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2026年4月22日 (水)

プロコフィエフ 交響曲第4番(初稿)・放蕩息子

Koubouyama-0308

3月8日の富士山
まだ寒かった頃、冠雪は増え広がりを見せてました。
なにより空気も冷たかったので、景色も澄み渡ってましたね。

Koubouyama-0408

そして、桜も終盤となった4月8日の富士は、裾野まで広がった雪がかなり減りました。
なによりも、気温も上がるようになり空気感はやや霞みがち。
これからは、ほんとの早朝でないとクッキリした富士は拝めないようになります。

プロコフィエフ(1891~1953)の作品シリーズ

略年代作品記(再褐)

①ロシア時代(1891~1918) 27歳まで
  ピアノ協奏曲第1番、第2番 ヴァイオリン協奏曲第1番 古典交響曲
  歌劇「マッダレーナ」「賭博者など

②亡命 日本(1918)数か月の滞在でピアニストとしての活躍 
  しかし日本の音楽が脳裏に刻まれた

③亡命 アメリカ(1918~1922) 31歳まで
  ピアノ協奏曲第3番 バレエ「道化師」 歌劇「3つのオレンジへの恋」

④ドイツ・パリ(1923~1933) 42歳まで
  ピアノ協奏曲第4番、第5番、交響曲第2~4番、歌劇「炎の天使」
  バレエ「鋼鉄の歩み」「放蕩息子」、「エジプトの夜」

⑤祖国復帰 ソ連(1923~1953) 62歳没
  ヴァイオリン協奏曲第2番、交響曲第5~7番、ピアノソナタ多数
  歌劇「セミョン・カトコ」「修道院での婚約」「戦争と平和」
 「真実の男の物語」 バレエ「ロメオとジュリエット」「シンデレラ」
 「石の花」「アレクサンドルネフスキー」「イワン雷帝」などなど

プロコフィエフを年代別に聴いていこうのシリーズ。
好きなジャンルであるオペラと交響曲に偏って集中して聴いてますが。
シンフォニストとしてブレイク、ポスト・マーラーの存在として定着したショスタコーヴィチに比して、プロコフィエフの存在はやや影に回り勝ちだと思う。
このおおあまかな年譜のとおり、プロコフィエフの作風は、ロシア時代とロシアを出てからの時代、祖国回帰でもソ連だった時代とで大きく変転した。
ショスタコーヴィチが国を出ずに仮面をかぶったかのように謎をはらんだ作風で通したのに対し、プロコフィエフの音楽はもっとシンプルで正直だったと思う。
大きく分けて、祖国回帰の前とあと。
それが端的によくわかるのが交響曲第4番かもしらん。
アメリカ滞在中に書かれた作品番号47の初稿、ソ連時代の改訂版の4番の作品番号117。

改訂稿は、作曲時期の順番では6番の後なので、本blogではまたあらためて取り上げることにして、今回は初稿の方を。
そして4番の素材となったバレエ音楽「放蕩息子」も併せて聴いてみた。

Prokofiev-prodigal-son

  バレエ音楽「放蕩息子」 op.46

 ミハイル・ユロフス指揮 ケルンWDR交響楽団

         (1996.1 @ケルン)

1929年、ディアギレフのバレエ・リュスのために作曲されたもので、バレエ・リュスのために書かれたバレエとして3作目(道化師、鋼鉄の歩み)にあたるもの。
パリで同年に初演され大成功となるが、制作チームは台本のコフノ、振り付けのバランシン、装置・衣装のルオーという黄金トリオ。
いうまでもなく、聖書のルカ伝15章でイエスが語る「放蕩息子」がベースになっていて、まよえる羊・ステレイシープ、神から見た人間のたとえなのです。
放蕩息子を題材にした作品には、ストラヴィンスキーやブリテンもあります。
物語としてシンプルなことや、身につまされ、人を感動させる内容でもあることからもパリっ子たちはプロコフィエフのこの音楽にも熱狂。
プロコフィエフは祖国を離れ彷徨った自分の境遇などにも重ね合わせて共感しつつ作曲し、「シンプルで、明快、旋律的」と自ら評した。
3場10シーンからなる40分ほどの作品。

