刑にあってしまう女性を描いている。
 レスピーギのオペラは、それがこの物語の中心となっている。

登場人物を整理・紹介しときます

    シルヴァーナ:総督バジーリオの年若い妻
    ドネッロ:総督バジーリオの前妻との息子、シルヴァーナと幼馴染
    エウドシア:総督バジーリオの母にして、シルヴァーナの義母
             バジーリオ:ラヴェンナ総督府の長
    アグネーゼ:魔女とされ火刑。シルヴァーナの母の知り合い
    モニカ:バジリオ家の若い使用人
    ほかに、悪魔祓い、司教、息子が急逝した母親

東と西の両ローマ帝国の対立軸のなか、バジーリオは皇帝の命により、首都コンスタンティノープルを離れ、ラヴェンナに長期赴任している。
妻は亡くなり、息子のドネッロはコンスタンティノープルで政治や戦略を勉強中。
バジーリオは粗末な家庭出身の若いシルヴァーナと結婚することになり、母エウドシアは最初から反対していた。

第1幕

義母エウドシアは、義理の娘が家政婦に対し必要だとする厳しさが足りないと叱責する。
彼女は亡くなった息子の前妻を、高貴な貴族出身といこともあり規律の模範として考えている。
シルヴァーナは義母のそんな態度に息苦しさを感じ、家の使用人の一人、モニカに打ち明ける。
その時、群衆から怒りの叫び声が聞こえてくる。
アグネーゼ・ディ・チェルヴィアを火刑に処せ、彼女は魔女だと主張する者たちだ。
使用人の娘たちが飛び出して行くと、追いかけていた老婆が突然シルヴァーナの前に現れ、群衆から自分を救い、かくまってくれるよう懇願する。
シルヴァーナは最初は拒否するが、アグネーゼがシルヴァーナの母親もかつて魔女の容疑をかけられていたことをほのめかした途端、その願いに屈し、彼女を匿うことにする。
 バジリオの息子、ドネッロがラヴェンナに帰ってきた。
同い年のふたり、シルヴァーナはバジリオに、まだ子供だった頃に会ったことがあると告げる。
その時も二人は互いに惹かれ合っていて、今回の再会もまさにその通りの展開となる。
エウドシアがやってきて再開した二人の会話に割り込んで、孫のドネッロを歓迎する。
 その時、教会の悪魔祓いに率いられた群衆が、アグネーゼを追って家に押し寄せてきて、彼女が幼い少年チェザーリオに魔法をかけ、死においやったと母親は叫ぶ。
ついに群衆は老女を見つけ出し、火刑場へと引きずり出す。
アグネーゼは厳格なエウドシア、息子のバジリオ、孫のドネッロ、そしてシルヴァーナにも併せて呪いをかけ、いつかお前も火刑に処されると予言し、火刑に処せられる・・・・

第2幕

ドネッロは使用人のモニカと情事を始めていた。
シルヴァーナはこれを知ると、モニカに厳しくあたり、嫉妬に狂ったようになり非難し、ついに友人のようだったモニカを修道院に追放する。
一方、バジリオは息子にローマ教皇に対する戦いに加わるよう命じ、コンスタンティノープル行きを考えさせる。
アグネーゼが炎に倒れる少し前に、シルヴァーナの母親と総督との関係について奇妙なほのめかしをしていたのをシルヴァーナは気にしていた。
バジリオはついにシルヴァーナに、彼女の母親が魔法を使って彼を家に誘い込み、当時まだ成人にもなっていなかった自身の娘と結婚させたことを告白する。
数年後、シルヴァーナの母親が魔女の罪で告発されたとき、バジリオは彼女を擁護し、火刑から救った。
しかし、彼は当時彼女が自分に呪いをかけたと確信しており、自分の信仰によれば罪人を火葬場からは救えたが、地獄の煉獄からは救えなかったという思いにいまでも苛まれていると告げる。
 混乱したシルヴァーナは、なぜ母の死に悲しみを感じなかったのかを理解し始める。
同時に、彼女は母の魔力を受け継いでいると信じはじめ、夢の中で願うことが実現するのは、その力によるものだと確信する。
彼女は義理の息子ドネッロをいまここに出現させようとすると、突然彼が目の前に現れる。
二人は抱き合い、一夜を共に過ごす。

