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2026年3月 5日 (木)

マリア・キアーラ アリア集

Oi-1

満開の河津桜🌸

隣の隣の町、大井町の山頂は毎年こうして桜が満開となり、本来なら富士もきれいに見えるのですが、この日はあいにく薄曇り。

Oi-2

ソメイヨシノよりもピンクが濃く、よけいに春の訪れを感じさせますな。

近くのひな祭り会場で甘酒もいただきましたよ。

Maria-chiara

 マリア・キアーラ アリア集

  ドニゼッティ 「アンナ・ボレーナ」
  ベッリーニ  「清教徒」
  ボイート   「メフィストフェーレ」
  プッチーニ  「ラ・ボエーム」「マノン・レスコー」「トゥーランドット」
  
      チレーア   「アドリアーナ・ルクヴルール」
  ジョルダーノ 「アンドレア・シェニエ」
  マスカーニ  「友人フリッツ」
  レオンカヴァッロ 「パリアッチ」
  カタラーニ  「ラ・ワリー」
  マスカーニ  「イリス」

      S:マリア・キアーラ

  ネロ・サンティ指揮 ウィーン・フォルクスオーパー管弦楽団

  クルト・ヘルベルト・アドラー指揮 ナショナル・フィルハーモニー

        (1971.6,9 @ゾフィエンザール、ウィーン
         1977.7 @ヘンリー・ウッドホール、ロンドン)

録音にあまりに恵まれなかった不遇の大ソプラノ、マリア・キアーラを久しぶりに聴く。
1939年ヴェネチアの北あたりのオデルツォという美しい町の生まれ。
まだご存命でして、ともかくデビュー時から美人の誉れ高く、数年前のお姿も確認できましたが、じつに美しくお歳を重ねておいでのご様子でした。
リリコからスタートして、80年代にはアイーダを歌うまでになりドラマティコとなった、その経歴は、先輩のミレッラ・フレーニと同じ。
スコットが1934年、フレーニが1935年、それぞれの生まれなのでキアーラはその少し下。
キアーラと同時期に鮮烈なデビューをし、レパートリーもかぶったリッチャレッリは1946年の生まれです。
ちなみに、リッチャレッリの生まれ故郷はヴェネチアの南西部にあるロヴィーゴという町で、ふたりは案外と近くの生まれなのでした。

少し後輩のリッチャレッリが、カラヤンやアバドに重用され、たくさんのレコーディングに恵まれたのに、キアーラには正規録音がほんとに少なく、あまりに不当で無念すぎる。

71年にデッカに2枚のアリア集、72年にオイロディスクに「蝶々夫人」、76年にデッカにW.フェラーリの「スザンナの秘密」、77年にデッカにヴェリスモアリア集、そして86年の「アイーダ」。
これがすべてで、これしかないのである。
レパートリーはかなりひろく、純正ベルカント系からヴェルディ、プッチーニ、ザンドナイ、ワーグナー(エルザ)、ヘンツェまでを歌った履歴があるという。
1989年にはアレーナ・ディ・ヴェローナ引っ越し公演がバブリーにもありアイーダで来日しているが、当時の自分は、代々木の体育館での見世物みいな上演を小ばかにして観ようとも思わなかったので、残念なことをしたものだ。

Chiara2

アリア集はレコードとして国内発売されず、キアーラの日本でのレコードデビューは、73年発売の「蝶々夫人」です。
デッカがあまり積極的にならないなか、ドイツのレーベルから、ドイツのオケ、ドイツオペラ系の歌手たちと録音された蝶々さん。
3枚組で当時中学生だったので、なかなか手が伸びなかった。
一方のリッチャレッリはRCAレーベルが推す看板歌手として次々に新録音がでてました。

デッカがもう少し積極的に動いていれば、とも思いますが、キアーラのマネジメントサイドの力量などもあったのかもしれない。

うらんでもしょうがないから、残されている音源を大切に聴くとします。
今回は、アリア集ですが、「蝶々さん」と「アイーダ」は近くまた取り上げるつもりです。

今回のCDは3枚残されたアリア集のうち2枚分を収めたもので、あと1枚はヴェルディですが、未入手であります。

キアーラの声は、ともかく清潔で清純そのもの。
ドニゼッティやベッリーニに聴かれる、若き日のフレーニをも思い起こすようなリリシズムにあふれたベルカント唱法はまさに耳も洗われるほどにフレッシュな魅力にあふれてます。
「清教徒」のエルヴィーラのアリアなど、まことに素晴らしく、デッカはサザーランドでなく、キアーラで録音すべきだったと叱責したくなる。

得意のプッチーニでは、ドラマテックな歌い方よりは、抑制された静的な感情表現がとても慎ましく、愛すべきプッチーニの各タイトルのロールをあまりにも素敵に歌ってます。
ミミなんて、もう理想的な感じでして、ほんの数分のアリアのデリケートな表現に耳をそばだて涙してしまうのでした。
ほんと美しい声だし、ガラスのような儚さもにじませる声なんです。

一転、アドリアーナやマッダレーナあたりになると、ドラマテックな切れ味や恰幅のいい表現力にこの時期のキアーラはまだ不足。
でも無理せず、優しく彼女ならではの声で自分のできる表現に徹しているのが好ましく、ピュアな情感にあふれてます。

リッチャレッリの声は、ややほの暗さ感じる低音が魅力でドラマテックな役柄では常に無理がつきまとった感じがしていたが、キアーラは蝶々さんとアイーダに聴かれるとおり、自分のリリカルな声を活かした優しさと瑞々しい感情表現につくしていて、クレヴァーな歌手だったと思います。

なんどもなんども言いますが、録音が少ないのが悔しすぎます。
キアーラさんには、美しく、いつまでもお元気でいて欲しいです。

Oi-3

少ししたら富士が顔をだしてくれました。

アンジェリカを歌うキアーラさん。

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コメント

yokochan様
このDecca原盤のキアーラのアリア集、故・高崎保男さんが、『大変チャーミングな出来栄えで、なぜ国内盤が出ないのか理解に苦しむ。』と賞賛されておいででした。日本コロムビアからEurodisc原盤でリリースされていた、プッチーニの《蝶々夫人》も、『実際に劇場で聴いたら劇的な力強さが不足するかも知れないが、レコードで聴く限り大変好ましい。』と述べておいででした。パタネ指揮ミュンヘン放送管弦楽団も、『大変入念な共演ぶり。』と評価され、ヘルマン・プライも、『ロランド・パネライのそれのように、ドラマの奥行きを深める役割を果たしている。』と述べておいででしたが、ピンカートン役のジェームス・キングを『ただでさえドラマチックな声に、不要な力みが加わってヴェリズモ風の歌唱になってしまい、全体の配役の中ではただ一人違和感を残す。』と、辛めの御採点でございました(笑)。
確かに述べておいでの通り、マリア・キアーラさんは、大手レーベルへの商業用録音にはさほど恵まれず、その点は惜しまれますね。尤もそれだけに残された録音は逸品揃いですけれども‥。

投稿: 覆面吾郎 | 2026年3月19日 (木) 20時57分

キアーラ様の高崎さんの評論、わたしも高校時代から読んでともかく気になる存在となってました。
マネジメント側がもっと頑張っていれば多くの録音が残せたのではないかと残念でなりません。
美しくお歳を召されたマリア様の長命を願うとともに、残された貴重な録音を楽しむのみですね。

投稿: yokochan | 2026年4月 5日 (日) 10時01分

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