「厳粛な父親の元から喧嘩をして財産分与も受けて飛び出した息子。放浪し仲間もできて、さらには美女の誘惑にも負け、財産すべてを巻き上げられてしまい無一文になってしまう。おおいに反省し悔恨の末、父の元に帰還しその足もとに崩れ落ちる。父はすべてを許し息子を抱く」

 ①旅立ち→②友たちと出会う→③美しい乙女→④男たちの踊り→⑤放蕩息子と乙女→⑥酒盛り→⑦略奪→⑧目覚めと後悔→⑨略奪品の分配→⑩帰還

音楽だけ聴いているとサラサラと進んでしまうが、このタイトルをにらみながら聴くと、なるほどそういう感じね、ということになります。
さらに理解を深めるために、ネット上で視聴できるバレエの舞台を見ると実に面白かった。
2013年のニューヨーク・シティバレエの上演だが、1929年初演時の演出や装置・衣装のままで、いま見てもなかなかに斬新だし、身体能力的にも極限の動きで踊りまくるバレエダンサーたちに舌を巻くことになる。

その素材にもよるかもしれないが、プロコフィエフのこの音楽は先鋭さがなく、わかりやすく平明であり、炎の天使でのような刺激的な音楽はみじんもない。
酒盛りや略奪シーンがやや暴力的なのをのぞけば、優しく抒情的でもあり、そんなシーンは乙女の登場や、帰還での父の許しの場などに聴かれ、後者は感動的であります。
悪くないけれど、決定打に欠ける、そんな作品かも。
できれば、この素材でソ連帰還前のこの時期にオペラを書いて欲しかった。
父ユロフスキの指揮は万全です。

Prokofiev-45-karabits



  プロコフィエフ 交響曲第4番 ハ長調 op.47

    キリル・カラビッツ指揮 ボーンマス交響楽団

       (2015.4 @ライトハウス、ドーセット州プール)

オペラ「炎の天使」の素材を交響曲にした3番がそうであったように、プロコフィエフは「放蕩息子」を元に交響曲第4番を作曲。
作品番号は連続していて、放蕩息子作曲中に交響曲を思いつき、1929年のバレエ初演のあとすぐ翌1930年に完成。
バレエと交響曲、ふたつをほぼ同時に書きすすめた姉妹作なのです。

ボストン交響楽団の創立50周年シーズンの1931~32年に演奏することを前提に、セルゲイ・クーセヴィツキーから公共作品の委嘱を受けた。
プロコフィエフはボストン交響楽団に初演権を与える報酬を受け取ったものの、提示された金額は委嘱作品とみなすには低すぎると考えていたらしいが、ともあれ1930年11月にボストンで初演された。

クーセヴィツキとディアギレフ、そしてプロコフィエフの3人はともに「セルゲイ」なのであるが、ともにロシアを去りパリで活動して成功した3人なのであり、この交響曲4番は、この3人が生み出したと言ってもいいのかもしれない。
放蕩息子からひも解いてきて、そう思いますね。

プロコフィエフはボストン初演には出席しなかったが、クーセヴィツキーにプログラムノートの指示を送っている。
楽曲の使い回しだという批判を恐れ「交響曲のいくつかの箇所で、バレエで使用された音楽を用いました。しかし交響曲では、バレエという形式では不可能だったことを交響曲的に展開することができた。このようなアプローチの先例としては、ベートーヴェンのプロメテウスと交響曲第3番に見出すことができます。」
評論家筋の批判を恐れ、プログラムに書いてねと予防線をはったのでした。