第3幕

シルヴァーナとドネッロは情事を続け、互いに離れることができないくなっていた。
エウドシアはとっくにその事実を知っていたが、息子バジリオのことを思い秘密にしていた。
しかし、彼女は政治的影響力を行使し、いまこそドネッロをコンスタンティノープルへ帰還させるよう仕向けた。
孫にこのことを伝えようとした日、彼女は孫の部屋でシルヴァーナを見つけてしまう。
明かになった二人の不倫関係はもはや隠し通すことができなくなる。
義母の陰謀によってドネッロと引き離されることを知ったシルヴァーナは、怒りと絶望に打ちひしがれ、バジリオに不倫の事実を白状する。
そしてバジリオと過ごした幸せな瞬間はまったくなく、彼の誘いに屈するたびに彼を軽蔑していたと告げ、バジリオを罵倒する。
老いたバジリオは精神的に混乱し崩壊し、心臓麻痺を起こしてしまいそこで息を引き取る。
 エウドシアは息子の死をシルヴァーナのせいにし、彼女を殺人鬼、さらには魔女と罵倒する。

暴徒と化したの群衆の裁きに引き渡されたアグネーゼのときとは異なり、シルヴァーナは司教のもと正式な裁判を受けることとなる。
彼女は姦通に関しては告白するが、魔女の嫌疑は一切を否定する。
彼女の自己の弁護は愛の炎に屈したことが唯一の罪、ドネッロと彼女は愛で結ばれており、この愛に生きると主張。
ドネッロも同じ思いとなり、感動してシルヴァーナを弁護すると、司教と聴衆は心動かされ、シルヴァーナを無罪放免にしようとする。
しかしそのとき、義母エウドシアが口を開き、魔女として有罪判決を受けたアグネーゼとの関係、そしてシルヴァーナの魔女のような母親にまつわる噂を、激しく言いつのり、その過去を全員に思い出させる。
そして最後に、彼女は「魔女!魔女の娘!」という言葉で告発を終える。
ドネッロもこといたっては、シルヴァーナを疑い始め嘘だと言ってくれと責め、シルヴァーナはもはや彼を信頼できないことを悟る。
愛への夢は砕け散ってしまい、自暴自棄の心境となったシルヴァーナ。
司教が十字架を彼女に差し出し、魔女を糾弾する最後の機会を与えた時、彼女はその誓いの言葉を発することができない。
彼女の沈黙は告白とみなされた。
人びとは、神は正しく下された!魔女!と叫ぶ。
シルヴァーナは火葬場へと運ばれる・・・・

                

救いのない絶望的なドラマ。
2度も魔女狩りの火刑があり、不倫あり、突然死あり、義母のいびりあり、嫉妬あり、愛のシーン・・・・
人間の心のなかにある迷信や超常現象的なものに対する恐れと不安のおののき、そして期待と不安への憧れ。
そんな心情もあって、このオペラの初演とその後の各地で世界戦争前夜当時の上演ブームにつながったんだと思います。
それは人々の集団ヒステリーでもあり、キリスト教と邪教との聖邪の対立、厳しい家父長制、女性の心の自立、フェニミズムなどなど、いまでも通じる普遍的な事象をあらわしてもいて、このオペラに社会性をまとわらせた演出が可能であることも証してます。
忘れ去られたこのオペラ、ローマでのライブをメインに聴きましたが、2024年のベルリン・ドイツ・オペラ上演も視聴できました。
研ぎ澄まされたクリストフ・ロイのシンプルな演出の説得力と歌手たちの迫真の演技があまりにも素晴らしく、度肝を抜かれました。

