あの日から15年
未曾有の災害から15年
あの震災をまったく知らない世代が中学卒業の年にまでなったことになる。
世界でも稀なる3重災害にみまわれた日本。
震災の前後は自分は何をして、なにを思っていた?
ときおり見返すことの多いあの時期です。
逆に15歳も歳を重ねた自分、あのときのようにもう体は俊敏に動けない。
もしものときにどうしたらよいか、などと考えるきっかけにもなる。
あのときのブログ記事を再掲したい。
2011年3月11日 「大変なことに」
震災最中ながら、被災がこれ以上広がりませんよう、祈るばかりです。
大手町と神田の間くらいで、客先と面談後、ビルを出たとたんに揺れました。
現実とは思いたくない、あぁ、これでもう・・・と思うくらい・・・・。
建物がら人々が出てきて、おろおろとしていて都内はパニック状態。
当然に、携帯はつながりません。
東京駅にむかうと、JRも地下鉄もすべて止まってる。
タクシー乗り場は、延々と続く長蛇の列。
事務所のある田町まで休みながら歩くこと2時間。
街は、人であふれかえり、道路は雑踏のようだ。
車も超渋滞。
ビックカメラやヤマダ電気は、シャッターを降ろしている。
カフェやラーメン屋さんは満員。
コンビニやパン屋さんも満員。
スーパーには、買い出しの若手社員がチラホラ。
頭巾をかぶったおびえた小学生に付き添う母親。
テレビで刻々と流される各地の被害。
背筋が寒くなります・・・・。
被災されている地域の方にはお見舞いの言葉もありません。
17:30
地震発生時の様子です。
千葉の自宅から見えた市原製油所の火災。
25Km離れてますが。
「この影響で有害物質が雨に混ざって降ってくる・・・」という風評が出て、わが住宅にも管理組合が注意を促すように貼り出してます。
しかし、これはどうも間違いらしい・・・・。(コスモ石油のHP)
むしろ心配は、原発。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
2011年3月12日 神奈川フィルハーモニー マーラー6番 演奏会
いまも続く大震災の余震。
そして、被災の甚大さが次々に明らかになっていて、むごいくらいの映像が報道されています。
その被害はまだ継続中だし、連鎖する地震も不安をあおって、今後、何がおこるかわからない・・・。
私の住む千葉や、職場の東京では、スーパーやコンビニに食品がまったくなくなっている。
物流が寸断され、日常ではなくなってしまった。
赤水だし、都市ガスは停止、電気も計画的に停電の予告・・・・。
交通機関もまだ不完全。
帰れなかった自宅に戻った土曜、食器は割れ、お気に入りの置物も落ち、部屋は混乱。
身近に起こっている事象です。
それでも、こうしてネットはつながっている。
この強いインフラは、災害時の教訓となろうか。
でも、こんな思いは生ぬるい。
むごたらしい映像を見るにつけ、東北・茨城の皆さまにみまわれた惨状に、心からお悔やみとお見舞いを申し上げます。
親戚もいますし、仕事柄、仲間も多いし、始終伺うことが多かった地。
青森から福島までの太平洋沿岸。いずれも訪問したことがある思い出深い地です。
どうか皆さん、ご無事でいらっしゃってください。
マーラー 交響曲第6番
金 聖響 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団
(2011.3.12@みなとみらいホール)
今日、12日土曜日は、神奈川フィルハーモニーの定期演奏会の日。
開催が危ぶまれましたが、yurikamomeさんから、決行のご連絡。
帰宅しなかったもので、都内から横浜まで、スムースに移動。
ひと気の少ないみなとみらい地区(ほとんどのお店がクローズしてます)、そしてみなとみらいホールは、3割~4割の入り。
こんな時に、音楽を聴くという、どこか後ろめたい感情・・・・。
今朝から、そんな思いにとらわれ、中止も半ば期待していた。
しかし、主催者側と演奏者側の熱い思いが、そんな思いを払拭してしまう、たぐいまれなるコンサートとなったのであった。
正直いって、わたしには、いま、言葉がありません。
特殊なシテュエーションが作用し、演奏する側と聴き手が一体となって、高みに達してしまう。