しかし、この交響曲の初演のすぐあと、同じ委嘱作であるストラヴィンスキーの「詩篇交響曲」が演奏され、こちらはプロコフィエフのの作品よりも高く評価され、もともとがストラヴィンスキーと競争関係にあったプロコフィエフはさぞかし落胆したであろう。
放蕩息子初演のあと、ディアギレフが亡くなってしまい、父のように慕ったクーセヴィツキもボストンに居つくようになり、ヨーロッパでのプロコフィエフは孤独や寂しさを覚えていた。
さらに立ち会わなかったアメリカでの初演が思わしくなく終わったと聞き、次ににブリュッセルでのモントゥー指揮による欧州初演も芳しい評価を得られなかったことなど、ふたりの頼りになる「セルゲイ」も近くにいなくなったこともあり、プロコフィエフは祖国でこそ成功が再び得られると思い、母国回帰も考えるようになる。

全4楽章、25分ほどの4楽章形式によるシンプルな構成。
調性も長調であり、2番や3番のような不協和音はみあたらず、放蕩息子と同じようにプロコフィエフが自ら呼んだように簡素ですらあります。
バレエの全10場の音楽やバレエには使用しなかったモティーフなども追加して、バレエの筋立てや曲順などは構わずに再構築。
この点は炎の天使と第3交響曲に同じです。

ソナタ形式の1楽章では、バレエにはないおおらかな雰囲気の旋律による序奏から開始し、その次に来る、この交響曲でいちばんカッコいいリズミカルで疾走感あふれる速い主題には痺れます。
これは④「男たちの踊り」から使用されているし、それに対比する旋律的な優しい旋律がでてくるが、それは⑦「略奪」の乙女のシーン。
こんな感じでスピード感あふれ、小又の切れ上がったような1楽章で、2番や3番のプロコフィエフを期待するとそうではなかったのが2楽章。

緩徐楽章であるアンダンテ・トランクィロは、クールではなく、優しい叙情に満ちた音楽で、それもそのはず、⑩「帰還」の父の大きな博愛を描いた旋律がメインになっているし、そこに⑧「悔恨」の反省著しい内向的なムードも反映されてる。

3楽章は、まんま③「美しい乙女」の音楽で、バレエでは乙女がしゃなりしゃなりと登場して、魅惑的な踊りを披露する。
バレエを見てしまうと、まさにそのイメージのままに、この楽章があるのでこの可愛い楽章が愛おしく感じるようになる。

終楽章は、バレエ冒頭の主題から始まるので切迫感と推進力あり。
おもに①「旅立ち」の活気ある音楽をうまく使い倒して巧みなロンド形式へと仕立てている。
打楽器も効果的に加わりテンポアップして熱狂していくかと思うと、急転直下終了。
実にいさぎよい結末となります。

全4楽章、無駄なものがひとつもなく感じるユニークな交響曲だと思います。

こののちの17年後、交響曲第6番のあとに、大幅改訂を行い、作品番号も112としました。
25分の曲を40分ぐらいの長さとし、ピアノや打楽器も増強し、デラックス化した。
終楽章のコーダも壮大になり、簡潔さが失われた結果となってます。
多くの録音や全集が改訂版を取り上げるのみだが、最近は初稿版も演奏頻度もあがってきていて、カラビッツが都響にやってきて演奏します。

手持ちのプロコフィエフ全集のなかで、いまいちばんはカラビッツとボーンマスの演奏だと思ってる。
切れ味よく、プロコフィエフの抒情味もよく感じて引き出している。
2,3,4番というプロコフィエフのユニークな3つの傑作がカラビッツの共感あふれる指揮で、そのあるべき姿で混じり気なく聴くことができるのだ。
ほかの手持ちの初稿版は、ロストロポーヴィチとゲルギエフであります。
改訂版は、まだだいぶ先に取り上げる予定。

Nakai-fuji

富士の頭に太陽が沈む、ダイヤモンド富士ではなかったけれど、結構いい感じになりそうでした。

しかし、無情にもこのあと雲が増え、お日様は隠れてしまいました。

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