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レスピーギの音楽の素晴らしさ。
冒頭から宿命的なサウンドで、このオペラの逃げようのない苛烈さをすぐさまに感じさせる。
そしてすぐさま、エキゾシズム漂う東方ムードに覆われる使用人たちの女声の歌声。
歌手たちには、アリアなどひとつもなく、独白的な場面でつながれているが、義母エウドシアのまるでワーグナー作品のオルトルートの存在を思わせるような邪悪な雰囲気の音楽や、ドネッロのやたらと甘い役回り、表向き強権ムードのバジリーオ爺さんが、若い妻にはメロメロだったりするシーンなど、ともかくよく書けてる。
そしてヒロインのシルヴァーナの音楽は、とても同情的な側面で書かれている一方で、暗い情念をにじませるような二面性もあり、この役柄を歌いこむ大変さも感じるのであります。
交響詩でも存分に発揮されているオーケストレーションの見事さは、オペラでも各シーンの鮮やかなまでの描き分け、事象を彷彿とさせるリアル感など、ここでも満載です。
 あとなによりも、美しいのは愛を語るシーンでのとろけるような甘美かつ抒情的な音楽。
1幕の若いふたりが、子ども時代を語るシーンでは森や鳥のさえずりなども模写され美しいく清々しい一方、結ばれてしまったあとの3幕での二重唱は濃厚なトリスタン的後期ロマン派の音楽となっている。
 そして、1幕の最後、終幕でのエンディングの強烈さもすさまじいです。

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97年のローマでのライブは舞台の熱気をそのまま感じる優れもの。
ロッシーニ指揮者でもあり近現代ものが強かったジェルメッティは2021年に75歳で亡くなってます。
存命ならばイタリアを代表する巨匠であったでしょう。
ここでのレスピーギは、切れ味よろしくローマのオーケストラとは思えないくらいに鋭い音がでてるし、また歌心もたっぷり。
歌手では実績あるミリチオウが圧倒的な歌声で、清楚さから妖気と諦念もうまく表現していた。
ほかはデコボコあり。

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        シルヴァーナ:オレシア・ゴロヴネヴァ
    ドネッロ:ゲオルギー・ヴァシリエフ
    エウドシア:マルティナ・セラフィン
             バジーリオ:イヴァン・インヴェラルディ
    アグネーゼ:ドリス・ゾッフェル
    モニカ:スア・ジョー   ほか

  カルロ・リッツィ指揮 ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団
             ベルリン・ドイツ・オペラ合唱団

      演出:クリストフ・ロイ

        (2024.9.29  @ベルリン・ドイツ・オペラ)

私のヒットゾーンの作品を次々と上演してくれてるベルリン・ドイツ・オペラでのライブ。
ドイツ放送から録音し、さらにその舞台もネット視聴することができました。
この視聴で、ラ・フィアンマの作品理解をかなり深めることができた。
無駄なものをいつもそぎ落とすミニマル演出家ロイ。
室内仕立てのサスペンスを見るかのような求心力と音楽への集中を妨げないシンプルな演出は、ここでも見応え充分。
女声3人とモニカを加えた4人がすばらしい。
役柄に没頭し迫真すぎる演技と柔らかさと強烈さも併せ持ったロシアのゴロヴネヴァはビジュアルもよい。
大ベテランのゾッフェルが鬼気迫る魔女役に、ドラマテックソプラノのセラフィンが、ここではメゾの領域で本ドラマでの悪役に挑戦し、複雑な心境を歌い演じる。
ローマ盤より録音が最新のせいか、バリっとした鮮やかさがあるオーケストラがうまい。

いつかDVD化を望みたい。

音源としては、85年頃のガルデッリ盤があり、当時フンガトロンレーベルにレスピーギのシリーズを録音中だった。
聴きたいのですが、そちらは入手難。

ヴェルディ(1813~1901)以降のイタリアオペラ作曲家

  ・ボイート     (1842~1918)
  ・ポンキエッリ   (1843~1886)
  ・カタラーニ    (1854~1893)
  ・レオンカヴァルロ   (1857~1919)
  ・プッチーニ    (1858~1924)
  ・フランケッティ  (1860~1942)
  ・マスカーニ    (1863~1945)
  ・チレーア     (1866~1950)
  ・ジョルダーノ     (1867~1948)
  ・モンテメッツィ   (18751952)
  ・アルファーノ    (18751954)
  ・ヴォルフ=フェラーリ(1876~1948)
  ・レスピーギ     (1879~1936)
  ・ピツェッティ    (1880~1968)
      ・マリピエロ     (1882~1973)
  ・メノッッティ     (1911~2007)

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まるでゴジラのような雲。

ドラマテックにすぎる空でした。

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