不謹慎ではありますが、マーラーの6番ほど、そんな思いを高めてしまう曲はありません。
この曲は、何度も実演に接して、「もう封印」などと思ってきた演奏ばかりなのです。
アバドとルツェルンの来日公演は、わたしのコンサート経験No1で、病後、復調のアバドが喜々として笑みを浮かべながら指揮するもと、その無垢な指揮者に、全霊を尽くす奏者たちが無心で、夢中になって演奏する神がかった演奏。
ハイティンクとシカゴの完璧極まりないなかに、スコアのみがそこにあるといった完全演奏。
どちらも忘れえぬ体験。
そして、聖響&神奈川フィルのマーラー6番は、そのどちらでもない、悲しいくらいに美しく、痛切で、感情のこもった真っ直ぐな演奏だった。
それでいて、流れの良さを大切にしたスマートさも。
正直、こんなに心のこもった、全身全霊の演奏が聴けるとは思わなかった。
わたしは、指揮者と演奏者が一体化しているのが、うれしくって、まぶしくって。
そして、音楽が素晴らしくって。
そしてなんといっても、この震災が悲しくって、恐ろしくって、テレビで何度も見た映像が、辛くって、何度も何度も鳥肌が立って涙ぐんでしまうのであった。
しかし、音楽への前向きな取り組みは、マーラーの絶望的な思いとは逆に、明日もある未来を予期させる若さと逞しさを感じさせました。
ハンマーで心かきむしられた終楽章。
あの、あまりに特異なエンディング。
指揮者も奏者もすべて動きを止め、その静寂がいつまでも、永遠に思われました・・・・・。
演奏会の冒頭。
聖響さんは、いまのこのとき、演奏家にとってなにができるか・・・、それはいい音楽をすること。義援金の募集のこと、などを話され、わたしたちも一緒に、長い黙祷を捧げたのでした。
この演奏会。
開催を決意した主催者側、果敢に一心不乱の演奏を繰り広げた聖響&神奈フィル、ホールに集まった音楽を愛する聴衆・・・・、心が一体になりました。
こんな時に、コンサートなんて・・・、という思いを一蹴してしまうような、心のこもった、愛に満ちた演奏に救われました。
どうか、奏者と聴き手が達したこの思いが、被災地の皆さまに少しでも届きますように。
そう、明日も、明後日も、まだあるんですから!
アフターコンサートは、意を決して集まったいつもの神奈フィル応援隊の皆さんに、首席チェロの山本裕康さんをお迎えして、短いながら充実の時間を過ごせました。
その間にも、お店のテレビでは、第一原発のガス爆発を報じるなど、まったくもって尋常ではない状況にありました・・・・。
こうしている間にも、余震や余波の揺れが起きてます。
家人ともども不安で寝不足です。
みなさま、ご養生ください。
そして、被災地のみなさまには、心からお悔やみとお見舞いを申し上げます。
ひと気のない、みなとみらい地区。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
以上 2026年3月11日
| 固定リンク




コメント
今年もきた3.11。
当時は長岡にいて、物凄く長い大きな横揺れに、ただならぬ事態が発生したことを感じて皆TVにかじりついて見てました。
マーラーの6番と大惨事といえば、MTTとSFSがあの9.11に演奏していましたね。
3.11というと、ハーディング=新日フィルのマーラーの5番もその時に演奏していました。マーラーの音楽の不思議な縁を感じます。
※その後起こった原発事故のため、周辺住民が各地に非難せざるを得ませんでした。新潟県にも多くの方が今もいらっしゃいます。彼らの苦労、他人事と思えません。
投稿: IANIS | 2026年3月12日 (木) 00時07分
IANISさん、まいどです。
もう15年、されど15年しか経っていないほどに、記憶に新しい震災でした。
都内にソーホーを構えてましたので、帰宅する人々の途切れることのない行進を、ときおり揺れる余震のなか見ておりました。
そうですね、マーラーの音楽はそういう意味でエポックメーキングではありますね。
福島と新潟は隣同士ですね。
震災前、りゅうとぴあで東響のエルガーのコンサートにご招待いただき、新潟で一献かたむけたのち、翌日は磐越西線で会津に出ました。
そこから車で郡山に出て一仕事したことを思い出しました。
投稿: yokochan | 2026年3月13日 (金) 22時12分