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2026年2月20日 (金)

大阪フィルハーモニー東京定期演奏会 尾高忠明 指揮

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ホール前の花壇も春を先取りする色どりになってきました。

大阪フィルの東響定期オール・エルガー・プログラムを聴いてきました。

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  大阪フィルハーモニー 第58回 東京定期演奏会

    エルガー 弦楽のためのセレナード ホ短調 op.20

      「海の絵」 op.37

     Ms:林 眞瑛

       交響曲第3番 ハ短調 op.88
                          (A・ペイン補筆完成版)

  尾高 忠明 指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団

        コンサートマスター:崔 文洙

                             (2026.2.17 @サントリーホール)

エルガーの世界的権威、尾高さんらしいプログラム。
札響時代の東京演奏会でもエルガーは何度か取り上げてましたが、2008年の演奏会では、RVWとディーリアス、そして3番という組み合わせでした。
この日は、3回にわたって満場の聴衆を集めたインバルの千人と被ることになりましたが、平日という同じ日にともにクオリティーの高い演奏会が行われている東京という都市に驚きも禁じえません。

エルガー35歳の愛すべき佳曲、弦楽セレナード愛する妻アリスに捧げられた。
エルガーらしい気品と優しさがたっぷり詰まった名作、そのメロディアスで抒情的な曲想を尾高さんは、まさに優しい目線でもって指揮をしてました。
大フィルストリングスの柔らかな響きもとても素敵でして、どこか間もない春を予見させる、そんな演奏でした。

コンサートでは初めて聴く「海の絵」
ふだん音源で聴いてるとあまり意識しない打楽器を目にすると案外と大きなオーケストラ編成であることに驚き。
予定された昨年にマタイで素晴らしい歌唱を聴いたアンナ・ルチア・リヒターが健康上の理由で来日不可となり、林眞瑛さんが引き継いだ。
初めてのお名前だったのですが、初「海の絵」だったという彼女の歌に大いに惹かれ、とても感心をしました。
「海」をめぐる5つの連作歌曲ですが、歌詞の内容自体は小難しいものではないが、そこに付けたエルガーの瀟洒ともとれる音楽がすばらしい。
短いけれど、これもまた愛らしいアリスの詩につけた2曲が可愛くて、そして素直な林さんの歌が微笑ましくほっこり、オーケストラも泣きたくなるほどに優しい。
戻っての1曲目、精妙なるオーケストラ、尾高さんは抑制された響きを低弦のうごめきでも巧みに引き出し、林さんのスタートを支えた。
3曲目は神々しいオーケストラにのって、林さんの明瞭な発声で聴く英語の語感の素晴らしさも堪能。
いろんなモティーフがさまざまに出てくるエルガーの慎ましいなかに、豊かなオーケストラの展開に感動。
4曲目も2曲目に通じる可愛さがあって、短いかれど、そのいいリズム感に体が反応しそうになってしまう。
一転、エルガーの書く終章の素晴らしさをここでも味わえる5曲目。
決然とした歌唱、ストレートな声がよく響く林さん、いちばんの高域をいくつか通過しなければいけないけれど、いずれもよく決まり、それを支えるキリリとしたオーケストラ。
高揚感も味わえ、わたしは、この歌曲集がこんなにいい曲だったんだと改めて思い、併せて林さんの大健闘にブラボー一声。
多くのブラボーもかかりましたよ!

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世界一の「3番」の指揮者といってもいい尾高さん。
大阪フィルとのエルガーシリーズの一環でもあり、ライブレコーディングも本拠地での演奏ととも行われた様子。
この演奏を聴いて確信した。
この交響曲は、エルガーテイストの作品ではなく、完全に「エルガーの3番の交響曲」なのだと。
尾高さんの自信にみなぎる的確な指揮、大フィルの全霊をかけた熱意あふれる演奏、これを目の当たりにして。

1楽章冒頭のあのひきづるような特徴的な旋律からして尾高&大フィルにはノーブルな慎ましさと抑制された美しさとがある。
いくつもの海外ライブやCDを聴いているが、この冒頭部を結構激しくやる演奏があり、その結果において次の柔和な第2主題との対比が鮮やかになるというものだが、札響との演奏に比してもなお、尾高さんの第1主題と第2主題の扱い、その対比はなだらかで劇的になることを拒絶しているみたいだった。
このふたつの主題が交錯する長い1楽章、曲を完全に理解し愛情を持って指揮している尾高さんの動きは少なく、まるで音楽のなかのエルガーと見つめ合っているのかと思うくらいで、その思いを大フィルも受けとめて夢中になって演奏しているのが奏者の皆さんをみていてよくわかった。
上昇する音型で終わるこの楽章の最後の飛翔感は見事に決まり素敵だった。

可愛らしい2楽章、打楽器の活躍も目視できて楽しいし、中間部との対比もさわやか。
そして、私がこの作品の白眉と思っている3楽章。
曇り空の沈鬱ななか、見え隠れする抒情、それが瞬きするように現れては消えてゆくその明滅感。
そしてクラリネットに導かれでてくる愛おしくなる旋律、その後に橋渡しされてゆく美しいシーン。
ともかくどこも美しい瞬間が連続し、また沈滞ムードに陥り、シリアス度を増してゆくし、はたまた幻想味・ファンタジー度合いも深める。
こうした流れを尾高さんの指揮は、淡々と振りつつも指揮棒、指先、すべてのタッチに優しさと共感がにじみ出ている。
聴いていて、これは枯淡の域にある、そう枯山水のような渋い水墨画の世界だと思った。
欧米人には描けない日本人ならではのエルガーなのだ。

深淵な3楽章とのギャップがでかい終楽章。
金管のファンファーレで曇り空が晴れてしまうような鮮やかさを感じる。
大フィル歯切れのよさ、スカッとした切れ味をここでは堪能。
一方でエルガーらしいユニゾンの豪放な心地よさと、慈しむような旋律の歌いまわしなど、次々に堪能。
エルガーのスケッチが少なく、諸作を参考にしたやや張り合わせ的なイメージを受けることの多い4楽章ですが、この日の演奏にはそんな雰囲気はまったく感じさせないほどに、スムースであり毅然とした演奏からは隅々までエルガーを演奏しているという自信と気概が感じられた。
なによりも奏者のみなさんの表情がとてもよくて、音楽を楽しんでいるのがわかるし、尾高さんに全幅の信頼を寄せて、「尾高のエルガー」をともに打ち立てようという姿勢が眩しかったのです。
1楽章の冒頭主題と、ドラの一音。
長い静寂がありがたく、感動もひとしおだった。

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エルガー・ナイト、実にいい演奏会でした。

以前のように大阪・関西に行かなくなってしまったので、早くも来年の東京定期が楽しみだ。

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コメント

yokochan様
尾高さん&大阪フィル、耳の肥えておいでの東京の聴衆の皆様に、エルガー・プログラムで御勝負をかけられた訳ですね。何と申しましても、日本一の音楽市場都市・東京で好演を披露されると、知名度と評価の向上には最高と申せましょう。こちらも涎が出るようなプログラミング、お羨ましい限りでございます。
実は当方も去る23日、尾高さん&大阪フィルのベートーヴェン・ツィクルスの『第9番・合唱』を拝聴のため、大阪市大淀南のザ・シンフォニー・ホールに、赴きました。ベートーヴェンは、日頃ディスクやFMで聴き馴染み、あまり実演では聴く気持ちが起こらなかったため、尾高さんの当ツィクルスもついスルーしていた訳なのですが、堅く引き締まった響きの錬成度、抒情的な楽想の豊かな歌わせ具合、この二律背反的な要素の融合ぶりに、尾高さんもこのオーケストラをしっかり手中に収めておいでであるな…との思いを胸に収めつつ、会場を後にした次第でございます。会場も八割方が埋まっておりました。それでは。

投稿: 覆面吾郎 | 2026年2月24日 (火) 05時10分

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